第16号

「有効性検査」の方法論及び技法を巡って−第2回国際会計検査フォーラムに参加して−
勝野憲昭

勝野憲昭
(会計検査院国際協力官)

 1941年生まれ。69年会計検査院へ。官房審議室,厚生検査課,国連環境計画勤務等を経て現職。

 本院は,昨年初めて開催された第1回国際会計検査フォーラム(テーマ「最も有効な会計検査の実施プロセスについて」別稿参照)に引き続いて,本年6月24日より同30日まで,第2回国際会計検査フォーラムを,「有効性検査をどのように実施するか」をテーマとして国際交流基金国際会議場で開催した。この会議の討論で議事進行を担当した者として,会議の概要及び印象について述べてみたい。なお,本稿で意見にわたる部分はすべて筆者の私見であることをあらかじめお断りしておきたい。

1.フォーラムの概要

・ 参加国及び参加者

 今回の会議には,オーストラリア,カナダ,フランス,ドイツ,イスラエル,日本,韓国,スウェーデン,イギリス,アメリカ(アルファベット順)の10カ国のSAI(Supreme Audit Institution:最高会計検査機関)が参加した。なお,ニュージーランドも参加予定であったが,参加予定者の急病のため直前で参加取り消しとなった。本院からは,渡辺第4局審議官が参加し,筆者が議事進行を務めたほか,幹部職員を含む一般職員の方々がオブザーバーとして参加した。なお,前回のフォーラムと同じように,フォーラム実施の前に,「国別報告書作成要領(aide memoir)」を参加各国に配布し,これに基づいて各参加者から「国別報告書」を作成し提出してもらうこととした。また,これとあわせて,業績検査の実施状況についてのアンケート(Questionnaire)を作成し,各参加者から回答を事前に提出してもらうこととした。

・ 院長挨拶

 疋田院長が開会式で挨拶し,各国参加者が多忙な業務の合間を縫って参加してくれたことに感謝の意を表明した。院長はまた,挨拶の中で,近年の政府会計検査を取り巻く社会経済環境の変化に言及し,特に,納税者が行政活動や公的サービスの「合規性」,「経済性」,「効率性」のみならず,更に,その「有効性」をますます問題にしてきていること,これに伴い,SAIの「有効性検査」に対する国民の期待もますます高まってきていることを述べ,これに関する経験を積んだ各国SAIの専門家が集まって経験や情報,意見の交換を行うことは極めて有意義であること,そして,今回のフォーラムの参加者が,この重要なテーマを検討することにより,「最も有効な会計検査の実施プロセス」について討議した昨年の「第1回国際会計検査フォーラム」の成果を更に発展させ,参加各国SAIのより良き検査の実施に資することを期待する旨述べた。

・深田会計検査院第1局長基調講演

 開会式の後,深田本院第1局長が,基調講演を行い,本院の最近の検査活動について,第1局が担当している租税の検査と政府開発援助(ODA)の検査を取り上げて本院の最近の検査活動の動向について述べた。局長は,本院の租税検査について,検査権限と検査のシステム,国税庁の内部監査と本院の検査の相違点,本院の検査の体制,手法,検査の着眼点,最近の検査所見の事例等について説明するとともに,租税の専門知識取得のための本院の租税検査職員の研修体制等について述べた。また,ODA検査については,日本政府のODA供与の形態と供与の実施体制,近年の供与実績の増大,ODAに対する国民の関心の高まり,国会での論議,これに対するマスコミの論調等を,いわゆる「マルコス疑惑」等を交えて説明した後,最近の本院のODA検査の展開について,海外プロジェクト現場での調査を開始するに至った経緯,相手国の国家主権等が絡んだ海外調査の特質,海外調査を行うに当たっての特に有効性評価を中心とした観点,調査の手法等について説明し,更に最近の検査報告掲記事項の内容,将来の見通し等について述べた。

