第9号

企業の環境監査と政府の環境監査
矢部 浩祥

矢部 浩祥(中央大学教授)

 1942年生まれ。中央大学商学部卒,同大学大学院商学研究科博士課程修了。中央大学商学部助教授を経て,79年より現職。監査論専攻。日本監査研究学会(理事),日本会計研究学会等に所属。

 主な著書・論文は,『環境監査入門』(共著)日本経済新聞社,「環境監査の概念と構造」『産業公害』Vol.28 No.7 1992年7月,「EC環境監査制度の構図」『会計』142巻5号 1992年11月,「日本における環境監査導入の問題点」『企業会計』Vol.45 No.2 1993年2月,「EC環境監査制度の創設」『旬刊経理情報』No.681 1993年3月10日号,「環境監査制度の目的と機能」『税経通信』Vol.48 No.12 1993年9月など。

はじめに

 1972年の国連人間環境会議の「人間環境宣言」及び「行動計画」の採択から1992年の地球サミット(環境と開発に関する国連会議)における「環境と開発に関するリオ宣言」と「アジェンダ21」(行動計画)の採択までの20年の間に,地球環境問題,すなわち,地球温暖化,オゾン層の破壊,酸性雨,熱帯林の減少等は一層深刻さを増すようになった。公害のような地域環境問題に加えて,このような地球環境問題を解決して地球環境を保全するために,さまざまな方策が考え出されてきたが,現在,そのうちの一つである環境監査というものが大きな注目を浴びているので,本稿では,企業と政府の環境監査という問題をとりあげて論じることにしたい。

 そのためには,まず,内部監査としての環境監査のモデルとしてICC(国際商業会議所)の環境監査をとりあげ,次に外部監査としての企業の環境監査のモデルとしてEC(欧州共同体)の環境監査を検討し,さらにかかる環境監査の国際化のモデルとしてISO(国際標準化機構)の環境監査をみてみることにする。

 しかる後に政府の環境監査を検討するが,そのために,東京都の環境監査をモデルとしてとりあげ,地方公共団体と国における環境監査の必要性を指摘することにしたい。

Ⅰ ICCの環境監査

 1991年,環境管理に関する第二回世界産業会議は,「持続的発展のための産業界憲章」(ロッテルダム憲章)を採択した。それは, 1987年の国連の環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)が国連総会に提出した報告書『われら共通の未来』が打ち出した,「持続可能な開発」という主題を再検討した結果である「持続可能な発展のための産業界行動計画アジェンダ」をもとにICCが作成したものであり,16の環境管理の諸原則を示している。その第十六番目には環境対策の遂行状況を測定し,定期的に監査と評価をなすべきことを定めており,また適切な情報を取締役会,株主,従業員,当局ならびに公衆に対して定期的に提供すべきことがうたわれている。

 このような中で,ICCは1989年に「ICCの環境監査に関する声明書」を公表し,環境監査を次のように定義した。すなわち,「(1)環境活動に関する管理者の統制を促進し,(2)法令に合致することを含む会社の方針への準拠性を評価することによって,いかによく環境に関する組織,管理,施設が環境を保全する目的を果たしているかということについての,体系的で,文書に裏づけられた,定期的で,客観的な評価から成る管理の用具である。」と。そして,それはまた,環境監査の基本的要素を説明した。

 1991年に,ICCは1989年の「声明書」を完全なものにするという意図で「効果的な環境監査のためのICCガイド(注1)」を出版した。以下はそれに準拠してICCの環境監査を検討してみることにする。

 ところで,環境監査における「環境」という用語は,現在では広い意味で用いられるようになってきている。従来,環境という言葉は公害防止を意味するものとして受け取られてきたが,しかし今では,それは,健康,安全,製品の安全性,さらには輸送の安全性や保安のようなものまでも含むようになってきていることに注意しておかなければならない。ICCは,基本的な環境監査の技法は,このようなあらゆる範囲の潜在的な環境問題に適用し得ると考えている。

 また,環境監査というのは,多くの場合,製造や工程活動に対して実施されるが,そればかりではなく,サービス業や公的部門(連邦,地域,地方政府),農業やその他の広範な事業においても行われ得るし,それはまた,大きな組織体ばかりでなく,中小会社によっても用いられ得ると言う。

