第17号

超低金利政策が国の財政に及ぼしている影響について
東 信男

東 信男
(会計検査院決算監理官)

 1956年生まれ。80年会計検査院へ。防衛検査第3課,大蔵検査課などを経て,現職。この間84〜86年米国ロチェスター大学経営大学院留学,90〜93年在ニューヨーク総領事館出向。

Ⅰ.はじめに

 日本銀行は平成2年8月に6%と定めた公定歩合をその後9回にわたって引き下げるなど金融緩和措置を取ってきたが,7年9月に史上最低の0.5%に引き下げて以来, 現在まで据え置き超低金利政策を取り続けている。この結果,金融市場においては長期プライムレートや長期金利の代表的な指標である10年利付国債の流通利回りが過去最低の水準を更新するなど超低金利の状態が続いている(表1参照)。

 このような超低金利政策は国の財政に様々な影響を与えているが,国は資金の調達と運用を金融市場だけではなく,金融市場の実勢レートと連動した制度の下でも行っているため,超低金利政策は国の資金調達コストと資金運用収益に直接的な影響を及ぼしている。そこで,超低金利政策が国の財政に及ぼしている影響の一つの側面を検討するために,(1)国を一般会計と特別会計の連結主体と定義した上で,超低金利政策が国全体の資金調達コストと資金運用収益に与えているマクロ的な影響を連結決算ベースで定量的に分析するとともに,(2)超低金利政策が国の個別の事業,財政運営に与えているミクロ的な影響についても分析を加えることとしたい。

Ⅱ.マクロ的影響

1.国の資金調達の仕組み

 国がその経済活動を賄うために必要とする資金のうち,金融市場で調達したり,金融市場の実勢レートと連動した制度の下で調達しているのは国債,政府短期証券及び借入金である。いずれも利子を付して返済しなければならない負債であり,その調達の仕組みは次のようになっている。

表1 金利水準

(1) 国債

 主に一般会計の財源不足を賄ったり,国債の償還財源を調達するために発行されているもので,①国債募集引受団(シンジケート団)引受け②公募入札③資金運用部引受け④金融自由化対策資金引受け⑤郵便局販売の形で発行されている。発行に際しては,価格競争入札が行われたり,落札平均価格を発行価格とする引受けが行われるため,国債流通市場の実勢が発行条件に反映される仕組みになっている(8年度末現在額247兆4623億円)。

(2) 政府短期証券(FB)

 現在発行されているのは,大蔵省証券,外国為替資金証券及び食糧証券である。大蔵省証券は国の一般的な資金繰りのために発行されているが,外国為替資金証券及び食糧証券はそれぞれ外国為替資金特別会計及び食糧管理特別会計の資金不足を賄うために発行されている。政府短期証券は①公募入札②日本銀行引受けにより発行されているが,ほとんど日本銀行引受けになっており,償還期限が2ヵ月となっていることから,割引率は通常,公定歩合より0.125%〜0.250%程度低い水準に設定されている(8年度末現在額30兆6390億円)。

(3) 借入金

 一般会計が旧国鉄等の債務を肩代りしたり,特別会計が資金不足を賄うために借入れているもので,借入先は大部分が資金運用部となっている。資金運用部には国の制度と信用に基づいて集められた各種の公的資金等が預託されており,この預託金の資金運用の一環として一般会計及び特別会計に対し貸付けが行われている。また,資金運用部以外としては,郵政事業特別会計が簡易生命保険から借入れを行っている(8年度末現在額77兆0672億円)。

2.国の資金運用の仕組み

 国の資金運用は原則として資金運用部において一元的に行われているが,例外的な方法として,簡易生命保険,金融自由化対策資金などにおいても行われている。いずれも金融市場で運用したり,金融市場の実勢レートと連動した制度の下で運用しており,その資金運用の仕組みは次のようになっている。