・討論のテーマ及びサブ・テーマについて

 今回のフォーラムのメイン・テーマは,「有効性検査をどのように実施するか」であり,これをサブ・テーマ1「有効性検査の経験」,サブ・テーマ2「有効性検査の客観性及び実効性を如何に確保するか」に分け,サブ・テーマ1では参加各国SAIの最近の有効性検査の検査事例をケース・スタデイとして討議を行い,サブ・テーマ2では有効性検査の理論的技術的側面を探ることとした。今回のフォーラムのテーマの選定の背景としては,昨年のフォーラムのテーマとの継続性の点,昨今の我が国の国会審議でも「有効性検査」の実施が度々話題になっていること,また,業績検査の3要素(3E検査:経済性(Economy),効率性(Efficiency),有効性(Effectiveness)の検査)のなかでも,金銭やその他を量的に表現できる「経済性の検査」や「効率性の検査」に比べて「有効性の検査」が,その客観性の保持等の点で最も手法的に困難であり,本院としても今後検討してゆかなければならないと思われること等があった。本稿では,「有効性」の定義についてまずふれ,今回フォーラムの討議の対象となった主な論点を「有効性検査のテーマの設定」,「有効性検査の開始のタイミング」,「有効性評価の基準・尺度」,「有効性評価の結果の報告内容」,「フォローアップ調査」,「有効性評価におけるSAIの政治的中立性の確保」に分けて論ずることとしたい。

2.「有効性(Effectiveness)」の定義

 INTOSAI(最高会計検査機関国際組織)の「会計検査基準(Auditing Standards)」によれば,「経済性」が,「行政活動の質を確保しつつ,使用資源のコストを最小限にすること(Minimizing the cost of resources used for an activity, having regard to the appropriate quality)」であり,「効率性」が「物,サービスその他のアウトプットと,それらを産み出すのに使用した資源との関係(The relationship between the output, in terms of goods, services or other results, and the resources used to produce them)」であるのに対して,「有効性」とは,「目標の達成度。ある活動の所期の効果(impact)と実際の効果(impact)との関係(The extent to which objectives are achieved and the relationship between the intended impact and actual impact of an activity)」である。ここで気がつくことは,「経済性」,「効率性」が,インプットとアウトプットを量的に比較考量するという点で,比較的計数化した計量がし易いのに対し,「有効性」においては,何をもって「効果」を計測するか,すなわち,何をもって「効果が発現した」というのか,また,効果の発現の程度を何によって表現するか等で困難が伴うということである。

 「有効性の検査」については,フォーラム参加SAIのいくつかが独自の定義を行っているが,概ねINTOSAIの定義と一致しているようである。また,有効性検査の過程では政府の策定した政策そのものの当否は評価の対象としないという点でも一致している。また,事業の有効性をチェックするメカニズムを設定し,その結果に基づいて不断に事業実施を改善してゆく責任は第一義的には事業実施主体である行政府側にあり,SAIの評価は,このようなメカニズムが行政府内に存在しているか,評価の内容は適切か,また,それが実際に有効に機能しているかを対象とするものであるとしている点でも概ね共通している。ただ,この点に関しては,後述のように,アメリカのSAIであるGAO(General Accounting Office)の行っている「プログラム評価(Program Evaluation)」(注1)のような幅広い評価手法も出てきており,世界のSAIが行政活動の有効性を高める上でどのような方向に進んでゆくか予断を許さない状況にあるともいえる。

注1:プログラム評価

 INTOSAI「プログラム評価委員会」による「プログラム評価」の定義は以下のとおりである。

「業績検査(Performance Audit)」が,特定の政策が設定した目的の範囲内で経済性,効率性,有効性を評価するのに対して,このような枠にとらわれずに政策やプログラムの「結果」の総合的な分析を行う。
行政ニーズに対するプログラムの目的の適合性の評価を行う。
明文化された目的の達成度に限定せず,特定の事業の効果(結果)を総合的に評価する。
特定の政策とその結果の因果関係の分析を行う。

