第16号

フランス会計院(Cour des comptes)と社会保障会計検査(2)
岩村正彦

岩村正彦
(東京大学法学部教授)(会計検査院特別研究官)

 1956年生まれ。79年東京大学法学部卒業。同年東京大学法学部助手,82年東北大学法学部助教授,93年東京大学法学部助教授を経て,95年より現職。96年より本院第8代特別研究官に就任。日本労働法学会,日本社会保障法学会,日仏法学会に所属。
 主な著書は,「労災補償と損害賠償」(東京大学出版会)等。

(目次)

Ⅰ はじめに

Ⅱ フランスの会計院とは

1 組織(以上15号)

2 職務と権限(以下本号)

Ⅲ 社会保障会計検査−最近の検査報告から

1 フランスの社会保障制度(以上本号)

2 社会保障制度に関する会計検査報告

Ⅳ おわりに

Ⅱ フランスの会計院とは

 2.職務と権限

(1) 会計院の負う職務は,財政裁判権法典が列挙している。同法典の掲げる職務はつぎのとおりである。

① 公会計書につき裁判を行う(第一審として州会計部が管轄するものを除く)(CJF.L.111-1条1項)。また,州会計部の終局判決に対する上訴を管轄する(同2項)。

② 予算法の執行の監督にあたって,議会および内閣を補佐する(CJF.L.111-2条)。

③ 公会計に記載された収入および支出の適正さ(régularité)について,証拠書類にもとづき,実地で監査を行い,かつ,国の機関や,その他の公法上の法人(州会計部の管轄下にあるものを除く)が管理する予算(crédits),資金(fonds)および財貨(valeurs)が適切に使用されているかを監督する(CJF.L.111-3条)。公会計の適用があるのは,国の行政機関のほか,国の公施設(établissements publics)(1),および(ほとんどは州会計部の管轄に属するが)地方公共団体である(2)。

④ 公企業の会計および管理運営の監査を行う(CJF.L.111-4条)(3)。ここにいう公企業の範囲は,CJF.L.133-1条以下に規定されている(4)。

⑤ 社会保障(sécurité sociale)諸機関を監査する(CJF.L.111-5条)。また,社会保障法典L.243-7条2項により,国の中央機関および地方出先機関による社会保障立法の適用に関する監査のうち,これらの機関が一般制度に対し負担すべき社会保険料と拠出金にかかる監査は,会計院の担当であり,その結果は,決算法案についての会計院の報告書の中で明らかにされる(CJF.L.111-6条)。

⑥ 国,その他国の監督に服する機関,および欧州共同体からの財政的支援を受ける機関を,法令の定めるところにより,監査する(CJF.L.111-7条)。

⑦ 公の募金活動を行う機関の会計検査に関する法律(5)3条に掲げる機関によって実施される全国レベルでの募金活動の一環として,公の募金によって集められた資金の使用にかかる会計を,国務院デクレの定めるところにより,監査する(CJF.L.111-8条)。

 以上のほか,会計院は,法典の各規定が一定の権限を持つことを前提とした定めをしている場合には,その権限を当然に行使できる(CJF.L.111-9条)。

 なお,会計院と州会計部のそれぞれの権限は,会計院は,州会計部が第一審として管轄する案件(CJF.L.211-1条以下)以外のものを管轄するという形で配分されている。州会計部が第一審として管轄する案件については,会計院は,上訴を管轄する(CJF.111-1条)。

(2) 以上の職務を実施するために,法典は,会計院にいくつかの重要な権限を付与している。

 まず,会計院の伝統的な職務である,公会計裁判権に関する権限がある。この裁判権は,正規の会計責任者だけでなく,着服や裏金を作るなどした事実上の会計責任者に対しても及ぶ(CJF.L.131-2条)。会計責任者は,会計書の提出義務を負い(CJF.L.131-1条1項,140-7条),会計院は,会計書の提出を遅滞した会計責任者に対して,罰金を賦課することができる(CJF.L.131-6条以下)。

 この公会計の裁判は,「会計院は,会計書を裁くのであって,会計責任者を裁くのではない」という考え方にもとづいている(6)。会計院は,会計責任者の過失の有無,公会計上の損失の発生の有無にかかわらず,収入の欠損,不適正な支出があれば,是正を命じる判決を下す。フランスの公会計制度の特色は,是正にあたって金銭的な責任(債務)を負うのは会計責任者本人である点である。たとえば,不適正な支出があったとされた場合には,会計責任者が支出の相手方から当該金額の払い戻しを受けて,公会計に払い込まなければならない。ただし,事後的に大蔵大臣によって(全部または一部の)債務が免除されることはある(7)。

