第15号

地方自治体財務情報開示の現状と課題
—政令指定都市を中心に—
橘 晋介

橘 晋介
(岡山商科大学商学部教授)

 1946年生まれ。同志社大学商学部卒,同大学大学院商学研究科修士課程修了。岡山商科大学商学部助手,講師,助教授を経て,94年より現職。日本会計研究学会,日本地方自治研究学会,日本経営学会等に所属。

 主な論文は,「アメリカにおける公会計基準の再検討」『会計』第137巻第5号,「世代間負担衡平観と公会計」『地方自治研究』第7巻第1号,「ビジネス型政府活動の会計と財務報告」『産業経理』第50巻第1号など。

Ⅰ 地方自治体による情報開示の意義

 公共部門による情報開示(公開)の概念は,広義には国や地方自治体(政府機関)がその保有する情報を外部にたいし公開することを内容とし,義務としての情報公開制度にもとづくものだけでなく,政府機関の任意による情報提供も含む。

 公共部門の情報開示がもつ意義は,基本的に,政治参加および行政の監視・統制(注1)のための前提整備にあるといえる。国政については,憲法(前文)が国民主権の原理を明記しており,代表民主制のもとで,政治はあくまで主権者である国民の信託にもとづいて営まれる。このため,国民が主権者としての立場で判断や意思決定を下すにあたっては,国政にかんする各種の情報が必要とされる。また,とくに行政が真に国民の利益のために進められているかどうかを監視し適切に統制するにさいしても,行政活動に係わる多くの情報を入手することが国民には不可欠である。

 他方,地方自治でも,情報開示が政治参加および行政監視・統制のために必要であることはいうまでもないが,その意義は格別である。

 憲法は,地方自治がその本旨に立脚しておこなわれなければならないことをあきらかにしたうえで,首長公選制(93条2項)を定め,さらに一つの自治体のみに適用される特別法の制定について住民投票による同意を要求している(95条)。こうした憲法の考え方を引き継いで,地方自治法では,条例の制定・改廃の請求(12条1項 74条1項),事務監査の請求(同12条2項 75条1項),議会の解散請求(同13条1項 76条1項),議員の解職請求(同13条2項 80条1項),首長の解職請求(同13条2項 81条1項)および主要公務員の解職請求(同13条2項 86条1項)の各直接請求制度を規定し,加えて,住民監査請求(地方自治法242条)および住民訴訟(同242条の2)の制度も設けている。

 国の場合と異なり,地方自治について,このように多くの直接民主主義的制度が保障されている理由は,基本的機構として採用されている間接民主制の短所を補完し,地方自治の本旨(団体自治・住民自治)を実現するねらいにあると察せられるが,いづれにしてもこれらの直接民主主義的諸制度が有効に機能し,住民が認められた権利を行使しうるためには,その前提として,自治体にかんする各種の情報が彼らにとって十分利用可能でなければならない。とくに問題となるのは自治体自体が保有する行政情報であり,その適切な開示が要点となる。

 地方自治体による情報開示は,こうした意味で重いが,その意義は,実際面からも指摘される。さまざまな形態で行われる政治参加・行政統制のうち,今日盛んな市民運動や住民参加をみると,それらは国政にたいしても向けられるが,むしろ地方自治体に係わっておこなわれることが多い。必要性が高まっている住民参加を取り上げれば,直接請求や住民監査請求,住民訴訟だけでなく,昨今論議を呼んでいる住民投票,さらに,不服申し立て,請願,陳情,公聴会・審議会・委員会への参画など制度・非制度の両面にわたって多様であり,しかもかなり一般化されているが,これら活動のなかで自治体の情報開示が担うべき役割の重さについては言をまたない(注2)。

Ⅱ 情報開示の類型と財務情報開示

 公共部門の情報開示は,情報を保有する政府機関(主として行政機関)の裁量に委ねられているもの(情報提供施策)と,裁量ではなく法制度によって政府機関に義務づけられているもの(情報公開制度)とに分けられ,さらにそれぞれが,積極的な情報要求にもとづくものと,とくに情報要求によらないものとに区分される。この結果,公共部門による情報開示は,つぎの4つの型に分類される(注3)。

 第一の型は,とくに請求を待たず,政府機関の側から裁量により情報開示されるものである(広報施策)。これには,広報紙誌の発行・配布,行政資料の刊行・配布・販売,各種資料の案内・提供などが含まれる。

 第二型は,利用者の請求にもとづいて,政府機関の裁量により情報開示される場合(情報センター施策)である。この例としては,公文書館・資料室・図書館での資料・図書の閲覧,刊行物センターなどにおける行政資料集の販売,案内・相談窓口での資料の閲覧・提供などが挙げられる。

 第三の型は,開示請求によらず,法制度にもとづき義務として政府機関が一定の情報を開示する場合(情報公表義務制度)である。議事録の公表,法令の公布,公報による告示・公表のほか,都市計画案・環境影響調査書概要書の縦・閲覧などもこの例に入る。

 第四の類型は,開示請求にもとづき,義務として政府機関が保有情報を開示する場合(情報開示請求制度)である。情報公開法・条例による情報開示がこの代表である。

 第一と第二の類型が情報提供施策,第三と第四の型が情報公開制度に属する。

これら4つの類型のうち,情報公表義務制度と,広報施策ならびに情報センター施策は,住民による政治・行政参加に有用な基本的情報を与えると考えられる(注4)。これらは通常的に,また比較的まとまった形で各種情報を開示するうえ,政策決定過程の進行状況も伝えうるので,参加の前提となる関連情報を住民が獲得しやすいからである。情報開示請求制度は,この意味では補助的な位置にとどまりがちであるが,時には重要な役回りを演じ,とくに政治・行政の監視のためには,他の型による情報よりも直接的に大きな効力を現すことがある(注5)。いずれにしても,情報公開制度の十分な確立とその利用性の保証,ならびに情報提供施策の充実がともに満たされ,両者が有機的総合的に展開されるときにこそ,情報開示のもつ意義が高度に発揮される。

 地方自治体による情報開示のうち,とくに財務にかんする情報の開示状況を,4類型にそって示せば,つぎのようである(注6)。

(1) 広報施策(注7)