3.有効性検査のテーマの設定

・有効性検査のテーマの選定基準にはどのようなものがあるか

 有効性検査のテーマの選定基準については,ほとんどのSAIが,政府サイドからの観点として,検査対象プロジェクトの予算規模,政府財政に対するインパクト(Financial implication/impact),公的資源(物的・人的)の投入量等,主として国家財政上のポイントをあげており,さらに,有効性評価メカニズムが受検庁サイドに存在しているか(カナダ),Control weaknessの存否(韓国),事業の進捗状況(同),当該の評価によりどの程度のpay‐offがあるか,どのくらいロスが減少するか(ニュージーランド)等をあげている。また,これとともに,納税者側に立ったポイントとして,評価対象事業の社会経済上のインパクト,行政の受益者にたいするインパクト,議会の審議状況,国民の関心等をあげている。一方,SAIサイドに立った評価実施可能性の観点からの基準もあげられており,例えば,イスラエルSAIは,受検庁が量的に把握可能な目標を設定しているか,評価対象事業に対する客観的評価尺度の設定可能性,評価データの入手可能性,評価結果により受検庁の責任を問えるか等をあげている。このほか,事業の「新規性」をあげているものもある(カナダ)。また,イギリスSAIは,バランスのとれたテーマの選択に重点をおき,3Eの間のバランスをとることと,分野別,事項別のバランスをとることを重視している。アメリカSAI(GAO)では,実施する評価の80%が議会の委員会の要請によるものであり,20%が自己のイニシアテイブによるものであるが,そのテーマの選定に当たっては,効率的かつ効果的な政府活動,浪費,不正,管理上の誤りの防止,財政赤字の削減,財政上,情報管理上のアカウンタビリテイーの追求,財政上,予算上の危機要素の早期の認識をあげている。

 因みに,今回各参加者が,サブ・テーマ1「有効性検査の経験」でケース・スタデイとしてとりあげた評価対象事業は以下のとおりである。

オーストラリア:「社会保障省における顧客サービス」

カナダ:「カナダインフラストラクチャー整備プログラム」

フランス:「身体障害者支援プログラム」

ドイツ:「連邦補助事業」

イスラエル:「技術教育改革プログラム」

日本:「小中学校に設置する生涯教育用クラブハウス整備事業」

韓国:「新国際空港建設事業」

スウェーデン:「住宅手当支給事業」

イギリス:「裁判所における簡易賠償請求取り扱い事務」

アメリカ:「産業廃棄物処理事業(Superfund Program)」

 これらのなかには,プロジェクトの量的達成度よりも質的達成度を問題にしているものも多く,したがって,テーマ選定に当たっては,目的達成度の「量的把握可能性」はあまり大きな要素となっていないことに注目すべきであろう。

4.有効性評価を開始するタイミングの基準は何か

 有効性評価のタイミング,すなわち,評価対象事業の実施前,実施中,実施後のどの時点とするかについては,早期に評価を開始して損失を回避するという観点と,事業効果の発現にかかる時間(期間)を考慮するという観点とを如何にバランスさせるかがポイントとなっている。早期実施の利点として,特に大規模事業の不適切支出を未然に防ぐということのほか,担当者のアカウンタビリテイー意識を増すという効果(オーストラリア),計画上の欠陥を早期に指摘し不適切な支出を防止できること(韓国),事後評価の長所としては,予防的効果は少ないものの,改善によって後年度の事業の実施に資すること(オーストラリア)等があげられている。韓国SAIは,新国際空港建設事業について,旅客数の予測等のソフト面での評価とともに滑走路の設計等,ハード面でも勧告を行って予防的評価の成果を挙げた例をケース・スタデイとしてあげている。また,事後評価を支持する見解として,受検庁に事業改善の十分な時間を与えるべきであるとするもの(ニュージーランド),事前評価は受検庁の業務への介入を招き三権分立に反するという見解(ドイツ)がある。

