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第4号

会計検査の観点について
−社会的公正性・公平性と会計検査−
岡村 肇

岡村 肇
(会計検査院法規課係長)

 1959年生まれ。83年会計検査院へ,厚生検査課,建設検査第2課,大蔵省出向,鉄道検査課を経て現職。

 Ⅰ 序

 最近,社会的公正ないし公平という問題についての社会の関心が一段と高まってきているように思われる。その背景には,都市部における地価高騰によって大きな資産格差が生じ,国民の間に不公平感が強まっていることや,日米構造協議の場などで対外的にも日本の社会経済システムの中の不公正さが取り上げられたことなどがあげられよう。1990年代は,80年代が,臨時行政調査会の設置に始まる一連の行財政改革,電電公社と専売公社の民営化,国鉄の分割民営化など,どちらかといえば効率性一辺倒の時代であったのに対して,公正・公平性との両立・調和の時代ヘスウィングしていくのではないかといわれている(佐和隆光「『大国』日本の条件」145ページ)。こうした時代背景のためであろうか,会計検査院に対しても,検査に当たって社会的公正あるいは公平という視点を持つことが期待されることが多くなってきているようである。中には,社会的な「公正性」ないし「公平性」の評価基準の必要性を明確に指摘する見解もみられる(新井清光「監査・検査・監察」会計検査研究No.2・5ページ)。

 こうした観点から,会計検査院の過去における活動をみると,最近では,社会的公正ないし公平性に着目したと考えられる事例もかなり見受けられる。例えば,昭和63年度決算検査報告に掲記された「競争事業従事者に係る雇用保険の取扱いの適正化を図るよう意見を表示したもの」のように,社会的公正,公平の観点から指摘したと説明されているものもある(けんさいん(会計検査院広報)No.3・11ページおよび39ページ)。それにもかかわらず,この種の事例の位置づけについては必ずしも定着しているとはいい難いのではないかと思われる。とくに,社会的「公正性」ないし「公平性」を,検査の観点という面からどのように位置づけるかについては,いまだにその考え方が確立してはいないと思われる。

 そこで,以下においては,検査の観点の概念について検討するとともに,過去の検査報告掲記事項の中から公平性に着目したと考えられるものを取り上げ,社会的な「公正性」ないし「公平性」を検査の観点という面からどのように位置づけるかを検討してみたいと考える。

 Ⅱ 検査報告における検査の観点

 平成元年度決算検査報告をみると,その第1章第1節は「検査の概況」となっていて,会計検査院の一年間の検査の実績の概要が記述されているが,その中に(検査の観点)という見出しがあり,次のように書かれている。

「検査の観点には,次のような多角的な側面がある。

 ①決算の表示が予算執行の状況を正確に表現しているかという正確性の側面

 ②会計経理が予算や法律,政令などに従って適正に処理されているかという合規性の側面

 ③事業が経済的,効率的に実施されているか,つまり,より少ない費用で実施できないか,同じ費用でより大きな成果が得られないかという経済性・効率性の側面

 ④事業が所期の目的を達成し効果を上げているかという有効性の側面」

 この(検査の観点)の記述は,会計検査院が検査上の視点をどこに置いているかを明らかにするために昭和57年度決算検査報告から設けられたものである。ここでは,会計検査が①正確性,②合規性,③経済性・効率性,④有効性という4つの観点から行われていることが示されている。このうち,経済性(Economy),効率性(Efficiency),有効性(Effectiveness)の観点からの検査が,その頭文字をとって「3E検査」といわれていることは既に知られているとおりである。

 また,第1章第2節第2は「観点別の検査結果」とされており,検査報告掲記事項のうち代表的な事例が,上記の検査の観点に即して紹介されている。この記述は,昭和57年度決算検査報告から,検査報告で指摘した事態の特色が一読して理解できるように(検査結果の大要)という項目が設けられ,主な指摘事項が紹介されるようになったことに始まるものである。この(検査結果の大要)の記述が,昭和60年度決算検査報告から,(検査の観点)に示された観点に対応したものに改められ,さらに,平成元年度決算検査報告からは,この(検査結果の大要)の記述が,上記のように第1章第2節第2「観点別の検査結果」として独立の項目とされ,従来が事態の性質による検査結果の面からの分類であったのに対して,検査の着眼点による分類であることを明確にしつつ,

