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第16号

公会計モデルの改革−財務資源モデルと経済資源モデルの選択−
吉田寛

吉田寛
(九州産業大学経営学部教授)

 1927年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了,経営学博士。神戸商科大学教授,流通経済大学各名誉教授を経て,1996年から現職。日本地方自治研究学会会長,日本会計研究学会理事,日本オフィス・オートメーション学会常任理事,日本管理会計学会常務理事,公益事業学会評議員などを歴任。主な著作は「会計理論の基礎」(日経・経済図書文化賞),「社会責任・会計学的考察」「地方自治と会計責任」「改訂制度会計論」「政府・地方自治体と公企業の会計」「公会計の基本問題・編著」など。

はじめに

 行財政改革の潮流は21世紀に向けての世界的な構造改革の一環である。その底流には官庁主導による計画経済への批判,公共部門への市場原理の導入,財政危機に対する対応などの問題がある。しかもこれはひとり日本だけの問題ではなくてグローバルに関連している。ポスト・キャピタリズムのための世界的構造調整が真の課題として浮上している。この流れのなかでわが国の公会計モデルの改革について財務資源モデルと経済資源モデルの選択という視点から検討を加えるのが本稿の目的である。

1.公会計モデルの基礎となる完全発生主義

 単式簿記法による現金収支会計が官庁会計の特徴とされている。 歳入歳出予算と決算がその典型である。しかし,これでは現金ベースのフロー会計だけであって資産および負債に係るストック情報をフロー会計と組織的に連携したシステムによって提供するストック会計が欠如している。また,行政事業のコストを財務会計のデータ・ベースとリンクして提供する原価会計が成立していないといった批判がある。

 このような批判に答えるための改革が世界的に進行している。スパイアー行政大学院大学のクラウス・リューダー教授はその実態を調査し実証分析のツールとして「コンティンジェンシー・モデル」(Lüder, 1992,1994)を開発した。このモデルは現在もCIGAR(Comparative International Governmental Accounting Research)に集う各国の研究者による実証研究によって成育を続けている。

 最新にはChan, Jones and Lüderの共同論文「政府会計イノベーションのモデリング」のなかでこのモデルによる現在の研究成果が紹介されている。そして,公会計研究はこれまでのCONTEXTの研究から更に進んで公会計のイノベーションがどのように行われているかを検証するCONTENTの研究に移る段階にあると述べている(同書,P.17)。

 完全発生主義を基軸とする政府会計の改革が今後どのように世界的に拡散するかを追跡することがこのグループの大きな関心事である。わが国の公認会計士協会公会計委員会が目下検討中の「公会計原則(案)」でもわが国の公会計制度に完全発生主義を導入すべきであるという基調での草案が示されている。そこでこれからしばらく完全発生主義について議論をすすめていくことにしよう。

a)完全発生主義(full accruals)という用語は,リューダー教授によって,貸借対照表に記載されている資産と負債の範囲がfull sizeである場合にそれを示すために使われているもので,すべての資産と負債に貸借対照表能力を認めることによって資産と負債の差額としてエクイティを算定することにその意義が置かれている。このような発生主義の用法は,費用収益の認識基準としての発生主義の裏返しのようなものであるが,「full」が冠されねばならないそもそもの理由は公的機関の貸借対照表では,諸外国において,貸借対照表に記載されてる資産と負債の範囲が一部の項目,おおむね財務資源に限定されるように選択的であるためで,この場合を発生主義と呼んでいる(拙著「政府,地方自治体と公企業の会計」pp. 2-4参照)。

b)完全発生主義から区別されている発生主義は,通常の言葉の使い方によると修正発生主義に相当するものでIFACではexpenditure basisと呼ばれている。その言葉が示すように財政支出を捕捉することを目的としている。したがって,支出によって形成された資産は会計的認識の外におかれる。それらは会計計算の対象から外されて別個に物的管理の対象とされる。つまり財務資源のみが認識され測定の対象とされる。発生主義を採用していてもこのように認識の対象を限定するのでその真の意味は発生債務を測定の対象とすることに置かれていることが明らかである。

