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第15号

大規模面的開発事業の事後評価
小野宏哉

小野宏哉
(麗澤大学国際経済学部教授)(会計検査院特別研究官)

 1954年生まれ。東京大学理学部物理学科卒,同大学大学院理学系研究科博士課程単位取得退学。工学博士。国立環境研究所社会環境システム部環境経済研究室主任研究員を経て,96年より現職。この間95年より,会計検査院特別研究官に就任。日本計画行政学会,日本不動産学会,環境科学会等に所属。主な著書は「東京における復興区画整理事業の開発利益処分方策の評価に関する研究−震災・戦災復興事業を主として−」,「東京都戦災復興土地区画整理事業の事後評価に関する研究」,「環境勘定体系:地方と地球環境のインターリンケージ」。

1.面的開発事業と土地政策

1.1. 面的開発事業における複合開発

 社会的基盤の整備事業の中で街路,地下鉄,あるいは高速鉄道,高速道路,飛行場などの交通手段の整備は,大量輸送を実現する機能や遠距離を高速で連絡する高度輸送力を実現するものとしてくくることができるが,これらに対応して居住,商業,工業にわたる土地利用の増進を図るべく,区画整理事業,再開発事業など面的な整備事業が行われる。農業における,農道に対する耕地整理,土地改良事業も同じような意味を持ち,林業における林道の役割についても同じような特徴を指摘できる。面的な事業自体も詳細に見れば,地域内の交通条件を確保することにより住環境を改善していることが多く,交通機能の整備効果は甚大といえる。

 典型的な面的開発事業の例として取り上げられる土地区画整理では,大きなものでは1地区で数百ヘクタールの規模に及ぶが,小さなものはミニ区画整理として数ヘクタールのものも可能である。再開発については規模が小さく,拠点開発の性格を持つ。造船所跡地の再開発などで空間的な開発強度の多様性確保する上で再開発事業と区画整理事業が併せて行われるなど,様々な事業手法も併用されている。開発の効果が発現するまでの時間的な差に対する考慮も手法の選択のうえで加えられている。宅地化のポテンシシャルが弱い地域,例えば郊外で農地が漸く宅地に転換するようなところでは,特定土地区画整理事業などにより用途変化の時間的コントロールが行われることがある。

 農地においても,農住組合などでは農地の部分と集落の部分をそれぞれ分けて集約し,同じ制度の中で宅地と農地に対し本来異なる手法が併用できるよう工夫されている。土地区画整理では再開発との合併施工のほかに,立体換地制度があり,土地利用強度の差を高度利用の実現により調整することができる。このように,今日,土地利用強度の差,利用転換の時間的遅れに対しては,事業の総合化・複合化を通して,集約と調整を可能とすることは一般化している。

1.2. 開発利益と開発者負担

 このような複合開発の例は,いわゆる開発インターと呼ばれるインターチェンジの費用を宅地開発や工業団地開発など受益者を特定して開発費用を捻出する場合にも見て取れる。すなわち,事業採算の厳しい事業に対して付加的な事業を並行して起こし,相乗効果で開発利益をあげ事業費の一部とする手法である。複合開発をこのような形で利用することは開発利益の還元という問題としても認識される。

 戦後の高度成長期,都市化を通じて民間および公共の両面における資本蓄積が空間的に拡散する過程で,土地神話とも呼ばれた土地価格の増価傾向は土地所有者にとって土地経営の損益分岐点を引き下げ土地の低位利用を合理的なものとした。土地所有を前提とする事業採算は常に土地所有者に有利に導き,土地保有費用を下げて保有を容易なものとし宅地供給の阻害要因となったほか,都市計画区域における市街化区域の線引きに対する抵抗を通してスプロールを招き,望まれざるところに宅地供給を惹起することにもつながった。

 急激な都市化とスプロールは当該自治体の財政需要を増大させ開発行為に対する事業者負担の導入という形をとり,宅地開発指導要綱による金銭負担または現物負担という形で公共施設の手当てが行われた。このようのな仕組みが働きにくいスプロール地域では地域全体を総合的に見て居住環境が悪化することを阻止することが困難であった場合が多い。指導要綱自体は行政指導という点での恣意性を問題とされ条例化の道を辿らざるを得ない状況にあるが,開発行為に対して一定水準の居住環境を確保するために社会基盤整備費用を負担させるという意味では開発利益の還元を忠実に実施したものとして評価ができる。

