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第12号

公共工事システムの将来像
國島 正彦

國島 正彦教授
(東京大学工学部土木工学科教授 建設マネジメント/開発システム研究室)

 1947年生まれ。東京大学大学院工学研究科修士課程修了。工学博士。清水建設株式会社土木本部開発部担当課長,東京大学工学部助教授等を経て,91年より現職。建設マネジメント専攻。土木学会,日本コンクリート工学協会等に所属。

 主な著書は,「建設マネジメント原論」,「公共工事積算学」など。

1. はじめに(政府の恣意的強制の範囲)

 ようやく最近になって『指名競争入札制度が,ヤミ献金,談合,政官民癒着の温床であり,これを一般競争入札とすれば解決できる』という妥当性に欠ける論調がマスメディアで喧伝されることは少なくなってきた。

 しかし,どうしても看過できないことがある。

 ほんの数年前の論調に,『指名競争入札はよくない,それは,"指名"という発注者(政府・行政)の恣意的裁量がよくないのだ』という非難が数多くあった。

 当時から筆者は,様々な場で,そのような非難をする方々に『指名がよくないと主張するなら,指名停止や指名回避(非指名)という措置も,恣意性のある運用がよくないという観点から,当然よくないと考えているのか?』と問いかけ続けているが,明確な返答を得られないまま今日に到っている。さらに,一般的認識として,営業停止という行政処分も,建前としては処分前の聴問手続き等が整備されていて,恣意的になりうる裁量行為という点で指名と異なっていても,発注者と請負者との不平等な立場,不対等性がある雰囲気では,これに対しても同様な問いかけをしたくなる。

 その後,一連の"ゼネコン不祥事"を理由に,いくつもの大手ゼネコン企業が指名停止あるいは営業停止処分を受けた。ところが,『指名停止処分はよくない,営業停止処分はよくない。恣意的に,一方的に,総括的に,連座制としかみえない運用で,建設業者とその家族の生活の糧を奪うようなことはけしからぬ』という,このような意味で首尾一貫した論調はマスメディアに一言も出てきていない。ということは,日本社会の文化と伝統は,やはり,ものごとは,お上が,官が,政府が,行政が,大岡裁きでうまくやってほしいというのが人心の本音であり,度を過ぎた目を覆いたくなるような事件に直面したので,さしあたりの不平不満を表明していただけだとも認識できる。 ここが考えどころであり,決断の要点の一つといえる。

 自由あるいは自由競争ということはよいことであることは論をまたない。しかし,自由競争至上主義による不具合を減少させ,公共の福祉や治安あるいは公益を確保するために,自由競争の良さを確保しつつ政府の恣意的強制の範囲をどの程度にするかということが,まさに社会体制であり政治であり制度である。その両者のバランスをどのようにするかを世界各国で国の個性を活かしつつ工夫しているのである。

 日本の歴史を見れば,極端な理屈や主義に惑わされずに,よいものを少しずつ受け入れて,やがて我が物にすることができるのが日本のよい個性といえる。民族や地域の個性や文化と伝統のよさを尊重した社会形成のために,政府の恣意的強制の範囲をどの程度とするのかということを決定することこそ,それぞれの国造りの『自由』であるというのが筆者の主張の根幹である。

 『指名競争入札制度を一般競争入札とすれば,様々な問題が一気に解決できる』という論調は妥当性に欠けると考えたが,それを証明するために,いくつかの海外諸国の事実関係の調査研究を行った。

 例えば,アジア地域で経済発展が著しい台湾における公共工事執行過程の調査研究結果から,以下に示すような事項が分かった。

①一般競争入札が原則である。

②談合はある。

③政治家と民間企業の癒着,マフィアの介在に苦慮している。

④公共工事の品質と出来ばえが悪いことを危惧している。

 台湾当局側の,このような好ましくない状況に関する分析によると,アメリカで学んで帰国した指導的立場の人々の判断に基づき一般競争入札によって公共工事を執行してきたが,その結果,建設業者に価格のみに重点を置く機運が蔓延し,拝金主義〔公共工事担当者が,総合的品質(品質,工程,コスト,安全)を実現することよりも,個人の金儲けの実現に遥かに多くの情熱と関心を傾注するようになること:台湾当局の説明〕に基づいた手抜き工事が多数発生するようになった。これを,工事の監督と検査を行うことだけで捕捉して完全に防止することは不可能である。一般競争が原則なので,粗悪な仕事をした者であっても,次の工事で仕事ができなくなるようにすることは極めて難しいという悪循環に陥って,所要の品質を確保できないという状況になっている。これを改善する方策を検討した結果,結局は誠実に仕事をしようとする信頼できる建設業者を育成し,継続的に選択するという枠組みの制度を構築することが重要であるという認識に至っているとのことである。

