第13号

各国会計検査院の現状(その1)
金刺  保

金刺  保
(会計検査院事務総長官房上席審議室調査官)

 1951年生まれ。76年会計検査院へ,第4局管理課長,官房上席検定調査官等を経て,94年より現職。

 本稿は,会計検査院事務総長官房審議室の研究担当職員が,シンクタンクを活用した自主研究として行った「会計検査に関する比較制度論的研究委員会(委員長:宮川公男財団法人統計研究会理事長・麗澤大学教授)の研究成果」を要約整理したものであり,会計検査院がその公式見解として表明するものではないことをあらかじめお断り申し上げます。

1 イギリスの会計検査院 −監査における費用有効性の追求−

第1款 はじめに:イギリスの「観念主義」とフランスの「経験主義」

 政府活動の効率化の追求は,1980年代以降の一つの潮流といえる。新自由主義,新経営主義などそのラベルには様々なものが付与されていったにせよ,政府活動の範囲を見直すとともに,その活動に対するモニターを強化するという方向性は,諸国において共有された動きであった。

 このような潮流のなかで,会計検査活動に対する見直しや再構築が行われつつある。しかし,その具体的な現れは,各国ごとに顕著な差がみられる。

 イギリスは,1983年の新しい会計検査院法の制定によってVFM検査を明示的に取り入れていく方向を歩んだ。そして,1980年代以降の民営化や政府機構の改革と呼応するように,この新しい枠組みのなかで積極的に新しい方向性を打ち出し,自己の組織を民営化や政府機構の改革の理念に適合させている。

 これに対して,フランスでも経済性,効率性及び有効性に対する関心は皆無ではないものの,その導入については限定的である。アングロ・サクソン系の国とは異なり,フランスにおいては,経済自由主義や政府の失敗の議論が,必ずしも社会の支配的な思潮を形成していない。この状況に呼応する形で,制度改革は理念による劇的な変更という形をとらずに,従来の伝統に通従的な形で漸進的に会計検査活動を変更しつつある。理念への適合ではなく,経験と伝統に対する適合が,その活動を規定している。

 以下,イギリスの会計検査制度を組織,財務監査,VFM監査の3つの側面から概説するとともに,民営化,現業機関化等の社会変化に対する会計検査活動の対応を説明する。監査の費用有効性を組織価値の中核に添えたイギリスの会計検査院(以下NAOと略する)の急激な組織展開について論ずることが本稿の目的である。

第2款 組織

 イギリスとフランスの会計検査院の組織構造の差は,イギリスが開放的でかつ流動的な組織を形成しているのに対して,フランスの組織は閉鎖的かつ自足的なことに見い出すことができる。

(a) 採用及びトレイニング

 NAOのスタッフの専門分野は,広範にわたっている。どのような専門領域からもスタッフを採用している。しかし,これらの専門分野において優秀な成績を修めている必要がある。ただ,理科系の出身者は,当初は高い能力を示すが,古典学や英語学などの文科系の出身者の方が,年を経るにつれて高いパーフォーマンスを示すようである。また,その出身大学も様々である。ただ,オックスブリッジの比率は,他の機関よりも必ずしも多いわけではない。

 これらの新たに採用された者は,会計士の資格を修得するようにトレイニングを受け,上級の検査官に昇進するためには,これらの会計士の資格を保有することが必要である。会計士の試験に失敗した者は,補助検査官などの特定の範囲でのみしか昇進することができない。VFM検査のみに従事する者は,このような会計士の資格は必要とはされていない。しかし,ほとんどの者が,この資格を保有している。

 年間約40名の者が,NAOを去る。また,他の政府機関や民間へと出向する者は,年間平均で40名ほどである。これらの者の人数は,NAOの方針もあって増大している。また,逆に民間から短期契約で雇用している者の数は,1993年で約20名である。これらの人数は拡大する予定である。

(b) 専門性

 イギリスは,正確性や合規性を中心においた財務監査と経済性や有効性を中核的な基準とするVMF監査とを組織的にも区分しようとしている。すなわち,従来,検査官は,この二つの監査活動を同時に行っていたのに対して,どちらかに特化させ専門化させるという方向を辿ろうとしている。これに伴い,財務監査とVMF監査の担当セクションは,組織的にも分離区分されようとしている。

(c) 外部委託

 イギリスは,このような監査組織の開放化・流動化を外部委託を積極的に活用することによって更に促進している。すなわち,民間の監査法人とその業務形態が同質のものとなるのに伴って,財務監査にせよVFM監査にせよ,その一部及び大部分をこれらの法人に委託し,その活動をNAOが管理するという方式を積極的に導入しようとしている。全面的な外部委託は,まだ試行段階に留まるものの,これらの外部委託を通じて,監査コストを効率化するとともに,監査方式の比較を通じて,内部的な効率化のインセンティヴを作り出し,積極的な学習を可能にする環境を整えようとしている。

(d) 出来高給制度

 NAOでは,出来高給制度(Performance Related Pay)を導入している。これは,年間の業務に関する報告を求め,これを基礎としてその給与を算定する制度である。各人のパーフォーマンスに関する評価は8つの側面について行われる。個々の側面について,1から5までの5点評価が加えられる。3点が標準的なパーフォーマンスであり,全体として23〜25点が標準的なパーフォーマンスとして求められている。これらは更に得点に応じて8つのグループに分けられており,そのグループごとに給与の増分率が決定されている。

 多くの職員は(95%以上)は,標準的なレベルかそれ以上のパーフォーマンスを上げていると評価されているが,これらの要求水準に満たない者もいる。標準レベル以下のパーフォーマンスしか示さない者に対しては,適切なカウンセリングや訓練が施される。これらの者については,その事情がユニットの資源管理者によって考慮され,何らかの事情がある者については,標準レベルの増分率の90%までの増額は,裁量として認めることができる。また,これらの評価等に関しては,異議申立の制度があり,公平の確保に努めている。

 しかし,このような出来高給制度は,従来のNAOの組織文化と必ずしも合致するものではない。このような形式でインセンティヴを与えようとする結果,逆に職員のモラールを低下させている側面もないとはいえない。

第3款 VFM検査

 1983年の法改正によってVFM検査は,明確な形をとるようになった。経済性や有効性に対する監査という観点は,それ以前の会計検査においても取り入れられていたものであるが,このような法文化によってその方向性が組織に根付くと共に,財務監査との分化が生じてきた。

(a) 担当部局及び投入資源

 VFM監査は,各ユニット内の特定の省庁に担当が専門化した部によって行われる。それ故,過去の検査による知見が,これらの部の中にファイルや個人的な経験として蓄積されており,引き出すことが可能なように整理されている。

 財務検査とVFM検査とに配分される勢力は,年ごとによって異なるが,約半々である。

 1992〜1993年におけるVFM検査の予算及び計画における必要人員は,1件当たり184,000ポンド,495人日であったが,実際にかかったのは,175,000ポンド,471人日であった。

(b) 作業

 評価基準の設定はVFM検査にともなう困難の一つである。そのため多くの場合は,対象政策分野に通じた専門家を擁するコンサルタントを用いたり,専門家集団等によって受容されている基準を用いることになる。

 コンサルタントは,その分野に関する専門家として積極的に用いられている。また,サーヴェイを検査に際して行う場合にも使用する。これらのコンサルタントは競争による契約によっている。ほとんどのVFM検査でこれらのコンサルタントを用いている。特に,検査の初期の段階,計画段階などにおいては積極的に利用している。

 また,1994年度(本件の調査時点)においては,2つの検査については,すべてをコンサルタントへ委ねる外部委託(Contracting Out)を行う予定である。このような外部委託が進行するにつれて,委託した業務の管理という新しい問題が生じてきている。

 次期の2年間についてのVFM検査は,全体的な組織の事業計画の中で設定される。個々の検査に対する接近法についてはNAOの検査マニュアルに記載されており,これらがトレイニングやユニットAの検査開発のスタッフによる助言や指導によって補われている。

(c) 報告・PR

 近年におけるVFM検査報告の増大は,PACに対して包括的な報告を提供するための必要を反映したものである。しかし,年間の報告は約50件であり,当面この水準に留まるものと思われる。というのも,PACでの委員会の開催日数などを勘案すると,これが審議可能な最大限と考えられるからである。

 VFM報告は,検査の対象となる組織に対して付加価値を提供することがその目的である。言い代えると,これらの報告は,その機関にとって有用な情報や分析を提供することが目的である。

 NAOは年間約50件のVFM報告を行っている。これらの報告書は,HMSOによって1件につき約1,000部印刷を行っている。

 これらの報告は,検査対象となった行政機関,議員,大学教員,マスメディアなどに配布されている。もちろん,HMSOを通じて有料で販売もしている。

 これらの報告は,大学の教授等によってレヴューされている。また,一部については,報告の作成段階で外部の第三者によって評価が加えられているものもある。

 NAOの活動は全国紙に常日頃掲載されている。3カ月の間に新聞や雑誌などにNAOに関して触れられていたものの件数は400にも上っている。また,VFM報告の多くは,その公表の際にラジオやテレビにおいて取り上げられている。その意味では,NAOの活動は,かなりの注目を浴びている。

