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第7号 〔日本語訳〕

経済学の勝利
フクヤマ論文は間違っているか。もしそうならそれはなぜか。
ジェームズ M. ブキャナン

ジェームズ M. ブキャナン
(ジョージメイスン大学名誉教授)

監訳者 黒川 和美
(法政大学教授)

翻訳者 勝野 憲昭
(会計検査院国際協力官)

 Ⅰ 序

 フランシス・フクヤマ氏の著書「歴史の終わり(The End of History and the last man)」はその些細な論点には数多くの論評がなされたが,より核心的なテーマについてはあまり議論を呼ばなかった。フクヤマ氏のヘーゲル主義者としてのテーゼは二つの要素,すなわち自由民主主義と市場経済にかかわっている。これら二つの要素は相俟って,歴史の論理が最終的に生み出した社会秩序を形づくっているといえる。しかし,社会秩序を形成するこれら二つの要素はそれぞれ異なった論拠に立つものである。自由民主主義は,完全とはいえないまでも,平等という点に立脚して人間に個人としての尊厳,価値,尊敬——これらが厳密に定義づけされたものではないにもせよ——といったことを感得させ得る唯一の政治形態である。一方,市場経済という概念はその受け容れが相当遅きに失し,なおいまだ全世界的に容認されているものではないが,古典派政治経済学の科学的真理を制度的に具現したものである。最も広い意味で定義された場合の「経済学(economic science)」はようやくここに勝利を収めたのである。そして,かつて地球は平らであると主張した理論と同じような社会科学の理論はここに完全に消滅したのである。

 この小論では,この経済学の最終的勝利に関するフクヤマ氏のテーゼに焦点をあててみたい。また,自由民主主義についての関連テーマを経済の体制にかかわる範囲内に限定して論じてみたい。

 1989年から1991年に起きた一連の革命的出来事は次のような仮説——すなわち,集団的に統制され管理された経済では,市場経済で現在実現されつつある成果に匹敵する経済価値を市場経済とは全く違った方法で創造し配分できるという科学的仮説——をどの程度まで覆すものであったのだろうか?この歴史上の経験によって実証された証拠は,(市場経済に対する)懐疑主義者達に経済学上の核心的真理を信じさせる上で,どの程度まで効果があったのだろうか?また,集団主義に立脚する仮説の破綻は,もう一つの仮説——市場経済体制は有効に機能するという仮説——が理解され受け容れられることに必然的につながるのであろうか?「科学的社会主義」は歴史の中で生き延び発展していくというイデオロギーが消滅した現在,集団主義者が実現可能なものとして唱える主張は,従来の経済学の中から発展してきた理論に,理論的に対抗できるのだろうか?

 これらについては議論に値する諸々の論点があり,私の他の著作を読んだ読者にはうなずけることと思うが,私はフクヤマ氏のテーゼに関して,大勢いる彼の批判者よりは強い共感を持つものである。私は科学上の真理が説得力を持つことを無条件に信ずるものではないし,特にこれらの真理を用いて制度的変革を議論しようとするような場合にはなおさらそうである。このことはフクヤマ氏もその著書でしばしば述べようとしたものと思われる。自然科学や物質科学の分野ではごく最近までは殆ど全くといってよい程なかったことであるが,社会科学においては特に,科学理論を無力化するような様々な政治力が働くことがある。一方,これとは別に,集団主義を目指して社会主義理念の実現のため社会主義者があらゆる部面で用いてきたイデオロギー上の支えがなくなってしまったことの効果についてみると,それは,(社会主義の下で)最も露骨な党派的動機によって行動してきた人々にさえ影響を与えたとは思えない。

 Ⅱ 自然的自由と諸国民の富

 ここで古典派政治経済学を概観してまとめてみることは有益なことであろう。市場経済が自然発生的な調整機能を持っていることが分かったことは18世紀の科学上の偉大な発見であった。

