第17号

社会保障と会計検査(上)
岩村正彦

岩村正彦
(東京大学法学部教授)(会計検査院特別研究官)

 1956年生まれ。79年東京大学法学部卒業。同年東京大学法学部助手,82年東北大学法学部助教授,93年東京大学法学部助教授を経て,95年より現職。96年より本院第8代特別研究官に就任。日本労働法学会,日本社会保障法学会,日仏法学会に所属。

 主な著書は,「労災補償と損害賠償」(東京大学出版会)等。

Ⅰ はじめに

 (1) わが国では,いわゆる高齢化(総人口に占める65歳以上人口の比率の上昇)の急速な進展によって,社会保障制度に対する国民の関心が,いろいろな意味で高まりつつある。一方で,年金・医療・介護等の様々な社会保障給付やサービスへの需要が益々増大し,他方で,そうした給付・サービスを支えるための負担の増加への対応が求められているからである。したがって,今日,社会保障政策が重要な政策課題となり,各方面で論議の的となっているのは当然といえよう。

 社会保障政策をめぐる議論は,ややもすれば,社会保障財政および国家財政の安定という側面に重きが置かれがちである。そして,この側面について,多くの検討課題があるのは確かである。他方で,この側面のみに注目が集まり,議論の焦点がそこに限定されてしまうのも大いに問題である。一つには,社会保障は今世紀が生み出した一つの重要な理念であるが,経済・財政面に力点を置きすぎると,ややもすれば理念の側面が忘れ去られてしまうからである。もう一つには,給付やサービスに対するニーズを持つ国民層(高齢者,障害者,子供を扶養する家族等)の視点も背後に押しやられてしまうからである。しかしながら,社会保障に関する国民の負担には限度がある以上(もちろんその「限度」をどこに置くかについては議論があるが,限度があることは確かである),財政の問題を抜きに社会保障政策を議論するわけにもいかない。給付・サービスの受け手としての国民と,社会保障制度を財政的に支える側としての国民との双方(両者は重なる部分もあるが,そうでない部分もある)とに目を配りながら,社会保障政策の舵取りをしていく必要がある。こうした視点から,限られた財源・資源をいかに効率的かつ有効に利用しつつ,国民に必要な給付・サービスを提供するか,が重要な政策課題になってきている。

 近年の社会保障制度に関する立法は,以上のような状況を背景として,一定の政策を実現するための手段としての性格を非常に強く有している。社会保障政策上の目標設定がまずあり,その実現手段・措置として,既存の制度・仕組みを修正し,または新しい制度を導入する法令,あるいは行政当局に新しい行動権限を付与する法令が毎年,少なからず制定されている。それらは,補助金等の新たな予算措置を伴うこともあれば,そうでないこともある。最近の5〜6年をとってみてもそれは明瞭である。たとえば,1994年の国民年金法等の改正は,高齢化の進展によって生じる厚生年金保険料の高騰を抑制するという政策目的を達成するための立法であった。そして,この目的を達成するための手段として,老齢年金支給開始年齢の60歳から65歳への段階的な引き上げ,年金額算定基礎に用いる過去の標準報酬月額の現在価額への再評価方法の変更(名目賃金の上昇率から実質賃金のそれへ)が採用された。さらに,65歳への支給開始年齢引き上げを達成するための手段施策として,60歳代前半層の雇用状況を好転させるための諸施策が策定された(在職老齢年金の標準報酬との調整方法の改正,いわゆる部分年金の創設,特別支給年金・部分年金と雇用保険基本手当との調整,雇用保険の高齢者雇用継続給付の創設等)(1)。また,医療費の膨張抑制という政策目的を達成するため,健康保険をはじめとする医療保険各法や関連政省令等の数次の改正よって,様々な手段・措置が採用されている。直近では,悪化した健康保険の財政の立て直しを主たる目的として,1997年の健康保険法等の改正で,診療報酬にかかる被保険者の一部負担率の改訂等の措置が講じられた。社会福祉の領域においても同様である。高齢化によって深刻化している介護問題への対処として,介護体制の充実が政策目標として据えられ,その達成手段として措置権限の市町村への委譲等を定める老人福祉法等の改正が1990年に行われている。児童福祉に関しても,少子化への対応として,働く女性の育児支援が目標となり,1997年に児童福祉法が改正されて,政策達成施策として,保育所制度に改革が加えられたところである。