 1 主に業務が予算,法令等に従って適正に実施されているかに着眼したもの

 2 主に業務が経済的,効率的に実施されているかに着眼したもの

 3 主に事業が目的を達しているかに着眼したもの

の3つの態様に分類されている。

 また,決算検査報告のうえでは,このように代表的な事例が紹介されるにとどまるが,会計検査院では,昭和62年度決算検査報告以降は,すべての検査報告掲記事項(注1)について,この検査の観点別分類を行っており,平成元年度決算報告掲記事項についてみると,全掲記事項220件,指摘金額143億9828万円のうち,合規性184件,117億1109万円,経済性・効率性31件,23億7368万円,有効性5件,3億1350万円とされている。

 ここでは,すべての検査報告掲記事項をA合規性,B経済性・効率性,C有効性の3区分に分類しており,検査の観点は,すべての検査報告掲記事項を,それによって分類する概念として,すなわち包括的なものとして考えられていることが注目される。検査報告の「観点別の検査結果」の記述では,検査の観点とは検査の際の着眼点であるとされているが,実際の検査の場面ではさらに具体的な様々な着眼点が用いられていると思われるので,検査報告に示された検査の観点は,実践的な意味における検査の観点というよりも,どちらかというと実際の着眼点を整理統合して検査の結果を分類するうえでの便宜的なものという側面があると思われる。したがって,この検査の観点の概念あるいはその適用の結果としての検査の観点別分類の適否は,多様な実際の検査の着眼点とそれに基づく検査結果を,どのように矛盾なく説明できるかという点から評価されることになると考えられる。

 Ⅲ 検査の観点の概念

 ここで,検査の観点のうち,もっぱら決算の表示にかかわるものである正確性の観点を除き,合規性,経済性・効率性,有効性のそれぞれの観点について一般に理解されているところをまとめてみると以下のようになると思われる。

 合規性の観点とは,「予算や法律,政令などに従って適正に処理されているか」といわれるように,会計経理が,予算,法令,各種基準等の規範に合致しているか,それらに準拠して行われているかどうかという観点であり,いうまでもなく,会計検査の観点としては最も基本的なものであると考えられる。

 経済性・効率性の観点とは,「より少ない費用で実施できないか,同じ費用でより大きな成果が得られないか」といわれるように,事業に投下された費用(インプット)と,それに基づき発生した成果(アウトプット)の比率を問題とする観点である。経済性と効率性とは一対の概念であり,経済性とは,一定の事業あるいは効果を達成するに当たってより少ない費用で実施できないかという観点であり,効率性とは,一定の費用でより大きな事業成果あるいは効果を上げられないかという観点である。すなわち,経済性はアウトプットを一定にしてインプットを最小にしようとするもの,効率性はインプットを一定にしてアウトプットを最大にしようとするものであると説明されている。このように考えると,両者はいずれも広義の効率性評価のサブカテゴリーであることになるので,概念上両者を区別する意義はそれほどないことになる。

 また,上記とは異なり,経済性とは,投資(費用)及び成果の双方が金額で把握可能であり,その結果批難を金額によって表示可能なものであるのに対し,効率性とは,投資又は成果の双方又は一方が金額で把握できず,その結果批難を比率のまま又は金銭以外の媒体を使用して表示せざるを得ないものであるととらえる見解も見受けられる。この見解は,金額によって表示可能であるか否かを経済性と効率性の区分の基準とするものであり,会計検査院の検査の対象範囲が,その批難を金銭という容易に判断し得る形で表示できる分野から,そうでない分野へと拡大していることと対応して,経済性から効率性へと検査の観点が拡大しているというようにとらえるものであると考えられる。ただし,この見解によった場合でも,経済性及び効率性は,ともにインプットとアウトプットの比率を問題とする観点であり,両者はいずれも広義の効率性に含まれるものであるとの理解においては異なるところはないと考えられる。また,検査報告の観点別の検査結果においても,経済性と効率性とは特に区分されることなく,経済性・効率性として一括して取り扱われているので,ここでは,両者を一体のものとして理解しておくこととしたい。

 有効性の観点とは,「事業が所期の目的を達成し効果を上げているか」といわれるように,行政活動の目的がどの程度達成されているかを計画と対比して評価する観点である。具体的な例としては「造成した用地,建設した施設,設置した設備が事業目的どおり使用され,効果を上げているか」というようなハードの遊休を問題とするものがあげられている。

