第4号

公会計分野から視た会計検査の現状と課題
石井 薫

石井 薫
(東洋大学経営学部教授、会計検査院特別研究官)

 1946年生れ,早稲田大学第一商学部卒,慶応義塾大学大学院博士課程単位取得,弘前大学人文学部助教授などを経て,90年から現職。日本会計研究学会,日本監査研究学会,日本記号学会等に所属。主な著書は『公会計論−行政分野との相互浸透』『学際会計学−記号・経済・経営分野との相互浸透−』など。

 Ⅰ はじめに

 わが国において会計検査に関する学問的領域は,ほとんど未開拓というのが実情である。会計検査院関係者による研究や実務の蓄積はみられるが,会計専門家による体系的で理論的な研究は乏しいように思われる。これは会計専門家が企業の会計・監査の研究に眼を奪われ,問題意識の欠如から,国の会計検査の研究をなおざりにしてきたことに起因する。会計専門家は,国の会計検査に対する無理解を自省して,企業の会計監査の理論や基準を国の会計検査に適用すべきという短絡的な主張を斥ける必要がある。逆に,国の会計検査の経験蓄積から学んで,会計監査のあり方を再考するという姿勢で,相互交流に踏み出すことが肝要と思われる。

 実際,会計−監査分野が直面する現代的課題は,「会計は投資家・債権者を主とする利害関係者のためにある」という通念が崩れつつあることにいかに対応するか,ということであるように思われる。すなわち企業の社会的責任が増大するにつれ,利害関係者の枠を拡げ,市民を主たる要素として取り込まざるを得なくなってくるであろう。これは企業会計の公会計化,そして企業監査の公監査化を意味する。特定の利害関係者のための会計−監査から,市民のための会計−監査をめざして,現代の企業会計監査が公会計監査化への脱皮に成功するか否かは,会計監査分野と会計検査分野との相互浸透のいかんにかかっているといっても過言ではないであろう。

 筆者は,公会計−監査が行財政分野と緊密な関係にあることを認識し,両分野の相互浸透をはかるという問題意識でアメリカの公会計−監査の研究から,わが国の公会計−監査の研究というプロセスをたどってきた。しかしまた別の角度から,公会計−監査の重要性を認識するに至った。それは会計や監査のディシプリンは,社会問題に応えなくてはならないという問題意識で,会計や監査は,社会問題とどのように係わっているかを明らかにしようと試みたことによる。具体的には,新聞のデータ・ベースを利用して,「会計」「監査」「検査」「監視」という用語が新聞で使用される記事を調査した。その結果,「会計」の場合には,"会計検査院"と"一般会計・特別会計"が,「監査」の場合には"監査委員"と"住民監査請求"が中心であった(注1)。前者は,国の会計検査の問題であり,後者は自治体の監査の問題である。それ故筆者は,公会計−監査という領域は,会計・監査の社会性の視点から最も重要な研究領域として,会計専門家による研究着手の緊要性を主張してきたのである。要するに,"隣接分野との相互浸透"と"社会問題への視線"という2つのキー・コンセプトに,研究論文評価の焦点をあわせているというのが,筆者の研究のコンテクストである。

 以下では,国の会計検査に係わる議論の現状と問題点を明らかにすることにより,会計検査分野と会計監査等関連分野との今後の相互交流の糸口としての,議論のたたき台を提示することを意図している。

 Ⅱ 検査報告・検査機能・検査活動

 1 検査機能と検査報告

 会計検査院について予備知識をもたぬ隣接分野の読者のために,議論の前提として基本的なことを概述しておこう。

 会計検査院は国や公団・事業団体などの決算・補助金等の検査を行なう憲法上の独立機関であり,内閣に対して独立の地位を有している(会計検査院法,以下「院法」という。第1条)。国の収入支出の決算は,すべて毎年会計検査院がこれを検査し,内閣は次の年度に,その検査報告とともに,これを国会に提出しなければならない(憲法第90条)。会計検査の目的は,常時,会計検査を行なって会計経理を監督し,その適正を期すと共に是正を図ること(院法第20条),また会計検査の結果によって,国の収入支出の決算を確認すること(院法第21条)とされる。そして会計検査は,①決算が予算執行の状況を正確に表示しているか(正確性),②会計経理が予算や法令等に従って適正に処理されているか(合規性),③個々の事業が経済的,効率的に行われているか(経済性・効率性),④事業全体が所期の目的を達成し効果を上げているか(有効性)といった観点から行われている。

 検査の結果,検査報告に次の4種類の指摘事項が掲記される。

①「不当事項」は,法律,政令,予算に違反し又は,不経済,非効率など不当と認められた事態を批判的に記述したものである(院法第29条第3号)。

②「意見を表示し又は処置を要求した事項」は,(a)違法不当な会計経理について是正改善の処置をとるように要求した事項についての記述(院法第34条)と,(b)法令,制度又は行政に関して意見を表示したり,改善の処置を要求した事項についての記述(院法第36条)から成る。

③「会計検査院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項」は,会計検査院が検査において指摘したところ,指摘を契機として省庁や団体において改善の処置をとった事項について記述したものである(院法施行規則第15条)。

④「特に掲記を要すると認めた事項」は,予算執行の効果が上がっていなかったり,事業運営に問題があったりして,適切とは認められない事態で,しかも,上記①〜③の事項に該当しないものについて,省庁や団体あるいは国民に広く問題を提起して,事態の進展を図ろうとする記述である(院法施行規則第15条)(注2)。

 これに対して企業監査(法定監査)は,公認会計士という独立の第三者が企業の公表する財務諸表の適否について意見を表明するものである。企業監査の目的は主として投資家・債権者等の利害関係者の利益を保護することにあり,副次的に不正を発見し防止することにある。監査の機能は,従来批判的機能と指導的機能の2分法で説明されてきたが,近年では情報提供機能と判定機能の2分法による見方もみられる。前者の2分法は監査人と被監査人の関係での監査の機能を指し,後者の2分法は監査人と利害関係者もしくは情報利用者との関係での監査の機能を指すと理解されよう。そうすれば企業監査は被監査会社に対して,批判的機能と指導的機能を持ち,また利害関係者もしくは情報利用者に対して,情報提供機能と判定機能を持つということができる。これらの機能は相互に交錯するが,批判的機能は判定機能と,指導的機能は情報提供機能と緊密に関係する。企業の監査報告書(短文式報告書)には,(1)監査概要として,①監査の対象となった財務諸表の範囲,②監査が一般に公正妥当と認められる監査基準に準拠して行われた旨,③その他の監査手続きが実施されたか,(2)監査意見として,①財務諸表の会計原則準拠性 ②継続性の遵守 ③表示の合法性 ④財務諸表の適否に関する総合意見が記載される。

