第15号 巻頭言

経済,財政および社会保障の将来展望について
宮島 洋

宮島 洋
(東京大学大学院経済学研究科教授)

1942年生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。信州大学助教授,東京大学助教授を経て,現職。財政学・社会保障論専攻。経済学博士。日本財政学会会員。税制調査会委員,社会保障制度審議会委員,経済審議会特別委員,行政改革委員会(官民活動分担小委員)参与などを歴任。

 主な著書として,『租税論の展開と日本の税制』(日本評論社),『財政再建の研究』(有斐閣),『高齢化時代の社会経済学』(岩波書店),『昭和財政史:第4巻:予算釞昭和40〜48年度』(東洋経済新報社)などがある。

1.経済および財政・社会保障の破局?

 経済審議会は「構造改革のための経済社会計画」(平成7年12月閣議決定)の第一次フォローアップ作業を行い,平成8年12月,その推進状況と今後の課題に関する報告書を公表した。この作業の中で,構造改革推進部会に委ねられた一つの課題が「財政・社会保障問題」であり,報告書では,現行の財政・社会保障制度を放置すれば,21世紀になると,日本の経済および財政・社会保障は破綻するという破局シナリオが示され,破局を避けるために社会保障改革と財政支出削減に早急に取り組む必要性が強調されている。「破局」とはやや刺激的であるが,現状を放置した場合に予測されるシナリオは以下の四点に集約できる。

 第一に,国・地方の財政赤字がさらに拡大し,2025年度には公債残高が国内総生産(GDP)の1.5倍程度にまで膨れ上がるだけでなく,高齢化による社会保障給付の急増から社会保障基金収支も悪化し,2025年度には社会保障基金さえもGDP比10%に近い債務残高を負う。

 第二に,財政赤字(社会保障基金赤字を含む)の拡大や高齢化による貯蓄率の低下から,貯蓄・投資差額の投資超過(経常収支悪化)傾向が顕著になって,2010年代以降では「双子の赤字」を抱えるようになり,経常収支の赤字が2025年度にはGDP比率で14.3%にも達する。

 第三に,少子・高齢化による若年労働力の減少,金利の上昇(原因は財政赤字の拡大と国民貯蓄率の低下)による民間投資の停滞等から,2025年度には,実質経済成長が1.1%程度にまで低下する。

 第四に,高齢化の進展や経済成長率の低下から,国民負担率の上昇が続き,2025年度には国民所得比で51.5%まで上昇するが,2025年度に財政赤字を租税・社会保障負担の引上げで補填する収支均衡を考えれば,その国民負担率(潜在的国民負担率)は実に70%を上回る水準に達する。

 以上が破局シナリオであるが,この予測の基礎となったのは,構造改革推進部会の下に設置された「財政・社会保障問題ワーキンググループ」の報告であった。ワーキング・グループは経済企画庁が新たに開発した長期計量モデルを用い,「国民負担率」を中心に経済,財政および社会保障の将来推計を試みたが,従来の推計・展望と違って,このモデルには経済成長率,金利等の内生化,労働力や社会保障給付・負担の年齢階層別推計等の特徴があり,長期的にみた経済構造と財政・社会保障問題との相互関係を分析する上で大変有益な計量モデルであった。

 ただ,このワーキング・グループの座長を務めた筆者としては,大方の関心が報告の後半部分の「破局シナリオ」に集中し,国民負担率の定義や政策的意義の本格的な再検討に踏み込んだ報告の前半部分があまり注目されないのを残念に思う。破局に到る経済的な道筋,そして,破局回避に向けた財政・社会保障改革の意義を理解するには,「国民負担率」の論議が実は前提となっているからである。

2.「国民負担率」の政策的意義を問う

 ワーキング・グループに当初与えられた検討課題,「国民負担率の考え方と将来展望」からみれば,前述のような経済,財政および社会保障の破局シナリオは実は検討作業の副産物であったが,これは意図せざる結果ではなく,「国民負担率」の再検討から必然的に導かれた成果であった。つまり,経済政策目標としての「国民負担率」には明かな限界があるという認識が,経済成長,財政・社会保険財政収支,経常収支,受益者負担等を考慮した総合評価という関心に発展したのである。

 周知のように,「国民負担率」の抑制は今や国是ともいえる経済政策目標である。なるほど,政府肥大化の防止,経済活力の維持,国民負担の軽減に異論があるはずはない。問題は,そのための政策目標,つまり,政府規模や国民負担を測定する指標として,「国民負担率」が妥当かどうかであり,ワーキング・グループの検討はその妥当性に強い疑問を投げかけたのである。それでは,経済政策の目標または指標としてみた「国民負担率」の限界とは何か。それは,次のように租税負担と社会保障負担の合計という「国民負担」の定義そのものに由来している。

 第一に,「国民負担率」は歳入面からみた「政府規模」の指標とされるが,これには均衡財政を暗黙の前提として公債収入を無視するという致命的な欠陥がある。すなわち,政府の公債依存度が高い場合は,「国民負担」と「政府支出」で測定した政府規模には看過できない乖離が生じ,「国民負担率」は政府規模について過小な指標を国民に提供する。政策論においても,公債の増発(財政赤字の拡大)によって「国民負担率」の抑制が達成できるという誤った選択肢を提示する。

 第二に,国民負担率の上昇から生じるとされる経済的な悪影響,つまり,経済活力の低下に関しても,財政支出や財政収支の動向と合わせて評価しなければならない。国民負担率の抑制から生じる経済効果と,財政支出の抑制または財政赤字の拡大から生じる経済効果との比較考量が必要なのである。特に長期的にみた財政赤字の悪影響は重要であり,「国民負担率」の経済効果だけ取り上げてもあまり説得的ではない。