 Ⅳ 合規性から3Eへ

 検査報告に(検査の観点)の記述がなされるようになったのは昭和57年度決算検査報告からであり,①正確性,②合規性,③経済性・効率性,④有効性という4つの観点が検査報告に書かれたのもそのときが初めてである。しかし,これは,こうした検査の観点がその時点から採用されたことを示すものではない。また,検査の観点は,当初からこの4つの観点がとられていたわけではなく,時代とともに,正確性,合規性から経済性・効率性へ,さらには有効性へ,すなわち「合規性から3Eへ」と展開してきたものであるといわれている。

 昭和30年代半ばまでの会計検査は,個々の収入支出,たとえばある工事について,出来高が契約書,設計書,仕様書に定められたとおりであるかどうか検討するというような合規性(Regularity)の観点からの検査が中心であり,これに経済性の検討を加えて,不当事項として検査報告に掲記して報告するというものであった。昭和30年代の後半からは,不当事項の数がかなり減少したこともあって,検査も個々の収入支出を超えた制度そのものについての検討にまで及ぶようになり,会計検査院法第34条(注2)の規定に基づく会計経理の是正改善の処置要求及び同法第36条(注3)の規定に基づく法令,制度又は行政に対する改善の処置要求が数多くなされるようになった。また,昭和50年度決算検査報告からは「特に掲記(注4)を要すると認めた事項」いわゆる「特記事項」が掲記されるようになった。これに伴い,検査の観点も,従来の合規性,個々の収入支出に係る経済性から,プロジェクトレベルにおける経済性,効率性へ,さらには有効性の追求にまで至ることになったといわれている。

 検査報告の記述上は明らかではないが,経済性・効率性が「個々の事業が経済的,効率的に実施されているか」といわれるように個々の事業のレベルのものとしてとらえられているのに対して,有効性は「事業全体が所期の目的を達成し効果を上げているか」と,事業全体のレベルでとらえられているのも,その背景には,経済性・効率性から有効性へと検査の観点が拡大し,それに対応して検査の対象も個々の会計経理のレベルからプロジェクトレベルへ,更にプログラムレベルへと拡大してきたとの考え方があると思われる。その結果,検査報告掲記事項の検査の観点別の分類をみると,合規性が多数を占めるのは当然であるが,有効性の観点に分類されているものはごく少数で,しかもプロジェクトレベル以上の事例のみが分類されているのが特徴である。

 Ⅴ 合規性と3E

 合規性から,経済性・効率性へ,さらに有効性といわれる検査の観点の展開の状況は以上のようなものであるが,これらの観点の相互の関係については,理論的にはいくつか問題があると思われる。第一は,基本的な検査の観点とされる合規性と3Eとの関係であり,第二は,3Eのうち経済性・効率性と有効性との相違である。

 3Eという検査の観点は,もともとはいわゆる業績検査(performance auditing)における観点である。業績検査については,1986年4月にオーストラリアで開催された第12回INCOSAI(国際最高会計検査機関会議)で採択されたシドニー声明において,「公的部門の管理についての経済性,効率性及び有効性の評価を行う」ものとして定義されている。そして,このような業績検査については,諸外国では,アメリカGAOの「総合的会計検査」(full scope audit),英国会計検査院の1983年国家会計検査法に基づく「支出に見合う価値の検査」(Value for Money audit)のように,特別の根拠規定を有し,従来の合規性検査とは明確に区別されている例が多く,したがって,合規性と3Eとは検査の観点としても次元の異なるものとして把握されることになると思われる。それに対して,わが国の場合は,合規性検査と3E検査といわれることはあるが,特定の項目について,特定の目的を持って検査を行うことはそれほど多いわけではなく,合規性検査の延長上の結論として3Eの観点からの評価が行われていることが多いといえる。

 ところで,合規性の観点から準拠すべきものとされる予算,法令等の各種の規範の内容,その目的とするところは一様ではない。財政法の定める会計年度独立の原則のように,予算による行財政活動の統制を目的とする規範については,それに違反したかどうかは3Eと直接結びつくものではないが,法令中にその政策目的を達成するために遵守すべきものとされる経済性,有効性の基準が盛り込まれているような場合であれば,その規範に定められた基準を遵守することは3Eの達成のための必要条件であることになり,逆に,その基準を遵守しないことは,不経済,非効率を招き,有効性を損なう原因となる。したがって,合規性と3Eとは,独立的排他的なものではなく,検査の観点として相互に重なり合う場合が多いのであるから,両者を実質的には同質のものとして理解することが適当であると考えられる。例えば,工事における過大積算を例にとると,積算基準が実態に合わず,それに従って積算して割高になったような場合は経済性の観点,積算基準に違反した場合は合規性の観点と分類されることになるが,後者の場合にも本質的には経済性を問題としているので,両者はいずれも経済性を問題とするものとして理解することができると考えられる。