 事前評価を支持する見解として,イスラエルSAIは,サブ・テーマ1で挙げた技術教育改革プロジェクトについて,評価の時期が早すぎるという受検庁サイドの見解と,不適切な支出を未然に防ぐというSAIサイドの見解が対立したことをあげつつ,事業実施の早期の段階に評価を実施した結果事業の実施が中止された例(軍用機の開発)や,住宅事業の民営化の計画段階で評価を行って,民営化が民営化会社の実質的独占をもたらす旨の意見を表示した例をあげている。同SAIはしかし,「事業効果の発現時期」と「不適正支出の未然防止」の間のバランスをとることの重要性を説いている。また,フランスSAIのように,議会の審議状況を見てタイミングを決めるとしているSAIもある。

5.有効性評価の基準・尺度

・事業の目的,数値的目標が明確に設定されていない場合,どのようにしてそれらを設定するか

 参加各国とも,受検庁サイドで事業の目的や数値目標を明確に設定していない例は多かれ少なかれあるようである。参加SAIは,一般的にはこれらを明確に設定する責任は受検庁サイドにあるという認識で一致している。そして,これらが明確でない場合,これを検査報告に記してその必要性を報告する(カナダ),SAIが評価開始前に,明確な目的や数値目標を設定すべきことを勧告し,あるいは受検庁サイドと協議して予め設定する(オーストラリア,イスラエル,ニュージーランド,イギリス),評価対象の分野の専門家の意見を徴してこれらを設定する(スウェーデン),事業の背景となった議会の議決を分析し,その結果によって設定する(アメリカ,ドイツ)等の見解が示されている。

・社会福祉等,質を問われる事業,すなわち,結果を数値的に評価することが困難な事業の評価の結果をどのように表現しているか

 第2章「有効性(Effectiveness)の定義」で述べたように,有効性チェックのメカニズムを設定することは,一義的には受検庁にあるというのが参加SAIの共通の認識である。したがって,ここから,業績測定尺度(Performance Indicator)が受検庁サイドに存在し,それが目的達成度を測定するのに適切なものとなっているかを評価することがSAIの一義的な役割となるという論理が導かれる(オーストラリア,カナダ,ドイツ)。カナダ,ドイツ,イギリスでは,政府が,各事業の事業主体による客観的評価基準や目標の設定を推進するという政策をとっており,カナダSAIは,その検査所見には,このような政策に反して基準を設定していない(あるいは業績が設定した基準に達していない)というケースを指摘したものが多いとしている。そしてドイツSAIは,事業の目的が「質的」にしか表示され得ないケースの存在を認めつつ,このような場合の行政庁サイドの費用便益分析(Cost Benefit Analysis)(注2)の重要性を強調している。

 また,イスラエルSAIは,行政庁サイドが客観性のある量的評価尺度を設定することをSAIが勧奨することの重要性とともに,その尺度で測った場合の「合格点(Acceptable score)」を如何にSAIが設定するかの問題にふれ,設定した評価尺度が客観的なものである限り,SAIが下した客観的Scoreを検査報告で示すにとどめ,業績の当否の判断は読者に委ねるという選択肢も提示している。また,同SAIは,有効性を量的に表現(quantify)できない評価対象に関連して,アウトプット産出の過程で投入したインプットが適切であったか,アウトプット産出の過程で執った手続きが最適でかつ,"Best Practice"に合致していたかを評価の基準にすること,すなわち,「手段の的確性」を有効性評価の基準として使用するという評価技法を次のような例を挙げて説明している。すなわち,国立病院のICU(Intensive Care Unit:集中治療室)での治療の有効性を評価することは極めて困難であるが,auditorは,ICUにおける酸素供給手続きの的確性,医療スタッフ数とベッド数の比率,医療スタッフに対する訓練の質を評価することによってICU治療の質と有効性を評価することができるとしている。オーストラリアSAIでは,模範的な官庁を選定し,その業務執行方法を"Good Practice("Best practice"ではない)"として質的評価の参考基準として使用している。同SAI及びニュージーランドSAIは,これに関連して,"administrative effectiveness audit"(policy effectiveness auditに相対するものとしてこの用語を使用する)が,客観性を求めて量的に計測可能(quantifiable)な側面の評価に偏りがちで,量化出来ない質的側面の評価を軽視ないしは回避する結果,量的側面に偏った評価結果になる危険性を指摘している。また評価基準の設定に当たって,その客観性の保持の手段として,SAI,受検庁,評価対象事業の利害関係人(Stakeholders)との間の合意が極めて大切な要素となることは参加SAIが共通して理解しているところである。

