第8号

結果志向のマネジメントと会計検査院
上野 俊一,宮川 公男

上野 俊一
(産能大学副理事長)

 1960年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学経営大学院修了。富士通株式会社を経て,93年より現職。米国公認会計士。

宮川 公男
(一橋大学教授)

 1931年生まれ。一橋大学経済学部卒,同大学大学院博士課程修了。商学博士。一橋大学助教授を経て,71年より現職。(財)統計研究会理事長。この間,一橋大学商学部長等歴任。日本経営学会,組織学会,TIMS等に所属。

 主な著書は「意思決定の経済学」「オペレーションズリサーチ」「意思決定論」「基本統計学」「経営統計入門」「経営科学と情報処理」「システム・ダイナミクス」など。

 1 結果志向のマネジメントを強調する米国会計検査院

 米国では1993年にクリントン新大統領が米国経済の再生を掲げて就任したが,前途には財政赤字の削減,国内経済の回復,健康保険料などの社会福祉負担の増大への対処といった課題を抱えている。政治上の課題が山積し,国民の政府に対する信頼が低下しつつある中で,こうした課題に対処していくために,米国政府及び省庁で「結果志向のマネジメント」が提唱されている。結果志向のマネジメントとは,ある政策プログラムを行ったときの結果の測定・評価を重視し,それをマネジメント・サイクルに沿ってフィードバックすることにより,以降のより良い計画策定へとつなげていこうとするものである。

 結果志向のマネジメントの重要性を強調したのは,P. F. ドラッカーであるが,彼は「Management:Tasks, Responsibilities, Practices」の中で,政府組織や公共機関において,業績と結果に対する視点が欠けていることを指摘している。また,予算執行の結果に対する評価が不十分なため,計画策定時に重点課題が絞り込めず,その結果,組織やプログラムが有効に機能していないと指摘している。ドラッカーは,こうした点を改善するための結果志向のマネジメントとして,次のようなマネジメント・サイクルを薦めている。

①達成すべき成果という点から省庁やプログラムの目的を定義する。

②各プログラム間の優先順位を設定する。

③定量的・定性的な業績評価の指標を定義する。

④業績を査定する。

⑤業績評価の情報を今後の業績向上のために役立てる。

⑥非生産的な組織やプログラムを廃止する。

 結果志向のマネジメントの考え方には,「連邦政府の政策プログラムが有効に運営されているか」,「予算執行の結果について有効性が評価できるような客観的な情報が提供されているか」という問題意識が根底にある。結果の測定・評価が重視されるとき,それを行う主体としては,政策プログラムを執行している省庁の内部監査機能や外部にある独立した機関としての会計検査院などが考えられる。その中でも,特に米国の会計検査院(General Accounting Office,以下GAO)は,近年その検査の範囲を拡大し,結果志向のマネジメント(Results-oriented Management)を念頭においたプログラム評価を行っていく方針を打ち出している。

 GAOは,新大統領が選出される度に,議会に対して,政権が交代するにあたって,新しい政府及び議会の抱える問題を概観した報告書(Transition Report)を作成している。この報告書は,議会だけでなく,選出された次期大統領や各省庁の長官などにも送付される。最近ではクリントン大統領の選出の直後の1992年12月に報告書(全28冊)が提出され,その中の1冊である「プログラム評価問題」においてプログラム評価の重要性が強調されている。そこでは,政府プログラムを効率的に運営したり,議会が政府プログラムを監督したりするために十分な情報を提供することを目的としたプログラム(業績)評価の重要性が指摘されている。

 結果志向のマネジメントにおける業績評価の面で重要な役割が期待されるGAOは,1985年に連邦政府財務管理システムに関する白書として発表した『政府のコストを管理する−有効な財務管理構造の構築(Managing the Cost of the Government-Building an Effective Financial Management Structure)』の中で,ドラッカーの提示したものと同様なマネジメント・サイクルの概念的な枠組みを提唱している(図1)。

図1 GAOの提唱するマネジメント・サイクル(財務管理プロセス)