 なお,検査報告掲記事項の検査の観点別分類においては,合規性が検査の基本的観点とされることから,合規性に反する結果3Eに反する結果となっているようなケースについては,合規性に分類するのが原則である。つまり,合規性に分類できないもの(準拠規範が存在しない場合,規範に準拠することがかえって3Eに反する結果となる場合)について,3Eのいずれに分類するかを検討することになる。

 現実には,単純な規範違反のみの事例を検査報告に掲記することはほとんどないと考えられるので,合規性に分類されるケースについては,その背景に3E(特に有効性)に反する何らかの事態があるのが通常であると考えられる。例えば,昭和61年度決算検査報告に掲記された「公庫貸付けを受けて購入した団地住宅の第三者賃貸等の防止を図るように改善させたもの」「自ら居住の用に供するとして購入した分譲住宅の第三者賃貸等の防止を図るよう改善させたもの」は,公庫住宅や公団住宅の無断転用のケースであり,規則に違反しているので,合規性に分類されているが,公庫住宅や公団住宅の目的を達成していないという点では有効性の観点から問題があるケースである。また,昭和62年度決算検査報告に掲記された「核磁気共鳴断層撮影システムの購入に当たり,受領検査が適切でなかったため,特別仕様により付加することとした機器等の大部分が納入されておらず,これら機器等購入の目的を達成していないもの」は,受領検査が適切でなかった点が合規性の観点から問題とされたケースであるが,その本質は,文字どおり「購入の目的を達していない」という有効性の観点からの問題であるといえる。

 Ⅵ 経済性・効率性と有効性

 次に問題となるのは,3Eのうち,経済性・効率性の観点と有効性の観点とはどのような差異があり,どのような関係にあるのかということである。有効性の観点が,経済性・効率性の観点と異なるのは,経済性・効率性がインプットとアウトプットを対比し,その関係を評価する概念であるのに対して,有効性は,当該アウトプットのためにどれだけのインプットを必要としたのかを問題としない,すなわち,同一のインプットのもとでそれ以上のアウトプットが可能であったかどうかを判定する基準ではないということである。有効性の評価は,その意味で誰にでも可能な素朴な評価であるといえる。それに対して,経済性・効率性の評価は,「より少ない費用で実施できないか,同じ費用でより大きな成果が得られないか」といわれるように,常に複数の選択肢の間の相対比較を行い,いずれがより経済的・効率的であるかを評価するものであるから,それだけ評価が困難であるといえる。アメリカにおいて,効率性評価を行うことを目的とする費用効果分析,費用便益分析等を内容とするPPBSが制度的には挫折し,効率性評価を断念し有効性評価のみを目的とするプログラム評価へ移行していることは,効率性評価が困難であるというその事情を物語るものといえるように思われる。経済性・効率性と有効性の差異が上記のようなものであるとすると,判断評価のレベルを同じくする限り,理論的には有効性の判断評価は効率性のそれに先行するものである。目的が達成されたかどうかが第一義的な問題であり,それが効率的に達成されたかどうかは,それに比べれば第二義的な問題であるからである。

 アカウンタビリティの概念が財務会計責任から経営会計責任へ,さらにはプログラム会計責任へと進展してきたのと対応して検査の観点も,合規性から経済性・効率性へ,さらには有効性へと拡大してきたというように理解されている。確かに,従来典型的な検査報告掲記事項とされてきた工事関係の指摘についてみる限りでは,工事の出来高が契約書,設計書,仕様書どおりであるかどうか(合規性),積算過大のような事態がないか(経済性・効率性),建設された施設などが事業目的どおりに使用されているか(有効性)というように検査の範囲が拡大してきている。しかし,これは,経済性・効率性の観点が理論的に有効性の観点に先行するものであるからではなく,建設された施設が計画どおり完成したことをもって有効性を満たしたものとして経済性・効率性の検討を加えていたものが,さらに,その施設が有効に活用されて初めて有効性を満たすものと判断するようになったこと,すなわち,評価のレベルが深化したことによるものであるといえる。