 このようにみてくると,環境監査は,ひとり企業,とりわけ製造業を対象にしているばかりではなく,実はあらゆる組織体に適用可能な環境管理の手段なのである。そしてここでは,ICCが,環境監査を政府セクターが採用し得るものだとしている点に注意しておく必要がある。

 次にICCは環境監査を企業の中で,どのように位置づけているのかを見て行くことにしよう。

 排気,排水,固形・有害廃棄物処理,有害物質の使用・管理・処理及び,従業員と公衆の健康・安全,ならびに製品欠陥の無いこと,製品の安全性等を対象にして行われる環境監査は,独立の第三者による「証明(certification)」が求められるようなケースもあり,そのような場合には,各企業の自発的判断で外部監査がなされることがあるとしながらも,ICCは,主に内部環境管理システムの一要素として環境監査を位置づける。

 それではICCが考える環境管理システムとはどのようなものであろうか。

 それは次のようなものである。

  • 地方,地域,国及び国際的な環境法と規則への準拠性を保証すること。
  • 組織の環境目標を達成するのに必要な内部的方針と手続きを確立し周知徹底させること。
  • 環境リスクからもたらされる会社のリスクを識別し管理すること。
  • 組織の環境リスクと環境目標に対して適切な資源と人員のレベルを識別し,それらの適時,適所な利用可能性を確保すること。

ここでは組織体がいかに環境法や規則を遵守し,また組織体の環境に関する責任を果たしたかを検証し得るシステムの構築が考えられているといえるであろう。

 このような環境管理システムは,経営管理システム一般と同じように,幾つかの相互に関係のある機能から構成されるとして,ICCは次の4つの環境管理システムの要素を掲げる。

  • 計画(Planning)

    *目的と目標の設定のためのフレームワークの用意

    *それを達成するための戦略の開発

    *戦略を遂行するための資源の配分

    *方針の確立

    以上のような計画という要素は,会社の環境プログラムの全体的な方向を確立することになる。

  • 組織(Organising)

    *組織構造の確立

    *役割,責任,権限の記述

    *業務達成のための説明責任の明確化

    組織という要素は,配分された資源を効果的に方向づけまた調整するための基礎を確立する。

  • 実行(Implementing)

    *開始されたメカニズムを整え,業務努力をつくり出す。それは動機づけ,権限委譲,優先権の設定を含む。

    この実行という要素は,会社の環境業績の結果を決定する。

  • 統制(Controlling)

    *結果の測定

    *業績の承認

    *問題点の診断

    *是正措置の採用

    *過去の誤りから学ぶ方法を意図的に求め,それによってシステムの改善を図る。

    統制という要素は,会社がその環境目的と環境目標を踏み外すことのないようにするフレームワークを提供する。

以上が環境管理システムの4要素であるが,ICCは,環境監査をこの第四番目の統制の要素の中に位置づける。すなわち,環境監査は環境管理の統制機能の中で重要な役割を果たすことになる。そしてそれは,特に特定の環境問題領域とその是正措置及び全体的な環境業績についてフィードバックをもたらす方法として管理者が採用した場合には特に重要なものとなる。このようにICCは環境監査を経営管理の一機能として位置づけた。そのためICCの環境監査は内部環境監査のモデルとみなされるようになった。

 このような環境管理システムの構築と,かかる経営管理システムの一要素としての環境監査は,1970年代に始まり,すでに20年の経験を持っている。それでは,組織体がなぜ環境監査を確立するようになったのであろうか。ICCはその代表的な動機を四つ掲げている。

  • 会社がその環境責任を適切に管理しているという保証を得たいという取締役会または最高経営者からの要求
  • 会社の現行の環境管理活動を改善し,他の会社が行っているものに遅れをとらぬようにしたいという中下級管理者からの発案
  • 特に,法・規則を理解し,そして解釈すること,遵守問題を識別すること,施設従業員のニーズと機会を識別することの中で援助を提供することによって,環境業績を改善する助けを施設管理者に与えるため。
  • 環境問題や事故の結果として,または潜在的な環境問題の予知及び回避のため。