 私有財産権と契約制度(Ⅲ章参照)の法的な枠内で,個人が自己の利益——このような利益がどのようなものであろうと——を追求して行動するままにしておくならば,一国の富は最大限に増大するであろう。ただし,ここでは「富」を,個人が財やサービスに与えた価値と定義する。市場経済はこの意味で"効率的(efficient)"である。しかしもっと重要なことは,集中が完全に排除(decentralized)された形態をとるときは,市場は配分—分配機能(allocative‐distributive function)を果たす結果,集団的・政治的な経済の管理が必要でなくなるということである。科学的思考に馴れていない人々は,管理が欠けている場合には混乱が生ずると考えるのが通例であろう。経済学,より正確には政治経済学の役割は,ますます複雑化していく現実の社会体制の中で,このような市場の調整機能に対する一般的理解を広めていくことであり,この役割は2世紀以上にわたって変わっていない。

 この「計画されざる秩序」という中心的概念は,すなわち,いかなる個人や団体の意図や計画にも支配されない秩序という概念なのであり,これを発見したことは誠に重大な意味を持つものである。そして我々は,古典派政治経済学者達がこのような発見をしたとき感じた純粋な興奮を,過去を振り返って想起すべきである。しかし,多くの新しい理論に共通していえることだが,論理的なものであるか実験によって到達したものであるかを問わず,完全な実証に到る前の新発見の初期の段階では,これらの理論について不明確で直感的な理解がなされるものである。古典派政治経済学は,その細部にわたっては未成熟で不完全なものであった。そして部分的にはこの故に,また特にその支持者達の過度の信奉ぶり故に極めて批判にさらされやすいものであった。この古典派経済学の中心的理念の正当性とそれの現実の社会体制への適用との間の関連性については十分に,また注意深く理論づけがなされなかった。この理論と現実のギャップは,科学的方法によってこのような正当性を突き崩すような理論的欠陥を見つけるだけの能力を持った人々から特に激しく攻撃されることとなった。これは,もちろん天才カール・マルクスのことである。マルクスは,初期の産業資本主義下の不完全な社会体制の中にはっきりと認められたいくつかの欠陥と,古典派政治経済モデルの中で最も矯正と修正を必要としていたこれらの欠陥が持つ意味とを対比して分析することに卓越した力を発揮した。

 古典派政治経済学の勝利とは,もしそれが,真に勝利の名に値するものであったとしても,短命でかつ地理的に限定されたものであった。経済活動の集団的管理に制度・体制上代わるものとしての「市場(制度)の発見(discovery of market)」は,穀物法の廃止と国境を超えた市場の解放という19世紀の英国の政策に具現された。古典派政治経済学の考え方は,また合衆国建国者思想にも取り入れられ,また,1世紀半にわたる合衆国憲法史を見てもそれは経済に対する政治的統制の抑制の歴史であったといえる。欧州大陸やその他の地域での自由主義勢力は,これ程厳格ではなかったが,いずれもこの古典派の考え方に基づいて,台頭する社会主義的理念に反対し続けた。しかし,19世紀の英国の繁栄,また20世紀の米国の隆盛に示された経験的成功にもかかわらず,科学的命題として考えられた市場の理念はその発見から2世紀の間,十分に確立されたものとして定着することはなかった。

 Ⅲ 自由放任主義の法秩序

 古典派政治経済学者達は,古典派政治経済学に直接に反対する諸理念に十分に対抗できるだけの厳密性と精密性を持って彼らの中心的命題を発展させることはできなかった。これは,一つには,有効な市場秩序はこれを支える法的,制度的構造や枠組み——このような構造や枠組みはその本質及び性格から見て基本的には政治的なものであるが——に決定的に依存するものであるということを十分に理解し,注意を払わなかったためである。乱暴で直感的な解釈をするならば,自由放任主義の伝統的な擁護者達は近代における経済学者を含めて,市場というものが法秩序の性格とは無関係に発生しかつ機能するものであると論じているように見える。