 目的の達成度が低く有効性の観点から問題があるケースについても,理論的には,効率性の観点からの指摘が可能ではあるが,従来の指摘事例をみると,「同じ費用でより大きな成果が得られないか」という観点からの指摘はほとんど見受けられない。昭和62年度決算検査報告に掲記された「医学実験用サルの飼育管理業務の実施について是正改善の処置を要求したもの」のように,有効性の観点に加えて効率性をも強調している例もあるが,端的に目的の達成度を有効性の観点から指摘しているのが通例である。経済性の観点からの指摘の大半は「より少ない費用で実施できないか」という観点に基づくものであり,目的の達成度については問題としていない。

 したがって,判断評価のレベルを同じくする場合の経済性・効率性と有効性の分類のメルクマールは,目的が達成されているかどうかという点であり,目的が達成されていると判断されるものについてはその経済性・効率性が問題となるが,目的が達成されていないと判断されるものについて,その経済性・効率性を問題とすることは原則としてないと考えてよいと思われる。

 そこで,以上を前提として,実際の検査報告における検査の観点別分類についてみると,分類自体が最近になって始められたものであること,特に3Eについては,その概念や定義自体がまだ十分に確立されているとはいえないことなどのため,その分類にやや不十分な面が見受けられるのではないかと思われる。特に,最近の検査報告において,従来にない分野における指摘が増えてきていることがその原因となっているように思われる。

 Ⅶ ハードからソフトへ

 最近の検査報告の指摘事項をみると,これまでにみた検査の観点の拡大に加えて,検査の対象の面で「ハードからソフトへ」という流れがあることが注目される。これは,工事関係の指摘を代表とするハードの問題から,社会保障,文教等を中心とするソフトの問題へと指摘内容の幅が広がってきているということであり,いわば「会計検査のソフト化」とでもいうべき現象である。

 従来,わが国の会計検査院は,工事関係の検査等のハードの検査に重点を置き,その面で多くの指摘を行っていたことから,「会計」検査院というより「工事」検査院であるといわれたほどであった。しかし,現在では,検査報告における指摘件数金額にみる限り,工事検査のウエイトはかなり低てきている。例えば,平成元年度決算検査報告における不当事項中いわゆる工事関係の指摘は16件,1億5298万円となっていて,全不当事項中に占める割合は,件数で8.3%,金額では1.5%であり,工事関係の処置要求事項及び処置済事項を加えて全指摘事項に占める割合をみると,件数で10%,金額で4.3%となっている。また,昭和63年度は10件,8844万円で,件数で6%,金額では1.8%であり,工事関係の処置済事項を加えて全指摘事項に占める割合をみると,件数で7.4%,金額で2.6%となっている。

 それに対して,検査報告においてそのウエイトが増大しているのが,厚生省関係を中心とする社会保障等のいわばソフトの分野における指摘である。例えば,平成元年度決算検査報告における厚生省関係の指摘は93件,82億8631万円,昭和63年度は73件,28億2344万円,62年度は67件,25億7250万円となっている。

 このような会計検査のソフト化を,検査の観点という面からみると,工事関係の検査のようなハードの検査と異なり,社会保障,文教等の分野の検査には,特にその有効性の観点からの判断に際して,何をもって目的が達成されているとみるのかという点で判断が困難な場合が多いということがいえると思われる。

 それでも,合規性に分類されるケースについては,その実質的批難の趣旨が経済性・効率性か有効性かそれとも別のものであるのかということについて深く検討する必要性はそれほどなかったといえる。しかし,最近では,合規性には分類できない,すなわち法令等の中に準拠規範が見あたらないような指摘事例が出てきており,それらをどう分類するかが問題となると思われる。

 Ⅷ 新たな指摘事項

 ここで注目したいのは,ここ数年間,特に昭和59年度決算検査報告以降の検査報告における社会保障,文教等の分類の指摘である。

 昭和59年度決算検査報告においては,以下のような指摘が挙げられる。

①国立大学における授業料の免除について合理的な基準により実施するような意見を表示したもの(57ページ)

②生活保護の実施において不動産の保有状況等を的確に把握するよう改善の処置を要求したもの(79ページ)

③厚生年金及び国民年金における受給権の消滅についての事務処理の適正化を図るよう是正改善の処置を要求したもの(86ページ)

④公営住宅の管理運営について制度の趣旨に即した適切な運営が図れるよう意見を表示したもの(201ページ)

 これらの指摘で注目されるのは,これらがいずれも社会的公正ないし公平性(以下単に「公平性」という。)に着目したものであると考えられる点である。たとえば①は,大学によって授業料免除の基準が異なっているために各大学の在学生の間に生じている不公平を,②は,都市部における地価高騰という状況の下で,資産保有者とそうでない者との間に著しい格差が生じているのに,そうしたストック面の格差を無視して生活保護の対象としていることにより生じている不公平を,④は,合規性に分類されるものであるが,公営住宅に入居を希望しながら入居できない低所得者がいる一方で,高所得を得ながら公営住宅に居住している者がいるという不公平を,それぞれ取り上げたものであると考えられる。

