第4号

プロジェクト事後評価の視点から見た開発援助の効果分析
——ADBのプロジェクト経験を事例として——
賀来 公寛

賀来 公寛
(アジア開発銀行 主任事後評価担当官)

 1944年生まれ。国際キリスト教大学院国際行政学修士,英国サセックス大学院よりDevelopment Studies分野でM.Phil取得,1980年よリアジア開発銀行事後評価室に勤務。国際開発学会,日本土木学会等に所属。

 Ⅰ 事後評価の概要と目的

 開発投資がより効果的に行われるためには,プロジェクトを実行する前に,それが技術的に問題がないかどうか,財務面での見通しはどうか,また国民経済の発展にどのような貢献があるか,等の側面について事前審査(プロジェクトアプレイザル)が必要なことはよく知られている。しかし,プロジェクトが完成した後,そのプロジェクトがはたして当初の目的どおりできあがったかどうか,その経済的便益は事前審査の段階で考えられていたものと比較してどうか,またそのプロジェクトが当該国の経済発展に果たす寄与度を高めるためにはどうすればよいか,また将来同種のプロジェクトを取り扱う場合にはどの点を改善すべきか,といった事後評価の役割についてはごく最近になってその重要性が認識されてきたといえる。

 事後評価の目的は,既に完成したプロジェクトを,技術面,財務面,経済面等について見直すことにより,当初目的の達成度,改善すべき施策についての勧告,提言を行うことにあり,したがって,事後評価の基本的な性格は,過去の経験を将来に役立たせるための前向きの役割にあり,過去のプロジェクトの欠点を単に指摘するという後向きなものであってはならない。

 ——ADBにおける事後評価の役割——

 アジア開発銀行(Asian Development Bank,以下ADBと称す)ではその資源をADB域内の発展途上国(Developing Member Countries,以下DMCと称す)の経済社会開発により効果的な役割を果たすため,事後評価室(Post−Evaluation Office)が1978年に総裁直轄の内部組織として設立された。1990年12月末で約394件の融資プロジェクト(融資総額にして約67億ドル)が評価され,事後評価報告書(Project Performance Audit Report,以下PPARと称す)の数にして326件のレポートが理事会に提出されている。PPARを通して勧告される内容は,その性質により,ADB内部のプロジェクト実施担当部局を対象としたもの,また,被援助国政府およびそのプロジェクト実施機関を対象としたものが含まれる。ADBの理事会およびマネジメントは提出されたPPARを通して,当該プロジェクトの目的達成の度合,また今後政策面および手続き面等に関し改善すべき点につき,判断の材料を得ることができる。通常PPARは次のようなタイミングで作成される。すなわち当該プロジェクトが完成後6ヵ月から1年以内にADB内部のプロジェクト部局(事前審査担当)によってProjectCompletion Report(PCR)が作成される。

 まずはじめに,PCRは事後評価のプロセスにおいて,きわめて大事な書類であることを指摘しておきたい。すなわちPCRにはプロジェクト実施に係わる情報,たとえばプロジェクトコスト,実施期間,コントラクター,コンサルタントのパフォーマンス等,プロジェクトに関する歴史が記録されているからである。最近の世界銀行による事後評価報告書の例をみると,PCRの内容が良い場合,すなわちデータ,情報が十分に整理,検索,分析され,プロジェクトから学ぶべき諸点についても十分な検討がなされている,と判断された場合は,事後評価報告書はPCRに対して数ペ—ジのメモランダムと呼ばれるコメントによって済まされる場合もみられる。このことは,整理されたプロジェクトの記録があることはその後の事後評価のプロセスをスムースにするということを示している。ただしPCRの限界として認識されるべき点は,その作成がプロジェクト完成後間もないため,プロジェクトの便益がどの程度達成されたかという点については十分な評価が行えない点にあるが,これは時間的制約からいってやむをえないと考えるべきである。