 アダム・スミスはこのような誤りは犯さなかった。彼は法と制度を市場が有効に機能するための必要条件として論じている。拘束力を持つ契約の存在とともに,十分に保護され,かつ集中を排除した私有財産制度の存在なくしては,生産・交換の相互作用は成立しない。よリ一般的には相互作用に基づく市場システムは,一定の憲法——体系づけられた規範(a set of rules)——のもとでのみ機能するものであり,そしてこのような憲法が政治の所産であることは明らかである。しかし,古典派経済学者もそしてまた近代の社会科学者や哲学者達も,このような規範すなわち憲法——このようなものがあって初めて経済のプロセスが動くわけだが——を確立し維持することを目的とした政治的集団的活動と,経済のプロセスに介入しさらには経済のプロセスそのものにとって代わろうとするような政治的集団的な活動とを明確に区別することができなかった。

 もちろん,この場合,社会科学者の間においてさえ,憲法の確立にかかわる要素と,憲法が確立された後の(経済のプロセスヘの)政治的な介入とを,適切に区別する線をどこに引くかということに関して見解の相違がでてくることは認める必要があろう。経済学者の間の議論ではこの点について今までのところ二つの分野で見解の相違が生じてきている。第一には,市場経済が有効に機能するためには,競争を憲法によって強制し,また保護していかなければならないのかという問題である。反カルテル法及び反トラスト法は自由放任主義のための法体系にとって欠かすことのできない部分なのであろうか?あるいはまた,市場への参入や市場からの離脱の自由を法律で保障すれば,共謀による市場の支配を防止できるという保障はあるのであろうか?第二に,これはより重要なことであるが,フクヤマ氏のテーゼの組み立てに従うと,通貨価値の変動の予測可能性が憲法によって明確に保障されていない場合にも市場経済は機能するのであろうか?市場の活動をなりゆき任せにしていた場合には,市場そのものが通貨単位を確立してくれるのだろうか?もし確立できたとして,市場自身が,そのような確立された通貨単位によって,時間の経過に伴って変化する通貨の価値を予測(告)できるのだろうか?あるいは,市場経済が効率的に機能するためには,通貨にかかわる一定のルールやルールの組み合わせが補完的要素として必要なのであろうか?

 注目すべきことは,熱い議論を呼んだこの二つの論点は,市場経済に対する多くの批判,特にマルクスに触発された社会主義を信奉する論客が市場経済に対して行った批判の源泉となったものであるということである。市場の力はこれを無制限に放置すると共謀的市場操作が発生し競争を窒息させてしまうだろうという議論や,市場経済では経済全体が通貨上の混乱によって周期的な不安定にさらされやすいという議論は,一括して市場秩序の理念の失敗を論証するのに有効な議論としてなされてきた。ここでも,憲法そのものに関する政治と憲法の枠内での政治を適切に区別していたならば,市場経済の中心理念の擁護者達は,競争を擁護する法的枠組みから得られる利益と,通貨に関して有効に機能する法体系を確立することから得られる利益とを認識することができたであろうと思われる。「憲法的制限の枠内での自由放任主義」は「無制限な自由放任主義」とは全く異なったものとして認識されるものであり,また,区別して認識されなければならないものである。しかし,社会主義者の理念が破綻したということは,100年前よりも現在の方が上で述べたような区別をより確信を持って的確に行うことが容易になったことを意味するのだろうか?