 この種の指摘としては,昭和60年度決算検査報告以降についてみると以下のようなものが挙げられる。

60年度

⑤農地等に係る相続税の納税猶予制度の運用について改善させたもの(43ページ)

⑥雇用保険の特例一時金について支給の適正を期するよう意見を表示したもの(185ページ)

61年度

⑦生活保護の実施において被保護世帯に対する扶養義務者の扶養の履行を確保するよう改善の処置を要求したもの(111ページ)

⑧国民年金保険料の免除に係る事務処理の適正化を図るよう是正改善の処置を要求したもの(122ページ)

62年度

⑨労働者災害補償保険の遺族補償年金等の受給資格者の認定について意見を表示したもの(192ページ)

63年度

⑩防衛大学校を卒業した幹部候補者に対する退職手当の支給を合理的なものとするよう意見を表示したもの(40ページ)

⑪競争事業従事者に係る雇用保険の取扱いの適正化を図るよう意見を表示したもの(188ページ)

⑫雇用保険の再就職手当の支給を適切に行うよう是正改善の処置を要求したもの(195ページ)

平成元年度

⑬高等学校定時制課程に在学する生徒への教科書の給与事業及び夜食費の補助事業について改善の意見を表示したもの(86ページ)

⑭労働者災害補償保険の診療費の算定を適切に行うよう改善の処置を要求したもの(266ページ)

 これらの指摘も,いずれも公平性等に着目したものであるという点で,59年度決算検査報告の例と同様のものである。これらのうち,例えば,⑥は,毎年一定の期間しか就職することができない季節的雇用者と,同一事業所に継続して雇用されることが可能であるのに,本人の都合により雇用期間を定め,短期間で就職,離職を繰り返している者を同一に取り扱うことの不公平を,⑧は,国民年金保険料の免除基準の運用等が適切を欠いたため,同等の負担能力がありながら免除される者とされない者が生じているという不公平を取り上げたものである。⑨は,労働者災害補償保険の遺族補償年金等の受給者資格の認定基準とその運用が,厚生保険の遺族年金のそれと異なっていること,⑩は,防衛大学校を卒業して任官した自衛官に対する退職手当の算定に当たり,自衛官としての在職期間を考慮していないため,実態においてほとんど同様である非任官者と早期退職者とで取扱いが異なっており,均衡を失していること,⑪は,継続雇用的な性格を有している競争事業従事者の雇用と,事業主,労働条件等が常に変動し,社会的に不安定な立場にある日雇労働者の雇用を同一に取り扱っていること,⑫は,業務取扱要領の具体的な運用について指針が示されていなかったために再就職手当の支給の取扱いが都道府県又は安定所により区々となっていること,⑬は,本来事業の対象となるべき勤労青少年とそれに該当しない者とを同一に取り扱っていること,⑭は,一部の労働基準局が割高な地域特掲料金を設定して労災診療費を算定し,支払っていることにより生じている不公平に着目したものといえよう。

 Ⅸ 効率性と公平性

 上記の指摘事項にみられるように,最近の検査報告には,「公平性」に着目した指摘がかなりあると思われる。公平という問題は一般に非常に関心の強いものであり,国の財政という面でも,経済政策が目指すのは,効率と公平という2つの目標であるといわれている。財政の機能については,①資源配分機能,②所得再分配機能,③景気調整機能と3つに分けて説明されるのが通常であるが,ここで,①とは,最適な資源配分を目指して,国民生活に必要な財貨,サービスの中で市場機構によっては供給されないか,されても不十分なもの(公共財)の供給等を行うことを指したものであり,公共事業への支出はその代表的なものであるが,それは効率性を追求するものであるといえる。また,市場機構を通じてなされる所得の分配は必ずしも公正であるとは限らないので,政府に対してそれを是正することが要求されることになる。それが②であり,具体的には,歳入面における累進税率の採用,歳出面における生活保護などの移転的支出,義務教育における就学補助,低家賃住宅への支出,さらには各種補助金などを通じて公平性が追求されることとなる。