 しかし,全国総合開発計画にみられるように国土全般にわたり開発計画が強気の予想のもとに展開され,事業の採算が楽観的に設定される時代が続いたことは,個々の事業に対しても同様の影響を持った。このことは,必要性の低い事業の採択と,採択された事業の効率の低さ,開発行為の持つ環境面への負の影響など,より大きな枠組みから見た場合の,効率性,経済性,有効性の面での問題を惹起したといえるとともに,開発利益の還元や環境アセスメントの制度的な認知の遅れにつながっている。特にバブルと呼ばれる時期の事業に典型的に伺える。

1.3. 複合開発における土地政策

 さて,開発の効果に関する見通しが厳しくなり財政状況が悪化した今日,これまでとは異なって開発利益の還元や環境影響評価を機能させることの社会的便益が大きなものになっている。同時に,大規模災害復興,ODAや首都機能移転など大きな開発プロジェクトの遂行も必要性を増している。これらの場合に,事業効率を意識すれば複合開発を指向せざるをえないが,その追求には,交通インフラ整備には面的開発事業を付随させ,逆に面的開発事業には交通インフラを結び付けるなどの工夫が必要となる。

 事業形態的には複合開発となるが,制度的に開発利益の還元や環境影響評価を取り入れるには,土地保有負担,土地利用計画,土地市場の土地政策が対処すべき主要な3局面で適切な対応が必要とされる。社会的な必要性から環境など土地利用計画の意義は一層増しているが同時に技術の進展はデータの管理能力を飛躍的に向上させ,同時に土地政策の3局面において情報量を増し,適切な社会的対応がより実現しやすくなっていることも確かである。

 事業を総合的に進めることの意義は自明であるといえるが,その効果を客観的な情報をもとに示し政策に生かすことは容易ではない。当該部局,省庁が自主的に取り組む部分が主体であるが,結果の妥当性を検証しうる水準の評価は,業績評価として当該部局を超えた客観的な立場から行うことが最も有効であろう。しかしながら,事業に関する情報量,習熟などの点で,このような評価は事例を積み重ねて行くことのみにより実現しうるものと考えられる。このような観点に立てば事例研究の持つ意義は大きく,その積み重ねが業績評価の重要な下地になるものと期待できる。

 そこで以下,本論文では東京で行われた震災復興事業を中心として,面的整備事業としての成果がどのように事業環境により左右されるかを検討し,具体的評価例を示すとともに,土地システムとして整備を進めるべき体制について論じることとする。

2.面的開発事業評価の視点

 住宅団地開発のような面的開発においては事業者は開発計画作成のマニュアルを作成しており,各種の見積もり・評価を事前に行っている。ただその際に考慮すべき事柄は,本来,社会的な状況で定まるものであるので,事業効果について区画整理のように事業の中で評価を通して権利関係を調整するものを除けば,社会的要請に対して事業で負担すべき額,あるいは負担しうる開発利益を試算することはない。また文化財を別にすれば,環境影響評価についても,これまでの経緯から特段の規模に達しなければ対象とならず,居住環境の質という住宅商品の属性が特記される程度である。

 このような状況と比して,アメリカでは開発影響評価(Development Impact Assessment)が社会的制度として機能しており,たとえばULI(the Urban Land Institute)よりハンドブックが出版されている(Burchell et al.(1994))。その中では,事業の成立要件としての地理的条件,法や制度,不動産市場などに加え,環境および社会環境の分析,経済循環に与える影響分析,発生交通量など諸負荷に対応する施設整備による財政影響,租税負担を織り込んだ適切な社会基盤費用負担の分析が記されている。開発影響評価のなかに開発利益の還元と環境影響評価が同時に含まれているといえる。

 すでに複合開発において,開発利益の還元や環境影響評価が重要であることは述べたが,概念的には効率性,公平性,および機動性が重要な要素としてあげられる。これらは相互に密接な関係があり互いに変化の因果となるが,それぞれが独自にも変化しうるものである。また,機動性を時間コストと読み替えることもできる。政策評価面では事業費用,土地評価,土地利用計画の3面が考えられるが,事業後の評価指標としては土地保有負担,土地市場,土地利用現状の3面が取り上げられる。

