第5号
民主政治と会計検査院
川野 秀之
川野 秀之
(玉川大学教授)
1946年,東京都生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程単位取得修了。玉川大学専任講師,助教授を経て90年より現職。日本政治学会,日本行政学会,American Political Science Associationなどに所属。主著(共著)は,『北欧デモクラシー』,『行政と執行の理論』,『議会デモクラシー』,『世界の政治システム』など。政治学・行政学専攻。
Ⅰ はじめに
民主政治を進めるためには,さまざまな制度的な保障が必要である。それは古典的な立法府・行政府間の権力分立や,議会の国政調査権,政府刊行物の発行,政府の広報活動などにはじまり,オンブズマン(Ombudsman)(注1),情報公開,個人情報保護,行政手続法などの現代的な諸制度に至るまで,さまざまな制度が存在している。これらを体系的に総合することによって,いくらかでもよい方向に民主政治を進めることができることこそ,真の意味の先進国の条件であるといえよう。
これらの制度的保障手段の中で,最近わが国でその効用が見直され始めているのが,会計検査制度と行政監察制度である。そのうち後者の行政監察制度とオンブズマン制度は極めて重要な制度的保障手段であることはまちがいないが,しかしいくら行政に対してその行為の結果だけをチェックしたところで,それだけで十分に国民のための行政が行われているとは必ずしも断言できないという問題点がある。やはり同時に財政面からの統制が必要である。いうまでもないことではあるが,今日のビッグ・ガバメント状況において,非常に大きな問題は,国家予算の肥大化である。しかも巨額の予算について,それがどのように使われたのか,効率・民主性の両面からチェックすることが当然に必要であるが,このチェックは専門家集団によらなければならない。この専門家集団こそが会計検査院なのである。この論文では,民主政治の中での会計検査院の役割について私なりに検討することにしたい。
さらにもう一つ考えておかねばならないことは諸制度のシステム化である。徐々に進んではいるようであるが,例えば会計検査院と総務庁の行政監察制度,あるいは地方公共団体の監査委員,特殊法人の監事,さらに公認会計士会などとの連携などを密接に行うと同時に,相互に役割分担を明確にするような枠組を作り上げる必要がある(注2)。
最近わが国においてもいわば「会計検査院の復権」とでもいえそうな状況が進展しており,また昨年地方自治法が改正され,地方公共団体の監査委員の権限も強化されている。同時に行政監察制度も活気づいており,さまざまな監察結果の報告書も公刊され,その分野も,それまでほとんど介入できない聖域とされてきた観があった農協や原子力発電から政府開発援助まで多岐にわたって拡大されている。さらに行政部内型ではあるが,川崎市の市民オンブズマン制度(注3)や中野区の福祉オンブズマン制度がスタートしている(注4)。さらにわが国においても「さわやか行政」というキャッチフレーズの下に行政サービスの改善が行われ,これまでの治者対被治者という関係から,国家および地方公共団体と国民との関係が対等の関係になる方向と徐々に進んでいるように見受けられる。
このような環境において,わが国においても今まで国民との直接の関係がもっとも遠い政府機関の一つであった会計検査院が近年変化してきた。その一つの現れが年1回刊行の一般向けのPR誌『けんさいん』や『会計検査のあらまし』であり,またこの論文が掲載される年2回刊行になった『会計検査研究』である(注5)。
他省庁や地方公共団体に比べ,会計検査院の広報活動のスタートは遅く,ごく最近のことではあるが,近年のマスコミが会計検査に関するニュースを増大させている傾向とあいまって,今後大いに期待されるのではないかと考えられる。もっともそのためには,当然これからもさまざまな工夫が必要であることはいうまでもない。
会計検査院にとって,この種の広報活動は重要である。なぜなら,今後の会計検査院の方向性が国民によって支持されるためにも,会計検査院が今なにをやっており,これからなにをやるのか国民一般に周知徹底することが必要であり,またマスコミや識者にはそれ以上に細かく情報を提供する必要があろう。さらに世論を背景にして活動することこそが,会計検査院の将来にとっても,最も望ましい状況なのである。
Ⅱ 行政府に対する財政的コントロールとしての会計検査
そこで最初に問題となるのは,行政府に対する財政的コントロールの在り方と,それを担当する政府機関の位置付けである。