 Ⅳ 社会主義の致命的独断

 F.A. ハイエクは,社会主義を一国の経済上の組織原理とみなしたが故に彼の遺作となった著書に「致命的独断(Fatal Conceit)」(1989年シカゴ大学出版部)とタイトルをつけた。この社会主義の性格づけは半分正しいにすぎない。社会主義を経済秩序全体を律する体制(スキーム)であるとする危険な考え方は,経済のプロセスについて何がしかを知っていると主張したインテリ階層の予断に満ちたひとりよがりから発した概念であったし,その内容も検証されていないものであった。これらのインテリ階層は,市場を通じて形成された一国の経済の中で資源がどのように配分され,生産物がどのように分配されるかということを単に頭の中で抽象的に理解しただけだった。したがって,彼等が自分達の考えた理想どおりに市場が機能しないことを見たとき,理想どおりに機能する集団的経済プロセスによってあらゆる「市場の失敗」を矯正でき,また同時に,何世紀にもわたってユートピアンの夢の根幹をなしてきた消費と生産の分離ということをも達成できると考えたのも比較的自然なことであったといえる。

 このように,社会主義の理念を推し進めたインテリ階層は市場がどのように機能するかを理解しなかったし,また,当時理想に到達できないでいた市場経済とこれまた理想に到達できないでいた集団主義の諸施策とを比較してみるという基本的なステップを踏むこともしなかった。市場は経済価値を生み出すが,これは,このような価値を,人々が市場過程への参加者として自分自身望むものと定義した場合にいえることである。異なった財やサービスの相対的価値を測定するための価値尺度は,生産−交換の過程で現れてくる。このような価値尺度は独立しては存在せず,また存在できず,したがって意味のない基準でも手続上従う傾向のある官僚達が決められるものではない。そしてもっと大切なことは,経済価値というものは生産を通じて生み出されるものであるに違いないということである。価値は,その最終的利用者に配分されるために存在するものではない。生産には力を,主に労働力を必要とする。そして人間は自分が価値があると信ずるような生産価値の見返りを期待できる場合にのみ自発的に労働力を提供する。すべての経済活動の中で最も基本的なこの原理が,社会主義の原理では否定されているのであり,したがって社会主義はその純粋な形では生産なき消費という形態をとる(1992年ブキャナン論文)。

 もし,集団主義それ自身が,官僚自身が完全に私心なく行動するというような理想的モデルによって機能すると仮定した場合でも,集団主義のもとで市場経済の活動を再現しようとする試みは,上に述べた理由により,また,将来出てくるであろうその他の理由により,必ず失敗に帰するであろう。しかし,集団主義がその実践においても理想的モデルどおりになるという仮説を,経済学者達が他の知識人ともどもなぜ疑問をさしはさむことなく信ずるようになったかを理解するよりもむしろ,なぜ彼等経済学者達が市場を徹底的に分析しないという大失敗をおかしたのかを理解する方が多分容易であろう。管理された経済の運営にあたるとされた官僚達が利己的な動機に関心を持たないとされたのは,なぜなのだろうか?社会主義体制下での官僚達が特権的役得を享受し,時の経過とともにますますこれを増大させようとしていることが判明したとき,最も衝撃を受けなければならなかったのは誰だったのであろうか?市場経済体制における資本家と労働者の闘争をも顔色なからしめる階級間の差別,すなわち管理する者と管理される者の差別が社会主義下で増大してきたとき,最も衝撃を受けなければならなかったのは誰だったのであろうか?

 もし,仮にここまで論じてきたところで結論が出せるのだったら,私はフクヤマ氏の現状分析は基本的に正しかったとして,ここでこの論文を完結させただろう。社会主義は致命的な独断だったのであり,この独断は科学上のまた理論上の誤りに等しく,これが今になってようやく改められたのである。市場の機能は現在ではより十分に理解されている。我々は,市場がいかにして所与の知識を使って価値を創造し,このようにして創造した価値を需要のある価値たらしめるためにインセンティブを伝えるかを知っている。我々はまた,集団・政治統制主義がインセンティブを伴わないため機能しなくなることを知っている。

 Ⅴ 人は誰もが自分自身の経済学者である

 残念なことに社会主義が致命的な独断であったとすることのみでは論理は完結しない。ここで,私がハイエクはその分析において半分真理であったにすぎないと述べたことを想起していただきたい。社会主義が犯した途方もない科学上の過ちは,非科学的で不合理な大衆の社会主義に対する暗黙の支持があったため,実際のところ成功してしまったのだろう。このような大衆の態度は,経済価値を伝達するものとしての市場組織の優越性を理論的に論証することの障害となるのであり,また,特に大衆が経験や論理に基づいた議論に比較的無関心であるように見えることからこのような障害はさらに大きくなるのである。