 業績の評価には,行政庁の担当部署主導で行われる事業を,国家財政あるいは国民経済的な視点も踏まえて,場合によっては事業の中止を含むような大幅な枠組みの変更を可能とするような水準で,評価することが期待されている。このような基本的な枠組みにわたるような評価においては,個別事業では対処不可能な事情の変化をも評価対象に含まざるをえない場合もある。通常は会計検査の立場では問うことの難しい問題であるにしても,評価という視点では不可欠である。この課題は,事業の一連の計画・管理サイクルから見れば広義のリスクと捉えて,事業進捗の面から,例えば機動性の視点で評価することが可能である。

3.東京における災害復興事業の比較分析

 これまで述べた意味で面的開発事業の複合性と事業評価の関係を検討しうる題材として多くの事例の中から,東京における2つの復興区画整理事業をとりあげることができる。すなわち関東大震災後の震災復興事業と第2次世界大戦後の戦後復興事業である。これらは復興事業ではあるが,各都市において懸案であった都市機能の高度化をも図ったものであり,むしろ都市計画事業を積極的に展開しようとしたものと考える方が適切である。例えばこのことは,阪神・淡路大震災後の神戸の復興事業において当初案がそれ以前に用意されていた事業計画を基にしていたことからわかるように,時代に関わらず普遍的傾向がある。

 東京を舞台として実施された2つの復興事業は面積規模では震災復興が約3千万m2,戦災 復興が約1千万m2であり,大規模面的整備事業の例として考えることができる。複合開発という視点から,両者の比較を概略的に行えば,震災復興事業では連担した広範囲の地域を対象として事業を短期間に進めることができたが,戦災復興事業は事業費用の制約もあり計画対象を縮小,限定したため,地域が連担せず,事業の進捗も大幅に遅れ,外部経済を事業の中に内部化することが難しく,複合開発の利点を生かすことができなかったということがいえる。そこで,以下では戦災復興事業と対比しながら震災復興事業を主にして比較分析を行うこととする。

3.1. 震災復興事業概要

3.1.1. 事業の経緯と手法

 我が国の都市計画事業は明治21年の東京市区改正条例に始まり,大きな変遷を経て道路,溝渠,河濠,公園,上下水道の各事業を実施した。他の都市においても都市計画事業の必要性が高まったことを背景として,大正8年に都市計画法,市街地建築物法が制定され土地区画整理事業の規定が盛り込まれ,東京市では大正11年に都市計画区域,防火地区などを設定し,街路修築計画,河川改修計画に取り掛かった。

 大正12年の大震災の復興のため特別都市計画法を制定し,土地区画整理による幹線道路の整備を含む道路網の整備を中心とする市街地整備事業を行なった。事業内容と対象地域の広さから大規模な複合開発事業として典型的な姿が浮かび上がるが,都市計画法制定以来の都市計画事業歳出額の推移からもその点は確認できる(表−1)。

表−1 戦前東京市都市計画関連年表

 しかしながら,先般の阪神・淡路大震災後の復興事業に見られるがごとく,事業計画決定迄には変遷を重ね,当初の後藤内務大臣の全地域を買収して整備したうえで一括払い下げまたは貸与を行なうという数10億円を要する案から7ないし8億円へ縮小された政府案,更に議会の減額修正を経て,限定された政府・内務省施行の土地区画整理事業に対して,東京市が独自に施行するとした土地区画整理事業に対する補助のための増額修正へと落ち着いた。したがって,事業地区は内務省施行地区と東京市施行地区が入り交じった形になっている(図−1)(図−2)。

復興事業地域位置図 復興土地区画整理事業地区番号図

 本事業は大都市中心部においては初の土地区画整理事業であり,対象地域が高地価であったため,区画整理に特有の所有地面積の減少に相当する減歩に対する反対が強く,無償減歩案から1割以上の減歩に対する補償へと変更された。更に減歩緩和のため潰れ地充当用地として用地買収も行なった。換地は評価方式を採用し短期間に評価を行なう必要から路線価方式がとられた。現在の区画整理方式の原形として類似の特徴が挙げられ,1)区画整理前後の路線価をそれぞれ指数で表示し,2)路線の特性に応じて4種の奥行き逓減率を定め,3)宅地価額の所有権と借地権への分割は路線毎に一律の割合を定める,というものであった。4)宅地価額は初めは指数表示され,後に補償金を決定する際に決められた指数の単価を換地清算に用いて金額表示された。

