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第8号

会計検査のパラダイム・シフトに向けて
山本 清

山本 清
(小樽商科大学助教授)

 1953年生まれ。京都大学工学部卒業。75年会計検査院へ,第5局監理課長を経て,91年より現職。会計情報論・行政情報論専攻。日本地方自治研究学会(理事),公益事業学会,日本会計研究学会,土木学会等に所属。

 主な論文は"Accounting Information and Public Utility Regulation: The Case of a Privatised Telecommunication Corporation in Japan", Financial Accountability and Management, Vol. 9, No. 2, May 1993,「公的組織における業績給制度の基本問題」『地方自治研究』,1993. 3.など。

 1 はじめに

 (1)期待と現実のギャップ

 近年における会計検査院の機能充実への取り組みは,従来の合規性,経済性・効率性の検査から政策目的の達成度を検証する有効性の検査を含めた「業績検査」への移行として評価されるものである。さらに,最近では「政策結果に対する総合的な評価を通じて政策形成にフィードバックすることを主目的とする」社会的機能に着目した「政策評価」の志向さえ見受けられる。

 こうした意欲的な取り組みに対しては概ね各方面から熱い期待を寄せられている。例えば,会計検査対象機関に対するアンケート調査(日本システム開発研究所(1991))によれば,今後の検査の観点としては「国民のためのチェック」,「有効性」,「合規性」,「経済性・効率性」,「正確性」の順に望ましく,会計検査院の果たすべき機能でも「フィードバック機能」及び「情報提供機能」が全体の8割を超えている。また,学界でも本誌第7号で矢坂(1993)が農業補助に関連して「政策システムのあり方について,議論の素材を提供する行政機関の役割が不可欠」として情報提供機能に期待しているし,宮島(1993)も「行政府の会計監査にとどまらず,行政府の政策立案,そして,立法府の政策決定にまで踏み込んだ政策評価への姿勢を強めてほしい」と述べている。さらに財界においても関西経済同友会(1993)は「会計検査院や行政監察局など既存の制度を見直し,……行財政全般について経済性,効率性等幅広い見地から評価し,政策提言を行う機能をもたせる」ことを提言している。

 しかしながら,こうした外部からの期待に対する検査実態はというと,上記調査で検査対象機関が受けた検査の観点(全体で100%)は,合規性47.1%に対して有効性9.3%,会計検査の有効性認識は「適正な予算執行に対する職員の意識向上」が82.3%に対して「予算要求へのフィードバック機能」15.8%とまったく対照的な結果を示している。同じ調査で学識経験者については,会計検査院の機能達成度を「ほぼ果たしている」を含めた肯定的評価(45.9%)よりも「十分でない」とする意見(48.1%)の方が大きくなっている。

 この期待と現実のギャップが本誌第2号で小林(1990)のいう「歯痒さ」であり,「弱点は検査結果が今後の政策にさして反映されない…霞が関での同院の力は強いといえず…「フィードバック」は機能していないのが現状」(『日経ビジネス』,1993. 4. 19, p24)ということになる。すると,会計検査院が目指している政策へのフィードバック機能拡充は誰もが異論をはさまないのであるから,問題はいかにすれば改革を推進し,実効あるものになるかという戦略に帰着する。ただ,戦略の検討前に,ギャップは現行会計検査のアプローチからある程度必然的に生じていることが認識されなければならない。

 (2)ギャップの原因とパラダイム・シフトの必要性

 周知のとおり会計検査院は「常時会計検査を行い,会計経理を監督し,その適正を期し,且つ,是正を図る」(会計検査院法第20条第2項)ことを任務としているから,基本的機能は統制と会計責任(アカウンタビリティ)の検証である。議会による予算審議は事前統制,会計検査院の会計検査は予算の事後統制の一環といわれるのは,正に議会制民主主義の統制機能から理解されるものである。

図1 会計検査院の制度的位置づけ

 そして,会計検査院はその議会,内閣からの独立性から,図1に示すように会計責任の連鎖過程で極めて特殊な位置を占めており,行政に対する統制権限,議会に対する会計責任を有するが,誰からも直接的な統制を受けない。したがって,極めて自律性が保証されているわけであるが,それだけに法に規定された統制機能を自ら果たさねばならない。会計責任概念が前記調査研究が説くように「財務会計責任」からそれぞれ「経営」,「プログラム」及び「政策」会計責任に進展し,これに対応して検査機能も「統制」から「管理」及び「情報提供」に移行することを是としても,自らの会計責任を果たすには基本的な統制機能(国等のすべての会計を検査する)をないがしろにできず,管理及び情報提供は統制機能に加えてなされざるを得ず,かつ統制機能と融合して行われるため自ずと個々の会計行為の経済性・効率性及び有効性に焦点が当てられるのである。この会計検査の両輪性こそギャップの主要な原因を構成しており,次の中村前院長の国会答弁に如実に現れている。

 猪熊重二参議院議員の無作為抽出的方法により実地検査施行箇所を決定する方法採用に関する質問に答えて

 会計検査院長「今おっしゃいましたような,全体を推計させるようなそうした情報というものを国会あるいは国民の前に明らかにする,その必要性につきましては私どももまさにそのとおりだと考えております。しかしながら,私どもの使命はあくまでも国の会計経理を監督し,その適正を期し,是正を図るということにあるわけでございますので,それだけに,検査効率を高めるということを常に考えなければいけないわけでございまして,選定に当たりましては,誤りがありそうなところとか不当な事態が発生する確率が高いところとか,あるいは改善の必要性のあるようなところ,こういうふうな形で選定いたしまして検査の密度を高める,その努力を払っているところでございます。」(平成2年10月9日参議院決算委員会会議録)

 すなわち,会計検査の効率とはできる限り誤り等不適正な事態を多く発見しそれらを是正するという考えであり,ほとんどの調査官の共通意識を構成しているとみなしてよい。この現実が「検査が細に入り大局を見失っている」とか「事業全体の有効性を問うような指摘が少ない」という批判や金本(1990)の説く無駄・非効率性を重視した検査における「木を見て森を見ない」危険性をもたらしている。経済学者を中心とするこれらの批判(激励?)は確かに正論であるが,今なお指摘金額で検査実績を評価する現場の意識も検査報告掲記金額は統制機能の最も定量的な尺度(正に会計的!)であるという説得性を有している。

 こうした伝統的な規範の下で会計検査院自身も前向きに考えている政策評価をも視座にいれた機能拡充を現実のものにしていくには,まず制度的な基本的職務である統制機能は何かを明確にし,次に統制機能を合理的,効率的に達成し,その後いかに管理,情報提供機能を発揮し得るよう検査資源を配分するかという課題を解決しなければならないであろう。これが,本稿の問題認識である。外部有識者の貴重な提言がなかなか実効あるものになっていないのは,概念の重要性に気づきながら検査実務を遂行する上でどのように対応すればよいかが不明なことによると思われる。すなわち,

1)狭義の統制機能を果たすには,どれだけ労力をかけ,いかなる実績データを入手すればよいのか,また,

2)業績検査にシフトできたとして「指摘」事項を見いだせない場合のリスクを誰が負担するのか(会計検査院は何もしていないという批判にどう答えるのか),さらに,

3)政策に検査結果を反映するということは政策価値の評価に踏み込まないまでも非常に政治的に微妙な問題であり,どういうアプローチを取り得るのか,例えば,平成2年度決算検査報告から新設された特定検査事項による情報提供機能を高め,それが国会,国民の議論の素材になるにはいかなる条件を満たす必要があるのか,の処方箋が求められているのである。この処方箋は問題の性格上対症療法的なものでなく,従来の検査理念と実務の改革を伴うことからあえて「パラダイム・シフト」と呼ぶが,上記課題に対応したパラダイムとしてそれぞれ,1)リスク・マネジメントの視点,2)システム評価の視点及び3)意思決定支援の視点,を提唱する。これらは会計検査の統制,管理及び情報提供という機能をより効果的に,つまり,会計検査院自身の会計責任概念の法的監督責任から社会的監督責任への進展を支えるものである。

 そこで,次節では,公的分野で「政策評価」を含めた評価がなぜ重要か,重要な評価がどうして力が弱いのかを述べる。この分析なしに評価の実効性を担保できないからである。また,政策評価と会計責任との関係を整理し,政策評価への制度的制約を踏まえた現実的アプローチを提唱する。第3節では,統制機能を合理的に実施する理念としてリスク・マネジメントの考えを導入し,いわゆる「不当事項」への取り組み方を示し,このアプローチが統制機能だけでなくシステム管理及び情報価値の点でも有用であること−狭義の統制であってもフィードバック機能を果たせること−を述べる。第4節では,業績検査=有効性検査志向という理解が少なくないが,プログラム評価の充実という点でも,会計主体の内部管理効率,つまり社会的産出であるアウトカムの直接評価でなくオペレーションに当たる行政執行システムの効率改善を図る視点が実践的であることを述べる。また,不正抑止とか費用節減的なシステムへの改善でなく,アウトプットを高めるよう動機づける「しかけ」を検討する方向の必要性を併せて触れる。そして,第5節では,情報提供は議会または国民の意思決定に資する観点から行われるべきで特に情報の価値を高める方策として,予算配分の効率に関する評価情報や隠れた負担及び補助の情報開示が有効であること,また,政策価値の評価を回避しつつ政策決定過程にフィードバック可能であることを述べるとともに情報保証の機能を追加すべきことを述べる。最後に,残された課題とかかるニュー・パラダイムに対応した検査体制の整備について若干の提言を行う。