生活保護に係る不当な国庫負担金交付金額

 (2) 以上のような,社会保障の領域での活発な政策や立法の展開に,やや遅れた形ではあるが,社会保障に関する会計検査も重要度を増しつつある。実際にも,決算検査報告の中で,厚生省にかかる社会保障関係の掲記事項は,1995年度については111件,202億2686万円,1996年度に関しては,83件,170億1000万円と大きな額になっている。社会保障にかかわるのは,厚生省のみではないから,社会保障全体では,掲記事項および額は,これより多くなる。ただ,公的年金制度について本格的な検査が始まったのは1985年頃から,医療については,1987年頃からのようである(2)。近年は,とりわけ公的年金に関する掲記が大きくのびている(前頁グラフ参照)。このように,社会保障は,会計検査にとっては,従来あまり手がけてこなかった比較的新しい分野である。また,社会保障に関する会計検査は,別の観点からも新しい要素を含む。というのは,社会保障関係の検査対象の多くは,公共工事といったハードに関するものではなく,国民に対する給付の支給や保険料・費用の徴収のようないわゆる「ソフト」な事項だからである(3)

 会計検査院が,二重の点で新しさを持つ社会保障の分野について積極的に検査を行おうとしている点は,既に述べた社会保障の重要度の増大と政策の急速な展開に照らして,高く評価できよう。しかし,なお,社会保障領域での検査のあり方については,検討に値する課題がないではないように思われる。そこで,本稿では,今後益々重要になると考えられる社会保障にかかる会計検査について,若干の考察を試み,ささやかな提言をすることとしたい。

Ⅱ 社会保障関連の検査報告の特徴

 (1) 近年の検査報告では,社会保障に関する事項が次第に数多く取り上げられるようになっている。決算報告での取り上げ方は,省庁別および会計処理上の扱い別である。たとえば,1995年度の検査報告では,厚生省所管事項について,つぎのような構成になっている。

 まず,不当事項として,

①保険料������徴収不足,

②保険給付������不適正支給,

③医療費������不当な国庫負担,

④補助金������不当な国庫負担金経理や交付,不当な補助金交付,

がある。

 つぎに,検査院の指摘にもとづいて,厚生省が改善措置を講じたものとして,

a.特別養護老人ホームの医師人件費,入院日用品費にかかる補助事業の改善,

b.国民健康保険の退職被保険者の資格異動の適切な把握による国庫負担金の交付の適正化,

c.病院の医師等の標準人員の充足率の的確な把握による診療報酬算定の適正化,

がある。

 このうち,不当事項は,具体的な内容は異なるものの,項目としては,前年と同じである。改善措置は,当然のことではあるが,年度ごとに異なっており,94年度報告書,93年度報告書等それぞれで,様々な事項が指摘されている。

 また,労働省所管事項も不当事項として,

①保険料������徴収不足

②保険給付������不適正支給(ただし,事業主への助成金も含む)

③医療費������診療費の不適正支払

があり,これも前年と同じ構成である。意見表示・改善措置に関しては

d.雇用安定事業の継続雇用制度導入奨励金の支給に関する意見表示,

e.非常勤地方公共団体職員に対する労災保険の適切な適用,

がある。これも,ことの性質上,記述内容は,やはり年度ごとに異なっている。

 こうした検査報告の構成は,検査の視点の違いに由来する。不当事項の場合は,とりわけ,徴収や給付支給・負担金支出等についての規範(法令,通達)を前提として,官庁の行った会計処理行為がそうした規範に適合しているかという視点からの検査の結果である(いわゆる「合規性」の検査)(4)。これに対して,意見表示・改善措置は,会計処理行為の根拠となっている規範(法令・通達)自体やその実施体制に問題がある場合に,その改善を求める等の視点に立つものである。施策・制度の有効性に関わるものや,制度自体に問題があるために適正な会計処理が行われないもの等が主として取り上げられる(5)

