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第14号

会計検査の国際的潮流 −新たなる課題への挑戦−
勝野 憲昭

勝野 憲昭
(会計検査院国際協力官)

 1941年生まれ。69年会計検査院へ。官房審議室,厚生検査課,国連環境計画勤務等を経て現職。

 1995年9月から10月にかけて,最高会計検査機関(Supreme Audit Institutions:以下SAIという。)の世界規模での国際組織である最高会計検査機関国際組織(International Organization of Supreme Audit Institutions=INTOSAI)の第15回総会(第15回INCOSAI=The Fifteenth International Congress of Supreme Audit Institutions)がエジプトのカイロで開催された。この会議については,本誌第13号に掲載された拙稿「第15回国際最高会計検査機関会議(第15回INCOSAI)について」で詳しく述べたところであるが,後に述べるようなこの会議に至るまでの国際的な動きやこの会議で討議された論点が示すとおり,会計検査における近年の国際的動向は各国が抱える国内問題や急激に変化する国際情勢を反映して,多様かつ流動的である。本稿では,会計検査の最近の動向について,国際的視野から,SAIが当面する問題点,それらを解決するためのSAIの間の協力などに焦点を当てて述べてみたい。なお,本稿において,意見にわたる部分はすべて筆者の私見であることを予めお断りしておきたい。

1.多様化のなかで共通の課題を求める

 INTOSAIは国際連合経済社会理事会の下部機構そのものではないが,その諮問機関(非政府機関カテゴリーII)として位置づけられており,発足以来,国連の上級職員をその3年毎の総会に招請したり,またINTOSAIメンバー国のSAIが国連の監査人を勤めたりと,国連と密接な協力関係を保ってきた。また,国連では,最近の財政危機に対処して,効率的,経済的なプロジェクトの実施を目的に,執行部門から独立した行財政監督部門として,内部監査機能とともにプログラム評価,コンサルテイング,業務監査等を担当するOffice of Internal Oversight Service(OIOS)を1994年に設置している。INTOSAIは,国連との共催のセミナーを1974年以来INTOSAI事務局所在地のオーストリアのウイーンで開催しているが,最近の例としては,

援助プロジェクトの会計と会計検査(1990年9月)

EDP検査(1992年5月)

公的部門の再編成(民営化)におけるSAIの役割(1994年4月)

汚職防止におけるSAIの役割(1996年予定)

等がある。

 これらのUN/INTOSAIセミナーには国連の機関等から講師が参加するとともに,後に述べる7つのINTOSAI地域機構に加盟しているSAIが各々数カ国ずつ参加しており,国連とINTOSAIの連携強化や情報交換の場も提供している。また,このことは,SAIがその独自の役割を追求しつつもSAI同士の協力関係にとどまらず,多様な機関との連携関係を保ちかつ強めていることの証左でもあろう。また,このようなセミナーのテーマの中には汚職防止といった本院にとってはあまり馴染みのないものもあるが,後に述べるように,このようなセミナーのテーマのなかに各国SAI,なかんずく途上国SAIが模索している共通の課題を読みとることもできよう。

 INTOSAIには,現在,本院が加盟しているアジアの地域機構であるASOSAI(Asian Organization of Supreme Audit Institutions) のほか,OLACEF(ラテン・アメリカ及びカリブ海地域),AFROSAI(アフリカ地域),ARABOSAI(アラビア地域),SPASAI(大洋州),CAROSAI(カリブ海地域),EUROSAI(ヨーロッパ地域)の6つの地域機構があり,それぞれが抱える問題を討議し解決するためINTOSAIのもとで独自の活動を展開している。これらの地域機構は,1968年のINTOSAI設立以来,順次設立されてきているわけであるが,なかでもEUROSAIは1991年の設立以来5年もたっていない新しい組織である。

 これらの地域機構が取り組んでいる問題はそれぞれの地域の異なった現状を反映して多様であり,これらの問題は,各地域機構がおおむね3年毎に開催する総会とともに行う「国際セミナー」のタイトルに最も如実に反映されているといえるが,例えば最近のものとしては,次のようなものがある。

OLACEF第5回総会(1995年12月)

 公務員の不正行為(収賄等)防止に果たす会計検査の役割

 SAIによる議会支援

 民営化に果たす会計検査の役割

ARABOSAI第5回総会(1995年1月)