 2 公的分野の評価の特質

 (1)評価の意義

 会計検査等の事後評価は,予算循環過程あるいはマネジメント・サイクルの最後に位置づけられ,次の計画策定等に反映される重要なものとされている。確かにそのとおりであるが,政府等の非営利組織の場合は評価が企業等の営利組織と異なった機能を有していることに留意すべきである。この点をマネジメント・サイクルについて検討してみよう。図2に示すように政府活動においても,目標設定,政策(計画)検討,実施計画,資源の投入,変換,産出,評価,次の目標設定という流れは共通である。しかし,各段階の行為主体,資源の調達過程については企業の場合と基本的に異なっている。すなわち,狭義の予算策定過程は各省庁が原案を作成し大蔵省が政府原案を策定するが,その決定権限は国会にあり(予算の民主的統制),活動原資である税,社会保険料等は法律に基づき強制徴収(納税義務)される。しばしば,企業の場合の株主,株主総会,取締役会,監査役,従業員を政府の場合の国民,議会,大臣(内閣),会計検査院長,公務員に対応させた議論がされるが,株主総会では政府予算に当たる企業の事業計画は,議決事項ではなく取締役会等の経営者に委託されている(所有と経営の分離)。したがって,経営者がマネジメント・サイクルの全体に責任と権限を有し,プリンシパルたる株主に経営責任を負うのである。また,資源調達については,行政サービスを受ける国民は基本的に選択権を有しない(退出の自由が制限されている)から,国民の満足度にかかわらず政府は活動原資を確保できる。換言すれば,政府では,

1)資源管理の意思決定権限と執行権限が異なる主体に分離している,

2)非自律的な調達・活動形態である,

3)資源調達とサービスに関する満足度が直接的関係を有しない(受益と負担の不一致),という点で質的に違っているのである。

図2 政府のマネジメント・サイクル

 上記特質が行政サービスの成果よりも調達された資源の配分に関心を向けさせ,結果の評価への関心を薄めてしまうのである。そして,目的が明確であってもそれを操作可能な形(定量化)で測定,評価するのが困難なことが合わさって,行政が自ら評価を行うことは少なく,政府は産出会計でなく投入会計であるといわれる実態となっている。したがって,行政活動には効率化のインセンティブは働き難く,プロセス全体の効率を改善するとともに計画にフィードバックする第三者による評価機能が重要なのである。

 (2)なぜ評価,監査が機能しないのか

 評価が重要ならば,政府内部の各省庁で評価が実施されなくても会計検査等の事後評価は実施されているのであるから,事後評価はマネジメント・サイクルで大きなインパクトを有し,政府活動の効率化に寄与しているはずである。しかしながら,前記調査にもあったように検査対象機関も財界も会計検査のフィードバック機能が十分に発揮されているとみなしていない。国会の政策に関する審議に会計検査院として意見を述べる機会も多くはなく,大半の場合,再発防止か指導の徹底に留まり政策の見直し,制度の変更にかかる議論はされない。政策検査への拡充を目指すならその原因を明らかにする必要があろう。会計検査の評価のインパクトが小さいのは,内部的要因と外部的要因からなると考えてよい。

 内部的要因は,会計検査の伝統的アプローチに起因するものである。先の前院長答弁に示されているように,多くの調査官はなるたけ多くの不適正な事態を見いだし,その是正を図ることに自らの存在価値をおいているから,金本(1990)のいう「明らかに無駄が発生していると検証できるものを探し出すことに重点が置」かれる宿命を有しているのである。計算証明規則で支出・収納行為単位に証拠書類が検査対象機関から提出され,それを書面検査して実地検査を行うという手順は,どうしても行政活動をマクロに,つまり項,目といったプログラム単位で評価するプログラム評価とか政策評価のアプローチに適合しない。まして,個々の支出行為で工事の積算ミスとか租税収入で法令適用誤り等が努力すれば発見できる現状下では,あえてリスクを冒すインセンティブは調査官に生じ難いのである。一方,フィードバックされる側の議会は予算審議の場合と同様,自己の権限にかかるプログラム単位には関心を有する可能性は理念としてあるが,配分時よりは関心は少ないであろう。ほとんどの議員は地元の個別事業にも関心は有するが,それは予算で分配された枠内でどれだけ自己に有利に事業化するかであって事後的な効率とか効果ではない。ここにおいて評価に関する単位及び観点の違いという評価者(会計検査院)と評価結果の利用者(議員)のミスマッチが生じるのである。

 第二の外部的要因とは,議会の側で利益供与型政治を志向する議員が多くなる場合に顕著に現れてくる。すなわち,会計検査院は国会からも独立しているとはいえ,各種委員会審議を通じて検査報告の説明をする他,議員からの資料,調査要求に対して自己の権限の範囲で報告を行っている。それゆえ議会の評価に関する需要が大きければ,たとえ個別的不適正事態の報告が多くても会計検査の検査結果は間接的にはフィードバックされ,活用されるはずである。これは会計検査の議会の予算統制への支援とみなされるが,現実にはNiskanen(1975)が米国議会について説明しているように,我が国でも実質的な政策及び予算決定権限は本議会でなく行政活動分野毎の各委員会が握っており,かつ,その委員会の構成メンバーは議会全般の中位需要より相対的に高い需要を有する議員が多数を占めている。特に我が国では長期単独政党支配が継続していたことから自民党政務調査会の各部会が大きな権限を有していて官僚は事前承認を得るのが通例になっていた。そして,各部会はそれぞれ業界団体等の圧力集団を背後に抱えているから,米国以上に政策・予算決定に関連する行政サービス需要は高かったといえる。すると,高需要の委員会なり政調部会は,中位需要の議会よりも生産を非効率に統制して産出水準を高めようとするインセンティブを有することになり,その裏返しとしてモニタリングや非効率を指摘する監査,評価の限界価値を議会全体より低くする性向を示し,会計検査等の評価に関する需要はその本来有する水準より低められるのである。しかも高位需要議員による予算決定は,官僚にとっても裁量的予算を増加させるから予算最大化行動を前提にすれば官僚の利益と一致することになる(ただし,今回の連立政権の誕生によりモニタリング需要が従来より高まる可能性はある)。

 (3)政策評価と会計責任

 すると会計検査等の事後評価がフィードバック機能を果たすには,評価機関の方で主体的にプログラム単位に評価を実施し,政策の効果がどの程度達成されているかを検証することが重要になる。いわゆる効率的であっても効果的でない場合があるから有効性にも着目すべきという論理が生まれてくる。しかし,問題は簡単ではない。まず,技術的には,図2のマネジメント・サイクルにあるように政府活動の効果は企業の場合のように市場への財,サービス提供段階における売上,利益という指標(企業は利益最大化行動をとる経営主体とすれば有効性指標)で把握できない。政府主体が社会的主体にサービスを供給し,それが社会的主体で変換される過程で効果が発生し,最終生産物である社会的産出が生まれるからである。例えば健康増進プログラムの効果は,保健所等の保健指導と地域住民の意欲,取り組みの協働的成果として生じる。経済性・効率性の観点は政府でも企業でも活動主体(entity)の内部過程にかかるものであるが,政府の場合,有効性は直接的な活動主体とは別の主体の内部過程にかかる概念となる。このため,有効性の会計責任を経営主体だけに負わせることは理論的でなくなり(政府主体=報告主体と政策責任主体の不一致),政策責任という新たな責任概念を設けたとしても従来と同列に扱えず,自ずと古典的な制裁(sanction)を伴う責任追及は不可能となり,評価者の監督・統制機能も制限を受けるのである。

 次に制度的には,図1に示したとおり会計検査院は議会からの統制は受けない代わりに行政に関する事後的統制について会計責任を有している。政策評価を行う場合,行政主体に政策責任を認め,政策決定過程に評価をフィードバックしようと思えば,政策目的自体の価値を問わなくても政策決定に踏み込んだ評価をせざるを得ない。しかしながら,政策決定は国民の代表たる議会の固有の権限であるから,国民から直接負託を受けていない会計検査院長が評価できる領域は限定されるのである。政策目的を所与とした実施施策の合目的性評価は,前記調査研究で政策評価の対象にされているが,極めてデリケートな分野であり慎重な法的検討を要すると思われる。実際のところ,情報提供という手段で会計責任の検証や勧告という統制,管理的色彩を薄めている米国会計検査院(GAO)でも1988年大統領選挙後に政府が抱えている問題点(事実の記述)を要約した報告書(transition series)を公表したのに対して,議会の一部及び新旧両政権(行政府)は前のレーガン政権に関する間接的な批判とみなし,また,ある者は,GAOは中立的な事実発見(fact-finding)の役割から踏み出し,大統領及び議会に留保されるべき政策決定権限について追求していると批判しているのである。