 ここで企業監査と関連させながら,会計検査の特質を見てみよう。まず会計検査の果たすべき機能として,(1)統制機能 (2)情報提供機能 (3)フィードバック機能(検査結果を予算編成にフィードバックすることにより行政全体を合理化する機能),が挙げられることがある。ここで統制機能は批判的機能と近似の概念のように思われる(注3)。しかし厳密には会計検査の統制機能は,企業監査の批判的機能だけでなく,改善の処置要求から弁償責任の検定や懲戒処分の要求に迄及ぶという差異もみられる。それはさておき,会計検査の機能や目的という場合には,"誰にとっての"ということが明確にされなければならない。受検機関にとってというのであれば批判的機能と指導的機能をもち,利害関係者もしくは情報利用者にとってというのであれば内閣,国会,国民,それに受検機関等に対する情報提供機能と判定機能を持つことになろう。

 会計検査において,不当事項は判定機能の面が強く,特記事項は情報提供機能の色が濃い。検査結果の予算への反映を意味するフィードバック機能は,企業監査では機能として取り上げられることはない。検査分野と経営・会計・監査分野との間で,フィードバック機能や統制機能等の概念上の差異に注意する必要があるが,いずれにしても,会計検査の機能や目的は,今後検討すべき理論的な問題の1つであろう(注4)。

 検査の観点についてみると,①「正確性」は,決算が予算執行の状況を正確に表示することを要求するもので,企業会計での取引記録の真実表示に相当するものとみられる。②「合規性」は,企業監査では会計原則等への準拠性が要求されるところから,(但し予算等への準拠は要求されないという違いもあるが),このレベルで会計検査と企業監査はかなり重なるといえよう。③「経済性・効率性」および④「有効性」は,企業監査では要求されていない。

 次に検査報告についてみてみよう。企業の監査報告書では財務諸表の会計原則等への準拠性に対する監査意見を表明するに留まる。これに対して検査報告には前述の4種類の指摘事項が掲記される。①不当事項は故意または過失によって会計経理が法令・予算に違反するもので,個々のケースごとに判断される。これは個別の不当事項を指摘するので,ミクロ検査と呼ばれることもある。企業の監査では予算に違反してもチェックされない等の違いもあるが,概してこのレベルが意見表明の対象として重なるといえよう。②「意見を表示し又は処置を要求した事項」のうち,(a)院法第34条の指摘事項は,一般的・傾向的な不当を指摘するもので,企業監査では予定されておらず,企業の監査と直接対比させることはできない。(b)院法第36条の指摘事項は,制度や行政の問題に対するもので企業の監査では予定されておらず,会計検査に特有の掲記事項といえる。(a)と(b)はマクロ検査と呼ばれることもある。③処置済事項は企業の監査報告書では,掲記される事項ではないので,これも会計検査に特有の掲記事項である。企業の監査の立場では,これは処置済みなので掲記不要ではないかと思われるが,逆に企業の監査報告書に,この処置済み事項の類のものを掲記させることは監査報告書を情報に富むものとさせる一面も持つであろう。④特記事項は,検査報告に固有のものであり,「特記事項は,政治性の極めて高い,本来会計検査院の検査に馴染まない事項に対する,我が国会計検査院の創出したユニークな対応方法」(注5)といわれる。これは企業の監査報告書とは全く異質のレベルといえよう。

 以上会計検査院の検査と企業の監査との異質性を明らかにするために,検査の機能,検査の観点,検査報告に関して,企業の監査と比較しながら概述した。会計検査の報告内容や検査の観点は,企業の監査とは比較にならぬほど広範囲にわたるが,その一端が幾らかでも窺えたのではなかろうか。会計検査分野と企業監査分野とが実りある相互交流をはかるためには,その前提として,この両分野の業務の質の違いを相互に確認・理解しておくことが肝要である。そうすれば企業監査の概念,理論,基準等を会計検査に適用すべきという,監査専門家が陥りやすい短絡な主張を回避できるであろう。

 2 検査活動

 明治13年に独立の財政監督機関として設置された会計検査院は,第二次大戦をピークに昭和30年代半ばまで,合規性や(個々の収入支出の)経済性の観点による不当事項の指摘を検査の中心としていた。昭和30年代後半から,個々の会計経理を超え,制度や行政の改善にむけて,(院法第34条および36条に基づいて)意見を表示したり,処置を要求してきた。これは合規性の観点によるミクロ的な検査から,経済性・効率性・有効性の観点によるマクロ的な検査に取り組んできたことを示す。とりわけ昭和50年代に入り,従来は検査報告掲記事項の対象外とされてきた政治問題,政策問題,社会問題が絡む事項を「特記事項」として検査報告に掲記し,会計検査院として問題提起してきたことは,きわめて重要な意義を持っている。「特記事項」の類の検査を推進するには,従来のボトムアップ型の検査計画だけでは不十分として,昭和56年度の検査から,トップダウン型の「検査計画に関する基本方針」が示されることになった。これは,従来重点がおかれていた工事関係の指摘が減少し,年金,医療費等の社会保障関係費,文教関係費等の指摘が増大するという,ハードからソフトへという検査指向の転換に導いた。社会保障関係費等の検査は,検査の量的拡大,検査の領域の拡大,検査の観点の拡大と変化し,昭和60年代に入り,この傾向は検査報告に顕著にあらわれるようになった。今日,高齢化,国際化,情報化が叫ばれるが,会計検査院は社会保障関係費,ODA,防衛費,農業等の検査を重視し,社会の変化に即応するようコンピューターを利用した検査や業績検査等の新しい検査手法の確立に取り組むと共に,会計秩序の維持,社会的公平性という問題意識で検査してきているといえよう(注6)。

 以上の会計検査の動向は,検査報告の指摘事項の変遷から,概ね窺い知ることができる。しかし検査結果の結論を要約した検査報告だけでは,その背景にある検査活動の実態を理解することは困難である。検査報告に指摘事項として掲記するために,どのような問題意識で,どれだけの綿密な調査と分析に基づいて,法令・制度・行政とのあつれきのなかで,どれほどのエネルギーが費消されているのであろうか。国民の眼を検査報告に注視させるために,このことを明らかにしていくことが必要であろう。そこで,医療に焦点をあて,幾つかの検査事例をみてみよう。