 ——事後評価とプロジェクトサイクル——

 PCRの完成から2年以内にPPARが作成される。PPARの作成は当該プロジェクトのファイルを調査することからスタートし,PCR等の関連資料のレビューを通じて,重点的に調査すべき項目の整理を行い,2週間程度のフィールド調査を行う。その後報告書(PPAR)の作成にとりかかる。このプロセスで必要に応じてコンサルタントが短期間ではあるが雇用される。PPARの作成,すなわち準備から報告書の完成まで平均して3〜4ヵ月の期間がかけられる。PPARの大事な役割であるプロジェクトの目的がどの程度達成されたかという評価手法については,いくつかの手法が考えられているが,国民経済への貢献度という観点から,通常は経済便益および経済コストを算出し,経済内部収益率(economic internal rate of return,以下EIRRと略)を計算し,10%以上であれば一応目的は達成されたと考えられている。事後評価の内容については経済分析の側面以外にプロジェクト実施機関の組織的対応力,技術力,財務収益力等の分析も必要となる。こうした観点に加えて,最近では当該プロジェクトの長期的成長と持続性(long−term sustainability)を維持するためには何が重要かといった点も評価の重要な課題となってきている。EIRRの算出の不可能なプロジェクト,たとえば教育,職業訓練,医療関係のプロジェクトについては,現場のスタッフヘのインタビュー,卒業生や訓練生など関連した人材からのヒヤリングなど他面的な情報収集を行い,経済計算とは別な総合評価を行うことにしている。こうして作成されたPPARのドラフトは,ADB,プロジェクト実施機関,相手国政府関係者に送られ,コメントを求める。コメントはPPARの中に反映される。こうしたコメントは事後評価の客観性を高めるため,きわめて大事なプロセスでぁる。さらにPPARのタイミングについていえば,たとえば農業プロジェクトのように,プロジェクトの便益が実現されるまで時間がかかるものについてはPPARの時期が延ばされることがある。PPARが個々のプロジェクトの事後評価であるのに対して,より広範囲な問題やセクターを対象としたSpecial Study(現在まで11件完了),Impact Study(同9件)も実施されている。また最近では,こうした調査の結果が迅速にかつ解りやすく内部スタッフに理解されるよう,コンピュータ利用によるフィードバックシステムにも重点がおかれ,国別,セクター別,トピック別に事後評価の結果が検索できるようになっている(図1,ADBにおけるプロジェクトサイクル参照)。

 以上のことから事後評価のシステムを確立するためには,まず第一に,客観的な評価が行えるような独立性を持った組織体制が必要であること,またそうした調査に必要な人材の確保,第二に,事後評価に必要なプロジェクトに関する情報,デ—夕が十分に得られること,このためには,評価の対象となるべき組織,スタッフの理解と協力が十分に得られることが大事である。第三点として,評価の結果が計画担当者等の将来のプロジェクトの担い手にフィードバックされるシステムが確立されることが重要である。

図1 ADBにおけるプロジェクトサイクル

 Ⅱ 評価手法としてのImpact Study

 ここでは,ADBが融資した開発銀行(Development FinanceInstitution,以下DFIと称す)プロジェクトヘの融資案件を取り上げ,評価手法としてより広範囲な問題領域を対象としたImpact Studyを事例として取り上げ,事後評価の在り方について考えてみたい。