 私は前に,人は,生来,経済は「管理」されなければならないと考えやすいことを述べた。市場への多数の参入者がバラバラな,しかし(意図されざる結果としての)相互依存的な選択や行動をとればそこから「秩序」が生まれるという考えは,いやしくも経済のプロセスを考える一般市民の目には直感に反するものと映る。経済学者でない人は,誰か経済を管理する人,あるいはチームがいなければ経済は混乱に陥ると説く。そして,現実の世界に少なくとも一定の経済秩序が存在することを感得するが故に,経済の素人はこのような経済管理をエリートや支配階級(エスタブリッシュメント)が,あるいははっきりした政治権力のない場合は政治的な徒党が行っていると考えやすい。そして,市場経済の機能を「チューリッヒの投機屋達」,「ウオール街の銀行屋達」,または「三国協商」,あるいはこれらに類する秘密の陰謀と見る人たちにとっては,政治力によって権力をあからさまに纂奪することも,つつましく,かつ民主化を目指した一歩に見えてしまう。

 経済のプロセスが,明らかに政治的なものといってよい,細部にわたる管理(micromanagement)によって統制されなければならないという考え,このような考えが大衆の中に広まると,この信念は,これに伴って出てくる経済の人為的管理は経済の法則に従ったものであるという考えによってさらに強化されることになる。一般的に需要供給の法則は重力の法則の普遍性になぞらえて考えられてきたが,前者の法則は特定の個人の望む方向に操作することができるものとみなされてきた。市場の力によって特定の財やサービスの価格が「高すぎたり(あるいは低すぎたり)」した場合は,一般大衆は,政治的・集団的措置によって望ましいレベルに価格を設定することを支持するものである。そしてこの場合,あたかもそのような措置は人為的に問題を解決しているように見えるものである。このような(人為的問題解決を支持する)大衆の態度は,もし市場による価格形成が機能しない場合には,供給の制限や生産の刺激という方法をとるべきであるということを,殆どあるいは全く認識していない態度である。そして,この場合,必然的に国家の強権性が高まってしまうことが殆ど考慮されなくなる。現在,社会主義の原理によって組織されていない,また過去において組織されたことのない国民経済においてさえも,一般大衆の「経済学の原理」についての理解が存在していないのである。このような経済はいつも多かれ少なかれ政治の干渉——ミクロの管理を目指す干渉であるか,マクロの管理を目指す干渉であるかを問わず——を受けやすいものである。

 しかし,このような「経済学の原理」についての理解の欠如は,「市場の働きなどというものは誰でもその常識の範囲で分かるものである」という大衆の思い込みがなかったならば,それ自体としては意図的に歪められた政治の干渉を招くものではない。「人は誰もが自分自身の経済学者である(Every man his own economist.)」あるいは「自分自身で経済を取り仕切れ(Do it yourself economics.)」(1986年ヘンダーソン論文)という思い込みは,経済学が専門化されて以来,政策論議に特徴的に出てくる思い込みである。このような思い込みを国境を越えた交易にあてはめることほど,経済を科学的に分析する上で有害なことはない。一般市民が国内的には市場が有効に機能していることを認めている——多くの場合しぶしぶながら——場合においてさえ,大衆は国内市場を外国との競争にさらすことは有害であると多くの場合思い込んでいるものである。したがって国内経済の直接管理が政治上行われていない場合であっても,貿易や産業を管理する政策は広く大衆に支持されるものである。

