第13号 巻頭言

不良債権と債務の検査
水谷 研治

水谷 研治
(東海総合研究所社長)

 1933年生まれ。名古屋大学経済学部卒業。経済博士。東海銀行調査部長,専務取締役等を経て,94年より現職。道路審議会専門委員,中京大学大学院兼任講師。

 主な著書は,「『縮小均衡』革命」東洋経済新報社など。

1. 不況対策を進める産業界

 最近,産業界は不況に泣き言を言わなくなってきた。不況の元となっていた円高が是正されたことが一つの要因として考えられる。政府の経済対策の効果がこれから期待されることも雰囲気を明るくしている。

 しかし何と言っても各企業が不況慣れしたことが基本にある。企業としては誰かに助けを求めても無駄であり,自分たちで合理化を実行する以外に方法がないことを自覚してきている。

 企業は収支の均衡を図るために,収入の増加を目指すとともに人件費を含めて支出の削減を進めている。その結果,収入が増加しなくても収益が確保できるような体質に変えてきた。また長期的な収益力の向上のために資産の良化に努め,不良資産の償却を進める一方で借金と保証債務を圧縮し,将来の負担の縮小を図っている。

 それ以外に体質の改善ができないことに気付き,多大の犠牲を払いながらも実効を上げる努力を続けている。それが功を奏してきたと見ることができる。国としても同様の考え方が必要である。いつの間にか経済体質が悪化し,景気が低迷して活力がなくなってしまった。深刻な問題を残したままでは将来の経済発展を期待することができない。

 問題を処理しなければならない。どれほどの犠牲を払ってもやらなければならないことがある。そのためには,まず厳しい現状を正確に把握しなければならない。

 国家の財務状況の実態を表しているのが国の会計である。それを真剣に検討して問題点を探し出さなければならない。そのうえで対処策を実行する必要がある。

2. 会計制度の改革

 国の会計制度は分かり難い。会計処理でもっとも発達しているのは企業会計である。それに準拠して国の会計も改める必要がある。

 最近,大蔵省で財政投融資計画を企業会計に沿って作り替えて発表している。好ましいことであり,このような努力を賞賛したい。

 これを一般化することが望まれる。このようにして,はじめて国民の目に財政の実態が見えてくるからであり,善悪の判断がつきやすくなるからである。現実の国の会計処理は一般的な企業の会計原則とは著しく違っている。たとえば借金による資金を収入とみなし,それ以外の不足分を赤字と見るとすれば,赤字額が現実よりも少なく見えてしまう。それだけ赤字財政の問題の深刻さを見損なうことになる。

 これでは困るのである。後述のように現実の財政がどれほど危機的な状況であるかを国民が理解し易くする必要がある。そのために国の会計処理に問題があるなれば,それを改善しなければならない。

3. ドル資産の不良化の準備を

 多くの課題がある。その内の大きなものを指摘してみよう。

 金融機関の不良債権の処理が問題となっている。どのような債権も最初から不良であったわけではない。途中から不良化したのである。不良債権となる共通した理由は相手の資産内容の悪化である。借金過多の相手に貸していたのでは,いつかは不良債権となる可能性が強いことを実証したと考えても良い。

 民間企業はそれぞれに自己責任でやっており,自ら責任を取ることになる。ところが国は結局,将来の国民が税金で負担することになってしまう。それだけに将来のことを考慮して債権が不良化しないように努めなければならない。

 我が国の保有するドル資産は膨大な金額になっている。民間の場合には資産の危険度を絶えず検討し管理しているが,国の場合も真剣に考慮されなければならない。

 ドル相場の崩落する危険が表面化した後では,国がドルを売り逃げることなど到底できなくなってくる。外交問題になってしまい,ドル売りができないだけではなく,逆に国際協力の観点から損をすると分かっていてもドルを買わざるをえなくなるからである。

