第2号 巻頭言

監査・検査・監察
新井 清光

新井 清光
(早稲田大学教授)

 標題に掲げた監査・検査・監察という三つの言葉は,それぞれ,公認会計士による会計監査,会計検査院による会計検査および総務庁による行政監察を指している。

 これら三者は,ほぼ同じような任務を負っているところから,最近,相互の交流と連携を密接にして行こうとする気運が高まっている。例えば,会計検査院は,昭和62年度から定例的に行政監察局(総務庁)との連絡会を開いている。また行政監察局や日本公認会計士協会は,会計検査院が昭和63年度から開催している「公会計監査フォーラム」にパネリストを派遣し,逆に会計検査院などは,行政監察局が毎年開催している「監察・監査中央セミナー」に関係者を参加させるなどして,相互に情報の交換や意見の交流を図っている。

 このような三者間の積極的な交流・連携活動は,これらの三者がいずれも他者の業務や行為に対して,一定の評価(判断)基準により,評価を下すという点で共通性をもっているところから,相互啓発・発展のためにきわめて有意義であるといえよう。

 もちろん,監査・検査・監察の各目的,その内容などは互いに異なっている面も少なくないので,このような交流・連携活動には自ら限界もあると思われる。例えば,公認会計士による会計監査は,企業(主として株式会社)が公表する財務諸表の真実性・信頼性を担保することを主な目的としているのに対して,会計検査院による会計検査は,国の会計経理を監督し,かつ,その是正を図るとともに,国の収入・支出の決算の確認を行うことを目的としている。また, 行政監察局による行政監察は,各行政機関の業務の実施状況を監察し,必要な勧告を行い,また所要の総合調整機能を果たすことを目的としている。したがって, 監査と検査は,会計という行為をその評価対象としている点ではほぼ一致しているが,これら二者と監察との間には,後者が会計行為に限らずひろく行政全般を評価対象としている点で異なっていると思われる。また,監査と検査についても,前者が公表財務諸表に対する意見表明という批判的機能に重点があるのに対して,後者は,決算の確認のほか,会計経理の監督・是正という指導的機能にも重点が置かれている点で差異があると思われる。

 このような相異点を認識することは,監査・検査・監察の各当事者が今後とも密接な連係活動を推進するうえで重要なことであると思われるが,さらに一歩進めて考えるべきことは,三者がそれぞれ行っている評価の基準の問題であるように思われる。すなわち,監査・検査・監察のいずれにせよ,それらが他者(被評価者)の業務や行為に対して,適法・適正・妥当・相当などといった評価(判断)行為を行い,一定の評価を下すためには,その評価の基準(物差し)が必要であるが,その評価基準としては,一般に,(1)他者の業務等が所定の法令等に準拠しているかどうかという「合規性」の基準,(2)その業務等が,コストとべネフィットとの対比上,効率的・経済的であるかどうかという「効率性・経済性」の基準および(3)当該業務等が所期の目的にそった効果をあげているかどうかという「有効性」の基準があげられている。この評価基準に即していえば,監査・検査・監察のいずれも,本来,(1)の合規性の基準をその評価基準としていることはいうまでもないと思われるが,監察はもちろん,検査にあっても(2)の「効率性・経済性」および(3)の「有効性」の基準に相当のウェイトを置くようになってきている(例えば,ODAの効率的・効果的な実施に関する昭和63年度決算検査報告における問題提起など)。

 このような状況にかんがみて,本年1月「会計検査問題研究会」が「業績検査に関する研究報告書」をとりまとめたことは,まことに時宜を得たものであり,またきわめて有意義であると思われるが,さらに最近の社会経済情勢を省みると,上記(1)ないし(3)の基準に加えて,社会的な「公正性」または「公平性」の基準も評価基準として必要になってきているのではないかと思われる。その必要性は,例えば上記の63年度決算検査報告における防衛大学校卒業生の中途退職者に対する退職手当の支給問題などからも指摘できるように思われる(「けんさいん」平成2年3月号,11および59−60ページ,「会計検査のあらまし───昭和63年度決算───」平成2年,7−8ページならびに「会計検査研究」1989年8月号,48ページ参照)が,さらに1990年代が,日本のみならず欧米先進国においても,ひろくその政治・経済の両面において,効率性一辺倒の時代から公正・公平性との両立・調和の時代へとスウィングして行くといわれている今日(例えば宇沢弘文「『豊かな社会』の貧しさ」1989年,岩波書店,100−109ページほか,佐和隆光「『大国』日本の条件」1989年,日本経済新聞社,145−149ページほか参照),監査・検査・監察のいずれも,資源の適正配分や所得の公正分配という,新たな社会的公正性の問題にその評価基準の視野を拡大して行く必要があるのではないだろうか。

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