 住民にたいする当初予算の周知が財務にかんする広報活動の中心になっている。当初予算の意義や住民に与える影響からみて,これは当然であるが,都道府県や多くの市では,一般に,議会における議決ののち,各年度はじめに当初予算の概要を主要な施策の案内と合わせて広報紙(誌)に掲載している。これらの広報紙(誌)は,とくに市の場合,町内会などを経て区域の全世帯に配布されることが多く,それだけに周知効果も期待されている。予算関連の情報を自らが提供する民間テレビ・ラジオの広報番組の制作・放送を通じて伝達する自治体も,都道府県を中心にかなりみられる。また,一部の県では一般日刊紙の紙面を買い取って当初予算等の情報を呈示している。さらに,自治体のなかには,新年度開始前後,住民にたいし,いち早くかつやや詳しく予算内容を伝えるため,通常のものとは異なる,特別の広報紙(誌)やパンフレットを作製し配布するものがある。当初予算情報に比べ,年度中の補正予算にかんする情報を広報によって提供する自治体はそれほど多くない。

 過年度の決算結果を広報紙(誌)などに記載して住民に報告する自治体は,市では割合にみられるが,都道府県では若干見受けられるにすぎない。決算の部分情報や公債・公有財産現在高情報・財政指数などを,毎年度作成する自治体統計書や都道府県勢要項などの行政資料に収載して提供するケースは一般的である。また,住民と首長の対話集会や自治体の地区住民会議などにおいて,予・決算を含めた財政状況や財政計画その他財務情報を直接,参加住民にたいし呈示する例もある。

 広報施策としての財務情報開示は,印刷媒体により住民にたいし直接的に実施する形態が主体で,比較的理解容易な形で定期的におこなわれるため,その効果が割合高く見込まれる。ただし,財務情報にかぎらず,広報活動は自治体の裁量にもとづくことから行政側に不都合な情報は開示されにくい。

(2) 情報センター施策

 利用する住民の側の要求にもとづいて自治体が裁量により財務情報を提供する場合としては,まず,行政資料室,公文書館,情報センター,ならびに公立図書館などの施設に収集・所蔵する,予算書・予算説明書(当初,補正),決算書・決算付属書,税収額・決算概要・その他財政指数等を収載する自治体要覧・各種統計書,予・決算はじめ様々な財務情報を登載する各自治体公報・記者発表資料・広報紙(誌)などの諸資料を,住民へ閲覧・複写サービスしたり,貸し出しすることが挙げられる。これらの施設では,このほか,照会に応じて,案内や相談コーナーで利用者の求める財務関係書類や資料の紹介,呈示もなされる。

 また,財政課や会計課などの各主管課窓口では,行政資料室などと同様に,予算・決算関係その他の財務書類が住民にたいし直接閲覧に供されるほか,資料の性格や事情によっては,これらを複写に供したり,配布,貸し出し,販売することがある。

 なお,最近では,コンピューター通信システムの急速かつ高度な発達・普及と,自治体支出予算の使途にたいする住民の関心の高まりを背景として,食糧費や旅費をはじめとする財務情報が,他の一般的な自治体情報とともに,インターネットやパソコン通信,ファックス通信のような新しい情報メディアで提供されるようになっている(注8)。情報提供の即時性・直接性の点からみて,利用者に利便の高い,こうした方法は,今後いっそうの発展が見込まれる。

 この型の情報開示では,所管部課の担当者から直接に説明を受けることが可能であったり,特定の施設に新旧合わせ多数の幅広い資料が集中的かつ体系的に収集・保管されて随時利用の便宜が大きいなどの長所がある。しかし,資料の収集・整理・保管・配架には裁量が働くため,行政側に不都合な情報は開示を差し控えられる恐れがある。

(3) 情報公表義務制度

 この類型に含まれる自治体財務情報の開示は,地方自治法により定められた,住民にたいする予算,決算および財政状況の各公表義務制度にもとづくものが中心である。これらは包括的かつ継続的である点で,自治体による現在の財務情報公開制度の基幹でもある。

 <予算の公表> 地方自治法219条2項により,普通地方公共団体の長は,議会議長から議決された予算の送付を受けたとき,自治大臣(都道府県の場合)または都道府県知事(市町村の場合)に報告するとともに,その要領を住民に公表するよう義務づけられている。全国の自治体におけるこの公表実状については,まとまった資料がなく定かでないが,散見される各地の事情からすれば,議決された予算自体を告示または公告などとして,都道府県の場合,自ら発行する公報に登載して,また市町村の場合には所定の掲示場に掲示して実施するものが比較的多いと推察される。ただし,公表の具体的な定めは法に盛り込まれておらず,自治体の裁量にまかされているので,その方法のみらならず内容についても自治体間で一様でなく,むしろ差異があると思われる。

 <決算の公表> 地方自治法233条6項にもとづき,普通地方公共団体の長は,決算をその認定にかんする議会の議決および監査委員の意見と合わせて,自治大臣(都道府県の場合)または都道府県知事(市町村の場合)へ報告すると同時に,その要領を住民に公表するよう求められている。

 予算の公表と同様に,有用な資料は見い出せないものの,決算公表も,告示ないし公告などと扱われ,認定された(または不認定の)歳入歳出決算書を都道府県レベルでは公報登載により,市町村では掲示により開示する例が多いと思われる。ただし,ここでも法には公表方法・内容などが明記されておらず,自治体間で異なった対応がありうる。

 <財政状況の公表> 地方自治法は243条の3で,「普通地方公共団体の長は,条例の定めるところにより,毎年二回以上歳入歳出予算の執行状況並びに財産,地方債及び一時借入金の現在高その他財政に関する事項を住民に公表しなければならない」とのべ,いわゆる財政状況の公表義務を定めている。

 財政状況公表にかんしては予・決算の公表とは異なり,法は公表内容にも言及しているが,これは限定的な意味でなく,最終的には条例により,公表事項のみならず,時期,方法など細目を決定するよう求める主旨と解されるから,各自治体ごとの公表のありさまはやはり多岐でありうる。平成5年および6年度分について実施した調査結果によれば,都道府県の実施状況はおおむねつぎのようであった(注9)。