 公共工事システムは,我が国の国運と国益にとって極めて重要なことである。それは,税制,選挙制度,政治資金制度,農業政策,環境問題,PKO等と同様な位置づけにあり,国際的視点も見据えるべきものである。

 しかし,最近の様々な問題に対する国際的視点を見据えたとされる議論と意思決定が,欧米中心のものの見方や考え方に偏重し,特に,国際化はアメリカ化という意識が蔓延しているように見受けられる。マスメディアにおいて,アメリカの光の部分と日本の影の部分のみの比較に基づいた論議が数多く流されていることに大きな危機感と懸念を持つべきである。日本および日本が位置する東南アジア中心のものの見方や考え方の確立が急務といえる。

2. 国家ビジョンの重要性

 我が国の国運と国益にとって重要な公共工事システムに関する論議は,国家あるいは日本民族の将来ビジョンに関することである。国家にせよ民族にせよ,将来ビジョンを設定しようとする場合,「治安の維持」「国力の防衛」「信用組織の維持」を,どうやってどの程度とするのが望ましいと大多数の人々が考えているのか,ということを共有化することが第一歩である。その合意は,歴史と文化と伝統に育まれた日本社会固有の価値観と社会規範,および国際関係に基づいて形成されるべきものである。価値観や社会的規範は,時代とともに少しずつ変わるものであり,世界の歴史を通観すれば,同時代であっても地域ごとに相違があるといえる。

 平成4年の中央建設業審議会・入札契約制度に関する専門委員会において,委員として上記の趣旨を初めて陳述し,爾来,機会を得るたびに主張してきたが,多数の方々の共感や賛同は未だ得られていない。しかし,ここ数年間で発生した不幸な出来事を顧みれば,毒ガス・サリン散布テロ,警察庁長官狙撃,銃砲殺傷事件の増加等は「治安の維持」,雲仙火山噴火,奥尻島津波,釧路沖地震,阪神淡路大震災,円高,米国の日本への経済制裁,日米航空路許認可交渉,日米貿易摩擦等は「国力の防衛」,東京信用組合や銀行の不良債権処理問題は「信用組織の維持」の重要性を明らかにしているものであり,結局は,日本社会を倦ませることなく,国際関係に極端な緊張をもたらさず,人心と社会を安定させるために,自由競争の良さを生かすことと政府の恣意的強制による安心感を得ることのバランスをどうとっていくかという意思決定が社会の根幹にあることを示している。公共工事システムの将来像も,同様の文脈で見据える必要があることを重ねて強調したい。

3. 公共工事システムの枠組み・・・事実関係の共通認識・・・

 「我が国の公共調達システムの枠組みは,『指名競争・予定価格・談合の3点セット』である」と初めて明快に言いきったのは東京大学経済学部金本良嗣教授である。それは核心を突いた見方であり,ある種のタブーを打破した勇気ある言動と敬服している。筆者は,公共工事システム全体の事実関係を総合的に認識するためには,以下に示す7点セットで表現することが,より適切と考えている。

①同業・同格・同地域の管理された競争(指名競争)

②話し合いによる受注調整(談合)

③予定価格制度(予定価格)

④工事完成保証人制度

⑤前払い金制度

⑥天下りによる人材活用

⑦コンサルタント業務の建前と実態の乖離

 この7点によって,これまでの日本産業界における官主導の"護送船団方式"が建設業界でうまく機能し,第2次大戦後の惨憺たる状況から今日の経済成長と豊かな社会の礎となる社会基盤(インフラ)整備を実現してきた効用は認めるべきである。換言すれば,これまでの指名競争入札制度の役割と効用を評価すべきといえる。

 現時点において指名競争入札制度の悪いところとして是非とも認識すべきことは,この制度を継続してきた御陰で,「産」(建設業者,建設コンサルタント,資材供給メーカー)にとって,公共事業の発注者である「官」が著しく怖い存在,怖すぎる存在になってしまったということである。度を越して怖いのであれば,無理を聞き,頭も下げ,手土産の一つも持っていくようになるのも当然である。