3.1.2. 事業概略

 震災復興事業は横浜でも行われたが,ここで対象とする東京復興事業としては東京市の中心部および下町および隣接する郡部の一部分が対象となった。対象面積は約943万坪で65地区に分割して施行された。東京市の総面積に占める道路面積の割合が11.6パーセントから25パーセントに増加し世界の大都市と比較し得るようになったことが大きな特徴である。全事業項目は多岐にわたり,3大公園,隅田川の6大橋などもこの事業として整備されたが,これらと並行して,山手線が高架化され循環したこと,総武線が錦糸町以西で接続したことなど,鉄道事業も大きな進捗を見せ,複合事業としての性格が顕著であった。事業費のうち道路と土地区画整理が全体の約69パーセント,金額にして約4億7千万円,を占め,道路網の充実による区画の整備という特徴がよみとれる(表−2)。

表−2 帝都復興事業負担区分

 東京市の事業費は国の補助金と貸付金,市債により賄われた。市債は米貨・英貨建ての外債と内国債から成る。国は外債に対して元利支払を保証し,更に事業期間中は電気・水道事業分を除く市債に利子補給をおこなった。

3.1.3. 道路,宅地および建物の変化

宅地面積を基準にすると,道路面積の宅地面積に対する割合は対象地区内で平均23パーセントから46パーセントに上昇した。整理前に道路のうち約12パーセントを占めていた民有道路(私道)は,区画整理街路に編入された。事業前後で建築物棟数には殆ど変化はなく宅地面積減少により建築物延べ坪数(建築物容積)は減少している(図−3)(図−4)。

図−3 図−4

3.2. 事業対象地区の特色

3.2.1. 土地利用の状況

 対象地域は用途地域区分に従い,住居地域,商業地域,工業地域,未指定地区に分けることができるが,商業地域が最も大きな割合を示し,次に工業地域が占める。隅田川を境に,東側が工業地域,一部未指定地域になっている。西側は商業地区が主であるが,麹町,日本橋,京橋を中心に,高度商業地区が占めている。住居地域は麹町西部,本所,浅草の北部のみである。

 これらの地域の特色は,権利評価の際の借地権割合や,路線価式評価の奥行き低減率に端的に表れている。商業的利用が高度であるほど,借地権率が高く,低減率が大きいことがわかる。

 建築物一棟当りの敷地面積は地域により大きく異なる。また床面積についても同様の差が見られる。要移転建築物を例にして一棟当延坪数を見ると,12坪から20坪の間に多く分布するが,麹町では100坪をこえるものもある。

3.2.2. 借地経営の役割

 事業地区では,土地所有権者数9691人に対する借地権者数50872人は5倍程度で,事業前は宅地面積7102千坪にたいして借地面積3660千坪であった。事業前の1人当り平均所有面積は733坪であり借地面積は72坪であったものが,事業後はそれぞれ620坪と63坪に減少した。

 一方大正12年1月1日時点で土地平均所有者1人当り平均宅地面積は東京市平均で534坪,昭和6年1月1日時点では406坪となっている。区別では,深川を最高に(大正12年1164坪/昭和6年876坪),麹町(652坪/452坪),芝(641坪/474坪),本所(605坪/418坪),麻布(602坪/441坪),本郷(586坪/410坪)と続く。事業地区と比べて土地所有規模が小さいのは,地租統計を基準としているためである。

 昭和5年10月1日時点の国勢調査によれば新市域を含めた東京市の世帯数は107万世帯,旧市域で41万世帯であり震災地区に完全に含まれる神田,日本橋,京橋,下谷,浅草,本所,深川の7区に限ると24万3千世帯で世帯あたり約22坪の有租地面積である。 借地面積が半分を占めることと平均借地規模が一棟当り延べ坪数に比して3〜4倍であることをあわせると,土地所有者による借家経営の他に借地人による借家経営が成立していた可能性を示している。

3.2.3. 権利関係による事業内容の特色

 事業前の所有地面積(7102千坪)に対する借地面積(3659千坪)の割合は,全地区平均で半分をやや上回る程度(51.5%)であるが,事業後に借地面積(3225千坪)の割合はやや高くなった(53.6%)。