 法ではとくに定められていない公表時期は,各条例では明示されており,都道府県の場合,もっとも多いのは,毎年,5月と11月の2回とするもので,6月と12月の2回とするものもかなりある。公表手段についても各条例は指定している。都道府県ではそのすべてが公報を発行しているので,一つの県を除き,公報(大多数は号外)への登載(告示または公告などの扱い)によっている。この公報号外はしばしば別冊の形を取り,『財政のあらまし』,『財政状況』,『財政事情』などのタイトルを付される。

 公表内容は,上半期発行号(5月または6月発行:前年10月1日−当年3月31日対象)と下半期発行号(11月または12月発行:4月1日−9月30日対象)とで,対象期間の違いからやや差異がある。

 上半期発行号に含まれる一般的な公表事項は,当年度当初予算の概要,前年度下半期の予算補正状況・予算執行状況,財産・地方債・一時借入金の状況である。ただし,このうち一部が省略されることがあり,反対に,住民負担の状況が追加される場合もある。また,継続費,繰越明許費,債務負担行為,前年決算見込みその他が独立的事項として取り扱われる例もみられる。公表事項の取り合わせはこのように自治体間でばらつきがあるが,さらに,各事項自体の開示内容にも落差がある。たとえば当初予算を例にとると,一方では,一般会計・特別会計双方について歳入歳出予算だけでなくその補助的な情報も含め割合細かく示し,しかも用語解説ならびに参考図表を加えるものがあるのにたいし,他方では,予算編成方針の簡単な説明と数枚の図表による一般・特別会計予算の要点呈示程度に終わっているものも存在する。また,ある事項を詳細に開示する自治体が他の事項についてはかならずしもそうでなく,重点の違いが各自治体の公表内容をいっそう多彩化している。さらに上期号に特徴的であるのは,新年度の主要施策ないし新規事業の案内である。これらはときに厖大に上っている。

 下半期発行号に共通的な公表事項は,前年度の決算概要,当年度上半期の予算補正状況・予算執行状況,財産・地方債・一時借入金の状況であるが,一部事項を含まないものがみられる。割合多くのものは住民負担状況をこれらに加えており,主要施策の成果,資金繰りなどを独立的にのべるものもある。各事項の開示内容は上期発行分と同様に,自治体間で精粗の幅が大きく,多様化している。

(4) 情報開示請求制度

 地方自治体レベルでは,国に先立ち,不特定多数の人々を対象とした情報開示請求制度として,条例(要綱)にもとづく情報公開制度が普及しており,96年10月までに,すべての都道府県と289の市区町村(3県と18市町村では要綱)で導入済みとなっている。

 こうした情報公開制度にしたがって開示された情報のうち財務に係わるものの割合や内容は,自治体から公表される報告でも明瞭ではないが,請求内容の伺われる一部の自治体例からみるかぎり,全請求数にたいする比率は最近まで高くなく,また請求内容も多岐にわたっている。これらのうち,これまで社会的に広く注目を浴びてきたのは首長等の交際費であった。

 しかし,1995年以降,状況は一変している。全国的に組織された市民団体が自治体の支出のうち,需用費(注10)の一区分である食糧費の使途に着目し,ほぼすべての都道府県と政令指定都市の東京事務所・財政課・秘書課の1993年度分(一部94年度分)関係書類を情報公開制度によって入手し,これに分析を加えた結果を公表したのが発端であった。マスコミがこれを一斉に報道した結果,住民から強い批判が噴出し,一方で,官官接待の自粛・廃止,食糧費支出の縮小が叫ばれるとともに,他方では,食糧費だけでなく,旅費や雇用費その他の経費支出にわたっても不審の目が向けられ各地で情報開示請求が急増し,また情報開示の範囲について,透明度を高めるよう全面公開への要求が強められ,情報公開制度をとりまく社会的環境は急転回した。

 都道府県と政令指定都市により,1996年秋までに実施または決定された改善の動きはつぎのようである。

 いわゆる官官接待については,事態発覚後,96年8月までに,8都道県と2政令市で原則的に廃止または不必要とみなされるようになった。しかし大半の自治体では,業務執行に必要な情報収集や意見交換のために,なおやむをえないと考えられている(注11)。

 食糧費は,大部分の自治体(36都道府県,10政令市)で,批判を浴びた後の最初の予算案である1996年度当初予算案において,前年度当初予算に比べ総額で100億円削減された。ただし,自治体毎の削減率は80%近くから10%台まで幅があり,対応に大きな差異が認められた(注12)。

 食糧費情報の公開範囲は,当初,大多数の自治体で拡大に消極的な態度が伺われたが,その後前向きに取り組む自治体が増えている(注13)。開示の要点となる接待相手名と自治体側職員名をともに公開する自治体は,96年3月段階で4都県,その後10月までに9都県となり,さらに2県が検討中である。相手名と自治体側職員名をいづれも非開示としていた自治体(34府県)のなかにも,開示項目の拡大を図るものが増加しており(13県),また過年度の食糧費情報についても公開に踏み切る自治体が現れている。全体としての自治体情報開示の範囲はなお拡張の余地が大きいが,最近になって公開基準の見直しが進みつつあるのは,官官接待をめぐり住民の間に不審が募るなかで,架空接待やカラ出張などの,明白に不正な公金支出の実態が,監査委員事務局までも巻き込みながら全国各地で相次ぎ露見し,納税者としての住民の批判が極度に高まった(注14)ことのほか,仙台地裁および東京地裁で食糧費全面公開を命じる判決が96年7−8月に下された影響が小さくないとみられる。

 96年11月,秋田県知事がリコール運動を受けて辞意表明を余儀なくされた点に象徴されるように,自治体の情報公開制度にもとづいて開示された一連の食糧費等公金支出情報は,こうした情報開示請求制度が住民による行政監視・政治参加にとってきわめて有効な手だてであることを立証し,地方自治にたいする住民の意識を改めると同時に,より公正な地方行政推進の転機を導いた点で,画期的な役割を果たしたといえる。

Ⅲ 政令指定都市における財務情報開示

 上記4類型のうち,情報公表義務制度と広報施策は,それぞれ情報公開制度と情報提供施策に属し対照的であるが,少なくとも自治体財務情報をめぐっては,いずれも伝統的方式であり,新規情報の通常的開示形態として機能してきている。このため,その関連が問われて然るべきであろう。両者相まって効果的な情報開示がなされている必要がある。これら二つの方式の間における自治体財務情報の開示状況を観察するとともに,それら各々に含まれる問題点ないし課題を検討しよう。財務情報としては,予算,決算および財政状況という基本的情報を選び,対象自治体には比較的進んでいるとみられる政令指定都市を取り上げる。