 特定部門の評価の専門家の外部からの参加については,カナダSAIでは,個々の評価毎に専門家を交えたAdvisory Committeeを設けており,アメリカSAI(GAO)では,GAOのスタッフが主として"quantifiable"な評価を行い,高度な専門知識を要する"quality"についてはその分野の専門家の意見を徴して事業の欠陥や改善点を報告している。

 ただ,これに関して,オーストラリアSAIは,専門家の守備範囲の狭さにより,視野が限定されて評価結果の客観性が阻害される場合もあることを警告し,客観的かつバランスのとれた評価基準の設定の必要性を強調している。

 また,質的評価の困難性を認識しつつ,オーストラリア,韓国,スウェーデン,及びイギリスSAIは,事業の受益者に対するSAIによるサンプル・サーベイを質的評価の手段として重視している。例えばオーストラリアSAIでは,社会保障省のサービスの受給者に対するサンプル・サーベイを検査チームが行っており,スウェーデンSAIは,無作為抽出による住宅手当の受給者のデータ・ベースを作って受給者の面談調査を行っている。また,イギリスSAIは,簡易賠償請求制度の利用者に対する質問票を外部専門家を使って作成し,これにより利用者の満足度の調査を行っている。

 以上のことから,量的に評価出来ない質的な側面の評価の客観性を確保する手段として,今回のフォーラムであげられたものは,大別して,二つあるといえよう。すなわち,ひとつは検査対象に関する評価の専門家の使用であり,もうひとつは受益者等に対する満足度の調査である。そしてこの二つの手段を制度的に確立し,これらを如何に適確かつ有効に使って評価の客観性を確保してゆくかがSAIにとっての重要な課題であるといえるだろう。なぜなら,オーストラリアSAIが指摘しているように,専門家の意見が事業の「総合的効果」の評価という観点から見るならば必ずしも客観的であるとはいえない場合もあるだろうし,受益者調査(専門家を使う場合を含む)の結果の客観性も,質問項目の設定の仕方等,調査の「質」の如何に依存してくるであろうからである。したがって,SAIが外部専門家を如何に選定し,彼らと如何に関わり,如何に彼らを使用してゆくかが事業の「質」の評価の客観性確保の鍵を握るものとなるものと思われる。

・有効性評価の一般的評価基準,評価技法を定めたものはあるか

 有効性評価の評価基準については,"Performance Audit Guide"を策定し,定期的に改訂しているSAI(オーストラリア)もあるが,個々の分野毎の戦略と技法を定めたものはいくつかある(例えば「社会保障業績検査の戦略」)ものの,有効性検査全般に適用出来るものはないといったSAIもある(スウェーデン)。ニュージーランドSAIのように,政府サイドの有効性測定基準をSAIが評価する基準を作成しているものもある。イギリスSAIは,現在,業績評価の基準と研修についてのガイダンスを開発中であり,ガイダンスには,performance indicator, targets, performance measurementを盛り込む予定であるとしている。また,アメリカ(GAO)のように,業績検査(Performance Audit)については詳細なものがあるが特に有効性検査についてのものはないとしているものもある。しかし,いずれにせよ,SAIによる有効性評価の対象となる事業は,今回各国から提示されたケース・スタデイに示されたように(第3章参照),公共事業や産業基盤整備のような社会資本の形成を目指すものから,社会福祉や住民サービスのように納税者を直接対象とするものまで千差万別といってよいくらい幅広いのであるから,これら全てに適用可能な評価基準の設定は,それが可能であるとしても,極めて一般的なものにならざるを得ないであろう。ただ,スウェーデンSAIのように,事業分野毎の戦略と技法を開発しつつあるSAIがあることは注目すべきことであろう。