(1)昭和51年度の検査報告で医師優遇税制に係わるものとして,「社会保険診療報酬の所得計算の特例について」という特記事項が掲記された。医業または歯科医業を営む個人は,社会保険診療収入に対して,特例で72%相当額が必要経費として認められている。特例の適用を受けている者のうち,収支の明らかとなった1,696人について調査したところ,実際経費率は19.7%〜71.8%の間で,総平均は52%であった。これは法定経費率72%との間に20%の開きがあることを示している。そこで上記1,696人に係わる経費差額に基づいて"所得税の軽減額を計算すると,1人当たり700万円を超えており,総額では118億円余りとなる"と問題提起をしたものである。国民の税の不公平感,会計検査院の権限からみても穏当なこの指摘をめぐり,国会では参院決算委員会(昭和52年10月28日,12月15日),衆院予算委員会(昭和53年2月1日,2月20日,3月1日),衆院大蔵委員会(昭和53年3月3日),参院大蔵委員会(昭和53年3月28日),参院予算委員会(昭和53年3月29日),衆院決算委員会(昭和53年6月1日)で,会計検査院がそこまで踏み込む必要があるのか等と,質疑応答が繰り返された。この内容について国民にはほとんど知られていないと思われるが,このような一連の議論のプロセスを国民に周知させることが,検査院の活動への理解を得るために必要なことと思われる。

(2)昭和61年度の検査報告で,厚生省に係わる医療費の指摘は著しい成果を上げている。たとえば健康保険等の徴収額が不足していたもの(不当事項)が1億77万円,社会福祉施設等に関する補助事業の実施および経理が不適切なもの(不当事項)が23件国庫補助金4,847万円,過大になっていた国の医療費負担(不当事項)が2,562万円(国庫負担額1,412万円),老人ホームの医師の行為に補助金と診療報酬の二重払い(処置要求事項)等の指摘が挙げられる。これらの医療費の検査のプロセスで,厚生省審査支払い機関,市町村がレセプトをチェックするのに必要な情報(患者の住所等)が記載できるようになっていないこと,今のレセプトは診療報酬の請求のためのものであって,審査のために必要な情報を提供するという観点が欠けていること,老人医療は,保険事業,保険衛生事業,老人福祉事業の業際に位置するので,行政の対応が不十分であること,等の問題点が明らかにされた(注7)。

 同年度の検査報告において,文部省関係で「外国製医療機器の予定価格の算定方法が不適切」なもの(処置済事項)として,購入額が1億5,700万円割高になっていたという指摘がみられる(注8)。

 昭和63年度の検査報告に厚生省関係で「医療用酸素の診療報酬額の算定方法が不適切(意見表示事項)」という指摘が掲記された。これは審議室横断検査班の最初の成果といわれる(注9)。これらの医療検査の背景をみると,いずれも検査のプロセスで,地道な調査,試行錯誤,厚生省等行政機関に対するチャレンジ,政治権力に対する精神的独立性の堅持が窺える。無論,このようなケースばかりではないかもしれないが,法令や制度の改善にむけての気概が感じられるのは確かである。このような息づかいを国民に伝えてこそ,国民の会計検査院に対するイメージと現実とのギャップが埋められていくであろう。

 Ⅲ 議論の現状と問題点

 我が国の会計検査をめぐる議論の現状ならびに問題点を検査報告,検査手法,検査方針と政策検査,検査体制,検査の機能と目的等,大小さまざまの問題を断片的ではあるが,幅広く取り上げてみたい。

 第1は防衛機密もしくは検査の聖域に係わる問題である。昭和61年度の検査報告で海上自衛隊の弾薬購入に当たり1億1,440万円が効果的に執行されていないという指摘(処置済事項)がなされた。そして防衛費に関しては軍事機密の壁で1件1億円というのは,トップ・シークレット扱いされたと報じられた(朝日新聞,1986年12月31日,朝刊22頁)。会計検査院関係者は"検査に制度上聖域はなく(憲法第90条第1項),指摘が少ないのは防衛機密の問題ではない"と明言されている。また"防衛用の装備というのは無駄で終ることがその最大の使命であり,これが検査対象である点に,平和国家である我が国の防衛検査の難しさがある"という見解も見られる。確かに効率性・有効性の観点の検査であれば理解もできるが,それでも合規性の観点からの不当事項の指摘は可能なので,それだけでは防衛機密に関する大方の疑念は拭えないのではなかろうか。

 第2はODA(政府開発援助)の国内および国外の検査のあり方に関する問題である。昭和61年,政府開発援助の年間事業費1兆2,500億円を持つ国際協力事業団の汚職が発覚した。"この事業団や防衛庁に対する検査は困難を極め,援助について'不適正な支出'と検査報告した例はこれまでなかった"と,新聞で報じられた(朝日新聞,8月14日,朝刊23頁)。しかしその後,昭和63年度の検査報告で「政府開発援助の実施について」が特記事項として掲記され,ODAの実施について直接借款の対象となった機械が十分に稼動していないとか,技術の移転が遅れているという事態が指摘された。ODAの会計検査の政策として,"相手国会計検査機関と日本側会計検査機関との共同検査"等が提案されている(注10)。被検査国との共同検査が監査の機能を果たせるのか,その実効性には疑問が持たれるものの,他に適切な手だてがない以上,相手国の協力が得られるような共同検査の効果的な実施可能性を探ることも必要かと思われる。いずれにしてもODAの具体的な検査方法の確立は緊要な問題となっている。

 第3は何故決算の審査は議決案件ではないのかという問題である。「内閣は毎会計年度の予算を作成し,国会に提出して,その審議を受け,議決を経なければならない(憲法第86条)」として,予算は国会で議決を要する旨規定されている。しかし決算に関しては,内閣が検査報告とともに国会に提出すること(憲法第90条)とされているだけで,議決を要するとは規定されていない。実際,国会の委員会で,(減税を見送ったこと,防衛費が多いこと,予算の見積りがずさんなことで)予算と決算との大きな違いのために62年度決算を是認しないという結論が出されたものの,内閣は何ら対応策を講じていないといわれる(注11)。これは内閣のアカウンタビリティが問われる問題である。それにととまらず何故決算の審査は議決案件としないのか,立法当局はその理由を説明する責任(アカウンタビリティ)を負っている。決算に関するアカウンタビリティの空洞化は決算審議の形骸化をもたらすきわめて重大な問題といえよう。

 第4は検査結果の予算への反映に関する問題である。工事の検査の場合,公共事業費は枠予算なので予算に反映しにくい面もある。たとえば食管の経費(輸入麦の値引きや自主流通米の概算払いの問題),農産物の価格支持政策,農業機械の補助など,農業関係の補助金の指摘や,国立大学の授業料など文教関係の指摘などで,直接予算に反映している例もあるが,予算への反映に限界があるのも確かである(注12)。検査のフィードバック機能を高めるため,大蔵省主計局等との協議,国民への情報提供なども含め,検査結果をできるだけ予算に反映できるようなシステムづくりが必要であろう。