 図1を参照しながら,GAOの提唱するマネジメント・サイクルの各フェーズの意味を要約すれば以下のようになる。

○計画策定とプログラム計画

 政策目的を設定し,それを達成するためのプログラム計画を作成するフェーズ

○予算編成

 政策目的達成のためのプログラムを実行するために,必要な資源の水準を決定し,予算を作成するフェーズ

○予算執行と会計

 プログラムの実行に伴って活動予算を執行し,企図されている結果を達成できるような活動が行われるよう監視しながら,コスト,支出,資金のコントロールを行うフェーズ

○監査と評価

 監査により,財務情報の正確性や信頼性を確認し,マネジメント・プロセスにおける規律(合法性,合規性,準拠性)を確保するとともに,評価によってプログラムの目的達成に関する効率性と有効性についての情報を提供するフェーズ

 GAOは,政府のマネジメント・サイクルの目的を,「国民から委託された資源が,合法的,効率的,有効的に使われていることを確認・保証すること」であると定義し,監査と評価のフェーズにおいて,伝統的な会計検査とプログラム評価とを密接不可分のものとするアプローチを模索している。GAOによる業績評価のアプローチでは,政府プログラムのアウトプットの測定と評価に重点がおかれ,そのための会計手法や監査が重視される。従来の伝統的な監査では,会計処理の適正さ,合法性,支出の合規性,準拠性など,アウトプットが産出されるまでの組織的なプロセスが重視されたが,近年のいわゆる「拡大された監査(Expanded Scope Audit)」においては,政府プログラムの経済性,効率性,有効性なども検査の対象となり,アウトプットを産出する組織的なプロセスとアウトプットの測定・評価の両面が考慮される。

 GAOの提唱するこうしたマネジメント・サイクルの概念的な枠組みは,政府機関における予算サイクルと重ね合わせて考えることができる。米国の政府機関におけるマネジメント・サイクルとその中でのGAOの役割を示したものが図2である。

図2 政府機関におけるマネジメント・サイクル

 GAOは,政府機関におけるマネジメント・サイクルの中の監査と評価のフェーズにおいて拡大された監査を実施し,監査報告書を作成する。監査報告書は監査されたプログラムの担当者や省庁からの回答と一緒に議会に提出され,議会はそれらの省庁や政府プログラムに対して改善を勧告するかどうかを決定する。米国政府機関におけるマネジメント・サイクルを通して,GAOは政府の諸活動のアカウンタビリティ,効率性,有効性を喚起する役割を担うことになる。監査の実施や監査報告書によって,アカウンタビリティや効率性,有効性につながる組織的なプロセスと,アウトプットであるプログラム結果が開示される。マネジメント・サイクルに沿って次期の「計画策定・プログラム計画フェーズ」などにフィードバックが行われることにより,政府組織やプログラムの業績が向上していくことが期待されるのである。

 事前的な予算管理の手段であったPPBS(Planning-Programming-Budgeting System)が,解析的アプローチによるプログラム代替案の選択などにより,マネジメント・サイクルの中の「計画策定とプログラム計画フェーズ」や「予算編成フェーズ」を重視したのに対し,事後的な予算管理手段ともいえる結果志向のマネジメントの中で特に重要なポイントとなるのは「予算執行と会計フェーズ」と「監査と評価フェーズ」である。これらのフェーズにおいては,既に述べたように,従来から行われている伝統的な会計検査と業績評価を含んだ新しい検査の両面からの検討が必要とされる。結果志向のマネジメントを行う上でGAOの役割は今まで以上に重視されることになるのである。

 2 米国会計検査院(GAO)の検査業務の変遷

 以上,GAOが結果志向のマネジメントを念頭においたプログラム評価を志向していることを述べたが,1920年以来のGAOの歴史の中で,その活動の重点は変化してきた。ここでは,こうした変遷の中で,現在の結果志向のマネジメントとプログラム評価とを位置づけてみることにする。

 GAOは,1921年の予算会計法(Budget and Accounting Act)により,予算局(Bureau of the Budget, BOB,現在はOffice of Management and Budget, OMB)と同時に創設された。予算局が大統領府に属するものであったのに対して,GAOは議会に属する不偏不党の機関として位置づけられている。この法律により,それまで財務省監査官の機能とされてきた会計監査は,強力な独立性の保護が与えられたGAOの機能となった。さらに,会計検査院長(Comptroller General)に対しては,任期が15年という長期間で,上下両院による合同決議か,弾劾による場合を除けば,更迭されず,退官後も終身給与が与えられるという強力な身分保証が与えられた。

