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第3号

プロジェクトの事後評価に関する考察
赤塚 雄三

赤塚 雄三
(東京大学教授)

 1932年生まれ。東京大学工学部卒,カリフォルニア大学大学院修士課程修了,工学博士。運輸省港湾技術研究所,国際復興開発銀行(世界銀行),アジア開発銀行港湾鉄道通信部長などを経て,88年から現職。土木学会,米国土木学会などに所属。

 本稿は,土木学会第8回建設マネジメント問題に 関する研究発表・討論会(1990年12月)における発 表論文に筆者が一部加筆修正をしたものです。

 Ⅰ 概説

 いかに周到に計画され,慎重な調査結果に基づき,目的に適った設計のもとに入念に施工されたプロジェクトであっても,時には失敗することがある。失敗の原因のよって来る所はそれぞれのケースによって千差万別である。技術的な過誤に因るとか,設計震度を上回る地震によって物理的に崩壊する場合もあろう。一方,社会情勢の変化によって,構造物は技術的には完全であっても当初意図した社会経済的な機能は全く果たしていない,いわゆる無用の長物と化している事例も見受けられる。前者の場合,すなわち,構造物やプロジェクトが,明らかに技術的な過誤や災害などにより失敗し,あるいは設計や施工方法を新たな視点から検討する必要ありと考えられる場合には,原因究明は徹底的に行われ,過誤や災害を防ぐ方法とか新しい設計方法が考えられるのが普通である。しかしながら,後者の事例,すなわち,失敗の原因が計画の時点に遡り,社会・経済情勢の変化によると思われるような場合には,その原因究明が行われることは少ない。と云うより,このようなプロジェクトの事後評価を行って,その成否を評価した例は皆無に近く,結果として,同じような誤りを犯している事例も少なくない。

 わが国の公共事業は,これが直轄事業,補助事業のいずれであっても,国費が使われている限り,原則として会計検査院による会計検査の対象となる。しかしながら会計検査は,事業全体の効率性とか有効性の検査を除外する訳ではないが,従来の実績は後述のように会計責任の追求,すなわち国の資金の浪費(過大設計とか過大積算,施工上の失敗や手抜きによる破壊や破損,あるいは不正支出など)の有無の検査に焦点がおかれ,完了したプロジェクトが,当初の計画時点で意図した機能をもち,有効に使われているか否か,すなわち,事業目的や効果などにまで遡って,これを定量的に評価し検査することは少ない。これは現行の会計検査制度や実施態勢の限界を示すものであろう。一方プロジェクト実施主体が自ら失敗の事例を監査して,そこから教訓を得るという制度は内部検査制度として存在はするが,制度の実態はそのような機能を発揮するだけの内容を具備していない。結果として,プロジェクト実施主体によってその効率性とか有効性が調査究明され,その結果が公表された例は少ない。プロジェクトの成否のいずれの場合でもこのような調査(事後評価)によって得られる情報や知見は重要なものであり,将来のプロジェクト計画立案に極めて有用と考えられる。

 Ⅱ 評価の視点

 プロジェクトの事後評価を行うとして,それでは,いつの時点で,どのような立場から,何を対象として評価すべきであろうか。たとえば失敗プロジェクトの事例を類型化してその幾つかを示すと,

(a) 技術的には完全な形で完成したが,当初意図した機能は果たさず,有用性が全く失われている場合;

(b) プロジェクトは計画通りに完成し,当初の意図した機能は果たしてはいるが,予期しなかったマイナスの影響をももたらしている場合;

(c) 技術的には完成し,当初意図した機能は果たしてはいるものの,その建設に計画時点での見積を遥かに上回る費用を要し,更にその管理運営や維持補修にも莫大な費用を要し,国家経済上の大きな負担となっている場合;

などが挙げられる。これらの場合は,例えば,工事完了直後に技術的な観点からのみ評価を行えば,いずれも竣工検査には合格し,成功とされるであろう。実際このような事例は一般的に考えられているより多いのが実情である。しかしながら,このような検査の方法は,社会に有用の財を整備するという公共事業のもつ最も基本的な視点を欠いており,新たな視点からの評価の必要性を示唆している。