 第5は有効性の検査に関するものであるが,これは公正性の検査とも複雑に絡む問題である。経済性(Economy),効率性(Efficiency),有効性(Effectiveness)の観点から行われる検査は,業績検査や3E検査と呼ばれる。たとえば昭和55年から平成元年までの10年間において,有効性の検査は「自然休養村整備事業などについて」「林道事業の実施について」(院法第34条による処置要求)等,26件にのぼり,うち農水省関係が18件指摘されている。会計検査院では古くから業績検査の類の検査を実践していたようであるが,近頃業績検査の新たな手法を確立することに重点を置いている(注13)。しかしながら,有効性の検査には余りにも多くの想定がつきまとい,細分化された限定的な目的に対しての限定的な有効性をみるにすぎないこと,定量化の網の目から落ちる定性的な要因が定量分析の帰結を空虚にさせること,緻密な理論化は限定的な有効性といわばトータルな有効性との乖離を促すこと,有効性という概念は,"目的"の意味内容の理解の仕方によって,限定的な有効性からトータルな有効性まで多様に移り変わる。

 会計検査で,"事業全体が所期の目的を達成し効果を上げているか"という有効性の観点では,事業を実施する行政機関の目的を前提にして,それと行政活動の関係をみる。行政機関の目的から始発すれば,限定的な有効性しか持ちえず,究極的に国民のニーズ(世論等)に係わるものとしてのいわばトータルな有効性に踏み込むことは不可能であろう。有効性の概念についての混乱を避けるために,後者のトータルな有効性の検査のことを,以下公正性(又は公平性)の検査と呼ぶことにしよう。公正性の検査は,想定の積み重ねによる有効性の検査に対して,国民のニーズから始発し,それと行政活動との関係を見る。有効性の検査が計量分析に依存するとすれば,公正性の検査は直感と判断力そして常識的な市民感覚を重んじる。有効性の検査の限界を認識したうえで(注14),計量分析よりも常識的な市民感覚を大切にして有効性の検査をする必要があろう。会計職業や監査職業では今日,数学よりも感性こそが求められているのである。

 会計検査は究極的に公正性の検査を念頭において行われるべきと思われる。ここで正確性・合規性,経済性・効率性,有効性,公正性の相互関連が問題となろう。論理的には,正確性・合規性が経済性・効率性の前提になり,経済性・効率性が有効性の前提となり,そして有効性が公正性の前提となるとみられる。しかし現実の検査では逆転して,公正性が有効性に,有効性が経済性・効率性に,経済性・効率性が正確性・合規性に優先する(注15)。それ故会計検査においては,この双方向的な面を射程に入れるとともに,限定的,局部的な観点に埋没するのでなく,常に公正性という羅針盤に照らして,他の観点の検査結果を判断する必要がある。そしてその羅針盤が置かれている現実の生きた社会を見据え,そこで国民の痛み,嘆きに鋭敏に反応する感性こそが,プロフェッションとしての検査職業に問われているといえよう。

 第6として,公正性の検査に係わる問題を中心にみてみよう。公正性の検査は,会計検査においてどの程度定着しているかわからないが,理念として現実の検査に大きな影響を与えているように思われる。これに関して会計検査院の岡村氏は,昭和59年度から昭和63年度にわたって,公平性に着目した指摘として17件の事例を挙げた後,「人口の急速な高齢化等により,社会保障関係費等の増大は避けられず,垂直的公平,水平的公平,あるいは世代間の公平といったさまざまな社会的公平性を実現すべき財政活動の分野の比重がますます大きくなっていくことが確実であるから,会計検査に際しても公平性という観点の重要性は尚一層高まる」として,3Eから公平性(Equity)を含めた4Eを検査の観点として検査報告に明記されることを主張している(注16)。①正確性,②合規性,③経済性・効率性,④有効性に追加して,⑤公正性を検査の観点として明示することは,検査の指導理念を掲げることになり,筆者も同感である。そして会計検査院が国民の理解・支持を得ていくために,公正性の検査の今後の発展が望まれてならない。

 第7は,公正性の検査が有効性や政策マターといかなる関係にあるかという問題である。会計検査は通例予算や政策の執行結果を対象とし,予算や政策それ自体を評価するものではないといわれる。しかし会計検査において政策検査とまではいかなくても,何らかの形で政策問題に踏み込むべきともみられている。たとえば特記事項は,問題提起というレベルではあるが政策問題へのチャレンジである。公式の検査報告としては特記事項での掲記が限界で政策検査に立ち入ることはできない。しかし前述した限定的な有効性の検査からトータルな有効性の検査に至るには,政策自体の評価を避けることはできない。そして行政主体のポリシーを評価するためには,自らのポリシーが必要となる。トータルな有効性の検査のためには検査のプロセスにおいて自らのポリシーに基づき,行政諸機関とポリシーに関して国民のために論争・対話することが前提になろう。しかし膨大な行政機関のポリシーを評価するのは至難の業である。行政機関の政策目的から始発する有効性の検査の延長上にくる政策検査は,チャレンジングな課題ではあるものの,制度的にも理論的にも実施され難いと思わざるを得ない。むしろ国民のニーズ(世論等)から始発する公正性の検査の方が,はるかに実行可能性が高いように思われる(注17)。公正性の検査においては,幅広い視野で国民のニーズを反映するような会計検査院のポリシーを確立し,それに基づいて不公正・不公平の歪みをもたらすような行政活動をチェックすることが肝要である。

 第8は,横断検査や特命検査の位置づけに関する問題である。公正性の検査は,トップダウンのテーマ検査の性格を濃くするように思われる。昭和46年から始まったとされる特命検査は,明らかにトップダウンのテーマ検査といえるが,この特命検査で検査報告に結び付いたのは,ほんの数件しかないといわれることから,この種の検査の難しさが指摘されている。特命検査のなかには,横断検査をテーマにしたものもあるという。甲斐氏によると「横断検査とは,典型的には,検査対象となる会計活動が,いくつかの縦系列の会計単位に区分されているときに,各会計単位に共通する要素を取り出して,相互比較ないし全体的考察を行ない,その異同に応じてその当否をうんぬんする,という手法で行なわれる検査である」といわれる(注18)。そして,横断検査は,1つの理念であり,ボトムアップという性格が強いと指摘されている。

 横断検査は,今日的な検査指針として,重要なコンセプトと思われる。ボトムアップの検査だけでなく公正性のトップダウンの検査にも横断検査の発想は取り入れる必要があろう。限定された有効性の検査からトータルな有効性に接近する際も,この横断検査に基づかざるを得ないとも推察される。学問分野も実践分野も共に横断化もしくは相互浸透しなければならない(注19)。検査業務においても検査の横断化もしくは相互浸透をはかるのは時代の要請と思われる。横断検査のコンセプトが,より明確になり,とりわけ公正性の検査のなかで定着していくことが期待される。前述した昭和63年度の検査報告における医療用酸素に関する指摘は,まさにその記念すべき第1歩として高く評価されよう。