 基礎的な調査は,いずれも一般会計・特別会計(公営企業会計をのぞく)を対象とし,(a)予算については,主として平成7年度分の情報を,決算は平成5年度決算(平成6年末認定)情報を中心に,それらが掲載された各市公報および広報紙(誌)その他各種主要印刷媒体を入手し点検すると同時に,各市の担当者に電話を入れて事情を照会・聴取する方法により実施し,(b)財政状況情報については,それが登載された各市公報(平成6年および7年度発行分)および広報紙(誌)その他関連資料および財政状況公表を定めた各市条例の写しを取得して分析し,併せて財政課担当者に電話で事情を聞き取る方法によりおこなった。なお,公表義務にもとづく開示については,とくに予算・決算情報の場合,法定開示である旨を表示しないものも目立ったが,告示,公告ないし公示として取り扱われたものは制度開示とみなした。

(1) 予算情報の開示

 a 制度開示

 公表手段は,公報登載のみまたは原則として公報登載によるものが5市,所定の掲示場への掲示のみによるものが4市,公報登載と掲示場への掲示を併用するものは3市であった。また公表内容は,公報と掲示とを問わず,議会で議決された予算と同一に,歳入歳出予算など7つの法定事項(別表含む)とするものが大多数である。ただし,一部には,公報登載を予算書全体とせず,歳入歳出予算を中心とした部分にとどめるものがあり,反対に,掲示による市では予算説明書を添える例も見受けられた(表1参照)。自治法が公表を求める予算の「要領」への解釈の違いがみられるが,掲示については,とりわけ政令市のような大規模な自治体の場合に周知効果が疑わしい。内容面では,編成方針その他各種予算関連情報を添えたり,いっそう詳細な情報を求める利用者のための予算説明書などへの案内を付す例は見当たらなかった。

 b 広報開示

 すべての市が当初予算を中心に開示しており,毎年3−4月頃には,その広報紙(誌)に新年度予算特集が組まれている。3分の1の市では各戸配布する広報紙への掲載と合わせて,特別の冊子やパンフレットを作成・配布したり,一般日刊新聞の紙面を買い取って広告し,市民への周知効果を高めている。広報紙(誌)当初予算特集の内容は,一般会計・特別会計など会計別の予算額とその総額,新年度で取り組む主要事業の案内,一般会計の歳入歳出それぞれの内訳を示す円グラフ,市長の挨拶がおもである(当初予算特別広報の内容もほぼ同様)。このうちはじめの2項目はすべての市に盛り込まれているが,主要事業案内については分野や種類別にまとめるだけで各々の予算額が添えられないケースも珍しくない。表現面では,基本的な専門用語の解説を交え平易な文章を用い,また視覚訴求を考えて写真・挿し絵や2色以上の印刷を利用するなど,読者市民への親しみやすさを増す配慮が目につく(表1参照)。

表1 予算情報の開示

 c 予算情報開示にかんする課題

 法にもとづく開示については,公報を発行しているかぎり,自治体は住民への周知のため,それへの登載を図るべきである。公報登載すれば掲示期間を経過した後でも閲覧できる利点が得られる。もっともこの前提として,予算が公報に登載されている事実と公報が備置されている場所とが市民に知られていなければならない。これは広報開示に入る。制度による公表内容は,歳入歳出予算だけでなく,債務負担行為,地方債など法定の諸事項も含めるのが予算のもつ意義に照らして適当である。ただし,ほとんどの政令市ですでに実施されているこうした予算書の開示だけによっては,住民の理解はえられない。予算を解釈するためには,少なくともその編成方針,歳入歳出の推移・概要,予定される主要事業の内容,住民の負担など予算の背景や見込まれる住民生活の向上ならびに現・将来の負担水準動向のほか,前年度末までの社会資本の整備状態や公債の発行状況などストック面の情報も必要である。これらと予算書を突き合わせてはじめて住民は予算の適否を判断できる。これらの関連情報のうち,ストックの情報のように予算以前に適時開示されうるものは別として,予算書に併せて公報で開示されて然るべきその他の直接的予算関連情報は,いっさいそこになく,省かれている(注15)。

 そこでこれらの情報を補足する位置にある予算広報が注目されるが,それは住民読者に親しみをもって受け入れられるよう工夫され,内容についても基本編成方針,規模,歳入歳出概要などを含むものの,これらは簡略で,予算書のみからなる制度公報開示の補足情報としては不十分であり,またその手引きとみても,ほとんどの場合,歳出歳入の推移や中・長期計画との関連,公債その他住民負担動向などの追加を含め,充実の余地が少なくない(注16)。

 予算広報をめぐって同時に問題となるのは多くの場合にその大半を占める主要事業の案内である。これらは住民がもっとも関心を寄せる事項であるので広報の重点とされるのはよいが,予算との関連が乏しい。主要事業あるいは新規事業の項目・内容が分野別にまとめて表示されるだけでその予算額を付されない場合はもちろんのこと,各事業項目ごとに予算額が付される場合でも,歳出予算の分類区分との対応関係が明示されないため,予算書との繋がりを欠いている。予算の制度開示は広報開示により十分に補足されず,広報情報の側から制度開示予算書への関心の移動もままならない。制度開示と広報開示の現況はむしろ分離状態にある。

 予算書との繋がりが見い出せない点は,予算書自体の問題ともいえる。自治体の歳入歳出予算は地方自治法施行令(147条)および同施行規則(15条)ならびにその別表の定める様式にしたがって区分されているが,このうち歳出予算の区分は組織別(目的別)かつ性質別になっていて,その執行によって実施される予定の事業を浮き出さない。こうした予算区分の規定は国が自治体財務を監督する都合から生み出されたといわれるが(注17),行財政運営を住民本位に進めるかぎり,住民生活に影響する政策・事業計画を表す予算は住民の理解を十分えるよう明瞭に表示する必要がある。事業別予算はこうした面で有用な予算制度として知られている(注18)。財源の効率的な配分化,中・長期計画と予算との連携づけ,および政策・事業効果の評価への役立ちが期待され,導入が検討されてよいであろう(注19)。なお,こうした予算制度が適用されない段階,または適用されたとしてもそれが下位の区分内にとどまり制度開示に表れない場合には,前記の課題が残り,予算書と主要事業案内との関連づけを要する。