 たとえば,いつの時点で評価すべきかという点については,工学が有用性を追求する学問であるとの観点からは,プロジェクトの経済的寿命が終えて,その有用性が失われる時点で評価することが理想的であろう。プロジェクトの事前評価においてはプロジェクトライフとして15〜20年をとる場合が多い。経済分析,財務分析では,15〜20年を越えた時点の費用,便益のいずれも割引率を適用して評価する結果として,現在価値に直すと無視し得るような値になることが多く,この点からもプロジェクトライフをこのような15〜20年としている場合も多い。このようなプロジェクトライフの終了後に評価するものとすると,事後評価によって得られる貴重な情報や経験を有効に生かすことが出来ない。そこで,国際金融機関などでは,既往のプロジェクトの経験およびこれを通して得られた教訓を出来るだけ有効に次のプロジェクトに反映させる必要上,物理的な完了時から1〜2年内に事後評価を行うことが普通とされている。

 先に述べたように,プロジェクトの評価をいかなる視点で行うかにより異なった評価が生まれるとすれば,どのような評価を行うにしろ,その視点を明らかにして評価の性格や概念を明らかにしておく必要がある。それでは評価にはどのような視点があるのであろうか。これを整理すると次のようである。

(a) 評価者:誰が?

  内部検査,弱い強制力の外部検査,強い強制力の外部検査。

(b) 被報告者:誰のために?

  会計主体,資源管理の委託者。

(c) 評価目的:何のために?

  会計責任の検証,資源管理の効率化,モニタリング。

(d) 評価時点:いつ?

  計画時点,実施段階,完了後。

(e) 評価対象:何を?

  事業計画,実施段階の事業,完了後の事業,事業の効果。

(f) 評価根拠:何に基づいて?

  強制力の無い指針など,弱い強制力の内部規定など,強い強制力をもつ法律など。

(g) 評価の精度:信頼性?

  客観的,主観的。

 Ⅲ 評価の目的

 評価の対象が社会資本の整備を目的とした公共事業(プロジェクト)の場合には,当然ながら公費(資源)の支出を伴うものである点から,評価の目的には会計責任の検証とか資源管理の改善や効率化が含まれる。ここで云う会計責任の検証とは,計画されたプロジェクトのための公費の執行(資源管理)の受託者である事業主体が委託された公費をいかに適切に管理したか,その結果を報告する責任を果たしたか,について検査し,証明しようとするものである。事業主体が自らその活動結果を資源管理の委託者(たとえば受託者が国の省庁の場合,委託者は国家)に報告したとして,その内容が適正,真実なものか否かを検証しなければ,委託者は活動成果の是非の判断ができない。そこで第三者(たとえば会計検査院)による検証が必要になる。

 また,資源管理の改善や効率化とは,プロジェクトの成果について,その計画から調査,設計,施工などの段階を経て竣工に到る各段階のそれぞれでの資源の管理状況を分析調査し,より効率的,合理的な資源管理の方策の有無を検討し,必要に応じて計画段階にフィードバックし,計画の見直し,事務手続きの改善,人事考課への反映などの修正行動をとることを指している。

 プロジェクトの実施過程においては資源管理の実態を的確に把握し,非能率に陥らないように牽制し,不正の発生を防止することも重要である。このような観点から,評価の中にはモニタリング機能も含まれてくる。

 Ⅳ 評価のシステム

 IIIで述べた評価の目的を効率的に果たすには,それなりのシステム,制度を整える必要があろう。その現状はどうであろうか。IIで述べた評価の視点と時点を基準にして,現在行われている各種の評価方法を整理すると表−1のような体系が出来上がる。本章で取り扱っている事後評価は同表の中央に位置づけられるが,これに相当する評価方法は我が国の公共事業に関しては未だ存在していない(参1)。しかし我が国の公的開発援助資金を用いた海外プロジェクトについては,外務省が経済協力局長を委員長とする経済協力評価委員会を設け(1981年),翌1982年以来その評価結果を公表しており(参2),更に,海外経済協力基金(OECF)は近年,業務監理部を組織に加えて事後評価を開始している(参3)。このOECFにおける事後評価はその目的と機能において世界銀行やアジア開発銀行などが以前より実施しているPost Evaluationに相応するものである。経済協力評価にしろ,OECFの事後評価にしろ,いずれも会計主体によって行われる点では共通している。このように,ODAによる海外プロジェクトに関しては,会計主体による事後評価は,その手法に改善の余地はあるにしても,定着しつつあると云えよう。これに対し,国内の公共事業に関しては事後評価の必要性自体が認知されていないのが実情である。また,事後評価そのものについての統一的な定義は未だ確立せず,更に評価に関連した言葉として,調査,審査,監査,検査などが使われているが,それぞれの概念だけでなく,それぞれの相互関係や相違点も未だ明確ではない。