 こうして強力な独立性を保証されたGAOによる検査業務は,GAOの成立から現在に至るまでを三つの期間に分けて考えることができる。第1期は,1921年のGAOの成立から第2次世界大戦に至るまでの期間であり,政府の個々の支出帳票の詳細な監査(Voucher Audit)を主体とした政府支出の合法性,合規性の検査が中心であった時代である。第2期は,第2次世界大戦後から1966年のスターツ(Elmer Staats)院長の任命に至るまでの期間である。ニューディール政策などによる政府支出の増大や第2次世界大戦などによって,支出の個別検査業務が増加したため,GAOは各省庁の支出帳票監査の大部分を各省庁の内部監査機能に委ね,活動の中心を各省庁の会計処理の基本となるような会計原則の設定,各省庁の財務管理手続きと内部統制の妥当性の検査におくようになった。この時期の院長は,GAO院長としては初めての公認会計士であったキャムベル(Joseph Campbell)であり,GAOは公認会計士事務所を模範として形づくられていき,公認会計士を含む会計の専門家を多く雇うようになっていった。第3期は,スターツ院長の任命から現在に至るまでの期間であり,予算局出身のエコノミストであったスターツ院長によって当時連邦政府で導入が試みられていたPPBSによる分析的アプローチが,プログラム評価として持ち込まれた時代である。GAOの検査業務の中に結果志向のマネジメントの考え方が取り入れられた期間であるといえる。

 スターツ院長は,PPBSで用いられる分析は連邦政府の諸プログラムを監視する議会にとっても有用であり,そうした分析情報を議会に提供することはGAOの検査機能の延長として当然必要であるという立場を取った。こうした考え方は,GAOの内外で受け入れられ,1970年代に入ると,プログラム結果監査(Program Results Audit)という名称でプログラム評価が次第にGAOの通常の活動となっていった。例えば,下水処理施設に対する補助金の有効性の評価,ニュージャージー州における負の所得税実験の有効性評価などがあげられる。

 近年のプログラム評価の例としては,下記のようなものがあげられる。

厚生省(Department of Health and Human Services)によって予算が組まれた評価活動によって,プログラム参加者の雇用が増加したことと,それによる福祉支出が減少し,連邦政府や州政府の財政が改善されたこととの間の関係が示された。
化学兵器の評価において,そうした兵器を使用・管理する軍の能力に問題があることを示し,化学兵器(Bigeye Bomb)プログラムの中止や化学兵器に関する武器制限交渉の妥結などにつながった。
若年の心身障害者の就職のための教育準備プログラム(Job Corps Program)の有効性を示し,この高価なプログラムが再承認される上で大きく貢献した。
医療機器に関する一連の評価報告書に基づいて,1990年の安全医療機器法(Safe Medical Devices Act)の中の多くの規程が設けられた。特に,法案は食品医薬局(Food and Drug Administration)の否決権(Recall Power)を増加することにつながり,議会に報告される情報に改善がみられた。

 このようなGAOの新しい活動の法律的な根拠としては,まず,スターツ院長の就任の1年後の1967年にプラウティ(Prouty)上院議員によって提案された経済機会法修正法(Economic Opportunity Act Ammendments)があげられる。これによって,GAOに連邦貧困政策の有効性評価が求められた。この仕事は,多くの外部コンサルタントの協力を得てGAOのスタッフによって行われたが,大きな成功を納め,その報告書は高く評価された。この成功によって,政治的にセンシティブなプログラムに関わる複雑な問題であっても,注意深くかつ専門家らしい研究であればGAOの存在を危うくするものではないことが明らかになったのである。さらに,1970年の「立法府機構改革法(The Legislative Reorganization Act of 1970)」及びその拡張である1974年の「議会予算及び留保統制法(The Congressional Budget and Impoundment Control Act of 1974)」によって,上下両院の予算委員会及び議会予算局(Congressional Budget Office, CBO)が設けられるとともに,GAOにはプログラム評価を行う権限が与えられた。