第4款 財務監査

(a) 一般的方針・概要

(ア) 財務監査の目的・対象

監査結果のユーザーは議会であり,それ故,議会の利益と関心が財務監査計画や検査のレベルに影響する最大の要因となっている。国民の関心もまた監査計画の際に考慮すべき重要な要因である。
財務監査においては,不正支出や犯罪を探知することは明示的な目標とされているわけではない。これらが生じる可能性については眼を光らせているが,これらは主として各行政機関の管理者の責任であると考えている。また,近い将来に財務監査の仕事をリスク監査にまで拡大する予定である。これによって組織の部における財務管理の強さをより詳細に検査することが目されている。
財務監査における全体的な目標は,NAOが監査を行う財務監査報告において議会のメンバーを中心としたユーザーに対して,監査対象となる機関の財務状態と結果を評価するための補助となる十分で適切かつ信頼のある情報を提供することにある。
監査の対象となるすべての会計は,議会によって定められた期日までに検査し証明しなければならないという点で,同じ優先順位を持っている。この監査については,4つの担当ユニットがスタッフと財源とを配分し割り付ける。この目的は,要求された質の監査を適切なコストで監査することである。
国の補助については,その予算が適切に使用されているかを判断する特定の目的を持っているものと期待して監査を行っている。

(イ) 監査の方法など

財務監査にかける標準的な予算及び人員は以下のとおりである。

監査の対象となる会計ごとの標準予算   38,000ポンド,114人日

監査の対象となる会計ごとの実際の支出は 37,700ポンド,113人日

現在ごく一部分であるが,財務監査について外部委託している。これによって民間の検査方法の発展についての直接の経験を獲得することを可能とし,また,民間の財務監査との監査コストを比較することが可能となる。これらの外部委託は,競争契約によって委託先を決定している。また,これらの委託先の会計監査事務所は,監査によって得た情報に対する守秘義務を負う。ただし,これらの外部委託された監査の質について,他の監査と同様にNAOは議会に対して責任を負う。一般にこの外部委託の契約期間は5年間であり,この期間を経た後,その結果についてレヴューが行われる。

財務監査についても,その監査計画の形成過程は,ボトム・アップの形態を取る。すなわち,監査監督官の管理の下で監査チームによってこれらの監査計画が準備される。その後,これらの計画は上級監督者の下でレヴューされ承認を受ける。

パーフォーマンス監査については,予備的なレヴューを行い,その対象が本格的なレヴューを必要とするかどうかを確認する。このように本格的な探索を必要としないものについては,最低限のコストで初期の段階で監査を打ち切ることができる。また,予備的なレヴューにおいて生じた点に関しては,随時,監査を受ける側に対してその注意を喚起することができる。

当初の監査計画が変更されることはほとんどない。ただ,予期しない状態が生じることによって,変更が必要とされる事態が起こるということはある。監査計画を変更する場合には,NAOのディレクターの承認を得る必要がある。

可能な場合には,必ず監査において見い出された不法な事態に含まれる金額を推計するようにしている。これは,不法な行為が,監査におけるテストにおいて発見されるような金銭的なエラーとなっている場合には可能である。それから,更に財務計算を通じて見い出されたエラーを全体として外挿するのが適切であるか否かを考慮する。これは,金額を単位とする統計的なサンプリングを用いて行う。

NAOのすべてのユニットは,監査の責任をすべて含んだ年間の事業計画を立てる必要がある。すべての財務監査については,より詳細な個別の計画を立てる必要があるが,パーフォーマンス監査については,選択的に計画を作成している。この二つの計画はそれ故,分離して作成されている。

会計報告には,弱点と同様に優れた会計事例をも報告している。

監査官はあらかじめ決められた方法でその発見について文書で報告しなければならず,これはラインの管理者によってレヴューされる。監査官が管理の脆弱さやエラーを発見したときには,これらをマネジメント・レターによってその組織へと報告する。もし,その脆弱さやエラーが重大である場合には,監査意見を財務報告書の中に記載しなければならない。年間20件ぐらいがこの形で報告され,議会へは委員長の手を経て報告される。この場合には,議会に対してその組織の長は講じる対策について報告しなければならない。

(ウ) 監査基準等

財務監査においては,財務に関する意見を形成するために適切でかつ信頼することのできる証拠を得る必要がある。証拠がどの程度信頼できるものであるのかを評価する際に,以下のような前提の下に作業を行っている。

− 口頭の証拠よりも文書の証拠の方が信頼できる。

− 監査の対象となっている組織以外の独立したソースから得た証拠(銀行など)は,監査対象のみで得られた証拠よりも信頼性が高い。

− 分析や実際の査察によって監査を行う者が得た証拠は,他の者から得た証拠よりも信頼性が高い。

− コンピュータによる出力については,監査を行う者によって確認が行われていない限り,監査の証拠として信頼できない。

 NAOは,財務監査において,貨幣単位のサンプリングによって得られた統計標本を下にテスト・チェッキングを行っている。

資産評価や減価償却の基礎は,大蔵省によって厳格に定められている。大蔵省は,公共セクターが用いる会計上の方針を定め,民間セクターの最良の会計方法と一般的に合致するような規則を定める。NAOは,大蔵省によって定められた規則が適切に適応されているかを確認する。イギリスでは公共セクターの資産評価の基準を定めるのは,会計検査院の役割ではなく大蔵省の役割である。これらの基準は,イギリスの商法の関連する法令,一般的に受け入れられている会計原則及び基準を反映している。

NAOによって適用される監査基準は,検査の対象となる個々の組織の状況に適合する基準によっている。例えば,国連の監査においては外部監査に関する国連のパネルによって開発された基準を適用している。これに対して,自国の機関の場合には,自国の企業の基準と同様のものを適用している。

 これらの基準は,NAOが形成する意見を支持するのに十分で,適切かつ信頼性のある証拠を得ることを要求している。これを達成するために用いられる方法は,その最終結果が「適切に表現されている」という意見であれ「真実で公正な」という意見であれ,ほぼ同じである。意見を表示する場合,会計がエラーや不正などによって引き起こされるミス・ステイトメントはないと信ずるに足る合理性を持っていると述べる。

(b) 財務監査の手順

 以下が作業の概略である。

− 監査対象機関の仕事及びその財務手続に関する基礎的な知識を得る。

− 検査計画を準備し,管理者の承認を得る。

− 監査テストを行い,その結果を記録する。

− 検査結果のマネジメント・レヴューを行う

− 財務報告に対する意見表示を行い,監査を終了する。

(ア) 予備的な監査作業

 監査計画を作成するに先立って行う作業は,以下の点を確保する点に目標がおかれる。

− 対象機関の仕事を理解し報告に必要な点を理解する。

− 監査対象機関の中軸となる財務統制システムにおけるエラーのリスクを見い出す。

− 十分な監査証拠を効率的にかつ有効に集める方法について決定を行う。

(イ) 計画

 監査計画の策定は,以下のような段階を経る。

− 監査意見を形成するためにどの程度監査証拠が必要であるかを見積もる。

− 会計分野の十分なリスク分析を行う。

− 個々の分野において行われるテストの範囲を評価する。

− 意見を支持するために十分,適切,かつ信頼することのできる証拠を集めるための監査テストを設計する。

(ウ) 監査証拠の評価

 財務報告は絶対的に正しいものであることは希である。それ故,監査意見というものは,これらが完全に正しいというのではなく,出来事の真実かつ公平な見解を適切に表現しているということを含意するに過ぎない。すべての会計処理をテストするというのは,コストの点から有効とはいえない。幾つかの会計処理のチェックを基礎として意見を形成しなければならない。これを行うためには,何が十分な証拠となるのか,またどの程度のチェックが必要となるのかを決定する方法を持っていなければならない。

 それ故,監査においては重要性(Materiality)の概念を適用している。これは,簡単に言うと,監査において受容するエラーのレベルのことである。この重要性を設けることによって,報告の利用者の利益に対して適切な考慮を図ることになる。この重要性の率としては,0.5〜5%の間を用いている。この率が低いほど,監査意見を形成するためにより多くのテストを行わなければならない。

(エ) リスク分析

 計画過程においては,各会計領域での十分なリスク分析を含む。これら監査対象となる機関の環境によるもの(内在的リスク)と内部コントロールの体系に起因するもの(コントロールリスク)とからの保証レベルを評価する。

(1)内在的なリスク分析においては,監査対象となる機関が活動する環境と各々の会計領域の特性に関心を向ける。例えば,この分析においては,以下のような点を評価しようとする。