表1 評価のシステム

 Ⅴ 会計検査における業績評価

 我が国の制度上,公共事業に関して事後評価に近い調査活動としては会計検査院による会計検査がある。そこで,Vにおいては我が国の会計検査の現状を紹介すると共にその事後評価方法としての問題点について述べる。

 1 会計検査院の地位,沿革,機構

 日本国憲法第90条は,「国の収入支出の決算は,すべて毎年会計検査院がこれを検査し,内閣は,次の年度に,その検査報告とともに,これを国会に提出しなければならない。会計検査院の組織及び権限は,法律でこれを定める。」と規定しており,これを受けて昭和22年に制定された会計検査院法は「会計検査院は,内閣に対し独立の地位を有する。」と定め,会計検査院が内閣に対して独立の地位を有する憲法上の機関であることを規定している。

 会計検査院は明治13年太政官達第18号によって設置され,その後,明治22年発布の帝国憲法のもとで憲法に定められた機関となり,以後60年の間,天皇に直属する独立の官庁として財政監督を行った。昭和22年,日本国憲法の制定に伴い,現行の会計検査院法(昭和22法73)が公布施工され,その地位,組織,権限の各面で,大幅な改革と強化が行われている。

 会計検査院は検査官会議と事務総局とから成っている。検査官会議は3人の検査官で構成されており,検査官は衆・参両議院の同意を経て内閣が任命し,天皇がこれを認証する。また,検査官会議の議長は院長で,院長は検査官の互選に基づいて内閣が任命することとされている。検査官会議は会計検査院の意志決定機関であって,事務総局を指揮監督し,検査を受けるものの決定,検査報告の議決,職員の任免など,重要事項について意志決定を行うこととされている。

 2 会計検査の視点

 現行の会計検査は,決算が予算執行の状況を正確に表示しているか(正確性),会計経理が予算や法令などに従って適正に処理されているか(合規性),事業が経済的,効率的に実施されているか(経済性,効率性),事業が所期の目的を達成し効果を上げているか(有効性),といった観点から行われている(参4)。会計検査院はこうした会計検査を限られた検査要員で,最も効率的かつ効果的な検査を実施し,よりよい検査結果を得るためには計画的検査が必要であるとして,1981年に「検査計画に関する基本方針」を策定し,更に1986年以降,「検査計画の策定に関するガイドライン」を定め,当該年次の検査計画はこれに基づいて策定することとしている。1981年の検査計画においては(a)費用対効果,合理性等に関する検査,(b)事業運営に関する検査,(c)財政投融資に関する検査,および(d)会計経理の基本に関する検査を基本方針としており,このような姿勢はその後も継承されている。近年では,特に規模の大きいプロジェクトに関しては長期的視点に立っての評価を試みたり,補助事業に関する制度を取上げ,その合理性,適合性,必要性等の検討を中心的な課題として検査を進めるなど,会計検査のあり方も国の財政事情や経済運営の実状を反映するような姿勢がうかがわれる。このような会計検査における積極的な姿勢はそれなりに評価されるが,具体的な検査業務は現行の制度の枠内で実施せざるを得ないのが実情である。例えば,公共事業に関係のある行政事務や事業内容について具体的な検査の対象となるものを列挙すると次の通りである(参4)。

(a) 補助金や貸付金は,その目的や条件に従っているか。

(b) 工事,物品購入,請負作業などの契約額は適正か,予定価格の積算は適切か。

(c) 工事の計画や設計,物品の購入計画や仕様,作業の実施計画などを適切に行い,事業を経済的に実施しているか。

(d) 工事が設計どおりに施工されているか,物品が仕様どおりに納入されているか。

(e) 造成した用地,建設した施設,設置した設備が,事業目的どおり使用され,効果を上げているか。

(f) 長年継続している事業で,当初の目的を既に達成済みのものや,社会情勢の変化により,意義の薄れたものはないか。

これは要するに,検査の主要な対象は個別案件の契約,設計,仕様,施工などにおかれており,プロジェクト全体の合目的性,合理性あるいは経済効果をその主要な検査対象として取り上げるには到っていないようである。

 3 検査報告

 会計検査院の年間の活動結果は検査報告として,会計年度ごと内閣に送付され,内閣はこれを,会計検査院の検査,確認を終えた国の収入支出の決算とともに,つぎの会計年度中に国会に提出することが義務づけられている。この検査報告には,国の収入支出の決算の確認などとともに,検査の結果,法令や予算に違反したり不当と認めた事項,会計経理や法令・制度・行政について意見を表示したり,処置を要求したりした事項,現金や物品を亡失したり損傷したりした会計事務職員に弁償責任が有るか無いかの検定状況,などが記載される。このような検査報告に記載された事項について単なる指摘に終わらせないことも重要であり,このため,国の損失は回復されたか,また,どのような是正改善の処置がとられたかについて毎年報告を求め,その改善状況を翌年度の検査報告に記載することも行われている。