 内部統制の評価

 政府出資企業の会計検査

会計検査への統計的サンプリング手法の適用

 CAROSAI第3回総会(1994年10月)

 公的債務の管理・公開等及びこれらに果たすSAIの役割

 公務員の不正行為の背景及びその防止に果たすSAIの役割

ASOSAI第6回総会(1994年11月)

 政府における会計システム及び内部統制システムを改善する上での検査権限の あり方,戦略及び方法論

 政府の決算書及び決算報告の検査

 効果的な会計システムと適切な内部統制システムを確保するための最高会計検 査機関における資源に関する考察

ASOSAI第7回総会(1997年開催予定)

 業績検査:概念,権限,方法論と実務,報告及び問題点

 SAIの業績検査報告と議会及び行政府によるその利活用

 このように,多くの地域機構が地域内の共通の課題や問題に活発に取り組む一方,地域的問題を越えたSAIの共通的課題に取り組むため,INTOSAIには現在,「会計基準委員会」,「会計検査基準委員会」,「内部統制委員会」,「公的債務委員会」,「EDP委員会」の5つの常設委員会及び,「環境検査」,「民営化」,「プログラム評価」の3つのワーキング・グループが設立されている。そして,これらの3つのワーキング・グループはいずれも最近5年以内に設立されており,各国SAIが当面する重要な課題に取り組んでいる。これらの常設委員会及びワーキング・グループの過去の活動成果や将来計画については,第15回INCOSAIの成果物である「カイロ宣言」に詳しく述べられているが(本誌第13号参照),これらの常設委員会及びワーキング・グループが調査・研究している題目はいずれも各国SAIが共通して取り組んでいる課題であり,本院も「会計検査基準委員会」及び「EDP委員会」のメンバーとして積極的にこれら委員会の活動に参加している。特に,公的債務,EDPや,3つのワーキング・グループが取り組んでいるテーマは,いずれも最近の世界的な流れとも密接な関連を持つものであり,国情に差異はあれ,各国SAIが多かれ少なかれ取り組まなければならない課題となっているものである。また,このうち,「環境検査」は第15回INCOSAIのメイン・テーマとなり,また「民営化の検査」はその際に開催されたシンポジウムのテーマとなったものである。以下これらの項目のうち,現在議論の中心になっている課題を項目毎にあげてみたい。

(環境問題)

 環境問題は,国内的にも,また国際的にも,地球温暖化,オゾン層破壊,酸性雨,砂漠化等依然として解決すべき大きな問題となっている。第15回INCOSAIでは,SAIの環境検査の権限,国際協定の遵守状況の検査,異なったSAIによる同時環境検査・合同環境検査の可能性,環境上の費用・便益分析,特に環境破壊を修復するために国家が負っている債務をSAIがどのように評価し議会に報告してゆくか,環境検査の基準の開発,SAIによる環境検査の技術取得,INTOSAIを通じた環境検査に関する情報交換といったことが論点となった。

(公企業の民営化)

 公企業の民営化は,我が国でも旧国鉄,旧専売公社,旧電電公社等があるが,公企業の民営化は世界的趨勢となっており,特に社会主義経済から市場経済への過渡期にある旧ソビエト連邦や東欧の国々では焦眉の問題となっている。第15回INCOSAIの後に行われたシンポジウムでは,民営化の意思決定プロセス,民営化の詳細ステップ等の知識をSAIがどのように獲得するか,民営化企業の行政上の監督を如何に検査するか,民営化企業の会計基準の策定にSAIが如何に貢献できるか,民営化の実施過程の検査,民営化企業の売却価格決定に関する検査等が議論の焦点となるとともに,民営化への移行過程におけるトランスペアレンシー(透明性あるいは公開性)をいかに確保しこれをSAIがどのように国民に報告していくかといったことも将来の課題として議論にのぼった。

(公的債務)

 公的債務は,膨大な財政赤字に悩まされる米国,巨大な国債発行残高を抱える我が国をはじめ,財政難に苦しむ各国に共通の課題である。また,発展途上国においては,膨大な対外債務が国民の肩に重くのしかかっている。第15回INCOSAIの討論では,公的債務の計量分析,返済費用の観点からの公的債務のウエイトの分析,公的債務のシーリングについてSAIが考察することの可能性等がこれからの検討課題として残された。