 また,より一般的に,会計院は,検査対象である諸機関・組織の管理運営に関するあらゆる文書(その性格を問わない)の伝達を受ける権限を有している(CJF.L.140-1条1項)。そして,会計院の検査対象である諸機関・組織の代表者,管理者,公務員,職員は,いずれも会計院の召喚に応ずる義務があり,また,検査の必要がある場合には,国の代表者および職員,公的基金の管理者,公企業の役員,監査・検査部門の構成員は同様に召喚に応じなければならない(CJF.L.140-8条)。このほか,会計院の検査に服する会社(上述(1)④参照)に関しては,会計院判事,特任上席判事および調査官は,当該会社の会計士に,あらゆる情報の提供を求めることができるとされている(CJF.L.140-2条1項)。とくに,会社会計士の職業および地位に関する法令の規定によって作成された書類および文書の伝達を受けることができる(同2項)。

(3) 法典上規定されている会計院の職務と権限は,上記のとおりである。法令としての性格上,こうした職務と権限は,別々に規定されている。しかし,実際の検査は,当然,これらの職務権限を有機的に結合して行う。その結果,検査は,つぎの3つの作業から構成され,それらはしばしば一体として行われる。

① 公的な会計書の真実性と適正性の確認。基礎となる規範は,公会計のそれである場合と,民間の会計準則の場合とがある。

② 会計書に記載された諸行為の適正性の検査。適正性の判断基準は,財政法・行政法の適用下にある機関の場合は,財政法・行政法,公企業の場合は会社法,補助金を受けている団体の場合は民法である。加えて,いずれの場合でも,税法および刑法も基準となる。

③ 管理運営の質(qualité)の検査(公の資金や,企業・団体の資産が良好に利用されているかの検査)。いわゆる,経済性,有効性,効率性の観点からの検査である(8)。

 これをDESCHEEMAEKERはつぎのように図式化している(9)。

図表

(4) 検査の結果は,担当部での審議を経て,決定に至る。その決定は,様々な形態で具体化される。たとえば,公会計原則が適用される場合には,会計書についての判決という形を取る。これに対して,公企業の検査結果は,各企業についての報告書としてまとめられ,当該企業の役員に,また場合によっては,その親企業の役員や,監督省庁に送付される。それ以外にも,必要に応じて,関係大臣宛の院長の親書,主任検察官の書簡,部長の書簡の送付といった措置がとられる(10)。これらの多くは非公開である。

 調査結果をもとにした会計院の所見とそこから導かれる指摘(enseignements)を公表するのが,大統領にあてた年次報告書である(CJF.L.136-1条)。この年次報告書は議会にも提出される(同条)。この年次報告書が扱うのは,会計院が直接検査する行政部局,機関および企業,ならびに州検査室の管轄する地方公共団体,施設,団体,機関等である(CJF.L.136-2条)。この報告書には,関係大臣,地方公共団体・施設・会社・団体・機関の代表者の回答が併せて掲載される(CJF.L.136-5条)。1991年以降は,特定の事項について,分冊が,本編とは異なる時期に公刊されている(11)(12)。なお,後述のように(Ⅲ1(3)),社会保障に関しては,1994年以降,別個の報告書が作成・提出されるようになった。問題は,年次報告書で示された問題点等がどの程度改善・改革されたかである。1989年および1990年の年次報告書でなされた所見についてみると,その60%に関して満足すべき回答が得られたという(13)。