ここでは特に環境・健康・安全リスクを管理し,それの対応策を講じることを通して,管理者がいかに環境問題に対処しようとしているかという内部的な動機があげられている。

 このような動機の中から環境監査プログラムの目標が設定されるが, ICCは,次のようなものを掲げている。

  • 環境遵守状況を識別し,文書により立証すること。
  • シニア・マネジメントに保証を提供すること。
  • 環境業績の改善において施設管理者を援助すること。
  • 環境問題の認識についての全体的なレベルを高めること。
  • 環境管理統制システムの全体的な開発を促進すること。
  • 環境リスク管理システムを改善すること。
  • 潜在的債務から会社を防御すること。
  • 環境資源の利用の基盤を構築すること。

このような環境監査プログラムの目標をみると内部環境監査が何をねらっているかがよくわかる。それは環境管理システムが適切に構築され実施されているかを評価して各管理者層の管理に資するためである。

 最後に,このような環境監査がもたらすメリットをみてみることにしよう。ICCは次のような便益を掲げている。

  • 環境リスクが適切に管理されているということの管理者による確信が得られること。
  • 地域社会や行政機関における評判が高まること。
  • 管理者が環境保護に高い優先度を置いていることを従業員が理解すること。
  • すべての環境リスクが適切にコントロールされていることを工場管理者が確認できること。
  • 管理システムの欠陥の識別,是正措置がとれること。

このような内部環境監査のモデルは,その後のECの環境管理システム及び環境監査にもとり入れられることになった。かかる意味でICCの環境監査は一つの内部監査の原型を提供している。

Ⅱ ECの環境管理・監査制度

 ECは1990年12月の環境監査に関する法案の公表以来,数次の修正を経て,1993年7月にEC環境管理・監査制度を発足させることになった。法(レギュレーション(注2))の施行は1993年7月,法の適用は21ヶ月後の1995年4月からである。

 ECの環境管理・監査は,企業の内部環境監査と,外部の公認環境検証人による外部監査の組合せからなるエコ監査であるという点に大きな特色があり,ここでは外部環境監査のモデルとしてとりあげることにしたい。

 この環境管理・監査制度の目標は,次の三項目によって,産業活動の環境業績の継続的な改善を促進することにある。その三項目とは,

(a)サイトに関連する会社の環境方針,環境実施計画,環境管理システムの確立と実行

(b)かかる要素の業績の体系的,客観的,定期的な評価

(c)環境業績に関する情報の公衆への提供

である。この制度への参加は,企業の自主的な参加とされており,強制ではない。また,ここで言う産業活動とは製造業,電気,ガス等の産業,固体及び液体廃棄物の再生,処理,処分等の産業をいう。また,それへの参加はサイト(生産施設のある敷地)単位であって,必ずしも全社的な参加でなければならないというものではない。

 次に環境管理・監査のプロセスを見てみることにしよう。それは次のようなものである。

(1)会社の環境方針を策定する。

(2)サイトの環境調査を実施する。

(3)環境実施計画及び環境管理システムを導入する。

(4)サイトの環境監査を実施する。

(5)監査の発見事項に照らして,環境業績の継続的な改善をねらった最高の適切なマネジメントレベルでの目標を設定する。そして,サイトにおいて達成すべき目標を可能にする環境実施計画を改訂する。

(6)監査されたサイトごとの環境報告書を作成する。

(7)環境方針,環境実施計画,環境管理システム,環境調査と環境監査の手続き,環境報告書がEC規則に合致しているか否かを検証するために検査をし,公認環境検証人による環境報告書の認証を行う。

(8)認証された環境報告書をサイトのある加盟国の管轄機関に提出し,当該サイトの登録の後,加盟国の公衆にそれを公表する。

 以上が環境管理・監査のプロセスであるが,これらのプロセスを構成する要素として重要なものは,

(1)環境方針,環境実施計画,環境管理システムの確立

(2)内部監査としての環境監査

(3)環境報告書

(4)公認環境検証人による外部監査

(5)環境報告書の提出と公表

である。そこで以下,順を追ってそれらを検討することにする。

(1)の環境方針であるが,それは環境関連法規ヘの準拠を含む環境への会社の全体的なねらいと行動の原則をいう。環境実施計画とは,環境保全のための会社の具体的な目標と活動を指す。また環境管理システムとは,環境方針を決定し,実行するための組織構造,責任,手続き,プロセス,資源等の管理システムのことをいい,それは,全体的な経営管理システムの一部となる。環境管理・監査制度に参加する企業は,まずそれらを確立する義務を負うことになる。