行政府に対する財政的コントロールとしては,いわゆる予算の循環過程に基づき,予算編成・予算執行・決算・会計検査・決算の政治的コントロールの4つの段階が考えられる。そのうち予算の議決と決算の承認は,国会の任務であり,わが国では衆参両院の予算委員会あるいは決算委員会の議を経て,本会議で裁決されるが,これらの審議は,現在の政党政治状況の下では「オール・オア・ナッシング」の傾向が強く,極めて政治的色彩が強く,争点となり得る政策経費以外の一般の諸経費の使い方について検討されることは,時間の制約もあり,ほとんどないといわざるを得ない。予算執行の段階での直接コントロールはないが,当然執行する行政側は各項目の額に制約される。もちろん予算および決算に対する国会のコントロールは極めて有効な手段であることはいうまでもないが,いわばマクロな視点に立ったコントロールであるといえよう。それに対し決算と会計検査はミクロな視点に立ったコントロールである。決算は大蔵省によって行われるので,内部的コントロールであるが,会計検査は憲法上行政府から独立した会計検査院によって行われるので,有効な外部的コントロール手段の1つである。
Ⅲ 会計検査の新しい方向性
会計検査の新しい方向性は,すでに宮川公男教授(注6)や西尾勝教授(注7)が述べているように,「伝統的な合法性(legality),合規性(regularity),準拠性(compliance)といった基準に基づく財務的監査から,経済性(economy),効率性(efficiency),有効性(effectiveness)」(注8)のいわゆる3E基準をも含めたより包括的な監査を目指している。この方向性の中で,新しい重要な手法として考案実行されてきたのがプログラム評価(program evaluation)であることは今さら改めて指摘するまでもなかろう(注9)。
たしかに会計検査が,非常に硬直した法規との整合性のみを確認するだけのものから,政府支出がどこまで効率的なものか,どれだけ有効なものか,経済的にみて無駄はないかといった観点からも検査検討することは大変な進歩であるといってもよかろう。
しかしそれですべて完成したといえるであろうか。さらにその上の段階として求めるべき方向性はないのだろうか。今日わが国において3E検査もまだ完成していない状況であるのに,さらにその先を考えるのは性急にすぎるといわれるかもしれない。しかしながら常に先の先を考えるのが,研究者の本来の使命であることを忘れてはならない。
そこで次の段階として求めるべきものはなにか,私なりに考えてみると,それは民主性(democracy)と公共性(publicness)(注10),そして公開性(publicity)であるといえよう。もちろんそれは会計検査の当然の前提条件であると反論されよう。
しかし政策決定過程がどれだけ民主的であるかということと,実際の国家支出がどこまで国民の役に立つ支出であったかということを検討しなければ,能率論争における機械的能率論の二の舞となる恐れは大であるといわざるを得ない。すなわち行財政における効率とは,単なる経済性だけでなく,あるいは「予算の無駄使いをなくす」という観点だけでなく,同時にそれがどれだけ国民の役に立ったのかという観点からの評価を体系化することが必要なのである。もし予算が節約できたとしても,それだけで問題が解決したわけではない。どうして必要以上の予算を組んだのか,適正な無理のない節約なのかなど,将来のために検討すべき事項は多々ある。これらについての解明が重要であることを十分に認識して,日常業務の指針としてほしいのである。
Ⅳ 会計検査の基準としての民主性
会計検査の基準として民主性を導入した場合,それを判断する指標はなんであろうか。もちろん抽象的には,民主的な政治制度の下で選ばれた国会が審議可決した予算はそれ自体極めて民主的なものであり,それ以上の民主化は必要ないとの立場をとることもできよう。しかし前述したように国会によるコントロールには限界がある。そこで専門機関である会計検査院などが必要になる。
問題はその位置付けである。日本国憲法では会計検査院は三権の外に存在している。この在り方がよいのかどうかは論議の余地のある問題であろう。とくに民主性という見地からすれば,独立した会計検査院には国民の直接的なコントロールがほとんど及ばないので,アメリカ合衆国やスウェーデンのように会計検査院を議会の付属機関とする方がベターであるとの主張がされよう(注11)。しかしわが国においては,現在客観的にみて憲法改正ができる状況ではないので,オンブズマンを議会の付属機関として設置する問題と同様,このような制度改正の実現はほとんど不可能に近いといわざるを得ない。そこで現状のままで民主性を助長していくためにはどうすればよいのかということになる。