 こうして,会計処理の適正さ,合法性や支出の合規性,準拠性といった従来の伝統的な基準に加えて,経済性(Economy),効率性(Efficiency),有効性(Effectiveness)といったいわゆる3E監査,政府プログラムの結果の評価や支出に見合った価値の実現などの基準を含んだ「拡大された検査(Expanded Scope Audit)」の視点がGAOの検査業務において強調されるようになったのである。

 こうしたプログラム評価を重視する流れの中で,GAOは,連邦政府プログラムの評価を自ら行うとともに,各省庁も独自にプログラム評価を行う機能を果たすべきであるとしている。つまり,GAOによるプログラム評価は,各省庁が行う体系的,計画的,継続的なプログラム評価を代替するものではなく,補完するものであるという主張を行っているのである。GAOが1992年に議会に対して提出した報告書(Transition Report)の中の1冊である「プログラム評価問題」の中でも,各省庁のプログラム評価に関する問題点として,「プログラムの有効性の評価をほとんど行っていない省庁が多いこと」,「プログラムの実施面において,プログラムの適切なターゲッティングや到達範囲に関する評価が不足していること」,及び「プログラム結果の評価面での課題」などが指摘されている。

 例えば,GAOは,年間1.8兆円を投じている職業リハビリテーション・プログラムの有効性の評価を教育省(Department of Education)が,行っていないことを指摘している。GAOは極秘の所得税データを用いてプログラム評価を独自に行い,一般にいわれている当該プログラムの非常に大きな短期的雇用効果に比べると,プログラム参加者の長期的な所得の増加という面に対しての効果はそれほど上がっていないことを示し,議会がプログラムを再承認する際の参考となった。GAOは,こうした評価は教育省自らが行うべきであることも併せて主張している。

 プログラムの有効性の評価とは,プログラムを実行した結果,どんな変化が生じたのかを示すことである。その結果,有効であると評価されたプログラムに対しては,限られた予算を傾斜して配分することができ,有効性の確証がほとんどみられないプログラムについては,廃止したり,改善・再構築を行ったりすることができる。さらに,社会のあるセグメントにとって有害である政府プログラムをつきとめたり,それを中止したりすることが可能となる。プログラムの有効性の評価は,結果についての統計的な分析(例えば,学力テストの成績や住居環境)を用いて,プログラムの効果を推定することになる。そこでは,プログラムのサービスを享受した者とそうでない者との状況が比較される。例えば,心身障害者の初等・中等教育に対する連邦政府援助プログラムへの参加者は,そうでない者に比べて学力テストの成績が向上したかどうかといったことが比較・評価される。

 プログラム評価においては,プログラム実施の側面も考慮する必要がある。各省庁は,プログラムの適切なターゲッティングや到達範囲も評価しなければならない。プログラム・ターゲッティングの分析では,どういう集団をプログラムの対象とするかを検証する。また,プログラム・アウトリーチ(Outreach)の検査では,目標とした集団の何パーセントがプログラムの恩恵を受けているかといったことが検証される。こうした評価は各省庁が,「何故かれらのプログラムに参加者がうまく集まらないのか」,「参加者が増加するためにはどんな障害を取り除く必要があるのか」などを理解することを助けるものである。

 GAOは,また,現在の各省庁のプログラム評価においては,適切な情報の欠如に加えて,プログラムの結果を評価する能力の面でも問題があると指摘している。すなわち,省庁で評価を実行したものの,得られた情報に欠陥があったり,政治目的のために不適切に利用されたりする事例が存在している。例えば,評価の結果の不適切な利用の例としては,環境保護局(Environmental Protection Agency, EPA)と各州の環境庁による有害廃棄物に関する全国的プログラムをあげている。GAOは,このプログラム内部に重要な情報ギャップが存在しており,結果の測定方法やデータ収集手順上に問題があるとしている。そのため,2年ごとの報告システムは州やEPAが必要とするデータを提供できず,結局,有害廃棄物削減の目標が達成されたのかどうかみきわめることが不可能になっていると指摘している。