(注2)費用便益分析(cost‐benefit analysis)

 費用便益分析(cost‐benefit analysis)とは,交通計画,教育計画,住宅政策,エネルギー計画,都市計画といった時間的にも空間的にも影響範囲の広い公共プロジェクトの採否を考える場合,プロジェクトの実施に伴って発生する直接的効果だけでなく,間、接、的、影、響、を、含、む、あ、ら、ゆ、る、費、用、と、便、益、を、評、価、す、る、ことによってプロジェクトの望ましさを推定する実際的な方法である(神戸大学会計学研究室編・第4版会計学辞典 傍点筆者)。したがって,費用便益分析は,評価の「総合性」という面で,相当に幅広い観念であるといえよう。

6.評価結果の報告内容

・報告は,評価結果の記述に留まるか,あるいは,改善策を必ず勧告しているか

 参加SAIのほとんどが,評価結果とともに改善策を勧告していると答えているが,イスラエルSAIは,ポリシーとして,詳細な勧告は盛り込まず,高々代替策をヒントとして述べるにすぎないとしており,ニュージーランドSAIは,同SAIが指摘した事項に対する具体的な改善策を検討するのは受検庁側の責任であるとしている。

 なお,これに関連して,オーストラリア,フランス,ドイツSAIは,検査報告にSAIの評価結果と受検庁の見解の両論を併記するとしている。

・所見のなかには,事態を放置した場合の損失額,あるいは改善した場合の改善額等を明示しているか その場合,金額の精度はどの程度のものが求められるか

 参加SAIの多くが,金額表示に努めていることと金額表示が重要であることを強調する一方で,金額表示の困難性も指摘している。すなわち,ドイツSAIは,ほとんどの場合金額表示は困難で,出来ても大雑把な金額の表示に留まるとしており,アメリカSAIは,節減額には将来の予測額も含まれるため正確な金額表示は困難であるとしている。また,スウェーデンSAIは,金額表示をするように努めているが,それが重要でも必要でもない場合もあるとしている。イギリスSAIは,現在準備中の「ガイダンス」で,全ての報告でなんらかの形で金額を表示するよう評価担当者に求めているとしている。一方,フランスSAI,ニュージーランドSAIは金額表示を評価担当者に求めていない。そして,ニュージーランドSAIは,節減可能な部面のみを報告することは業績良好で問題の無い領域についてpositive asssuranceを議会に報告しない点で公平を欠くことを指摘している。

7.フォローアップ調査

・勧告に対するフォローアップ調査を行っているか イエスの場合,どのような深度で行っているか

 検査報告に「勧告」を含めるとしているSAIの大半が勧告のフォローアップ調査を行っていると答えている。また,フォローアップ調査によって勧告の実施状況を調査することを,勧告の正当性,客観性を評価する手段と見ているSAI(オーストラリア)もある。イスラエルSAIでは,事業に大幅な変更が加えられた場合には,当初の評価と同じ形と規模でのフォローアップ評価を行うとしている。ただ,韓国SAIのように,正式なフォローアップ評価としては追跡調査を行わず,執った措置について受検庁から報告させているだけのSAIもある(受検庁に報告義務あり)。また,スウェーデンSAIは,フォローアップ調査の結果を別個の報告書として出しており,事業完了後3年間スパンのフォローアップ評価を行っている。イギリスSAIでは,フォローアップを定期的に行っているが,そのうち約10%について,当初の評価完了後5年後に公式で詳細な再評価を行っている。フォローアップの時期は,評価完了5年後(イギリス),1年後(オーストラリア),2年後(カナダ),1−3年後(イスラエル),6ヶ月後(スウェーデン)等がある。