(EDP)

 会計を含む政府の行政活動のコンピュータ化は,先進国,発展途上国を問わず世界の趨勢であり,これに対する会計検査をどのように行ってゆくかは各国SAIの共通の課題となっている。「EDP検査常設委員会」では,政府機関に設置されたEDPシステムの評価やEDP化された会計や業務の検査の手法についてのマニュアルや技術解説書を今までに相当数出版しており,これらは,EDPシステムの検査のみならず,SAI自身の業務のコンピュータ化にも極めて有用なものである。すでに「EDP委員会」では,EDPシステムの業績検査についてのセミナーを1995年3月にスウエーデンのストックホルムで開催しており,このセミナーには日本(本院)も含め15カ国1国際機関(NATO)から42人が参加している。

(プログラム評価)

 「プログラム評価」は,政府活動の有効性に重点をおいた業績検査手法であり,伝統的に財務検査型の検査を行ってきたSAIにとっては,新しい課題である。第15回INCOSAIはプログラム評価を,「文書に明示された,あるいは暗黙のうちに了解された目的とその手段を関連づけてプログラム,ポリシー,あるいは公的機関の活動の直接的・間接的効果を分析し評価するためにシステマテイックな手法を用いること」と定義している。第15回INCOSAIの討議では,INTOSAIがこの分野で未経験なSAIを援助することとしたが,さらに,今後の検討課題として,SAIがプログラム評価を行うためにはその組織及び業務方法にどのような変更を加えなければならないか,SAIによる業績評価には何が前提となるか等があげられた。また,業績評価(検査)(Performance Audit)は第7回ASOSAI総会・第6回国際セミナー(1997年予定)のテーマにもなっている。

 このように,各国SAIは,国別また地域別にはその検査上の課題が急速に多様化しつつあるなかで,国際的な共通項を求めて協力関係を一段と強化しつつあるといえるであろう。

2.拡大する会計検査(audit)の概念

 1992年の12月にアメリカのワシントンで開催された第14回INCOSAIのテーマIは,「変化する情勢の中での会計検査−SAIの役割の発展」で,サブ・テーマ1Aは「会計検査業務の変容とその範囲の拡大」であったが,このサブ・テーマにおいて,SAIを取り巻く政治的・社会的環境は絶えず変化しており,このような変化にSAIが無関心でいることはできず,これらに有効に対処していかなければならないことが認識された。そしてこのなかで,プログラム評価,また,各国の公企業の民営化の動きに焦点をあてた,「公企業の検査−アプローチと手法の変化」が取り上げられた。

 既に述べたように,前回の1995年の第15回INCOSAIのメイン・テーマは「環境検査」であった。INTOSAIはこれに先だって1992年の第14回INCOSAIの勧告に基づき同年10月にカナダSAI,オランダSAI,ニュージーランドSAI等をメンバーとする「環境検査」に関するワーキング・グループを発足させている。このテーマの選定の背景には,「環境検査」に関するワーキング・グループの設立があったことは勿論であるが,グループ設立と同じ年の1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」,1989年にオランダのハーグで開催された「世界環境問題首脳会議」,1987年の「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」による報告「人類共通の未来」等があったことは想像に難くない。このテーマの下にカナダSAIがサブ・テーマ1「環境及び持続的開発に関する会計検査におけるSAIの役割と責任」の基調報告書を執筆し,ニュージーランドSAIがサブ・テーマ2「環境検査で用いられる検査手法と技術」の基調報告を執筆した。そして,これらの基調報告書を170カ国以上に及ぶINTOSAIの全加盟国に送付して回答を求めた。この基調報告書において示された問題意識は,過去の総会で作成された基調報告書のそれにくらべて,相当幅広いものであった。すなわち,政府が環境問題に対処するにあたって費やした費用と得られた便益について議会に報告する場合にSAIがこれに関与すべきかといった問題から,更には,SAIは国の環境政策を評価する権限を持つべきか,政府が国際的環境協定に従わなかった場合これを議会に報告すべきか,他国の国際環境協定違反が自国に影響する場合にそれを議会に報告すべきかといった問題にまで及んでいる。INCOSAIはその発足以来様々なテーマの下に3年毎に国際セミナーを行ってきたが,この第15回INCOSAIの例に見られるように,各国の現在の国内情勢に共通する,また国際的に問題となっている事項を,財政問題として量的に補足することが困難なものについてもとりあげるようになってきており,また,「会計検査(audit)」という観念が,財務検査であれ業績検査であれ,少なくとも「財政的インプリケーション」を持ったものとして捉えられていたものが,政策実施の有効性の評価といった領域に入り込むにしたがって,その内容が相当の変容を遂げてきている。また,有効性評価のための客観的な基準が存在しない場合にどのようにそれをSAIが確立してゆくかといったことも大きな課題として残っている。