(2)の内部監査としての環境監査は,その企業の従業員または外部の専門家によって行われる。それらは監査人と呼ばれる。この内部監査のねらいは,①環境に影響を及ぼす可能性のある活動の,経営者によるコントロールを援助し,②会社の環境方針への準拠を評価することにある。

 それが監査の対象とする環境問題は,次のようなものである。

①環境のさまざまな部門に関連する活動のインパクトのアセスメント,コントロール及び低減

②エネルギーの管理,節約及び選択

③原料の管理,節約,選択及び輸送。水の管理と節約

④廃棄物にしないこと,リサイクリング,再利用,輸送,処分

⑤サイト内外の騒音の評価,コントロール,減少

⑥新しい生産工程の選択と変更

⑦製品計画(設計,包装,輸送,使用,処分)

⑧請負業者,下請け業者,納入業者の環境業績と業務

⑨環境に関する事故の予防と拡大防止

⑩環境に関する事故の場合の緊急対応手続き

⑪環境問題に関する従業員への情報提供と訓練

⑫環境問題に関する外部への情報

 以上のような環境問題を監査した後,内部監査人は,監査報告書を経営者に提出する。内部監査人の監査報告書の目標は,次のようなものである。

①監査の範囲を立証する。

②会社の環境方針への準拠と環境問題の前進についての情報を経営者に提供する。

③環境のインパクトのモニター制度の有効性と信頼性についての情報を経営者に提供する。

④適切な場合には,是正措置の必要性を明示する。

 以上の内部環境監査にもとづいて,第(3)の環境報告書を会社は作成する。環境報告書には,特に次のものが含まれる。

①サイトにおける会社の活動の記述

②その活動に関連するすべての重要な環境問題のアセスメント

③汚染物の発生,廃棄物の発生,原料・エネルギー・水の消費,騒音及びその他の重要な環境問題に関する数字の要約

④環境業績に関するその他の要因

⑤サイトで実行された会社の環境方針,環境実施計画,環境管理システムの提示

⑥次回の環境報告書の提出期限

⑦公認環境検証人の氏名

である。⑥の記載が要求されるのは,必ずしも毎年の監査でなくてもよく,情況によっては経営者の決定によって三年ごとから毎年の監査という幅が認められているからである。

 この環境報告書は外部の公認環境検証人の監査を受けなければならない。そこで(4)の公認環境検証人の監査の問題の検討に移る。

 各加盟国は法の施行より21ヶ月以内に公認環境検証人を認定しなければならない。公認環境検証人は公認機関によりその資格を認定された個人もしくは組織で,企業から独立した者でなければならない。

 このような公認環境検証人は,独立した監査の結果を検証人報告書にまとめて経営者に提出するが,それには次のことを述べる。

 ①一般的にはEC規則(レギュレーション)の規定を遵守していないケース

そして特別の場合には

②環境調査もしくは監査方法もしくは環境管理システムまたはあらゆるその他の関連プロセスの技術的欠陥

③環境報告書草案,それは環境報告書となるべき修正や追加の詳細を伴っているが,それとの意見の不一致の問題点

が記載される。そして監査の結論としては,次の3つのケースが起り得る。

 ①もし,

(a)環境方針がEC規則の要求事項に準拠して確立されており

(b)環境調査または環境監査が技術的に満足のいくものであり

(c)環境実施計画が発生したすべての重要な問題に取り組んでおり

(d)環境管理システムがECレギェレーションの付則の要件を満たしており

(e)環境報告書が正確で十分に詳細であり,さらに環境管理・監査制度の要求事項を遵守している場合には

検証人は環境報告書を認証する。

 ②もし,

 上記の(a)〜(d)までは妥当であるけれども,

(e)の環境報告書が改訂され完全なものとされる必要があった場合や,認証が存在しなかった間の年度の環境報告書が正しくなかったり誤解させるものであった場合または環境報告書が存在すべきであった間の年度の報告書が存在していなかった場合には,