(1) 資金運用部

 郵便貯金,各特別会計の積立金及び余裕金については各特別会計ごとに独自に運用することが認められておらず,原則として資金運用部に預託することが義務付けられている。また,国以外の機関についても,国家公務員共済組合連合会の積立金のように一定割合を預託することが義務付けられていたり,政府関係機関等の余裕金のように任意預託が認められているものもあり,これらの資金は資金運用部において各特別会計の預託金と統合されて一元的な管理運用が行われている。全ての預託金には預託期間に応じて利子が支払われており,預託金利は10年利付国債の表面利率を基準に設定されている。預託金のうち預託元で資金調達コストが生じている郵便貯金については,郵便貯金特別会計(一般勘定)が預金者に対し資金運用部特別会計から支払われる預託金利子を原資として所定の利子を支払っている。

 そして,資金運用部資金は財政投融資原資の大宗として政府関係機関,公団・事業団等に対し貸し付けられたり,国債,公団・事業団債等の債券の取得に充てられたりしている。資金運用部資金の貸付金利は貸付期間の長短に関係なく,預託期間7年以上の預託金に付される預託金利と同一となっている。また,資金運用部資金が引き受ける公団・事業団債の利率は,各公団・事業団が国から元利払いの保証を受けて市中で消化する政府保証債(償還年限10年)の利率と同一になるように設定されており,10年利付国債に次いで低い水準に位置している(運用資産の8年度末現在額392兆0301億円)。

(2) 簡易生命保険

 簡易生命保険特別会計の歳入歳出の決算上生じた剰余金を積み立てた積立金については,公的資金の一元的な管理運用の例外として資金運用部から分離して運用されている。この積立金は地方公共団体,公団・事業団等に対し貸し付けられたり,国債,公団・事業団債等の債券の取得に充てられたりしている。簡易生命保険積立金の貸付金利は資金運用部資金とほぼ同一になっているが,貸付期間は資金運用部資金より短くなっている。また,簡易生命保険積立金が引き受ける公団・事業団債の利率についても,資金運用部資金と同様に各公団・事業団が国から元利払いの保証を受けて市中で消化する政府保証債(償還年限10年)の利率と同一になるように設定されている(積立金の8年度末現在額92兆4271億円)。

(3) 金融自由化対策資金

 郵便貯金特別会計に設置されている金融自由化対策資金は,財政投融資における資金運用事業の一環として資金運用部から借り入れた資金を原資に金融市場において国債,地方債等の債券の取得に充てられている。また,一部の金融自由化対策資金は簡易保険福祉事業団に寄託され,同事業団において,単独運用指定金銭信託により運用されている(運用資産の8年度末現在額40兆1760億円)。

(4) その他の主なもの

 外国為替資金特別会計では,外国為替相場の安定を図るために内外の外国為替市場において外国為替平衡操作による外貨の売買を行っており,この平衡操作により取得した資産を預け金,外貨証券等に運用している(運用資産の8年度末現在額33兆3158億円)。

 また,郵便貯金特別会計に設置されている一般勘定では,積立貯金,定額貯金又は定期貯金の預金者に対し当該郵便貯金を担保に,それぞれの現在額の90%を上限に最高300万円までの貸付けを行っている(貸付金の8年度末現在額1兆0756億円)。

 さらに,都市開発資金融通特別会計では,資金運用部から借り入れた資金等を原資に,都市公共施設用地の買取りに必要な資金を地方公共団体に貸し付けたり,公共事業予定地の買取りに必要な資金を土地開発公社に貸し付けたりなどしている(貸付金の8年度末現在額6244億円)。

3.一般会計と特別会計の間の経理処理の仕組み

 国が国債,政府短期証券(FB)及び借入金という負債の形で調達した資金のコスト(支払利子及び割引料)は全て国債整理基金特別会計から支払われることになっており,その原資に充てるため国債等を発行している一般会計,政府短期証券(FB)の発行又は借入れを行っている各特別会計から,所要額が国債整理基金特別会計に繰り入れられている。