 Ⅵ 制約なき民主主義下における分配政治

 経済における市場組織の相対的優位性に関してフクヤマ氏の提起したテーゼを支持する人たちも,社会主義の崩壊下で現れた現実を一般大衆に理解させることが困難なことは認めざるを得ないのではなかろうか。同時に,特に社会主義を支えるイデオロギー上の説得力がなくなった現在では,これらフクヤマ氏の支持者達は,経験的,論理的論法の有効性に終局的に信をおくのではなかろうか。この章で私は,フクヤマ氏が,科学的成果の無視が一般に広まっていることに言及していない点に基づいて,より深いフクヤマ仮説の批判を述べてみたい。議論の便宜上,ここでは,国民が経済の原理をすべて完全に理解していることと,総体として見た場合の経済価値を生み出すことにおいて市場経済が相対的に優れているという点については誰も異存がないこととを仮定することとする。さらに市場に政治的に介入することは国家の強権性を高めるものであるということをすべての人が認めるものと仮定してもよいだろう。

 このような状況設定のもとでは,持続性のある市場経済を保持する組織体制は明らかに国民個人々々の基本的かつ一般的利益にかなうことである。しかし,同時に,各人の個人的利益や党派的利益は様々であり,このような一般的利益とは異なった多様性を持つ。すべての人々は他の経済体制よりも市場経済体制を選ぶが,個人々々は自分の属する業種——これらの業種は,生産物及び原料の種類,職能,職種,所在地(域)その他区別可能な経済上の性格によって定義される——が政治によって例外的待遇を与えられて市場の風波から保護されることを望む。

 市場経済は,全体として見た場合に,他のいかなる政治的に統制された経済よりも相対的に大きな価値を生むことはあまねく理解されるだろうが,それにもかかわらず,個人は,党派間の政治のゲームにかかわるとき,自分が(個人として)合理的であると考える行動をとる。最大限の全体価値よりもパイが小さくなるような場合であっても,そこに差別的な個人的利益を確保するチャンスがあるときは,この個人的利益を無視して全体価値に主たる関心を示す人は恐らくいないだろう。全体が100である場合の5%は全体が200である場合の1%よりも大きいのである。算数の原理はかくも単純なものだ。

 人々は,このようなゲームの過程で政治的利益を求めるすべての人々(団体)が差別的優遇措置を受けることはできないことを認識して行動するだろうし,また,このようなゲームの結末についても認識して行動するだろう。しかし,同時にこのような政治的ゲームの勝利者になれるかもしれないという期待感によって,すべての参加者は恐らくこのゲームから離脱せず,ゲームを続行することになるだろう。再び上記の簡単な算数に戻ってみよう。全体が100である場合の5%を得ることの見込みが50%しかない場合と,全体が200である場合の「公平な」1%を得ることに確実な見込みがある場合とを較べてみた場合でも,前者の方が期待値は上回る。そして,前記のような複数のグループの間のゲームから離脱してしまうならば,「公平なチャンス」または「公平な分け前」にあずかる可能性が極めて少なくなってしまうだろうことを参加者が認識するならば,このようなゲームに賭けようとする気運はさらに強まるだろう。

 ここまで考えてくると,フクヤマ氏の議論の二つの部分(すなわち,市場経済と自由民主主義:訳者)は切り離して考えられないことは必然的に明らかである。すなわち,経済学の勝利が実際に認識されるのは,自由民主主義の機構制度は党派的あるいは集団の利益と一般的ないしは憲法的利益との間の不一致によるジレンマを認識した上で成立したものである,という理解が成り立つ場合だけである。このように考えると,非社会主義体制の中で社会主義者がバラバラに少しずつ行った実験——これらの実験は,多くの場合,その目的及び意図がはっきり定まらないものであった——の動機となった集団主義者の主張がかえって党派政治——このような党派政治は,最も当を得た表現でいえば,全体価値には目を向けないでこれとは異なった自己に有利になる経済的価値を追求する競争的集団によるパイの分配ゲーム(distributive game)であった——の急増を擁護する役割を担う結果となったことはきわめて不幸なことであった。