 4 業績評価の手法としての会計検査の限界

 1〜3で紹介したように,会計検査は会計責任の検証,資源管理の改善ならびに効率化,そしてモニタリングをその目的として行われており,それなりの実績を挙げて来たと思われる。近年は,更に現行制度の枠内で,費用対効果や合理性に関する検査,規模の大きいプロジェクトに関して長期的な視点に立っての評価,また補助事業制度自体の合理性とか適合性の検討も開始しており,今後の成果が期待されている。しかし,先にも述べたように公共事業に関しては,個別的な行政事務や事業内容段階における検査が主体であって,たとえばプロジェクトを全体的にとらえて,計画時点まで遡り,プロジェクト全体の経済効果を評価するには到っていない。そこで,会計検査を事後評価の手法として適用することの可否,そして適用するとした場合の問題点を挙げると次の通りである。

(a) 社会資本の整備を目的とする公共事業においては,効率的資源管理とは,即,有限の財源をより効果的に用いて社会資本を整備することにあると思われる。これは合理的で周到な計画,目的に適した設計,能率的な施工,出来上がった公共財の効果的な運用と云うように,事業の計画から供用に到るすべての段階で,資源管理が効率的に行われることを意味する。従ってその効率性を的確に評価するためには設計の合目的性,工事費積算の妥当性,施工の能率性などばかりでなくプロジェクトの計画時点で予測された経済効果ならびに出来上がった公共財の供用時点での経済効果なども併せて評価することが必要となろう。経済効果の評価に関しては検査結果の客観性を期待するためには,事業主体による計画決定時点での"効果の測定"が客観的方法で行われ,会計検査院による事後の"効果の測定"も同一の方法,同一の基準に基づいて行われることが望ましい。換言すれば,有効な事後評価を行うためには"経済効果の測定"の制度,方法,基準等の存在が前提であり,更に測定方法が事業主体および会計検査院の双方にとって,通常の業務として実施し得る程度に実用的である事が必要であろう。

    しかしながら,現状では治水事業,一般有料道路事業,新幹線鉄道整備事業,下水道整備事業など,公共事業の一部のものについて,経済効果の評価制度が法令等で定められているに過ぎない。又,評価の手法,特に何をもって経済効果として捉えるか,その実用的な手法あるいはその評価基準についても未だ客観的に受容し得る基準も確立されていないのが現状である。更にこれらの法令等で定められたものも,事業許認可の条件として定められたもので,これを計画時点の過去に遡って計画自体の可否を評価するための手法として用いることには一般の合意を得るには到っていない。

(b) たとえば関西国際空港プロジェクトでは,プロジェクトの規模が大型であるだけでなく,プロジェクトを構成する要素が極めて多岐に亘り,公共投資と共に私企業による投資も並行して行われ,公的投資による機能施設が私企業による機能施設と相互に補完し合って,空港としての総合的機能を発揮することが予想されている。又,本空港が我が国で初の24時間運営可能な国際空港であることから空港設置の経済効果は背後圏としての近畿圏を越え,東京国際空港(成田)の補完空港としての役割をもつ事は当然ながら,更にアメリカ大陸とアジア諸国を結ぶ国際航空網の中継点としての役割をも負担することが予想される。更に,近畿圏においても2次,3次の波及効果が直接的な効果に比べてかなりの比重をもつことも予想される。このような大規模プロジェクトに対しては,現時点で利用可能な開発効果測定方法はその適用性自体に問題がある。すなわち,開発プロジェクトに従来広く用いられている費用便益分析のような手法ではその開発効果の測定は困難であり,また計量モデル分析についてはその汎用性ならびに効果測定の実用性の上で限界が感じられている。一方,産業連関分析の場合には,input とoutput の比較によって,投資効果を評価するものであるが,これを計画時点における評価と対比して事後評価に適用するには評価基準の設定の仕方に研究の余地があるように思われる。