8.政治的中立性の確保

・有効性の観点から検査を実施してゆく上で,検査報告の政治的中立性を保持するためにどのようにしているか

 参加SAIの多くが議会と緊密な関係を保っているが,有効性の評価のテーマの自主決定権の確保等を通じて評価活動の政治性の排除,政治的中立性の確保に努めている。議会とSAIの関係について,韓国SAIは,同国では,SAIの報告に政府寄りのものが多く,この点からSAIを議会に付属させるべきであるという意見があるが,今のところ,議会に付属させるとSAIの政治的中立性と報告の客観性が失われるという意見が大勢を占めているとしている。これに関して,議会付属のSAIの典型としてのGAO(アメリカ)は,後述のように,議会のメンバーへの公平・平等な情報提供といった形で政治的中立性の確保を図っている。

 一方,実際の検査(評価)活動では,参加各SAIともに,政府の政策そのものの是非を問わないという形で政治的中立性を確保している。また,検査報告に受検庁の見解を掲記すること(6章参照)等により検査報告の客観性を高めることも政治的中立性確保の手段と考えている。オーストラリアSAIは評価対象を,policy effectivenessでなくadministrative effectivenessに置くとしており,カナダ及びイギリスSAIは,法制度上,merit of policy(カナダ),政策目標の是非(イギリス)を評価の対象に出来ないとしている。

 政治的中立性確保の具体的手段として,イスラエルSAIは,評価対象事業の利害関係人からSAIの評価手法に対するコメントを求めたり,検査報告のドラフトを利害関係人に開示したりして,公正な評価に努めるべきであるとしている。またGAO(アメリカ)は,その評価報告が議会,メデイア,一般大衆の間でしばしば議論を巻き起こすが,評価に当たっては,評価対象事業の利害関係人の意見を公平に聞くようにしており,報告や証言により,議会の与党メンバーにも野党メンバーにも平等に情報の提供を行うようにしている。一方,スウェーデンSAIのように,政治的にsensitiveな問題については,事実関係の記述のみを記載し,因果関係等には触れないとしているSAIもある。

9.結び

 今回の国際フォーラム(「有効性の検査をどのように実施するか」)は,昨年初めて開催した,第1回国際フォーラム(「最も有効な会計検査の実施プロセスについて」別稿参照)に引き続いて開催したものであるが,第1回が,「検査計画」,「検査報告」,「検査結果の行政への反映」等5つのサブ・テーマに分けて,比較的一般的なテーマを論じたのに対して,今回は,テーマを「有効性検査」に絞り,ケース・スタデイ及び理論面の分析の2つの側面から討論を行った。今回の「有効性検査」についての討論は,「有効性検査」の理論と実際についての討論そのものに加えて,前回行った「最も有効な会計検査の実施プロセスについて」の討論で問題となったことを「有効性検査」の観点から更に肉付けし,かつ実質的なものとした面もあり,有意義なものとなったと考えている。「有効性検査」で最も問題となるのは,やはり,評価の尺度をどのように設定するかであり,特に本院のように「定量的評価」を伝統的に行ってきたSAIにとっては,このことは大きな課題となるものと思われる。討論の内容を見てもこの面での議論が最も重きをなし,かつ得るところも多かったように思われる。したがって,特にこの面での更なる議論が将来行われることを期待したい。

 フォーラムでは,各参加者に事前に「国別報告(Country Paper)」を書いていただき,また,事前に用意したアンケートにも答えていただいた。本院からは,疋田院長に開会のご挨拶をしていただいたほか,深田第1局長(当時)に租税検査とODA検査についての基調演説をしていただいた。また,杉浦検査官をはじめとする本院幹部の方々,検査に直接従事されている職員の方々にご多忙中ご参加いただき,熱心に討論を聞いていただいた。フォーラムにご協力いただいた関係各位にここに厚く御礼申しあげたい。

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