 現在までのところ,ADBが行ったDFI融資案件の内,52プロジェクト(融資総額は承認ベースで約10億2千万ドル)が事後評価されている。DFI融資の基本目的はDMCにおける工業化援助にある。ADBが多数の企業(とくに民間の中小企業)を直接支援することは物理的制約があるので,DFIという各国の媒体を通じて企業育成をはかることになる。したがって事後評価で通常対象となるべき領域はDFIの触媒としての有効性(Performance of DFI),および融資先企業がどの程度援助資金を有効に活用したか(Performance of Subprojects)ということが焦点となる。ここで指摘しておきたい点はいわゆるPPARは個々のローンプロジェクト完了後,比較的早い時期に評価が行われるため,長期的視野に立った評価という観点から見れば限界があるということである。すなわち融資先企業が長期的にみて成長率を持続しているかどうか,問題があるとすれば資金面か,技術面か,また政策面ではどの点を改良すべきか,といった問題については,個別のPPARを通じて結論を出すことは難しい。これはPPARの性格上やむをえないといえよう。特にADBの援助プロジェクトが国民経済上どのような貢献があったかという点を評価するためには,ある程度の時間の経過が必要となる。そこである国のセクターにつき,ある程度PPARが集積された段階で,より広範囲な問題点や融資効果分析のため,Impact Study,Special Studyといった報告書が準備されるようになった。DFIセクターについては,1987年に韓国において行われ(Impact Evaluation Study on the Bank's DFI Lending to Small−scale and Medium−scale Industry Development in the Republic of Korea),その後パキスタンにおいて1989年に行われた(Impact Evaluation Study on Bank Lending to the Development Finance Institutions in Pakistan)。

 ここでは韓国の場合を例にとってみると,1987年の時点で既に12件のPPARが完了されており,当該開発銀行(DFI)の財務内容,審査能力,個別案件のフォローアップ体制,融資先企業の初期的な稼動状況等についてはかなり明確に事情が把握されていた。しかし,より長期的な側面から見て次のような問題点が考えられた。

1 一連のADBローンを通じて,当該国側の中小企業支援体制に対して,どの程度の政策面での効果があったか(政策面でのimpact)。

2 融資先企業の長期的な成長持続性にどの程度の効果があったか(個別企業を通じてのimpact)。

3 上記の二点の観点からみてADBのDFIセクターに対する融資政策で改善すべき点は何か(将来への提言)。

 以上のような視点からImpact Studyが実施された。韓国のDFIセクターが選ばれた理由はこのほかに,ADBの韓国DFIに対する融資額が他のDMCのDFIに比べて大きかったこと,さらに個々のPPARを通じて韓国のDFIが成熟した段階に近づいたと考えられたこと,またプロジェクトの成功例を通じてその詳細なメカニズムを調査することは今後のADBの活動に役に立つ,といった諸点があげられる。調査にあたっては約3ヵ月の準備期間を必要とし,この間に詳細なQUESTIONNAIREが準備された。現地調査は約1ヵ月間韓国側の協力を得て実施された。さらに調査にあたって3人のコンサルタントの協力を得た(開発銀行,とくに財務分析専門家,産業経済分析専門家,産業技術分析専門家)。コンサルタント1人あたり45日間,合計約135人・日の協力を得た。調査方針としては(1)政府および関連機関の支援体制について,(2)当該開発銀行の組織的な対応力の変化,(3)融資先の中小企業の内約200社についてのフォローアップ調査,すなわち政府,開発銀行,融資先企業の三つのレベルに焦点を置いた。本調査にはその準備から報告書の作成まで約1年間を要した。