 借地面積の割合の特に高い地域はいわゆる高度な商業地区に集中している。また低い地域は,住宅地,商業地,工業地と分散している(図−5)。

 減歩の高い地区と減歩の低い地区の分布にはともに特別の地理的片寄りはみられない。また公共用地率は高度な商業地で高く,周辺地区で低い。

このように,特に所有関係と減歩や公共用地率の分布の間に関連はみられず,全体に借地 経営を主体とする地域に土地利用増進を目的とした事業が行われたと推測できる。

図−5 表−3 東京復興区画整理事業比較

3.3. 震災戦災両復興事業における事業手法の比較分析

 両復興事業の比較を先に提示した視点からまとめることができる(表3)。そこで,これらの相違に深い関連があると思われる事業の性格について,財源,土地経営,補償,土地評価について吟味することとする。

3.3.1. 起債と補助金による財源の確保

 震災復興事業では外債が政府の保証のもとで積極的に活用された。また内務省の直轄事業が前提であったため資金的にも政府の援助が得られ易かった。事業は帝国議会の審議の結果,当初政府直轄のもとで行うと予定した地域よりかなり縮小されたが,これら内務省施行地区から洩れた地区に対して東京市が独自に事業を施行した。このような東京市施行分の事業も高率の補助が得られた(表−4)(表−5)(表−6)。

表−4 震災復興事業における国庫貸付金 表−5 最新復興事業における起債
表−6 震災復興事業における利子補給

 戦災復興事業では戦災の痛手が経済全体に及び,物資の絶対的不足により強力なインフレーションが生じ当初予算内で事業が進まなかったこと,その後超均衡予算主義がとられ国内資金が不足し公共予算が圧縮されたこと,および外債の起債が行われなかったことなどのため,財源は圧倒的に不足していた。

 このように震災復興では援助物資が海外から寄せられた他に外債で調達した資金を利用することができたのに対し,戦災復興では世界的な経済の疲弊とアメリカから復興計画に対する支持が得られなかったために海外からの資材調達ができなかったということができる。

3.3.2. 土地利用状況と開発への誘因

 震災復興事業は東京市の中心部を対象にしており,高度商業地区,商業地区,工業地区,住居地区と4分類することができる。しかしいずれにしても成熟した市街地であり比較的大きな所有規模の地主による土地経営が行われていた。借地の面積割合も約半分であり1人当りの規模も大きく,借家経営が行われていたと考えられる。借地の割合が高かったにも係わらず経済的に地主,借地人が積極的に進める誘因があり事業効果も大きかった。

 戦災復興事業は都心のターミナル駅を中心にしており,戦後の混乱期を経過し権利関係が複雑化し,かつ土地所有も小型で借地人の割合も低かった。事業に対しては,ターミナルを中心に,企業が最も大きな誘因を持っていたと思われるが,法人個人ともに信用力の乏しい経済主体にとって資金を自由に調達して土地の高度利用を図ることは必ずしも容易ではなかったと考えられる。

3.3.3. 減歩補償金と減価補償金

 震災復興事業では,当初事業効果が十分あると見込んで平均1割5歩の無償減歩を行う予定であったが,市民の大反対にあい,1割を越える減歩に対しては地区の平均地価で減歩補償金を事業地区に交付することになった。実際は行政庁は換地清算の前に潰れ地充当用地を買収し減歩を緩和する方策をとっているが,補償金の交付の時点で平均地価で評価される額を支払い補償金総額から控除した。

戦災復興事業では,平均2割5歩の減歩を行ったが,当初は1割5歩までは無償減歩を行いそれ以上については減歩補償金を交付する予定であったが,法務省,GHQの疑義もあり減価補償金の制度に改められた。これは土地権利価額総額の増減に応じて補償金を交付するというものであり,土地評価の技術にシステムの公平性が直接依存することになった。さらに過小宅地・過小宅地対策をとり適正な土地利用の誘導を図ったが,結果的に換地清算の比率を高めることになり,土地評価の客観性の影響を受け易くすることになった。

3.3.4. 土地評価基準の客観性

 震災復興事業の時点では初めて路線価方式が取り入れられたので,今日のような算定式によらず達観によった。路線価は複数の鑑定機関,税務署などの評価値とも比較されほぼ同水準の評価値をあたえ,さらに各筆毎の土地評価は奥行等に応じて修正を行った。基本的には事業後の実勢価格が基準であったと考えられる。さらに借地権率を定め,商業的利用が強いところほど高い借地権率を与えた。これらの手法は今日に至るまで強い影響を及ぼしている。