 一方,国が資金運用の対象としている資産の収益(受取利子及び売却・償還益)については,公的資金の一元的な管理運用を行っている資金運用部に歳入として計上され,預託元の各特別会計等に支払われる預託金利子の原資に充てられている。また,簡易生命保険,金融自由化対策資金等については,運用収益がそれぞれ簡易生命保険特別会計,郵便貯金特別会計(金融自由化対策特別勘定)等の歳入に計上されている。

 上記のような経理処理に加え,一般会計が発行した国債の一部を資金運用部が引き受けたり,資金運用部資金の貸付けが特別会計に対しても行われているため,国債整理基金特別会計の利子支払額が資金運用部特別会計の利子受取額となるなど国の会計間の資金移動にすぎないものも,それぞれの会計で利子支払額又は利子受取額として計上されている。したがって,国を一般会計と特別会計の連結主体と定義した場合,これらの重複額は金融市場の動向如何にかかわらず相殺されることになるため,超低金利政策の影響を分析するためには各会計の利子支払額又は利子受取額から,これらの重複額を控除した連結決算ベースでの利子支払額及び利子受取額を算出することが必要になる。

 一般会計と各特別会計の間で行われている利子支払額と利子受取額のフローの流れをT字型勘定で示すと図1のとおりとなる。この図1から読み取れるように,連結決算ベースでの利子支払額及び利子受取額の構成要素は次のようになっている。

図1 一般会計と特別会計との間における資金(利子支払額・利子受取額)の流れ

(1) 連結決算ベースでの利子支払額の構成要素

①郵便貯金特別会計(一般勘定)が郵便貯金の預金者に支払う利子

②国債整理基金特別会計が国以外の市中金融機関,個人等により保有されている国債,政府短期証券に支払う利子

③資金運用部特別会計が国以外の共済組合,政府関係機関等により預託されている預託金に支払う利子

(2) 連結決算ベースでの利子受取額の構成要素

①資金運用部特別会計が国以外の政府関係機関,公団・事業団等に対する貸付け,債券運用から得る利子

②簡易生命保険特別会計が国以外の地方公共団体,公団・事業団等に対する貸付け,債券運用等から得る利子

③郵便貯金特別会計(金融自由化対策特別勘定)が国債,政府短期証券以外に運用している債券,寄託金等から得る利子

④外国為替資金特別会計が外貨資産の運用から得る利子等

4.連結決算ベースによる国の利子支払額及び利子受取額と超低金利政策の影響

 超低金利政策が国の資金調達コストと資金運用収益に与えている影響を定量的に分析するために,今回の超低金利政策が取られる直前に公定歩合が最高水準に設定されていた2年度から決算が確定している8年度までを対象に,連結決算ベースによる国の利子支払額及び利子受取額を試算すると表2,表3及び表4のとおりとなる。この表2,表3及び表4からは次のことが読み取れる。

表2 利子支払額(連結決算ベース)
表3 利子受取額(連載決算ベース)
表4 資金の調達・運営実績集計表(連結決算ベース)

(1) 国が国債,政府短期証券及び借入金という負債の形で調達した資金のうち,国以外から調達した資金に対応する負債の年度末現在額は2年度から8年度までの間に258兆7606億円から414兆3116億円に拡大(1.60倍)したにもかかわらず,国の利子支払額は13兆9964億円から14兆5653億円に若干増加(1.04倍)したにすぎず,6年度を除き過去3ヵ年度は絶対額で減少傾向にある。この結果,資金調達コスト率は5.41%から3.52%に大幅に下落した。

(2) 国が資金運用部資金,簡易生命保険積立金及び金融自由化対策資金等の運用に当たり,国以外に対して運用した資産の年度末現在額は2年度から8年度までの間に218兆3715億円から381兆1730億円に拡大(1.75倍)したのに対応して,国の利子受取額は12兆7860億円から18兆0481億円に増加(1.41倍)しており,この増加率は運用資産の増加率1.75倍には及ばないものの,利子支払額の増加率1.04倍をはるかに上回っている。この結果,資金運用利回りは5.86%から4.73%への下落に止まっている。