− 会計処理の複雑さ:会計処理の回数が多ければ多いほど,エラーの確率も高くなる。

− 会計職員の能力

− 一般的な統制環境,経営の質や有効性,責任の分立及び内部監査の効果などを含む。

(2)コントロールリスクの評価は,監査対象機関の会計システムの内部統制についての詳細な検査から成っている。

(オ) テストの範囲

 内部統制に依存することができる程度及び監査の対象となる機関が活動する環境に応じて,テストをする会計処理の量は決定される。信頼度が95%の確率で意見形成ができるようにテストの範囲は計算される。

 実際にテストをする会計処理の数は,確立した統計学上の原則に従って決定される。最も広く用いられているのは,金額単位のサンプリングである。この手法では,標本は監査対象機関の原薄からの流通単位を基礎として抽出される。これに関係する会計処理が決定され,適切な監査テストを用いてテストされる。この種のテストは,「実質テスト」として知られているものである。

 内部統制に信頼がおける場合には,システム内の鍵となるコントロールを見い出し,これらを満足の行くほどに作動しているかを独立したテストにかける。「従順テスト」として知られるこのテストは,会計処理の独立した標本を含むのものであり,同じ標本がコントロールの数をテストするのに用いられる。

 従順テストと実質テストを混合して用いるこれらのアプローチは,システム・ベースのアプローチとして知られている。コントロールに信頼を置くことによって,実質テストのレベルは低くて済むし,より費用有効性の高い形で十分な証拠を得ることができる。

 内部統制に依存することができない場合,又は鍵となるコントロールを見い出しテストする費用が高いと思われる場合には,実質テストのみに依存することになる。これは直接実質テストのアプローチとして知られるものである。

 ある領域においては,分析的レヴューの方法を用いることによって確証を得ることができる。これは統計手法を用いて産出額を予測若しくは測定することができる場合である。これらの手法を用いることができる場合には,より低いレベルの実質テストで済むことになり,より費用有効性の高い監査となる。

(カ) テストの設計−フィールドワーク

 財務報告の個々の品目に関する個別的な目標を充たすために監査テストは向けられている。貸借対照表や収入支出会計については,テストは以下の目標を達成するかをチェックするために設計される。

貸借対照表

完全性 − すべての資産や債務が記載されていること。
存在性 − すべての資産や債務が実際に存在していること
評 価 − 資産や債務に付与されている価値が正確であり,確立した会計方針と合致していること。
所 有 − 資産が実際に監査された機関によって所有されていること,また,債務がこの機関の債務であること且つこれらが適切な行動に起因していること。
開示 − 資産と債務,資本と積立金が適切に開示されていること。

収入支出及び受取支払会計

完全性 − 当該年度の会計についてのすべての会計処理を財務報告が記載していること。
発 生 − 報告に含まれている量が実際に生じたこと。
測 定 − 報告に含まれている会計処理が適切に評価され,確立した会計方針と合致した方法で計算され測定されていること。
合規性 − 報告に含まれている会計処理が法令に合致していること。
開 示 − 報告の会計処理が適切に分類され開示されていること。

(キ) マネジメント・レヴュー

 マネジメント・レヴューの手続は,重要な点すべてが初期の段階で理事などによって扱われ,必要に応じて監査されることを保証する。

中間及び年ごとのフィールドワークは定期的に公的なマネジメント・レヴューにかけられ,文書化される。
監査の際に持ち上がったすべての重要な事項に関しては,監査対象機関と話し合う。文書で回答を求めることに関しては,マネジメントへのレターで提起する。
監査の進行に関しては,事業資源管理システムを用いて継続的にモニターを行う。これによって資源を統制し,監査が効率的かつ有効的に完了することを保証する。

(ク) 監査結果の評価

 実地作業が終了すると,意見を基礎付けるに足る十分な証拠を得たかを確認するために,作業の結果を評価する。これは,実地検査において見い出したエラーを統計的な原理に基づいて財務報告のすべての評価へと外挿する。ここで得られた結果を計画段階に設定した重要性のレベルと比較する。もし,外挿したエラーがこのレベル以下の場合には,監査意見を支持する十分な証拠が得られた。逆に,このレベル以上の場合には,実地作業において見い出された問題領域をさらに検査するか,限定的な意見にすることを考慮する。

(ケ) 監査の記録,完了及び報告

 監査の結果はすべて文書化され,テストされたすべての会計領域について結論が導き出される。

 各々の会計領域から導かれる結論は,「財務報告が当該年度の収入と支払を適切に表現しているか,また,収益ベースの会計の場合には,当該年度の出来事,当該年度の剰余及び不足分,キャッシュフローの真実で公正な表現となっているか」に関する全体的な結論へと流れて行くものでなければならない。

 これらの作業は,監査対象機関と合意したタイムテーブルに従って実行される。結果は監査対象機関の経営者と話し合われ,また,作業において生じる重要な事項に関しては,文書で彼らに公式に伝えられる。作業の結果は,また同時に財務報告へ付随する院長の意見を通じて議会へと報告される。幾つかの事例においては,院長は自分の意見とともに監査における発見事項に関する報告を公表することを要求されている。他の事例については,このようなレポートは限定意見が付せられる場合にのみ作成される。

(コ) 要約

 NAOの目的は,財務報告のユーザーが監査対象となる機関の結果や位置について評価することを補助できるよう,十分,適切かつ信頼性のある情報を提供することである。

(c) 民営化・ネクストステップスの影響

 民営化やネクストステップスは,検査の対象となる会計の数と種類に影響した。すなわち,ネクストステップスは,検査の対象となる機関の数の増大を促した。これらの機関においては収益ベースの会計をとっており,適切な場合には,民間セクターにおいて用いられている会計基準や会計原則に従っている。以前は,これらの機関が行っていた機能については,政府機関によって作成される予算会計の一部としてキャッシュベースで計算されていた。また,今日では財政上のまた他の目標に対するパフォーマンスに関する事項を含む年間の決算が強調されている。実施機関がその会計においてキイとなる財政上の目標に対するパフォーマンスを報告している場合には,これらは財務監査の一部として検査され,監査意見の対象となる。

 1988年の「政府における管理の向上:ネクストステップ」と題された報告書に基づき,現業機関(Executive Agencies)の確立が進行した。これは政府のサービスが,より小規模の管理可能性の高いユニットによって提供され,これらの機関がより高い自律性を持つ経営者によって担われるとすれば,より経済的,かつ効率的にサービスを提供することができるであろうという前提の下に成り立っている。現業に関する機能は,これらの現業機関へと委任され,経営者の責任でもってより自由にこれらのサービスの提供を管理することが委ねられている。

 このように経営に関する自由度が増大した一方で,その機関のパーフォーマンスに関しては経営者が責任を負うことが期待されている。現業機関は,財務上及び執務上の目標に対するパーフォーマンスを報告する義務を負う。財務監査においては,このような現業機関のパーフォーマンスも監査の対象となる。

 具体的には,パーフォーマンス測定とパーフォーマンス指標とを監査の際にチェックし,これが実情を正しく捉えているかを監査する。その監査の目的,計画,実地作業,結果の報告などについては,他の財務監査とほぼ同一の行程を辿る。

第5款 まとめ

 イギリス会計検査院は,経済自由主義的な社会思潮が支配的となる中で,これと歩調を合わすようにその組織の改革に取り組んでいる。組織改革の中核的な価値となるのは,監査における費用有効性の概念であるように思われる。すなわち,監査自体の費用有効性を高めるべく,様々な組織管理手法を積極的に取り入れるとともに,これを監査手法とリンクさせていこうとしている。

 第一は,組織の流動化の促進である。外部からの職員の採用を積極的に行うとともに,また,退出も広く行えるような組織作りがここにおいて目指されている。すなわち,会計検査院を各人がここで一生のキャリアを積み上げて行く人的に閉鎖的な組織から,専門領域ごとの人事異動を前提とした開放的な組織へと転換しようとしている。

 第二に,組織の専門化の進展である。組織の流動化とともに,専門化が進行する。これは,まずはVFM監査と財務監査との分離に見ることができる。従来,同一の職員によって営まれていたこの領域を区分して,各領域ごとに専門家を育成しようという方向を歩んでいる。さらに,各々の領域においても専門化が進行する。VFM監査であれば,ある特定領域の専門家を積極的に採用し育成することが強調される。また,財務監査においては,民間の監査と共通する新しい手法を積極的に取り入れ,会計監査という専門領域におけるエトスと技術を組織内部においても共有しようとする。

 第三に,業務委託(Contracting Out)の積極的な利用である。これによって,人的な流動性のみならず,職務の流動性が増大し,外部の専門知識を積極的に導入することが図られる。さらに,この業務委託を通じて,自前で行うべきか,それとも外部組織で行うべきか,費用有効性の観点から比較するという効果をねらっている。