(c) プロジェクトの実施(建設)が多年度にわたり,効果の発揮に要する期間すなわち熟成期間が長い場合には,この間に社会経済環境が変化する可能性が大きい。例えば1973年や1978年の世界的なオイルショックの場合などのように,これがプロジェクトの費用増と需要減となってプロジェクトの経済効果に著しい影響を与えることは既に経験されたことである。こうした場合,計画時点に遡って,先見性の乏しさとか計画の良否としてこれを捉え,批判することは容易であるが,そのことだけでは,既に投下された資本の有効活用に資するものではなく,将来のプロジェクトの参考資料としても不十分であろう。この種の事例の評価に際しては,社会経済環境の変化のような影響要素が,費用増あるいは需要減,ひいてはプロジェクトのフィージビリティに及ぼした影響の程度を定量的に解明し,将来のプロジェクトに対する教訓や参考資料を抽出し,その有効利用を図ることに意義があると思われるが,現行の会計検査手法はこのような事態に対して有効な評価方法を提供するものではない。

(d) 経済効果の定量的な評価の困難なプロジェクトの場合に,その評価の視点を何処に置くかについても考慮する必要があろう。たとえば,上下水道関連のプロジェクトは人間の生命に直接的関わりをもつ安全な水の供給とか衛生環境に関するものだけにその効果を経済的な尺度で測定することは極めて困難である。同様に教育施設の整備拡張も経済社会の発展に最も必要な事であり,公費によって実施される事業であるが,誰もが受け入れるような評価方法は未だ開発されていない。この種のプロジェクトでは,たとえば事業の成果を計画目標と比較して,資源管理の効率性を評価することも考えられるが,このような手法を用いて事業主体の資源管理の効率性を評価する場合には,事業主体は責任を回避するために保守化し,意図的に計画目標を下げることが生じうる。結果として評価目的としての資源管理の効率化と矛盾した状況を招来することになる。この種の問題に対し,世界銀行とかアジア開発銀行では,事前評価の手法として,多くの選択肢の中から最小費用案を採択する方法が用いられている。これは社会資本の整備が不十分で,現在も必要最小限の需要が未だ満たされていない発展途上国のプロジェクトには十分な説得力をもつものではあっても,経済的な成熟期における先進国に適した方法とは言い難い。新しい評価方法の開発が必要な分野と云えよう。

(e) 評価結果の客観性を高めるには独立した第三者機関による評価も一つの方法ではある。たとえば,これをプロジェクト実施期間中のモニタリング機能に活用する場合,第三者機関が相当長期間にわたって事業実施主体の中に留まって監視を続けることになるが,このような状態は通常業務の能率低下を招き,目的とは全く矛盾した事態の発生が予想され,実用性を欠く。

 (a)〜(e)で述べたような問題点を考慮すると,現行制度の枠内における会計検査をプロジェクトの事後評価に適用する場合,その目的とする所は部分的には充足されるとしても,充足し得ない部分の方が多いことは明らかであり,新たな制度や評価方法の開発の必要性を示唆している。

 Ⅵ アジア開発銀行におけるプロジェクト事後評価のシステム

 世界銀行やアジア開発銀行は国際的な開発援助機関として,国際金融市場より大量の資金を動員して,開発プロジェクトに対する融資を行っている。そこでは資源管理の効率性は最も重要な課題の一つであり,業績評価機構を設けて常時看視し,あるプロジェクトの事後評価によって得られた知見や教訓は次のプロジェクトに対してフィードバックされるシステムを採用している。両行の機構やシステムには若干の差異はあるが,本質的なものではない。我が国のODAを担当する海外経済協力基金の事後評価でもほぼ同様の手法を踏襲している。そこで本章ではアジア開発銀行におけるシステムについて紹介する。

 1 業績評価(業務監理)の機構

 アジア開発銀行においては,業績評価システムは図−1に示したように,機構上,内部監査室によって行われる会計責任の検証とモニタリング,事後評価室によって行われる資源管理の改善といった組織的な分掌に加えて,プロジェクト執行部門のスタッフによる完了プロジェクトの事後評価といった機構になっていることが,効果的な事後評価に結びついているようである。

(a) 内部監査室(Office of Internal Auditor)

   内部監査室は,アジア開発銀行の業務全体の会計責任の検証とモニタリングを担当し,その活動の一部としてプロジェクト執行部門の行動を時に立ち入り検査をしながら継続的に監視し,資源管理の状況を把握し,その適正化に協力する。結果は理事会のメンバーによって構成され監査委員会(Audit Committee)に報告される。会計監査そのものについては,内部監査に加えて外部の独立第三(国際的な会計事務所)に委託し,信頼性の維持を図っている。

(b) 事後評価室(Post Evaluation Office)