 "システム"は,『制度』と『運用』と『慣習』(商慣習と社会慣習)によって構成され,人間関係によって機能するので,そこに緊張した雰囲気や尊敬畏怖の念が伴うことは望ましいことである。しかし,『度を越した』怖さの存在が常態化することは適切でない。一般競争入札の導入と透明性の向上は,何はともあれ,この状態を緩和する方向の一つとして位置づけるべきである。

 指名競争,談合,予定価格,天下り等について,一つ一つを個別に取り上げて考えるだけでは,うまい問題解決にはなりにくいのは当然の話である。7点セットで全体の枠組みを総合的に認識しつつ,今後の改革の方向を示すことが,建設産業の基本ビジョンを作ることと考えられる。いくつかの項目は,公の場で論議することが,これまではタブーであったものもある。

 ⑦コンサルタント業務の建前と実態の乖離における『コンサルタント業務』の意味するところは,調査,計画,設計等の段階において必要とされる,発注者,コンサルタント業者,建設業者の技術者が担うべき技術的な業務ということと,発注者側が自ら責任を持って行わなければならない広い範囲の"ソフト技術"に関する業務の両者が含まれる。発注者側が自ら責任を持って行わなければならない業務とは,例えば,建設事業・工事の意義付け,それに基づく工事着工前の地元説明・対策,用地交渉・買収等があり,これらが,往々にして建設業者側に押しつけられるような場合も建前と実態の乖離と表現している。

 7点セットを基本に,公共工事システムを定性的かつ定量的に表現できる手法,すなわち公共工事に関連する土木界・建設界の事実関係を共通認識できる構成則やシステム・フロー図表等を開発する研究に取り組んでいるが,現在のところ見通しがつかずに苦しんでいる。

4. 建設産業政策の視点

 『1995年建設産業政策大綱』が,約1年間にわたる建設産業政策委員会の討議を経て1995年4月に策定された。委員として参加した筆者の論点は以下に示すようであった。

 高い技術力,優れた人材,多種多様な困難を克服した工事経験を有する土木界・建設界が,本来もつプラスのイメージを社会へ伝達するという積極的姿勢に立つ建設産業政策を起案するためには,以下に示す9つの調査研究課題に取り組む必要がある。

①国家の将来ビジョンを示すこと。建設産業ビジョンは,それに基づいて策定されるべきものである。

②GATTの政府調達に関する協定書の内容を十分に周知し,批准しないことも選択肢として見据えて,我が国の態度と姿勢をはっきりさせること。

③透明性,客観性,競争性,公正性とは,どういうことで,なぜそれが必要なのかということを明示すること。

④公共事業における発注者(中央政府,地方政府,公団・公社)の役割,権限と責任の範囲を明示すること。

⑤これまでの指名競争入札制度における,目に見えないペナルティーの実態を見据え,それを明らかとすること。

⑥公共事業の経済性と一般競争入札との関係をはっきりさせること。初期建設費(工事落札価格)が安ければ安いほどいいというものではないことに大多数の人々は賛同している。しかし,その先の詰めた議論がない。

⑦中小企業対策や地元業者育成を,どの程度の『犠牲』のもとに行うのかという共通認識が必要であること。人心の安定と社会の安寧の観点から雇用安定化対策事業の役割を軽んじてはならない。一方で,国内外の社会経済状況との整合性も求められる。

⑧天下りによる人材活用の仕組みをどうするかという戦略をたてること。中国や北朝鮮や旧ソ連のような,追放されるか死ぬまでの終身雇用の官僚制度,米国のような,大統領や知事や市長が選挙で変われば高級官僚が次々と変わる官僚制度,いずれも我が国にとって賢明な戦略とは言いがたい。

⑨いわゆるスーパーゼネコンと呼ばれる超大手建設会社を,将来の日本の建設産業の一員として,どのように位置づけるかを決断すること。設計と施工の分離の原則に基づく現在のシステムにおいて,スーパーゼネコンに所属する優秀な土木技術者が,様々な形態で計画設計段階に無償で貢献してきたというコンサルタント業務の建前と実態が乖離した現状は,優秀な人材の人心を倦ませ,技術開発意欲を損なわせ,長期的に国力を衰亡させる結果となりかねない。建設産業構造の事実関係の調べを十分に行い,建設業法のみならず会計法の見直しまでも見据えた踏み込んだ検討をすべき時期にきている。