 第四に,民間の組織管理技術の積極的な採用である。これは,出来高給制度に典型的にみることができる。各人のパーフォーマンスと報酬とをリンクさせることによって,インセンティヴを与えようとする。また,標準以下のパフォーマンスしか上げない者に対しては,カウンセリングを受けることを求めるとともに,この評価が人事異動とリンクする。

 イギリスの会計検査院の組織改革の方向は,費用有効性の追求である。これは,積極的な民営化,現業機関化といった政府改革を支える理念と合致するとともに,これらの改革に対する対応でもある。その中で,民間企業と政府との間の敷居は,極めて低くなっている。会計制度が共通化するとともに,その専門性も共通化する。

 民間経営における手段が,積極的に政府組織の中へ導入され,従来の組織文化を変革していく。効率をうたう組織は,またその範を示す必要にも迫られる。その結果,早期退職制度などを用いて職員の退出を促し,組織の職員を大幅に減少させることに成功している。NAOは,過去5年間の間に1,000人の体制から,780人の体制にまで組織のスリム化を達成したのである。「公的」な価値は,ここにおいて効率性という価値の中へと飲み込まれ,極小化しているのである。

2 フランスの会計検査院

第1款 はじめに

 政治・経済のグローバル化が急速に進展しており,国の財政監督・会計検査の方向及び在り方も,最高会計検査機関国際組織(INTOSAI)の国際会議(INCOSAI)でプログラム評価がテーマになるなど,従来の不正摘発・抑止,経費節減から政策の効率性及び有効性の確保を図ることに重点が移行しつつある。

 しかし,国の財政はマクロ的には政策協調を通じて他国との関係を増大しつつあるが,会計的には国内の法制度の枠内で管理されるため,各国の置かれている特徴を反映している。企業取引が自由に国境を跨いでなされるため,企業会計で会計基準の国際的調和化が近年進められつつあるが,国家間の人と社会資本の移動は制約されるからである。

 フランスは先進主要国のなかで予算・財政制度に特異な存在であるとされ,特に財政監督に関する組織,フランス会計検査院(LA COUR DES COMPTES)は,最高会計検査組織の中で伝統的な合規性検査を基本とする司法的組織として知られている。

 会計検査組織は,1)米・英のような議会附属型,2)スウェーデンのような行政組織型,3)ドイツや我が国のような独立組織型及び本稿で取り上げる4)フランスのような司法型の4タイプに区分することができる。各タイプはそれぞれの国内制度の中で財政監督の機能を果たしているのであるが,政策評価のように各国最高会計検査組織が共通する課題と特殊事情からの各国個別課題があるため,国際会議や今回のような実態調査に際しては,相互の置かれている制度的背景を理解した上で共通課題の解決のヒントを見い出すとともに個別課題についても改善方策を探る姿勢が必要と思われる。

 とりわけフランス会計検査院は伝統的検査を主とするが,政策評価の先進モデルとされる米国会計検査院(GAO)以上の影響力を国家財政に及ぼしているとされるところから,検査制度の特質とともにその影響力の源泉を把握することに努めることにした。本稿は,次款でまずフランス会計検査院の組織管理が人的資源に焦点を当てて述べられる。権限と組織については,既に我が国会計検査院調査課(1993)により詳しく紹介されているから,以後の説明に必要な最低範囲の記述に止めた。次いで,第3款では,会計検査の具体的な手続と方法が予算・財政制度の背景を含めて説明される。第4款では,1982年の地方分権により新たに設置された地方会計検査院の概要と国の会計検査院との関係が触れられる。地方分権は世界的な潮流であるが,イギリスのような地方自治組織を一層化にする構想など種々の改革があり,フランスの分権も我が国と同じ官僚国家である点で参考になることもあると判断されるからである。また,第5款では伝統的会計検査の制度下でいかにして政策評価に取り組んでいるかが社会福祉政策の評価を事例にして報告される。最後の第6款では,フランス会計検査院の制度を支えている論理の妥当性とその限界が考察され,我が国がフランスの制度・慣行に学ぶべき点が提示される。

第2款 組織管理

(a) 組織・権限

 フランス会計検査院の組織は,業務を指揮監督する院長と7つの局(chambre)及び庶務を行う事務総長及び事務次長から構成される。組織の狭義の構成員は,司法官の身分を有する者約250名であり,この他文書事務や検査補助等を行う一般職員が約410名いるから,我が国会計検査院職員の約半数である。地方分権により設置された地方会計検査院は国の会計検査院とは別個の組織であるが,後述するように会計検査院の地方分局のような地位にあり,会計検査院長は地方会計検査院長会議の議長を務めることになっている。

 会計検査院の歴史は古く,1807年にナポレオン1世により創設されたが,構成員の終身制,会計官の証拠書類の提出及び違反の場合の弁償責任等の基本モデルは現在と同じである。その司法的権限から設立時より権威は高く,最高法院(最高裁)及び参事院と並ぶ最高機関(Grandscorpsde I'Etat)の一つである。法律上の任務としては,共和国憲法第47条によると「予算法の執行の監督において国会と政府を補佐する」こととされている。具体的権限及び検査手続は,会計検査院に関する1967年6月22日法律第67号及び1985年2月11日政令に規定されており,機能を大きく分類すると,決算の確認,司法的検査及び業績検査の3つからなる。検査権限が及ぶ検査対象は,我が国と同様に義務的検査対象と任意的検査対象に分かれ,義務的検査対象は,①国,②国の公的施設(政府関係機関),③国有企業及び④社会保障機関の4つであり,一方,任意的検査対象は,①義務的検査対象機関が資本又は議決権の過半数を有している機関,②国,政府関係機関,国有企業又はその子会社から財政援助を受けている機関及び③慈善団体の3つである。任意的検査対象の慈善団体は非営利組織の民間団体であり,国から財政援助を受けていない場合にも検査対象になるという点で注目されるが,パブリックな資金という性格から1991年8月7日法律により新たに加えられたものである。我が国でもボランティア基金の情報開示が主張されており,会計検査院のようなパブリックセクターが行うか民間監査人が行うかの選択肢があるものの真剣に検討されてよい検査・監査分野であろう。

(b) 人的資源管理

(ア) 採用

 会計検査院の構成員になることがフランスではエリートの象徴とされている。この事実は我が国でも周知の事実になりつつあるが,実際フランスの有力者の履歴を調査すれば,会計検査院に採用されることはエリート官僚養成校である国立行政学院(ENA)のなかでも飛び抜けた集団であることがわかる。政治家に限定しても,現大統領(以下いずれも調査時点)のミッテラン属する社会党の有力者ロカールはENAを卒業して会計検査院に入っており,かの発言でマスコミを賑わしたクレッソン元首相の父親も会計検査院の調査官であったし,現内閣の共和国連合(RPR)のシラク総裁はパリ政治学院及びENAを卒業し同じく会計検査院に入り,保守派のもう一つの「雄」であるジスカールデスタン前大統領も理工科学校,ENAを経て親子2代にわたり会計検査院に就職している。

 会計検査院構成員の最下級の2等調査官への採用はENA出身者に限定されている。ENA在学生は修了時に各自の就職希望組織を提示し,採用組織側の定員の枠内で採用されるが,上位20番以内(ENAの定員は約100名)の者から毎年6名程度採用されるという。ENAへの入学倍率は15〜20倍であり,多くの者は大学入学資格検定試験を受けた後1〜3年間特別の受験勉強をしてようやく入学するという。

 こうした超エリートが事後統制の司法的業務である会計検査院をなぜ希望するかは,入るのが難しいとか司法的権威があることで説明しきれないため,今回の受け入れ窓口の国際課長(ちなみに彼はENA出身者でなく後述する中途採用組である)に質問したところ次のような理由を挙げてくれた。

 すなわち,1)前述したとおり会計検査院調査官経験者としての輝かしい先輩・同僚集団に属することで,一種の社会的ステイタスを手に入れることができることである。偉くなる上昇志向の者にとって,最初のポストとしてベストとみなされており,エナルクというENAの同窓生集団よりさらに小集団のインナーサークルを構成しており,会計検査院で司法官の身分を有する者の名薄(65才の定年はあるものの終身制であるため,前記シラクやロカールも名薄に登載されており制度上は現在も会計検査院に復帰可能である。定年を経過した者も名誉会員として記載される)も存在する。インナーサークルであると述べたのは,エナルクの名薄は公開されているが会計検査院の構成員名薄は非公開であるからであり,我々にも閲覧させてくれたが複写は許可してくれなかった。

 また,2)会計検査院に採用されれば,後述のように他省庁等に出向することが可能であるから,種々の仕事を経験でき,場合によっては永久的に原薄を会計検査院に残したままで他省庁等で勤務できるという柔軟性が挙げられる。特に将来民間に転出しようとする者にとっては,色々な仕事を経験することは生の知識を蓄積できるだけでなく,転出後に各省庁等と非公式のチャネルを持つメリットを得ることができるからである。