 したがって,政策評価に取り組み政策決定過程にフィードバックする機能を充実する場合,当面はプログラム単位で政策目的の達成度合を評価したり,目的達成のための各種代替案を比較検討する段階に留めるべきと考えられる。このアプローチは社会的主体の有する会計責任とみなせる政策責任概念を否定するものではなく(この概念は政府監査でも取り組みが始まった環境監査の意義を理論的に支えるのに有効であろう。カナダ会計検査院長L. Denis Desautelsも4番目のEとしてenvironmental auditingを行う理由として会計責任概念を挙げている。詳細はInternal Auditor, April, 1993, pp. 42-46.参照),社会的産出=社会的厚生に着目しつつ行政主体の内部過程を分析することで直接の会計主体である行政活動の効率を改善する方策を検討し,議会にフィードバックすることである。

 3 リスク・マネジメントの視点

 (1)会計経理の秩序維持と統制機能

 先に会計検査の議会に対する基本的な会計責任の要素として,行政活動に対する狭義の統制−会計経理を常時監督し是正を図る−があると述べた。したがって狭義の統制機能の生産性は会計検査の指摘・是正金額とそれに要した費用の比率であるとしばしばいわれる。後述のとおり統制による便益は指摘金額だけではないからこの見方は必ずしも適切ではないが,マスコミ等による検査報告の取り上げ方をみると「無駄使い**億円」というふうに金額が一人歩きしている。これが院長答弁にある不適正事態の発見効率向上という作業目標をもたらすのである。しかし,客観的に検査報告を分析すれば容易にわかるように,検査報告掲記事項にかかる不適正金額は年度間比較や費用対比を合理的に行える性格のものではないのである。例えば,毎年度検査報告されている社会保険料の徴収過不足について最近の3年度分を整理すると表1のようになる。

表1 徴収過不足の報告事例

 上表をみてわかることは,不適正として報告される金額は調査件数に大きく依存すること,また,平成3年度の健康保険・厚生年金保険の調査は従来の1割程度に減少したのに1件当たりの金額は飛躍的に増大していること(率はほぼ同じ)である。このように,会計検査の実地検査の対象件数が毎年度相当に異なっているため金額が増加した,減少したという議論は事態の認識を誤らせるだけである。したがって,金額のみに神経質になるのはあまり意味がなく,統制機能が不適正な会計経理の発生をなくすことにあると考えるならば,むしろ不適正な率にこそ注目すべきなのである。ところが,この例で理解できるように調査対象の数自体がいかなる基準で決定されたか(現実には会計検査院『この10年のあゆみ』で「検査のノウハウを反映した検査用プログラムを作成して,データの絞り込み処理を行うこととし,検査効率の向上を図った。これにより……不適正事態の指摘率も高まった」(p. 380)と述べられているように無作為でなく特定抽出である)が第三者である議会及び国民にとっては不明であるから,30-60%もの率で誤りがあるのは「けしからん」という議論すら生じている。そして,議会でも毎年度同じ指摘が継続するのは「指摘されている制度とかあるいはシステムとかそういうものにも問題があるのではないのか。……事実上できないことを法制度の中でシステム化されていて,そのできないことがやはり不当事項としてずっと指摘をされておるという事態もあるのではないか」(平成5年2月22日参議院決算委員会会議録の労働省会計課長に対する倉田委員の質問)を招くことになっている。確かに,不適正な事態を発見し是正することは統制機能の基本であるが,それは発見・是正を目的にしているのでなく,あくまでも会計経理の健全な秩序を維持する手段であるから,指摘と同時に第三者に会計経理の健全性に関する客観的なデータを提供し,上記質問にあるとおりシステムに問題があるのか,それとも全体としては健全で事実上現在の体制下では限界値にあるかを明らかにすることが望まれているのである。特に,後者の事態であるならば,会計経理の是正は調査対象に関してのみ効果が生じ,いわば内部監査の代行を実施することと同じになり,不適正事態はある確立で継続することが予想されるのである。

 (2)リスク・マネジメント的アプローチの意義

 こうした「検査効率」向上への会計検査院の取り組みについては,秩序維持という観点ではないものの行政システムの効率という見地から経済学者の中には費用対効果に着目し見直しを求める意見もある。例えば,金本は広報誌『けんさいん』第6号(1993)の座談会で「……要するに資源を投下すれば,厳密にできることはできるのですが,そうすると人手が幾らあっても足りないし……そういうことは不可能なんです。……単純ミスの発生を前提に出きるようなシステムじゃないとまずいんじゃないか」と述べている。

 実際,金本も指摘するように,不適正事態の発生防止はコストなしでは不可能であり,会計検査の効果も不適正事態の発見・是正という直接的便益の他会計検査に伴う間接効果があることに留意しなければならない。間接的効果には,1)いわゆる不適正事態を未然に防止する牽制・抑止効果と,2)法令・基準への適合性に注意と関心が向けられることによる保守的行動,過度のリスク回避行動の結果として生じる機会費用の増大,が挙げられる。このうち1)は指摘金額だけで会計検査の効果を認識する誤りを示すものであるが,前記行政システムの健全性検証という見地からは2)の効果(side effects)が重要である。会計検査を実施する側の理論として,2)は検査対象機関側の一方的な過剰反応によるのであって本来であれば発生しないものであるということになるが,伊丹(1986)が指摘するように統制の負のインパクトとして回避できない要素なのである。行政活動の特性から生じる成果の計量困難性に起因して多くの行政組織は内部的に定量的な評価基準を有さないから,会計検査の外部的な評価基準が導入されるとどうしても関心がそこに向かわざるを得ないという宿命があるのである。行政学者の西尾(1988)は統制機関の評価で注意すべきこととして,この負の側面が起こる可能性につき次のとおり指摘している。「会計検査において生活保護行政における不正需給が厳しく指摘されると,各福祉事務所では濫給の防止にばかり注意を払い,漏給の縮小には努力を払わなくなってしまうおそれがある。」この点は検査を受ける行政側も新規施策導入時にリスクに対して慎重になりすぎ,技術革新を遅らせる可能性を生じることを述べている。例えば,建設省幹部は「技術開発の現状と課題」という土木学会主催の座談会で発注者側(行政)に技術革新の意識を植えつける場合のネックの一つとして会計検査を挙げ「決められた標準工法どおり発注しておけばそれでいいわけですが,新しい工法なり新しい設計は何らかの欠陥が出てきますから,それを是正しようと思ったら,お金が高くつく,結果的に標準的な工法より高くついた場合に,だれがリスクを負うかという問題があります」としている(土木学会誌1993. 4.別冊増冊,p. 88)。

 以上の会計検査の間接効果の負の側面は検査を行う側で当然反論はあり得るが,不適正な事態の発見を重視する場合,特にその発生確率が低い場合には抑止効果を上回る影響を与えるおそれがあることを忘れてはならない。また,会計検査自身その活動原資を税等に依存しているのであるから,不適正事態の発見確率を高めるという尺度に加え検査費用に対する効率という尺度を検査活動の資源配分の検討に用いる必要があるのである。

 そして,この考え方に基づき財務管理の改革を推進しているのがオーストラリア(豪)である。すなわち,豪の中央政府では投入,過程中心から成果志向に財政・会計制度を改革しており,その一環としてリスク・マネジメント原則を近年導入している。その原則とは,いくらコストを費やしてもリスクを回避する(極端な場合にはセント単位の節約のためドル単位のコストを費やす)方向から,チェックの減少から生じる不正や過大支払増加(潜在的なものを含む)に対してチェックの管理コストを均衡させる方向への転換である。これはチェック,統制という活動についても成果に注目してマネジメントを行おうとするもので,リスクを冒すことがある場合(経済合理性)には適正かつ妥当とみなす考えである。したがって,公的部門の管理原則としては極めてドラスチックなものであり,統制の費用便益比が管理の評価基準となっている。この概念には後述する行政システムの国民の信頼性に関する要素が除外されているため,そのまま受け入れることは適切ではないが,会計検査のあり方の純粋に経済学的な見方を示すものとして参考になる点は多い。つまり,検査機関が指摘効率を上げても検査費用(間接効果を除く)に見合う是正便益が得られず,かつ,検査費用を上回る是正便益が見込まれる検査領域が残されていれば,後者に検査資源を振り向けることが統制効率も高まるという結論になるからである。それでは,かかるアプローチをどのように会計検査に適用するのが妥当なのであろうか。