 戦災復興事業では震災復興と同様の路線価方式をとったが,相続税路線価を標準とする独自の算定式にもとづいて評価を行った。事業による増進率の算定と一般的価格体系の中での土地評価水準の2つの点で客観性を問われることになった。

 戦後の公的な土地評価制度は戦前のそれとは異なっており,評価の客観性が問題となった。まず地租が廃止されたが,既に戦前より地租評価額とは別に実勢価格の評価もされており,相続税として残ったあとも評価自体は継続性を持ちえたと思われる。しかし,地方税として創設された固定資産税は賃貸価格を基準とする経過措置をとり必ずしも正確ではなかった。公共用地買収の基準となるべく定められた公示地価は昭和45年から実施され,不動産鑑定評価基準の設定に関する答申も昭和44年に出されるなど,戦後かなり年を経てからようやく公的地価評価のシステムが整えられた。公示地価は鑑定評価基準に準拠しており市場価値に近いといわれているが,区画整理等の評価基準としては使われていない。

 このように,諸評価制度は相互に調整されておらず現在に至るまでの課題となっている。評価水準値も市場評価を下回り,区画整理に対しても比例性と水準の2点でそれぞれ異なる性質の問題を残した。前者に対しては,土地区画整理評価基準の改訂の結果,鑑定地価と整合するようになったとされている。後者については相続税と固定資産税の評価体系を公示地価を参考に市場価値と一致させる措置がとられたが,地価の急落期において,逆転現象も見られるようになっている。

 さらに先に述べた高度利用化への課題は本来地価評価と密接な関連を持っている。そこで,地価評価が事後的に妥当であったかどうかは高度化と居住環境の評価も踏まえる必要がある。

4.復興事業対象地区の土地利用現況の評価

 事業の手法や利益処分がいかなるものであれ,整備された公共財が果たす役割はそれとは独立に長期的な視点から検定されなければならない。そこで公共財の整備が適当であったかどうかを防災性,集積度,高度利用等に照らして戦災復興事業の清算が終了して程ない時点で評価することとする。

 東京都の市街地状況調査報告書(特別区第3回)(東京消防庁,昭和61年3月),昭和60年国勢調査による東京都の昼間人口(東京都,1985),事業所統計調査報告(町丁目編(東京都,昭和61年))をもとに町丁目単位にデータを整備し,安全性,集積度,居住性と事業との関連を統計的に分析した例を示す。

 まず震災復興事業と戦災復興事業が行われた地区を含む区を東京23区から千代田,中央,港,品川,大田,渋谷,新宿,杉並,豊島,文京,台東,荒川,墨田,江東,北,板橋の16区を選び,上記消防庁のデータを基本に,さらに国勢調査,事業所統計によるデータを付け加え,震災復興地区と戦災復興地区の識別を行った。

 以下安全性,集積度についてそれぞれ事業地区の特色を検討し,最後にクラスター分析により事業地区の特色について判定する。

4.1. 防災性の向上と建築物の高度化

 防災性については,全建物平均での建蔽率はやや高めの程度であるが,かつ耐火造りの建築物の占める面積が多い傾向にある(図−6)。また震災時に通行可能な道路率と平均延焼速度比でみても,安全性において優れている(図−7)。即ち震災時でも通行可能な道路率が全般的に高い上に,延焼速度も平均的に低い地区が多い。様々な規模の空地を考慮にいれると,中規模の空地について,安全性が高いといえる。しかし大規模空地は,特に目立った差はなく,震災路通行可能道路率が大きい程大きな割合を占める傾向があり,小公園については,道路の整備状況によらず比較的良く整備されている。全ての類型を足し合わせた空地率では全体的に低めの値を示し,道路により公共空間が確保される傾向がはっきり読み取れる。このように土地利用からみると,地区特性および事業目的から当然のことながら,道路主体の防災性の高い街になっているといえる。

図−6 建蔽率と耐火造混成率
図−7 道路率と延焼く速度率

 しかし道路率が高くても平均建築面積が全体的に小さいことから,耐火建築混成率の高いことともあわせ,中心地区に小規模なビルが立ち並ぶ状況が裏付けられる。高度化の点からみれば課題が多く残されているといえるが,このことは当該資料の時点での再開発の動きとも深い関連がある。