検証人は必要な変更について経営者と議論し,会社が環境報告書に適切な追加や修正を施すまでは環境報告書の認証を行わない。その場合でも,もし必要があれば認証されない報告書に必要な修正について言及するとか,または中間年度に公表されるべきであった追加的な情報について言及するということもあり得る。

 ③もし,

(a)環境方針がEC規則の要求事項に準拠して確立されておらず

(b)環境調査または環境監査が技術的に満足のいくものではなく

(c)環境実施計画が発生したすべての重要な問題に取り組んでおらず

(d)環境管理システムがECレギュレーションの付則の要件を満たしていない場合には,

検証人は経営者に対し必要な改善についての適切な勧告を行い,方針,実施計画,プロセスの欠陥が訂正され,そのプロセスが必要な限り繰り返され,その結果環境報告書が改訂されるまでは環境報告書を認証しない。

 かくて,公衆への公開を意図した環境報告書が認証されれば,会社はそれを管轄機関に提出し,当該サイトを登録した後,それを公開することになる。また会社は登録されたサイトについて,環境管理・監査制度に参加しているというマークを使用することができる。このマークは製品の宣伝に用いることや,製品そのものあるいは製品の包装に表示することはできないが,それによって,公衆は環境管理・監査制度に参加した会社とサイトを識別することが可能となる。

 またこの環境管理・監査制度については,中小企業の取り扱いをどうするかという問題と,インダストリアル・セクターだけでなく,他の産業部門にも拡大すべきだとする議論があったが,中小企業の取り扱いについては,EU委員会が情報提供,技術的サポート,監査・検証手続きについてのサポートに関して,適切な提案を行うこととなった。また対象分野の拡大については,各加盟国は流通業とかパブリック・サービス部門のような他の部門にも適用することができることとされた。

 この法は5年以内に見直しを行うことになっており,その時点では対象分野とロゴ・マークの導入等が見直されるであろう。また,自主的な参加を前提としているが,どれ位の企業が参加することになるのか,またそれによってECの環境管理が全体としてよく達成されることになるのかによっては,さらに根本的な見直しが行われるようになるかもしれない。ともあれ,ECは企業,とりわけ製造業を中心とする生産にかかわる産業の環境管理について継続的な改善の促進策を打ち出すことになった。

Ⅲ ISOの環境管理と国際標準化

 ISO(国際標準化機構)は,環境管理に関する国際規格を作成するために,1993年6月2,3日の両日,カナダのトロントで第一回の専門委員会(TC207,環境管理)を,カナダを幹事国として開催したが,その結果TC207には,次のようなサブ・コミッティー(SC)とワーキング・グループ(WG)が設けられることになった(注3)。

(1)SC1 環境管理システム

幹事国:イギリス

(2)SC2 環境監査

幹事国:オランダ

(3)SC3 環境ラベリング

幹事国:オーストラリア

(4)SC4 環境業績評価

幹事国:アメリカ

(5)SC5 ライフサイクルアナリシス

幹事国:フランス

(6)SC6 用語と定義

幹事国:ノルウェー

(7)WG 製品規格の環境側面

幹事国:ドイツ

 そしてSC1の環境管理システム規格とSC2の環境監査規格については1994年12月の規格公表が目標とされ,他の規格はそれより遅れて規格公表がなされることになった。

 1993年の10月から11月にかけて上記のSCとWGはそれぞれ第1回の会合を持ち,その作業を進めるため,SCの中にさらに新たな WG等を設置することになった。また,SC2の名称は,「環境監査及びこれに関連する環境調査」に,SC5は「ライフサイクルアセスメント」にそれぞれ変更された。さらにSC1「環境管理システム」とSC2「環境監査及びこれに関連する環境調査」の規格の最終公表は1996年1月となる模様である。ただし,1995年4月にはECの環境管理・監査規則が実際に適用されるので,ISOの環境管理システムとECの環境管理システムとは調整が行われることになるものと予想される。ECの環境管理システムについては,欧州標準化委員会(CEN)にECはその開発を依頼してあるため,両者の調整をしておかないと ECは二重の環境管理・監査を受けなければならなくなるからである。また,ISOの環境監査が外部監査を含んだものになるのかという点については,現在のところまだ明確にはなってはいないようである。