 Ⅲ 調査結果

 ——政策レベルでの課題と問題点——

 次にこの調査の結果から,その詳細は省くとして,個々のPPARでは明確に所見されなかった次のような興味のある諸点が観察された。まず第一に,政府による強力な中小企業支援体制が敷かれたことをあげねばならない。政府の支援は,たとえば法体系の整備,財政,金融,税制支援体制の強化,金融機関の組織化,等があげられる。中でも中小企業振興公団(SMIPC)を1979年に設立したことにより,支援体制の中核となる組織ができあがり,ADBを含めた外国援助資金の効率的運用に大きな効果があったと考えられる。韓国における産業支援体制で特記されるべき点は,産業技術(Industrial Technology)の振興が重要視されたことにある。これはたとえば調査時点で17あった科学産業技術関係の研究所が各々の分野で中小企業を支援することが政令により義務づけられていたことにも示されている。調査団が訪問した,韓国機械研究所(KIMM)を例にとると,金属の試験検査および研究開発,試験測定計器の供与に関連した分野ではおよそ80%の活動が中小企業向けとなっており,このことは,高価な試験設備を持ちえない中小企業にとっては大きな助けとなっている。さらにSMIPCを中心として,中小企業向けの技術指導員(Extension Service Officers)が技術,経営の側面を含めて広範囲に活用されていることも大きな特徴といえる。SMIPCを例にとれば,約100人の専門指導員が常勤で勤務しており,その他約3,500人の指導員が登録されており,海外の専門家100人も別に登録されている。他の産業技術研究所が抱えているスタッフを加えれば指導員の総数は相当な数になると考えられる。DFI自体も専門指導員を抱えており,技術指導を通じて個々の企業の技術,経営上の問題点の早期発見,解決に役立っている。こうした事実は中小企業支援体制がただ単に法的整備に留まらず,組織的対応力,とくにその基礎となる人材の層がきわめて厚いことは特記されるべきである。以上の事実は同時に企業の技術レベルの向上という点がいかに重要視されてきたかということを示している。

 ——開発銀行への支援体制——

 第二の視点として,開発銀行レベルでの特徴的なことは,他の開発途上国の経験と比べて,きわめて焦げ付き債権の少ないことである。調査時点での債権回収率(すなわち企業側が開発銀行に対し返済すべき金額に対し,開発銀行が現実に返済金を回収した割合)は99%の高率を示しており,資金の運用がきわめて円滑に行われたことを示している。この事実の背景には幾つかの重要な点が含まれている。貸し付け先企業に対する審査内容の水準の高さ,フォローアップ体制のシステム化等の点で開発銀行内部での自助努力があったことも重要な点であるが,他のDMCと比べて著しく異なる点は,韓国成業公社(Korea Asset Management Corporation)を1962年に設立したことにある。この公社の主たる義務は不良債権の回収にあり,当初は韓国開発銀行(KDB)の債権整理業務が主であったが,その後金融機関一般に広げられた。この公社は高度な法律専門家を抱えており,不良債権回収に必要な期間は平均して6ヵ月といわれている。これは他のDMCでは焦げ付き債権の回収に法廷を通じて通常5〜10年かかるのと比べ大きな違いである。またこうした組織が実在するということが健全な投資環境の育成に大きな効果があったと考えられる。韓国も当初は債権回収に大きな問題を抱えていた時期があり,こうした経験を踏まえて公社システムが確立されたわけであり,この経験は他のDMCにおいても大いに参考になると思われる。

 開発銀行プロジェクトを実施するにあたり,債権回収率をある程度の高さに保つことはDFIの財務内容という観点から見て,大事なことである。開発銀行プロジェクトはその中心が長期的資金の供与による中小企業支援であり,いわゆるコマーシャルバンキングと比較すると,リスクが大きいことは事実である。ADBの事後評価プロジェクトの資料によれば,韓国以外のDMCにおける開発銀行プロジェクトの平均債権回収率が40〜60%であることを考えると,韓国の場合いかに組織的対応力が徹底しているかが解かろう。以上の議論を整理すると,開発銀行プロジェクトは工業開発および産業振興という社会目的を達成する重要な手段であるが,同時に健全な投資環境の整備という組織的な支援体制および対応力の強化ということが重要な課題であることを示している。次に開発銀行プロジェクトを通じて資金供与を受けた企業がどのようなパフォーマンスを示したか,またそこから示される教訓は何か,といった諸点につき述べてみたい。