 こうした問題は,各省庁のマネジメントの改善が必要であるということを示している。GAOは,各省庁がデータのクオリティを見直し,プログラム評価などによる分析から得られた情報をもっと注意深く検討すべきであるとしており,その上でそうした情報を各省庁の意思決定システムへ統合していくべきであると指摘している。

 3 プログラム評価を結果志向のマネジメントにつなげる上での課題

 GAOによる拡大された監査においては,マネジメント・サイクルにおけるあらゆるフェーズにおいて財務的適合,経済性,効率性,結果の有効性,目標の妥当性などを検証する。それらを考える上で,図3のような政府組織についての組織モデルを想定してみる。

図3 政府機関の組織モデル

 このモデルは,前述のマネジメント・サイクルを補完するような組織モデルを示したものである。マネジメント・サイクルに沿った業績評価を行うためには,「計画策定システム」,「予算システム」,「業績測定・評価システム」及び「フィードバックシステム」を考慮する必要がある。

 図3の点線の部分は,マネジメント・サイクルにおける最初の二つのフェーズ−事前的な管理手段としての計画策定機能と予算編成機能(図3の組織モデルにおいては,「計画策定システム」と「予算システム」)−として考えることができる。事前的な予算管理手段の改革の試みとしては,1949年の行政組織に関するフーバー委員会の勧告に基づくパフォーマンス予算(Performance Budget)や,1960年代に登場したPPBSなどがあげられる。PPBSは,理想的には全体として閉じた予算サイクルを志向したものといえるが,制度的には挫折した。政治的な決定過程における「良い」決定とは,効率性や有効性という基準に合致するものであるよりはむしろ,対立する利益や価値を調和させ,合意をかちうることのできる決定であるためである。その後,PPBSに対する取り組みは,事前的な計画策定や予算編成よりも,事後的なプログラム評価と,そこからの予算編成へのフィードバックを強調する方向へと変わっていき,図3の実線で囲んだ部分である「フィードバックシステム」,「結果の測定と業績評価」,「業績の総合的評価」,といったプログラム評価の側面に焦点があてられるようになってきた。

 プログラム評価においては,事前的な管理手段としてのPPBSの導入時にみられたような異質的な価値観の対立やトレードオフに関する政策決定上の問題に直接関わることなく,政策決定におけるプログラム目標を所与のものとして,その目標との関連による評価に徹することができる。当然,各省庁レベルにおいても,それぞれのプログラム内部で,異質価値間での優先順位決定の問題は存在するが,それらの多くは行政的意思決定の問題として省庁のマネジメント・レベルで処理することができる。したがって,1960年代のPPBSが直面したような政治的な意思決定過程と分析的アプローチの間の複雑さはある程度回避できることになる。もちろん,評価において,個々のプログラムを担当する者にとっては,良い評価を出したいという感情が働くとみるのが自然であり,省庁の内部監査において,結果の評価・解釈に偏りが出るといった可能性も否定できない。GAOによるプログラム評価は,こうした省庁レベルでのプログラム評価を補完するものとして期待されるのである。

 プログラム評価を含む拡大された監査を実施していく上で,GAOは以下の課題を解決する必要がある。

 ①結果の測定の問題

  結果をどう測定するか?

 ②評価の問題

  測定結果をどう評価するか?

 ③フィードバックの問題

  評価結果をマネジメント・サイクルにおいてどのようにフィードバックするのか?

 以下では,上記の三つの課題を(1)「フィードバックシステムをいかに構築するか」という問題と,(2)「プログラム結果をどのような尺度を用いて測定し,業績をいかに評価するか」という形で二つに分類して考えてみたい。

 (1)フィードバックシステムの構築

 フィードバックシステムとは,GAOが提唱している概念的なマネジメント・サイクルを補完する体系的な情報フロー・システムであると考えられる。そうした情報のフィードバック先としては,政策立案者,議会,プログラムを管理する行政官,一般市民などが想定される(図4)。

図4 結果志向のマネジメントにおける情報のフィードバック

 GAOは,現在のマネジメント・プロセスの主な欠点は,そのプロセス全体が立脚している基盤−すなわち,プログラム結果に関して健全な情報を産出し,フィードバックするという面−にあるという認識に立ち,有効なフィードバックシステムを構築するための検討を開始している。前述の,1985年に発表された『政府の費用を管理する−有効な財務管理構造の構築』もその一つである。