2.財政の会計写像の意義と役割

 公会計では財務会計のための会計写像は当然のことながら財政を対象とする。財政収支の記録と決算書の作成がその任務とされる。歳入歳出決算書がその典型である。この決算書を,経常収支計算書と貸借対照表によって構成するか経常収支計算書のみとするか,前者の場合でも貸借対照表を帳簿記録から原価により誘導するか財産の実地調査によって時価で作成するか,貸借対照表に計上される資産を財務資源に限定するか財務資源ではない流動資産(棚卸資産,物品等)や固定資産をも含む経済資源にも拡大するか,といった違いがある。これらの点について以下に若干の意見を述べておこう。

a)取得原価主義を基調とし認識および測定の対象を原則として財務資源に限定すればその勘定計算から誘導される貸借対照表は財務資源のみを記載する部分貸借対照表となる。これは現行の歳入歳出決算書に財務資源に係る貸借対照表を加えたものにすぎない。このように部分的貸借対照表を作成するだけであるならば敢えて複式簿記を導入しなくても,現行の債権債務管理に関する法規等を再編整備することで管理の改善を図ることができようし,情報開示の徹底を求めることで行財政を国民本位のものに転換することができよう。官庁を資金実体とみる立場ではこのような改革に与する可能性が高い。これは官庁会計の部分的な補修であるから現状を守ろうとする者には受け入れ易いであろう。

b)財務資源に絞って貸借対照表を作成することは,歳入歳出のうち次期以降に繰り越すべき資産および負債を将来の貨幣収支に関係するものに限定することを意味し,この貸借対照表はいわゆる決算貸借対照表とは異なり資金実体(FUND ENTITY)の正負の繰越資金の状態を示すものであるという意味で資金貸借対照表である(拙稿「地方自治体会計の課題と展望」,日本地方自治研究学会編「地域経営と地方行財政」P. 187参照)。

c)貸借対照表項目を貨幣性資産・負債に限定したこの考え方は財政の写像としての会計情報という見方を示している。そしてこれこそCameralistic Accountingの本髄に棹さすものである。この会計は予算会計を出発点とする。すべての財産を会計情報システムによって総合的かつ統合的に管理するという発想も意図もない。財務資源以外の財産は会計情報化されないで別途に物的管理の対象とされる。

   ドイツにおける官庁会計の現状についてLüder教授はつぎのように述べている。

   In Germany, today most jurisdictions restrict the recognition of assets and liabilities to monetary assets (cash+monetary reserves+loans+investments) and monetary liabilities (capital market debt). Assets and liabilities accounting is not systematically linked to budgetary accounting but is kept separately (Klaus Lüder, A Perspective on Governmental Accounting in Germany and Europe, Stockholm 11/1996, p. 1).

d)官庁会計を財政の写像に限定する場合の論理からはうえに述べたような完全発生主義の採用は当然には出てこない。それは測定の対象が財務資源に限定されるからである。すなわち,そこには完全発生主義の狙いである経済資源のフローとストックの全体的な会計情報化の発想が存在しないのである。

e)官庁会計の主体を資金実体とみなす立場から官庁会計を財政の写像に限定するのであれば,官庁会計は企業会計とは異なった独自の意味を持っていることを認めざるを得ない。その主要な根拠は費用収益比較による期間損益決定の発想が存在しないことである。行政コストを測定するとしてもそれは収益に対応する費用ではない。また,行政財産の費用化額は収益収入によってそのすべてを回収すべき性質のものでもない。したがって,損益計算書に従属する貸借対照表ではなくてそれ自体独自に財政状態を財務資源に限って表示する貸借対照表を作成することとなる(前掲拙稿,前掲書pp. 186-187参照)。

f)この考え方はcameralistic accountingをそれそのものとして理解するときに当然の帰結として生まれる結論である。この立場では行政一般のコストの測定は,実施するとすれば,予算会計を基礎とする官庁財務会計とは別途に行われることになる。これはLüder教授のいうExtended Cameralistic Accounting Approachに相当する。このアプローチについてLüder教授はつぎのようなコメントをしているThe"charm"of this approach for politicians and administrative personnel is that budgeting and budgetary accounting can remain unchanged and short term implementation seems possible. Its disadvantages on the other hand are not recognized at least at first glance by those promoting this approach:the considerable additional cost of running the cost accounting system, its unreliable output, the lacking linkage between budgeting and cost accounting………(Lüder, ibid., p. 2).