 こうしたENAを卒業して最初から会計検査院に採用になる集団の他に,中途採用の集団がいる。すなわち,会計検査院の構成員のキャリアパスは,2等主任調査官の1/4及び審議官の1/3は高級国家公務員から任命されることになっている。人数的には年間6人程度であり,公務員の中でも極めて優秀な者といえ,彼らの多くもENA出身である。いずれも10〜15年の実務経験を有することから,この追加採用は会計検査院にとって検査に必要な専門的知識・能力を獲得するのに効果的である。専門的能力の養成コスト・時間が省略でき,既に品質の保証された人材を確保できるからである。

 韓国の監査院では調査官は原則としてすべて他省庁からの採用であるのと目的は似ており,中央官庁の局長,県知事,外交官,医師,軍隊幹部将校等も含まれている。種々のバックグラウンドを有する者から構成されるという点で組織活性化のメリットもあろう。

(イ) 研修及び人事交流

 調査官として採用されるとENAから直接来た者か途中採用者かを問わず,理論及び実務研修を受ける。研修期間は2ヶ月であり,検査院幹部,大蔵省幹部,会計士及び国有企業幹部から財政,会計,経営及び監査の講義を受け,その後国際的に著名な監査法人に研修派遣され,民間の監査手法と実務に精通するようになる。講義の内容は我が国とも似ているが,民間監査法人に派遣する方式は政府会計の司法官としての権威を維持する上で有効と思われる(国有企業の比重が我が国より高いという事情もあるが)。また,初任研修以外にも調査官の能力・知識を向上させる目的で定期的に職場研修が実施されており,最近の研修テーマは財務分析,情報システムの検査,新しい会計システムの検査,国家予算の検査等である。

 一方,人事交流,正確には出向は,調査官の検査対象組織に関する実務知識を得る点で重要である。ENAから採用後4年経過すると,2等調査官は2年間他省庁又は国有企業に出向することができ,ほとんどの者は公共サービスの体験が得られるこの機会を利用する。まだ,主任調査官及び審議官のレベルにおいても,会計検査院の承認を得た上で他省庁,政府関係機関,国有企業又は国際機関に5年間を上限として(ただし更新可)永久ポストを得ることができる。したがって,この出向制度は公務員から会計検査院構成員への途中採用とあいまって,会計検査に対する理解を助けるネットワークを提供するといえる。もっとも,出向者が会計経理で不祥事を起こした場合には,公務員より厳罰に処される。まだ,会計検査院へ復帰後は出向先の検査を担当しないだけでなく,出向先の審議に関しては棄権することになっていて,その独立性が保持されている。

 ただし,1)会計検査院からの出向者がENAの同期より高いポストにつくことが多いことによる摩擦もあって外務省等では同格の扱いをしている点,2)会計検査院として将来幹部として残したいと考える者は主住調査官以降の出向はさせないとの方針,3)昇進は年功制であることは,我が国のキャリア組の人事管理と類似し,官僚制の共通項を示していて興味深い。議会附属型のイギリス会計検査院が業績給を導入して人事管理を民間並の競争原理にしたがって行おうとしているのと対照的である。

第3款 会計検査の手続と方法

(a) 予算・財政制度の概要

 フランス会計検査院の司法官による事後統制は,国家の予算・財政統制の一環として行われる,いわば統制システムのサブシステムであるから,まず,国の財政統制システムを理解することが必要である。その概要を述べると,大蔵省は予算編成及び議会承認に関与するだけでなく,予算執行についても一元的に管理・統制しているのが特筆される。すなわち,各省庁の支出要求の段階においては,大蔵省の職員である財務統制官(controleur financier)が担当大臣又はその代理人(委任者)に要求が提出される前に財務法令を遵守しているか及び利用可能な承認額を超過していないことをすべて検査することになっている。また,収入又は支出決定は命令官たる大臣又は代理人が行うが,支出・収納行為はやはり大蔵省職員である出納官(comptables publics)が会計法令に従っていることを検了し,違反している場合にはその支出・収納を拒絶することになっている。

 このように,すべての予算執行は支出負担及び支出・収納の段階で各省庁の会計官でなく大蔵省の会計官により一元管理されているため,会計検査院は予算執行の過程では介入せず会計年度終了後に検査活動を行うことに時系列的な統制分担・限定がなされている。

 したがって,会計検査院の基本職務は執行過程の統制を検査することになり,制度的には組織でなく会計官の行為を検査することとなり,財務統制官及び出納官が適切に職務を遂行したか,命令官により財政が法令に従い,かつ,有用に管理・運営されたかを調査・確認することになるのである。

(b) 決算の確認

 原則として国の予算は単一の法律(budget general)から成り立っていて,例外的に特別基金と企業的活動の予算(印刷局や造幣局等)があるが,いずれも出納官により一元的に管理されているから,大蔵省以外の複数省庁により作成される決算はなく,決算も単一である。具体的にいうと,まず各省庁においては,数人の出納官により経理された会計処理は統括出納官(tresorier-payeur general)により年度の各段階で集計され,国全体では各省庁担当の統括出納官の会計処理が会計長官(首席出納官)(agent comptable central du Tresor)により年度終了後に集計されることになっている。このため,会計検査院の決算証明は非常に単純化されている。大蔵省で予備的検査を既に実施しており,また,他省庁の財政活動について大蔵省側が虚偽表示する関心(誘因)がないからである。

 このように決算の確認は,出納官の会計処理の結果に基づいてなされるため,出納官の作成する計算書を審判する後述する司法的検査の一部でもある。個々の計算書の集計が一般会計決算総計と一致する場合には,決算の正確性を保証する一般符合宣言が与えられる。

 決算の確認と同時に国会に報告されるものに「国家予算の執行に関する報告」がある。これは,1959年予算法により政府に予備的支出に関する大幅な裁量権が与えられたこと及び予算と実績は原則として一致しないことから,政府の予算執行が適正に行われたかを個々の出納官レベルの会計経理でなくマクロ的な観点から検証することを目的にしている。具体的には,1)承認予算と実績との比較と2)承認予算の変化の調査からなり,数人からなる専任班がこの報告業務を担当しており,予算と決算の主要な不一致に関する説明と所見を述べるとともに予算法令に違反している事例の摘出を行うことになっている。しかし,前年度予算執行に関する報告を当年度10〜12月に提出し,翌年度予算審議に反映させるという性格から詳細な調査を行う余裕がないため予算事項に限定される。

 個々の会計経理の合規性と有用性の調査は司法的検査及び業績検査の過程で別途実施される。上記報告は,大蔵省が作成した予算と決算の参照書に添付する形式でなされ,大蔵省による予算との差異説明と異なる分析や所見になることも少なくないとのことである。ただし,1992年度報告書を見る限りは,分析というよりも記述的説明が多く(例えば国防予算に関し民間給与より低い賃金上昇に留まったための人件費予算と開差が生じたなど),因果関係的な観点がやや欠けている印象を受けた。それでも大蔵省とは別個の意見を提示したり,予算と決算の差異について独立の視点で検証することは,マクロ的な予算の事後統制として意義あることであり,我が国でも参考にすべき点と思われる。

(c) 司法的検査

 フランスでは,前述したとおり会計の意思決定は命令官である各省庁トップによりなされ,支出・収納を行うのは出納官である。彼らは義務解除のため個人的に応答責任を負っており,その責任を審判する会計法廷として設立されたのである。その意味で,構成員は司法官の身分を有しており,出納官は毎年会計検査院に計算書を提出しなければならないのである。

 司法的検査はかつてほどの重要性を有しなくなっているが,出納官は審理により義務違反とされた場合には個人的に弁償責任を負うため,出納官に対する影響力(違法・誤謬への抑止力)を持つ点で今なお基本的である。検査の具体的手続としては,まず提出された計算書の正確性が検査されるが,司法的検査の主たる目的は出納官が適切にその義務を履行したことを確認することにあるから,税金等の徴収すべき資金がすべて収納されたこと及び財務法令に違反せず支出がなされたことを検証することになる。前者は徴収義務額と実際の徴収額を対比することにより,後者は補助帳票を抽出調査して行われる業績検査の過程で検証される。

 こうした検証の後,収納されない金額があったり若しくは財務法令に違反する支払があった場合には,仮審決においてその理由を説明することが命じられる。文書で説明(回答)するため2ヶ月の猶予が与えられるが,その釈明が不十分であると認められるときは,当該案件の法的側面につき検査院駐在の検事総長の助言を得た後,最終審決において末徴収額又は違法支払額を自己財産から弁償することが命じられる。ただし,実際に最終審決で弁償義務を負う場合は極めて低く,仮審決に対する割合は2〜3%にすぎない。出納官以外の会計官に関しては,会計検査院に対する個人的応答責任はないが,命令官が財務法令に違反する意思決定を下した場合には検事総長を通じて会計検査院は予算・財政規律院に告発することができる。