(3) 連結決算ベースによる利子支払額及び利子受取額において,負債は常に資産を20兆円から40兆円上回っていたにもかかわらず,超低金利政策の影響を受けた資金調達コスト率及び資金運用利回りの下落率に差異が生じているため,2年度には利子支払額の方が1兆2104億円多かったが,両者の絶対額の差は4年度で逆転し,8年度には利子受取額の方が3兆4828億円多くなっている。

5.資金調達コスト率と資金運用利回りの低下に差をもたらした要因

 以上のように, 超低金利政策は国の資金調達コスト率の低下とともに資金運用利回りの低下をもたらし,特に,資金調達コスト率の下落により大きな影響を与えたが,資金調達コスト率の方がより大きな影響を受けた要因は次の点にあると思われる。

(1) 郵便貯金の利率変更

 郵便貯金が国の資金調達によって生じる負債全体に占める割合は,連結決算ベースで55.3%(2年度〜8年度の加重平均)となっているため,郵便貯金の利子支払額の動向は国の資金調達コスト率に大きな影響を与える要因となっている。郵便貯金の約90%を占める定額郵便貯金は利率が固定, 預入期間が最長10年で6ヵ月後には自由に引き出せる金融商品である。この定額郵便貯金の利率は市場金利に連動して決められており,例えば,預入れ後3年経過時の定額郵便貯金については通常,10年利付国債の表面利率のマイナス0.5%程度と3年固定金利定期預金の利率の95%程度を比較し,どちらか低い方に利率が設定されている。したがって,定額郵便貯金の利率は表1が示すように市場金利の低下と連動して低下していくため,資金調達コスト率も市場金利の低下に追随して低下していく傾向がある。

(2) 国債の借換え

 国債が国の資金調達によって生じる負債全体に占める割合は,連結決算ベースで38.3%(2年度〜8年度の加重平均)となっている。国は国債の償還財源を調達するために新たな国債,いわゆる借換債を発行しており,その規模は2年度以降毎年度30兆円から50兆円の規模に達している(表5参照)。この借換債は債務残高に変化をもたらすことはないが,借換債の約70%は償還期限が3ヵ月又は6ヵ月の割引短期国債となっていることと,新規に財源を調達するために発行される国債と同様に国債流通市場の実勢が発行条件に反映される制度になっているため,市場金利が低下している局面では高金利の国債が低金利の国債に洗い替えされる効果を生み出し,利子支払額を大きく軽減させる要因になっている。

表5 借換債の発行額

(3) 資金運用部資金貸付けの満期更新

 資金運用部資産が国の資金運用により取得される資産全体に占める割合は,連結決算ベースで68.9%(2年度〜8年度の加重平均)となっているため,資金運用部資金の運用対象となっている資産の利子受取額の動向は国の資金運用利回りに大きな影響を与える要因となっている。この資金運用部資金の約85%は政府関係機関,公団・事業団等に対する貸付けという形で運用されている。貸付金利は固定で,しかも,貸付期間は30年に及ぶものがあるなど超長期(平均20年程度)にわたっており,元本だけの繰上償還は認められていない。したがって,貸付金の満期更新は超長期間を要することになるため,貸付金全体としての運用利回りは市場金利の低下ほどには急激に低下しない傾向がある。

Ⅲ.ミクロ的影響

 既に述べたように,国は資金の調達と運用を金融市場だけではなく,金融市場の実勢レートと連動した制度の下でも行っているが,高金利時代には順調に機能していた制度も金利水準が低下するにつれ制度上の欠陥を露呈し始めており,超低金利政策は国の個別の事業,財政運営に次のような影響を与えている。