もちろん民主性への対応は党派性を導きやすい。不偏不党の民主性は言うのは易しいが実行するのははなはだ難しいものである。したがって一部の人々の反対によって予算が執行されない状態を民主的というわけではない。その意味で,かつて美濃部亮吉元東京都知事が述べたように一人でも反対する道路は設置しないという方針は必ずしも民主的ではなく,むしろ少数専制を生み出す恐れが大きいといわざるを得ない。たしかに道路を作ることによって交通量が増え,公害が増加するのは好ましくはない。しかしそれが客観的に見て最適地であるのに,一部の住民の頑固な反対によって公共の利益を害する状況が生まれるとしたら,狭い範囲における民主主義の貫徹は国全体の民主主義に反するという矛盾を生むことになる。そこで費用対効果比を計算した際,どの程度のコストを支払うのが民主的なのかあらかじめ検討しておくことが必要であろう。
Ⅴ 会計検査制度にオンブズマン的要素を導入する必要性
そこで現在の会計検査院の制度を必要最小限改革するとすれば,どのような方向が望ましいのであろうか。私の主張したいことは,会計検査院の制度に若干のオンブズマン的要素を導入し,権限を強化したらどうかということである。具体的には,現在も存在する制度や法規の改正への勧告権を活用すること,国民からの国の行財政に対する苦情に直接対応でき,問題点があれば関係機関に直接勧告できる権限をもった組織を院内に設置すること,マスコミへの対応を含め広報機能を強化し,名実ともに開かれた会計検査院となること,地方事務所を全国7〜8ヵ所程度設置し,機動的に会計検査のできる体制を整えることなどである。
会計検査院がそのままオンブズマンを兼ねた例としてはイスラエルがある。イスラエルの場合,1971年9月22日会計検査院法が改正され,会計検査院長(State Comptroller)が公共苦情コミッショナー(Commissioner for Complaints from Public)を兼任することになった。年間予算規模は会計検査院全体で50万ドルから100万ドル(1987年度),職員は公共苦情コミッショナー局だけで82名,そのうち法律専門職は44名,その他の専門職7名,事務職は31名である。苦情は1986年10月4日から87年9月23日のほぼ1年間(ユダヤ暦の1年)の間に4,908件受理し,1,968件前年度から繰り越され,5,025件調査された。その42%が正当化された。権限の範囲は,国家機関,地方自治体,特殊法人その他の政府関連機関,警察などを含む。また管轄から除外されているのは,大統領,内閣,閣僚,議会,国会議員,公共企業体職員,裁判所の判決である(注12)。
軍については,1972年11月1日設置された別個の機関である軍人苦情コミッショナー(Military Soldier's Complaints Commissioner)が担当し,こちらの苦情は年間6,359件で,40.6%が正当化され,18.6%が自発的に撤回され,7.5%が却下された(注13)。
Ⅵ わが国の会計検査院の会計検査の動向についての実例研究
これまで述べてきた新しい方向性は,現実にどの程度まで会計検査の結果に反映されているであろうか。近年の『会計検査報告』の中から例を挙げて検討してみよう。それがとくにどの観点から検討されたかを付記する(注14)。
a)法令・制度または行政に対する改善意見および要求について
平成2年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 石炭鉱害事業団
い 改善の意見を表示したもの
イ 農林水産省
ロ 郵政省
ハ 住宅・都市整備公団
ニ 東日本・東海・九州旅客鉄道株式会社
う 改善の処置を要求したもの
イ 労働者
平成元年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 法務省
ロ 文部省
ハ 同
ニ 厚生省
ホ 建設省
ヘ 中小企業信用保険公庫
ト 東日本旅客鉄道株式会社
い 是正改善の処置を要求し改善の意見を表示したもの
イ 厚生省
う 改善の意見を表示したもの
イ 文部省
ロ 農林水産省
え 改善の処置を要求したもの
イ 労働省
昭和63年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 労働省
い 改善の意見を表示したもの
イ 防衛庁
ロ 厚生省
ハ 労働省
う 改善の処置を要求したもの
イ 農林水産省
昭和62年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 防衛庁
ロ 厚生省
ハ 同
ニ 同
ホ 日本電信電話株式会社
ヘ 日本貨物鉄道株式会社
い 改善の意見を表示したもの
イ 労働省