 この予算・財政規律院は,出納官以外の行政官にも年間報酬額を限度として罰金を課すことができるが,トップは会計検査院長でありこの他会計検査院審議官及び参事院参事官から構成されるから,会計検査院の影響下にあるとみなしてよい。したがって,司法的検査を通じて事実上すべての会計官の行為の適法性が確保されることになっている。

(d) 業績検査

 業績検査は,会計検査院に対して公共資金の良好な使用を確認することが法的に要求されていることを受けて実施される検査と定義されている。それゆえ,会計処理が財務法令を遵守しているかの合規性の検証は業績検査に含まれるが,出納官の徴収責任解除でないから当該出納官に係る収入計算書を悉皆検査する必要はなく,補助帳票の抽出調査を行うことになる。

 しかし,業績検査は合規性の検証だけでなく,検査対象組織の職員数,賃金,調達方法,装備方法の適正性及び目標達成度とコストの関係(コスト・パフォーマンス)の調査が含まれる。

 したがって,主要国の最高会計検査組織で行われている経済性・効率性の検査と実質的に同じと考えられ,検査はほとんど実地調査により実施される。検査による発見事項は検査会議に提出され,検査対象組織のトップから意見が聴取され,検査の進行管理がなされる。すなわち,管理の不適正又は財務法令違反も事実を示す指摘は検事総長を通じて検査対象組織のトップに報告され,トップは当該事態に関し何をしたか及びその原因につき説明することを求められる。出納官の財務法令違反に関連している場合には,司法的検査の案件として処理される。

 また,検査対象組織の組織管理,規則の妥当性又は政策の健全性に関する疑問も国会決定・承認に係る事項を除いて(その執行に関する批判は可)担当大臣に会計検査院長名の文書を送達して,3ヶ月以内に回答を得ることができることになっている。

  以上の業績検査の結果のうち国家の最高水準での(修正)行動を要すると思われるもの及び重要な指摘事項は,評定会議を経て年次報告書に記載される。この報告書には担当大臣からの回答も添付され,院長から大統領及び両院議長に手交されるとともに一般にも公表される。

 この検査報告までの手続は司法的検査も業績検査も基本的には同様であり,司法的モデルの特性(フランス会計検査院の説明ではアングロサクソンの最高会計検査組織にない優れた点)として,1)政府及び議会からの独立性,2)検査対象及び範囲の自由選定(裁量),3)構成員全員の司法官としての身分保証,4)弁護と告発の対論審議方式(覆審制度),5)集合的意思決定(多数決方式)を挙げる。この特性のかなりの部分は我が国の会計検査制度と同じであるが,フランスは250余名の構成員全員が司法官という層の厚さと高い権威性により,GAOとは別の意味で統制の影響力を保持しているといえよう。

(e) 公企業に対する検査

 国有企業を始めとする公企業の検査は発展途上国では重要な比重を占めるが,フランスでもその産業における重要性から事後統制の対象になっている。ただし,当初から会計検査院の検査対象になっていたのでなく,最初は特別組織である公企業会計監査委員会に委託されていたのが1976年6月22日法により会計検査院に検査権限が移転されたのである。

 具体的な検査に関しては,義務的検査対象である国有企業は3年ごとに過去3年分の会計と業務について検査されるが,任意的検査対象の他の公企業は提出された財務諸表等の文書に基づき検査が決定されることになっている。公企業の検査の特徴は,公企業には出納官が存在しないため,司法的検査は実施されず,会計監査と業績検査に限定されることである。そして,公企業は会計士による財務諸表監査を受けているため会計検査院の検査と会計士による監査の調整が課題になる。会計検査院の検査の目的も,当該公企業の財務諸表がEC第4号指令に基づき真実かつ公平な概観を表現していることを確認証明することにあるため,会計士監査に優先するものではない。会計検査院の検査は,会計士のサービス内容,監査基準及び監査報告書を調査することによって財務諸表監査をより有効にすることを意図している。この意味において両者は重複している訳ではなく,無駄な重複やコンフリクトを避けるため会計士協会と会計検査院の間で協議がなされており,また,実査を会計士自身と一緒に行っている。このように会計検査院は可能な限り会計士の業務と発見事項に依拠して意見の形成を行うが,会計士の意見に制約されることは決してありえない。

 我が国でも,旧国鉄及び旧電電公社が民営化され会計士の監査と会計検査の両方を受けることになった際にチェックの過重であるとの議論が一部からなされた(会計責任概念の誤解に基づく点が多い)が,会計士監査との調整を図るのに参考にすべきと思われる。

 もう一つの検査である業績検査は,会計検査院のみが行うものであり,政府組織に対する場合と基本的に同じであるが,1)運営コストを調査することにより経済性を検証すること,2)投入と産出を比較することにより効率性を検査すること,3)目標と実績を対比することにより有効性を検査することを目的に実施しており,3E検査と同じであるとみなされる。

第4款 地方分権と財政監督

(a) 地方分権法の背景

 1982年の地方分権は「市町村,県及び州の権利と自由に関する1982年3月2日の法律第213号」(以下「地方分権法」という。)により実施されたものである。改革の概要(詳細については大山礼子「フランス地方分権の現状−改革の定着か,中央集権の復活か−」『自治研修』第340号等を参照されたい)を述べると,従来,国(内務省)から派遺されていた県知事が有していた執行権限を地方議会に委譲し,県地方長官(県知事の代替機関)の役割を後見的監督権から裁判機関への提訴権を有するだけに低下させた。

 すなわち,国による地方政府の統制は,行政的には地方行政執行官として県知事が派遣され,また,財政的には大蔵省から地方会計官として統括出納官が派遣され,執行過程及び事後統制過程とも国の一元的監督下にあったのである。司法的統制においても,地方政府(関係機関及び地方公営企業を含む)の検査は,会計検査院が直接行うかその権限委譲を受けた統括出納官により実施されていたが,必ずしも効果的な統制とはいえない状況にあった。

 というのは,会計検査院が直接検査を行えるのはその人的資源の制約から地方政府全体の1.3%と極めて低く,多くは統括出納官に委譲されていたが,統括出納官は検査対象組織及び検査権限に制約を受けていたのである。彼らは会計経理の合規性を検査することはできたが,司法官でないことから地方出納官の責任問題に係る事例は処理できず,また,業績検査を行うことを禁止されていたため,1)規模が小さな地方政府は業績検査の対象から除外される,2)職階制に起因して統括出納官は同じ組織の部下に当たる地方出納官の合規性違反を摘発するのに消極的になるという2つの現象を引き起こしていた。

 こうした司法的統制の欠陥をなくし,同時に地方分権により地方政府が国の監督から自由になった(国による事前統制の廃止)カウンターバランスとして事後統制の強化を図る必要性から,地方会計検査院が地方分権法により設置されることになったのである。つまり,従来は会計検査院と統括出納官による2つの機関による事後統制であったものが,地方会計検査院による一元的で包括的な統制に移行した訳である。

(b) 地方会計検査院の組織

 地方会計検査院の正式名称はLes Chambres Regionales Des Comptesであることから理解できるように,会計検査院の内部組織的な性格を有する。法的には,地方分権法第87条第1項で規定されているように会計検査院の第一審であり,人的にも地方会計検査院長は会計検査院の審議官又は主任調査官でなければならない(地方分権法第85条)とされている。したがって,地方会計検査院が各州に置かれるといっても各地方会計検査院の会計検査院との関係は,国の監督から自由になった地方政府の中央政府に対する関係と異なり,国の地方部局にすぎないのである。その意味において地方政府に関する国の事後統制は依然として会計検査院が完全に担っていると解してよい(ただし,1988年に人口2干人末満でかつ経常収入が200万フラン末満の小規模地方政府の合規性検査は統括出納官に戻された)。

 地方会計検査院は1982年当初(正確には1983年のデクレにより決定された)はフランス本土に21,コルシカ島に1,海外のグアドループ,マルティニク,ギアナ,レユニオン島に各1,計26設置され,地方会計検査院長は太平洋の3島については同一人が兼務することとして24名が任命された。その後若干の改正があり,1993年では25個所となっている。

 具体的な組織としては,会計検査院とほぼ同様であり,構成員は全員司法官として終身権を有していて,階級的には地方会計検査院長,部長(president de section),上席調査官(conseiller hors classe),1等調査官(conseiller de premiere classe)及び2等調査官(conseiller de deuxieme classe)に区分される。