 (3)会計責任とリスク・マネジメントとの調整

 オーストラリアのリスク・マネジメントの統制活動への適用を検討するには,まず比較の対象から除かれていた間接的効果の便益,費用を考慮に入れる必要がある。前述したように間接的便益は,会計検査の実施及び潜在的可能性による不適正行為を未然に防止することから得られる便益であり,一方,間接的費用は,リスク回避行動による機会費用及び会計検査に対応した内部統制費用の増加である。したがって,経済合理性のみに基づいて統制管理が妥当になるのは,会計検査実施により発見・是正される不適正金額(A)+不適正事態抑止金額(B)>会計検査実施コスト(C)+リスク回避による機会費用(D)+内部統制増加費用(E),の関係が成立する場合となる。ここで,計量化が困難なのは(B),(D)の要素であるが,会計検査の影響が小さい場合には,(A),(C)の要素が卓越するから近似的に(A)>(C)の関係が成立すればよいことに注意しておく必要がある。以上の修正を加えれば,リスクの発生を所与として統制にかかる費用と便益の比較で統制管理を実施すればよいのであろうか。企業のリスク・マネジメントであれば重大な不正,違法行為がない限り管理的会計責任を経営者は果たしたことになるから,これでよいかもしれない。しかし,公的部門では特有な資源調達の非自律性と退出制限の性質に起因する政治的会計責任の観点から新たにアカウンタビリティ・リスクが発生するから,政治的会計責任と管理的会計責任との調節が必要になる。リスク・マネジメント原則を導入したときの大蔵省事務次官補P. J. Barrett(1988)自身「公的部門における概念としてのリスク・マネジメントは多くのコンフリクトを作っている。我々は,責務(responsibility)と会計責任(accountability)との間の適切な均衡が(問題として)持ち上がっているリスク戦略の時代に突入している」と述べている。慎重な立場のP. Weller及びC. Levis(1989)は「政治的会計責任は少なくとも潜在的にはそうした概念(リスクを許容する)になじまない。リスク・マネジメントは誤謬,誤りがある可能性,すなわち,公金の無駄(waste)(多分意図的ではないものの無駄には違わない)を認める。政治的会計責任は担当大臣にその無駄に対して大衆に答えることを要求する」と指摘している。ここに管理的会計責任でカバーできない民主主義に固有な政治的会計責任の課題が生まれてくるのであり,大衆の「我々の血と汗の結晶である公金を無駄使いするとはけしからん」という論理に対応せざるを得ないのである。Barrettが「新しい会計責任」と呼ばれるべきものであると主張し,また,「政治家も行政組織が頭でっかちにならないことを是とするならば,ある程度のリスクは受け入れられねばならないことを容認すべき」とするのは合理的ではあるが,極めて困難なことは確かである。特に非自律性を勘案すると,資源調達を確実かつ安定にするには国民の行政システムに対する信頼性を維持・向上することが必須である(国民の不信感が高まると適正な納税者意識が減退したりする)から,会計責任の観点から別の統制管理の評価基準を設定する必要がある。この基準はシステムに対する信頼性であるから不適正事態の発生が件数的及び金額的にある許容水準(国民が納得する水準であり,民間金融機関等の実績が参考になるが,公金の性格上より厳しい値を設定すべきと思われる)以下にあるということになろう。

 したがって,統制の経済合理性と政治的会計責任維持の観点の双方を考慮すると,いかなる政府活動も政治的会計責任を免れないから,まず不適正事態の発生水準が一定の許容水準を超える場合には,システムの信頼を確保する意義が優先し,統制のコストが便益を超えるか否かにかかわらず会計検査を通じて不適正事態を発見・是正し,そのシステム改善策を検討することが重要である。問題は,許容水準以下であるが統制コストよりも便益が上回る場合であるが,既に許容水準以下であるものを対象にすると機会費用の増大及び内部統制費用の増加の方が抑止便益を上回るおそれが強まるため,大幅に上回る場合を除き後述する別の視点からの会計検査に資源を配分すべきと考えられる。また,許容水準を超える場合でも優先されるのはコストを上回る便益が得られるときであろう。以上を整理すると図3に示す領域のうちaが最優先され,次にbが必要検査対象,cが任意検査対象,dは検査対象から除外すべきことになる。

図3 リスク・マネジメントの視点による検査対象の選択

 なお,このアプローチで注意すべきことは,実態が許容水準以下か否かを判定する場合,統計的に推定の信頼性を確保できる最小限の予備的無作為抽出を行い,その結果,実態が許容水準を超えると推定された場合に本格的な実地検査を行うということである。これは,会計検査が検査対象に与える影響,特に間接効果に起因するバイアスを極力回避して評価の客観性を確保しようとするためである。そして,実地検査では従来どおり指摘効率を高くする特定抽出を行って,なるたけ多くの不適正実態を発見してその過程で発生原因を特定化し,内部統制の改善に資することが肝要である。実際のところ健康保険・厚生年金保険料の徴収不足事例を分析すると,社会保険事務所間で不適正事態発見率は相当のばらつきがある(平成元年度では最大54%,最小15%,平均37%)ため,内部統制システムが各事務所間で異なっていて良好な事務所の管理方式を参考にできると思われるのである。ややもすると,調査官の現場意識として自ら苦労して見い出した検査ノウハウを検査対象に教えることをためらう可能性があるが,外部統制を含めた全体の統制効率を上げるという立場からGAOのように不適正発見・防止の手法を提示して改善を求める姿勢を維持する必要がある。

 この視点に立つならば,前記保険料徴収過不足と並んで毎年度検査報告に記載されている保険料の支給不適正の事態,特に厚生年金保険については表2に示すとおり,その不適正率及び金額とも徴収過不足に比較して低い(その主たる理由は保険の給付者が社会保険事務所等の政府機関であるのに対し保険料の納入者が各事業者である差異からくる統制可能性の制約によると考えられる)から,上記修正されたリスク・マネジメントが有効と推定される事例といえる。現行実務はこの手続きが省略されているため無用な誤解あるいは検査資源の配分効率を妨げている可能性があると解される。

表2 保険金等の支給不適正

 4 システム評価の視点

 (1)内部効率の改善方策

 政策評価を実施する範囲については当面政策価値に踏み込まず,あくまでも政府主体(資源管理主体)に着目したアプローチを取るべきとした。これは,政策決定にフィードバックする場合には極力政策の修正・見直しを可能にする情報が望ましいという観点に立つものであり,社会的主体という別の会計主体に着目することに伴う行政活動の寄与を不明確にする欠点を克服するいわば「戦略的後退」を意味する。ただ,注意すべきことは社会的主体の変換過程を直接測定・評価しなくとも政策の効果・有効性は評価できるということである。この詳細については既に別稿(山本(1986))で述べているため省略するが,政府主体の投入,変換,産出による代理評価が可能である(例えば政策の目標としていない者への給付,作業の未完了及び産出水準の低下はそれぞれ投入,変換及び産出に着目した効果の代理評価である)からである。これら代理評価による有効性検査は従来から積極的に実施されており,特に目新しいものではない。ここで提案するのは政府主体に着目するのであるが,その評価対象をプログラム単位でかつその運営(執行)システムとするものである。現行実務が個々の会計行為の有効性に留まっていることがフィードバック機能を低下(少なくとも議会に対する)していると述べたが,プログラムに着目して検査を行うにも種々のアプローチが存在する。例えば,Henley(1986)は政府監査人の業績評価・監査(政策検査を含む)に関する取り組みとして次の5段階を示している。

a.政策目標が確定しているかを検証する

b.政策の有効性を評価する適切な手続きを確立しているかを調査する

c.その手続きにかかる(意思決定)コストを定量化する

d.目標が現実に達成されているかを報告する

e.目標がより効果的に達成可能な代替案がないか検討し提示する

政府監査人のおかれている制約などから,直接的なアウトプットでなく政策効果自身を評価対象にしているのは先進国でも少なく,カナダ及びオーストラリアではcの段階に留まっており,GAOはeまですべて実施していてニュージーランドは政策目標に疑問を呈することなく行える範囲内でeまで実施している。我が国会検査院の権限を勘案すると,GAOのように議会の附属機関でないから政策評価のレベルはニュージーランドと同じ範囲まで行うのが妥当と思われる。このように書くと我が国の会計検査院も処置要求事項を通じて代替案を提示しているではないかという反論が予想されるが,ここでいう代替案とは政策目標を達成する現行システムに代替されるシステムという意味であり,政策策定段階で検討される種々の執行システム(Fi)に対応する。つまり,資源の投入から財・サービスを産出するには色々なシステム(生産関数)を想定でき,その中から政府主体が選択し議会が決定・承認しているのである(図4参照)。従来型の業績検査における代替案は確かにこの生産関数Fにかかるものであるが,そのほとんどは生産関数の一要素の変更を求めたり(典型的なものに工事費の積算基準の改訂を要求する事例),あるいは現行規定の周知徹底(診療報酬の誤請求の事例)という次元に留まるものである。しかしながら,政策決定に資するという観点からは政策策定・決定の対象とするのと同じ水準にフィードバック情報を揃えなければ効果的でないのは明らかである。海外のどこに旅行しようかと考えている顧客に国内の九州はいかがですかと旅行代理店が勧めてもあまり販売促進にならないのと同じである。