 Ⅹ 公平性と3Eの観点について

 しかし,公平性がこのように重要なものとされているにもかかわらず,検査の観点としては,ときに具体的事例に関していわれることはあっても,明確な検査の観点としての位置づけはなされていない。先に取り上げた指摘事例について,従来,検査の観点という面からどのようにとらえられているかをみると,法令に明確な準拠規範がないとしても,法の趣旨に反する事態であるとして合規性に分類するものがある一方で,指摘の結果国費の支出が削減されることに着目してであろうか,経済性・効率性の観点に基づくものとしているものもある状況である。検査の観点別の分類が明らかにされている昭和60年度以降の決算検査報告の記述によれば,⑤,⑦及び⑧は,不適正な事態として合規性に分類されており,⑨,⑩,⑪,⑫及び⑭は,不経済,非効率な事態として経済性・効率性に分類されているが,有効性に分類されているものはない。

 しかし,法令等の中に準拠すべき規範が存在しないのであれば,たとえ法の趣旨精神に反する事態であるとしても,それを合規性に分類することは適当ではないと考えられる。また,これらの指摘事例は,いずれも事業の成果を問題としているものであり,インプットとアウトプットの比率を問題としているものではないから,経済性・効率性に分類することは適当とは考えられない。たとえば,⑬の場合は,一人一人の受給者に対して給与等を行うこと自体が事業の内容であって,事業の手段ではないから,指摘の趣旨としては,勤労青少年に該当しない者を教科書給与及び夜食費補助事業の対象者とすること自体の妥当性を問題としているものと考えるべきであり,そのような者を事業の対象としないことによって事業に要する費用を削減することができることを理由に,すなわち経済性・効率性の観点から指摘しているものととらえるのは適当ではないと考えらえる。

 公平性に着目した指摘は,事業の目的に反すると認められる事態を取り上げているという点では,3Eの中では,むしろ広義の有効性に含めて考えることができる。検査報告における検査の観点は,先に触れたように,すべての検査報告掲記事項を分類する概念とされていること,わが国の場合,制度や事業を取り上げるいわゆるマクロ検査も,個々の会計経理,行政行為に関するミクロ検査の結果の集積である場合が多いことからいって,有効性の観点も,「事業の目的が達成されているか」というだけでなく,「事業目的に合致しているか」という合目的性の観点を始め,合理性,妥当性などとともに公平性の観点も含めてとらえた方が適当と考えられるからである。

 なお,これらの指摘には,その施策によって現に便益を受けているグループと事業がターゲットとして考えていたグループの関係を取り上げているものが多く見受けられるが,このようなターゲットグループと実際の受益者グループとのずれは事業の有効性を損なうものと考えるべきであり,有効性の監査における重要なポイントであるとする見解がある(宮川公男「新しい会計検査の確立に向けて」会計検査研究No. 1・14ページ)。

 XI 検査の観点としての公平性

 公平性は実際の検査の着眼点としては既に定着していると考えられるが,公平性を検査の観点としてみたときに問題となるのは,以下のような事情ではないかと思われる。すなわち,一般的に「公平」とは何かといえば,「等しきものは等しく,等しからざるものは等しくなく扱え」という命題に示されるものであり,その意味についても常識的な理解は容易であるといえるが,問題とされる状況によって,どのような場合にはどのような状態が公平といえるのかについては,価値判断を含む問題であり,その客観的基準を示すことは困難であるという問題があることである。

 例えば,経済学の世界では,公平と効率について,経済理論によって解明できるのは効率の問題であり,これは合理的判断の対象になり得るが,公平の問題は価値判断の問題であり,政治的な「決め」の問題であって,科学的判断の問題ではないとして避けてきたきらいがあったといえる。また,法律学の分野でも,法制度がおよそ法制度である以上必ずみたさなければならない要件として「効率性」と「正義性」(ここで,「正義性」とは,「所得分配の公正さ」を法の用語に訳したものとされているから,「公平性」といいかえることができる。)が挙げられているが,この概念ほど多義的かつ混迷をきわめたものはないとされている(平井宜雄「法政策学」99ページ,125ページ)。

 以上からいえることは,公平性について客観的な基準を立てることの困難さであろう。判断(judgement)とは,個性的な勘による考察のことであり,評価(evaluation)とは,体系的で客観的な分析を指すといわれるが,このことばを借りれば,公平性という判断基準は誰もが持っているが,公平性という評価基準を持つことは困難であるということになろう。

 したがって,国会及び内閣から独立しているというその地位に鑑み,会計検査院の示す判断に対して,客観性の確保ということが要請されることとのバランスで,価値判断の問題という性格が強い公平性の判断にどこまで踏み込むのが適当かということが問題となろう。