1.資金運用部資金及び金融自由化対策資金における国債の運用

 資金運用部に対する預託金には預託期間に応じて利子が支払われており,この預託金利は10年利付国債の表面利率を基準に設定されている。例えば,預託期間7年以上の預託金については,10年利付国債の表面利率が5%を上回っている時はおおむね10年利付国債の表面利率と同一水準に預託金利が設定されていたが,市場金利の低下が進み10年利付国債の表面利率が5%を下回り始めた4年度の中頃からは10年利付国債の表面利率に0.05%〜0.25%程度上乗せした水準に預託金利が設定されている(表1参照)。一方,資金運用部は財政投融資の一環として国債を取得しており,8年度末では国債発行現在額247兆4623億円の25.7%に当たる63兆4902億円を保有している。超低金利政策により市場金利が大幅に下落し, 表1が示すように10年利付国債の応募者利回りが預託金利を下回るようになった結果,イールドカーブが右上がりの状況下では長期国債のみならず中短期国債の運用に充てられている預託金についても逆ザヤが発生するようになり,資金運用部が国債を取得すればするほど資金運用部特別会計の収支が悪化する構造になっている。この逆ザヤ現象は,国債の運用において顕著であるが,表1が示すように資金運用部が取得している公団・事業団債にも発生するようになってきている。

 また,金融自由化対策資金も資金運用部から借り入れた資金を原資に国債を取得しており,8年度末では国債発行現在額247兆4623億円の6.2%に当たる15兆3007億円を保有している。超低金利政策により市場金利が大幅に下落し, 表1が示すように10年利付国債の応募者利回りが資金運用部資金貸付金利を下回るようになった結果,国債の運用に充てられている借入金については逆ザヤが発生するようになり,金融自由化対策資金が国債を取得すればするほど郵便貯金特別会計(金融自由化対策特別勘定)の収支が悪化する構造になっている。この逆ザヤ現象は,国債の運用において顕著であるが,表1が示すように金融自由化対策資金が取得している公団・事業団債にも発生するようになってきている。

2.財政投融資における資金運用事業

 国は資金運用を直接行う代わりに,年金福祉事業団と簡易保険福祉事業団に資金を貸付けたり,寄託することにより資金を提供し,これを金融市場で運用させることにより運用利益を納付させる次のような事業を行っている。これらの事業は資金運用部資金と簡易生命保険積立金を原資としているが,金融市場での資金運用そのものを目的としていることから,一定の政策目的を達成するための事業に運用されている一般財政投融資と区別して資金運用事業と呼ばれている。

(1) 年金福祉事業団(年金財源強化事業勘定)

 資金運用部から借入れた資金を単独運用指定金銭信託として信託銀行に運用委託したり,公社債等に自家運用しており,運用利益については厚生保険特別会計及び国民年金特別会計に納付することになっている。この事業は昭和62年度から厚生年金積立金及び国民年金積立金の自主運用の一環として開始され,高齢化社会の進展に備え,年金給付に要する費用の財源を確保することにより年金事業の財政基盤の強化を図ることを目的として行われている(運用資産の8年度末現在額15兆3183億円)。

(2) 簡易保険福祉事業団(運用事業特別勘定)

 簡易生命保険から借入れた資金と同保険から運用寄託された資金を信託銀行に単独運用指定金銭信託として運用委託したり,公社債等に自家運用しており,運用利益については簡易生命保険特別会計に納付することになっている。この事業は昭和62年度から開始され,加入者の利益の増進や簡易生命保険の経営の安定を図ることを目的として行われている(運用資産の8年度末現在額9兆7200億円)。

(3) 簡易保険福祉事業団(郵便貯金運用事業特別勘定)

 金融自由化対策資金から寄託された資金を信託銀行に単独運用指定金銭信託として運用委託しており,運用利益については郵便貯金特別会計(金融自由化対策特別勘定)に納付することになっている。この事業は郵便貯金の自主運用の一環として設けられた金融自由化対策資金の一部を平成元年度から同事業団に寄託することにより開始され,金融自由化に対応して郵便貯金事業の健全な経営に寄与することを目的として行われている(運用資産の8年度末現在額6兆5000億円)。