 Ⅳ 融資先企業のパフォーマンスからみた課題

 ADBによる資金援助は当該国のDFIを通じ,個々の中小企業(以下SMIと略)の新規投資(new investment)またはBMRE(Balancing,Modernization,Replacement,Expansion)と呼ばれる既存の設備の近代化等に必要な外貨資金として供与され,機械設備の輸入にあてられる。今回の調査は追跡調査ともいえるもので,ADBより資金援助を受けた韓国のDFIのうち,中小企業向け融資を担当していた,中小企業銀行(Small and Medium lndustry Bank,以下SMIB)および国民銀行(Citizens National Bank,以下CNB)を通じて援助を受けた企業(総数1,019社)を調査対象とし,さらにこれら企業のうち,PCR,PPARにおいてデータのある323社を選び,事前に調査表(Questionnaire)を送付し,回答のあった213社(回答率約66%)からの情報をもとに,分析を行った。対象企業総数とPCR,PPARにリストされている企業数との差は,企業向け融資額がきわめて小さいいわゆる小規模ローンについては,サンプル調査によることが多いためであって,特別のバイアスはない。なお,調査当時SMIBは従業員100〜300人の中小企業が主たる対象であるのに対して,CNBは従業員100人以下の小企業を対象としている点に相違がある。企業のパフォーマンス分析の手法として1977,1979,1981,1983,1985の各年における従業員数,売上高,また経済指標として付加価値,固定資産額等を用い,労働生産性,投下資本の効率性を調査し,韓国銀行(Bank of Korea)にて出版されている中小企業の各年の全国平均値と比較することにした。このような調査手法を導入した主な理由は前述のEIRR算出による方法が企業数が多いこと,またデータの制約等により無理と判断されたためである。企業調査の方針として,(1)どのような成長のパフォーマンスが見られたか,(2)投資効果の長期的持続性という観点からみて,影響を与えた要素は何か,(3)個別企業の分析を通じて政策面での提言は何か,(4)以上の分析を通じてADB援助の総合的Impactの評価,および今後の施策についての改善策は何か,という4点に調査の重点を置いた。

 1 融資先企業のパフォーマンス

 調査対象企業の動向についてはいくつかの興味ある分析結果が見られたが,ここでは詳細は省いて,重要と思われる点につき要約したい。サンプル調査の結果から明らかになったことは,企業が従業員数,売上高の面においてどの業種をみてもおおむね順調な成長性を示していることである。企業の生産性を調べてみると,一人あたりの付加価値(労働生産性)でみるとADB融資前と比べると約2倍になっており,SMI製造業の全国平均よりも高い結果がでている。業種別にみると金属製品,機械産業が他の分野と比べて高い。投資効果を固定資産に対する付加価値の比率(資本の生産性)で見ると,1982〜1985年の4年間の平均値では,融資前の64%から融資後の73%に上昇しており,とくに金属製品,機械産業の分野ではこの数値を上回っている。さらに特記すべき点は,小企業(従業員100人以下)の利益率(総資産に対する純利益)が1977〜1985年の平均では中小企業の全国平均よりも高い数値をだしていることである。この点に関連して調査結果は,一般に企業の従業員のサイズが小さいほど利益率,投資効果は高いが,従業員のサイズが100人に近くなると,鈍化する傾向を示しており,これは企業のサイズの成長に伴って,技術的,資金的制約が増加することによると思われる。しかし全体的にみて,融資先企業が良好なパフォーマンスを示したことは経済指標等の分析で明らかになった。

 2 企業成長の制約要因

 企業が成長していくためには,さまざまな外的内的要因によって影響される。本調査の結果から以下に述べる興味ある問題点が指摘された。まず第一に,融資前と融資後を比べて,技術競争力の面でどの程度変化があったかという質問を経営者に対して行ったところ,変化の大きい順にあげると,金属製品および機械が一番大きく,続いて電機機械,繊維等の伝統的産業となっている。また融資後どの側面における変化が大きかったか,という点については,全ての分野を通じて品質管理の向上があげられた。企業方針としての重点分野については,繊維など伝統的な分野が既存製品の安定した生産をあげたのに対し,金属製品,機械製品,電機機器の分野では,新製品開発のための研究開発R&D投資が重視されていた。さらに興味ある傾向は,企業のサイズが大きくなるにつれて,資金的な制約よりも,技術的な制約条件(技術情報および技術関連人材の不足)がより大きなボトルネックとして考えられていることである。これは韓国の中小企業の新しい動向を示す点として注目されるが,同時に援助機関にとっても産業技術の向上のために産業基盤整備施策がいかに大事であるかということを示しているといえる。この点に関連して,技術情報提供機関としての各種の産業技術研究所がSMIにより比較的高い評価を受けていることは注目されてよい。以上の観察から中小企業の発展には資金的援助と同時に技術力強化という側面が同等に重要であるということが示唆されているといえよう。