 (2) 社会保障関連領域での近年の検査報告の特徴は,意見表示や改善措置にかかる掲記が目立つことである。たとえば,有効性に関するものとしては,前記dがある。1994年度検査報告では,雇用安定事業の冬期雇用安定奨励金について,やはり有効性の見地から指摘がなされている。また,制度としては明確であるが,その運営・実施体制に問題があるために,不適切な会計処理が行われた例が,上記a,b,cおよびeである。検査報告をさらに遡れば,保育所の児童保護費等負担金の算定における世帯の階層区分の合理化,年金の過誤払い防止措置および酒造従業員に対する健保・厚生年金の適用の適正化(1993年度),柔道整復師に関する療養費支給の適切化や労災保険の入院室料加算の算定・審査の適正化(1992年度),身障者療養施設等の入所者に係る診療報酬請求の適正化や国民年金保険料未納者への対応の適正化(1991年度),付添看護に係る看護料支給の適正化および労災保険の費用徴収制度の適切な実施(1990年度)等がみられる。これらは,厚生省・労働省所管事項のみであり,他省庁所管事項でも社会保障に関連する問題が取り上げられている(たとえば文部省関係)。以上のうちには,その後,制度そのものの改廃につながった重要な指摘もある(6)

 既に述べたように,国全体の財政状況の厳しいなか,社会保障関連領域での財政運営も次第に厳しさを増している。社会保障財政全体として,取るべきものはしっかり徴収し(社会保険料(7)等),不適正,不合理な支出はきちんとチェックし,改めることが,ますます重要となる。その意味では,社会保障の領域で,着実に意見表示や改善事項にかかる指摘金額が増えていることは評価できよう。こうした指摘を通して,社会保障の各制度がより適正に運営されるようになることは,厳しい状況に直面している社会保障制度そのものにとっても,また,社会全体にとっても重要といえるからである。

 ただ,社会保障関連領域の検査報告全体での比重でいえば,制度・政策の有効性や制度設計・運営自体の問題点についての意見表示や改善措置要求は,不当事項の指摘に比べると大きくない。会計検査院自体が力を入れつつあるとはいえ,やはり,検査報告に掲載される検査内容は,合規性の観点からの不当事項の指摘が中心となっているといえよう。また,制度・政策の有効性や制度設計・運営の問題点に係る指摘も,会計検査の見地からのものである。しかし,こうした検査報告のあり方には,少なくとも社会保障関連領域との関係では,問題を孕むようにも思える。そこで,項を改めて,今少し,検査のあり方と課題を考えてみることにしよう。

Ⅲ 社会保障に関する検査の課題

 以上に述べたように,社会保障関連領域に関する検査報告には,大きく分けて,合規性の見地からの不当事項の指摘と有効性・効率性の見地からの意見表示・改善措置要求の二つの系列のものが含まれている。そこで,この両者について,その意義と限界,課題について順次検討しよう。

1 合規性の検査

(1) 検査報告では,毎年,合規性の見地からの検査結果として,不当事項の指摘がある。社会保障分野に限ってではあるが,数年分の検査報告をみて気がつくのは,同じ制度に関して毎年不当事項の指摘があることである。その一つの例が,生活保護である。

 生活保護については,たとえば,1990年度以降,次頁の表に示すとおりの不当な国庫負担金額交付金が指摘されている(8)。不当とされた理由は,ほぼ共通していて,一つは,被保護者が,年金を受給していたり,就労して相当額の収入を得ていたりしているのに,被保護世帯から事実と相違した届け出がなされ,これにより収入を実際の額より低く認定して保護費の額を決定していたということであり(1990年度から1996年度まですべて),今一つは,被保護者に健康保険の適用があるのにないとして,同人に係る診療報酬の全額を負担し,これを医療機関に支払うこととして保護費の額を決定していたというものである(1994〜96年度)(9)