(2) 決算情報の開示

 a 制度開示

 表2にみられるように,公表手段は,公報登載のみを用いるかまたは原則としてこれによるものが4市(うち1市は明記して法定の財政状況公表で兼用),掲示のみによるものが4市,公報登載と掲示を併用するものが2市であり,残りの2市はとくに決算公表をおこなっていない。公表する場合,その内容は大半の市で議会により認定を受けた歳入歳出決算書であり,歳入は款項区分につき予算現額,調定額,収入済額,不納欠損額,収入未済額,および予算現額と収入済額との比較額を,歳出は同一区分につき予算現額,支出済額,翌年度繰越額,不用額,および予算現額と支出済額との比較額を表示している(地方自治法施行規則16条様式)。ただし公報によっている若干の市では金額表示を款項別の収入済額と支出済額(決算額)にかぎっている。開示が決算書に絞られているのは,歳入歳出予算につき決算を調製するという政令の規定(施行令166条)に依拠しているのであろうが,決算書以外の決算関連情報は,決算認定にあたって議会に提出された書類であっても,いっさい決算公報には開示されていない。すなわち,政令で定められたいわゆる決算付属書:決算書の詳細内容を示す歳入歳出決算事項別明細書・決算の最終結果を表す実質収支に関する調書・フロー情報としての決算書を補足するストック情報としての財産に関する調書,および決算年度の主要施策成果説明書ならびに決算審査意見書は,掲示公表による市をのぞき,その要点さえも開示されない。また,これら決算関係書類の参照案内や一般利用者向けの配慮も公報にはまったくみられない。

 b 広報開示

 広報紙(誌)に掲載して決算情報を開示する政令市はわずか3市のみである(表2)。しかも,このうち1市は一般会計分をごく簡単にのべるにすぎない。決算の広報開示はきわめて低調である。やや詳しく広報開示する2市も,ともに制度開示が掲示であり,さらにその財政状況公表も事実上掲示に依存している点を考え合わせると,政令市による決算広報の消極さがいっそう浮き彫りになる。ただし,開示例のなかで注目されるのは,1つの市で決算年度中に実施した主要事業内容が簡単ながら伝えられていることである。予算広報で示した主要事業計画にたいする実施報告の意味が込められており,行政責任の一端が伺われる。全体はコンパクトながら,そこでは特別会計の会計区分別歳入歳出比較図や若干の用語説明も付され,イラスト・写真が添えられるほか,2色刷りが効果的に使用されている。

表2 決算情報の開示

 c 決算情報開示にかんする課題

 決算情報は,制度開示面が十分でないうえ,広報開示でも概してさらに貧弱である。制度・広報開示をともにおこなわない市と,制度的開示を掲示によりつつ決算広報しない市を含めると,決算情報開示の乏しい市は全体の約半数に上る。

 政令市にかぎらず,一般にわが国自治体で決算にたいする意識が低い理由は,つぎにあると思われる。(イ)予算が将来の自治体行政活動を計数で表現した計画であるのにたいし,決算はすでに終了した過去の事実にすぎないとみられがちであること。鋓かりに決算が議会で不認定に付されたとしても,認定はたんなる確認行為にすぎないことから,その効力に影響を生じないこと(注20)。(ロ)議会で決算が不認定となった場合に問われてしかるべき首長や職員の政治的道義的責任が従来ほとんど追求されなかったこと。

 しかしながら,自治体の決算は,その執行機関が行政活動の適正な遂行について負っているアカウンタビリティを果たすための重要な手続きであり,決算報告とこれにたいする承認の取り付けによって,はじめてその解除が終結する仕組みにある。しかも,このアカウンタビリティの解除は,決算が議会で認定を受けることによって,一応達成されると考えられているが,現在の地方自治制度では,首長公選制にみられるように,自治体行政が住民に直接的な責任を負っているので,住民との関係でも配慮される必要があろう(注21)。また決算情報は,その多角的な分析による行政活動の評価を通じて,翌年度以降のより合理的な予算編成に有益であり,また外部からはその予算の妥当性の判定にも役立つ。決算情報開示の重要性が見直されなければならない(注22)。昨今のように行政にたいする住民の眼が厳しく,納税者意識が台頭し,しかも住民負担が上昇しつつある時代にはいっそうそのことがいえよう。

 決算情報のあり方についてはさまざまな論議がありうる。ただし,現在の会計制度のもとでは,自治体が計画する行政活動を実施するために必要な経費とこれに充てられる財源とが,まず歳入歳出予算として議会で議決され,執行機関はこれに沿って収入するとともに支出をおこない業務を進めるものとされている。このさい,歳出予算は所定の額を超えて支出したり所定目的外に支出することを許されていない。こうしたなかでは,決算の課題は予算内容と比較しつつ一会計年度の収入および支出の実績を表示し,予算通りに収支,とくに支出がなされたかどうかを検分できるようにすることにある。前掲の施行規則で定められた決算書の様式はこの課題に応じたものとなっているが,住民向けの公表決算情報においても,たんに最終的な決算額だけを示すのでなく,少なくとも予算現額(歳入の部では調定額も記載するのが望ましい)と対比し執行程度が分かるようにすべきである。また,本来の監査報告書の性格とは異なっているが,監査委員による決算審査意見書も添付されて然るべきである。

 収支決算書は,その解釈・評価にあたって,当該年度に実施した行政事業の効果を表す情報を要する。こうした情報があわせて開示されなければ収支決算書の意味が十分表れない。むろん行政効果の正確な測定はきわめて困難であるが,現在,決算の認定時に首長から議会に提出されている「主要施策の成果説明書」は当面の参考資料とされよう。その概要が添付されてよい。ただし,各施策の執行額と決算書のうちの対応する区分の額との関連が明示される必要がある。なお,事業別予算制度が適用されるときには,より明確な成果測定が見込まれる。