3.行政の会計写像の意義と役割

 他方,官庁を事業主体としてとらえ行政事業の会計情報化を会計情報システムの課題とすれば財政収支型の官庁会計からの拡張が視野に入る。財政収支は行政事業をカネの面で支えている。行政という物的活動と財政という資金活動はともに実体活動であって表裏一体をなしている。この実体活動を情報化するのが会計である。したがって,会計は直接には財政を写像する役割を担っているがその背後にある実体は行政そのものである。つまり,会計は単に金銭の流れを扱うだけではなしにその原因としての物的事象ないし取引を情報の次元で確認する役割をも担っているのである。この点に注目すれば会計は行政の写像だといえる。財政の資金活動と行政の物的活動と両者を繋ぐ会計の情報活動とはトライアングル体制を構成している(拙稿「地方自治体の予算・決算制度と資本的資産の会計」,『地方財務』No.510,1996年11月,p.68参照)。

a)資金実体としての財政の会計写像という上述のような官庁会計の認識ではなしに,事業実体としての行政の写像として官庁会計をとらえると会計測定の対象は経済資源に拡大されざるを得ない。この流れに沿っているのは官庁事業のなかでは地方公営企業である。官庁会計は一般会計からまず特別会計を分離し独立の会計単位とすることで会計単位の責任の分化をめざし,ついで公営企業会計が設立されるという手順で発展してきた。このような発展は行政事業の拡大にともなってその事業内容に相応しい会計実体が設立されてきたことを意味する。このような会計実体の分化は当該地方自治体の会計システム全体からみると相対的には一般会計の役割の縮小を示すものである。つまり官庁会計固有の領域のみが一般会計の対象として残されることになる。他方同時に公営企業会計の発展を動因として官庁会計の近代化,科学化,民主化が推進される筋道がみえてくる(拙稿「地方自治体の予算・決算制度と資本的資産の会計」,『地方財務』No.510,1996年11月,p.64参照)。

   このアプローチをLüder教授はorganizational approachとしてつぎのように述べている。

 ……instead of questioning the suitability of cameralistic accounting for the whole government sector, the prevailing attitude is to organizationally autonomize (corporatize) those (business type) activities as a prerequisite for introducing full accrual accounting. This is called the organizational approach of changing the cameralistic system. As a consequence, the peripheral sector of government consisting of organizations with accrual accounting systems is growing whereas the core-government sector with its cameralistic accounting system is shrinking. It is obvious that the need for information on the overall financial situation of government becomes more urgent with the number of autonomous organizations increasing (Lüder, ibid., p.3).

b)いまや官庁は単に財政収支のみを報告するだけで済ませる金庫番的存在ではなくて社会経済に著しい影響を与えている経済実体であるという認識に立つと官庁の社会経済的影響を評価できる会計システムを構築するためにこそ改革が求められる。したがって,この課題を草案はどのように解決しようとしているのかを明確にしなければならない。これはこの草案において完全発生主義を採用するとすることの必然性と必要性を明確にすることを求めるものである。

 Lüder教授は,完全発生主義アプローチについてつぎのような説明をしている。

 The full accrual accounting approach, eventually, is the attempt to replace cameralistic accounting with a full accrual budgeting and accounting system for the whole government sector consisting of

  • an accruals based operating budget and a cash flow budge
  • an accruals based financial accounting system comprising entangled accounts of revenues and expenses, assets and liabilities, cash-inflows and cash-outflows (three component accounting system) as well as
  • a cost-accounting system, the data base of which is the financial accounting system.

 The full accrual accounting approach is the only one of the three reform approaches that provides all the information and control devices a cameralistic accounting system cannot provide. (Lüder, ibid., p.3)

 経常予算と現金収支予算に係る発生事項,収益・費用,資産・負債,現金収支(会計システムの三構成要素)の諸勘定が絡み合っている財務会計システムに基づく発生事項,財務会計システムにデータ・ベースのある原価計算システム,これらを包含する官庁の会計システムの構築が完全発生主義を採用する狙いである。