 上記の年金福祉事業団及び簡易保険福祉事業団で行われている資金運用事業では,資金運用部及び簡易生命保険からの借入金又は寄託金に対する支払利子が資金調達コストになっているが,この借入金利は4年度の中頃から10年利付国債の表面利率に0.05%〜0.25%程度上乗せした水準に設定されており,借入期間も7年〜10年程度となっている。一方,運用収益は単独運用指定金銭信託及び公社債等からの受取利子であるが,超低金利政策により金融市場の金利水準が低下してきたことや,株価が低迷していることから,資金調達コスト以上の収益を上げることが困難な状況になってきている。この結果,これらの事業団の各勘定は金利水準が比較的高かった時期には利益を生み剰余金を計上することができたが,逆ザヤになるにつれて損失を生じるようになり4年度以降は多額の欠損金を計上するに至っている。運用利益の納付については,5年度以降実績がなく,納付される運用利益を年金給付に要する費用の財源に充てたり,簡易生命保険加入者の利益の増進を確保する財源に充てるなどという所期の目的は達成されておらず,現在の超低金利政策,株価の低迷などが続く限り事態の改善は困難な状況になっている(表6参照)。

表6 資金運用事業の運用実績

3.資金運用部資金及び簡易生命保険積立金の貸付先に交付されている一般会計及び特別会計資金

 政府関係機関及び公団・事業団等の一部では,資金運用部及び簡易生命保険から借り入れた資金や債券を発行して調達した資金等を原資に,一定の政策目的を達成するための手段として個人・企業等に対する貸付けを行っている。これらの融資機関では資金運用部及び簡易生命保険からの借入金利が10年利付国債の表面利率を基準に設定されている預託金利(預託期間7年)と同一となっている一方で,貸付金利(基準金利)は民間金融機関の長期プライムレートと同一になるよう設定されていたため,長期プライムレートが預託金利を上回っていた間は,一定の利ザヤを確保しながら,民間金融機関の資金供給機能を補完してきた。

 しかし,表1が示すように金利の自由化が進展するとともに,超低金利政策が浸透するにつれ長期プライムレートが預託金利を下回る事態になったため,6年度末頃から政府関係機関等の貸付金利(基準金利)は長期プライムレートより高く,かつ,資金運用部及び簡易生命保険からの借入金利(預託金利と同一)と等しい水準に設定されるようになってきた。この結果, 6年度末以降の借入金については利ザヤの発生する余地がなくなるとともに,長期プライムレートが適用されるような長期貸付けについては個人・企業等の資金需要が政府関係機関等から民間金融機関にシフトすることになった。特に,超低金利政策の影響が著しい6年度末以降は民間金融機関から低金利で借りた資金で高金利時代に政府関係機関等から固定金利で借りた資金を繰上償還するケースが増加している。資金運用部資金は元本だけの繰上償還を認めていないことから,政府関係機関等では繰上償還された資金で新規の貸付けを行うことになるが,繰上償還の対象となった貸付金の原資は,高金利時代に資金運用部から超長期にわたり固定金利で借り入れていることから,繰上償還された資金を低金利で新たに個人・法人等に貸し出すと逆ザヤが発生することになる。

 このように,融資業務を行っている政府関係機関等の財務構造は逆ザヤに陥る傾向にあることから,これらの政府関係機関等には一般会計又は特別会計から補給金,交付金等が交付されている。また,逆ザヤ状況が特に顕著な住宅金融公庫については,既に発生している損失を特別損失金(8年度末現在額5498億円)として繰り延べ,将来一般会計から補填することとされている。資金運用部資金にとって政府関係機関等に対する貸付けは,金利が固定されていることと償還期間が超長期にわたっていることから,貸付金全体としての運用利回りが市場金利の低下ほどには急激に低下しない主因になっているが,これは一般会計及び特別会計から交付される資金によって支えられているのが現状である(表7参照)。

