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第2号

会計検査院によるプログラム評価
−アメリカGAOから何を学ぶか−
金本 良嗣

金本 良嗣
(東京大学経済学部助教授)
(注1)   (会計検査院特別研究官)

 1. はじめに

 アメリカ,カナダ,オーストラリア,イギリスなどの先進諸国の会計検査機関では1960年代以降プログラム評価を活発に行うようになってきており,個別の政府支出が法律や規則に違反していないかを検査する「合規性」検査や,無駄や非効率性が発生していないかを検査する「経済性・効率性」検査などの伝統的な会計検査から,政策分析やプロジェクト評価などを行う「業績評価(Program Evaluation)」に活動の重点を移している。わが国の会計検査院でも,特記事項(特に掲記を要すると認めた事項)として,会計責任を問うことはできないものの事業効果や事業運営の見地から問題があるものについて客観的事実のみを報告することがなされており,これが業績評価に類似した活動であると解釈できる。しかし,特記事項に挙げられている問題も無駄や非効率性に関するものが多く,他の先進諸国のような総合的かつ多角的なプログラム評価は行われていないと言ってよい。この意味で,日本の会計検査活動は「合規性」検査から「経済性・効率性」検査への重点の移行は起こったが,まだプログラム評価への移行は起きていないと言える。

 もちろん,日本の会計検査院の活動は公共部門の腐敗や非効率性の発生を抑えるのに貢献しており,公共部門の効率性の維持のために果たしている会計検査院の役割は大いに評価すべきである。アメリカでのHUD(住宅都市開発省)スキャンダルなどの例は,伝統的な会計検査を怠ると公共部門の腐敗が発生することを物語っており,プログラム評価に完全に移行して,「合規性」や「経済性」の検査を無視することは望ましくない。しかし,会計検査院がこれらの狭い意味の会計検査だけに専念することはいくつかの弊害を生む恐れが大きい。

 第一に,伝統的に公共部門では会計処理や手続きが規則に合っているかどうかだけが重視され,実質的な費用を節約することは二の次にされる傾向があるが,このような傾向が助長される。もちろん,会計検査では「合規性」だけではなく「経済性」も検査されるが,細かい個々のケースについて節約の努力が充分であるかどうかを検査することは困難であり,漏れ落ちる例が多い。

 第二に,「経済性・効率性」の検査についても明らかに無駄が発生していると検証できるものを探し出すことに重点が置かれ,その結果,木を見て森を見ないといったことになりがちである。したがって,あるプログラム全体を最も有効にしかも効率的に遂行するためにはどうすべきかに努力を傾注することをせず,どうすれば会計検査院の指摘を受けずに済むかだけに腐心する傾向が生まれる。

 第三に,公共支出に関する会計検査院の厳しいチェックを逃れるために,本来は公共支出で処理されるべきものが民間や半民間の団体によって処理される傾向が発生する。これが官僚と業界団体との癒着を生んだり,官僚機構が多数の財団,政府系出資法人,第3セクターなどを設立し,これらの組織が非効率性の温床となったりしている。

 これらの弊害を除去するためには,より広い立場に立って政府活動がその目的を充分に達成しているかどうかを検討するプログラム評価が必要になる。会計検査機関によるプログラム評価が果たすべき役割は多岐にわたっているが,特に日本では以下の3点が重要である。

 第一に,現在の政府財政システムにおいては,予算化時点ではかなり厳しいチェックを受けるが,その後の中間チェック及び最終評価は不十分である。各省庁は自分の落ち度を認めなければならなくなる可能性のある評価活動を進んで行うことはないからである。環境の変化にともない費用が便益を上回ったり,プロジェクトの変更が必要になったりしたときに,そのような情報を議会や国民に提供する機関が必要である。

 第二に,わが国では各官庁とその管轄する業界との関係が緊密で,これらの2者といわゆる族議員と呼ばれる業界の利益を代弁する政治家とが政策決定の実権を握っていることが多い。したがって,一般消費者などの利用者サイドの声が反映しにくく,消費者の利益を犠牲にして業界の利益が保護されることが多い。最近のアメリカとの構造協議にも見られるように,外国からの圧力がなければ消費者の利益が無視される政治システムになっている。このような状況がもたらされている一つの理由は,政策決定に必要な情報を業界−官庁−政治家の連合体が独占し,一般国民は政策の妥当性を判断するために必要な情報を持っていないことである。この点からも,会計検査院のような中立的機関が政府の活動をチェックし,情報をオープンにすることが大きな意味を持つ。

 第三に,プログラム評価では狭い意味での効率性よりも国民全体の観点から見た効率性を検討する必要がある。例えば,通常は政府内部だけでの効率性が問題にされがちで,政府の活動が民間に対してかけている負担が適切に評価されていないことが多い。特に,官庁による民間活動の規制については,官庁サイドのコストだけではなく,民間サイドにかけている負担を考慮しなければならない。また,複数の省庁の間に挟まっている問題については,省庁間の縄張り争いが起き,政策決定の合理性が確保されにくい。このような場合には中立的な評価の必要性が特に大きい。

 以下では,アメリカ会計検査院によるプログラム評価の歴史的背景と現状を簡単に紹介し,日本で本格的なプログラム評価を始める場合にアメリカでの経験から何が学べるかを検討する。

 本稿の構成は以下の通りである。2節でアメリカ会計検査院のプログラム評価の歴史的背景を概観し,3節と4節では最近のプログラム評価の例を紹介する。アメリカ会計検査院の報告書には,単に現状を紹介するだけで勧告を行わないものと,改善のための勧告を行うものとがある。3節では前者の例を取り上げ,鉄道の運賃規制の現状とその問題点についての情報提供を行った報告書を簡単に解説する。4節で紹介する報告書では,連邦政府による家賃補助プログラムの評価と改善のための勧告を行っている。最後に5節ではアメリカ会計検査院のプログラム評価活動から何を学ぶことができるかを検討する。

 2. アメリカ会計検査院(GAO)におけるプログラム評価の歴史的背景

 アメリカ会計検査院(United States General Accounting Office,以下ではGAOと略す)では古典的な会計検査の比重は著しく小さくなっており,活動の主体はプログラム評価に移っている。しかし,GAOにおいてもプログラム評価が出発したのは1960年代であり,長い歴史があるわけではない。以下ではまず,どのような経緯をたどってGAOがプログラム評価に行き着いたかを簡単にみてみよう(注2)。