4.2. 人口の変化と事業所の集積度

 経済活動と居住の双方から都市空間を総合的にとらえる必要があるが,事業地区についての効果は分裂している。たとえば,昼間人口と夜間人口の2つの指標を用いて分布をとると大きく2つのグループに分かれる。最も多いのは,昼夜間人口がバランスしている地区であるが,そのほかには昼間人口が大きく,極端に夜間人口密度の低い地区が多くみられる。事業地域は都心,副都心を含むことから後者の地区が多く,都心の空洞化に対しては効果があまりなかったことがわかる(図−8)。

図−8 昼夜間人口

 事業所数の集積密度は高いが,1ヶ所当りの規模は対象地域内での最大の規模からみれば特に大きいとは言えない。当然,従業者数の密度は著しく高い。

4.3. 土地利用現況による地区類型の特色

 以上のように大まかに検討した防災性や集約度を諸々の指標が集約化された軸を用いて地区を類型化し,事業地区がどのように位置づけられるかを示す。そのために16指標を用いてクラスター分析を行い地区を類型化した。さらに正準判別分析を行いクラスターを分離する軸を定めた。クラスターの数により分類は異なるが7分類では,震災復興事業地区に特徴的な類型,震災戦災双方の復興事業地区に特徴的な類型,非事業地に特徴的な類型の3つが抽出できる(表−7,表−8)。

表−7 事業地区のクラスター分類 表−8 クラスター別の変数の平均値

 次に正準相関分析を行うと第1軸は木造密集住宅地区性,第2軸は,巨大空地性,第3軸は,インナーシティ度とみなせる(表−9)。すると,非事業地区では,やはり木造密集性が強く,事業地区では低く特に,震災復興事業地区で低いことがわかる(図−9)。巨大空地性では事業地区に差はみられない。また,インナーシティ性は,震災復興事業地区が高く,次に戦災復興事業地区が続く。事業地区では,いわゆるインナーシティ問題が解決できていないこと,小規模の耐火建築物が主体であること,が読み取れ,土地利用からみると問題を残すことになっている。

表−9 正準相関係数
図−9

5.総合的な開発利益処分方策における土地評価システムの検討

 以上のように復興事業の事後評価を行ったことにより,土地の評価が事業を進める上で住民の合意形成,即ち,機動性に重大な役割を果たした原因が理解でき,公的開発主体が見込むべき開発利益と,市民にとって負担や制限が発生する場合の地価評価を整合させる論理と手法の開発が必要であることが示される。そこで現在の土地評価に関連する問題を以下で検討して,比較分析のむすびとする。

5.1. 土地評価のための土地市場の把握

 土地利用は区画の物理的状況を外部から直接把握することにより同定できる。しかし市民は土地を単なる財産として,実現している土地利用とは別の種類の,評価をすることができ,利用と評価の分離が可能な現行土地制度のもとでは土地市場を的確に把握する必要がある。このためには,実際の売買地価のみならず,担保を設定する場合の地価もしくは最有効利用を想定する鑑定評価地価まで含める必要がある。

 たとえば土地区画整理事業に連動すべきシステムとして土地利用状況を正確に把握するシステムに加え,土地価格情報システム,土地取引情報システム,土地権利情報システムなどを整備することが考えられる。開発利益処分は各個別事業単独では存在しえず土地利用を長期的に制御,探査する土地政策全体と有機的に結合する必要がある。これらシステムは土地政策を弾力的に実施する上でも必須の情報システムであり,その整備実現の可能性も十分にある(Ono, Hiroya & Tokunosuke Hasegawa(1988))。

 土地の騰貴が生じる場合,事業そのものの採算性が低下するが,騰貴自体がいわゆる「バブル」である可能性もある。長期的にバブルは崩壊するので問題はないとする見解もあるが,スケジュールを管理されている都市計画事業等の公共事業にとって,正常な価格体系への復帰に要する期間が致命的な場合が考えられる。このような場合に上記土地情報システムは非常に有効に機能すると期待できる。例えば,土地騰貴が生じた昭和60年から61年にかけて,土地登記簿をベースとした転売の状況を示すと,地域的にその特徴がつかめ土地市場の機能を正常に保つのに有効であると期待できる(図−10)。