●質的アカウンタビリテイーを求めて
 −行財政の量的補足から質的問題提起へ

 それでは現在世界の政府会計検査にはどのような動きや問題意識が発生してきているのだろうか。"audit"の概念の拡大については上に述べたが,この中でも特に注目すべき点は,行財政の「量的(金銭的)補足・評価」から「質的評価・問題提起」へと視点が拡大ないしは変化してきているという点であろう。周知のように米国SAIであるGeneral Accounting Office(GAO)は議会の付属機関であり,したがって、その調査は議会の委員会や個々の議員からの要請による特定の施策やプロジェクトの評価が大半を占めており,GAOにおいては財務検査はごく小さな部分を占めるにすぎない。GAOのこのような調査は,財政の量的な補足や調査である場合もあるが,行財政の質的な評価である場合が非常に多い。GAOはこのような評価を「プログラム・エバリュエーション(Program Evaluation)」と呼んでおり,したがって,米国では,「質的評価」というこの傾向は格別新しいものではない。しかし,ヨーロッパやアジアでは議会の要請によることなく自らが検査のテーマを決めている国が多く,これらの国のいくつかにとっては,このような傾向は目新しいものであり,かつ,注目すべきものでもあろう。前述の「環境検査(監査)」でも,当初は,過去に発生した環境破壊を修復するために現在負担しなけるばならないコスト(すなわち良好な環境回復に係る支出),また,現在起こっている環境破壊によって将来負担しなければならないコスト(すなわち現在の環境破壊から発生する負債)の把握といった,問題の「量的把握」が中心であったが,最近では,「持続可能な開発(sustainable development)」(注)が行われているかといった,行政や経済開発の「質」の評価に視点が拡大してきている。通常「業績検査(performance audit)」の評価の3要素として,3E,すなわち,Economy(経済性),Efficiency(効率性),Effectiveness(有効性)があげられるが,例えば,カナダSAIの前院長ケネス・M.ダイ氏は,本年5月米国のシアトルで開催された11th Conference for Government Auditorsでの講演で,これに加えて4つめのE,"Environmental effects"を加えることを考えてもよいのではないかと述べている。ここでいうEnvronmental Effectsにはプラスの効果とマイナスの効果の両方を含む。なかんずく後者の評価は重要である。なぜならば環境に対するマイナス効果は,政府がそれを修復するためのコストを現在及び将来において発生させるからであり,とりわけそのようなマイナス効果は,それが未来にまで波及する場合には将来にわたって政府に「負債」を負わせるという意味で極めて重大であるからである。ダイ氏のこのような主張には,環境検査という観念は旧来3つの"E"による評価の限界を超える「質」的な評価を包含するという考え方が含まれていると言えよう。また,第15回INCOSAIとともに開催された「民営化シンポジウム」では民営化の過程におけるトランスペアレンシー(透明性,あるいは公開性)の確保が将来の課題として論点のひとつとなったが,このような視点は,民営化の直接的な効果や生産性を問うものではなく,民営化における民主的手続きの確保と言う問題意識から発する視点であり,民営化の過程の「質」を問うという点で,注目すべきであろう。また,このような動きは北欧,例えばスウエーデンSAIの社会福祉行政の業績検査などにも現われてきている。スウエーデンSAIのI.ブリット.アウレニウス院長とケルト.ジョンソン副院長は,International Journal of Government Auditing1995年4月号に,「社会保障制度の業績検査に対する新たな戦略(A New Strategy for Performance Audits of Social Security Systems)」と題する論文を寄稿している。それによれば,スウエーデンSAIによる「有効性の検査(評価)」の定義は以下のとおりである。