 第三に,「国民負担率」は文字どおり国民負担水準の指標とされるが,国公立学校の授業料,公立福祉施設の利用料,保険医療の患者自己負担等の受益者に義務づけられた公的負担や,在宅介護や企業福利厚生に要する私的負担は「国民負担」に含まれない。しかし,患者自己負担の引上げによって医療保険料の抑制を図るという政策にみられるように,これらの「国民負担」と強い代替関係にある諸負担を合わせて考えなければ,広く国民の負担を捉えることはできない。

 ちなみに,「国民負担」の厳密な定義は,「反対給付が直接にはともなわない,政府への強制的な支払・拠出」であり,それなりに重要な経済的意味をもっているが,上述のように,経済政策の目標または指標としては明かな限界がある。そして,こうした「国民負担率」の限界は決して理屈の上の話ではなく,現に生じている問題なのである。

3.「破局」回避のシナリオ

 本格的な少子・高齢社会が到来する中で,「国民負担率」の上昇を抑制しつつ,財政・社会保障収支の均衡を達成し,これによって経済成長や経常収支の改善を図るには,つまり,21世紀の破局のシナリオを回避するには,どのような政策を講じるべきであろうか。ワーキング・グループはいくつかの政策オプションを想定してシミュレーションを試みたが,予想されたとおり,回答はある意味で単純なものであった。すなわち,財政・社会保障支出の増加を極力抑制しつつ,経済成長率や貯蓄率を可能な限り引き上げることである。

 具体的には,国・地方の投資的経費(公共事業費等)の凍結,国・地方の経常的経費(人件費,経常補助金等)の削減,公的年金・医療支出の抑制といった行政,財政および社会保障の改革によって,財政収支の改善を図りつつ,労働力人口や貯蓄率の低下に歯止めをかけることである。しかし,こうした政策を,前述のような広義の「国民負担」という観点から評価すれば,「国民負担率」が50%未満に抑制される代わりに,受益者負担や私的負担の水準は実質的に引き上げられることになろう。

 たとえば,すでに具体化されている医療制度改革案のように,公的医療支出および医療保険料率の増加抑制には患者自己負担の引上げが中心になっている。また,年金改革では年金支出の抑制と経済成長の促進という点で,すなわち,高齢者の就業増による労働力不足の改善とそれを通ずる貯蓄率低下への歯止めという点で,年金支給開始年齢の引上げが必要との見方が有力である。しかし,この場合も,高齢者は年金受給額の実質的な引下げ,企業は高齢者雇用の拡大といった新たなコストを引き受けなければならない。

 行政・財政改革も同様である。投資的経費の凍結は地方圏のみならず都市圏においても従来望ましいと考えられてきた社会資本整備水準の見直しを迫るものであるし,経常的経費の削減は国・地方行政機構の狭義の行政改革だけでなく,国・地方の農林水産業対策,中小企業対策,教育政策等のような所得再分配政策に近い各種政策の大幅な縮小を迫るものである。逆にいえば,従来,国・地方行政の恩恵を受けていた個人,業種,地域等に受益者負担の大幅な増加を求めるものである。

 このように,「国民負担率」の抑制と財政・社会保障収支の均衡をともに達成しようとするならば,財政・社会保障という政府の公的施策を縮小する以外になく,多くの場合,その縮小分は受益者負担や私的負担に振り替えられる可能性が強い。従来の経済官庁や経済界における主張のような「国民負担率の抑制」だけで済む単純な問題ではないのである。だからこそ,そうした破局回避シナリオが本当に望ましいものか否か,国民による議論と選択が不可欠であることをワーキング・グループは訴えたのである。

4.行政効率化と会計検査

 「国民負担率」について,ワーキング・グループの報告は,特定水準に抑制する政策が望ましいか否かは,結局,国民が将来どのような経済社会を選択するかにかかっているという態度を貫いたが,「国民負担率の抑制」という方針が,納税者の監視を通じて行政の効率化を促すならば,すなわち,行政活動のコスト意識を強め,行政機構や予算配分の合理化(無駄使いや既得権の排除)を導く財政規律として有効に機能するならば,重要な政策目標になりうるという主張は明確に行った。

 改めて言うまでもなく,国,地方を問わず,縦割り体制下にある行政機関や公的企業・団体は「公共性」という曖昧な用語を駆使して,自ら所管する行政活動と行政機構の維持・拡大を図る傾向にあるが,「国民の要望」または「国民生活に必要」とほぼ同義の「公共性」の主張には率直にいって説得力はない。「公共性」とは,民間にはできない,あるいは,民間ではかえってコストが高くつく活動であることを証明した上で,同じ政策目的を達成する複数の政策手段を横断的に比較考量し,最小コストの政策手段であることを証明することである。

 この二段階の証明(監査)によって真の「公共性」を説明する責任は,国の場合,まず,所管行政を担当する各省庁に,次いで,予算編成権限が属する内閣(実務は大蔵省)に,最終的には公会計監査を担う会計検査院にある。そして,この三者によって真の「公共性」の説明責任とその検証作業が的確に実施され,行政の効率化が不断に図られていれば,あえて「国民負担率」のような曖昧な政策目標や間接的な財政規律を持ち出すまでもないであろう。

 しかし,真の「公共性」の説明は行政活動および行政機関の存在理由そのものを問う作業であるから,内部監査に多くは期待できない。その点で,内閣に対し独立の地位を有する,すなわち,行政活動および行政機関に対し唯一外部監査の機能を有し,真の「公共性」の客観的な検証を行いうる会計検査院の責任は極めて重い。これが,ワーキング・グループで「国民負担率」の検討作業に携わった際の一つの強い印象であった。

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