 GAOの創設

 GAOが創設されたのは1921年のBudget and Accounting Actによってである。この法律ではGAOの独立性を維持するための強力な規定を設けており,それらのうちで最も重要なのは会計検査院長(Comptroller General)の身分保証である。上院議会の承認を得た後に大統領が会計検査院長を任命するが(注3),任期は15年という異例の長期にわたっている。このような会計検査院長の身分保証の制度がGAOを外部からの圧力から守るのに有効な役割を果たしている。

 第一期

 設立後にGAOが果たしてきた役割は大きな変遷を遂げてきており,主要な役割に応じて3つの時代に分けることができる。第一期は,設立から第二次世界大戦の終わりまでの時期である。この時期のGAOの仕事は,政府のすべての支出の個別の検査(Voucher Audit)であり,政府の個々の支出が法律や規則に合致しているかどうかをGAOがチェックした後に,支出の許可が与えられ,支払がなされることになっていた。

 この時期のGAOの役割は,公式には政府の支出の合法性(合規性)を検査するだけであり,支出の妥当性や効率性には立ち入らない建て前であった。しかし,Roosevelt大統領時代には,初代の検査院長であったMcCarl院長と大統領との間の摩擦が頻繁に発生した。保守的な傾向を持っていたMcCarl院長が,Roosevelt大統領のニュー・ディール政策は無駄で非効率な政府支出を多く含んでいると考えたからである(注4)。

 第二期

 ニュー・ディール時代の政府支出の増加によってGAOのVoucher Auditの仕事量が増加し,個別の検査を続けることが困難になってきていたが,第二次大戦が始まってVoucher Auditはまったく崩壊するに到った。当時のGAOは14,000人を超すスタッフを抱えていたにもかかわらず,1945年には3,500万個もの支出が処理されずに残っていた。第2代の検査院長であるWarren院長は,このような状態を継続することは不可能であることを認識して,第二次大戦後の1947年に新しい方式を導入した。この方式では,各省庁が支出の検査と会計を行い,GAOは会計原則を決定し財務管理手続きと内部統制の妥当性をチェックするだけになった。

 新しい方式に移行した後のGAOは,公認会計士事務所を模範として形作られていき,公認会計士を含む会計専門家を多く雇うようになっていった。しかし,この時期のGAOの活動も財務報告に限られていた訳ではなく,政府活動の合法性(合規性)の検査にも努力が振り向けられていた。この種の検査は第一期のVoucher Auditとは異なっているが,「重箱の隅をつついて不正行為をほじくりだす」と一部の人々に言われるような意味で同様な性格を持っており,このことがGAOにとって問題を引き起こす種になった。

 1960年代のはじめに,GAOは国防関係の契約検査について厳しい態度をとり,超過支出を再三にわたって指摘し,契約企業が自主的に払い戻しをすることを要求した。このことが軍需産業の怒りを買うことになり,1965年のHolifield Hearingsと呼ばれる事態になった。Holifield議員が委員長を務める下院の委員会でGAOの国防契約の検査が非難を浴び,GAOを批判する報告書が作成されることになった。

 第三期

 1966年にJohnson大統領がElmer Staatsを会計検査院長に任命してから,GAOの第三期が出発した。Staats院長は30年近くも予算局(Bureau of the Budget)で働いたエコノミストであり,予算局からPPBS(Planning, Programming, Budgeting System)の考え方を導入した。議会が連邦政府のプログラムを監督するという目的のためにはPPBSで用いられている分析手法が有効であり,GAOの検査機能の延長としてそれらの分析を行うことが望ましいことをStaats院長は主張した。この考えはGAOの内外で急速に受け入れられていった。

 GAOの新しい方向を打ち立てるのに大きな効果を持ったのは,1967年にProuty上院議員によって提案された法律(Economic Opportunity Act Amendments)で,GAOが連邦貧困政策の有効性を評価することが義務づけられたことである。この仕事はGAOのスタッフが外部のコンサルタントの協力を得て行い,1969年初めの全体報告書(注5)と個別の問題に関する多くの報告書を生み出すことになった。このプロジェクトの成功によって,政治的にセンシティブなプログラムにかかわる複雑な問題を扱っても,注意深く専門家にふさわしい仕事をしさえすればGAOの存在を危うくさせることはないことが証明された。

 その後1970年代に入って,GAOはプログラム評価(program results auditsと呼ばれていた)を頻繁に行うようになり,プログラム評価が通常の活動になっていった。それらの活動の例としては,下水処理施設に対する補助金やニュージャージーにおける負の所得税実験などの有効性の評価,軍人の所得税源泉徴収,国防省の病院ベッド・キャパシティー計画,自動車の安全装備の費用有効性,生活補助を管理している省庁間のデータ交換などがある。

 さらに1973年のオイル・ショックはGAOの政策分析(policy analysis)に本格的に乗り出す契機となった。このことの背景には,ベトナム戦争とウォーターゲイト・スキャンダルの後に議会が大統領府に対して不信を抱くようになってので,緊急の政策課題について議会がGAOの助言を求めることが多くなったことがある。エネルギー分野でのGAOの活動には,エネルギー情報庁(Energy Information Agency)の提供する情報の質の評価や,エネルギー需給の予測や,高速増殖炉計画の評価(特に,クリンチ川増殖炉プロジェクトが焦点になった)などがある。

 このように1967年から十数年の間にGAOは大きな変貌を遂げ,プログラム評価を中心とする機関になっていった。このような短期間にどのようにしてプログラム評価の専門家集団を育成することができたのかが当然の疑問になるであろう。この点について興味深いのは,当初は外部の専門家の採用によってではなく,GAO内部の人間を大学院などに送ることによって人材の育成を図ったことである(注6)。外部の専門家を呼んできただけではGAOの内部にいた人々との間のコミュニケーションができず,GAOの伝統に根ざしたプログラム評価ができないという認識に立って,GAOの伝統をマスターしている人間にプログラム評価の手法を学ばせた。この再訓練を受けた人々がプログラム評価手法とGAOの間のインターフェイスの役割を果たすことになったわけである。これらの内部専門家によってプログラム評価がスムースに運営できるようになって初めて,社会科学,統計学,経済学,オペレーションズ・リサーチなどのプログラム評価に必要な諸手法の専門家を大量に採用するようになった。現在では,プログラム評価がGAOに定着しているので,プログラム評価手法の訓練のために内部の人材を大学院に送ることは行っていないようである。