昭和61年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 文部省
ロ 厚生省
ハ 同
ニ 労働省
い 是正改善の処置を要求し改善の意見を表示したもの
イ 国土庁
う 改善の処置を要求したもの
イ 文部省
ロ 厚生省
ハ 農林水産省
昭和60年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 農林水産省
ハ 同
ニ 運輸省
ホ 建設省
い 改善の意見を表示したもの
イ 農林水産省
ロ 労働省
ハ 日本電信電話株式会社
う 改善の処置を要求したもの
イ 文部省
昭和59年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 農林水産省
ハ 郵政省
ニ 住宅・都市整備公団
い 改善の意見を表示したもの
イ 文部省
ロ 農林水産省
ハ 建設省
ニ 水資源開発公団
う 改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 農林水産省
ハ 同
ニ 日本電信電話公社
昭和58年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 農林水産省
ハ 日本国有鉄道
ニ 日本電信電話公社
い 改善の意見を表示したもの
イ 農林水産省
ロ 同
ハ 日本電信電話公社
昭和57年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 農林水産省
ロ 同
ハ 同
ニ 郵政省
ホ 建設省
ヘ 日本国有鉄道
ト 日本電信電話公社
チ 住宅金融公庫
い 改善の意見を表示したもの
イ 労働省
ロ 日本専売公社
ハ 日本電信電話公社
う 改善の処置を要求したもの
イ 厚生省
ロ 農林水産省
昭和56年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 食糧庁
ロ 水産庁
ハ 郵政省
ニ 建設省
ホ 自治省
ヘ 日本道路公団
ト 住宅・都市整備公団
チ 雇用促進事業団
昭和55年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 農林水産省
ロ 同
ハ 同
ニ 日本電信電話公社
ホ 同
ヘ 住宅金融公庫
い 改善の処理を要求したもの
イ 厚生省
昭和54年度
あ 是正改善の処置を要求したもの
イ 大蔵省
ロ 農林水産省・建設省
ハ 通商産業省・中小企業金融公庫
ニ 郵政省
ホ 建設省
ヘ 日本道路公団
い 改善の意見を表示したもの
イ農林水産省
このように整理してみると,興味深いのは同じ問題について2回以上かかわっているものがいくつかあること,また各年度ごとに同一機関の特定分野ごとに検討を加えたものがあり,これらがどのように決着がついたのか個別に検討することも今後のために必要であろう。また次の項とも関連があるが,会計検査院に指摘されたのち,当局において改善の処置が講じられるまでにどのくらいの期間がかかっているのか検討する必要があろう。
例えば郵政省の第三種郵便物の取扱いについての問題は昭和54年度に提起されたが,その後平成2年度にフォローアップが行われている。
b)会計検査院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項
昭和61年度 18件,昭和60年度 19件,昭和59年度 18件,昭和58年度 15件,
昭和57年度 14件,昭和56年度 19件,昭和55年度 16件,昭和54年度 13件,
年々大きな変動はないが,会計検査院の指摘があれば,簡単に改善の処置を講ずることができるのであれば,自発的に改善することがなぜできないのか考えておく必要があろう。ここでも外圧に弱い日本行政の体質が露呈している。自分たちでも気が付いていても,これまでの方針を変更するにはそれなりの理由が必要である。その理由として会計検査院の指摘が有効であったということである。
今回はこれらの事項の内容については検討を加えなかったが,前項と関連して,どのような改善が行われたのか検討するのが今後の課題である。
c)特に掲記を要すると認めた事項(「特定検査対象に関する検査状況」を含む。)
平成2年度
イ 政府開発援助について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 御徒町トンネル工事における薬液注入工の施工について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和63年度
イ 政府開発援助について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和62年度