 生活保護については,周知のように,不正受給の発覚を契機として,1981年11月17日付の社保123号・厚生省社会局保護課長・監査指導課長通知によって,適正実施が進められてきている。不正受給は,国民の健康で文化的な生活を保障する最後の砦である生活保護制度への信頼を損ない,制度そのものへの批判を強めるという点で,適正に監査・監督すべきである(10)。その意味で,会計検査院の役割は重要である。

しかし,生活保護に関する検査院の検査活動については,つぎの二つの角度からの課題の析出ができよう。

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(2) 第一は,対象とする都道府県や市を別にしつつも,毎年同じ指摘が繰り返されているという点に関わる。生活保護行政は,要保護者・被保護者の応対等で困難な面が多く,補足性の原理にもとづく資産調査や収入調査も容易ではない。そうしたことが,結果的に,仕送りや就労収入があるのにそれを考慮せずに保護費を決定したり,健康保険の適用があるのに,医療扶助の支給を決定するといったことにつながると考えられる。しかし,毎年同じ問題が見つかることは,それにはとどまらない構造的な問題の存在を示唆している可能性もある。

 生活保護法によれば,補足性の原理によって(4条),民法上の扶養義務をはじめとする,他の法律の定める扶助がまず優先して行われ,それでもカバーできないものについて,保護を行うことになっている(他法優先)。したがって,保護の申請があった場合には,当該申請者が他の法律による給付や扶助を受けることができるかを調査しなければならない。ところが,それは容易な作業ではない。一応考えられる諸法律は列挙されている(11)。しかし,その数はかなりのものである。しかも,個々の法律の適用関係は必ずしも明確ではないし,給付支給の要件も常に法律で明確に定められているわけではない。具体的な保護申請者について,その属性に応じて考えられる他法をリストアップし,一つ一つそれらの法律による給付・扶助の有無をチェックする作業は,そう簡単ではない。給付・扶助を行う諸制度についてのそれ相応の知識を必要とする。要するに,生活保護行政にたずさわるには,広い意味での社会保障法の全体について,鳥瞰的な知識が求められる。

 ところで,現在の地方公共団体の人事のやり方は,もともと職務資格を特定して採用する場合等(医師,看護婦,保母等)を除くと,特定の領域に専門化するという方針を取っていない。今や民間企業でもあまり見られない,分野を越えた一定年数ごと(たとえば3年)のローテーション人事が一般的である(12)。したがって,人事異動によって,今まで全く経験したこともない,知識もない仕事を担当しなければならない。その場合,職務は,前任者からの引継と研修等によって知識や技能を徐々に習得することでこなすことになる。もっとも,生活保護を含む福祉行政の場合には,要保護者・被保護者,被措置者の訪問調査や面接等に従事する福祉事務所の指導監督所員・現業員につき,資格要件が課されており(社会福祉主事。社会福祉事業法17条),社会福祉に関して一定の知見を持つことが確保されている(同18条)。しかし,それは,ローテーション人事を全く排除するわけではない。また,要求される知識は,生活保護法の他法優先原則を実際にすぐ適用できるだけの社会保障法全体にわたる知識というわけでは必ずしもないようである。着任時には,やはり職務遂行に十分なレベルではなく,かつ,習熟した地点で,他の部署へ転任というケースも聞く。

 こうした地方公共団体の人事政策のあり方が,検査院によって,他法優先原則の適用に関する批判が例年加えられる一因となっている可能性はあるだろう。根本的には,地方公共団体の人事政策を見直し,専門職化を進めることが必要であろう。それは,今後,高齢化の進展によって,公務員についても年金支給開始年齢が引き上げられることに伴い,現在の人事政策の維持が困難になることからいっても必然的に要請されることである。しかし,それは,ある程度期間を設けて検討することが必要であり,直ちに実現可能ではない。当面の対応策としては,たとえば,他法優先原則の実際の適用についてのより詳しいマニュアルや,チェック・リストの作成,さらには,パソコンで処理するためのプログラムの作成といったことが考えられよう。そうした行政事務の効率化によって,他法優先原則の適用・運用をめぐる問題のいくらかが解決できるのではあるまいか。生活保護行政の元締めである厚生省とは異なる視点から,現地に赴いて調査したメリットを生かして,不当交付額の指摘だけではなく,その背後にある問題点と解決策を浮かび上がらせれば,検査報告により深みが増すように思われる。また,そのことが,結局,検査報告の目的である国費の適切な使用にも繋がるといえよう。