 3. 鉄道運賃の規制の評価

 1981年に現Bowsher院長が任命されて以降も,Staats院長のもとで打ち立てられたGAOのプログラム評価はますます強化される方向にある。本節と次節では,GAOが最近作成した報告書を紹介することによって,GAOのプログラム評価活動の理解の助けとしたい。

 GAOの報告書では改善のための勧告がなされることが多いが,政策の施行の現状を調査し報告するだけであるケースも例外ではない。勧告を行わない報告の最近の例としては,鉄道運賃の規制の現状についての1987年の報告(注7)がある。

 この報告書は,下院のエネルギー・通商委員会の監督・調査小委員会(Subcommittee on Oversight and Investigations, Committee on Energy and Commerce)のDingell委員長の要請に基づいて行われた調査をまとめたものである。1980年に制定されたStaggers鉄道法による鉄道の規制緩和によってほとんどの運賃規制は廃止された。しかしながら,鉄道事業者が独占力を持っている市場が存在するので,(1)鉄道事業者に対する有効な競争が存在せず,(2)運賃が変動費のある一定割合(報告書が作成された1987年時点では180%)を超えるという二つの条件が満たされている場合には,ICC(Interstate Commerce Commission)による運賃規制を行うものとされている。その場合の運賃規制は,運賃が高すぎる旨の提訴を荷主がICCに対して行った後にケース・バイ・ケースで決められる。

 問題の背景

 Staggers鉄道法では,鉄道事業者が適正利潤を得るように運賃水準を決めるとしているが,運賃水準の決定のための方式を定めていない。したがって,ICCが適正運賃決定のための方式を作成しなければならないことになった。ICCは長期間にわたる検討の後に,「制約市場料金制(Constrained Market Pricing)」と呼ばれるガイドラインを1985年の秋に公表した。このガイドラインは,鉄道が独占力を持つケースの石炭輸送運賃の適正水準の決定方式を定めている。その後,1986年の5月からICCはこのガイドラインが石炭以外のケースに適用可能かどうかの調査を始めた。この調査の結果,「制約市場料金制」のために必要な証拠書類を用意するコストが,運賃を下げることによる便益を上回るケースが存在することがわかり,1987年の3月に「制約市場料金制」を適用できない場合に用いる二つの簡単化された手続きを提案した。

 「制約市場料金制」の重要な構成要素は「独立費用(stand-alone cost)」と呼ばれているものである。これは,効率的な競争者が存在すると仮定したときに,その事業者がつけるであろう価格である。この概念は厳密に定式化することが困難であり,実際のケースに適用する時には,具体的な計算法をどうするかによって運賃水準が大きく異なってしまうという問題点を持っている。石炭産業とそのユーザーである公益企業は「独立費用」を用いることに反対しており,鉄道産業は「独立費用」の一つの特殊な解釈を用いるべきであると主張している。

 調査の目的と手法

 このような背景のもとに,Dingell委員長からの調査の依頼がなされ,GAOはStaggers鉄道法の実際の運用状況を調査することになった。この調査の主たる目的は,実際に荷主が運賃軽減を得ることができているか,もしそうならどのようにしてであるかを調べることである。また,「独立費用」の適用が論争の的になっていたので,これについても調査することになった。

 これらの調査目的を達成するために,鉄道法制,ICCの提訴手続きや実際の決定とそのためのガイドラインを調査し,また市場独占と運賃の適正性に関する経済学の文献調査も行った。これらの背景調査の後にケース・スタディーを行い,実際のケースではICCが市場の独占性と運賃の適正性の二つの基準をどのように適用しているかを調査した。ICCの職員との議論とICCの記録の調査をもとに,ICCがどこかの段階で運賃が適正でないと判断した19の提訴ケースを取り上げた。これらのすべてについてICCの決定とそのために荷主と鉄道事業者が提出した公文書を調査し,ICCがどういう基準を採用し,その基準をどのように使ったかを調べた。しかしながら,GAOは荷主と鉄道事業者の提出した証拠の妥当性についてはチェックしていない。また,これらのケースのすべてに関して,関係した荷主と鉄道事業者のすべてからヒアリングを行い,それぞれのケースについての彼らの意見を求めた。さらに,ICCとアメリカ鉄道事業者協会からも提訴プロセス全般に関する意見を求めた。

 「独立費用」の問題については,「制約市場料金制」が適用された最初のケースを取り上げ,詳細な検討を行った。特に焦点を当てたのは,荷主と鉄道事業者が「独立費用」をどう解釈し,なぜICCが荷主側に有利な決定を下したかについてである。さらに,それ以外の鉄道事業者から提出された「独立費用」に関する書類を調べ,最も最近の一事例(Arkansas Power and Light Company and McCarty Farms)についても調査を行った。

 報告書では,第1章で問題の背景と調査の目的及び方法を述べ,第2章でICCの適正運賃決定の方式がどのように形成されてきたかを歴史を追って解説している。次に,第3章では提訴例のケース・スタディーと関係者の意見聴取の結果をとりまとめており,第4章では「独立費用」の意味と実際の適用の仕方を検討している。最後に,第5章で調査結果を要約している。以下では,報告書の主要部分である第2章から第4章までの部分を簡単に要約する。

 市場独占性と運賃適正性の基準の変遷

 第2章では市場独占性と運賃適正性の双方についてICCの用いる基準が歴史的にどう変化していったかをStaggers鉄道法以前にさかのぼって解説している。また,この章ではこれらの基準の経済学的な意味を要領よく解説しており,経済学の研究書の一章であってもおかしくない内容を持っている。以下では,調査時点での規制方式の説明だけを簡単に紹介する。

 ICCは1985年の9月に「制約市場料金制(Constrained Market Pricing)」に則った最終的な運賃ガイドラインを採用した。このガイドラインは以下の4つから構成されている。

 (1) 収入充分性(revenue adequacy)

 鉄道事業の採算性を維持するに必要な程度以上に高い運賃は設定しない。

 (2) 経営効率性(management efficiency)

 運賃設定の際の採算性は鉄道事業が効率的に経営されたときの採算性を意味する。

 (3) 独立費用(stand-alone cost)