表7 主な政府関係機関等における一般会計及び特別会計からの交付額(8年度)

4.隠れ借金に発生する資金調達コスト

 これまでの予算編成の過程で一般会計の財政収支にかんがみ,特例公債の発行を可能な限り回避するため,特例法(例「平成8年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律」)に基づき,一般会計と特別会計との間の繰入れについて一時的なやり繰りを行う特例措置が講じられてきた。これらの特例措置は当該年度において一定の額を特例的に特別会計から一般会計に繰り入れたり,一般会計から特別会計に繰り入れるべき国庫負担金の一部を削減したりしているもので,これらの繰入額又は削減額については一部のものを除き特例法の規定により当該年度以降一般会計から特別会計に繰り入れることとされており,その額は8年度末で3兆3404億円となっている(表8参照)。

表8 一般会計と特別会計との間の繰入特例措置

 これらの繰入特例措置は,一般に「隠れ借金」と呼ばれているが,将来一般会計から特別会計に繰り入れる金額の中には,当初の繰入額又は削減額にこれらを運用したとすれば生じたであろう運用収入を加算して繰り入れることとされている。繰入特例措置の対象となっている特別会計では積立金又は余裕金を資金運用部に預託していることから,加算することとなる運用収入は,繰入額又は削減額を繰入特例措置が取られた日から一般会計からの繰入れが行われる日までの期間,資金運用部に預託した場合に生じる預託金利子となる。資金運用部の預託金利は預託期間が7年以上の場合については10年利付国債の表面利率が5%を上回っている時はおおむね10年利付国債の表面利率と同一水準に設定されていたが,市場金利の低下が進んだ4年度の中頃からは10年利付国債の表面利率に0.05%〜0.25%程度上乗せした水準に設定されている。預託期間が7年未満の場合,預託金利は預託期間が短くなるにつれて逓減するよう設定されており,例えば,6年度の繰入特例法が施行された6年6月の時点では預託期間が1年未満になると10年利付国債の表面利率を下回るようになっている。

 このように「隠れ借金」と呼ばれる繰入特例措置には,国庫余裕金の繰替使用と違って資金調達コストが将来の加算額として発生しており,しかも,一般会計における資金調達コストの観点からは,繰入特例措置が取られた日から一定の期間内(6年度の場合は1年以内)に一般会計からの繰入れが行われないと,結果的に10年利付国債により資金調達した方が有利であったといった事態も発生することになる。

5.外国為替資金特別会計における資金運用

 外国為替資金特別会計では,外国為替相場の安定を図ることを目的とした内外の外国為替市場での外国為替平衡操作,平衡操作に要する資金の調達,平衡操作により取得した資産の運用などを行っている。平衡操作に要する資金は政府短期証券の一つである外国為替資金証券(外為証券)を発行することにより調達しているが,一般会計からは償還財源の繰入れを受けていないため,8年度末で2194億ドルの外貨準備がある一方で,29兆8360億円の外為証券の発行残高を有している。また,購入した外貨資産については,米国の財務省証券及び定期預け金,ドイツの国債及び定期預け金など主要先進国通貨建資産で運用されており,この特別会計に利子収入をもたらしている。利子収入として取得した外貨資産については,外国為替市場で外貨から円貨に替える売買取引を行うと為替相場に影響を与えることから,引き続き外貨資産として運用されている。外国為替資金特別会計の決算上はこの利子収入を主因とする剰余金が発生していることと,国の財政収支が悪化していることから,利子収入については利子収入相当額の外為証券を発行することにより円貨資金を獲得し,これを剰余金処分の一環として一般会計へ繰入れたり,積立金として資金運用部に預託(期間7年)している(表9参照)。