 「行政機関の活動の有効性は,当該機関が計画し実施した行為がどの程度まで当該機関の基本的な目標を達成したか,すなわち,その活動がどの程度まで社会的効果を達成したかによって評価されるものである。(「社会的効果」に傍点筆者)」

 この論文で,同院長と同副院長は,「社会保障制度の有効性を決定するためには,業績検査は,社会保障制度が産みだした最終結果が制度の意図する政策目標の枠組みと整合しているものであるか否かを判定しなければならない。また,業績検査は,最終結果がどの程度まで他の一般的な政策目標と合致しているかについても判断を下すものでなければならない。」とし,社会保障給付が,もうひとつの「国民の勤労意欲の向上」という政策目標を阻害していないか,すなわち,勤労よりも社会保障の受給をという逆選択を奨励する結果となっていないかについての評価をその例としてあげ,「ある社会保障給付制度の有効性についての包括的な分析を行なうためには,そのシステムに係る複数のシステムとの間の連携とその結果についての評価を行わなければならない。」と述べている。また,「業績検査においては,政府の関与や現行の制度が妥当なものであるかどうか,すなわち,現行の制度が当初の目的を達成しているかどうかを検査しなければならない。」としている。また,「生産性(productivity)」と「有効性(effectiveness)」を区別し,生産性の評価のみによっては事業の基本的な目標を達成するという観点からの評価をすることができず,生産性にのみ着目すると,不適正な業務を高く評価する結果となると指摘している。例えば,リハビリテーションの期間の短縮(リハビリテーション期間の単縮による単位期間当たりのリハビリテーション効果の増大)のみに着目すると,行政サイドはリハビリテーションの期間を短縮してその不足分を補うために障害年金の支給を選択し,労働力の回復という政策目標は達成されないこととなるだろうとしている。ここで注目すべきことは,同論文が,個別的プロジェクトの個別的評価にとどまっていた従来の手法を批判的に発展させ,政府全体としてのシステムの中での当該プロジェクト,なかんずく当該プロジェクトの「有効性」を評価しようとしていることであろう。このような立場からするならば,評価対象のプロジェクトが「個別的」に「経済的」「効率的」に行われているだけでは不十分であり,当該プロジェクトが,政府全体のシステムの中で如何に他のシステムとバランスを保ち,「有効」に機能しているかが重要な視点になる。したがって,同論文は従来の個別プロジェクトの評価の限界を指摘し,「国家システム全体」を視野に入れた「新たな戦略」を提言しているものと言えよう。

 業績検査の結果,とりわけ行政の効果分析の結果は,評価結果がはっきりと量化された形で示されるのが好ましいであろう。ただ,ここにあげたような分析においてはそれが困難である場合もあると思われ,したがって,SAIの検査結果のの客観性確保の上で,分析の結果を如何に量化するか,あるいは,量的基準に代わる何らかのパラメーターを如何に得るかが今後の重要な課題になってくるだろう。

 また,このような質的アカウンタビリテイーに関連するものとしてEthics(倫理に係る事項)の検査があげられる。ここでいうEthicsとは通常我々が使っている「倫理」とか「道徳」とかいう観念よりはかなり広い観念であるが,例えば現在オーストラリアでは,Finacial Management and Accountability Bill(議会で審議中の法案)が政府による"efficient"で"effective"な資源の利用とともに"ethical"な利用を提言している。Ethicsの検査とは,オーストラリアのシドニー工科大学のD.J.Hardman教授の論文"Audit of Ethics in Government"(International Journal of Government Auditing 1996年4月号)によれば,政府がその政策を実施したり行政上の決定を下すに当たって,それらの実施や決定がEthicalな観点から見て妥当であったかを評価するものである。例えばカナダのSAIは環境破壊に対する政府の無策を指摘し,原子力研究プラントから発する汚染物質で汚染された魚が国民の食卓に上がっていることに警告を発している(同論文)。

 "Ethics"という言葉の定義は国によって異なるであろうし,このような評価を行うことはややもすれば立法府で決定された政策そのものの価値を問うことと解釈されかねない。しかし,Hardman教授はこれに関して個々の行財政問題を入院患者にたとえて次のように述べている。