   事後評価室は資源管理の改善および効率化を目的とした業務監査を担当している。プロジェクトの完了後,その計画段階から始まって,フィージビリティ調査,プロジェクトの融資審査,融資契約,設計,物資調達契約,役務提供契約,施工管理,執行機関の組織や能力,管理運営の実態,プロジェクト実施の効果等,完了後の管理運営の段階に到るまで,各段階ごとに詳細に点検し,それぞれの段階でプロジェクトを,資源管理の効率性,関係諸団体(政府機関,コンサルタント,コントラクター,アジア開発銀行)のパフォーマンス,投資効果(プロジェクト目標の達成度),プロジェクト実施より得られた教訓,の観点から評価する。この作業手順を要約して図示すると図−2のようである。その結果は,事後評価報告書(Project Performance Audit Report)として理事会監査委員会に提出される。監査委員会は,報告書を審査し,事後評価室およびプロジェクト執行部門のスタッフの出席を求め,審理し(国会の決算委員会に相当),その結果をまとめ,改善勧告として理事会議長(アジア開発銀行総裁が兼務)に提出する。議長はこれをうけてプロジェクト部門のスタッフに対して改善勧告の実行を指示することになる。

図1 アジア開発銀行における業績評価(業務監理)の機構
図2 アジア開発銀行における事後評価作業の手順

 2 プロジェクト完了報告書

    (Project Completion Report)

 事後評価の作業は,プロジェクト執行部門の作業と無関係ではない。プロジェクト執行部門のスタッフは担当しているプロジェクトが完成すると,完了後6〜12ケ月以内にプロジェクト完了報告書をまとめ,総裁の承認を得たのち,理事会に提出することを義務づけられている。表−2はプロジェクト完了報告書の目次例を示したもので,プロジェクトの計画段階から,承認,実施を経て完了に到る経緯の詳細がまとめられている。これは次のような作業に基づいて作成される。すなわち,第一段階としてプロジェクトの完了に先立って,フィージビリティ調査報告書を始めとし,各種のMission報告書,コンサルタントやコントラクターの請負契約書,図面,入札関係書類を含むあらゆるプロジェクト関連資料を査読して,これをとりまとめる。第二段階として,プロジェクトの完了と同時に現地調査に赴いて,構造物や施設の現状を視察し,コンサルタントやコントラクターよりプロジェクト実施課程の経過や遭遇した問題点およびその解決策,今後の課題等について聴取し,更に政府の関連省庁などと協議した上で,完了時点での交通需要予測資料の収集などを行う。第三段階はプロジェクト完了報告書の起草である。起草された原案は関係部局に送られて,その批評や意見を聞き,これを参考にしてプロジェクト完了報告書の最終報告書をまとめる。この最終報告書は担当プロジェクト局局長の承認を得て,理事会に提出される。

表2 プロジェクト完了報告書目次例

 3 事後評価報告書

    (Project Performance Audit Report)

 各プロジェクト執行部門は年度当初にプロジェクト完了報告書の理事会への提出予定表を作成して,関係部門に通知する。事後評価室はこのスケジュールに従って当該年度の事後評価計画を作成し,理事会の承認を得て,事後評価活動に入る。プロジェクト完了報告書が理事会に提出されると直ちに,これに基づいてプロジェクト関係文書をプロジェクト執行部門からだけでなく,会計とか経理部門等からも提出を求め,プロジェクト完了報告書とその内容について照合し,さらに現地に赴いて,プロジェクトの経済効果,政府側におけるプロジェクト執行機関あるいは管理運営部門の組織や能力あるいは財務状況,コンサルタントやコントラクターの能力評価等に関する資料を入手,意見聴取を実施する。続いて事後評価報告書案を起草し,これをアジア開発銀行内の関係部局および相手国政府の関係省庁に配布してそのコメントを求める。これらが得られた後,これを参考にして事後評価報告書を書き改め,総裁の承認を得た後,理事会に提出する。表−3に事後評価報告書の目次例を示す。理事会監査委員会は担当者を喚問して審理し,事後評価報告書に含まれている改善勧告案が妥当なものと結論された場合,理事会議長(総裁兼務)にその旨を報告する。総裁はこれを受けて,プロジェクトスタッフに対する改善命令を出すことになる。