4.公会計改革のシナリオ

 上に述べたように,公会計は行政の会計写像と財政の会計写像に分けて考察することによってそれぞれの測定の焦点の違いを鮮明にできる。 その違いは公会計に期待されているものの違いを明らかにしている。このことに留意しながら,一般会計,特別会計そして企業会計という三つの公会計のカテゴリーを念頭に置いて公会計改革のシナリオを描いてみよう。この三つのカテゴリーはLüder教授の分類にある前掲の三つの改革アプローチに符合している。

 〔シナリオⅠ〕

  その一つは,財政を単式簿記によって写像する伝統的な官庁会計はそのままにして置いて行政コストの原価計算を財務会計とは別に実施するものである。この方法では原価計算のためのデータを財務会計の外に求めることになる。これは官庁会計を原価情報に関して補足的に補充するものでExtended Cameralistic Approachに相当する。

 〔シナリオⅡ〕

  つぎには,官庁会計の固有の領域を行政固有の領域に絞り込む「外堀を埋める作戦」を発想の基礎に置く改革が想定される。これは官庁会計の企業会計化を可能なものから実施するもので特別会計の企業会計化がその標的となる。特殊法人等の整理,統合から民営化への道程のなかで官庁会計的発想を取り除き組織改革を進める。この改革はOrganizational Approachに相当する。

 〔シナリオⅢ〕

  現在の官庁会計の最大の欠点と指摘されているのはストック会計の不在である。この欠点を除くために考えられるのが財産貸借対照表の作成である。この方法では現在の官庁会計に敢えて複式簿記を導入することなしにストック情報が開示される。しかもこの方法ではその趣旨に従って財産の時価評価が原則として採用されるのでストック情報開示の主体性,自主性,独自性が保たれる。

 〔シナリオⅣ〕

  完全発生主義による官庁会計システムの全面的再編のシナリオでは貸借対照表も帳簿記録から誘導されることになる。この場合に,取得原価主義を採用するか時価主義を採用するかについては,単に使い易さとか慣習に従うとかではなしに,真実な情報とは何かという実質的な価値判断を尊重すべきである。

  もし,取得原価による帳簿記録に基づくから真実であるというならば,それはかのtrue and correct viewに従うに等しい。もし,評価時点での公正市価を評価基準とするのであればそれはtrue and fair viewを採用するに等しい(拙著「会計理論の基礎」pp.127-134参照)。

  会計情報の真実性がいつも疑われてきたのは現実の市場価格の動静から離れた歴史的記録に固執して情報としては陳腐化しているからである。

  そこで企業会計ではこの欠点を補うために時価情報をオン・バランスでもオフ・バランスでも開示するようになっている。官庁会計においてもこのことは変わらない社会的要請であると思う。

5.会計写像のためのシナリオの選択

 シナリオの選択にあたってはその出発点において財務資源モデルと経済資源モデルのいずれを採るかの態度の決定が必要である。

 筆者は別稿「地方自治体会計の課題と展望」で,地方自治体会計を資金実体の財務資源モデルとして統一的に説明した。それからは完全発生主義による決算貸借対照表を作成すべき必然性は帰結されなかった。帰結されたのは資金としての実体をもつ財務資源のみを包摂する資金貸借対照表であった(p.187参照)。

 完全発生主義による決算貸借対照表は,この発想とは異なった実体観を基礎とするもので,地方自治体を行政運営の経営主体とする実体観のもとで,経済資源モデルの一環として作成される。別稿「地方自治体の予算・決算制度と資本的資産の会計」では,この考え方を採用する場合の立脚点として,「財政と行政と会計情報のトライアングル体制」の認識をベースとした情報システムの構築をとりあげた。

 このように両者の違いは会計実体観の違いに発している。したがって,シナリオの選択にあたっては財政の写像を意図するのか行政の写像を求めるのかの態度をまず始めに決定すべきである。前者は財政収支のみを認識と測定の対象とし後者は行政全体を写像化の対象としてその経済計算を目的とする。

 財政の写像である財務資源モデルは対象とする財務資源の範囲に広狭がある。それが財務資源モデルにヴァリュエーションをもたらしている。Lüder教授は,このヴァリュエーションを「測定概念の分類」(Comparative Government Accounting Study, 1989, pp.22-29, esp., Diagram 4.2)において,cash accounting(タイプ1),それに受取・支払勘定を含めたmodified cash accounting(タイプ2),更に一部の実現可能な物的資産と発生債務(例,年金債務)を含むmodified accrual accounting(タイプ2),すべての実現可能な物的資産と発生債務を含むmodified accrual accounting(タイプ3)に分けている。このタイプ3までが財務資源モデルに属する。これを超えて,すべての財務資源と実現不可能な物的資産(行政財産)を含むモデルはfull accrual accounting(タイプ4)と呼ばれる。このモデルは経済資源モデルである。