  「政策の審議は立法府に専属する権利,そして終局的には立法府に代表を送っている国民の権利である。SAIはしかしそのような政策によってもたらされた財政的効果や結果を評価する責任を持つ。もしSAIが政策や政策形成過程から発する問題に全く関与しないならば,SAIは個々の患者(行財政問題)の症状(symptom)のみを分析しているだけでその症状をもたらした原因(cause)を追求しないという結果になるだろう(同論文)。」

 また更に,

 「政府会計検査は法の範囲内で行われるべきことは勿論であるが,倫理的問題(ethical issue)を(行政の)合法性のみに依拠して評価しているSAIは倫理(ethics)の真空状態(vacuum)に陥り,このような状況の下ではSAIは法的・行政技術的要請にのみ盲目的に従うロボットのような存在になってしまうであろう。」

  とも述べている(同論文)。

 このように「倫理」の視点等から行政の質的アカウンタビリテイーを追及することは究極的には政策評価(policy evaluation)の問題に関わることであるが,SAIが立法府の権限となっている政策審議そのものに関わることはないにもせよ,政策を実施するための政府の行財政活動を評価するためのSAIのpolicy evaluationの範囲のあり方は,これからも課題として残されることとなるであろう。

●Proactiveな検査を目指して

 最近SAIの行う検査に関連して,"proactive"という言葉が盛んに使用されている。

 実はこの"proactive"という言葉は,現在出版されているイギリスやアメリカの辞書にもあまり見あたらない用語であるが,最新版のThe American Heritage Dictionary of English Language によれば,"Acting in advance to deal with an expected difficulty",すなわち,将来の困難を見越して先手をうつことである。そして,この言葉は最近のSAIが当面している課題を明確に示している。すなわち,行政府による特定年度の予算の執行結果を外部検査機関であるSAIが検査しこれを議会が審査するといった「財政民主主義」の視点からのみSAIによる会計検査を捉えるのではなく,SAIが「事後の検査」に加えて,「現に行っている行財政活動」を不断に監視し,ときとして,不適正(切)な事態の発生を防ぐため,行政府の内部統制システムの構築等に積極的に参加して無駄や非効率の排除に努めるという考え方である。このようなタイプの検査は,行政府による過去の行財政活動の不適切を指摘することよりも,現在行われている行政府の活動に「介入」したり,あるいは「指導」することにより無駄や非効率を事前に「防止」することに重点を置く考え方から発している。したがって,検査に当たっては個別の違法,不当の摘発よりも将来に視点を置いたシステムの改善等に重点が置かれる。例えば,最近各国とも行政のコンピュータ化が急速に進行しているが,SAIがシステム上何らかの問題点を見つけた場合には,その解決のためのアドバイスを与えるとともにSAI自らが行政府による適切なシステムの構築に参加することがあげられる。SAIのこのような指導的な役割は,先進国のみならず,特に途上国において強く期待されている。なぜなら,個別的な不適切や公金の詐取等を指摘し指弾するよりは,そのようなことが起こり得ない,あるいは行ない得ないようなシステムを早急に構築する事のほうが,将来の大きな損失を防止するという意味でこれらの国々にとって死活的に重要だからである。最近INTOSAIの各地域機構で行われている研修のタイトルに「内部統制の検査」や「corruption(汚職)の検査」といったタイトルが多いが,これらも個々の不正や不適切の指摘よりもこれらを防止するシステムの構築のほうに重点を置いているものと思われる。

3.会計検査における国際協力の広がり

 「6月18日,ツアーフェルベルグドイツ連邦共和国会計検査院長とバウシャーアメリカ合衆国会計検査院長は,ニューヨークにおいて,米独政府共同事業に関する両国会計検査院の合同調査(joint review)の報告書に署名した。この合同調査は,両国会計検査院が会計検査のうえで合同作業を行ったという意味で歴史的な意味を持っている。報告書に署名するに当たって,両院長は,両国の検査チームが報告書記載の合同所見(combined findings)と勧告(recommendations)に合意していると述べた。」