表3 事後評価報告書目次例

 4 アジア開発銀行事後評価システムの特長

 1〜3で述べたアジア開発銀行における事後評価システムは,1967年の創立以来,改良工夫が加えられ,現時点では安定したシステムとしてその効用を果たしている(参5)。その背景には,事後評価室はアジア開発銀行の内部部局ではあるが,その運営には独立性が得られるよう工夫されていること,資源管理責任の検証とかモニタリングの業務は内部監査室の業務として,事後評価の業務とは機構上完全に分離していることが挙げられる。このため事後評価室はプロジェクト全体の経済効果だけでなく,プロジェクトの実施を通して得られる人材の育成や機構の強化など,様々な開発援助効果の評価を重点的に担当し,将来のプロジェクトに反映されるべき教訓(Lesson)を抽出することに努力を傾注できる態勢となっている。これには国際金融機関に共通してみられるものであるが,プロジェクトを一過性の,あるいは年度単位のものとしてみるのではなく,図−3に示したような,サイクルを経て繰り返されるものとする考え方がその根底にあることは注目に値しよう。

 また事後評価報告書案起草の段階で担当のプロジェクト執行部門だけでなく,国別担当局,経済調査室スタッフなど関連部門の意見が求められ,これが事後評価室のスタッフと意見が相違する場合には,相違の原因に遡って論議が尽くされる。特にプロジェクト執行部門スタッフの意見はこれが事後評価室のスタッフの意見と異なる場合には,事後評価報告書の関係箇所に脚注として記録される事になっている。このような手続上の工夫から事後評価室スタッフとプロジェクト執行部門スタッフの双方が率直に意見を表明し,交換する機会が与えられて公平性が保たれている。また,事後評価報告書はプロジェクト完了報告書と同様の手続きに従って,関係部局や相手方政府機関に配布されるので,理事会監査委員会はその審理に当たって,これらの二つの報告書を同時に審査する機会があり,これも公平性や客観性を保つのに有効である。プロジェクト完了報告書の準備に際しては,これが事後評価報告書と共に後日理事会監査委員会の審理に付されることは関係者には周知であり,こうした点もこれらの報告書の客観性を向上させる要因の一つと云えよう。プロジェクトの準備から融資審査の段階を経て実施に到る過程では非常に多くのスタッフが関与する一連のチームワークであり,またプロジェクト完了にはプロジェクト融資決定後,3〜6年要するのが普通である。結果として,プロジェクト事後評価の結果が個々のスタッフの人事考課に反映されることは皆無に近い。以上のような手続きが,会計主体の部局による事後評価ではあってもプロジェクト完了報告書や事後評価報告書の客観性の向上に良好な影響を及ぼしているもののようである。

 アジア開発銀行における事後評価システムの中で,更に注目すべき点はプロジェクトの発掘,フィージビリティ調査から融資審査,実施,竣工,施設の供用に到るまで資源管理がセクター別の部局によってプロジェクト単位で行われ,会計年度による影響を蒙らない点であろう。あるセクター担当部局内の専門職スタッフの勤務年数が5〜10年と比較的永く,特定プロジェクトの誕生から完了まで継続して関与する事例も少なくない。結果として,プロジェクト所在国のセクターやプロジェクトそのものについての知悉度はかなり高く,これがプロジェクトの管理だけでなく,更に,あるプロジェクトの事後評価によって得られた知見や経験を次のプロジェクトの計画や実施に当たって効率的な活用を容易にしていることも事実である。事後評価の対象は単にプロジェクトの実施によって得られる経済効果だけでなく,実施の過程でもたらされる被援助国に対する新しい知識の導入,技術移転,人材育成,組織の育成強化,プロジェクト施設の管理運営の方法など,多岐に亘っている。発展途上国におけるプロジェクトにおいては,上述のような計量し難い効果も大きい点に留意する必要がある。このためプロジェクト完了報告書や事後評価報告書の作成の準備に当たっては,これらの諸点を見落とすことのないように工夫が凝らされている。

図3 国際金融機関のプロジェクトサイクル

 Ⅶ プロジェクト事後評価手法開発の必要性

 IV〜VIで述べたように,我が国では社会資本整備を目的とした公共事業については事後評価が行われている事例は皆無に近く,又,その手法も確立されていないのが現状である。僅かに会計検査において,プロジェクトの事後評価として期待されている業務の一部が行われているに過ぎない。プロジェクトの事後評価は,有限な資源の有効活用を図る上で,事前の評価,期中の管理と共に,極めて重要な意味を持つ。会計検査院が,制度上の制約の枠内ではあっても,検査の基本方針の一つとして,事業の有効性の評価を掲げていることは今後の展開の方向を示すものと云えよう。