 社会的にも,年次報告書は大きな注目を集める。国会議員が,年次報告書に記された会計院の所見をもとに質問をすることは少なくない(14)。また,新聞等でも,会計院の所見は報道される(15)。こうした新聞記事から会計院の報告書の社会的な評価を測ることができる。その一例として,「会計院,それを利用しようとするものにとっての武器」と題する新聞記事(Le Monde)を紹介しておこう。「会計院は何らかの有用性があるのか?」という文章で始まるこの記事は,年次報告書で指摘された問題事項を関係官庁が改善するとは限らないと述べつつも,近年の政党スキャンダルや国庫補助を受けている財団の問題ある会計処理の発覚の口火を切ったのは,まさにこの年次報告書であったと指摘する。年次報告書の指摘事項への対処に関する追跡調査は,これまでも試みられてきたが,必ずしもうまくいっていない。記事によれば,その理由としては,かつて設けられた追跡機関の独立性に問題があったこと,政治側に熱意がないこと,会計院判事等もつぎの報告書の準備に忙しいこと,報告書の指摘に対してなされた施策の評価が難しいことがある。また,指摘に答えての改革が,たとえば,労働組合の抵抗,既得権を保持しようとする官庁側・職員集団の抵抗,国会議員の無関心等によって,仮にそれが実現しても,それまでに非常に時間がかかることもこの記事は指摘している。他方で,地方公共団体レベルでは,主として野党側の議員に州会計部の指摘に対する関心が高いことも述べられている。ただ,記事は,市長等の政治家がうまく立ち回ることで,州会計部の指摘を覆い隠してしまうという例があることを紹介している。記事は,以上のような分析を通して,会計院の年次報告書がどれほど有効であるかは,議会が政府(内閣)に対してどれほどコントロールを行おうとしているかに依存する,というメッセージを発しているといえよう(16)。

 以上が,フランス会計院の組織と権限の概要である。公会計にかかる裁判機関を出発点としながら,今日の会計院は,現代の国家活動,あるいはより一般的に公的な活動の飛躍的な拡大・膨張に伴い,実に広範な領域を対象として,会計検査を行っている(17)。そして,検査の際に指標とするのは,公会計の準則だけではなく,対象機関の性質によっては,民間会計の準則でもある。また,検査は,管理運営の質にも及び,そこでは経済性,有効性,効率性という見地から検査が行われる。そこで,つぎにわれわれが関心を寄せるのは,具体的に,フランスの会計院が,検査結果を受けて,どのような所見を述べているかである。もちろん,関係大臣や行政当局が,それに対して,いかなる反応を示したかも,われわれの興味を引く。以下では,社会保障制度に関する会計院の報告を通して,上記の点について検討を加えることにしよう。

Ⅲ 社会保障会計検査−最近の検査報告から

 財政裁判所法典は,L.111-5条で「会計院は,社会保障の諸機構を検査する」と規定する。さらに,L.134-1条はつぎのように定める。

 「以下の法定強制制度の管理運営を全部または部分的に管掌する私法上の法人格または財政自主権を持つ私法上のすべての機関は,会計院の検査に服する。

a)疾病,出産,老齢,障害,死亡,労働災害および職業病を対象とする保険;

b)家族給付。

   上記の機関の団体および連合体も同様の検査に服する。」

 他方で,社会保障法典も,L.154-1条およびL.154-2条で同様のことを定めている(18)。

 これらの規定から,社会保障制度が,会計院の所轄下にあることがわかる。このことに関して,おそらく浮かび上がるのは,なぜ法典がわざわざ社会保障機関に関する会計院の権限を定めたかという疑問であろう。わが国の場合,社会保障制度が会計検査の対象となるのは,いわば「当然」であって,会計検査院法にわざわざ社会保障制度を検査対象とするとは規定されていないからである。この疑問に対して想定される回答は,それは,フランスの社会保障制度の特徴に由来するというものである。そして,フランスの社会保障についての会計検査報告書を読むとき,このフランス社会保障制度の特徴を念頭に置く必要がある。そこで,検査報告書の内容の紹介に入る前に,まず,フランスの社会保障制度の概要を略述し,その特徴を分析することにしよう。

 1.フランスの社会保障制度

(a) 社会保障の概念

 フランス法で用いられる「社会保障(sécurité sociale)」という言葉は,わが国の「社会保障」とは必ずしも同じ意味ではない。フランスには「社会保障法典」(Code de la sécurité sociale)が存在し,「社会保障」制度全般に関する規定をおいている。この法典が定めるのは,社会保険方式による,医療・出産保険(assurance maladie-maternite),老齢・障害・死亡保険(assurance vieillesse-invalidité-décès),労働災害・職業病保険および家族給付(prestations familiales)の各制度である。いいかえれば,フランスで「社会保障」というとき想起されるのは,伝統的には,世帯所得の減少・喪失および世帯支出の増大をもたらすリスクに対処するための社会保険方式による給付の制度である(19)(もっとも,後述する普遍的社会保障拠出金の導入等により,最近では,こうした見方には修正を加える必要があるが)。一般租税を財源とする給付・役務提供の制度(わが国でいう社会福祉に相当する制度)は,社会扶助(aide sociale)と観念され,「社会保障」制度とは別個独立のものとして,制度が作られている(20)。