 婉曲的に「福祉国家(welfare state)」と呼ばれたこのような分配政治(distributive politics)の,特に20世紀における爆発的な隆盛は,政治それ自体にかかわる行動科学(behavioral science)の展開が理論的,学問的に失敗したことに助けられ,またこの失敗によって鼓舞されたものであった(1975年ブキャナン論文)。古代ギリシャの起源以来,支配的な政治「理論」は,政治を人々が自分自身の利益——それがどんなものであろうと——を追求して集団的に行動するための制度の集合としてよりも,むしろ「真理及び美」を無限に追求するものとして捉えていた。伝統的な政治モデルでは,デモクラシーとは,単にすべての人々(社会構成員)が集まって議論に参加し,何が集合体としての全体のために「最良」なのかについての意見を表明しあうことを意味するにすぎなかった。そして,このような理想化された概念形成のもとでは,議論を完結させるための意思決定ルールはさして重要な意味を持たない。代議員会の多数決ルールは,それが正当であることを証明する分析的基礎を殆ど持たないままに発展した。政治理論における理念の発展のこのような歴史的経緯を見ると,多数決主義による政治的決定に対してその範囲及び広がりを制限することが望ましいこと,あるいはそれが必要であることに殆ど注意が払われなかったことも驚くにはあたらない。

 これに代わるもう一つの民主主義の(「公共選択」あるいは「経済」の)モデル——すなわち人々が私人としてあるいは個人としてではその達成が非効率的にしかできないと考える目的を集団的に達成しようとするモデル——では,政治を通じた公的行動は私人としての行動と同様制限されなければならないことは自明のことである。一人の人間がもう一人の人間の私有財産を奪うのが違法であるのと同様に,連合した一定の多数派集団が反対派の少数派集団の構成員の財産を奪うことは,憲法上,ある意味では「違法」なことでなければならない。個人の財産を他の個人や私的団体による略奪からは守るけれども,このような財産を多数決主義による政治的行動によって奪うことを許す法体制下では,市場経済が有効に機能するような環境は整わない。このような体制のもとでは,人々はレントや利潤を生産や流通を通じて得ることと,これらを政治の力によって獲得することとを考慮し,後者の方が比較的有利であると考えるだろう。さらに,政治とは,その過程がいかに民主的なものであろうと,単に配分的な機能を担っている限り,いかなる経済的価値も生み出さないものである。そして,このような政治上の分配ゲームに参加する人々がレント・シーキングな行動をするため経済価値が破壊されたり,食い潰されてしまうだろう(1967年タロック(Tullock)論文,1978年ブキャナン,トリソン(Tollison),タロック共同論文)。

 Ⅶ 憲法上の正当性,公平化及び法の支配

 市場経済とこれに代わるものとしての集団主義の間の論争はその必然的コースを辿ったのだろうか?そして少なくともこの論争の論理的帰結から我々は経済学の勝利を示唆できるのだろうか?あるいはまた,特権的分配上の利益を人々が当然のなりゆきとして求めるという事実と相俟って大衆の間に広まる誤解によって,我々は非イデオロギー的混沌状態(churning state)に行きつかざるを得ないとしか予言できないのであろうか(1985年ド・ジャセイ(de Jasay)論文)?フクヤマ氏の理論展開に欠落していると思われるのは,自由民主主義にはその意味あいにおいて二つの完全に異なった理解の仕方があるということの認識と,経済学の勝利ということもこの二つの考え方のうちの特定の一つを受け入れたとき初めて成り立つものであるという認識である。1989年から1991年に起きた革命は,効果的な市場経済の運営に必要な「自由民主主義」についての,この二つの理解の仕方のうちの一つを最終的に受け入れることとどのようなかかわりを持つのであろうか?