 会計検査院のような第三者機関による評価は,評価の客観性を高める上で相応の意味を持つ。しかしながら,会計責任の検証を主たる業務の一つとする現行制度の枠内における会計検査では,国会報告,処罰,人事考課への反映などを前提としており,こうした制度のもとでプロジェクトの効率性や有効性を,その計画時点に遡ってプロジェクトの計画目標とか経済効果の事前評価を基準として事後評価することはプロジェクト執行部局の保守化を招き,目的とする資源管理の効率化とは全く正反対の結果を招来するおそれがない訳ではない。

 国際機関とは云いながら,全職員を合わせても2,000名に満たないアジア開発銀行では,プロジェクトの業績評価についてはプロジェクト執行部門,内部監査室,事後評価室の三者で分担し,相応の効果を挙げている。その背景には事業評価のシステムに永年の経験に基づいた工夫と改良が加えられていることと共に,資源管理が主としてセクター担当部局によって,会計年度に関わりなく,プロジェクト単位で行われている点に留意する必要があろう。このようなシステムおよびプロジェクトの場が発展途上国であることは事後評価によって得られる知見の有効活用を極めて容易に,かつ,有意義なものとしている。

 我が国は現在大量の公共投資による社会資本の整備が内外から要望されており,会計検査の対象となる公共事業の分野は多岐に亘り,件数も極めて多い。会計制度が単年度予算主義によっていることも件数の増加を助長している。独立した機関としての会計検査院による会計検査がプロジェクトの事後評価に関して相応の役割を果たすことは当然であるが,会計主体が自ら評価システムを確立し,これに基づく評価結果を第三者がレビューする方策が技術,費用および組織上の観点からも優れている点は,既に指摘されている所である(参1)。

 これは事業の実施主体が会計主体としての立場から事後評価を行い,プロジェクトの実施による業績の全体像をとらえ,これを評価し,得られた知見を整理して,そのプロジェクトのより有効な活用,あるいは次段階プロジェクト計画立案の参考に供しようとするものである。一方,このような業績評価にはプロジェクト関連資料を自由に利用できることが必要であり,こうした観点からすれば,強制力をもたない第三者機関,たとえばコンサルタント,による方法ではプロジェクト関連資料を公開し,自由閲覧を許容しない限り,余り多くを期待できず,こうした方法は非現実的である。換言すれば,現行の会計制度や公共事業の執行体制のもとではプロジェクトの事業主体の内部部局による以外には,事後評価の可能性はほとんど皆無と云ってよいであろう。

 現存する行政機構の中には工事検査官制度もあり,重大な災害を受けた場合とか技術的問題のあった工事については重点的な調査が従来より行われ,又,主要な工事については詳細な工事誌を編纂して技術的な評価を行い,記録を残すことが伝統的に行われている。その背景には公共事業がセクター別の行政機構を介して行われ,そこには当該行政機構が担当するセクターに関する豊富な知見,経験が蓄積されており,技術水準も高いことが挙げられよう。そこで,これらを拡充して適当な評価のシステムを確立することにより,事後評価制度を定着させることは十分に可能と思われる。こうした観点から,たとえば,ODAに関連して海外経済協力基金とか外務省の経済協力評価委員会などで採用され,定着しつつある評価手法やアジア開発銀行や世界銀行における事後評価手法などを調査し,我が国の公共事業に適した評価手法開発の参考に供するのも一案である。

 また,経済効果測定方法開発の必要性については多くの言を要しない。先にも述べたように,現在,比較的広く用いられている費用便益分析の手法は,その適用性の点でかなりの制約があり,一方,計量モデル分析や産業連関分析は,事後評価の手法としては,十分に確立された実用的な手法とは言い難いのが実状である。現在,我が国は継続する経済的な繁栄に支えられて公共事業費は増大する一方であるが,これも所詮有限の資源であり,賢明に,かつ,有効に用い,社会資本の整備に活用すべきことは論をまたない。このためには長期間に亘って実施されるプロジェクト,大規模開発プロジェクト,広域的な開発効果を内蔵するプロジェクトなどの投資効果に関して,その事前ならびに事後評価の実用的な手法の早期開発が特に重要と思われる。

参考文献

(1) 山本清,"公共事業の評価システムに関する考察",会計検査研究,1989年8月。

(2) 例えば,"経済協力評価報告書(第8回)"外務省経済協力局,経済協力評価委員会,1990年6月。

(3) 例えば,"韓国経済発展と日本の経済協力−OECF借款の経済的寄与に関する総合的評価",海外経済協力基金,1989年。

(4) "会計検査のあらまし",会計検査院,1990年1月。

(5) "Post Evaluation", Asian Development Bank, Annual Report 1989.

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