 もともと,フランスの社会保障制度は,第二次世界大戦後に,イギリスのベヴァリッジ報告書に影響を受けつつ,既に戦前に存在していた各種社会保険制度等を統合・拡充することによって成立した。そうした経緯から,社会保障制度は,先行した社会保険制度とかなり強い連続性を有している。社会保険制度は,労使の自主団体として発達した共済組織を沿革とするため(21),国家からの自立と労使自治(コーポラティズム)の観念を強く持ち,それが戦後の社会保障制度にも持ち込まれた。つまり,フランスの社会保障制度は,国家行政組織には統合されていない,自治的な制度として構築されているのである(22)。そして,給付支給等を担当する金庫の管理運営は,被保険者代表,使用者代表等をメンバーとする理事会が担い,行政当局は直接には介入しない。もちろん,このことは,社会保障政策の策定・実施や金庫の運営に国(政府)が関与しないということではない。社会保障にかかる基本的な政策(たとえば,近年では,年金支給開始要件の変更,医療費抑制等)は政府が主導して決定し,場合によって関係法令の改正を行う。また,所轄官庁(中央レベルでは厚生大臣,州・県レベルでは州知事)は,金庫(caisse:フランスの社会保障給付機関の名称)の理事会のなす決定に対する監督権限を有している(CSS L.151-1, L.224-10条)。

(b) 社会保障の財政

(1) 以上に見た社会保障制度(社会保険制度)の特徴は,財政面にも反映していた。つまり,組織的な自治性は,財政面での強い自立性と結びついていた。社会保障制度財政の主たる部分は,被保険者および使用者(労災・職業病保険および家族給付に関しては使用者のみ)の負担する賃金をベースとする保険料によって賄われ,国の一般財源の投入は非常に限られていた。たとえば,疾病保険の場合,酒への賦課金や自動車保険料に対する拠出金が繰り入れられていた他は,保険料を財源としていたし,老齢保険でも,同様の状況であった。もっとも,こうした財政面での自主性にもかかわらず,行政当局の介入はあった。金庫の予算案の決定等について,所轄官庁の認可が必要であったりするからである。しかし,社会保障財政への政府の介入は,それ以上のものではなく,限定的なものにとどまっていた。こうした限定性が如実に現れているのが,議会が社会保障予算について審議することがなかった点である。このことは,議会権限に対する憲法上の制約にも由来する。周知のように,第五共和制は,議会権限の限定と行政権の優位という考え方を基調とする。そのため,第五共和制憲法(後述の改正前)は,社会保障に関しては,その基本原則のみを立法事項としていた。したがって,社会保障予算には議会の権限は及ばなかったのである。

 おそらく,こうした組織面・財政面での特性のゆえに,先に引用した財政裁判権法典L.134-1条や社会保障法典L.154-1条等は,ことさら,当該の社会保障機関に対する検査の権限を明記したと推測される。そこで想定しているのは,第一線の諸金庫やその連合体(県疾病金庫,州疾病金庫,家族手当金庫等)である(23)。これらの機関は,公会計の適用下にはないので(24),会計院は,民間会計原則に則って検査を行うことになる(25)。他方で,全国レベルの組織(全国疾病保険金庫,全国老齢保険金庫,全国家族手当金庫等)は,公施設であって公会計責任者が置かれている。したがって,会計院の検査は公会計原則に依拠して行われる(26)。

(2) ところが,上述した社会保障財政の仕組みは近年揺らぎつつある。それは,疾病保険・老齢保険財政の赤字が深刻化してきたことによる。すなわち,1996年の暫定値では,一般制度(Régime général)全体で赤字は515億フランであり,1997年の予測では,やや持ち直すが,それでも471億フランに達する(27)。この深刻な事態への対応が重要な政策課題となり,1980年代末からいくつかの対策が講じられてきた。それらは,新たな財源の確保,支出の抑制および社会保障財政に対するコントロールの強化に分けることができよう。