 この疑問に答えるには,革命が起き,社会主義体制が崩壊した社会と,程度の差はあれ政治的措置のとられた市場経済により運営されてはいるが依然として民主的に組織されている社会,この二つの社会を区別して考えなければならない。前者においては,過度の官僚支配の過去の歴史に対する大衆の強い反発があり,そして市場経済の発展の基礎としての所有権の私有化に対して現在のところは少なくとも名目だけでも支持が与えられている。このような社会では,政治機構は,もちろん,それが民主的統治に関するものであれ市場経済に関するものであれ,西ヨーロッパ諸国の社会体制と同等の完成された体制から生まれるものではない。しかし,中部ヨーロッパと東ヨーロッパの諸国は今,デモクラシーは憲法の範囲内で運営されなければならないという共通の理解の上に立って,自由民主主義と市場経済の双方を確立する絶好の機会に恵まれている。

 だが,民主的選挙手続を富の分配に関する政治に結びつけている西ヨーロッパの福祉国家においては状況は異なっている。一見するとこれらの国々における政治上の対話は今回起こった革命によって影響を受けることは殆どなかったように見える。「政治に変化なし(politics as usual)」という言葉がこれらの国々の政治の状態を最もよく表わすものであり,1980年代に流行した公企業の民営化を支持する幅広い運動も今はその勢いを失ったように見える。しかし,このような単純な見方は早計であるのかもしれない。反社会主義の革命は,今我々が認識し得るようになった過度の分配政治への傾斜が大衆の間に広がっていく発端となっているのかもしれない。米国ではとりわけ,またイタリア等の他の諸国でも,政治や政治家,また官僚達による市民の個人生活や経済生活に対する干渉に強く反対する運動が起こっている。今世紀も終わりに近づくにつれ,自由民主主義に対する理解を正し,党派間の分配競争が生み出す価値の消耗に対し憲法的制約を課す機会が訪れるのかもしれない。

 二つの部分(市場経済と自由民主主義:訳者)から成るこのフクヤマ氏の命題が支持されるためには,特権的分配上の利益を得ることは憲法上の正当性がないものとして否定されるべく民主主義の政治が再構築されなければなるまい。異なった経済上のグループあるいは利益集団が(連合して多数派を構成し),国家社会の他の構成員が享受できないような特権的な利益を得ることを目的とした政治活動を行うことは憲法上禁止されなければならないだろう。公平化(Generalization)が法秩序の目的として長い間認識されてきたのと全く同様に,民主政治は実質上公平化されたものでなければならない。法秩序が広くいきわたるとするならば,特定の個人やグループが特別の取り扱い——それが利益的待遇だろうが不利益的待遇だろうが——を受けることがあってはならない。そしてそのような差別がないということこそ法の支配として定義されるべきものである。民主政治とはこのような公平の原理のもとに行われなければならないものであり,そしてこのような原理は憲法的規範の中に明確に具現されなければならず,また憲法的規範により拘束力を持ち得るものでなければならない。

 このように公平化された民主政治のもとで初めて,人々は利己的党派的な利益よりも公平化された利益の中から選択を行うであろう。そしてこのような限定のもとでの選択プロセスが行われると仮定した限りにおいて,我々は経済が市場原理にのっとって組織されることを予言できるであろう。

 ここで出てくる結論は,市場を通じて経済を組織するための基盤を提供する上で経済学が勝利するためには,自由民主主義の意味の解釈に殆ど革命的な変更がなければならないということである。社会主義が提供していたイデオロギー上の支えがなくなった現在,このような革命に近いものを将来政治の解釈に持ち込むことは,外見よりは容易なのかもしれない。階級闘争,官僚の私心なき行動,及び歴史の必然といったマルクス主義的色眼鏡を通さない光をあてたとき,特権的党派的利益の追求は,それでも正当性を持ち得るものなのだろうか?少なくとも,フクヤマ氏のテーゼを否定して,ただ混沌状態のみを予言する人々は,「歴史の終わり」はつまるところそう暗いものではないのだということを他の人々に説く努力をする気にさせられるだろうし,また,させられねばならないともいえる。

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