 第9は検査体制,とりわけ内部監査部門等周辺分野との連携に係わる問題である。会計検査院では,昭和59年に上席情報処理調査官の設置,昭和61年に統括情報処理調査官の設置,昭和62年に第1局に外務検査課の新設,平成元年に官房調査課に国際業務室の設置などの機構改革を行ってきた。社会状況に対応するよう会計検査院内部の検査体制を整備確立していくことは言うまでもないが,会計検査院と内部監査部門との連携はとりわけ重要である。企業では内部監査など内部統制の整備が外部監査の前提となる。アメリカでは監察総監(インスペクター・ジェネラル)により省庁の内部監査制度が充実している。しかし我が国ではそのような確固とした内部監査部局はみられない。総務庁の行政監察との相互協力も必要だが,会計検査の効率化のために各省庁の内部監査の充実に向けて会計検査院はリーダーシップをとるべき時機ではないだろうか。その際行政機関のセクショナリズムにいかに対応するかが課題となろう。アカデミズムの世界においてもセクショナリズムがはびこっているのは同様である。行政や学問など諸分野の境壁を打破し,相互浸透をはかることが時代の要請と思われる(注20)。

 それから地方自治体の監査委員との連携も重要な問題である。わが国の自治体監査制度はそれほど機能していないのが現状である(注21)。会計検査院は自治体監査の制度改革にも,リーダーシップをとることが求められているように思われる。それからわが国では将来の課題であるが,政府会計監査における公認会計士の利用の問題がある。アメリカでは,GAOの調査によると公認会計士によって遂行される連邦補助金監査の3分の1以上が,政府基準に準拠していないといわれる(注22)。これは会計検査と企業監査の業務の質の違いのためであり,公認会計士を政府監査に導入する場合には,両分野の相互理解が前提となろう。それと共に,両分野の業務の質の違いは企業の監査職業に対して検査職業もしくは公監査職業として独自の専門家を養成するヴィジョンを持つべきことを示唆する。企業監査の公認会計士に対して,公監査の"政府監査人"という資格を制度化することも検討されるべき問題であろう(注23)。会計検査院は自らの検査体制だけでなく,行政監察,省庁の内部監査部門,出資法人の監事,自治体の監査委員,会計監査職業等の検査関連業務との相互浸透をはかりつつ,検査体制のゆるやかな重層のネットワークを形成し,21世紀をにらんで会計検査の相互支援システムの確立に,リーダーシップを発揮されることが期待されてならない。

 第10は,会計検査院と国民・社会とのコミュニケーションに関する問題である。会計検査院の業務としては会計検査のほか,弁償責任の検定,懲戒処分の要求,検察庁に対する通告,審査,それに一般国民からの投書に係わるものがある。院法第35条の規定による審査の制度は,国の会計の相手方について,不当な会計経理の取り扱いによる不利益を救済し,併せて国の会計経理の適正を期することを目的にしているが,昭和55年以降平成元年末迄の審査要求の実績は,7件と数少ない。院法第35条はGHQの示唆でGAOの審査請求にならって立法化されたものといわれるが,GAOに係わる審査請求の実態と比較すると,ほとんど機能していないのが実情と思われる(注24)。訴訟に関する日米の風土の違いを反映することもあろうが,審査制度の改善も考慮すべき問題の1つと思われる。

 次に一般国民からの投書に関してであるが,最近5年間の投書の受付数は,60年80件,61年204件,62年173件,63年109件,平成元年103件となっている。平成元年に国民健康保険の財政調整交付金の不適正交付に係わる指摘がなされたが,それは関係者からの投書がきっかけになり,検査報告に結び付いた例であるといわれる。投書も含めて国民の声を吸収するシステムづくりも検討すべき問題と思われる。これは国民からの一方通行だけでなく会計検査院とのフィードバック・ループを確立するためにも必要であろう。さらに会計検査院の検査をチェックするメタ検査のシステムのあり方を検討することも将来の重要な問題である。会計検査院に対するチェック機能は,第一次的に国会の決算委員会等によって遂行される。その他毎年,マスコミ関係者や学識経験者が検査報告をめぐって意見交換しているが,これもチェック機能に係わる。このようなメタ検査のチェック・システムは国民の立場で会計検査院の検査活動をチェックする反面,国民の立場で,会計検査院の権限強化をめぐる問題(注25)等で,会計検査院の活動を支援するという両面的性格を持つことが肝要である。

 第11は,検査報告の金額表示に係わる問題である。「金額に換算すれば」というのが会計検査の役割なので「会計検査院が出す検査報告は,特記事項に至るまで必ず金額を明示して出すべきものだ」とみる向きもある。しかし,会計ならまだしも,監査や検査では必ずしもその必要性はないと思われる。会計の場合は複式簿記という文法を使って貨幣表示の財務報告を行うが,監査や検査は日常言語で監査報告,検査報告を行うからである。従来の貨幣表現だけの財務諸表には限界があり,財務諸表から落ちる物量的・定性的な情報を,いかに財務諸表に取り入れるかということが現代会計学の直面している課題と思われる。まして検査報告の指摘をすべて金額表示に限定するとすれば,貨幣表現不可能な重要な問題が検査報告からもれてしまうだろう。金額で表現すると確かに客観性の装いをすることができる。しかしその客観性のために会計学において金科玉条とされた取得原価主義が,企業の所有する土地を極度に低く評価し(たとえば明治時代に購入の土地で時価数百億円のものが数十万円で評価されているなど),不公正の根源となっている。客観性の神話に固執する余り,金額の表現でもれるものを切り捨てるのではなく,いかに掬い上げるかということに心を注ぐべきと思われる。とりわけこれからの会計検査は,金額では表現できない,人間の痛み,不公平感に目を向け,金額の表現が困難な場合には,特記事項としていただきたいと願うばかりである。

 第12は,会計検査のコストに係わる問題である。企業監査においても監査のコスト・ベネフィットが問題にされることがあるが,会計検査院の検査の効率についてもそれが話題にされることがある。たとえば昭和62年度の会計検査院の歳出予算110億円を費用,指摘金額214億円を効果として,これだけを単純に比較しても意味がないことは言うまでもない。監査や検査は,不正の発見や摘発が目的というのではなく,監査や検査をシステムとして確立することにより,未然に防止することに本来の使命があるので,不正や不注意の牽制力もしくは抑止力をこそ評価しなければならないからである。このような効果は受検機関職員の意識・姿勢にまで及ぶので,貨幣評価は困難である。それから「会計検査院は,批難金額の算定に際し,将来にわたる節減額を導入していない」ので,それを試算に入れると,その効果は計り知れない。