 第一の財源確保施策としては次のものをあげることができる。まず,1990年12月29日の法律によって普遍的社会保障拠出金(contribution sociale généralisée:CSG)が創設された。これは,①給与所得,社会保障の所得保障給付,事業所得,②資産所得,③利子配当所得に対して賦課される(CSS.L.136-1, L.136-6, L.136-7条)。賦課率は,1993年7月22日の法律によって引き上げられて2.4%となっている。このうち1.1%分は全国家族手当金庫に,1.3%分は老齢連帯基金(Fonds de solidarité vieillesse)(28)に配分される(CSS.L.136-8条)。つぎに,社会保障制度の累積赤字解消のための公費の投入が行われた。預託金庫(Caisse des dépôts et consignations)を介して,1995年12月31日現在の累積赤字と1996年度に予想される新たな赤字の合計に相当する1370億フランが社会保障諸機関中央機構に貸与された。他方で,1996年1月24日のオルドナンスで,社会保障債務返済金庫(Caisse d'amortissement de la dette sociale)が13年1か月の時限付で設立された。社会保障諸機関中央機構の前記債務が同金庫に移管され,同金庫が,その返済にあたることになった。返済の原資は,前記オルドナンスで導入された「社会保障債務返済拠出金」である。この拠出金は,ほぼ前記CSGと同様の所得に対して賦課され(2009年1月31日までの時限付),その率は0.5%である。

 第二の支出の抑制策でまず挙げることができるのが,老齢年金の支給条件と支給額算定方法の変更である。従来,満額の年金は,37年6か月の保険加入期間を満たせば,60歳から支給可能であった。しかし,高齢化の進行を背景として,1993年8月27日のデクレは,10年がかりで,満額年金受給に必要な保険加入期間を段階的に40年に引き上げることとした(CSS.R.351-45条)。また,老齢年金額の計算基礎は,それまで,保険加入期間中のもっとも被保険者に有利な10年間の賃金平均額としていたが,これも段階的に25年に改める(CSS.R.351-29条)。もう一つの支出抑制策は,医療費増加の抑制である。主な施策を挙げれば,①被保険者等の病歴,処方歴等を記載して,診療歴が追跡できるようにする健康手帳制度の導入,②開業医の医療費の年間増加上限目標値を医師会との間で設定し,もしこの目標値が守られない場合には,医師側が一定の方法で計算した額を疾病保険金庫に返還する制度の導入などである(1996年4月24日のオルドナンス)。

 最後に,社会保障財政に対するコントロールが強化された。前述したように,従来,社会保障財政には,議会は直接には関与できなかった。しかし,国の財政全体の中で,社会保障財政の持つ重みが増すと,議会は,社会保障財政への関与を強めようと試みるようになる(29)。とりわけ,租税負担と社会保障負担を併せた国民負担率(prélèvements obligatoires)の抑制や,EU通貨統合実現を控えた,社会保障財政も含めた公的財政の赤字削減が政策課題となると,そうした議会の動きはより一層強まる。そして,1995年の大統領選挙でChirac政権が誕生すると,社会保障財政への議会の関与は一気に具体化する。1996年2月22日の憲法改正によって,法律の一範疇として「社会保障財政法律(lois de financement de la sécurité sociale)」が追加され,議会がこれを審議・採決することとなった(改正後の憲法34条,47-1条)。この社会保障財政法律は,社会保障の財政均衡に関する一般的な条件を定めるとともに,収入見通しを考慮して支出目標を設定するものである(30)。こうして,1996年10月に,第5共和制下で初めて,議会は社会保障財政について審議を行う(31)。その結果,1997年の社会保障財政法律が,1996年12月27日96-1160号法律として成立した。

(c) 会計院の役割

 以上のような社会保障財政をめぐる動向の中で,会計院にも新たな役割が付与される。まず,社会保障に関する1994年7月25日94-637号の法律によって,毎年,会計院は議会に(先に述べた年次報告書とは別に)報告書を伝達することとなった。この報告書では,会計院の検査に服する社会保障諸機関のすべての会計書を分析し,また,県社会保障会計検討委員会の意見の総括を行うこととなっている(32)。必要があれば,監督官庁の所見と回答も記載される。同法律によって,会計院は,国の中央行政機関および地方出先機関が一般制度に対して納入すべき社会保険料等に関しての,前記諸機関による社会保障立法の適用の監督を行うこととされた(前述Ⅱ2(2))が,その結果は,決算報告書に記載される(33)。そのつぎの大きな動きは前記憲法改正である。新たに挿入された47-1条は,社会保障財政法律の適用の監督にあたって,会計院は議会と政府を補佐すると定めた。具体的には,会計院は,毎年,社会保障財政法律の適用についての報告書を作成し,議会に提出する。この報告書は,前記1994年の法律で規定された報告書に取って代わるものである(34)。また,会計院は,社会保障財政法律の適用に関する問題を担当する議会委員会の求めによって,検査対象である社会保障諸機関の調査を行いうることとなった(CJF.L.132-3-1条)。