 地方会計検査院は新しい組織であるためその活動をするには適切な人材の確保が必要であったが,会計検査院の構成員を地方会計検査院構成員に任用するには人数面で限界があったため外部からの採用が検討された結果,高級公務員を中心に採用がなされた。新規採用に関しては,会計検査院の場合では最下級の2等調査官はすべてENA卒業生であったが,地方会計検査院の場合には,4/5をENAから1/5を一般外部から採用することになっている。上位の1等調査官及び上席調査官の外部からの中途採用は会計検査院と同様に実施しており,それぞれ年齢35才以上で行政経験10年以上及び年齢37才以上で行政経験12年以上の条件を満たす必要がある。ENAからの卒業生が会計検査院の地方部局的な機関に就職するのはやや意外な感じを受けたが,50〜60番のランクの者が採用されるというから一般中央省庁並の人気といえる。司法官としての終身権の魅力の他,後述する予算統制という地方会計検査院独自の行政的機能が司法的機能に付加されているのも影響しているかもしれない。

(c) 地方会計検査院の権限

 地方会計検査院の機能として特徴的なのは,司法的検査及び業績検査という事後統制以外に予算編成に関する関与等の事前統制を行うことである。これは,地方分権により国による事前統制(後見的監督としての)が廃止されたことに伴い,公的資金の良好な使用を確保するという国民の権利を守るため行政的統制権限を地方会計検査院に与えたことによる。したがって,会計検査院の財務統制の範囲に含まれる機能であるが司法的なものではない。司法的検査及び業績検査に関しては会計検査院の場合と基本的に同じであり,司法的検査において最終審決が第一審の性格を有し,会計検査院に控訴できる点が異なるだけであるから,ここでは予算統制の内容に限定して解説することにする。

 地方分権により地方政府の意思決定は県知事による事前検証から自由になったが,以下の4つの場合には財務規律の確保の観点から地方会計検査院による行政的介入を受ける。

 すなわち,

1)予算が当該会計年度開始日において末だ可決(採択)されていないときは,地方会計検査院は県地方長官の提訴を受けて,地方長官により執行される予算を作成する。

2)可決予算が実質的予算均衡状態でない場合には,県地方長官の申立てを受けて,地方会計検査院は地方政府に収支均衡を確保する方法と手段を提示する。

 予算が依然として均衡したものでないときは,この提示は県地方長官により執行されることが可能である。

3)予算執行の結果,一定以上の額の欠損(赤手)(人口2万人以下の市町村では経常収入の10/100以上,その他の市町村は経常収入の5/100以上)となった場合には,地方会計検査院は県地方長官の申立てを受けて,翌年度予算で赤字解消となっているかを調査し,解消されていないときはその方法と手段を提案する。

 この提案が地方政府に拒絶されれば,県地方長官によって執行される。

4)法的義務がある支出,すなわち義務的経費(末払い債務等)が予算に計上されていない場合には,地方会計検査院は県地方長官,地方出納官又は利害関係者の申立てを受け,その事実を確認し,当該義務的経費を予算計上するよう命じる。

 地方政府がこの命令に従わない場合には,地方会計検査院はこの追加的支出を賄う方法と手段を提示し,県地方長官により執行される。

 これらは行政的介入であるから意思決定権は依然として県地方長官にあり,また,地方長官は行政裁判所に申立てすることも可能である。しかし,予算統制機能は地方会計検査院の重要な職務を構成しており,特に義務的経費に関する申立ては個人でも可能であるためかなり利用されているようである。

 我が国でも住民監査請求制度が地方自治法により設けられており,一人でも違法又は不当な支出等に対して請求可能な点は似ているが,監査事務を担当する監査委員の独立性などに問題点があると指摘する声もある。このため,どのような監査組織が良いかを検討する場合,イギリスのように中央とは別個の独立した組織ではあるが各地方政府別でなく地方監査委員会で一括して実施する方式,米国のように各地方政府で会計士等を活用して個別に実施させる方式以外に,フランスのような国,地方の一元的検査方式も比較評価することが必要と思われる。

 なお,地方会計検査院と会計検査院とは毎年共通検査事項について事前協議を行っているほか,会計検査院は地方会計検査院の職務履行状況を査察するとともに地方会計検査院共通の管理運営課題に対してその自律性を阻害しないようにして改善策を検討して,全体としての統制機能の向上を図っている。

第5款 政策評価への取組み

(a) 政策評価の位置付け

 フランス会計検査院において政策評価は,業績検査と質的に異なる検査領域とみなされている。すなわち,業績検査は個々の会計決定・支出の経済性・効率性を検証するものであったが,政策評価は政策目標が効率的にしかも経済的に達成されたかを調査するものとする。伝統的検査は会計経理の合規性と公金の使用の管理が主たる関心事であったが,政策評価は目標と成果に着目する点で従来の検査を発展・進化させたものと位置づける。一般的な投入・産出モデルの定式化を用いて説明すれば,投入及び産出への変換過程でなく産出を目標に照らして評価するものといえる。

 したがって,実績と計画・目標を対比するものというイギリス会計検査院の有効性検査の概念と類似している印象を与えるが,政策評価担当者の説明によれば,単に結果(実績)を目標と比較するのでなく,政策執行と目標との関連性を見ているため「野心的」な試みであるとする。成果を投入や変換過程のオペレーションとの因果関係の観点から把握するアプローチは,政策執行者によって制御できない要因,例えば資源投入の不足や予期できなかった環境要素(急激な景気変動等)により所期の成果・効果が発現していない場合に当該政策が有用でないという誤った結論に導くのを防止するから,特に執行者のアカウンタビリティを検証する面では理論的に優れている。

 しかし,この論理は,定式化自身はO=P(I,E)(O:産出,P:生産関数,I:投入,E:環境)と容易であるが,現実に生産関数を同定することは簡単でなく,同定したとしてもその信頼性と客観性は伝統的検査の判断根拠に比較すれば劣ることは否定できない。だからこそ,手法の制約を認識しつつイギリス等では業績指標による管理が実務的に利用されているのである。

 フランス会計検査院の財務統制に関する高い権威と影響力は,確実な事実に基づく司法官による集合的意思決定に依存しているから,野心的な政策評価に踏み込むことは逆に築き上げた権威を失墜する危険性はないのかという疑問が当然生じる。フランスにおいて政策評価を実施する機関は政府部内及び国会に存在しているため,政府及び国会から独立した会計検査院で評価をどこまで行うのか(行えるのか)はセンシティブな問題である。

 この点は諸外国の最高会計検査組織が程度の差はあっても等しく抱える課題でもあるから,次款では最近の政策評価の具体事例を紹介することにより手法及び伝統的検査との関係について検討してみることにする。

(b) 政策評価の具体事例

 フランス会計検査院で実際に政策評価を開始したのは数年前のことであり,その件数も多くはない。具体事例として示されたものは1993年11月に公表された「成人の身体障害者の社会復帰政策に関する評価報告」(LES POLITIQUES SOCIALES EN FAVEUR DES PERSONNES HANDICAPEES ADULTES)である。評価対象にされたプログラムは,身体障害者に対して社会福祉施設で職業訓練を行うことによって社会復帰を支援・促進するものであるが,政策評価の目的から身体障害者がどの程度社会復帰できたかに着目して調査することになる。しかし,会計検査の検査対象は出納官等の会計官の行為であるため,実際に受益者となる身体障害者を調査対象にすることは,権限及び人的資源の制約(検査は司法官たる身分を有する構成員が行うため)から不可能であった。したがって,受益者が社会復帰したか否かを直接調査するのでなく社会復帰を効果あらしめるために必要な条件を満たしているかを検証する間接的調査手法を用いたという。具体的には,会計検査院に提出される又は出納官が保管している文書を用いるとともに,施設管理者及びソーシャルワーカーに対する意見聴取を行うことにより,次の項目を調査している。すなわち,

1) 当該政策に幾らの資金が投入されたか,

2) 何に充当されたか,

3) どのような施設が建設されたか,

4) 身体障害者から利用希望があったときに施設に受け入れ能力があったか,

5) 施設管理及び組織管理は良好であったか,

である。これらの項目は,前述の投入・産出モデルに従えば産出を投入と変換(管理)の妥当性を調査することにより代理評価しようとするものであるから,調査内容及び手法の信頼性は伝統的検査の水準を維持できる。調査権限と範囲の制約が原因とはいえ,結果として我が国等でも広範に使用されている間接評価手法が採用されていることは会計検査の共通性を示すものとして興味深い。ただし,文書的原始資料だけでなく,施設管理者等に対して質的項目をアンケート調査して分析しているから会計検査院が独自に収集した資料も用いている。

 以上のようなアプローチを会計検査院担当者は社会学的手法と呼び,一般的な定量的・統計的手法より優れていると強調するのである。この政策と同じ社会政策領域の青少年非行問題に関する省際委員会(CIME)の評価は,統計的手法を用いて約5千人の青少年を追跡調査したが約5千万円もの調査費用を要したように,効率が悪くおまけに選択する調査手法によって評価結果が異なるという欠点があると力説するのであった。