 このようなヴァリュエーションはタイプ1からタイプ3へと段階的に財務資源モデルのヴァージョン・アップを成している。そして最終的に経済資源モデルに到達する。これらのヴァージョンと先に挙げたシナリオを重ね合わせてみよう。

〔財務情報システムと原価情報システムの二元化〕

 シナリオⅠは前述のように,予算を基礎とする財務会計そのものには何等の変更を求めないで伝統的な予算会計システムとは別に原価計算システムを構築しようというもので財務会計システムそのものはタイプ1からタイプ3にわたるヴァージョンのなかで財務資源を測定の焦点とする。Extended Cameralistic Accountingといわれる所以である。

 このヴァージョンのもとでストック情報を貸借対照表によって開示するとすれば財務資源のみを対象とすることになる。すなわち資金実体である政府会計単位の繰越資金の状態を示す資金貸借対照表が成立する。他方,原価情報は財務情報とは別に独自に構成される。したがって,財務情報システムと原価情報システムのデータ・ベースが別個に構築されることになる。

〔組織改革による企業会計適用範囲の拡大〕

 つぎに,シナリオⅡは官庁会計の企業会計への転換を視野に入れた改革のなかで,官庁組織を再編成して,企業会計を適用できる組織を拡大する。これによって現在の官庁会計の範囲を縮小する。この方法は現在の一般会計の現金収支主義はその儘にしておいて特別会計等を企業会計に転換することによって行財政の改革を実現しようとするものである。それによって官庁会計の測定の焦点を経済資源に移すことになる。つまり,この転換の対象となった事業体の会計は完全発生主義によることになる。Organizational approachの採用である。

〔財産貸借対照表によるストック情報の開示〕

 シナリオⅢは完全発生主義の採用のまえにストック情報の提供に焦点をおいて改革を推しすすめようとの趣旨のもとで財産貸借対照表の作成を推奨する。この財産貸借対照表にはすべての資産および負債を計上する。つまり,物的普通財産は勿論のこと物的行政財産をも貸借対照表に計上する。この貸借対照表資産の評価は原則とし時価による。これは先のヴァージョンではタイプ4に該当する。しかし,この貸借対照表の作成は棚卸法による点が誘導法による貸借対照表の作成を予定する完全発生主義の立場とは異なる。しかし,財産管理の徹底をのみ目標とするのであればこのシナリオは妥当であろう。

 この方法は官庁会計に欠落しているストック情報の開示を求める国民や住民の要請に答えるにはもっとも判りやすい方法である。しかし,国民や住民は単に官庁の所管に係る財産の状態を知るだけでは満足しないだろう。本当に知りたいことは自分たち(法人を含めて)の税金が有効に効率的に経済的に使われているかどうかであろう。財産貸借対照表を作成するのはそのための一歩と考えねばならない。

〔完全発生主義による情報開示〕

 シナリオⅣは完全発生主義に基づく経済資源モデルの構築を目指すもので測定の焦点ではタイプ4に相当する。複式簿記の採用によって経常的収支と資本的収支の二面的計算を行い両者の貸借差額の一致によって計算の正否を自己検証するのがこのシステムの特徴である。

 この計算によって当該会計単位の持分(資産負債差額=正味財産)を算定し官庁会計の資本(=正味投資額)を確定する。

 この計算を財務資源を対象とする会計単位(=資金会計実体)に限定して実施する場合にはこの差額は代替性(Fungibility)のある資産を対象とする資金貸借対照表の結末としての意味を持ち,経済資源を対象とする会計単位(=行政会計実体)に拡大して実施する場合にはこの差額は代替性のない固定資産と長期債務を含んだ差額であり,決算貸借対照表の結末としての意味をもつ。前者はアメリカのFund Accountingの実践にみられ,後者はそれにAccount Groupsを含めたものである(吉田寛・原田富士雄編『公会計の基本問題』pp.11-22.参照)。前者は財政発生主義であり後者は経済発生主義である。