 効率的な競争者が存在するとしたときに,その競争者がつける運賃以上の運賃は設定しない。独立費用の計算の際には,自分が便益を受けない設備やサービスの費用は負担しないようにする。複数の利用者が使う施設やサービスの費用の配分は需要の弾力性に応じて決定する。

 (4) 段階的運賃引き上げ(phasing of rate increases)

 急激な運賃の引き上げは避ける。

 「制約市場料金制」の経済学的枠組み

 「制約市場料金制」はラムゼイ料金(Ramsey Princing)とコンテスタブル市場(Market Contestability)という二つの経済学的概念に基礎を置いている。ラムゼイ料金は経済的に効率的な差別価格制であり,各荷主の需要の価格弾力性に依存して運賃を設定する。つまり,もしわずかな価格の上昇がある荷主の需要を大きく減少させるときには,その荷主の配分不能費用(unattributable costs)(注8)の負担は小さくする。逆に,鉄道サービスに大きく依存しており,価格の上昇がわずかしか需要の減少を招かないときには,配分不能費用の負担を大きくする。このようなラムゼイ料金制は収入充分制の制約のもとで最も効率的な料金体系をもたらす。

 しかし,ラムゼイ料金を計算するためには需要の弾力性を正確に推定しなければならないので,実際のケースについてラムゼイ料金を計算することは困難である。したがって,ICCはより適用が容易な方法として「制約市場料金制」を提案した。このガイドラインは二つのアプローチを提示している。その第一は,収入充分性と経営効率性の原則を用いて必要な収入を計算し,それを需要の弾力性に応じて各積み荷に配分するものである。このアプローチでは鉄道事業者の配分不能費用の全体を各積み荷に配分することになるので,荷主は自分の利用しないサービスや施設のコストまで配分される可能性がある。これに対して,第二のアプローチである「独立費用制」では自分と関係の無いサービスの費用を排除して計算する。

 この「独立費用テスト」はコンテスタブル市場の概念に基礎を置いている。コンテスタブルな市場では企業の市場への参入と退出に費用がまったくかからない。このような場合には,たとえ実際に供給している企業が一社だけであっても,もし高い価格を設定すれば競争企業が参入するので,価格を釣り上げることはできず,価格設定が効率的になる。「独立費用テスト」では,このようなコンテスタブル市場を近似するために,参入と退出のための費用がゼロであるとして費用を計算する。つまり,「独立費用」では,新たに参入する競争者を仮想し,そのような競争者に顧客を奪われないですむ最高の価格を推定する。さらに,この仮想参入者は荷主が必要とする設備だけを用いると仮定するので,荷主は関係のない鉄道設備のコストを負担することはない。

 簡単化された運賃基準の提案

 「制約市場料金制」では小荷主にとっての提訴の負担が余りに大きくなるという批判があった。したがって,ICCは1987年に,「制約市場料金制」による提訴の費用がそれによる便益に比較して余りに大きい場合に適用する二つの単純化された基準を提示し,これらについての意見を求めた。

 単純化された基準の第一は,アメリカ鉄道業協会の提案を修正したものであり,現時点での標準的な再調達価格を独立費用の代わりに用いるものである。第二の方法は交通省(Department of Transportation)の提案の修正であり,収入と変動費の比率を用いるものである。同じ品目の積み荷で同様な交通特性を持つ他のケースを調べ,それらの収入・変動費比率の平均を上限とする。これらの二つの基準は予備的判断を下す際に既に実際に用いられている。しかし,これらの基準を使ってよい場合の条件をどうすべきか,またこれらの基準による運賃水準が大きく異なったときにどの基準を採用すべきかなどの問題は未解決であり,ICCはこれらの問題についても関係者の意見を求めている。

 決定プロセスの長期化

 1978年から1985年までICCは適正運賃の基準を開発していたが,同時に実際のケースについて審決を下していた。ICCが中間的なガイドラインを改訂する度に,現在進行中のケースについて新しい証拠の提示を認めたり,既に提出されている証拠の再検討を行ったことが,審決プロセスの長期化を招いた。

 ICCは適正運賃の基準を決定する権限をもっており,輸送のニーズとパターンの変化に応じて,過去の解釈および決定を変更することが許されている。この点について裁判所が決定しているルールは,ICCの審決が下されたときに存在している基準を当てはめなければならないことであり,ケースが提訴された時点の基準を用いることにはなっていない。

 ただし,行政手続法(Administrative Procedure Act)では妥当な期間内に(within a reasonable time)審決を下さなければならないと定められており,ICCはこの規定を守らなければならない。なにが妥当な期間であるかは裁判所がケース・バイ・ケースで定めることになっている。この点についての判決を下した例が実際に存在し,8年前にICCに提訴したケースの審決を下すようにPotomac Electric Power Companyが裁判所に訴えたときには裁判所は60日以内にICCが最終的な審決を下すことを命じた。

 審決プロセスが長期化したのは,ICCが基準を開発する途上にあり基準の変更がたびたび起こったことだけが原因ではなく,行政手続法によって両サイドにdue processの権利が与えられていることによるところも大きい。この権利によれば,各サイドに彼らの証拠と意見を提示する充分な機会が与えられなければならない。まず荷主の提訴によって手続きが開始され,荷主側が,なぜ鉄道が独占力を持っており運賃が適正水準を超えているかを事実に即して説明した書類を提出する。つぎに,鉄道側がこれに対する反論を提出し,さらに荷主が鉄道の反論に対する反論を提出する。これらの証拠を検討して,ICCは最初の決定を下す。そうすると,負けた側はICCがそのケースを再検討するように請願し,勝った側はなぜ再検討すべきでないかの理由書を提出する。次に,負けた側は勝った側の理由書の反論を提出する。負けた側の請願を受け付けると,ICCのreview panelが再検討を行う。このreview panelで負けた側は,ICCのfull commissionに控訴する。これらの再検討のプロセスの間中,理由書とその反論の提出が行われる。full commissionで負けた側はさらに裁判所に提訴することになる。

 関係者の意見

 報告書の第3章では,調査した19のケースの経過の概略を要約し,各ケースについて関係者の意見聴取を行った結果をまとめている。これによれば,市場独占性に関する大きな意見の不一致は少なくとも取り上げたケースについては見られなかった。運賃適正性については,実際に最終的な決定が下された例はなかったが,5つの例では荷主と鉄道の直接交渉によって契約運賃が成立し,提訴が取り下げられた。ICCと鉄道側はこのような契約運賃による解決を高く評価し,ICCの審決プロセスと運賃基準が当時者間の交渉での両サイドの相対的な交渉力に影響を与えている点を強調している。しかし,荷主側では契約運賃が彼らにとっての救済のひとつであったと考えるものは5者のうち1者だけであった。