 「二か国間,他国間での共同プロジェクトを通じた主要な兵器システムの開発,調達が増加していることに着目して,ドイツ連邦共和国会計検査院(German Federal Court of Audit)とアメリカ合衆国会計検査院(U.S.General Accounting Office)は,米独回転弾体ミサイル共同プログラム(American-German Rolling Airframe Missile cooperative program)の合同会計検査(joint audit)を行った。合同会計検査の報告書は,「回転弾体ミサイルの調達戦略に関する問題点(Navyship Defence:Concerns About the Strategies for Procuring the Rolling Airframe Missile)と題され,所見及び勧告について両者が合意のうえ,刊行された。」

 これらは,"International Journal of Government Auditing "の1990年7月号及び同1991年1月号の"News in Brief"欄の記事であり,アメリカとドイツのSAIがNATO(北大西洋条約機構)域内で多国間の兵器システムの開発・調達が増えていることに着目して行った合同検査について報じたものである。

 既に述べたとおり,"Audit"の観念は変化し拡大しつつあるが,これらに加えて最近の傾向のひとつとして,会計検査活動の国際的広がりということが挙げられよう。

 また,上の例に見られるような,SAIをとりまく軍事上の環境から目を転じると,旧ソビエト連邦の崩壊にともなう冷戦の終結とともに,特に南北問題の解決が大きな国際政治上の課題となってきている。このようななかで,先進各国は,二国間援助や,世界銀行(IBRD)等の国際開発機関や国連を中心とした国際援助機関への資金の拠出を通じて途上国への援助を継続してきた。このような国際的プロジェクトの実施や国際機関への資金拠出の検査に当たって,主に先進国SAIによって提起されているのが,SAI間の国際プロジェクトに対する協調検査(Coordinated audit)や同時検査(Concurrent audit)である。このような検査は,上にあげたアメリカとドイツのSAIの例に見られるような「合同検査(joint audit)」とは異なり,国際的プロジェクトを検査するにあたり,各国SAIの主体的検査を尊重しつつ,各SAIの検査結果を交換したり,また,検査の対象や日程を調整して,同じプロジェクトを同時に検査して,効果的かつ効率的な検査を行おうというものである。例えば,二国間のプロジェクトや多国間のプロジェクトを当事国のSAIが同時に検査を行ってその検査結果を交換するというようなことが考えられる。このような試みは,既に海外援助のプロジェクトについて,ヨーロッパのいくつかの国のSAIでは既に行われている(スウエーデンSAI Bo Hillman,英国SAI Cliff Cambell両氏の論文「海外援助における国際協力」(International Journal of Government Auditing 1994年1月号)。そして,参加各国のSAIの国内スケジュールを如何に調整して最適なタイミングで調査を実施するか,最適な検査結果公表のタイミングを如何に設定するか,同時検査や協調検査の相手国側の報告内容を如何にして自国の報告内容に組み入れていくか等いくつかの課題が出てきておりその最終成果はまだ明らかでないものの,参加した各国SAIは見通しの明るさを感じとったようである(同)。このような検査を実施するに当たっては,国際協力から発する様々な困難性,例えば言語の障壁等も大きな問題となってこようが,日本でも「国際化」という言葉がマスコミを賑わすようになってから既に久しく,二国間,多国間のプロジェクト実施が多くなっている。したがって,会計検査における国家間の障壁をとり払おうとするこのような試みは注目に値するものといえよう。

4.むすび

 以上,INTOSAIの動きなどを中心に,SAIの間の協力関係,会計検査の観念の変化と拡大,質的変化などについて筆者なりの観点から私見を述べてきたが,これからは会計検査も国内的なものから国際的なものにますますその範囲が拡大され,好むと好まざるとにかかわらず,各国SAIは以前にも増して国際的な関わりを持つことになるものと考えられる。また,行財政の国際化のなかで,会計検査の質的変容や範囲の広がりに対しても各国SAIは決して無関心でいるわけにはいくまい。このようななかでSAIに求められるのは,国内的,個別的なミクロ的な視点に加えて マクロ的な視点を更に発展させ,行財政に関する国際的な,更にグローバルな視点を育ててゆくことであろう。

(注)持続可能な開発(sustainable development)

「環境と開発に関する世界委員会(ブルブラント委員会)」が1987年に提唱し,1992年の環境サミットから使われるようになった用語。特に環境保全の観点から,将来の世代の必要を充足させる条件を損なうことなく現在の基本的必要を充足していく長期的社会発展を推進しようという理念。

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