 実際に,医療費に係わる不当事項の指摘をみても,昭和61年度7件1,412万円,62年度23件7,033万円,63年度33件1億7,016万円,平成元年度57件3億4,749万円と増加の一途をたどっており,検査院関係者も「現在のところ検査をやればやるだけ指摘金額が増えそうな感じだ」と発言されている。またニューヨーク市の財政危機の事例でも「人手不足のため医療扶助提供者の監査はもちろん,書類を満足に処理することもできない」とか「わずか3人の監査官とコンピューター2台とで,1975年に医療扶助傘下の"事務所"に,250万ドルの金が二重に支払われていたことをつきとめたが,6人いれば500万ドル集金できたにちがいない」といわれることがあった(注26)。わが国では,税金の徴収漏れは大体毎年10億円程度ということであるが,先ほどの医療費同様,検査のコストをかければもっと徴収漏れが指摘できるのではないだろうか。いずれにしても,現在の会計検査院の検査がコスト・ベネフィットの観点から効率がよくないとみるのは,謬見もはなはだしいと批判せざるを得ない。ニューヨーク市の事例が教えるように財政改革の要は会計・監査制度の確立にあることを銘記すべきである(注27)。

 第13は,会計検査院の広報に係わる問題である。平成元年度から,検査報告の体裁は読みやすくまた分かり易くする趣旨で,見出しをつけるなど工夫されている。アメリカにおいてもGAOはさまざまな読者の情報ニーズを満たすような報告書の作成に取り組み,「検査の概要」を開発した。それは,目的,背景,結果の要約,主な指摘事項,勧告,受検機関の所見を簡潔にまとめている(注28)。GAOはさらに1985年7月に議会で,初めてのビデオによる報告を行った。これは「スーパーファンド改正問題に関するGAOの意見」と題する10分間のビデオで,有害廃棄物の問題を映像によるイメージで訴えることも意図されたようである。バウシャー院長はこのアイデアを評価し,続いて農家融資問題を調査したビデオも作成された。GAOにとってビデオ報告は今後大きな役割を果たすと期待されている(注29)。わが国では会計検査院の紹介ビデオがあるが,GAOのように,テーマによってはビデオによる検査報告も検討すべき課題と思われる(注30)。

 それから会計検査院とマスコミとの係わりについてであるが,アメリカでGAOがテレビニュースで取り上げられた回数を調査したユニークな研究がある(注31)。筆者は,データ・ベースを利用して新聞記事(朝日・毎日・読売・日経)で"会計"という用語が使用される事例を調査したことがある。その結果,社会問題としての会計は第1に会計検査院,第2に一般会計・特別会計,第3にその他の3つの領域から構成されるという認識を導出した(注32)。このように会計検査院がテレビや新聞で取り上げられる程度や内容を調査することも,広報活動を検討するに際して必要なことであろう。なお,検査報告とマスコミとの係わりだけでなく検査院関係者が,メディア,学会,教育現場,経済界等さまざまの分野で人的交流を通じて国民に直接語りかけ,会計検査院に対する理解を浸透させていくことが望まれよう(注33)。今後とも,異分野交流などのイベントを企画して,国民各層とのインフォーマルなネット・ワーク・システムを醸成することが,国民の間での会計検査院の存立基盤を揺るぎないものに導いていくであろう。

 第14は検査基準に係わる問題である。GAOやNAO(イギリス会計検査院)は会計検査基準を設定しているが,わが国会計検査院には成文化された会計検査基準として,体系的にまとめられたものは存在しない。検査職業のアカウンタビリティを果たすためにも,検査基準の設定は緊要な課題と思われる。そのためには会計検査基準設定のための作業グループの設置から始めなければならない。わが国の場合,たとえ体系的に成文化されていなくても,会計検査院法,財政法,憲法,国家公務員法等の法律や,検査事務規程等の内規,それに検査慣行等により,検査基準の内実は概ね把握できるであろう。それ故,会計検査院が検査基準の設定に本格的に着手すれば,実績があるだけにそれほど困難な作業とも思われない。検査基準の設定に際しては,GAOやNAOなど諸外国の検査基準を参照するだけでなく,INTOSAI(最高会計検査機関国際組織)やその下部組織であるASOSAI(最高会計検査機関アジア地域機構)などの国際検査基準にも配慮する必要があろう。ただし会計学分野において国際会計基準の遵守は,各国の国内法規との関連で,その実効性が疑問視されているという現実もある。国際検査基準に関しても同様の事態に陥ることは想像に難くない。国際検査基準といかに調和をとるかということも問題になる。会計検査基準の設定,適用の問題等,具体的な内容に関しては他の機会に論じたいと思っているので,ここでは国内の検査基準の設定が検討されるべき時機にきているのではないかと指摘するにとどめたい。

 次に,その他の問題をみてみよう。会計検査院が,自治体監査等検査関連業務との相互浸透を先導し,検査の相互支援システムを確立すべきことは前述した。それは独立の最高検査機関としての責務と思われる。リーダーシップをとるためには,検査の理論と実務の蓄積が不可欠であり,研究所の創設等,研究体制の充実も緊要な課題となろう。それから,会計検査に固有の基本概念や種々の個別領域に係わる問題もある。政府予算やアカウンタビリティの概念などについて理論的に基礎づける必要もあろう。個別領域にかかわるものとして,ASOSAI,INTOSAI,INCOSAI等,国際検査機関の活動の実態の紹介,検査教育への具体的取り組み,コンピューター利用の検査とコンピュータ・システムの検査に習熟すること,公共部門における複式簿記の導入や財務諸表作成の問題等さまざまの問題がある。

 最後に国際化・情報化の激変する社会状況の中で,さまざまな社会問題が生み出されている今日,検査専門家等の意識の改革が,究極的な問題として挙げられることを付言しておこう。監査分野においても監査人の精神的独立性等の職業倫理が,永遠の課題となっている。検査職業もプロフェッションとしての地位を確立するためには,職業の存立基盤である職業倫理を自覚して,社会問題に鋭敏に反応する感性を磨かねばならないであろう。

 Ⅳ 会計検査の基本的枠組

 前節で会計検査をめぐるさまざまの問題を提示した。本節では会計−検査システムを図式化して,主要な問題領域の関連を明らかにすると共に,前節の議論を補足して今後の議論の足がかりとしたい。

 第1図は,会計検査の基本的枠組の主たる部分を構成し,会計検査に関する主要な議論は,この枠組における各構成要素,もしくはそれらの相互関係などに関連する論点に帰着する(注34)。すなわち,行政主体もしくは行政機関,情報利用者もしくは利害関係者,行政目的もしくは国民のニーズ(世論等),検査の目的,政府予算および決算,行政活動,政府の予算・会計関連規則,会計検査院,検査報告,検査基準,会計規則設定機関(国会)並びに検査基準設定機関(政府検査基準を設定する際には,会計検査院がその役割を果たすことになろう),さらにメタ検査等の問題領域に大別される。

 行政主体はある行政目的をもって行政活動を行うが,その際,法令・会計規則に準拠して予算編成,決算を行い,それを情報利用者(内閣・国会・国民)に提供する。会計検査院は検査基準に準拠して会計検査並びに決算の確認を行い,それを検査報告にまとめ内閣に提出する。内閣は会計検査院の検査報告と共に決算を国会に提出する。そして(予算・決算を検査する)会計検査院の検査に対する検査を考慮する際には,メタ検査(検査の検査)の概念を導入しなければならない。このような会計−検査の大枠を理解しておくことが議論の前提として必要であろう。