 審決プロセスに関する意見では,荷主側に批判が多く,11の荷主が独立費用の使用に反対した。彼らの提示した理由も報告書に紹介されているがここでは省略する。鉄道側には批判は少なく,8つの鉄道会社のすべてが大体において満足していると述べている。

 「独立費用」の解釈と適用

 第4章では,「独立費用」の解釈の詳細とその適用例の紹介がなされている。独立費用の計算では,費用を分担する他の荷主をどう選択するかというグルーピングが決定的に重要であるので,この章の説明はグルーピングの問題に焦点が当てられている。たとえばOmaha Public Power Districtのケースでは,鉄道側の計算した適正運賃は1トンあたり34.13ドルから38.87ドルであったのに対して,荷主側の計算の最低例では8.98ドルであった。このような大きな差がグルーピングの仕方によって発生する(注9)。

 考察

 以上で簡単に紹介したように,鉄道運賃規制に関する報告書ではICCによる規制をその経済学的意味にさかのぼって説明している。しかし,この報告書はどの規制が望ましいかを決定しようとするものではなく,ICCが提供している説明とそれに対する関係者の批判を紹介するという情報提供機能に限定されている。また,実際例を詳細に検討することによって,適正運賃の基準が実際のケースにどのように適用されているかを調べている点がこの報告書の長所であり,政府資料に対するアクセスの権限を持っているGAOの特色を生かしていると言える。この報告書では何の勧告も批判も行っていないが,報告内容の正確さに関しては通常の検査の場合と同様に厳密なチェックを行っている。

 このように何の勧告も行わない場合でも,GAOの特色を生かした調査を行えば今後の政策決定のための有益な情報になる。

このような調査が有益であるための条件は,

(1) 政策決定者である議会及び国民にとって重要な課題を選択すること

(2) 会計検査機関が持つ政府資料の収集権限を活かして具体例に即した検査を行うこと

(3) 調査報告の内容の正確さと中立性を堅持すること

の3つであろう。

 4. 家賃補助政策の評価

 次に,GAOが改善勧告を行っている報告書の例として,上院の歳出委員会(Senate Committee on Appropriations)の住宅都市開発省・独立庁小委員会(Subcommittee on HUD-Independent Agencies)の委員長であるProximire上院議員の要請によって行われた調査の報告書(注10)を取り上げる。アメリカでの低所得者用の住宅補助政策には,1974年から行われているCertificate Programと1983年から始められたHousing Voucher Programの二つがある。これら二つのプログラムのコストを比較し,既存のCertificate programをHousing Voucher Programに移行させるコストを評価することがProximire委員長からの要請であった。さらに,委員長は住宅都市開発省が用いている公正市場家賃(FMR, fair market rents)の妥当性とそれが借家人の負担に及ぼしている効果を評価することも要請した。

 Certificate ProgramとVoucher Programはよく似ており,両方とも低所得者層が良好な民間賃貸住宅に住むことができるように家賃補助を提供しようとするものである。Voucher Programの特長は,補助世帯に自分達にとって最も適した住宅を選択するインセンティブを与えることである。これは補助金額の算定方式がVoucher ProgramとCertificate Programで異なっていることによる。

 Certificate Programでは,補助金額は世帯の「実際の」家賃支払額とその世帯の所得の30%の間の差を基礎に計算される。ただし,この計算での家賃額は地域ごとの決められている「公正市場家賃(FMR)」を超えることはできないとされている。これに対して,Voucher ProgramではFMRと所得の30%の差を基礎に補助金が計算される。したがって,FMRを超える家賃の住宅を選び追加分の家賃を自分で支払うこともできるが,家賃がFMRを下回った場合にも補助金はFMRを用いて計算され補助額は減少しない。

 目的と手法

 この調査の目的は,

(1) Housing Voucher ProgramのコストをCertificate Programのコストと比較すること

(2) 既存のCertificate ProgramをVoucher Programに変更することのコストを検討すること

(3) HUDが決定しているFMRの妥当性を評価し,それが借家人の負担に与えている影響を検討すること

の3つである。

 これらの目的を達成するために,これらのプログラムの規則といくつかのデータを分析した。データの出所は,HUDでは本省とNew York,Fort Worthの地域局とHoustonの現地事務所であり,その他にもNew York市地域の4つの公共住宅局(Public Housing Agency)とHouston地域の4つの公共住宅局,New Yorkの不動産業者の数社,及びHoustonのアパート調査会社からのデータを利用した。

 Housing Voucher ProgramとCertificate Programの財政費用の比較のために財政モデルを作成した。比較のベースラインとしては,HUDのHousing Voucher Demonstrationの1年目の結果から得られた家賃,補助金コスト,借家人の支払額のデータを用いた。

 Certificate ProgramからVoucher Programへの移行のコストの計算については,Certificate Programの借家人のデータをNew YorkとHoustonの公共住宅局を訪問して手に入れ,その他の13の大きな公共住宅局からは電話サーベイによってデータを集めた。公共住宅局が提供した情報は,平均家賃,借家人の支払額の平均,家主への平均補助金支払額,及び公正市場家賃をベッドルームの数毎に集計したものである。これらのデータは,全体で87,000世帯をカバーしている。

 家賃負担とFMRの分析のためには非常に特性の異なる2つの地域(New York CityとHouston)を選択した。New York Cityを選んだ理由は,Housing Voucherの利用者数が最も多いことと空き家率が2%という非常にタイトな賃貸市場であることである。Houstonを選んだ理由は,New York Cityと同様にVoucherの利用者が多いことと,空き家率が18%に達するというNew Yorkとは逆の借り手市場である点である。

 低所得者用賃貸住宅の量と質を調べるために,公共住宅局が補助金申請者に対して提供した情報とデータ・ソースを用いて限定的な市場調査を行った。Houstonでは公共住宅局のリストにある40のアパート・コンプレックスにコンタクトをとり,13のアパート・プロジェクトを訪問した。New Yorkでは公共住宅局が賃貸住宅のリストを提供していないので,新聞や住宅情報誌を調査した。また,不動産業者と8人の家主にコンタクトをとり,1つのアパートを訪問調査した。