 財務諸表監査においても統計的サンプリングやリスク指向監査手法に対して否定的であったのと共通して,彼らの論理の根底には質的に保証された司法官が合議制で下す判断が最も適切であるという一種の信念のようなものが感じられた。

 公共サービスを受ける受益者に対して直接調査する英米の顧客満足評価的なアプローチは,意識調査の特性から政策目的の定量化を行わなくても極端な場合「サービスに満足しているか否か」という設問に対する回答を得ることにより有効性評価における手法的制約を回避できるメリットがあるが,同時に評価の主観性からくる問題もある。自らの統制の及ぶ範囲で検査の質を保証しつつ検査範囲と機能を拡大する取組みとして首尾一貫性を確保している点は評価されるべきことであろう。

第6款 若干の考察−まとめに代えて−

(a) 制度の特性

 フランス会計検査院の特性は,何といっても司法官の身分を有する者により組織が構成されていることである。したがって,検査の範囲が業績検査あるいは政策評価に拡大されても,判断の基本は司法官として質的に保証された者の集団的意思決定によることになる。

 そして,元来が会計官の行為を司法的に統制することを基本任務としてきたため,検査は個々の出納官等が適法にかつ公的資金を有用に使用したかを確認し,その責任を解除することになる。会計経理でなく,それを行う人に着目して統制するのは,ある意味でギリシャ時代の古典的なアカウンタビリティを検証することとみなせるから,会計検査の理論からみて妥当といえる。近年先進国の会計検査は,個々の違法・不当の摘発・是正から会計システム・行政システムの経済性・効率性及び有効性の評価に進展しているのは,財政規模が拡大し,行政が複雑化したため,個々の会計経理の責任を追求したり是正を図るだけでは会計秩序及び公的資金の効率的・効果的な使用に関するアカウンタビリティを確保するのが困難又は不可能になってきたことに起因している。

 それゆえ,フランス方式は旧式のような印象を与える。しかし,フランスでは大蔵省職員である出納官が財政システムを一元的に監督する機能を有しているから,かかる出納官を検査することは間接的に会計システムの統制状況を監督する構造になり,実質はあまり変わらないことに注意しなければならない。ただ,どの出納官の会計行為を検査するかは会計検査院の裁量に委ねられているから,個々の出納官の責任を追求するのに勢力が割かれるとシステム的な評価はなおざりになる危険性がある。

(b) 制度の合理性と限界

 会計検査院が国会及び政府から独立している点は我が国と同じであるが,影響力は米国会計検査院と匹敵するものといえる。この影響力を支えているのは,司法官という身分保障のほか優秀なエリートをリクルートしていることが挙げられる。フランスでは官僚が国会より優位である社会構造となっているため行政を統制するには,官僚を超える能力・権威を保有して国会を補佐することはシステムとしても合理的なのである。実際のところ,国民議会より調査要請が年に2〜3回あるが,これは行政より地位が低いとされる議会が行政を統制するため検査報告を利用しようとする意図があるという。したがって,ENAの成績上位者から採用することは行政に対する優位性を得る必要条件であり,司法官の身分を保有すること及び政府の優秀な高級公務員を途中採用して専門的知識の確保に務めることは十分条件であるとみなすことも可能である。米国会計検査院がプログラム評価を通じて議会の政策審議に貢献することで影響力を行使しようとしているのと対照的に,フランス会計検査院では質的に保証された少数の司法官が会計官の違法・不適正行為(資源の有用な管理に反する行為を含む)を検査することにより財務統制に関する影響力を保持しようとしている。すなわち,前者は財政の効率性と有効性を高めるためプログラムに着目するマクロからのアプローチであるのに対して,後者は会計官の個々の会計経理に着目して財政全体の健全性・効率性を確保しようとするミクロからのアプローチであるから,会計検査を行う個々の調査官の資質は前者よりも重要なものとなる。

 しかし,こうしたフランス方式は少数者による統制及び不正抑止効果重視からくる制約を受ける。紹介した政策評価の事例で示されたように,直接統制権限が及ぶ範囲内に調査を限定することからプログラム評価に必要な数の調査を行えなかったり,あるいは受益者に対する直接調査を回避することからくる評価結果のバイアスも生じる。また,専門的知識を中途採用者から吸収しているものの外部専門家の活用は我が国同様に低いため専門的能力・知識の制約から検査対象も限定される危険性もある。司法官による集団的意思決定は有能な権威者による合議制であって,誤審を防止する点で人を裁く制度の運用として適合しているが,政策評価や業績評価のようなシステム評価の場合には,判断規範は準拠性及び判断過程の完全性だけでなくシステムの改善等の勧告を含むから評価結果の説得性・合理性が重要になる。このため,統計的サンプリングで調査バイアスが生じること及び定量的評価手法はどれを選択するかで結果が異なる可能性があることから,これらアングロサクソンの評価手法を否定し,出納官らの文書に基づく疑問の余地がない確定証拠による合議制決定が優れているとして伝統的検査手法を維持するだけでよいかは疑問の残るところである。政策評価への拡大を図るのを社会的要請と認めるからには,伝統的な手法以外のアプローチの採用も検討される必要があろう。フランス会計検査院自身第14回INCOSAIのレポートで,専門家の利用,統制及び管理データに限定されない広範な評価情報の産出を目指すものとして政策評価を提案しているから,かかる検査の拡張と伝統的検査との調整をどのようにするかは興味深いものがある。伝統的検査で完結していたため人事管理も妥当性を有していたのであるが,政策検査を行う場合には人員の増加を図るか伝統的検査を縮小するかの選択を迫られるからである。我々が議論した担当者から受けた印象からは,アングロサクソンとは別の評価システムを構築したいという気概が感じられたが,急激な政策評価の拡大でなく諸外国のノウハウも吸収して独自のシステムを考案するまで現行人員で実施していくように思えた。いずれにせよ,ENA出身の司法官以外の専門家をどのように管理するか,同じ質的属性であった構成員により保たれていた権威は変化がおこらないか,また摘発による抑止効果を目標にしていた組織が同時に政策・システムの全体評価を行うことは機能的か,逆効果は生じないか(米国のようにバウチャー監査を放棄しないと評価機関として機能しないのか)という課題が浮かぶ。これらは我が国の抱える問題と共通する点も少なくないから,今後どのように制度改革を進めていくかに注目することが必要である。

(c) フランス会計検査院から何を学ぶべきか

 独立型モデルの我が国会計検査院が,司法型モデルのフランス会計検査院から学ぶべき点を挙げると,次の3点となろう。

(1) 外部人材の確保

 フランスも我が国も民間の専門家を活用することは少ない点で−致しているが,会計検査の質的拡大を図るためには,新規採用にのみ依存する「純血主義」は限界がある。特に,技術進歩や国際化の進展が急激な状況下では,在来の知識・能力では十分な対応が困難な場合もあるから,調査官による直接検査方針を維持するとしても,フランスのように高い専門的能力を有する者を高級官僚から中途採用する人事管理政策は有効である。この政策は,会計検査院の調査官の待遇を一般公務員と区分する制度改革を伴えば,官僚に対する影響力・権威を保持する上で一層効果的になろうと思われる。

(2) 予算と決算との差異分析

 フランスの会計検査は個々の出納官の計算書を検証することから始まるため,ミクロ的アプローチとなり,政策評価等のマクロアプローチとの整合性が今後の課題と述べたが,フランスは予算執行の結果を独自に分析する職務を通じて予算全体のマクロ評価を事後的に実施している。

 政府活動の事前統制がマクロ的に国会を通じてなされるのに対して,執行管理を含む事後統制,特に,決算に対する統制はどうしても個々の不正経理やセンセーショナルな問題を追求する傾向があるため,こうした客観的な予算・決算の分析は価値がある。

 決算の確認をより意義あるものにするため,大蔵省の「決算の説明」に対する検証を行い,その分析結果を国会に報告することは検討に値することである。

(3) 地方分権下の統制のありかた

 地方分権は地方自治体の運営をその自律性に委ねるものであるから,統制はカウンター・バランスとして重要な役割を担うことになる。金融自由化になれば業者を保護・監督する行政から公正競争確保の規制行政に移行するのと同様である。従来の起債許可や交付金行政を通じた国による強い事前統制が緩和あるいは撤廃されると,自治体行政の計画・執行・結果を監視する機能がより重要になる。行政の専門化・複雑化が進展している状況で地方議会だけで監視機能を十分発揮することは先頃の汚職事件が示すように困難であり,議会機能を補完あるいは支援する機構が必要である。

事後統制としては監査委員制度があるが,構成員の数及び質の点で十分とはいえない状況であるから,地方自治体連合で監査委員会組織を作る案以外にも,フランスのように事前統制から国の干渉を排除する代わりに事後統制段階において会計検査院が国,地方を通じて一元的に検査する案も検討されてよいと思われる。

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