図4 政策執行システム検討の意味

 (2)システム効率の評価

 従来型の業績検査は,執行システムについて原則として行政主体が選択した生産関数の大枠は維持したまま生産要素の修正に着目したもので,どちらかというと指導の強化あるいは法令・通達の遵守を求めるものが多かった。しかしながら,前節で検討したように,こうした内部統制の強化は機会費用の増大をもたらす可能性があり,また,経営学者が指摘するようにある場合には処罰よりも報償の方が効果的である。すると,ある行政活動の執行システムを評価する場合にはシステム相互間の効率比較ということになる。すなわち,政策価値を是として政策目標を達成するのにどのシステムが運営コストが少なくてより効果的かの検討がここでのシステム効率を事後評価する意味である。したがって,評価側で政策に関する十分な知識と政策分析及び形成能力が要求されるし,従来の統制(処罰)強化でなく政府組織の特性から働き難い節約なり有効性向上をもたらすインセンティブ(報償)構造を組み込む等の「しかけ」を考慮することも重要である。

 この点を検査報告事例について具体的に検討してみよう。高齢化等の要因のため社会保障費の増大,特に医療費は国の負担だけでも10兆円を超える多額に上ってきてさらに増加傾向にあるということで最近の重要な検査対象になっており,診療報酬の中身に踏み込んだ検査が実施されてきている。従来は専門性あるいは医師の裁量にかかる部分があるということで,ほとんど実施されなかったことを思うと検査の聖域をなくすという意味で会計検査院自身の会計責任を向上させたといえ高く評価される。ここでは,厚生大臣に対して医療スタッフが標準以下の場合の診療報酬の支払につき処置要求した事例(平成元年度検査報告「医師看護婦等が標準人員に対して著しく不足している病院等の把握について」)及び診療報酬の算定基準に違反しているとした不当事項を取り上げる。まず,前者の会計検査の処置要求は,入院にかかる診療報酬については算定基準等により医師看護婦の1月平均の員数が医療法施行規則で定める標準人員の70/100以下(「標準人員不足」)となった場合には,その翌月から所定点数の90/100相当の点数により診療報酬を算定することになっているのに,181病院では標準人員不足となったにもかかわらず減額せずに請求していたため約12億円が過大に支払われていた事態に対するものである。この事態に対して,要求したのは厚生省において都道府県に対し,ア)病院に算定基準を遵守するよう指導を徹底させる,イ)都道府県の保有資料を活用して標準人員不足の事態を的確に把握するよう指示する,というものである。これは正に厚生省の規則を所与として,すなわち診療報酬の合理化と診療の適正化を図るという政策目標を執行するシステムとして厚生省が選択したものを適正とみなしたアプローチで,その評価は医療スタッフの数と標準人員不足との比較である。しかしながら,政策目標を所与としても前述したとおり種々の執行システムは存在するし,現行システムに依拠するにしてもその妥当性を検証する必要があろう。検査報告では現行システム自身の評価がないため,なぜ他のシステムを会計検査院は提示しないのかという疑問が生じるし,準拠性のチェックであればどれだけの数の病院を調査したのかという情報が必要である。もう少し具体的にいえば,現行システムにおいて以下の妥当性の検証がまず行われるべきであろう。

a.標準人員不足の病院では現実に医療サービスの質(待ち時間,病室巡回頻度,診療時間,治癒率,入院期間,患者満足度)は低下しているか。

b.全国的には標準人員を満たしているのか,標準人員と全国的平均値の関係は診療報酬とどう関係しているのか。

c.181病院のうち標準人員の50%未満が83病院もあるというが,医療サービスで問題は生じていないのか。

d.こうした原因は医療が特定疾患(老人慢性疾患)に偏っているため医療スタッフが少なくて済んでいるのか。

 上記疑問が解決されれば,次に代替案として以下の検討がなされる必要があろう。

自ら不利になる減額申請を病院側が誠実に行うインセンティブは,情報の経済学が教えるように監査で発見されるリスクがあっても罰則がなければ発生しない。それゆえ監督コストの増大をもたらさない方法,例えばサービスの質がよい病院が標準点数加算申請を行いプラスのインセンティブを与える(投入の規則でなく産出の規制への移行)ことの可能性
報酬の増額は標準人員と実人員との関係から段階的に行う(現行では標準人員不足を境界に2段階で不足の程度によらず単価差は10%で一定であるが質の差はもっと大きいはず)こと
医療サービスは患者側からの要求に応じて実施される側面が大きいから,医療費の適正化を期すにはサービス受領者側でも「不必要」「過剰」なサービスを受けない姿勢が重要である。つまり,診療審査機関や診療実施機関だけでなく患者である被保険者への行政対応策

 次は診療報酬の算定基準の適用誤りのうち上限措置にかかる不当事例である。この措置は診療上必要があると認められる範囲において医師の裁量性を保証し,過剰診療を防止する目的で設けられているものである。平成2年度検査報告には,一定の血液化学検査等にかかる検査料や画像診断料について,その種類,回数にかかわらず,上限点数で算定されることになっているのにこれを遵守していない例が記載されている。医療費の問題は,単に経費が多額に上っていることだけでなく,治療効果は一般に医療サービスの増加関数であるから適正な医療水準がどこかを決定することが困難なことである。そして社会保険診療は被保険者の患者が医療サービスを望んだ場合には対応しなければならない性格を有しており,しかも患者側にとっては医療資源の配分効率からして非効率な水準であっても,少しでも治療効果が増大する限り,より高い医療サービスの提供がなされるのが通例である。経済効率だけで医療水準を決定する場合には,図5に示すQ1が適正なサービス水準となるが,患者側の一般的感情からこの水準を社会保険の上限とすることは抵抗が強いであろう。すると,社会的合意を得られ易い水準は医療サービスの限界便益が零になる水準Q2ということになり,現行の上限が少なくともこの水準(Q2)を上回っていないかを検証し,もし超えている場合には上限自体を修正するよう改善を求めることが医療水準の質を確保しつつ医療費の抑制を図る政策のシステム評価ということになろう。逆にQ2とQ1の間の水準に上限値が定められていると確認できた場合には,政策価値(医療費の配分効率と医療の質向上のいずれを重視するかという問題)に踏み込むから後述する情報提供に留めるべきことになる。

図5 医療水準の決定原理

 (3)予算・財政システムの検討

 上記検査報告事例によるシステム評価のアプローチは,特定のプログラムの執行システムにかかるものであったが,財政監督を任務とする会計検査院としては資金管理にかかる予算・財政システム自身の効率をも評価することが重要である。制度的にも,会計検査院法第37条第1項により会計経理に関する法令の制定,改廃に対して意見を表示する権限が保証されているからである。統制機能及び監査に特有な性格から,法令等の基準に対する準拠性を確認するアプローチが基本的なものとなるのは致し方ないが,あらゆるシステムは陳腐化の可能性を免れないからその妥当性を検証する必要がある。特に財政の手続き法令である会計法,予算決算及び会計令は「古色蒼然」としたものと一部形容されるように,契約関係規定は明治時代からほとんど改正されていない。そのことが,即内容の非合理性を証明するものではないが,多くの財政学者が指摘しているように予算・会計システムが極めて硬直的な状態にあることは確かである。政府のように非自律的組織は企業よりも委託者からその使用に対して厳しい管理を要請されることはやむを得ない側面があり,議会の民主的統制を確保する手段として単年度主義の原則とか予算の科目間流用の原則禁止及び会計検査等は民主主義のコストとして判断すべきで,非効率だからという理由だけで廃止することは妥当ではない(筑波大学加藤栄一教授が著書『天才がいっぱい』で「悪いことをしていない証拠」書類作成に大学事務局が追われており,会計検査の指摘金額に比してそのコストがずっと多いから,「会計検査院は諸悪の根源」とされるのは,前記リスク・マネジメントの一部にのみ着目されたもので間接民主主義の原理の誤解に基づく点が多い)。しかしながら,現実の実務で相当非合理な事態が発生しているのも事実であるから,財政民主主義を維持しつつ財政システムの効率化・合理化の路を探ることは重要である。そして,会計検査院は検査を通じて常時会計実務の現場の状況を横断的に把握できる位置にいるから,現状分析に基づく具体的改善策を提案できる(少なくとも院法第36条の規定による意見表示は可能)と思われるのである。

 官庁会計システムの非合理な点というと,しばしば年度末の予算消化による3月期の道路工事の急増,あるいは急な出張,備品購入が挙げられる。しかし,この特質は我が国だけのものではなく,欧米でも似たようなもので予算担当部局は年度内における予測できない事由による支出に備えてどうしても年度前半の支出を抑制する傾向になるから,決して年度末に実施する工事なり物品購入が不要不急のものではない。実質的な問題は,予算執行を無理矢理年度内に終了することからくる弊害にあるのである。例えば,年度末に積雪寒冷地において法面防護工を施行すると,法面緑化は寒さのため初夏までに枯れてしまい,結果として再施工を行う場合が少なくないのである。また,逆に当年度予算が不足しているため研究開発の進捗度が遅れ,諸外国に先に成果を発表される場合もある。こうした問題は,現行制度でも事故繰り越しとか予備費の活用によって解決可能であるが,現場の当事者としては手続きの煩雑さのため無理矢理年度内処理をするのが通例である。この他,予算統制が人件費,物件費等の費目別になされて,特に人件費については定員管理が徹底しているため,経常費の使用が弾力性を欠いているとされる。マスコミ等でよくいわれる直営方式による官用車,庁舎管理の「非効率性」である。官用車の稼働率が低いのも車両を自己保有し運転を職員が行っているため,これを民間委託すれば経済的になるというものであるが,定員管理が職種別になされているため行政職(二)の職員削減が行政職(一)の定員増加や物件費の増額に振り向けられることはないと聞く。