 上記の改正にもとづき,会計院は既に1995年と1996年に前述の報告書を提出している。1995年の報告書は,会計処理の基準や実務が不統一であること,収益と費用の発生時主義が部分的にしか採用されていないこと,会計に関する資料や情報の信頼性が十分でないこと,保険料の徴収漏れ,未納が少なからずあること等の批判を加えるとともに,社会保障財政の赤字の原因の分析とその財政再建のための方策の提案を行っている(35)。また,1996年の報告書では,会計院は,1993年以降の政府当局による社会保障制度の管理運営を批判し,支出に関しての一定の方針にもとづく継続的な施策がないため,財政均衡達成は依然として手の届かないところにあると評価する。また,雇用政策の枠内で政府が行っている社会保険料の減免の規模が非常に大きくなっていること,制度が極端に複雑であることの指摘,批判も行っている。会計院の批判は,社会保障金庫による医師等のための福利厚生給付に費用がかかりすぎていること,自宅保育手当(allocation de garde d'enfant à domicile)の雇用創設効果が不十分であり,また世帯所得が高いほどこの手当によって受ける経済的便益が大きいこと,といった点にも及んでいる(36)。

 社会保障財政が重要な政策課題となるにつれ,会計院に期待される職責も大きくなりつつある。社会保障制度に関して会計院が果たす役割がどのようなものかを実際に示すのが,上に触れた社会保障に関する報告書である。そこで,項を改めて,最近の報告書を覗いて,社会保障制度について,会計院がどのような指摘・批判をしているかを紹介することにしよう。もちろん,わが国との比較という点からは,フランスの「社会保障」に対象を限定することは,狭きに失しよう。そこで,年次報告書などで,社会扶助や自立最低所得について,会計院がいかなる所見を提示しているかも見ることにしたい。

[未完]

(1) 国の公施設としては,たとえば,預託金庫(La Caisse des dépôts et consignations)などがある。

(2) Christian DESCHEEMAEKER, La Cour des comptes, pp.47 et s.(以下,DESCHEEMAEKERで引用する)

(3) あわせて,ある事務を他に委任している機関に対する会計検査の範囲内で,贈収賄の防止および,公的な経済活動ならびに手続の透明性に関する1993年1月29日93-122号法律第40-1条の適用により,その事務の受任機関が提出する報告書の監査も行う(CJF.L.111-4条)。

(4) 会計院が当然に検査対象とするものとしては,商工業を営む国の公施設,国営企業,国営会社,国が資本の過半数を保有する混合会社または株式会社(CJF.L.133-1条)がある。また,以下のものについても,会計院は検査対象とすることができる。

① その法的地位にかかわらず,商工業活動を行うその他の公的な施設または機関(CJF.L.133-2条a)。

② その法的地位にかかわらず,国,地方公共団体その他会計院の監査に服するものが,資本または議決機関の議決権の過半数を保持する,会社,団体または機関(同b)。

③ ①②に挙げた機関の子会社で,当該機関が,単独で,または国と共同で,その子会社の資本または議決機関の議決権の過半数を保持するもの(同c)。

④ 国その他会計院の監査に服する機関が,単独で,または共同で,決定権を行使するに足る資本参加を保持する法人(同d)。

 さらに,地方公共団体またはその公施設が一定額以上の財政支援をし,あるいは,資本所有等の形で,決定権を保持する施設,会社,団体および機関であって,複数の州会計部の管轄に属するもの等についても,会計院は会計書の監査権限がある(CJF.L.133-3条,CJF.L.133-4条)。ただし,これについては,州会計部に監査を委任できる。

(5) 非営利団体および共済組織の代表委員のための休暇ならびに公の募金活動を行う機関の会計検査に関する1991年8月7日91-772号の法律。

(6) DESCHEEMAEKER, p.62.

(7) DESCHEEMAEKER, pp.62-63.

(8) DESCHEEMAEKER, p.59.

(9) DESCHEEMAEKER, p.60. 公会計原則の適用下にある機関について,会計書判決と管理運営の検査との境界が斜線になっているのは,この場合,会計書判決は,会計書の適正性の検査に限定されず,管理運営の適正さにも及びうるとともに,管理運営の質の検査は,管理運営の適正さの検査にも及ぶことがあるからである。Ibid.