 SC1の環境管理システムの今後の日程(注4)については,各国や各機関から提出されている環境管理システムについての比較を行い,環境管理システムのモデルを検討するとともに,認証にとっての必須の要求事項の検討と,認証にあたって満たすことが望ましいとされる事項の検討を行うことになる。そして1994年5月に開催予定の次回のSCまでに原案が用意されることになった。

 環境管理システムを考える場合考慮に入れておくべき点は,環境管理システムが,品質管理システム,財務管理システム,健康と安全管理システム等の特定の管理システムと共に総合的管理システムに統合されていくことが想定されている点である。そして,それらは監査,ライフサイクルアセスメント,影響評価,業績評価等の共通の要素を持った管理システムの体系を構成することになる。ICCの環境監査のところでみたように,環境という用語は,現在では健康,安全等を含む広い概念として使用されているので,健康,安全管理システムが広い意味での環境管理システムとして考えられるのは不自然なことではない。それはISOの規格として,将来検討されることになるかもしれない。またここで財務管理システムが想定されているが環境問題には当然コストの配慮が必要であることを考えると,環境コストを扱う管理システムが考えられるのも,また当然のことだといえるであろう。

 次にSC2の環境監査及びこれに関連する環境調査の今後の日程(注5)であるが,これは,環境監査の一般原則,監査手続,監査人の資格,他のタイプの環境調査についての検討が行われることになる。環境監査として考えられるものにはさまざまなタイプが考えられる。たとえば,

(1)環境管理システム監査

(2)法令遵守性監査

(3)業績監査

(4)サイト監査

(5)企業継承監査(Take-over audit)

(6)環境報告書監査

がそれである。環境管理システムとの関連でいえば,環境管理システムの監査が当面一番関連が深いので,まずそれが規格化される可能性が強い。しかし環境管理システムが環境報告書の作成を求め,それを公衆に公開することにし,さらに環境報告書の独立せる第三者による検証を要求するような, EC型の環境管理システムと環境監査の関係になれば,ISO規格においても環境報告書の監査が必要となるであろう。

 また,ISOは当面環境管理システムと環境管理システムの監査の規格化を急いでいるが,しかし環境管理規格を構成する他の要素,すなわち,環境業績の評価であるとか,原料の採取—製品製造—流通—リサイクル・廃棄という製品のライフサイクルにわたる環境影響を評価するライフサイクルアセスメント,製品やサービス等へのラベリング等の規格化が環境管理システムと結びつくようになれば,業績監査等の他の環境監査が求められるようになるであろう。

 ISOの環境監査も任意のものであるけれども,かかる環境管理の国際的規格化がどれだけ世界の環境保全に資することになるか,今後大いに注目されるところである。そしてそれはまた企業にとっては世界貿易を円滑に進める上で,重要な問題を秘めている。すなわち,製品の環境ラベルと結びつく環境管理システムは,サイト単位の環境管理ばかりではなく全社的な環境管理の必要性が予想されるからである。

Ⅳ 政府の環境監査

 以上のような環境監査における世界的な動向の中で,我が国においても,経団連地球憲章(1991年4月),通産省「環境に関するボランタリープラン」(1992年10月),環境庁「環境にやさしい企業行動指針」(1993年2月)が発表され,また通産省に環境管理規格審議委員会が設置されて,企業における環境管理は着々とその体制が整えられつつある。

 それでは政府における環境責任の説明はどのようになされるべきであろうか。以下東京都を一つのモデルにしてその問題を論じてみることにする。

 「東京都における環境行政のあり方について」(東京都における環境行政のあり方に関する懇談会報告,1993年11月)によれば,都(行政の主体を以下都という。)も一つの大規模な事業体であるから,環境保全に向けた行動を率先して行うべきであり,そのためには,欧米において導入が進められている環境監査制度を参考にして,実施状況を把握して適切な進行管理を行うための手法について検討を進めるべきであるということが提言されている。