5. 目的・制約条件・手段

 公共工事システム,公共工事の入札契約・品質保証・技術開発等に関する,これまでに刊行された建議,行動計画,大綱,ビジョン等を通覧した場合,建設産業の各分野で活躍している方々から,時として分かりづらいことがあるという意見をしばしば聞くことがある。

 例えば,公共工事の『目標』として,『品質を確保しコストを低減する。透明性と公平性を確保する。民間技術力を積極的に活用する。』という文章が記述されることがある。一見して不可解な点はないようにみえるが,厳密に考えると以下に示すような幾つかの疑問点がでてくる。

(1)建設工事は公共工事と民間工事がある。品質を確保しコストを低減するという目標は民間工事でも同様なのではないか。

(2)透明性と公平性を確保するという目標は,民間工事の目標にもなりうるのか。

(3)技術力を積極的に活用するという目標が,なぜ民間技術力だけなのか。官庁(政府)技術力を積極的に活用しなくてよいのか。

 これらの疑問点を解明することを試みた結果,記述内容が,目的・制約条件・手段を明確に位置づけないで構成されているためと結論づけた。

 すなわち,『品質を確保しコストを低減する』ことは,公共工事と民間工事に共通する『目的』である。

 『公平性を確保する』ことは,公共工事が担保しなければならない『制約条件』である。

 『透明性を確保する』ことは,『公平性を確保』しなければならない公共工事の『制約条件』を担保するための『手段』である。

 『民間技術力を積極的に活用する』ことは,『品質を確保しコストを低減する』という『目的』を達成するための『手段』の一つである。『官庁(政府)技術力を積極的に活用する』ことも,『品質を確保しコストを低減する』という『目的』を達成するための『手段』の一つである。

 したがって,『目的』を達成するための『手段』の効果を『評価』することと,『制約条件』を担保するための『手段』の効果を『評価』することとは,区別して考察する必要がある。

 すべての事項が,このようにすっきりと整理できれば話は簡単であるが,現実問題としては困難なことが数多くある。

 公共工事に関する法律,規則,事業計画,行動計画,工事の遂行等について,立場の異なる人々にとって,それぞれの事柄が,目的・制約条件・手段のどれにあたるのかの認識が必ずしも一致しない場合が多々あるからである。特に,本来は『手段』や『制約条件』であるはずのものが『目的』化してしまっていることが,法律や計画の見直しの取組みに対する弊害になっている可能性を認識する必要がある。

6. なぜ『透明性』が必要か

 『透明性を確保する』ことは,『公平性を確保』しなければならないという公共工事の『制約条件』を担保するための唯一の『手段』である。だから,『透明性』が必要なのである。

 このような認識は,未だ行き渡っていない。

 唯一の『手段』という意味は,我が国が,自由,市場経済,民主主義という価値観を共有する近代的な世界の一員として進もうとする限り,『公平性を確保する』ための『手段』として『透明性を確保する』こと以外に長続きするよい『手段』がないということである。もし,前近代的なやり方でもよいとなれば,『人』が大岡裁きでうまく采配を振るうことで『公平性を確保する』ことも可能である。しかし,我が国は,人治国家にあらず法治国家である。

 したがって,公共工事が『公平性を確保』され,うまくやって来たという証拠を示す『手段』として,できあがった社会基盤施設を見てくれと言うだけでは不十分であって,こういうようにやっているのだということを「公開する」こと,過程を公開することが必要不可欠なのである。過程を公開することの重要性は,公共工事の発注者側だけでなく,それと同時に,実際の工事施工を担当する建設業者にとっても同様である,という認識が,依然として建設産業界に希薄であり,意識改革の教育啓蒙の必要がある。

 過程を公開することの効用の一つとして,建設業者にとって発注者が怖すぎる存在になっていることを緩和することが挙げられる。発注者のすることが分からないこと,公開されず不透明であったことは,怖さを増長してきた要因と考えられるからである。

 土木建設の世界は,自然を相手にしているので,当初の計画どおりにいかないことがしばしばある。黙ってそれに耐え知恵を絞って,度胸を出し,無名碑の世界で,泣き言をいわずに事実関係は伏せて身内だけで隠す。これは,一種の美徳で土木界・建設界のダンディズムであるともいえる。しかし,だからといって,うまくやっている証拠を税金を払っている人々に見せること,公開することの重要性を軽視してはならないと,本気で思うことが改革の第一歩である。

7. なぜ「競争制限」がよくないか

 我が国の公共工事システムの枠組み,『指名競争・予定価格・談合』の3点セットの3点目の談合,および7点セットの2点目②話し合いによる受注調整の本質は,競争を制限することである。