 調査結果

 GAOによる分析結果によると,Voucher Programの方がCertificate Programより財政コストが高い。HUDが提供したVoucher Programの1年目の結果からのデータを用いた計算では,平均してVoucherはCertificateよりも7%余計に費用がかかる。HUDの1989年度予算要求にこれをあてはめると,Voucher ProgramはCertificate Programより約9,500世帯(6%)少ない世帯にしか家賃補助を与えることができないことになる。また,Certificate Programと同じ数の世帯を補助しようとすると2憶8百万ドル余計に費用がかかる。

 Voucher Programの方がコストが高いのは,FMRより低い家賃の住宅を借りる世帯に対する補助額がCertificate Programより大きくなるからである。ただし,もしFMRより高い家賃の住宅を借りると差額分が補助世帯の負担になる。

 HUDは議会に対してVoucher Programの方がコストが低いと言ったが,これは両プログラムのコストを計算するのに別々の方法を用いたからであって,ミスリーディングである。予算でこれらのプロジェクトのコストを提示した際に,コスト計算のアプローチが異なることをHUDが明らかにしなかったことが,議会の委員会がこれらのプロジェクトの評価を行い適切な予算額を決定することを困難にした。

 将来12年間にわたって,Certificate Programの780,000件が満期になり終了する。HUDはこれらをVoucher Programに移行させることを計画している。GAOが得ることのできた87,000のCertificate Program世帯のデータによると,これらの世帯の家賃は平均してFMRを15%下回っている。家賃がFMRを下回る場合には,Voucher Programの方がCertificate Programよりも補助額が大きいので,GAOのサンプルの87,000世帯をVoucher Programに移行させると初年度には8,300万ドル余計に費用がかかる。もしGAOのサンプルでのコストの差が全体でのそれと一致していると仮定すると,将来12年間にわたってのVoucherへの移行の費用の単純合計は96憶ドルであり,その割引現在価値は43憶ドルである。

 HUDのFMRは必ずしも実際の市場家賃を正確に反映していない。HUDは利用可能なものの中で最良の全国データを用いているが,これらのデータは最新の動向を表していないこともあるし,地域の特性を充分に反映していないこともある。結果として,FMRは高すぎたり低すぎたりしている。GAOの調査では,賃貸住宅の過剰供給が見られるHouston地域ではFMRが高すぎ,これに対してNew Yorkの家賃の高い郡(county)ではFMRが低すぎる傾向を持っている。

 GAOの勧告

 この報告書では,GAOは住宅都市開発省(Department of Housing and Urban Development)の長官に対して以下の2点の勧告を行っている。

(1) FMRが高すぎたり低すぎたりする地域を特定し,必要な調整をする。

(2) CertificateとVoucherの間の予算過程の整合性を確保する。

 議会の考慮事項

 今後の政策について議会が考慮すべき問題として以下の事項を挙げている。

 GAOは家賃補助政策を統合して単一の補助プログラムにすることが望ましいと考えている。単一のプログラムの方が受益者に対して与える便益をよりコンシステントにし,住宅補助のための統合的なアプローチを提供することになるからである。もし議会が単一のプログラムに統合することを決定したときには,VoucherとCertificateのそれぞれの持つ諸特性のメリットとデメリットを評価し,良質で安全で安価な住宅を提供するというプログラムの目的を達成するために最も適した特性を選ばなければならない。その時の鍵になる問題は,Certificate Programのように実際の家賃支払額をベースに補助金を決定すべきか,Voucher ProgramのようにFMRによるべきかという点である。また,(1) もし補助金がFMRをベースにしている場合には,自分にとって最適の住宅を選択するshopping incentiveを借家人(特に,Certificate Programから移行する借家人)に与えるべきかという点と,(2) もし補助金が実際の家賃をベースにする場合には,FMRより高い家賃を許すべきかの2点を考慮しなければならない。

 もう一つの鍵になる特性は,Certificate Programのようにプログラム予算の基礎を固定した世帯数に置くべきか,あるいはVoucher Programのように固定した予算額に基礎を置くべきかの点である。

 HUDのコメント

 この報告書に対して寄せられたHUDのコメントも報告書内に収録されている。HUDは現状の2つのプログラムが統合されなければならないという点については同意したが,GAOの費用比較に疑問を呈し,誤った結論が導かれる可能性があることを指摘した。

 HUDは報告書がVoucher Demonstration Programの1年目のデータしか使っておらず,2年目以降の結果によるとVoucherの方がCertificateよりコストが低いと主張した。この点に関して,GAOは結論を変更する必要を認めていない。報告書はVoucher Demonstration Program以外のデータも参照しており,また,二つのプログラムの最も重要な相違点である"shopping incentive"が補助世帯とプログラム・コストに対してどういう効果を持つかも報告書で検討している。

 GAOはVoucherとCertificateのどちらが良いかについての結論を下しておらず,議会がこれらのプログラムの重要な諸特性の長所と短所を検討して最適なものを選択すべきであることを強調している。2つのプログラムの間の予算プロセスの整合性を確保すべきであるという勧告とFMRの設定プロセスを改善すべきであるという勧告の2つについては,HUDはコメントしていない。

 考察

 この報告書ではVoucher ProgramとCertificate Programの比較を行っているが,その目的は非常に限定されたものであって,これらの2つのプログラムの費用と便益を計算し,どちらが良いかを評価するものではない点に注意が必要である。このような費用便益分析は複雑であり多数のマンパワーを必要とし,しかも客観的な評価を行うことは容易でない。費用便益分析という難しいテーマに挑むことをせず,目的を限定してこれらのプログラムの財政費用の比較だけに焦点を絞ったのがGAOの一つの見識であろう。

 それに関連して,GAOの行っている勧告も二つのプログラムの予算プロセスの整合性とFMRの算定の改善という反論の余地のほとんど無い事項に留まっている。費用便益分析に関する事項は,議会の考慮事項として将来の意思決定の際に考慮すべき点を指摘しているに過ぎない。