 (3) 第二は,より巨視的・比較制度的な観点からのものである。わが国の実定法学者は,日本法の他に,一つあるいは二つの外国法を研究対象とするのが通例である。筆者もその例に漏れず,主としてフランスに関心を抱いてきた。フランスには,会計検査院と同種の機関として,会計院(Cour des comptes)がある(13)。この会計院が最低統合所得(Revenu minimum d'insertion——以下ではRMIと略記する)について行った検査報告を素材に,比較の観点から,わが国の生活保護の会計検査のあり方の特質を検討しよう。

 RMIは,わが国の生活保護にほぼ相当する制度である(14)。この制度は,フランスの深刻化する失業,とりわけ若年者の失業および長期失業から生じた社会的疎外(exclusion)の問題への対処として,1989年に施行された(15)。RMIは,収入が最低生活水準に達しない場合にそれを補う現金給付を支給する制度である(この点は,わが国の生活保護とほぼ同じ考え方に立つ。財源は国庫が負担している)。それとともに,RMIの受給者は市町村の(社会)統合委員会との間で,(社会)統合契約(contratd'insertion)を締結する。この契約で,受給者が,自らの社会統合のための活動(それは,職業訓練であったり,より初歩的な学習であったりする。さらには規則的な生活習慣を身につけることであったりもする)に従事することを約する。この統合契約の締結が給付の受給と連携されている点が,RMIの特徴である。RMIは,その後,あらかじめ予定されていた1992年の見直しによる制度改革を経て,現在に至っている。制度導入後,失業率が好転しないこともあって,RMIの受給者は現在に至るまで増え続けている。それについて,国庫の負担も大きくなっている。

 このRMIについて,会計院は,1993年に,州検査室(Chambrere régionale des comptes)の協力の下,RMIに関する施策・措置全体の適用状況の分析のための調査を実施している。そして,1995年の追加調査の結果も踏まえて,同年,大統領へ提出した年次報告書の中でRMIについての検査報告を公表している(16)。この報告の中では,いくつかの側面にわたって,制度の問題点を指摘しており,それは,厳密な意味での会計処理上の問題に関わらない。たとえば,給付事務の複雑さ,非効率さ,担当職員の能力不足(それは,法令の複雑さや不十分な研修によって生じる)等が,給付手続の遅延を引き起こしていること,医療保険未加入者については,RMIが保険料を負担して(扶助)加入させる仕組みを取っているが,RMI担当部局と医療保険各機関との連携が不十分で,制度の運用がうまくいっていないこと,RMIの目玉である(社会)統合を担当する市町村(社会)統合委員会が,職員の専門的能力の不十分さ等によって十分に機能していないこと,(社会)統合のための活動がしばしば形式的なものにとどまり,実効性に乏しいこと,といった制度の運用面での指摘を多々行っている。もちろん,他方で,制度の財政面にわたる指摘もしている。その中には,補足性の原理に照らした受給者の監査や支給機関の監査が不十分で,不適切な給付支給があること,過誤払いや不正支給についての返還請求措置がきちんと行われていないことといったわが国と同様のものもある。しかし,興味深いのは,国が給付支給機関(RMIの現金給付は,国から独立した組織である社会保障一般制度(17)と農業共済制度が支給している)に対して負っている償還義務(社会保障機関等が支払ったRMIの現金給付を国が後に償還する)や事務費用を法律どおりには履行していないこと(つまり,本来出すべき金を出していないこと)も指摘している点である。