表9 外国為替資金特別会計における一般会計への繰入れ

 このように,外国為替資金特別会計の損益収支は,基本的に外為証券の支払利子が費用となり,外貨資産と資金運用部からの受取利子が収益となっている。したがって,現在の超低金利政策により日本の金利水準が主要先進国中最低になっていることと,外為証券の割引率が資金運用部の預託金利より低くなっていることから,損益収支は順ザヤの状況になっている。しかし,外為証券の償還期限は2ヵ月となっているものの,償還財源を調達するために外為証券が借換債として繰り返し発行されているため,外国為替資金特別会計から一般会計への剰余金繰入れといっても,結果的には表面利率が公定歩合より0.125%〜0.250%程度低い長期国債が発行されているのと同じ状況となっており,市場介入により外貨準備が増加し外貨資産が海外において高金利で運用されればされるほど外為証券の発行残高が増加する構造となっている。

6.利子所得に係る源泉所得税額

 所得税の課税対象となる利子所得は,個人が個人貯蓄を預貯金,国債などで運用して得た利子収入金額を所得金額とするもので,原則として支払いを受ける際に一律20%(このうち5%は地方税)の税率で源泉徴収が行われている。このように利子所得に係る源泉徴収税額は金融市場の実勢レートに直結して連動していることから,超低金利政策が国の財政に及ぼしている影響を税収面から検討するために,利子所得に係る源泉徴収税額等の推移を見ると表10のとおりとなっている。この表10からは次のことが読み取れる。

表10 利子所得に係る源泉徴収税額

 2年から7年までの間に個人が預貯金,国債などで運用した個人貯蓄の暦年末現在額は754兆2016億円から967兆2902億円に拡大(1.28倍)したのにもかかわらず,個人の利子収入金額は74兆1953億円から48兆2458億円に減少(0.65倍)しており,運用利回りも9.84%から4.99%に下落した。これに対応して,源泉徴収税額も4兆8916億円から3兆0782億円に激減(0.63倍)している。このように超低金利政策により市場金利が低下した結果,税収の方も大幅に減収する結果となっている。

Ⅳ.超低金利政策の功罪

 国を一般会計と特別会計の連結主体と定義した上で国全体の資金調達コストに焦点を当てた場合,国全体の資金調達に対応した負債が増大しているにもかかわらず,連結決算ベースでの利子支払額は絶対額で減少傾向にあることから,超低金利政策は国の財政に好ましい影響を与えているといえよう。しかし,国は同時に資金運用も行っており,その運用収益が厚生年金及び国民年金の年金給付費や簡易生命保険の保険金支払いなどの財源の一部にも充てられていることを考慮すると,利子受取額は利子支払額より超低金利政策の影響を制度的に受けにくくなっているとはいえ,運用利回りの低下は,保険料の引上げ又は給付水準の引下げにつながる懸念を生むことになる。

 また,国の個別の事業,財政運営に焦点を当てた場合,資金運用部資金及び金融自由化対策資金の国債運用等における逆ザヤ現象,財政投融資資金運用事業における欠損金の発生,資金運用部資金等の貸付先である政府関係機関等に対する一般会計及び特別会計資金の交付など,超低金利政策による金利水準の低下は,現在の制度そのものに起因する諸問題を生み出している。したがって,超低金利政策が今後も継続されるのであれば,資金運用部における預託・運用制度の見直しなどが必要になると思われる。また,利子所得に係る源泉徴収税額も減少傾向にあることから,超低金利政策は国の歳入確保という観点からは,財政に好ましい影響を与えているとはいえない側面を有している。

参考文献

1.「一般会計歳入決算明細書」

2.「一般会計歳出決算報告書」

3.「特別会計決算参照書」

4.「政府関係機関決算書」

5.「財政法第28条による予算参考書類」

6.「国債統計年報」(大蔵省理財局)

7.「財政金融統計月報」(大蔵省)

8.「国税庁統計年報書」(国税庁)

9.「経済統計月報」(日本銀行調査統計局)

10.「平成8年度における財政運営のための公債の発行の特例等に関する法律」等の繰入特例法

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