 以上の問題を解決する方法としても,前出オーストラリアの改革は参考になる。我が国と同様の事例に直面して検討され,1986年9月から導入された運営費用制度(Running Costs System)がそれである。これは政府の財政システムに議会統制を維持しつつ柔軟性を取り込もうとするものであり,大きく三つの政策変更からなる。第一は,経常的予算科目の統合により実質的な科目間流用を保証することである。第二は,人的資源管理を定員管理から給与費管理に変更すること,第三は年度末で未使用の運営(経常)予算を最大2%まで次年度に繰り越したり,次年度から2%を限度として1年度に限る借り入れを各省庁に認めることである。弾力措置の対象から予算額が大きくなる可能性が高い資本的経費を除外していること,経常的経費についても財政民主主義の観点から行政府の裁量を最小限に許容していること等の配慮が窺えられる。最初の経常科目の統合も,たとえば我が国の国立学校特別会計について問題がないとする大学教官は4%にすぎず,校費・旅費間の流用及び年度間の流用を望む者が8割を超えているという国立大学協会(1991)の調査で示されているとおり,インプット管理よりもアウトプット管理が適切な政府活動に適用されないかを検討する価値は十分あると思われる。そして,アウトプット管理が適している研究等の分野に一定の弾力措置を講じることは,前出加藤教授の指摘される過度の会計検査対応の減少にも効果的であろう。もちろん,これら制度はそのまま導入できるものではないが,会計検査で年度末会計処理でどのような問題が生じているかを調査することは従来の年度末未竣工の検査と異なり検査対象機関の協力を得られ易いと推察される。

 財政システムの評価は,それによってどれだけの金額が節約されるかが明示的でないため,検査効率を高める方向からは消極的になる危険性があるが,その効果がすべての活動に及ぶことから,政府のプログラムがより効果的に実施される方策を提示する意義は大きい。また,マネジメントの仕掛けという点では,財政システムの技術としての会計システムについて,複式簿記によるストック情報の提供という側面だけでなく,発生主義・時価会計システムの資源管理の改善効果に着目する必要がある。多くの会計学者,企業経営者は,政府会計の欠点として資金収支会計でコスト情報がなく資産情報も国有財産台帳及び物品管理簿があるだけであると批判するが,現行官庁会計より理論的優位性はあってもその実務的メリットはどこにあるかの視点が十分でない。資源管理の改善という点で即効性があるのは,行政資産の時価評価であろう。国有財産台帳も定期的な評価換えがなされているが,国有財産台帳に記載されない行政財産もあるため,資産の有効活用を図るにはその取得原価でなく時価情報を報告するシステムが重要である。時価評価による年次報告は管理者に利用コスト(機会費用)を認識させ,必要性が低下した場合に代替用途への変更を促進するインセンティブを提供するからである。平成元年度検査報告の意見表示事項である「国営木曽岬干拓事業により造成された干拓地について」は,造成地が長期間さら地になっていて当初目的の農業経営としての利用も困難になっている事態について有効利用の可能性を検討する必要があるとしたものであるが,造成コスト152億円余(10a当たり約412万円,農家への配分予定価格約176万円)は取得原価表示であって,近隣の10a当たり時価は農地としても約1,000万円とその2.5倍(宅地用途だと10倍以上)に上っている。こうした事態は各事業主体及び国営土地改良事業特別会計において資産価額を時価表示すれば一部の専門家以外にも資産の有効活用の意識を醸成することに寄与するであろうから,システムの間接効果として資源管理の改善を促すことになろう。各省庁の会計報告に事業目的の用に供しているかにかかわらず取得価額と時価の二本建てのストック情報を含めるようにすることは,発生主義会計の導入に伴う技術的問題を回避する点でも実践的と思われるのである。

 5 意思決定支援の視点

 (1)情報提供の意義

 前出調査研究報告書で述べられている会計検査の統制,フィードバックと並ぶ情報提供機能は「予算執行に関する情報を国民に提供する機能」と定義されている。予算決定までの情報は確かに豊富であるが,その後の執行に関する情報は財政法で国民に報告することになっているが極めて不十分である。そのため,事後統制機関である会計検査院が決算の確認を通じて実績情報を提供することは価値あることである。問題は,その中身であろう。情報の価値は意思決定者の事前的信条に変更をもたらして初めて生じるのであるから,既に報じられていて内容に新規性がなかったり,新規性があっても信条を改訂するほどのものでない場合は価値が低いといえる。実際のところ,平成3年度検査報告の湾岸平和基金に対する拠出金に関する特定検査事項は情報の新規性がないため,従来の特記事項よりも情報提供色を強めた項目とされるが,宮川公男一橋大学教授が前出座談会で「これでは国民に「これが情報提供か」といわれても仕方ないですね。これだけの情報提供では,むしろ不満の方が多く出てしまうような感じがしました」と指摘しているように本来の情報提供機能を十分果たしていない。情報提供が検査対象機関である政府主体が本来行うものを補完し,政府の委託者の国民に対するアカウンタビリティの連鎖を補修する機能にその価値を見い出すならば,企業の財務諸表監査のように会計主体が作成した会計情報の信頼性保証に留まることはできないのである。また,政府主体の報告を代行することは費用対効果の点で合理的でなく,人的資源の制約からも実行不可能であるから,情報価値の高い領域に特化せざるを得ない。この点で,第3節で統制機能充実のための包括的アプローチと対照的になることに留意しておくべきである。また,情報提供は統制及びフィードバック機能と決して独立ではなく相互に関係を有することも認識しておかねばならないであろう。例えば,会計秩序維持のためのリスク・マネジメントは統制機能の効果的発揮の手段であったが,同時に国民に政府主体の会計規律の程度を公開することにより政府に対する信頼を維持し,同時に一定の許容水準以下のリスクを受け入れる合意形成の資料提供の意義も有するものであり,また,許容水準を超えていると会計検査により確認された場合には内部統制システムの改善を求めることになるからである。

 すると,会計検査の情報提供機能は,統制及びフィードバックと同様に政策形成,決定への反映を最終目的にするものであるが,会計検査院の制度的,法的制約から直接,統制を行ったり行政に改善を要求することができない場合に自己の国会に対する会計責任を果たすため行える残された選択肢であるとみなすのが妥当と考えられる。具体的には,1)資源調達・配分の有効性,効率性に問題があると認められるが,政治的な領域であるため会計検査院の意見表明が制約される場合,2)国会による資源配分後の執行段階の問題であるが,会計検査に要請される客観的判断が困難なため意見を表示したり改善を求めるのが不可能な場合,3)政府主体が本来負っているアカウンタビリティの一環として国会,国民に報告すべき事項であるが,報告されないため国民の的確な意思決定が妨げられていると認められる場合,4)決算の確認義務から政府主体の会計・業務報告に関する情報の信頼性を保証する場合,である。以下,各ケースにつき事例を交えて検討することにする。

 (2)資源調達・配分にかかる領域

 国民の代表者が集団的決定により非自律的に資源を調達し,配分する過程は,もとより政治的意思決定の領域であるから,会計検査院がその是非について意見を表明するのは避けねばならない。しかしながら,国民は資源を拠出しているがその受益と負担の関係は不透明であり,そのことが政策と財政をリンクして考察することを困難にしている。現代福祉国家における財政は,資源配分の効率化,所得再分配及び経済の安定化という3機能を担っているから受益と負担は原則として一致するものではないが,受益と負担の水平的公平は維持されねばならない。また,費用負担とサービスコストのギャップ(医療費,保育料等は大きい)は行政サービスの過剰需要をもたらし(いわゆる財政幻想・錯覚),結果として財政悪化によりシステムの維持自身が困難になる可能性もある(赤字国債,国民健康保険事業はその典型である)。しかしながら,議員は公共選択学派が説くほどでなくとも得票最大化,再選を目的とする側面を有するから,有権者である国民の過大な要求に応え適正水準以上の公共財,サービスを提供する傾向がある。したがって,議員の側でサービスの原価を正確に把握しようとする意識は乏しく,また官僚が予算削減につながる可能性のあるコスト情報を実際の国民の利用料,負担料と対比して開示するインセンティブは少ない。そこで,真のコストと負担に関する情報を提供したり,隠れた負担,受益の程度を明らかにし,国民の意思決定の改善,フリー・ライダーの発生防止に資することが重要になってくる。財政当局も財政の健全性を図るため種々のキャンペーンを行って過大な行政サービスの抑制に努めるが,財政再建時にみられた「隠れ借金」のように予算情報にバイアスがかかる場合もある。そのため,会計検査を通じて適正な財政状態に関する情報を提供する必要があるのであり,とくに予算書に現れてこない租税特別措置や所得控除等の「租税歳出」(tax expenditure)はそれだけ歳入が減少しているのと同じで隠れた補助金を構成するから,その情報開示は財政幻想を修正する意味からするとサービスコスト以上の価値を有する。残念なことに,我が国では包括的な租税歳出に関する情報は公表されていない(米国では表3のような形式で項目別に帰属先及び補助金として支出する場合の推計支出額が予算書の一部として報告される)し,予算の支出項目に計上されないため,予算決定事項でもない。しかし,資源管理に関するアカウンタビリティの見地からすれば,租税歳出についても補助金と同じく公害防止技術の導入促進,中小企業保護,住宅取得控除といった経済政策目的が達成されたかを有効性の観点から検証することが必要と思われる。そして,有効性の評価が困難な場合でも当初見込みに対して適用実績がどのようになっているかの情報をフィードバックすることが翌年度以降の政策継続,変更の検討審議に有益と考えられるのである。会計検査院は一定金額以上の納税申告書等の課税関係書類を計算証明規則により租税官署から提出を受けているため,こうした分析は可能である。公害防止,障害者雇用の推進等の政策目的の価値にはもちろん会計検査は踏み込めないが,どのような者が特別措置等を活用したか(適格性の検証),これによる実際の租税収入の減少はどの程度であったかは一般歳出の会計検査と同様の手法を適用できよう。