 現実にドル相場は傾向的に下落を続けている。長期的に見ると,いったん下降を始めた為替相場はなかなか反転しない。それは経済の体質が変化しないためと考えられる。

 為替相場は各国それぞれの経済力を反映する。国の経済力は国の生産力が基になっている。その結果が資産に表れている。

 経済力が旺盛な場合には売上が伸び,収益が上がるために,資産が増えていく。逆に経済力が衰えると赤字になり,資産が赤字の分だけ縮小する。それが続くと資産がなくなってしまう。

 そこで経済水準を切り下げて赤字をなくす必要がある。もしそれを実行しないと資金不足となって破産に追い込まれる。ところが借金をすれは,当面の問題を解決することができる。そのかわり借金が増え続けていくことになる。

 借金が大きくなると企業や個人では破産に近づく。国の場合は為替相場が暴落する。このような事例は枚挙に暇がない。

 ドル相場が安定している背景にはアメリカ経済に対する信頼感がある。ところがアメリカの対外純資産は急減しているのである。

 アメリカが最高に資産を貯めていたのは1980年であり,対外純資産は3,925億ドルにも上っていた。ところが膨大な貿易の赤字を続けた結果,膨大な資産を使い果たし,そのうえ借金を続けたためアメリカは純借金国に転落している。現在の対外純借金は8,000億ドルを遥かに越える有様である。

 将来のいつかの時点でドルに対する信頼感が低下しドル相場が急落することを予想して対策を立てておくことが必要である。ドル資産の保有を縮小しなければならない。ドルが信頼に値しないことを前提に行動するべきである。

4. 財政の破綻に焦点を

 いつの時代でも景気は重要であり,景気は良いほうが好ましい。そこで景気を良くするために財政政策が多用されている。それは公共投資などの支出の拡大と減税である。ともに赤字財政の原因になる。赤字であるからこそ景気振興に役立つのである。景気対策が続けば赤字財政が続く。

 赤字分だけ国の借金が増えていく。その結果,国の借金は莫大となり金利の支払いができなくなっている。国は金利支払分だけ借金を増やさざるをえない状況である。このようにして自然に国の借金が増大を始めると借金地獄となる。今まさに,そのようになりかかっている。

 国には破産がない。借金の責め苦は将来の国民にかかってくる。それが分かっているだけに全力で是正を図る必要がある。

 国の存亡を懸けたときには借金をしてでも乗り切らざるをえない。それだけに通常の場合には借金をなくしておく必要がある。国には借金がないのが正常なのである。この基本原則に戻らなければならない。

 一時的に借金をすることはあろう。その場合には大至急,返済しなければならない。

 通常の場合,借金の返済には原則がある。飲み食いに使った分は大晦日には返済するのが昔からの習わしであった。それが無理なら,せめて2年か3年の間には返済するべきである。

 赤字国債の返済は2年か3年で実行しなければならない。ところが赤字国債の期限は当初から10年と非常識な長さに決められた。しかも,いつの間にか60年で返済することに延長されている。考えられない暴挙である。

 建設国債は一方で公共施設が残るから構わないとの意見がある。しかし本来は国債を発行することなく公共施設を後世に残すのが当然なのである。間違えてはならない。

 百歩を譲って建設国債を発行して建設するとしよう。それで建設される公共施設の耐用年数が問題である。平均の耐用年数は37年と経済企画庁で試算している。

 国債の返還期間は60年となっている。そのため公共施設の平均耐用年数が経過して使い物にならなくなった後でも国債は3分の1以上残ることになっている。

 本来なら借金をして建設した場合,耐用年数の半分以内に返済するのが常識である。現実に国が実行していることは余りにも異常である。早急に是正を図らなければならない。

 このような大きな転換は政治の分野だと思われるかもしれない。しかし,そのようなことを言っていたのでは問題は解決せず,問題を将来へ先送りするだけである。会計原則に沿った問題の提起が必要である。

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