 決算報告が本来目的とする組織体の運営内容を明瞭に示すためには,フロー情報としての収支決算書のほかに,これと有機的に関連するストック情報,すなわち貸借対照表の作成・表示が欠かせない。有用なストック情報が開示されてこそ,運営実態があきらかになり,行財政の的確な分析や評価も可能とされる。しかしながら,現在,制度として決算時に作成されているストック情報は,「財産に関する調書」のみである。これは公有財産(土地,建物,動産,有価証券など)と物品・債権・基金につき,その年度中増減と年度末現在高を主として物量単位により示した一覧表にすぎず,本来のストック情報とはいえない。抜本的な改革が望まれるが,さしあたりは,これらを住民の将来の負担にかかる地方債情報(会計区分,年度中増減高,年度末未償還残高)および債務負担行為情報(事項名,期間,限度額,契約額)など債務関連情報と合わせ,補足的に開示するほかないであろう。

 なお,以上の補足的決算情報は現在,決算に付属して議会提出されているものが多く,行政資料室などでほぼ公開されるとはいえ,一般住民にとっては利便性が高くなく,より閲覧の容易な公報にその概要を登載して積極的に制度開示し,他方で要点を分かりやすく広報で伝えることが,住民に効果的に報告をおこない行政参加を促す道である。

(3) 財政状況の公表

 a 制度開示

 地方自治法243条の3にしたがい,政令市は一つの市を除いて,すべてが条例を設け,財政状況公表の回数,時期,内容,手段などを定めている(表3参照)(注23)。これによれば,ほとんどの市が年2回公表で,その時期は5月ないし6月(上半期公表)と,11月ないし12月(下半期公表)である。また,公表事項は,自治法が列挙する項目に加えて,半数の市で市民負担の状況を挙げ,またかなり多くの市が財政動向や市長の財政方針,前年度決算状況を上半期または下半期公表に包含する。公表手段は掲示と広報誌掲載による各一市以外は公報登載である。

 つぎに公表の実態(表4参照)をみると,各条例からは伺いきれない様相を認めることができる。公表方法としては多くが公報を指定しているが,その形態が通常の文書形式でなく,ポスターとなっているものが若干あり,また文書による場合も大方が号外別冊になっている。公表事項については,条例および自治法で列挙されたもの以外に,当初予算(上半期公表)や決算(下半期公表)を追加するものが目立つ。条例等で定められた事項を含め公表内容は,情報量からも察せられるように,都市間で精粗の差がきわめて大きい。一つの事項の一構成部分についてさえ市により開示の仕方や程度が異なるため,公表全体ではいうまでもなく,各事項についても最詳細なものあるいはその逆を指摘することは困難であるが,試みに主要事項につき若干の例を挙げてみよう。

表3 財政状況公表にかんする条例の概要
〔歳入歳出予算執行状況〕

 詳細例:一般会計の款別歳入歳出につき,まず補正による予算推移(上期末または年度当初予算額,期中補正額,年度末または上期末予算現額)を,主要な補正内容・時期とともに示し,ついで予算現額と執行済額を対比掲示して,執行率を付す。特別会計もそれぞれにつき同様に補正経過と執行状況を表す。

 簡素例:一般会計の主要な歳入歳出項目とおもな特別会計につき,それぞれ,予算現額・執行済額・執行率のみを示す(補正状況や款別執行状況などは不開示)。

〔財産現在高〕

 詳細例:公有財産としての不動産(土地,建物)・動産(船舶,航空機など)・地上権・無体財産権・有価証券・出資による権利などと,物品,債権,基金別に,現在高を表示(公有財産は行政財産・普通財産別)し,若干内容説明を補足。

 簡素例:土地,建物などいくつかの財産についてのみ現在高表示(その他は一括掲示)。

〔公債現在高〕

 詳細例:一般会計(使途別)および各特別会計別に現在高とその借入先区分を一覧表示。また,別例では,過去の発行額・公債費比率の推移を掲げたうえ,各会計別の現在高(国内債(民間資金・政府資金)・外国債別)を表示し,当年度発行予定額(会計別)を付加(過去の推移と発行予定額は上期公表分のみ)。

 簡素例:一般会計(大まかな使途別)および特別会計別に現在高を図示。

〔当初予算〕

 詳細例孖:基本的編成方針,総計予算概要,一般会計予算(歳入歳出構成,目的別内訳),地方財政計画・他の政令市との比較,市民負担(一人当たり行政費と市税負担の比率,一人当たり行政費の目的別配分額と市税充当状況),各会計予算総覧,行政目的別予算一覧,一般会計歳入歳出予算比較表,予算額・公債発行額・公債費の各推移

 詳細例寀:基本編成方針,各会計予算額(前年比較図),一般会計予算(歳入歳出各内訳と前年比較),主要事業案内(分野別,予算額添付),各会計予算総括表,会計別歳出予算の財源内訳一覧,一般会計当初予算額(款別歳入歳出)前年比較

〔決算〕

 詳細例:概要説明,各会計別予算額決算額比較表,決算額推移,一般会計決算概要(歳入歳出各内訳,市民負担状況),特別会計各収支決算額一覧,実施した主要事業(分野別,決算額添付),会計別決算額推移,一般会計歳入歳出決算額(款別および自主・依存財源別)の推移

 なお,公表内容に付随して,専門用語につき平易な解説を各所に付すものが広くみられ,また表現面でもグラフを多く用いたり文章の簡潔化を図るほか,一部ではイラスト・参考写真の挿入や二色印刷の採用など,制度的な予算・決算の開示とは異なって,一般住民への配慮・訴求姿勢が鮮明である。

 b 広報開示

 財政状況を定期的に広報紙(誌)で伝える政令市は乏しい(表4)。いまのところ,実施しているのはわずかに一市のみである。同市では条例による上半期公表とほぼ同じ時期に,市民に係わりの深い行政経費と市税負担額との関係や市債残高のほか,前年度予算執行状況・財産現在高についてその要点を示し,下半期公表のさいは,前年度決算概要と市民負担状況および市債現在高を簡潔に伝えている。制度的開示の手段とされる公報は住民にとってかならずしも身近な媒体とはいいがたく,公報登載のほかに各戸配布の広報紙を利用してこの種の情報を開示することはけっして冗長とはいえない。むしろ公報情報への誘因が期待され,民主的な行財政運営にとって望ましい。