 しかし,現実に社会は効率だけでなく公平を求めているのであり,財政を監督する立場からいっても公平の問題を避けることはできないはずである。そのため,会計検査院も行政の公正を確保するという見地から実施してきており,それは,合規性に分類されるものについては公平性を本質的問題とするものが多いことに現れている。多くの事例が合規性に分類できるから特に公平性という必要はないともいえようが,逆に,合規性を他の観点とまったく別のものとするのではなく,同質のものとしてとらえる立場からすれば,公平性の観点を立てることが適当であると考えられることになる。

 また,会計検査院の判断に対して要請される客観性についても,検査報告における報告形態によって,求められる客観性の程度には差異があると考えられる。ここで取り上げた事例の多くは会計検査院法第36条の規定に基づく意見表示処置要求であるが,不当事項や会計検査院法第34条に基づく処置要求事項は違法不当な会計経理の存在を前提とするものであるから,その不当性の判断については,高度な客観性,信頼性が要求されると考えられるが,会計検査院法第36条に基づく意見表示等は,会計検査院による情報提供機能を重視したものであり,その問題提起をきっかけに行政の改善が図られることを期したものである。会計検査院に対して最終的判断を示すことが要求されているわけではないから,公平性について客観的基準を立てることが困難であるという点も,決定的な問題とはならないと考えられる。

 また,会計検査院が取り上げるのは,国費の支出を削減する方向であるから,経済性の観点に基づくものと説明できるのではないかとの考えもあると思われるが,それは適当でなく,従来の3Eの中で説明するとすれば有効性に含まれるものであると考えられることは,先に触れたとおりである。

 以上からいえることは,実際の検査の着眼点としての公平性は明らかに存在しているのであるから,そうした着眼に基づく検査の結果を整理する際のポイントとしても公平性を取り上げるべきかどうかが問題であるということである。公平性については,評価基準の設定が困難であるという問題点があることはすでにみたとおりであるが,有効性のサブカテゴリーであるとしても,有効性の中でも非常に重要性の高いものであり,独自の位置を占めるものであるから4番目のE(Equity)として位置づけることも十分考えられるのではないかと思われる。

 XII むすび

 以上,公平性という問題を軸に,検査の観点別分類の問題点について検討してきた。ここで取り上げたのは,あくまで検査報告に掲記された事項についてどう分類するのが適当かという問題にすぎないが,検査の観点をどうみるかは,その事例の問題点の本質をどうとらえるかに結びつくものである。したがって,その整理と体系化は,効果的な検査の実施にも資するものと思われたので,あえて寄稿した次第である。読者の方々に,ご批判,ご指導をいただければ幸いである。

参考文献

  • 会計検査院決算検査報告(各年度)
  • 会計検査問題研究会「業績検査に関する研究報告書」1990年1月
  • 宮川公男「新しい会計検査の確立に向けて」会計検査研究第1号
  • 西尾勝「効率と能率」行政学講座第3巻
  • 甲斐素直「検査の観点概念の再構成」会計検査資料1987年2〜6月号
  • 平井宜雄「法政策学」1987年

注:

1)検査報告の掲記事項については,会計検査院法第29条に規定があるが,そのほかに会計検査院が必要と認めた事項についても掲記することができるとされている。ここで取り上げるのは,検査結果の所見が記述されている①法令,予算に違反し又は不当と認めた事項(不当事項),②意見を表示し又は処置を要求した事項,③会計検査院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項(処置済事項),④特に掲記を要すると認めた事項(特記事項)の4掲記事項であり,「指摘事項」と総称されるものである。

2)会計検査院法第34条「会計検査院は,検査の進行に伴い,会計経理に関し法令に違反し又は不当であると認める事項がある場合には,直ちに,本属長官又は関係者に対し当該会計経理について意見を表示し又は適宜の処置を要求し及びその後の経理について是正改善の処置をさせることができる。」

3)会計検査院法第36条「会計検査院は,検査の結果法令,制度又は行政に関し改善を必要とする事項があると認めるときは,主務官庁その他の責任者に意見を表示し又は改善の処置を要求することができる。」

4)予算執行の効果が上がっていなかったり,事業運営に問題があったりして適切とは認められない事態であるが,国の政策上の根本問題が絡んでいるなどのため不当事項や改善の処置を要求し又は意見を表示するにはなじまないものについて,広く問題を提起して事態の進展を図ろうとする趣旨で掲記するものである。

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