 政府の環境監査を考える場合,2つのエンティティー(存在)を仮定すべきではないだろうか。たとえば先に述べたECの環境管理においてはサイト(敷地)ごとの環境監査を考えているが,しかし個々のサイトの環境監査に止まらず,本来は企業全体の環境管理が必要なのである。かかる意味では,企業においてもまた事業所単位の環境監査と,企業体もしくは企業グループ全体の環境監査が必要である。特にISOの環境管理のように,企業の環境管理システムや環境業績の評価やライフリサイクルアセスメントの結果が製品の環境ラベルに結びついていくというような場合には,環境監査は各工場等単位の監査だけではなく,企業体全体の環境管理が問われるようになると思われる。

 政府の環境監査も,かかる意味で二つのエンティティーが仮定されるべきであり,それは,

(1)都という行政の主体の自らの活動の環境監査

(2)東京という行政の領域ないしは区画における環境行政の環境監査

である。先の「懇談会報告」が提言している環境監査も,一つには都という行政の主体を一つの企業もしくは事業体とみなした場合の環境監査であると考えることができるであろう。

 しかし,行政の環境監査はそのような一事業体の環境監査,すなわち行政機構もしくは行政組織のオフィスや施設の環境監査のみに止まらない。たとえばゴミの問題一つをとってみても,都の庁舎等からのゴミを処理するだけでは済まない。企業等の事業者や都民から出るゴミを全体として処理するという環境行政そのものの評価,監査が必要なのである。というのは,その場合の第一次的な環境責任は,都,事業者,都民にあり,さらに全体的な環境行政に関する第二次的な環境責任が都に発生すると見なければならないからである。

 それでは都という行政の主体,すなわち一事業体の環境問題はどのように考えられているのであろうか。

 「東京都地球環境保全行動計画」(東京都,1992年5月)は地球環境保全に向けての都民,事業者,東京都の行動指針を掲げているが,そのうち都の行動として,次の三つの行動の基本原則を掲げている。

(1)地球環境保全に向けての行動を率先実行する。

(2)省エネルギーやごみの減量化,水資源の有効活用などを通じて環境への負荷を軽減するとともに,環境にやさしい用品等の利用等に努める。

(3)環境分野での国際技術協力を推進する。

かかる行動の基本原則に基づいて,都はその日常業務の中で次のような事項を率先して実行することとしている。

(1)エネルギーを大切にする行動

①庁舎等の省エネルギーの推進

②庁舎等の省資源,省エネルギー型建築物の建設

③庁舎等の自然エネルギーの活用

④清掃工場や下水処理場等の未利用エネルギーの積極的活用

(2)環境にやさしい用品類の使用とリサイクル

①用紙類の使用減,再生紙の利用

②古紙,廃棄文書類の回収・資源化

③環境にやさしい用品等の使用

④不用品等のリサイクル

(3)自動車使用にあたっての行動

①庁有車等の合理的な使用

②庁有車等に電気自動車等の低公害車の導入

(4)緑の創出と水資源を大切にする行動

①庁舎等の緑化の推進

②雨水の地下浸透

③庁舎等の水資源の有効利用と循環・再利用

(5)オゾン層の保護に向けての行動

①庁有車等からのフロンの回収

②空調設備(冷凍設備等)からのフロンの漏出防止

③ハロン使用以外の消火設備への更新

(6)熱帯林の保全に向けての行動

①熱帯木材使用の削減等

(7)国際協力を推進する行動

①国際間の協力と提携

(8)取り組みを推進するための行動

①取り組み体制の整備

②職員に対する地球環境問題の普及

 このような都の環境行動については,ECやISOの環境管理の仕組みがそのまま適用し得るであろう。

 都の環境方針,それを具体化した環境目標,その目標を達成するための環境実施計画,それらを実行するための組織等を規定する環境管理システムの構築,内部環境監査,環境報告書の作成,それの公開と外部監査という一連のシステムの行政への適用が今後検討されるべきであろう。

 もう一方の環境行政についての環境監査であるが,先の東京都の「懇談会報告」では,都の環境行政の範囲は,当面,これまで環境行政が対象としてきた公害や自然に加えて,資源・エネルギー,廃棄物,景観,歴史的・文化的遺産,都市気象,生態系,地球環境問題などを対象とすることが適当であるが,環境問題に関する都民の意識や社会の要請に柔軟に対応しながら,今後,対象を拡大して行くべきだとしている。そして環境保全のための施策として,