イ 住宅用家屋の所有権移転登記等に係る登録免許税の税率軽減制度の運用について−合規性
昭和60年度
イ 国有林野事業の経営について−経済性・効率性
昭和59年度
イ 都市施設等の整備事業の実施について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 東北新幹線建設に伴い取得した都市施設用地について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和58年度
イ 繭糸価格安定制度について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 多目的ダム等建設事業について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和57年度
イ 国が補助した土地区画整理事業の施行に伴って整備された住宅の利用の現状について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 旅客営業の収支等について−経済性・効率性
ハ 成田新幹線の建設工事について−所期の目的を達成しているかの検討
ニ 原子力船「むつ」の開発について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和56年度
イ 団体営草地開発整備事業によって開発した草地について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 荷物営業について−経済性・効率性
ハ 上越新幹線建設に伴い取得した併設道路用地の費用の回収について−経済性・効率性
昭和55年度
イ 国営干拓事業の実施について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 水田利用再編対策事業における管理転作奨励補助金の交付について−所期の目的を達成しているかの検討
ハ 貨物営業について−経済性・効率性
ニ 用地の利用及び住宅の供用の状況について−所期の目的を達成しているかの検討
ホ 移転就職者用宿舎について−所期の目的を達成しているかの検討
昭和54年度
イ 国営農地開発事業によって造成した農地の利用について−所期の目的を達成しているかの検討
ロ 大規模林業圏開発林道事業の施行について−所期の目的を達成しているかの検討
まとめてみると,このなかに地味なものも含め,当時の重要な行政課題に関連する検査が多く見られる。当時なにが問題になっていたのかある程度はこの一覧表からも理解できよう。
このような特別の検査を行うことによって,そのときの重要な行政課題に対応することが今後とも望ましい。会計検査院がいわば国のご意見番の役割を果たす際,単に予算の執行状況についてだけでなく,より大きな課題に対応することによって,民主政治の遂行にも貢献することとなろう。
d)不当事項
平成元年度 192件 102億6、848万円
昭和63年度 166件 48億4、127万円
昭和62年度 170件 41億3、999万円
昭和61年度 129件 39億1、093万円
昭和60年度 117件 36億6、420万円
昭和59年度 148件 48億3、793万円
昭和58年度 157件 83億8、480万円
昭和57年度 181件 62億6、773万円
昭和56年度 184件 42億5、093万円
昭和55年度 180件 69億3、950万円
昭和54年度 157件 230億1、443万円
不当事項については,本稿の直接の検討課題ではないので,ここでは近年の件数と金額を挙げるだけにするが,昭和54年度の急激な突出ぶりが目立つことだけ指摘しておこう。ごく最近また件数・金額ともに増加傾向にあるが,過去10年間の間に貨幣価値の変動があるので,単純には比較できないとはいえ,近年調査官の精力的な活動がみられる成果とも,社会情勢の大きな変動に法規が対応できなくなっていることの現れだとも考えられる。両者の要素が絡みあって現状があるのだといえよう。
e)小括
昭和54年度から平成2年度までを総括してみると,会計検査院から改善を勧告された件数の最も多い官庁は農林水産省であった。是正改善の処置要求や改善の意見は合わせて25件にのぼり,会計検査院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項も22件,特に掲記を要すると認めた事項6件あった。他の省庁に比べかなり多い件数である。
Ⅶ おわりに