 次に第1図の会計−検査の基本的枠組により検査の観点の相互関係を,理解の便宜のために図式化して説明しよう。①正確性の観点は"予算(執行)⇒決算"の関係のチェックであり,②合規性の観点は,"行政主体→法令・会計規則⇒予算・決算"の関係のチェックである。企業の監査は,主としてこの合規性の観点による監査に重なることは,前述したとおりである。③経済性・効率性の検査は,"予算・決算⇒行政活動"の関係をチェックし,④有効性の検査は,"行政活動⇒行政機関の所期の目的"の関係をチェックする。前節で述べたように,それは限定的な有効性の検査にすぎず,④'トータルな有効性を目指すには"行政機関の所期の目的⇒国民のニーズ"の関係をチェックしなければならない。それは政策検査と密接に絡む領域でもある。このように現行の4つの検査の観点は,第1図の左側において"行政主体→法令・会計規則⇒予算・決算⇒行政活動⇒行政機関の所期の目的→国民のニーズ"という順路で位置づけられる。これに対して⑤公正性の検査は,"国民のニーズ⇒行政活動"をチェックするものであり,第1図の右側において,利害関係者として国民→国民のニーズ⇒(行政機関の目的)⇒行政活動⇒予算・決算の順路に位置づけられる。左側ルートでは有効性の検査といってもあくまでも限定的な有効性に立ち止まらざるを得ず,計量分析を利用してもトータルな有効性に到達することは不可能であり,政策検査に立ち入ることは制度的にも理論的にもきわめて困難な問題を抱え込むことになろう。それ故,現行の4つの観点の検査の限界を5番目の公正性の観点で補うよう,左右の双方公的な順路で,会計検査を行うことが要望されるのである。

第1図 会計−検査システムの主要構成部分

 Ⅴ 結びに代えて

 わが国の会計検査院のあり方を問う時に,アメリカのGAOがしばしば引き合いに出される。会計検査院は議会,内閣から独立した機関であるのに対して,GAOは議会の付属機関である。両者のこの違いが,それぞれの検査業務に色濃く投影している。すなわち,GAOの主要な業務は,議会の立法および監視の責務を支援することにある(注35)。それ故GAOは,議会の各種委員会のために,プログラム評価さらに政策評価に係わる業務を推進している。議会を背景に,強力な権限を発揮するGAOに対して,期待もあれば批判もみられる(注36)。筆者には議会のために活動するGAOの業務は,本来の監査業務とは異質のように感じられてならない。監査は独立の第三者の立場で意見表明をするのが基本であるが,議会に従属するGAOは,監査人というよりもあたかも議会の代理人,いわば議会オンブズマンのように映るからである(注37)。さらに言えば,GAOは議会の要求に追われるあまり,国民のためという視点が,欠落したり二次的になりがちではないかとさえ推察される。このようにみると,わが国の会計検査院は,議会と内閣から独立した憲法上の機関として本来の監査を保証されていることが,検査職業の発展にとって何よりの支えになると思われる。会計検査院は,GAOのプログラム評価等の検査業務を踏まえることも必要であるが,国民のために公正性の検査も含めて,独自の検査システムの確立を志向するべきと思われる。

(注1)これについて詳しくは,次を参照されたい。石井薫「社会問題としての会計と監査」『会計』第135巻第6号,1989年6月。

(注2)会計検査院の以上の概要については同院総務課渉外広報室が発効しているパンフレット「会計検査院」を参照されたい。なお平成元年度決算検査報告には,①「不当事項」192件,②「意見を表示し,又は処置を要求した事項」11件,「本院の指摘に基づき当局において改善の処置を講じた事項」17件,特記事項0件,の計220件が掲記されている。

(注3)受検機関は会計検査院が批判的機能よりも指導的機能を果たすことを要望しているようである。また今後の会計検査の観点としては「国民のため」が第1位となっている。ここに公正性の検査を制度化する根拠がみられる。「公的会計責任についてのアンケート調査−アンケート集計結果」(平成3年3月)。

(注4)会計検査に言語行為論を適用すると,会計検査の機能は,(1)情報提供機能(発語行為),(2)判定機能(発語内行為),(3)フィードバック機能(発語媒介行為)と理論的に説明されよう。言語行為論に関しては拙著『学際会計学』(第6章「記号論,言語論と会計学の境域」同文舘,1991年)を参照されたい。

(注5)甲斐素直「特記事項の意義と正確」『けんさいん』,創刊・第1号(1988No.1)昭和63年3月,68〜73頁。本論文は,特記事項の位置づけについて興味深い解釈を提示しているが,「会計検査活動というものが調査活動と判断活動の二段の活動からなっている」という指摘等,今後議論されるべき幾つかの問題がみられる。

(注6)会計検査院の検査活動の経緯については,『月報』『けんさいん』等によった。次は最近の10年間の検査の動向をまとめた貴重な資料である。会計検査院『会計検査のあらまし[別冊]この10年のあゆみ(1980〜1989)』平成2年3月。

(注7)この検査の背景を,次は詳細に論述している。飯塚正史「医療費の検査について(一)(二)(三)」『会計と監査』1988年,1月号,2月号,3月号。

(注8)このような事態が生じたのは,代理店の示した定価証明書の価格を使用していたこと,外国為替相場の変動や関税率の改定状況を予定価格の算定に反映させる方法の検討が十分でなかったこと,文部省の指導が十分でなかったことなどによるとされる。

(注9)当該指摘は,「医療用酸素の診療報酬請求額の算定に当たり,各保険医療機関等における酸素の購入及び使用の態様により適切に請求できるよう,請求価格の具体的算定方法を明確にするなど,診療報酬請求の適正化,合理化を図る必要がある」というものであった。これに対する処置状況として,平成元年度の検査報告で,「厚生省では,本院指摘の趣旨に沿い,平成2年3月に診療報酬点数表の一部を改正するとともに,酸素の購入価格についての具体的な算定方法を定め,これを都道府県その他の関係機関を通じて,保険医療機関へ周知徹底させるための通達を発するなどし,医療用酸素に係る診療報酬請求の適正化,合理化を図る処置を講じた」と掲記された。

(注10)中川淳司「政府開発援助の会計検査−法的問題点と政策的妥当性」『会計検査研究』第3号,1991年3月,22〜23頁。

(注11)「座談会昭和63年度決算検査報告をめぐって」『けんさいん』第3号,平成2年3月,51頁。

(注12)辻敬一・山口光秀「予算と会計監査」『会計と監査』1988年5月号,13頁。

(注13)その成果が次にみられる。「業績検査に関する研究報告書」会計検査問題研究会,平成2年1月。

(注14)費用・効用分析の乱用を戒めるフィッシャーの次の指摘は,有効性の検査に対しても示唆に富む。「費用効用分析の主要な目的は,一般に意思決定を行なうことでなく,むしろ意思決定者の直感力や判断力を鋭くすることにある。そして関連代案を識別し,それぞれに含まれる意味を明確にすることこそ最も重要である」デービッド・ノービック編,福島康人訳,『PPBSの理論と手法』日本経済新聞社,1969年,97頁。