 以上のように,フランスの会計院は,RMIの制度全般にわたって,総合的かつ詳細な検討を加え,評価を行っている。それは,厳密な意味での会計処理上の問題には限られず,制度の運営組織のあり方といった面にまで及んでいる。給付手続の迅速さや,(社会)統合契約や(社会)統合活動の活性化を求める点は,受給者の利益になる指摘である。純粋の会計処理上の問題も扱っているが,それは,不適切な出費を論難するだけでなく,本来支出すべきものを出さない点も取り上げている。そして,こうした会計処理上の問題の指摘で上げられる金額は,大まかな数値にとどまることも特記されてよい。

 もちろん,会計院がこうした総括的な評価を試みた背景には,RMIの場合,制度が発足してからあまり時間がたっていないため,様々な問題を抱えているという事情もある。しかし,それでも,調査の範囲,規模,調査の視点といった点で,特色があるのは確かである。

 右のようなRMIに関するフランス会計院の活動と比較してみると,類似の制度である生活保護に関するわが国の会計検査院の活動は,これまでのところ非常に謙抑的・限定的である。主として,他方優先原則に照らして問題のある不適切な国庫負担金の交付の指摘にとどまっている。これには,検査院の活動を根拠づける法令に由来する制約,検査報告の公刊が(かつてのフランスのように)年一回に限られているという制約,そして,行政監察局の監察との相互関係の調整という制約があるといった事情があろう。しかし,より一歩踏み込んで,生活保護制度全体についての会計検査院なりの視点からの総括的な評価というのは考えられないのであろうか。たとえば,憲法25条の具体化という生活保護法の趣旨から見て,問題のある制度運用はなされていないのか(18),給付の支給手続等に問題はないのか,すでに触れたような担当職員の能力向上の余地はないのか,といった諸点が検討事項として考えられる(19)

 (4) 以上の二点は,いずれも,生活保護の検査が,現在のところ,合規性の検査にとどまっているところに由来する。合規性の検査は,よく知られているように,所管官庁が設定した規範(法令・通達等)を基礎として,それに適合しているかどうかを検査する。したがって,いわば相手の設定した土俵の上で,相撲を取ることになりがちである。相手の設定した土俵自体が適正に作られたものであるかどうかは,検査の対象からははずれてしまう。しかし,合規性の検査には限界がある。不適正な支出等が起きる原因が,制度そのものやその運用にある場合には,検査を及ぼすのが難しいからである。しかしながら,社会保障制度・政策について多くの検討課題がある現在,これについての会計検査を合規性の観点に限ってしまうことは,適切ではあるまい。フランスの例にも見られるように,制度の総括的な評価を行うことの重要性はますます高まっている。独立行政機関としての権能を生かして,さらに奥の深い検査をすることが期待されよう。

〔以下次号〕

(1)1994年年金法等の改正に関しては,拙稿「労働者の引退過程と法政策(上)・(下)」ジュリスト1063号(1995年)71頁・1064号(1995年)72頁を参照。

(2)会計検査院事務総長官房総務課編�会計検査でわかったこと—平成7年度決算報告と会計検査院の活動状況—�(1997年)14頁。

(3)会計検査院事務総長官房総務課編・前掲書14頁。

(4)会計検査院事務総長官房総務課編・前掲書3〜4頁。

(5)会計検査院事務総長官房総務課編・前掲書4頁。

(6)たとえば,継続雇用制度導入奨励金(本文(1)d)は,検査院の指摘を受けて1997年の雇用保険法施行規則の改正によって廃止され,継続雇用定着促進助成金が新たに設けられている。

(7)このうち,被用者に係る社会保険料については,二つの観点から,適正な徴収が必要である。第一は,市場における公正な競争の確保という観点である。事業主負担分の社会保険料は,経済的には,人件費(労働コスト)である。したがって,強制適用事業所であるにもかかわらず社会保険料を納付していなかったり,健保・厚生年金の被保険者資格のある者について社会保険料を納付していなかったりすることを野放しにすると,不公正な競争を容認することになる(法を順守し真面目に事業を営んでいる事業主が競争上不利になる)。第二は,健保・厚生年金の保護を受けることのできない被用者が生じるのを防止するという観点である。現行制度上は,被用者のための健保・厚生年金と,被用者以外を対象とする国保・国民年金とでは,給付に格差がある。本来受けることのできる社会的な保護を事業主の恣意によって受けられなくなるというのは,社会的に不公正であるのはいうまでもない。