このように会計検査院の活動状況について,とくに是正要求や意見表明というオンブズマン的な活動に焦点を当てて整理してみた。その結果としていえることは,近年重要な行政課題に対する積極的な検討解明の努力が顕著であるということである。
ただこのような努力がなされていることをどの程度認識されているかということになるとはなはだ心もとないのが実情である。今後とも会計検査院が国民とともに歩むためにはさまざまな努力を重ねる必要があるといえよう(注15)。
この論文ではさまざまな論点を提起したつもりである。個々のテーマについては今後掘り下げていきたい。
注:
1)わたしはもともとこの20年ほどオンブズマン制度について研究してきた。ただなぜオンブズマン制度研究を始めたかという理由は,民主政治あるいは議会政治の危機といわれる状況の中で,新たな民主政治の補強手段としてのオンブズマン制度の有益性に着目したからだといえよう。拙稿「オムブッズマン研究序説」,『早稲田政治公法研究』創刊号,1972年,「オンブツマンの制度化過程」(1〜4),『社会科学討究』68,73,74,77号,1978〜81年,「オンブズマンの制度化」,日本行政学会編『国際化時代の行政』,ぎょうせい,1990年所収などを参照されたい。
2)これらの諸機関の問題点の検討のために,近年会計検査院の主催で年1回「公会計監査フォーラム」が開催されている。
3)川崎市の市民オンブズマン制度については,拙稿「川崎市市民オンブズマン制度の成立過程」,『社会科学討究』109号,1992年(予定),「川崎市市民オンブズマンは定着したか」,『望星』平成3年9月号,1991年などを参照されたい。
4)中野区の福祉オンブズマン制度については,内田和夫「中野区福祉オンブズマン制度発足6ヵ月」,『自治総研』17巻4号,1991年参照。
5)季刊で56号を迎えた『行政管理研究』の後を追い,『会計検査研究』も定価をつけて販売できる体制になる日を期待している。なお会計検査院のPR活動の成果の評価については,『パブリック・アカウンタビリティと会計検査研究報告書』,1991,日本システム開発研究所,10-11,60-7頁参照。
6)宮川公男「新しい会計検査の確立に向けて」,『会計検査研究』創刊号,1989年8月。
7)西尾勝「アカウンタビリティの概念」,『会計検査研究』創刊号。
8)宮川前掲論文8頁。
9)金本良嗣「会計検査院によるプログラム評価」,『会計検査研究』第2号,1990年7月。桜田桂「プログラム評価とわが国会計検査院による事業・施策の有効性の検査」,『会計検査研究』第3号,1991年3月。山谷清志「プログラム評価の二つの系譜」,『会計検査研究』第4号,1991年9月などを参照されたい。
10)会計検査院と公共性との関係については,村上武則「会計検査院と公共性」,『廣島法學』14巻4号,1991年3月,「我が国の会計検査院の法的諸問題」,『廣島法學』10巻3号,1987年3月など参照。村上武則広島大学教授はわが国における会計検査院の制度的研究の先駆者である。
なお,村上武則・石森久広「西ドイツにおける連邦会計検査院の法的地位とその任務」,『廣島法學』10巻4号,1987年,「西ドイツの会計検査院と法治国家」,『会計検査研究』第2号,石森久広「西ドイツにおける会計検査院の検査権限の限界に関する一考察」,『廣島法學』11巻2号,1988年1月なども参照されたい。
11)アメリカ合衆国の会計検査院については,鈴木繁治「米国会計検査院の最近の動向」,『会計検査研究』創刊号を参照。スウェーデンの会計検査院については,同じく「スウェーデン会計検査院における有効性検査」,『会計検査研究』創刊号を参照。
12)Ombudsman Office Profiles 1988, International Ombudsman Institute, 1988, pp.141-3.
13)op.cit., pp.135-6.
14)『会計検査のあらまし〔別冊〕この10年のあゆみ』(1980〜1989),1990,会計検査院。『会計検査のあらまし』昭和62年度決算,昭和63年度決算,平成元年度決算,1989,1990,1991。『平成2年度決算報告の概要』1991などによって作成した。
15)前掲報告書61頁参照。回答者の90%以上が現在の広報活動に不満を持っている。
私自身会計検査院について,積極的な研究は始めたばかりであり,まだ研究の出発点に立っているにすぎない。私が会計検査院の業務内容について詳しく知ったのは,およそ15年前に村川一郎氏と西修駒沢大学教授主催の研究会でいくつかの官庁の人に説明を聞いたときに会計検査院の説明を聞いたのが最初であった。その後フォーラムに出席し,資料を熟読するようになり,さらに『会計検査研究』の読者となって,興味が深まったことを付言しておきたい。