図−10 地域別土地転売率

5.2. 補償と土地税制と間の土地評価の衡平

 補償は土地所有権の制限に対して行われるものであるから,公共的経費の担保である税とは直接関係ない。しかし開発利益に対する処分という観点から補償と税は短期的な対処と長期的な対処というように同一の施策を期間で区別したものとみなすことができる。従って異なる状況下での公平性の確保という視点から,両者は均衡がとれている必要がある。公共的な支出のうち,地域に密着するものに対して,住民税と固定資産税および都市計画税の3つの財源を考えることができるが,地価評価を通して開発利益に最も強く関与するのは固定資産税である。したがって補償の基準とされる公示地価と固定資産税評価地価とは一致する必要がある。また所有者個人にとっては相続税も蓄積した富に対する利益還元であり,事業時の開発利益処分と同じ次元の問題としてとらえられる。したがって最低限,固定資産税における評価と相続税における評価は一致させ,かつ時価評価に一致するようにしなければならない。固定資産税の強化によりこの点は改善されてきているが,なお残されたアンバランスは個人の土地利用にともなう収益実現のリスクに対する正当な評価を全く考慮せず,一方的に将来へ開発利益の処分時点を持ち越すことを有利にする恐れがある。

5.3. 土地利用計画に裏付けられた土地評価システム

 以上のような土地評価に表れている不整合を解消するためには,将来の土地利用にともなうリスクをどのように同定するかという問題を解決しなければならない。この点は区画整理後の土地利用が必ずしも高度化に対して十分な変化を行っていないことにも関連している。その対応策として,極端な場合として2つのケースを考えることができる。第1は地区詳細計画を立てて土地利用を完全に制御すると共に,その変更に際しては「ベターメント」のように外部経済による受益に対しては100パーセントの課税を行うという方法である(渡辺俊一(1985))。この場合個人にとって収益実現に関するリスクは存在しない。第2は市場の評価にまかせて全く自由な土地利用を許す方法である。これはリスクを全て土地市場に負わせることになる。

 しかし現在のところわが国においては地区計画制度は普遍的にかつ厳密に運用されてはおらず,強制力に対して十分な社会的合意をみていないことから,第1案の早急な実現は期待できない。また第2案はある意味で現状に近いが,土地騰貴の現象にみられるように,土地市場の混乱と土地利用の放任を招きやすく,現実の土地利用に対する責任をだれも負わないことになる。したがって,戦略的には両者の中間にあり,かつ計画のもとで市場の機能をいかすシステムが必要である。

 個人の土地利用と資産運用とを切り離し,個人にとっての収益実現のリスクを社会的な平均的リスクに置き換えることが有効と考えられ,野口(1989)の土地の証券化手法は望ましい手段と思われる。しかしそれ以前に,まず土地の評価を土地利用に連動させるシステムを確立し,利用の変更が直ちに評価に反映されるようにする必要がある。このことが,事業において問題となる開発利益の処分について,関係者の合意を得やすくすることにつながると期待でき,大規模なプロジェクトでは,徹底すべき事柄である。

◇参考文献

Burchell,Robert W.,David Listokin,et al.(1994),Development Impact Assessment Handbook,ULI-the Urban Land Institute

川口有一郎・清水千弘(1996),都市開発事業における開発負担方式に関する調査研究,不動産研究,第38巻,第1号

日本土地区画整理協会(1978),区画整理土地評価基準(案)

野口悠紀雄(1989),土地の経済学,日本経済新聞社

小野宏哉(1986),「都市計画事業と資産の分配問題について−東京震災復興事業を例として」,日本不動産学会誌,Vol.1, No., pp. -

小野宏哉(1990),「東京都戦災復興土地区画整理事業の事後評価に関する研究」,日本不動産学会誌,Vol.5, No.4,pp.52-67

小野宏哉(1990),「面的市街地整備の開発利益に関する研究−戦前東京市の事例分析−」,計画行政,26,pp.56-64

小野宏哉(1990),東京における復興区画整理事業の開発利益処分方策の評価に関する研究−震災・戦災復興事業を例として−,東京工業大学学位請求論文

小野宏哉(1997),不動産の外部影響評価,「不動産学の基礎」(高辻秀興編著),日本放送出版会.

Ono, Hiroya and Tokunosuke Hasegawa(1988),"A Case Study of Land Information System Based on the Register," WORLD CONGRESS III- Computer Assisted Valuation and Land Information Systems, held at Harvard Law School,Boston,U.S.A.

東京都(1987),蘇った東京戦災復興土地区画整理事業誌

渡辺俊一(1985),比較都市計画序説,三省堂

米田享(1989),「土地利用現況調査におけるコンピュータ活用事例と東京都のOA化の現況」,都市計画,No.157

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