 完全発生主義の予定している貸借対照表は勿論,経済資源を対象とする決算貸借対照表である。これは行政実体としての政府及び政府機関の行政活動を当該会計単位において総体的に写像化することを意図したものである。総体的というのは,財政資金のフローとストックをその有機的関連において組織的に写像するという意味である。

6.情報開示制度の改革と外部監査の導入

 上のような会計写像のためのシナリオの選択のまえに,行財政の今後のあり方についてその基本的理念と態度を決めなければならない。行財政改革に何を期待するのか,改革のための理想と実行可能性とのギャップをどのように調整するのか,特殊法人等の統合,廃止,民営化,地方公営企業の民営化等をどのように実行しようとするのか,官公庁の整理統合で行財政のスリム化を実際にどのようにどの程度に実施しようとするのか,等々,列挙すべきことは多々ある。これらは何よりもまず政治の課題である。官僚サイドがこれを自ら進んで実行することは期待できない。官僚が自らの既得権益を手放すことには徹底抵抗が予想される。

 この文脈で比較の対象となるのは民間企業における経営者VS株主・消費者の関係である。戦後の経営者支配は株主や消費者を疎外して発展してきた。それを可能にしたのは官僚主導経済のなかで官民癒着の経済運営が成り立ってきたからである。戦後の経済復興期20年,経済発展期20年,経済成熟期10年,成熟は崩壊の始まり(1985.プラザ合意)であった。そこには競争原理を無視する甘さがあった。そのなかで,官僚VS政治家・国民の関係は企業経営の場合の経営者VS株主・消費者の関係と軌を一にするものであった。この仕組みを守ってきたのが十重二十重の規制であった。それはいまもなお生き続けている。この甘い構造のなかで,官僚も企業経営者も利権・利欲に溺れて倫理の崩壊を自ら招いた。その具体的事犯は敢えて挙げなくても新聞やテレビで周知の事実である。

 このような頽廃からわが国を救うためには,政・官・財の癒着構造の根源を断つためのあらゆる手を打つ必要があるが,本稿の主題との関連では,官公庁の情報開示制度と監査制度を根本的に改めることが国民の信頼を取り戻すための不可欠の条件である。

 この改革のために必要なことは,政治や行政にあっては国民ないし住民が主権者(プリンシパル)であって政治家や官僚はその代理人(エージェンシー)であるという民主主義の根本理念に忠実であることである。そもそも政治家や官僚は伝統的に国民の代表を自負し強力な権力と権限を背景に国民を受益者とする。この構図には「お上意識」が根を下ろしている。かえってそこから国民を疎外する弊害が生まれる。これはあたかも民間企業における経営者支配のもたらす弊害と同じである。この弊害を排除するためには国民が政治及び行政の主権者であるという民主国家の当然の法理に従って,主権者のために必要かつ十分な情報を開示すべきである。かつ,その情報についてはその適正性を立証するために外部監査制度を確立すべきである。

 行財政改革は行政の財源とその使途,財政収入と支出の顛末,行財政の有効性,効率性,経済性の分析を総合的で統一的な会計情報システムによって一元的に明らかにすることにその改革の狙いが置かれるべきである。そのシステムのアウトプットとして貸借対照表と経常収支計算書,資金収支計算書,各種の行財政分析書等が作成されるならば行財政に対する国民や住民の政府・政府関係機関および地方自治体に対する信頼性を高めることができよう。

 このような総合情報システム化という発想のなかで,更に留意すべきことは官庁会計の特色である予算会計制度の改変である。行財政計画,計画の担当部署への張り付け,予算の作成など官庁会計制度は決算よりも予算に軸足を置いている。決算が議会で不承認となってもその法的効力は無いという現状では国民や住民の「会計」に対する関心が薄いのは当然である。予算万能主義の弊害がここにある。決算が予算に対する辻褄合わせに終始する現状から脱却できる改革を制度化しなければならない。

 このような視点からみると,官庁会計の改革は,行財政計画と予算に係る事前評価制度の確立とその評価情報の開示をまず徹底させ,その上で国民や住民の意見を反映できる制度を設けることで,計画や予算に対する官庁の責任が国民や住民の付託の上に成立していることを確認することから始めるべきである。