 例えば,GAOはその中で,現状のマネジメント・サイクルにおいては,事後的な管理手段にあたる「予算執行と会計フェーズ」及び「監査と評価フェーズ」と事前的な管理手段にあたる「計画策定とプログラム計画フェーズ」及び「予算編成フェーズ」との間の統合が取れていないと指摘している。その結果,閉じたマネジメント・サイクルから本来得られるべきであるプログラム結果に関する統合的情報が,「計画策定とプログラム計画フェーズ」及び「予算編成フェーズ」において利用できていないことが指摘されている。

 (2)プログラム結果の測定尺度と業績評価のためのアプローチ

 マネジメント・サイクルを補完するような情報を提供するフィードバックシステムの枠組みができれば,その枠組みの中で事後的な統制手段として業績評価の指標を使用することができる。事後的な統制においては,プログラム・アウトプットを特定目的に照らして評価することが必要となる。こうした評価を行う上で,プログラム評価の手法の研究によって得られた指標を用いることができる。それらをさらにより有効な指標に変えていくことは,フィードバックシステムの枠組みの中でのパラメータの変更となる。

 業績指標については,現在までにいくつかのアプローチが研究されている。政府機関の組織モデルと業績指標についての研究モデルの一つに「市場型の比較モデル」がある。これは,公共サービスにおいて,類似のサービスの提供者が産出するアウトプットを推定し,それらの比較によって業績差異を明らかにし,業績を評価しようとするものである。JohnsonとLewinは,業績指標を用いたアプローチの中で,業績指標(Performance Indicator)アプローチと業績の比較分析(Comparative Performance Analysis)アプローチをあげている。業績指標アプローチは,結果の測定手法とデータ収集システムの改善を行い,各組織間で統一的にそれらが応用されて初めて比較が意味あるものになるという立場に立っている。データ収集手順における統一性の不足,不完全な会計システムまたは,互換性のない会計システム,サービス提供パターンにおける差異が存在している限り,異なる組織間での比較は意味をもたないという立場を取る。

 このアプローチには,主にアウトプットの測定指標にだけ注目する都市研究所(Urban Institute)アプローチがある。このアプローチは,業績評価を資源配分の意思決定にリンクさせているという点で,PPBSのアプローチに近い。しかし,PPBSタイプのアプローチが,包括的な意思決定システムの開発を目的としているのに対して,都市研究所のアプローチは,政府活動の潜在的なアウトプットに焦点を絞り,政府の活動結果を定期的に評価するための指標のリストの開発に焦点を絞っている。GAOの提唱するマネジメント・サイクルの枠組みの中での業績評価を考えるとき,このアプローチは有望であると思われる。

 一方,業績の比較分析アプローチは,理想にほど遠いデータベースであっても,組織間での業績差異を比較することは,組織に自己統制や改善のための警告を与え,組織の業績向上につながるとしている。このアプローチにおいては,政府や一般市民へのフィードバックメカニズムに重点がおかれる。そこでは,業績を他との比較による相対的な概念として定義し,ある組織の業績をその組織の目標や地域差などを考慮に入れながら,他の組織と比較する。統合的なデータベースがない場合でも,自己の業績の時系列的比較だけでなく,他との横断的な比較が可能となる。

 このアプローチの延長として,組織全体の効率性の指標を導き出そうというData Envelopment Analysis (DEA)アプローチがある。これは,アウトプットが産出されるプロセスの分析とアウトプットの指標の両方に注目するものであり,個々の業績指標を統合して,総合的な指標を探そうという試みの一つである。

 DEAでは,相対的な効率性のスコアを導き出し,それによって,各意思決定ユニット(Decision Making Unit, DMU)の業績のランクづけが行われる。また,アウトプットを増加したり,資源を節約したりする可能性についての情報が得られるため,非効率な意思決定ユニットを効率的なものに改善することができる。この手法も,GAOが提唱するマネジメント・サイクルの枠組みの中で応用できる可能性がある。また,GAOが包括的な監査を行う際に,DEA手法の応用によって得られたランクを,予備監査において効率的な部分と非効率な部分をみきわめるための診断ツールとして利用できる可能性がある。