表3 ESTIMATES FOR TAX EXPENDITURES IN THE INCOME TAX

 (3)プロセスにかかる領域

 執行プロセスに関する領域は議会が定めた枠組みの中での政策の実行段階であるため,本来は政治的マターでなく情報提供に特化しなくてもよいのであるが,最近話題の公共調達システムとか公共事業の箇所づけの問題は代替策を提示できるような単純なものではない。経済学者が述べるように,一般競争契約を原則として現在の指名競争契約中心から脱却すれば,落札価額が低くなるのは確かであろう。その点に着目するならば本誌第7号で金本(1993a)が指摘するような改善策は効果的な処方箋であり,会計検査院が計算証明書類として保有している工事契約書(入札経過書を含む)等を直轄,補助を統合し,地域別に分析して,競争契約と指名競争契約の結果の差異(落札価額と予定価格との開差比率,落札業者の規模等の属性,下請けと元請けの関係,共同企業体方式の地元企業と大手ゼネコンとの関係等)を特定検査事項として報告することは極めて有用な情報提供である。ただし,実際の工事内容を分析すればわかるように本四架橋とか関西国際空港等の大プロジェクトを施工できる業者の数は十数社に限られており,指名業者数の標準である10人以上と実質的な差はなくなってしまうのが現実である。国際的な市場の透明性,公平確保という点を除けば,競争契約への移行だけで問題が解決されるものではなく,長年指摘されているように我が国の建設コストの高さ(米国に比して住宅建設コストで約3倍(日本総合研究所Japan Research Review「わが国の住宅はなぜ高いのか」1993. 4参照),土木施設で約2倍(『日経コンストラクション』1993. 3. 26号の米国シャール社日本支店長J. ディキソン氏の談参照)の原因解明こそが重要と思われるのである。実際,一般競争契約が原則の米国と指名競争契約中心の我が国の建設業について労働生産性(実質)上昇率を比較すると,1980〜87年の年平均伸び率は米国マイナス0.6%に対して我が国は0.1%となっており,研究開発等の技術革新が特に米国で進んでいて,そのことが直ちに日米のコスト差をもたらしているとは言い難い。コスト差の要因にはもちろん指名競争契約及び談合実態も影響しているが,建設資材の流通機構や建設マネジメントの差も相当関係してきていると考えられ,公共調達の効率性の観点からは契約方式に限定されない総合的評価が必要である。例えば,ツーバイフォー工法による住宅建設について実際に施工した米社の原価分析の結果を転載すると表4のようになっており,4倍を超える価格差を契約方式の違いだけで説明するのが困難なことが窺われる。

表4 住宅建設の原価分析

 こうした比較をより包括的に米国GAOと共同して双方の公共工事の原価分析を行ったり,契約制度の実態調査をすることも必要である。そして,小泉(1993)も指摘するように請負業者が努力すれば報いられるインセンティブを与える制度を導入して市場原価を働かす工夫が重要である。この点で,神戸市で平成3年度から試行されているVE契約,すなわち,契約後の設計変更という段階ではあるが,請負業者が改善策を提示し発注者が認めた場合にその採用により得られる工事費削減額の一定割合(神戸市では40%)を業者に還元するVE特約条項付契約とか日本道路公団で1991年11月から開始された共同研究制度による公団と民間との開発費用の分担と利益(特許等)の共有等は,業者に効率へのインセンティブを与えるとともに開発リスクの削減による技術開発を促進させる効果を有するものである。したがって,こうした取り組みを会計検査院が直ちに積極的に評価してその導入を要求することは試行的政策であること等から困難としても,中立的機関が実地に検証して会計法上の問題点を検討し報告することは政策審議に有用な資料を提供することになろう。

 また,公共事業の「箇所づけ」制度は多くの者が指摘するように不透明で政治的意思決定にバイアスが生じ易い欠点を有する。特にこの作業は議決された予算を実施計画に移す段階に当たり,技術官僚がどの箇所にいくらの予算を張りつけるかを決定するものであるが,その基準は明確でないため政治家の介入を招き易い。また,政治家の介入によるバイアス(地元への利益供与)は,実証分析の結果(例えば柳井(1988))によると地元への補助金等全体的な量的水準でみると報道されるほど大きなものでなく,むしろ個別的介入により配分効率が大きく歪められる可能性の方が高い。このため,金本(1993b)がいうように事業箇所毎に費用便益分析を行いその結果を公表することは効果的である。そして,費用便益分析は,同じタイプの事業間の優先順位を費用便益比にしたがって決定できる理論的メリットを有している。ならば,会計検査という事後評価で箇所づけが合理的になされたかを検証して,費用便益比が低いにもかかわらず高い事業より優先して実行予算が割当てられたら「非効率」だと検査報告に記載して,あるプログラムの資源配分の効率性を改善要求すればよいのだろうか。残念ながら,公共事業は経済的な投資目的と同時に地域振興,格差是正等の社会的目的をもつから,主として経済評価を行う費用便益比だけを評価基準として事業採択,予算決定をできないのである。不透明性は非難されてしかるべきであるが,建設省道路局の技官が「交通量のほか,雇用促進などの経済効果,イベント開催など緊急性,費用,地元の熱意などを総合的に判断して決める」(日本経済新聞,1993, 4. 20)と述べているのは,あながち間違いとはいえない。

 費用便益分析を投資配分決定に利用する場合,経済効果以外の要素についても類似属性を有する地域間での優先順位比較のときのみストレートに有効なのである。治水事業を例にすれば治水経済調査を各河川について実施しているが,その経済便益は主として洪水被害軽減額であるため人口が集中している大都市を流域に抱える河川が地方部の河川よりも何倍も費用便益比が高くなるから,マクロな投資効率を考えると大都市河川に投資を集中するべきことになるが,地方定住を図るには地方河川の整備も必要であろう。したがって,問題は各省庁が実施し一部は法令により一般にも開示されている費用便益分析の結果をわかり易い形式で事業報告,年報で報告することが必要である。そして,会計検査に際しては,予算要求段階の事前評価でしばしば便益の過大評価,費用の過小評価がみられることから,事後的に各省庁の費用便益分析の妥当性を検証するとともに,事業完成後に現実の便益,費用を測定して当初結果と比較して,それらの状況を報告することが有用である。費用便益分析自体専門的な内容を含んでいるため,その方法,分析結果の意味を国民,議会が理解するのはなかなか簡単なことでない。それだけに,技術官僚,経済分析家による数値操作が行われる危険性及びそれが発見されない可能性があるため,第三者による専門的検証を行うことは,公開される結果のバイアスを減少させ,議会等による適正な行政統制に資することになろう。