(8)1995年度決算をとると,生活保護の国庫負担金総額が約1兆1216億円であるから,指摘金額はこの総額の約0.005%に相当する。検査対象となったのは,2県,5市,特別区1である。これをもとに,統計的手法によって,全国での不適正な国庫負担金額総額を推計することができないわけではないであろう。ただし,検査は,複数年度にわたって行っており,1年度あたりでこの額の不適正受給があったというわけではないから,推計には限界がある。

(9)このほか,①遺産分割に日時を要し急迫の場合に至っても当該財産を活用できないなどのために保護費を支給した者について,遺産分割の調停成立により現金を取得したのに伴い被保護世帯から保護費を返還させる際,同世帯からの申し立てのままに根拠のない経費を控除して返還金の額を決定したため,返還金が過小になっていた(1990年度),②年金を受給しているのにその申告を行わないで保護費を過大に受給していた者について,年金受給の判明に伴い被保護世帯から不正受給にかかる保護費を返還させる際,その全額を返還させるべきであるのに,正当な根拠なしに,その一部を返還金の額としたため,返還金が過小になっていた(1991年度),がある。

(10)しかし,基準を機械的に当てはめて行う監査は問題を引き起こすことがある。たとえば,訴訟になった例として,加藤訴訟・秋田地判平成5・4・23行裁例集44巻4・5号325頁がある。あまりに杓子定規な生活保護行政の運用や監査は,生活保護が憲法25条の具体化であることに鑑みると,決して望ましいものとはいえまい。直接要保護者・被保護者と接している第一線の行政機関の判断を尊重すべき場面もあろう。

(11)厚生省社会・援護局長通達・昭和38・4・1社発246号(『生活保護手帳(平成9年度版)』126〜127頁)。

(12)従来ローテーション人事が行われ,ジェネラリスト指向が高いといわれた民間の大企業ホワイトカラーでも,最近の研究によれば,人事,労務,経理,営業といった特定の分野の中でのローテーションであることが明らかになってきている(たとえば,小池和男『仕事の経済学』(東洋経済新報社,1991年)173頁以下参照)。すなわち,ある特定分野の中でのジェネラリスト(専門化されたジェネラリスト)なのである。これに対して,地方公共団体では,一般に,分野を特定しないジェネラリストが指向されているように思われる。

(13)フランスの会計院の概要とその権能については,拙稿「フランス会計院(Cour des comptes)と社会保障会計検査(1)(2)」会計検査研究15号(1997年),16号(1997年)を参照。

(14)この制度の概要を紹介する論考として,川口美貴「フランスにおける最低所得保障と社会的・職業的参入」静岡大学法政研究2巻1号(1997年)43頁がある。

(15)フランスには,RMIが施行されるまでは,老人・障害者といった範疇を特定せずに最低生活を保障する制度は,医療扶助を除いては存在しなかった。

de la République,1995, pp.49 et s.

(17)フランスの社会保障制度の構造の特徴については,拙稿・前掲注(13)論文参照。より本格的な研究として,加藤智章『医療保険と年金保険 フランス社会保障制度における自律と平等』(北海道大学図書刊行会,1995年)がある。

(18)たとえば,ホームレスの人々は,住所地がないために生活保護の対象とはならないというのが現在の扱いである。もっとも不安定な状況にあって,もっとも生活保護を必要とする人々が,生活保護を受けることができないという事態になっている。この点,フランスのRMIは,ホームレスの人々については,たとえば,福祉団体の事務所に住所があることとして,支給を認める扱いをしている。

(19)この点,総務庁行政監察局編『健康で文化的な生活を保障するために——生活保護に関する行政観察結果から——』(1997年)が,かなり総合的な見地からの生活保護行政についての観察結果を踏まえて,提言を行っている。

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