 4 結果志向のマネジメントと日本の会計検査院

 以上,GAOの結果志向のマネジメントとプログラム評価についてみてきたが,このように,GAOは連邦政府の諸機関におけるプログラム評価についての関心を促すとともに,それらの機関の内部監査機能を補完する存在として自らを連邦政府のマネジメント・サイクルの中に位置づけている。

 こうした努力の結果,各省庁においてもプログラム評価についての将来有望なイニシアティブも生まれつつある。GAOは,1992年の報告書(Transition Report)の中で下記のような例を紹介している。

<伝染病予防センター(Centers for Disease Control, CDC)>

 CDCは,フロリダの歯科医の患者の間に発生したHIV感染の原因の調査を行い,議会は,GAOにこの調査結果の独立機関による見直しを依頼した。その結果,CDCの調査は上質のものであり,感染形態は不明であったが,5人の患者がAIDSの歯科医の治療を受けたことにより感染したというCDCの結論をGAOの調査も支持した。この調査は,CDCが当時利用できる最良の情報を収集し,利用するという模範的な努力をしたことを示唆している。

<人事局(Office of Personnel Management, OPM)及びメリットシステム保護委員会(Merit Systems Protection Board)>

 1980年代に連邦政府の職員の質が低下しているとの議会での懸念を受けてGAOが行った検査によると,主要省庁においても,OPMにおいても職員の質の評価は行われていなかったことが発見された。しかし,1988年のGAOの報告書(Transition Report)への対応として,OPMとメリットシステム保護委員会は,最近4年間に,主要な職種の新規職員及び在職職員間での質の測定を含む,特筆すべき評価プログラムを開発した。国家諮問委員会(National Advisory Board)の勧告に基づいた拡大された努力が計画されつつある。

 プログラム評価において,以上のような改善がみられる中で,大統領府の諸機関が行うプログラム評価の数を増やし,評価の質を向上していく必要があるとGAOは指摘している。結果志向のマネジメントの意味するところは,連邦政府が米国内外の問題に効率的かつ有効に対処していくためには,効果的な政府プログラムを効率的に運営し,そうしたプログラムの進捗状況や結果についての十分な情報を大統領や議会,国民に提供する必要があるということである。結果志向のマネジメントにおいてプログラム評価は,プログラムの有効性を測る上でも,マネジメント情報をマネジメント・サイクルに沿ってフィードバックする上でも,重要な役割を果たすものである。

 日本の官庁のマネジメント・サイクルを考えた場合でも,そこには縦割り行政の弊害や予算編成における不透明さが存在している。政策結果の評価よりも,省庁ごとの予算編成が重視される傾向にある。また,政策実行結果の国民に対するフィードバックも不十分である。

 日本でも政府と国会の相互チェック,会計検査院の活用,予算編成プロセスの国民へのフィードバックの必要性が指摘されている現在,GAOによる結果志向のマネジメントを念頭においたプログラム評価を重視する動きは,関係機関の制度的位置づけや行政風土の違いはあるにせよ,日本の会計検査院や総務庁の今後の活動にとっても,日本の諸官庁及び地方自治体にとっても参考になるものと考えられる。

<参考文献>

(1)宮川公男「新しい会計検査の確立に向けて−若干の考察−」(会計検査研究1989. 8)

(2)宮川公男(編著)「PPBSの原理と分析」1969

(3)Peter F. Drucker, Management: Tasks, Responsibilities, Practices,1974

(4)Charles L. Shultz, The Politics and Economics of Public Spending, 1968(大川政三・加藤隆司訳「PPBSと予算の意思決定」1971)

(5)金本良嗣「会計検査院によるプログラム評価−アメリカGAOから何を学ぶか−」(会計検査研究1990. 7)

(6)The Comptroller General of the United States, Managing the Cost of the Government-Building an Effective Financial Structure, 1985

(7)Harry S. Havens, The Evolution of the General Accounting Office: From Voucher Audits to Program Evaluations, 1990

(8)Joseph S. Wholey, Evaluation and Effective Public Management, (Foundation of Public Management Series), 1983

(9)Ronald W. Johnson and Arie Y. Lewin, Management and Accountability Models of Public Sector Performance.

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