表4 財政状況公表の概要

 c 財政状況公表にかんする課題

 まず公表手段については,掲示のような典型的間接開示法では大都市の場合効果が望めないことから,少なくとも公報登載を主体とすべきであろう。この場合公報は文書形式を原則とする。これによって,より詳細で適切な開示が可能となり,その保管によって,さらに公表後時間を経過した参照の便宜も与えられる。公報登載事実とその備置場所の住民周知や,公表公報における内容照会先等の明記の要はいうまでもない。

 公表内容は前掲の例に見られるように,都市間で精粗の差が極度に大きい。落差は公表事項の型と各事項の開示度の両面から生じている。自治法が開示規定を地方の立法裁量にまかせているように,公表内容は本来,各自治体で決定されてよい。ただし,行政負託者である住民・納税者向けの財務情報に適切な内容は,自治体の置かれる環境特性や住民・納税者の関心の所在などからあきらかにされるはずであり,自治体の規模や地域にはさほど関係しないと思われる。とすれば,公表事項およびその水準を中心としてあらたに一般的な開示基準を設定し,これを適用して,現況を改善することも可能であろう。これによれば自治体行財政運営の状況は住民に適正かつ明瞭に伝えられるだけでなく,自治体間の財務比較可能性も高めることができる。

 現在の公表内容に見い出される別の問題点は,予・決算情報の包括に係わっている。公表されている政令市の財政状況報告は,すべて,予算(当初予算)情報をその上半期公表分に収載しており,決算情報も全政令市の下半期公表分に含んでいる(表3,4参照)。しかも,それらは他のいづれの公表事項と比べても同等以上の情報量となっており,参考資料や主要事業案内(予算関連)ないし実施主要事業報告(決算関連)と合わせると,他事項を圧倒する例も少なくない。しかしながら,予算情報は自治法の公表指定事項に当っていないだけでなく,条例でこれを公表事項として定める政令市も,公報を発行せず広報誌を公表手段とする一市に限られている。他方,決算情報も同様に自治法では公表事項として挙げられず,条例においても,広報誌により制度公表する市も含め7市が公表指定するにとどまっている。予・決算情報の包括は行政裁量によっているのであるが,それ自体は各条例のうちの「その他市長が必要と認める事項」の適用で,むろん問題ないとしても,比重の大きさもあいまってあきらかに財政状況公表の性格を変化させている。

 自治法は財政状況公表について,「毎年2回以上歳入歳出予算の執行状況……公表しなければならない」とのべ,議決予算執行の途中経過報告を主旨としている。公表回数が年2回であれば半期報告となり,年4回とすれば4半期報告を意味する。半期または4半期毎に予算執行の経過と,その時点の財産・主要債務の有り高の報告を求め,継続的に行政責任をあきらかにするねらいであろう。

 そこで,上半期分は当初予算報告,下半期分は前年度決算報告のそれぞれ色濃い,現実の財政状況公表実務には検討の余地が生じる。

 法の主旨を上記のように解すると,成立したばかりで執行の始まっていない当初予算は当然に財政状況公表の対象となるものではない。上半期の財政状況公表の時期は通常,新年度の開始から2−3カ月後であり,すでに予算執行が進んでいるから,当初予算自体の開示には時機を逸している。情報開示の要件の一つである適時開示の原則にしたがって,当初予算は議決後すみやかに開示されるべきである。自治法219条の2項の予算公表規定はこれを要求している。この規定により開示するとき,「要領」の公表を現状のように議決された予算だけに絞り込むのでなく,住民本位の自治の考えにしたがって解し,有用な関連情報や図表などを,公表制度のなかで付加し充実する方向で改善すべきである。本来の情報開示の機会を重視せず,別の目的の情報にそれを盛り込み,しかもその性格を変えるほど膨らませるのは適当ではない。

 つぎに決算は予算執行の最終結果であるから財政状況公表に関連をもつが,そこに収載するにはタイミングの問題があり,また何より自治法233条6項の決算公表との関係が問われる。決算の認定は毎年12月議会でおこなわれる政令市が多いが,11月に下半期財政状況を公表する市ではそこに収容できず,12月公表の場合でも審議の都合で議決が遅延したとき支障を来すことがある。もし決算の包括を優先するなら,直接関係のない事情で財政状況公表が遅れ,その適時開示が損なわれる結果となる。前年度決算情報は当年度の予算執行状況など財政状況報告とは切り放して,自治法にしたがい,議決(認・不認定)ののち,すみやかに開示されるべきである。このときの開示内容は予算公表と同様に,議決内容に限定せず,前述のように住民へのアカウンタビリティの観点から,ストック情報など関連情報も含め適正かつ十分に確保される必要がある。

 ここでのべた改善が実施に移されるとき,それぞれを登載する公報は予・決算分が膨張し,財政状況分が縮小すると予想される。そうなれば,いまとは逆に,予算号と決算号が号外別冊とされ,財政状況登載号は通常号に収められることにもなろう。

 以上では論議をおおむね現行制度の枠内で進めてきたが,すでに若干触れたように,現在の財務情報開示には質の面で重大な限界がみられる。これは制度の基礎にある会計構造に起因している。

 現制度では,一般会計と多くの特別会計において現金主義による会計処理方式が採用され,歳入と歳出は現金の収入と支出と捉えられて,その比較計算が施されている。こうした現金収支会計のもとでは,経常収支と資本収支との区別がなされないため,歳入と歳出との会計年度ごとの合理的な対応は満たされず,運営業績の適正な測定と開示は閉ざされている。また現在の会計方式では,収支を通じてえた資産(財産)とその財源との関係をあきらかにする財政状態も測定・開示されない。資産・負債は収入・支出にともなって生じたのち,収支とは別途に管理されている。これらの情報は,資産については決算時,「財産に関する調書」にまとめられて議会に提出され,負債は地方債と一時借入金の現在高についてのみ年2回財政状況の公表時に個々に開示される。しかし,いづれも財産目録的情報にすぎず,収支と有機的に結合していないため,財政状態の表示には繋がっていない。

 運営業績情報が適正に表示されないうえ,これに関連する財政状態情報も欠いていることから,現制度のもとでは,フローとストックの両面からの的確な財政分析は困難であり,財政運営の健全性・効率性などの総合的評価に支障があるほか,自治体間の財政比較分析にも制約を生じている。