 (4)業績報告及び情報保証にかかる領域

 上記(2),(3)で述べてきた項目は,アカウンタビリティの点からすると各省庁が本来自ら報告すべきものである。会計検査はせいぜいのところ,一部を補完するに留まり,代行するものではない。しかしながら,官僚制の弊害から情報が公開されることは少ないから,政策執行システムの問題点,改善点の分析,評価でなくとも各プログラム及び政府財政の実績に関する簡潔で全体の概要を理解できる情報が国民から求められている。特に,政府全体の予算,決算の概要は隠れ借金や会計間の出入りがあり複雑で,資源管理の改善という以外に情報の質改善という見地から会計検査院が決算報告の附属資料として期末の資産,負債残高,収入,支出の内訳(経理操作を修正した)を提示することは有益である。前出関西経済同友会も「ブラックボックスとなっている国,地方,財投等,各会計間相互の関係がわかるような「連結財政表」を明示し,税金,社会保険料等が何にどのように使われたかをわかり易く解説した財政白書の発行が必要」としている。プログラムの実績については,現在でも白書等で業務報告がなされているが,多くは事業量や予算の内訳に留まっていてプログラムの目的達成に関するデータはほとんどない。このため,会計検査院でも決算の概要として業務実績を報告しているが,一般会計はなく特別会計及び特殊法人のみであり,その項目,内容も少なく,大蔵省の『決算の説明』の方が情報量が多い。したがって,各省庁の主要プログラムについて予算,決算比較,事業量,効率性及び有効性にかかる指標(コスト指標,効果指標)並びにこれらの予算要求資料との対比を提示して,決算報告の情報の価値を高めることが望まれる。前記したプログラム単位のシステムの評価は,その執行プロセス,メカニズムを実地に調査して改善点等を見い出すものであるため,検査の人的資源の制約から一度で実施できるプログラムには限界があり,何年かの周期等で全領域をカバーすることになる。このため,システム評価の対象にならないプログラムについてアカウンタビリティを補完するものとして,分析,問題点の摘出等を行わないもののその結果,状況を示す業績情報の提供が必要とされるのである。例えば,平成2年度から老人入院医療の診療報酬の大部分が従来の出来高制から定額制に移行したが,この措置の目的は過剰診療の防止と「寝たきりにさせない」医療の実現にあるから,これがどの程度達成されたかが入院医療費の国庫負担,保険負担とならんで重要な情報である。しかしながら,検査,投薬等の減少は厚生省も『入院医療管理料承認病院実態調査』(1991. 5)により確認しているが,医療の質が改善されたか(寝たきりが減少し,退院者が増加する等)の十分な調査はない。特例許可老人病院のうち一定の要件を満たしたもの(介護力強化病院)に認める定額制は,当該制度導入促進という背景があるにせよ従来の出来高制よりもともと医業収入を約1割増大させるものであるから,医療費の抑制に当面は結びつかない政策であることを勘案すると,質の改善がない限りプログラムの意義はないに等しい。したがって,定額制に移行した病院と出来高制の病院を比較したり,移行前後を比較して改善を指標化した情報を独自に収集し報告することがアカウンタビリティの見地で重要である。

 以上の他,監査の基本である政府主体の会計,すなわち,一般会計及び各特別会計及び特殊法人の決算書類の検査も重要である。将来的には,上記業績報告も各省庁でなされ,これをチェックするのが筋であるから,現在既に報告されている各決算につき単に決算の概要に記載するだけでなく,各決算の準拠している会計規定を明らかにするとともに政府監査人としての意見を表示することが必要である。各決算を要約するだけでは意味は少ないから,一般の理解を助けるよう会計原則,各勘定科目の意味や勘定間取引,会計処理の変更の有無(変更の場合の影響額),財源に関する情報,単位サービスコスト(有料の場合は利用料も)を補足的に提供することが必要である。我が国ではこうした情報の信頼性を保証することに対して正当な評価が与えられることが少ないが,人々の意思決定に用いる情報がより適正な方向に修正されたり保証を与えることは正に公共財の供給であり,意思決定の改善に結びつくことを忘れてはならない。郵便料金,自動車保険料,高速道路運賃等の公共料金のうちには会計経理の結果が直接料金水準の決定に反映されるものもあるから,会計検査院としても各種料金審議会が適正な情報に基づき審議・検討できるよう財務諸表監査を実施することは国民経済的見地からも重要な機能である。経済企画庁で公共料金の決定にかかる情報公開の推進について検討が開始されたと聞くが,情報の公開には企業の情報開示と同様,第三者のチェックを受けた旨が前提にならねばならず,しかも会計検査院が公共料金決定にかかる会計経理の検査を担当している以上当然の機能であると思われるのである。

 6 結語及び残された課題

 本稿では,従来の伝統的検査プラスαの思想から,会計検査院自身のアカウンタビリティを高めるという思想への変換の必要性を述べ,問題点の指摘に終わることなく,その改善方向としてリスク・マネジメント,システム評価及び意思決定支援の視点を提唱した。各視点については検査報告事例を交え具体的に記述したつもりである。しかしながら,現実の改革に橋渡しするには残された課題も多い。特に,行政活動に一定のリスクを認めるリスク・マネジメントの視点は,アカウンタビリティに対する歯止めを許容水準として設定するにしても,その水準をどのようにして決定するかという技術上の問題と公共性に関する国民の納得をいかに得るかという合意形成の問題を解決しなければならない。前者の問題については客観的確率(本件では不適正率)が0に近づくとある有限値で(客観的確立が0でないけれども)主観的確率は0にジャンプすることが実験で確認されているから,この不連続点を各種実験で求めることが一つのアプローチとして考えられる。ただ,この場合でも人々のリスクに対する選好はまちまちであるから全員が認める許容水準は決定できず,どの層(どの層までを)を対象にするかという困難な問題が残される。一方,後者の問題を巡っては,行政サービスを受ける国民側だけでなく供給者の行政側もリスクに対するアレルギーには根強いものがある。社会資本計画におけるリスク分析の活用に関して,岡田・小林(1993)は水資源計画・管理を例にしてこの問題の奥深さを次のように述べている。

 「実務者の中には,水マネジメントをリスクマネジメントとみなすことに対して抵抗感が存在するようである。これは……リスクマネジメントが「可能性としての負現象」の生起を想定していることに起因している。……負現象の生起可能性を明記した上で,整備の必要性を説くことは住民・行政のいずれにとっても極めて重要であろう。しかし,科学的な立場でいうリスクという概念を社会が認知するには至っていない。負現象の生起がそのまま行政の失敗に短絡的に結び付けられ,……責任リスクを問われかねない。このことが,水マネジメントの中にリスクマネジメントを積極的に組み込むことに対する抵抗感となっている」

 正に合理性だけでは政治的アカウンタビリテイが免責されない社会実態を物語っており,訴訟等に対する行政側の防護措置としてもリスクを許容したマネジメントが取り難い実態を示している。しかしながら,アカウンタビリティ概念を顧客満足度を追求する消費者主権にすり替える論理は,結果として国民の過度のリスク回避と行政への責任転嫁をもたらし,公的資源管理の崩壊を招くおそれがある。なぜならば,公的部門では,Stewart and Walsh(1992)も指摘するように国民がサービスの受益者であると同時に(資源管理への)参加・参画者であるから,例えば清掃工事等の迷惑施設の建設のように地域住民が反対する(当該公共財の供給を望まない)場合にも国民経済的観点から行政活動を行わねばならないし,また,生計困難者等にのみ生活保護費を支給するように一定の要件を満たした者だけにサービスを供給することがあるからである。サロー(1993)が米国の医療改革に関して,医師に対する訴訟の増大及び末期ガン患者等に対する高額医療行為が医療費を高めるだけで健康増進に寄与していないと述べているのも,アカウンタビリティを供給者の責任追求側面からのみとらまえる場合に自己矛盾(自己免疫不全)を生じることを示しているにすぎない。このように住民は単なる顧客・消費者でなく政治的アカウンタビリティの一部を担っている存在(出資者)であることを認識するならば,リスク・マネジメントの視点は決して政治的アカウンタビリティを無視する考えでなく,むしろ補強することが理解できよう。したがって,特効薬でないが粘り強く国民と政府への合意形成に向け事後統制機関としても情報提供を通じて貢献していくことが肝要であると思われる。

 以上の他,システム評価を行うには単なる問題点の提示だけでなく政策形成能力も併せて有していなくてはならない。会計検査には高度な専門的能力・知識は不要という意見もあるが,不適正事態の発見だけでなくシステムの改善あるいは業績情報の分析は執行側と同程度の水準が必要である。財務諸表監査という情報の信頼性保証という監査の基本でも,監査人は専門家としての能力・知識を備えていることが義務づけられ,それによって保証制度が機能しているのである。しかしながら,会計検査院の職員が単独でこうした能力を育成することは限界があるから,外部の専門家,研究者とコンサルティング契約を結ぶ等して対応するのが効果的であろう。中立性,独立性を維持しようとするあまり従来ややもすると純血主義に固執してきたきらいがあるが,最終的な意思決定権限を留保しておけば問題はない。

 なお,技術的な問題として業務執行の適正性をチェックする狭義の事後統制行為及び包括的な財政情報の開示,会計情報の検証(財務諸表監査)を除き,システム評価,プログラム別の業績報告等は検査結果がまとまり次第公表すればよく,日常的な情報提供効果を維持する見地からは各局別に毎年度の検査事業年度を変えて実施すれば連続的に国会,国民に報告できるから,検査報告も1件毎に詳細に記述でき,より政策分析に資するものとなろう。現在の検査報告はあまりに多くの事実を盛り込もうとしてかえって消化不良を起こしている。できれば,政策の意義,目的等をもう少し詳しく記述し,結果を図表で説明する部分を多くすることが望ましい。同じことを理解させるのに図表または式で表現するとスペースの点でも効率的である。

 会計検査院の職員から大学人に変わって感じることは,会計検査で潜在的に行えることと実際の姿のギャップの大きさである。もちろん従来からの経緯とかおかれている法的位置による制約はあるが,医療費検査等にみられる検査対象の聖域をなくす意欲的取り組みと同時に会計検査の情報価値を高める努力が必要と思われるのである。過去の自分自身への反省を含めて来るべき21世紀への会計検査のビジョンを描くことを目的とした。これがどれほど達成されたかは読者の判断に委ねられているが,すべての改革の判断基準は「会計検査院の国民に対するアカウンタビリティの向上とは何か」ということにつきることは確かである。

 参考文献

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