(注15)これは会計検査に記号論的アプローチを適用した際のインプリケーションであるという理論的背景をもっていることを付言しておこう。

(注16)これに関しては,本誌の岡村氏の論文「会計検査の観点について−社会的公正性・公平性と会計検査−」を参照されたい。

(注17)無論,国民のニーズを厳密に把握するのは困難である。しかし前述したように常識的な市民感覚に基づいて,国民のニーズを不公正の是正という見地で判別していくことが必要であろう。たとえばアンケート調査(注3参照)の回答では,特に力点をおいて検査すべき事業として,1位ODA,2位防衛関係費,3位公共事業関係費,4位国税の徴収,5位社会保障関係費等が挙げられたが,これも概ね国民のニーズを反映しているとみなされるのではなかろうか。

(注18)甲斐素直「横断検査について(上)(下)」『会計ジャーナル』,1988年12月,1989年1月。

(注19)拙著『公会計論』(同文舘1989年)はサブタイトルが示すように会計・監査分野と行財政分野との相互浸透をめざすものであるし,『学際会計学』も同様に,会計学と記号・経済・経営分野との相互浸透をめざすものである。

(注20)たとえば病院会計に関して,厚生省,自治省,文部省等の行政機関と会計監査分野等が,共通の会計基準・監査基準の設定をめざして相互交流されることが望まれよう。

 会計検査院では「公会計監査フォーラム」を主催して相互交流を図っているが,検査体制づくりや,会計・監査基準の設定など,より具体的な成果を上げるために,このフォーラムの発展方向も検討課題となろう。

(注21)これについて詳しくは次を参照されたい。石井薫「監査委員の現状と問題点」「アメリカの地方自治体監査」(日本監査研究学会・地方自治体監査研究部会編『地方自治体監査』<第1部第3章,第3部第2章>第一法規,1991年)。石井薫「自治体監査制度の現状と課題」(醍醐・田中編著『現代会計の構想』<第8章>中央経済社,1990年)。

(注22)GAO. CPA Audit Quality-Many Governmental Audits Do Not Comply With Professional Standards (AFMD-86-33) March. 1986.

(注23)アメリカでは,AICPA(アメリカ公認会計士協会)がCGA(公認政府会計士)プログラムを提案しており,またコロラド会計士協会は,独自にAGAS(認定政府監査士)制度を実施している。これらについては次を参照されたい。

 Giacomino, D. E. and D. L, Knutson. "Its Time for a Certified Government Accountant," "The Government Accountants Journal. Spring 1983. pp. 23-31.

 Kamnikar. J. A. and E. G. Kamnikar, "The Professional Recognition of Governmental Accounting and Auditing," The Government Accountants Journal, Fall 1987, pp. 39-43.

(注24)GAOにおける審査請求の処理件数はたとえば1988年度をとると,①合衆国に対する請求6041件,②割り戻し請求権の放棄2366件,③デイビス・ベイコン法に係わるもの1103件,等となっている。

(注25)会計検査院は昭和54年にロッキード,グラマン事件等をきっかけとした国会決議を受けて,検査権限強化の方針を固め,政府関係金融機関の融資先や,国・公社等の業務委託先など,現在検査権限の及んでいない民間企業まで検査対象に含められるよう,会計検査院法の改正をめざした。しかし,大蔵省の強い反発と自民党の時期尚早という判断で会計検査院の権限強化に関する法案提出は見送られたと報じられた(朝日,1981年3月4日夕刊2頁,5日朝刊2頁)。

 この重要な社会問題に会計検査職業は余りに無関心であり,筆者は"専門家としての社会的責任を果たすことなく,全く無責任な対応とのそしりを免れないのではないか"と日本会計研究学会で報告したことがある。石井薫「社会問題としての会計と監査」前掲論文91頁。

(注26)ニューフィールド他,加地永都子訳『ニューヨークが死ぬとき−巨大都市財政危機の真相』,筑摩書房,1979年,37頁。

(注27)これについては拙著『公会計論』(第3章「財政改革と公会計」)を参照されたい。

(注28)詳しくは次を参照されたい。Goldstein, I., T. F. O'Connor and R. B. Raaum, "Summarizing Audit Results to Satisfy an Operational Auditor's Many Customers", The Government Accountants Journal, Winter 1985-1986.

(注29)詳しくは次を参照されたい。Bowling, T. P. and J. E. Heil, "The Superfund Videotape : Broadcasting to the Congress",The GAO Review, Winter 1986.

(注30)筆者は大学の会計監査論の講義で会計検査院の紹介ビデオを教材として使用し,アンケートをとっているが,受講者は大変興味を示している。医療等の具体的な検査報告がビデオ化されれば,検査報告を学生だけでなく,国民一般に周知させるためにも有効な手段となるように思われる。

(注31)Hallum, A. M., "GAO and Television News : An Alliance of Incentives," The GAO Review, Winter 1986.

(注32)主要四紙の「会計」見出し記事965件を分類した結果,(1)会計検査院282件(29.2%),(2)一般会計・特別会計408件(42.3%),(3)その他275件(28.5%)であった。詳しくは次を参照されたい。石井薫「社会問題としての会計と監査」,前掲論文。

(注33)筆者は1991年5月に,日本記号学会第11回大会のシンポジウムで「記号分野と監査分野との相互浸透」というテーマで報告し,記号分野が,詩や文学だけでなく,国の検査報告を記号論のテキストとして分析されるよう要望した。

(注34)第1図において,二重カッコは成文化された記号を表わし,⇒は検査の観点の関係を表示している。

(注35)GAOのその他の主な職務として,次が挙げられている。連邦の省庁や機関のプログラム,活動および会計経理を検査し,評価すること。連邦政府のプログラムや活動に適用される財務管理関係の基準を制定すること。法制業務を行い,審査請求業務を実施すること。GAO, Annual Report, 1984. Vol. 2 PP. 1-2

(注36)これに関しては,たとえば次を参照されたい。

Cooper, D. E. and J. D. Yakaitis, "Defense Procurement Oversight: Greater Demands on GAO," The GAO Review, Winter, 1987, pp. 21-23, pp. 47-48.

"The GAO's long reach comes under fire," Business Week, July 9, 1979, pp. 62-63

(注37)次はオンブズマンと会計検査院について詳細に論述している。甲斐素直「オンブズマンと会計検査院(一)〜(四)」『会計と監査』,1986年,3月,4月,6月,7月。

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