 こうした現状を改革するには,適用されている記帳方式を今の単式簿記から複式簿記に変更しなければならない。これによって経常収支と資本収支が区分され,一会計年度の運営業績をより適正に表示する経常収支計算書と,これに関連して年度末の財政状態を表す貸借対照表が誘導的に作成可能とされ,自治体の財務内容開示は飛躍的に改善される(注24)。また,ここでは単式簿記が適用される一般会計と行政事業特別会計に対象をかぎったため詳しくは触れないが,公営企業(複式簿記適用)も含めた自治体全体の運営内容をあきらかにする必要性が急速に増大しており,こうした情報を生み出す連結会計制度の導入も検討の時機にある。

 地方自治はその本旨にしたがい,住民の意思にもとづいて進められなければならない。住民の政治参加・行政統制を支え民主的で公正な自治体運営がおこなわれるためには,何よりもその行財政運営の実態がつねに,適正,適時,かつ理解容易な形で住民に情報開示されている必要があり,さらに望むときは追加的な情報も原則として請求により随時開示され利用可能でなければならない。地方分権が叫ばれるなかでは,今後,住民主体の地方自治の拡大に備えて,この点が格別に重要であり,公表義務制度およびその基礎としての会計制度を中心に,現状の財務情報開示の改善・整備が急がれる(注25)。

(付記)本稿作成にあたっては,公報その他資料の収集と事情調査について,政令指定都市,都道府県,ならびに多くの市の財政,広報および文書などの部課の担当諸氏から,また資料入手につき会計検査院審議室研究班宮本善仁氏からご協力をえた。ここに記して謝意を表したい。

[注]

1)行政統制の概念は西尾 勝『行政学』有斐閣,1993年,第20章に詳しい。

2)近年,全国の自治体で,重要政策課題の決定をめぐって,住民から直接請求が増えているが,その特徴は,かつてのような行政への抵抗でなく政策提案を目的としていることと,活動の中心が直接政治に係わりのない住民層にあることといわれる。『日本経済新聞』1996年3月14日。

3)地方自治協会『地方自治体における情報公開に関する研究』1983年,17・25ページ,および堀部政男「情報公開法制定が急務」『日本経済新聞』1996年3月5日号参照。

4)地方自治協会『前掲書』23・24ページ。

5)後述するように,最近の自治体による食糧費情報の開示とその後の市民団体の運動は典型的な例であろう。

6)つぎも参照。橘 晋介「情報公開と自治体財務情報」〔神戸都市問題研究所編『自治体公会計の理論と実践』勁草書房 1995年〕

7)調査は,1995年度中に,政令指定都市およびその所在道府県ならびに中四国9県とその県庁所在都市につき,広報紙(誌)やパンフレットなど関係資料を入手・検討し,後日各担当者への電話聞き取りで補足するとともに,他の都県について,主として電話で事情を聴取する形でおこなった。

8)高知県は1996年8月から食糧費支出予算の執行状況(部局別)を,また岡山県は同年10月から財政事情(および平成8年度当初予算概要)を,それぞれホームページに掲載してインターネットで開示している。このほか三重県も,近々,食糧費・旅費などの情報をインターネットで公表する運びにある。

9)詳しくは前掲拙稿を参照。

10)行政事務の執行にともない必要とされる消耗的な物品の取得・修理に要する経費のほか,一般的にその効用が短期間に費消される経費をいう。石原信雄監修『改訂地方財政小辞典』ぎょうせい,1983年,303ページ。

11)『日本経済新聞』1996年9月5日。

12)『朝日新聞』1996年2月28日。96年11月には大阪高裁が,泉南市の食糧費訴訟判決のなかで,食糧費による接待の上限額を一人当たり6,000円とする基準を初めて示した。

13)『朝日新聞』1996年9月8日および『日本経済新聞』1996年9月5日。

14)公金の不正支出が判明した自治体(96年11月までに12都道県,ほかに調査中のものがある)のうち大半は,不正額を返還したかまたは返還予定している。『日本経済新聞』1996年11月20日

15)法定の財政状況公表(上半期分)のなかで当初予算を取り上げ,そのさい財政動向や予算方針,歳入歳出分析などを併せて扱う例が一般的であるが,この問題は後述する。

16)アメリカにおいても一般住民向けの自治体財務報告の改善に力が入れられている。F.H.Carpenter and F.C.Sharp,Research Report Popular Reporing:Local Government Financial Reports to the Citizernry,GASB,1992.橘 晋介「民衆向け地方政府財務報告の改善化(1)(2)」『地方自治研究』第9巻第1号および2号参照。

17)小島 昭『自治体の予算編成』学陽書房,1984年,198ページ。

18)導入自治体においても住民への開示効果は認められている。「地域大変動」『日本経済新聞』1997年2月3日。

19)事業別予算の導入を主張する論議は少なくない。たとえばつぎを参照。小島『前掲書』199ページ,林宣嗣『地方分権の経済学』日本評論社,1995年,54ページ。

20)監査委員の審査により,決算が違法ないし不当とみなされても,それによって決算自体が取り消されたり無効にされたりすることはない。玉国文敏「決算」『基本法コンメンタール:地方自治法』日本評論社,1992年,236ページ。

21)地方自治における直接民主主義の意義を政治面と行政面とに分けて展開する論議がつぎにみられる。兼子 仁・村上 順『憲法問題双書 3 地方分権』弘文堂,1995年。

22)当初予算情報と同様に,決算情報もしばしば,財政状況公表に包括開示されているが,これは後述するようにその時期および財政状況公表の意義との関連で問題を残している。

23)条例を定めない市では,地方自治法の規定に準拠するものとされている。

24) ただし,これによって財務内容の開示が完全に満足されるというわけではない。なおも把握されない経費や負債が存在するなど,運営業績や財政状態の測定に課題が残されるからである。これらの点についてはつぎを参照。橘 晋介「アメリカ公会計基準の新しい動向」〔吉田寛・原田富士雄編『公会計の基本問題』森山書店,1989年〕,「GASBステイトメント第11号の吟味」『岡山商大論叢』第27巻第2.3合併号,1992年1月。

25) 昨年開催された地方分権をめぐるフォーラムでも,ある参加者から,住民が主権者でありうるためには,行政情報の公開が重要であり,事業計画については期待される行政効果とコスト情報の開示が不可欠と,強調された。『朝日新聞』1996年7月30日。

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