 つぎに予算の執行に係る実質的適正性の評価(例,3E)を監査法人による外部監査の制度化によって保証すべきである。これまでは外から官庁を見ることは殆ど不可能であった。その扉を開くのが外部監査である。会計検査院による検査や審査やその他の諸機関による内部監査が既に制度として実施されているのに外部監査をも敢えて導入せざるをえない程に事態は深刻である。内部監査による自浄作用は殆ど機能しなくなっていることは官公庁による裏金づくりやカラ出張などの慣行化で明白となっている。内部監査では監査機関の身内意識や形式主義が禍根となって監査が十分に機能していないことをこれらの事犯が裏付けている。

7.情報公開に求められるパラダイム転換

 このような事態のなかで公会計制度の改革は行財政改革の仕上げの役割を担っている。国民に対する情報提供の義務を,アカウンタビリティに基づいて,詳細に果たすことが官公庁に課せられている。わが国ではこのことが十分に認識されていない。あるいは知っていても実行しようとしない。情報公開条例に基づく開示請求にも官公庁は及び腰である。そこで裁判に訴えるという事態に発展している。

 このような事態を打開するためにも,公会計基準および報告基準ならびに監査基準の整備によって,官公庁の財務,業務及び経済実態を公表し,主権者である国民や住民に対する義務を果たさねばならない。そういう姿勢のなかに真の情報公開が生まれる。

 この文脈のなかで,これまでの論述を踏まえて,私はfair value accountingこそ官庁会計に相応しいと思っている。財源である税収はカネを貰ってかけられる所得税,カネを使ってかけられる消費税は勿論,持っている資産にかけられる資産税(固定資産税,都市計画税,相続税など)というように,すべて課税時点の価格を課税標準にしている。時価が価値の代表値とされているのである。資産課税はその典型である。だから国や地方自治体の資産は時価で評価するのが公平である。国民や住民の資産は時価評価しておいて自分たちの資産は評価しないとか計上すらしないというのは身勝手である。国や地方自治体の資産はその普通財産については勿論のこと,行政財産も時価評価されねばならない。行政財産はそもそも社会資本であり国民や住民の資産としての評価を必要とするものである。

 こういう考え方は資金実体としての財政の写像という会計観では生まれないが事業実体としての行政の写像という会計観からは当然のように成立する。資産は投下資金の残留(原価)としてよりも現在の市場価格での蓄積あるいは消費として評価されるべきである。このように言うのは行政事業のカレント・ベースでの評価をストックにおいてもフローにおいても実施することによって行政のアカウンタビリティを現状において明らかにするためである。

 最近は民間の企業会計においても時価情報の開示や時価による勘定処理が脚光を浴びているように激変する経済環境のもとでは会計情報の信憑性を取得原価による記録に求めるだけでは情報の信頼性を確保することは困難な状況にある。記録および計算の合法性や合規性を超えて情報のリアリティに会計報告を読む者の関心が集中している。

 つまり,最近わが国で起きている行財政および情報開示を巡る問題では,第三の開国とか国造りと言われている程のパラダイム転換が必要である。官庁会計について言えば完全発生主義の採用がそれである。しかもその場合,時価評価による経済実態の表明が必要である。しかし,実際においては,直ちにそのような転換は困難であろうから,せめて財産貸借対照表を作成し経済実体としての官公庁の経済資源に係る時価情報を開示すべきである。情報のリアリティを求める国民や住民の要請に答えるために官公庁がなすべきことはまずこのことから始まるのではないか。

8.会計検査院に期待するもの 

 最後に,会計検査院に期待することは,このようなパラダイム転換の必要性を考慮にいれて,官公庁等の行財政に係る情報開示制度の抜本的改革を図ることであろう。その場合に,従来の事務事業的な常套的検査に終わることなしに,検査対象である事業体の業務の改革に関する意見を国民に判るように適時適切に公表して戴くと有り難い。公報の充実と同時に広報にも積極的に取り組んで戴いてインターネットや新聞を活用して親しみやすく臨場感のあるディスクロージャーをして戴きたい。そして国民の意見が適時に反映するように国民の意見を求める制度をつくり国民の参加に道をひらいて貰いたい。官公庁の閉鎖体質を打破することが日本の再生への道である。

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