 また,この報告書の担当者達とのインタビューによれば,最初の草稿ではVoucherの方がCertificateよりも財政コストが高いことを指摘しただけであったのが,GAO内部でのreviewの過程でエコノミストからの批判を受けて財政コストの増加分は補助金の受領者の便益になっている点が書き加えられた。真実を伝えていてもバランスのとれた書き方をしなければ歪んだ報告になることがGAOでは認識されていて,内部のreviewでその点のバランスも考慮しているのが興味深い。

 5. むすび:GAOから何を学ぶか

 以上ではGAOにおけるプログラム評価の歴史と最近の活動の例を簡単に紹介したが,これらと現地調査の結果を基礎にして,わが国でプログラム評価を始めるとした場合にGAOの活動から何が学べるかを考えてみたい。

 費用便益分析の困難さ

 わが国では,プログラム評価は費用便益分析やプロジェクト評価を行うものであると解釈されがちで,公共プロジェクトの便益と費用を計算し,便益が費用を下回っている場合には担当官庁の責任を追及するといったことが想定されやすい。ところが,GAOのプログラム評価で費用便益分析を行っているものはほとんど無い。4節で紹介した住宅補助の評価の例からもわかるように,費用便益分析の前段階の費用の計算と比較に留まっていることが多く,費用便益分析を行っているのは国防関係を除いてはほとんど存在しない。これは,会計検査に要求される正確性と中立性の厳格な基準を満たすことが費用便益分析では困難であることによるところが大きい。例えば,便益の推定については誤差が大きく,推定値の信頼性の確保に問題が生じる場合が多い。

 また,政策目的の達成度を検査しようとする有効性検査についても,わが国では達成度の指標をどうやって客観的に作り出すことができるかという議論がなされることが多いが,GAOではこのような指標もほとんど用いられていない。GAOの基本的なアプローチは費用便益比や目的達成度などの指標を提示するのではなく,調査結果から客観的・論理的に導かれる結論や分析を報告し,政策決定者にとって有益な情報を提供することである。

 わが国の会計検査報告では,不当な支出が何円であったとか非効率性によって何円の無駄が発生していたとかを厳密に計算しているが,このような数字を提供することはプログラム評価の場合には困難なことが多い。したがって,あるプロジェクトのパフォーマンスが良いか悪いかの評価を行い,担当者の責任を追及しようとすることは,かえってプログラム評価の有効性を損なうことになる。このような評価が不可能で,部分的な評価や改善のためのいくつかの(場合によってはマイナーな)勧告しかできない場合でも,会計検査院によるプログラム評価が有益な役割を果たすことができることをGAOの活動が実証している。

 また,あるプログラムに問題があることを指摘している場合でも,その原因が何であるかを明らかにする因果関係の分析がなされている例はほとんど無い。これは,プログラム評価では因果関係を明らかにできるだけのデータが存在しないことが多いことによっており,もし可能ならばそのような分析を行うことをGAOは否定していない。しかし,GAOの基本的なアプローチとして,プログラム評価の目的は担当者の責任追及ではなく,問題を発生させる原因を究明することによってシステムの改善を図ることである点が重要である。

 このようなアプローチをとっている理由は以下の2つであろう。第一に,プログラム評価を行うためには,データ提供などに関して評価対象になる政府機関の協力が必要であり,責任追及を主目的にすると秘密主義がはびこり,かえって弊害を生む可能性がある。第二に,プログラムの問題点は担当者個人や担当部局に責任があるのではなく,システム全体に歪みがあることが多い。責任追及に主眼を置くと,このようなシステム全体に関わる問題点を探す努力が不十分になる。

 会計検査院の長所を生かすプログラム評価

 GAOのプログラム評価の第二の特徴は,会計検査院の長所を生かすプログラム評価を行っている点である。会計検査院は政府資料の収集権限を持っており,またデータの正確さや信頼性のチェックについては伝統的に豊富な経験を持っている。ところが,政策課題に関する分析力については,それぞれの分野についての専門家を抱えているわけではないので,担当省庁より優れているケースは少ない。したがって,GAOのプログラム評価は具体的な特定の事項に関する詳細なデータを用いて比較的簡単な分析を行っているものがほとんどである。また,GAOによる改善勧告もこのような簡単な分析から論理的に導くことができるものだけに留まっており,この意味であまり野心的なものではない。GAOのChief EconomistであるSidney Winter博士の言によると,大学での経済学の研究はごくわずかのしかも信頼性に問題のあるデータを用いて極めて高度の分析を行っているが,GAOでは大量で信頼性の高いデータを用いて非常に単純な分析を行っているのが現状である。

 評価課題の選択

 プログラム評価の課題の選択については,GAOでは議会からの依頼が大きな割合を占めるようになってきており,全体の85%程度になっている。これは日本と違ってGAOが議会に属する機関であることによるところが大きいが,評価結果が実際の政策に対して有用な役割を果たすことを目指している側面も無視できない。会計検査院が独自にプログラム評価のテーマを選択した場合には,強制力を持たない会計検査機関による評価や勧告は全く無視されてしまう可能性がある。議会が重要であると考えるテーマを扱うことによって,実際の政策に生かされることを保証しようとするのがGAOのアプローチである(注11)。

 この点に関連して,プログラム評価の実際の仕事の開始は,院長を含むGAOの最高幹部が出席するJob Starts Committeeで審議され承認を受けなければならない。このことからも,どういう課題を選択するかが非常に重要な問題であると考えられていることがわかるであろう。また,最近では議会からの依頼は原則として委員会の委員長からの依頼に限っており,個々の議員からの依頼は受け付けていない。これは議会からの依頼が多く,何らかの形で優先順位を付けなければならないことにもよっているが,個々の議員から自分の選挙区に関連する細かい問題についての調査の依頼が来ることを防止する役割もはたしている。

 議会からの依頼を受けてプログラム評価を行うといっても,GAOは議会からの依頼分書が来るのを座って待っているわけではない。公式には議会からの依頼の手紙を待ってプログラム評価が行われるが,事前にGAOと議会(あるいは,議員)のスタッフとの間で非公式な交渉が行われる。この交渉では,議会のニーズとGAOの調査能力とのすり合わせが行われ,GAOの調査能力を生かすことができ,しかも議会にとって有益である調査プロジェクトが選択される。