 3 政策面での対応策

 以上の観察からいえることは,中小企業の成長および育成のためには,資金面での援助のみならず,技術力の強化を含めた組織的な対応が必要なことを示している。韓国産業技術振興協会の1986年の調査によれば,研究開発(R&D)投資の成功率(すなわち研究開発の結果がどの程度コマーシャルな商品として市場に出すことができたか)を全産業にわたって調べた結果,製品開発については5.3%,工程改善については4%とされており,研究開発の初期提案の段階から実際に企業化されるまでに必要な期間は平均18.5月と報告されている(韓国産業技術白書1987年版)。この事実は新製品の開発および工程改善は高いリスクを伴うこと,また研究開発から企業化の間に必要な所要資金をいかに確保するかという問題も含んでいる。このような観点から現状のDFIを通じた中小企業援助のシステムを考えると,より広範囲な側面を取り入れたアプローチが必要であるといえよう。

 4 総合的評価と今後の課題

 民間企業の成長はいくつかの要因によって影響を受ける。マクロ経済の動向,海外および国内の市場形成,経営者の資質,等が考えられる。しかし問題をDFIを通じた資金援助という援助方式に限ってみると,従来の方式の限界は明らかであろう。韓国の経験からいえることは,民間企業の成長ということに限っていえば,資金援助が産業技術力の強化とつながった時に,その効果はより大きく増幅されたといえる。韓国の場合は,技術力強化のための試験研究所および各種産業研究所の設立,技術指導員システムの強化,さらにこうした産業技術の強化策を財政金融面での施策と連携強化したところに大きな特徴があり,こうした側面における強化策のほとんどが韓国側のイニシアチブによって実施されたことは特記されてよいと思われる。以上のことを逆に表現すれば,ADB援助によるDFIローンが効率的に運用され,その受益者たる中小企業が良好なパフォーマンスを達成できた裏には前述のようなしっかりとしたメカニズムと組織的な対策が存在したことを忘れてはなるまい。さらにここでは以上述べたような産業開発に関するメカニズムについては個々のプロジェクト調査を通じた手法ではその全体像を把握することが困難であるという点を指摘しておきたい。ここで述べた韓国の発展モデル,すなわち民間企業の成長育成が資金援助と産業技術力強化によって効果的に相互補完されたこと,が他のDMCにとってどのように役立つかは今後の調査研究を待たねばならない。しかし,一つの有益なモデルを示したことは事実であろう。

 Ⅴ 結論にかえて

 以上の論議からIMPACT STUDYという事後評価の調査手法が個々のプロジェクトの範囲を超えたより広範囲な問題の分析にきわめて有益であることがわかろう。とくに援助を受ける側の最終受益者が長期にわたってどのような効果があったかという点を評価するについては,個々のPPARを通じた方法には限界がある。したがってIMPACT STUDYの手法は援助機関の政策および方針を見直すにあたっても今後有益な手段として考えられる。新しいプログラムや新規のローンを実施するにあたり,その内容が"良いことずくめ"になりがちなことは過去の経験からはっきりしている。正確な事実認識と問題点の把握が計画立案にあたって必要なことはなにも援助の分野に限ったことではない。こうした観点から将来の戦略的計画立案にあたって,事後評価の役割がますます重要になってくると思われる。

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