(10) DESCHEEMAEKER, pp.80-81. ちなみに,財政裁判所法典はこの点について次のように規定している。(a)本文2(1)③〜⑥にあげる諸機関・組織に関する改善・改革に関する意見や示唆は,所轄の大臣または行政当局に伝達する(CJF.L.135-1条)。(b)同⑦に述べた検査の結果として作成される意見は,対象機関の長に伝達され,さらに,当該の長は,伝達後最初の理事会および総会にそれを伝えなければならない(CJF.L.135-2条1項)。会計院は,情報提供として,⑦にかかる最終的な意見を所轄大臣および国民議会ならびに上院の財政委員会委員長に伝達する(同2項)。(c)公企業の監査については,会計院は,当該企業の会計書,事業活動,管理運営および成果に関する意見を述べる個別報告書を関係大臣に伝達する(CJF.L.135-3条1項)。その報告書では,とりわけ,企業の管理運営の質および,会計書の適正性ならびに真実性(sincérité)に関する意見を述べ,事情によっては,必要と考えられる建直し策を提案する(同2項)。この報告書は,当該国営企業等の管理運営を監視し,評価するために指名された国会議員に伝達される(同4項)。(d)会計院長は,議会の財政委員会および調査委員会に,会計院の調査結果と意見を伝えることができ,また,大臣に対する意見の伝達に対し,6か月内に実体問題についての回答がないときには,当該意見は議会の財政委員会に当然に伝達される(CJF.L.135-5条)。

(11) DESCHEEMAEKER, p.127. これは,一つには,年一回の年次報告書の提出だけだと会計院の活動が誤解される向きがあるのに対処するためであり,もう一つには,指摘を年一回の報告書に限ってしまうことに由来する問題に対処するためであるという。DESCHEEMAEKER, p.138.

(12) 会計院は,年次報告書のほか,予算法執行に関する年次報告書(通常,決算法に関する報告書と呼ばれる)も公表する。これについては,DESCHEEMAEKER, pp.134-7を参照。

(13) DESCHEEMAEKER, p.140. Réponse à la question écrite n°11189 du 2 août 1990, J.O., Sénat le 6 juin 1991, p.1163.

(14) DESCHEEMAEKER, p.138.

(15) 本稿(前号)のⅠ注(1)参照。なお,会計院と報道機関との関係をめぐる問題については,DESCHEEMAEKER, pp.138-9を参照。

(16) RIVAIS(R.), La Cour des comptes, une arme pour qui veut s'en servir, Le Monde du 31 décembre 1996, p.14.

(17) このこととの関係では,会計院の職務,権限等に関する法令は,適宜修正されていることを指摘できよう。

(18) 検査の具体的な条件および態様は,1985年2月11日のデクレ39条〜48条が定めている。それによれば,会計院は,社会保障機関の活動全体およびその成果について検査を行い,そのための条件および権限は,以下にみる40条以下の特別の規定によるほかは,通常の検査と同様である(39条)。社会保障担当大臣は,その職員が行った監査・調査等の結果を,定期的に会計院に伝達する(41条)。社会保障機関は,会計関係の書類等を会計院判事に提出する義務を負う(42条)。会計院は,その所見を担当大臣および当該機関の理事会議長に伝達する。同議長は,会計院および担当大臣に,理事会での審議にもとづくその後の経過を伝えなければならない(43条)。
  また,同デクレによれば,各社会保障機関(県レベルのもの)に対しては,会計院の監督の下,県社会保障会計検討委員会(CODEC)が,毎年,会計監査を行うこととなっている(44条)。同委員会は,毎年,その管轄内の社会保障機関の財政運営および,機関の事務長と会計担当者による会計処理についての所見を要約した報告書を提出する(46条)。

(19) フランスの社会保障制度は,(農業部門以外の)民間労働者を主たる対象とする一般制度(Régime général)を核としながら,適用対象者を異にするいくつかの制度(たとえば,商工業自営業者の制度,公務員の制度,農業部門の制度等)によって構成される複雑な制度である。以下では,特に断らない限り,一般制度を念頭に置くことにする。なお,フランスの社会保障制度の全体像を概説するものとして,やや古くなったが,社会保障研究所編『フランスの社会保障』(東京大学出版会,1989年)がある。