 わが国でプログラム評価を行う際にもどのような課題を選択するかが重要な問題になる。アメリカと異なり日本の会計検査院は議会からも独立であるので,議会からの依頼を受けるというアメリカの方式はなじまない恐れがあるが,何らかの形で議会の問題意識を反映することが望ましい。また,会計検査院独自で課題の選択を行う場合も,問題点のサーベイを広く行い,検査院の特色を生かしたプログラム評価が可能な分野を特定することが必要である。その際特に必要性が高いと思われる分野としては,2つ以上の省庁にまたがっており情報の中立的な評価が必要な分野や,これまで情報公開が進んでいない規制政策に関わる分野などが挙げられる。

 評価結果の公開

 GAOのプログラム評価結果は国防関係のものを除きすべて一般に公開される。議会の委員長から依頼を受けた調査結果が依頼者の政治的目的にそぐわない場合も存在するが,そのような場合にも調査結果は公開される。ただし,依頼者が自分の名前を出さないように頼んだ場合には,依頼者の名前を出さないことがある。また,プログラム評価の途中に依頼者との協議や依頼者への情報提供を行うことがあるが,途中で依頼者の意向に合致した結果が出ないことがわかった場合でも調査の中断は行わないことになっている。このような政策は,GAOの政治的中立性を守り,調査結果のクレディビリティーを高めるのに役立っていると思われる。

 わが国の政府機関では調査結果を公開するかどうかも政治的判断であることが多く,自省に有利な結果しか公開されないことが多いが,中立機関である会計検査院がこのような態度をとることは自殺行為に等しい。公開の原則を堅持し,政治的圧力によって調査が中断されたり,公開が中止されたりすることを防ぐなんらかの制度的仕組みを持っていなければ,調査結果の正確さと中立性に対する国民の信頼が失われることになる。

 報告書の内部チェック

 報告書の内容の正確さを確保するために,GAOはきびしい内部チェックのシステムを持っている。この内部チェックは何層にもわたって行われるが,最も重要なのはGAOでreferencingと呼ばれている手続きである。すべての報告書は他の調査官(evaluator)の検査を受けるが,この検査は報告書の一行一行についてデータの裏付けと論理性をチェックするものである。また,この検査では調査に使ったすべての内部資料や作業メモが検査者に渡され,それらを用いて検査が行われる。このreferencing以外にも,管理職によるチェックや経済的問題に関しては内部のエコノミストによるチェックが行われ,通常は,10〜12ヶ月の調査に1〜3ヶ月を費やして内部検査が行われる。

 わが国の会計検査院でも検査報告は厳格な内部検査を受けているが,プログラム評価は複雑で微妙な問題を扱うことが多いので,報告書の正確さと中立性を確保するための内部検査が特に重要である。また,プログラム評価の複雑さと専門的内容からみて,現行のシステムをそのまま適用するのは望ましくない可能性があり,プログラム評価のための内部チェックのシステムを注意深く作り上げなければならない。

 わかりやすい報告書

 GAOではプログラム評価の報告書を明快でわかりやすいものにするように多大の努力を払っている。合規性や経済性などはもともと単純で明快な事項であるので,報告書の書き方については正確性を重視するだけでも大きな問題は発生しないが,プログラム評価は専門的で複雑な問題を扱うことが多く,報告書を平易なものにする努力が欠かせない。GAOではwritingの専門家を何人も雇っていて,報告書は必ずこれらの専門家のチェックを経なければならないことになっている。また,議会での証言などの口頭による説明についても,分かりやすい説明ができるように専門家による訓練を行っている。

 わが国の官庁文書は利害関係を持つ様々な部局の妥協の産物として,問題点を明確にせず,逆に曖昧にする傾向がある。このような傾向は明確に白黒をつけることを嫌う日本の文化と論理的な説明に不向きな日本語の特質に根ざしているが,プログラム評価の報告書は曖昧さを極力避けるようにしないと有効性を失ってしまうことに注意すべきである。担当官庁でもなく強制力も持たない機関が出す報告書はその内容だけが意味を持ち,曖昧な内容のものは無視されるだけだからである。また,難解な報告書は理解できる人が少なく,したがって政策変更の圧力とならないので,平易で分かりやすく書くことも同様に重要である。

注:

1)本稿は本年1月末から2月初めにかけて行ったアメリカGAOの実態調査とその際に収集した資料を基礎にしている。実体調査に同行してお世話頂いた桜田桂調査官(会計検査院審議室研究班)と鈴木繁治ニューヨーク領事(当時),及び詳細にわたる説明をして頂いたGAO職員の方々に感謝したい。

2)アメリカ会計検査院の歴史については,The Evolution of the General Accounting Office: From Voucher Audits to Program Evaluationsby Harry S. Havens, GAO/OP-2-HP, January 1990)が簡潔で要領を得た解説を提供しており,そこでの解説が本節の基礎になっている。

3)1980年の会計検査院法による新しい手続きでは,大統領は議会の用意した候補者リストからComptroller Generalを選ぶことが通常である。

4)この時期のエピソードとしては,GAOが内務省に対して購入したカメラをどう利用するのかという疑問を呈したときに,当時のIckes長官が「写真を撮るためだ。馬鹿者めが。(To take pictures, you damned fool.)」というなぐり書きのメモを検査官に送ったという事例がある。

5)Review of Economic Opportunity Programs (B-130515, March 18, 1969)

6)この点は,GAOのWilliam Johnston博士(Assistant Director, Resources, Community, and Economic Development Division)によって教示された。

7)Railroad Regulation: Shipper Experiences and Current Issues in ICC Regulation of Rail Rates (GAO/RCED-87-119, Sept. 1987).

8)配分不能費用とは,複数の利用者が共通して利用する施設やサービスのコストであって,各利用者にどのように配分すべきかが明らかでないものである。

9)ICCの基準ではこれらの内の最低のものを採用することになっており,8.98ドルが採用された。

10)Rental Housing: Housing Vouchers Cost More Than Certificates but Offer Added Benefits(GAO/RCED-89-20, Feb. 1989).

11)もちろん,GAOのプログラム評価は議会からの依頼だけに限られるわけではなく,GAOが重要であると考えるテーマについての自主的な調査・研究も行っている。その例としては,Gramm-Rudman-Hollings法に関連して予算制度の改善に関する調査や勧告を行っているものが存在する。これらについては,Managing the Cost of Government: Building an Effective Financial Management Structure (GAO/AFMD-85-35 and 35A, Feb. 1985)とManaging the Cost of Government: Proposals for Reforming Federal Budgeting Practices(GAO/AFMD-90-1, Oct. 1989)を参照。

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