(1)都市・生活型公害への対応

自動車公害や生活排水による水質汚濁,東京湾の富栄養化等への対策等

(2)自動車排出ガス対策の強化

効果的な自動車交通量の抑制策や交通量の円滑化策等

(3)有害化学物質対策の推進

水道水源,地下水,大気,土壌などへの有害化学物質による汚染の未然防止対策等

(4)公害健康被害の防止

複合大気汚染による健康被害の防止策等

(5)緑の保護

保全地域の指定や開発の規制,崖線の保全や貴重な動植物の種の保存のための育成の場の保護等

(6)水と緑のネットワークの確立

公園緑地の計画的な整備,道路や河川等の緑化,生物の保全,水循環の維持回復などの対策

(7)都市の自然生態系の回復

多様な生物の生息の場の確保,湿地や干潟の保全,地下水や湧水の保全等

(8)快適な環境の創造

歴史的建造物や史跡の保全,歴史的景観やまち並みの保全,良好な都市景観の創造,音環境に対する対策等

(9)地球環境問題への対応

地球温暖化,オゾン層の破壊,酸性雨,熱帯林の減少,都市化の進展や資源・エネルギー消費の増大などの都市活動による地球環境ヘの影響等への対策

等を掲げている。そして,このような環境の状況や実施した施策の成果等を内容とする「環境白書」を作成し,公表することを検討すべきだとしている。

 ここでも都の環境行政としての環境方針,それを具体化した環境目標,その目標を達成するための環境実施計画,そのための組織,環境管理システムの構築,内部環境監査,環境報告書の作成,それの公開と外部監査という環境監査の原型の適用が可能であろう。たとえば環境目標としてゴミの減量化を掲げる場合,都民,事業者,都それぞれの減量値を明示し,その達成度を測定し,その方策の効果を評価する。そのためには,都民のゴミを資源化してゴミの減量がはかられるような合理的な分別回収方式の都全体の統一的な採用等の方法の評価,企業等の事業者及び都におけるゴミの減量化の方法の評価,その結果として,全体のゴミの減量化の評価等が環境監査によって明らかにされなければならない。このようにして環境監査には,環境行政の監査というもう一つの役割を果たすことが求められるであろう。

 以上の都のモデルを国の場合にあてはめてみるとどのようになるであろうか。

国の環境監査は,一つには国という行政の主体の,すなわち行政組織内の環境監査がまず考えられるであろう。それとともに,国という主体の環境行政そのものの環境監査が他方で考えられなければならない。ただしそれらの監査主体の問題についてはここでは触れない(注6)。

ともあれ,地球サミットの「アジェンダ21」(行動計画)によって我が国の行動計画(ナショナル・アジェンダ21)の策定が行われ,また地方自治体の行動計画(ローカル・アジェンダ21)の策定が行われようとしている今,さらに国においては環境基本法に基づいて環境基本計画の策定が行われようとしており,また地方公共団体においても環境基本条例とそれに基づく環境基本計画の策定が検討されようとしている今,環境計画の実施の業績,達成度,効果を評価するシステムとしての政府の環境監査が検討されるべきであろう。

[注]

1)International Chamber of Commerce,ICC Guide to Effective Environmental Auditing,1991.

環境監査研究会監訳『効果的な環境監査のためのICCガイド』国際商業会議所日本国内委員会,1993年。

環境監査研究会編『環境監査入門』日本経済新聞社,1992年7月。

拙稿「環境監査の概念と構造」『産業公害』Vol.28 No.7 1992年7月。

2)Council Regulation (EEC) allowing voluntary participation by companies in the industrial sector in a Community eco-management and audit scheme,29 June,1993.

拙稿「EC環境監査制度の創設」『旬刊経理情報』No.681,1993年3月10日。

後藤敏彦「EC環境監査制度創設の歴史と動向」『旬刊経理情報』No.686,1993年5月1日・10日。

3)A resolution of ISO/TC207, June, 1993.

4)A resolution of ISO/TC207/SC1,October,1993.

5)A resolution of ISO/TC207/SC2,October,1993.

6)国においては会計検査院が,地方公共団体においては監査委員が環境監査を担当するという提言があるが(石井薫,茅根聡共著『政府会計論』新生社 1993年,「6.2政府監査と環境監査」),ここでは環境監査主体の問題までには立ち入らない。

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