(20) 社会扶助は,行政のサービスとして行われる。もともとは,国の所管下にあったが,地方分権化によって,主として県が所管することとなった。したがって,社会扶助についての会計検査は,その所轄官庁に応じて州会計部または会計院が行うことになろう。また,1989年には自立最低所得(revenu minimum d'insertrion)が創設されたが,金銭給付の財源は国庫であるので,その会計検査は会計院が行う。

(21) 現に,社会保障の第一線機関である県疾病保険金庫(caisse primaire d'assurance malaide)等は,社会保障法典の別段の定めによるほかは,共済法典の規定によって設立され,運営される。社会保障法典(Code de la sécurité sociale(以下ではCSS.と略称))L.216-1条。

(22) 第一線機関については,前注の通りであるし,全国疾病保険金庫(Caisse nationale de l'assurance maladie),全国老齢保険金庫(Caisse nationale de l'assurance vieillesse),全国家族手当金庫(Caisse nationale des allocations familiales)という全国レベルの機関も,行政的性格の全国レベル公施設(établissement public national à caractère administratif)であって独立の法人格を有し,財政自主権を持っている(CSS.L.221-2, L.222-4, L.223-2条)。こうしたフランスの社会保障制度の特質については,加藤智章『医療保険と年金保険』(北海道大学図書刊行会.1995年)が優れた分析を行っている。

(23) 前述のように第一線の諸金庫は,共済法典にもとづいて設立されるので,私法の適用下におかれるからである。

(24) DESCHEEMAEKER, p.47. PELLET(R.), La Cour des comptes et les lois de financement de la Sécurité sociale, Droit social, n°9/10, 1996, p.775.

(25) DESCHEEMAEKER, p.71.

(26) DESCHEEMAEKER, p.54.

(27) Liaisons sociales, Documents n°107/96 du 15 octobre 1996, Les comptes du régime général de la Sécurité sociale, Résultats 1995-Prévisions 1996 et 1997.

(28) 老齢連帯基金は,1993年7月22日の法律で設立された,非拠出制の老齢給付(たとえば,被用者として一定の雇用期間があるが,拠出制年金を含めた所得が一定水準に満たない場合に支給される老齢労働者手当(allocation aux vieux travailleurs salariés CSS.L.811-1条以下)等)の費用を負担するための基金である。CSS.L.135-1条。拠出制年金の財源(保険料)と保険技術に基づかない非拠出制年金の財源(普遍的社会保障拠出金,酒税,使用者および従業員代表組織が支払う従業員の福利厚生給付のための拠出金に対して賦課される税金)とを明確に分けるために導入された。

(29) 1996年の憲法改正までに行われた一連の試みについては,ROQUES(X.), Le Parlement et le contrôle des finances de la Sécurité sociale, Droit social, n°3, 1996, p.290を参照。

(30) 社会保障財政法律で定めるべき具体的内容は,1996年7月22日の組織法律(loi organique)によって,社会保障法典の修正という形で定められた(CSS.Art.L.O.111-3条以下等)。

(31) Le Monde du 30 octobre 1996, p.6.

(32) CJF.L.132-3条。この修正が行われたのは,会計院が,必ず,対審的な検討を通して,その立論を支える証拠,書類や事実を摘示して判断を下すことが評価されたためであるという。PELLET(R.), Étatisation, fiscalisation et budgétisation de la Sécurité sociale, Droit social, n°3, 1995, p.303.

(33) ただし,この改正の結果,社会保障立法の適用の検査・監査に関して,権限の重複などの問題が生じた。これについては,PELLET(R.), Les clairs-obscurs comptables et financiers de la réforme de la Sécurité sociale (loi n°94-637 du 25 juillet 1994), Droit social, n°1, 1995, p.80を参照。また,注(18)参照。

(34) 会計院の所見に対する回答は報告書に添付される。注(30)の組織法律第2条(CSS.L.O.132-3条)。この条文の新設に伴い,財政裁判権法典L.132-3条は削除された(前記組織法律第3条Ⅳ)。

(35) Liaisons sociales, Documents n°99/95 du 12 octobre 1995, Rapport de la Cour des comptes sur la Sécurité socialeによる。また,La Cour des comptes épingle la Sécurité sociale, Le Nouvel Économiste, n°1016 du 29 septembre 1995, p.30も参照。

(36) La Cour des comptes juge qu'《un effort considérable》est nécessaire pour redresser la Sécurité sociale,Le Monde du 22-23 septembre 1996, p.7による。

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