 日本の歴史を見れば,極端な理屈や主義に惑わされずに,よいものを少しずつ受け入れて,やがて我が物にすることができるのが日本のよい個性といえる。

 「国際的にみて,極端な違和感がないこと」と「一般の国民の目で判断して,常識の範囲内であること」が大切な視点であることは分かっているが,強烈な自己主張や我欲の追求,拝金主義が罷り通るギスギスした社会はわれわれの目指すところではない,と言いたい気持ちもよくわかる。

 第2次大戦後の惨憺たる状況から今日の経済成長と豊かな社会の礎となる社会基盤(インフラ)整備を実現してきた,建設業界のやり方のよさは認めるべきである。したがって,競争主義よりも,仲よく話し合いによる受注調整をした方がうまくいく,という雰囲気が依然として色濃くある。

 これまでにやってきたことを評価して将来を見通す場合,一方的に善悪どちらかだけを強調することは,政治的宣伝効果は望めても,多くの場合,実施可能で有効な方策を導くことは望めないものである。良いところと悪いところを素直に明らかにするべきである。

 建設業界における競争を制限することの良い点を整理すると,以下に示すようである。

①中小企業の健全な育成ができ雇用の安定化に役立ち,治安の良い穏やかな社会を維持できる。

②一部有力業者による受注の偏りを防ぐことができる。

③公共構造物の疎漏工事が防止でき,品質の確保ができる。

④ダンピングの危険性を低減でき,下請け業者に対するしわ寄せを制限できる。

 良くない点を整理すると以下に示すようである。

①非効率な企業を残存させてしまう。

②企業体質を改善したいという意欲を潰すことになる。

③経営や技術に関する人間の歴史を見ると,競争する過程で人間は世の中のためになるような発見をしてきた。その発見機能を阻害すると社会が倦んで活力がなくなり国力が衰亡する。

 我が国の国力の源が,天然資源や軍事力や宗教力でなく,人材と技術であり,これからもあり続けるという前提にたつのであれば,発見機能を阻害すると,人材と技術が倦んで活力がなくなり国力が衰亡する恐れがあるという視点を,安定成長時代にあるからこそ重視すべきと考えられる。

8. 公共調達システムにおける片務性

 公共工事の執行過程における"甲乙関係の片務性"の是正という課題は,過去数十年に渡って取り挙げられ,様々な視点で論議されている。本節は,片務性が顕在化している事例として,『技術者の肩書と地位』および『予定価格制度』について論じる。

8.1. 技術者の肩書と地位

 1994年2月に,英国の公共事業の執行過程を研究するために,環境省,国防省,住宅省,交通省および地方自治体のヨーク市等の公共発注者の方々と面談し,日本の事情を率直に説明しつつ聞き取り調査を行った。

 幾つかの話題の中で,双方の関心が高い「ダンピング防止」のやり方に及んだ時,興味ある事実が分かった。

 公共工事におけるダンピング防止に,英国政府当局は関心がある。

 その対策として,我が国で採用している最低制限価格あるいは調査価格制度の存在の有無を質問すると,面談者全員が「そのような『制度』はない」と回答した。それと同時に,大部分の英国の公共発注者の人々は,日本のダンピング防止のための『制度』の意味が理解できないようであり,詳しく説明すると,多くの人々は『失笑』したのである。

 日本のやり方が笑われたのは『最低制限価格より1円安いと失格で1円でも高いと合格である』となる運用は,技術的判断として理解しがたいという尤もな理由である。

 英国のやり方を質すと,それぞれの公共工事の応札結果において,不当に安いと思われる価格をつけてきた業者に対して,発注者側の担当官が「一番低い札を入れた業者を個別に召喚して,内容と根拠を問いただす」とのことである。

 ただし,ここが大切なところであるが,聞く立場の発注者側の担当官と,答える立場の業者側の担当者の『双方が』,技術力,判断力,経験,資質,職業倫理等に関する公に認知された条件を満たす必要があり,両者の交渉過程は記録に留められ,関係者および住民(納税者)が閲覧できるように公開されるのである。聞き取り調査の範囲内では,具体的な条件とは,英国土木学会(ICE)の会員(チャータード・エンジニア:ジ・エンジニア)の資格が双方の担当者に必要とのことである。ヨーク市建設局の場合,局長は資格を有しない男性であり,次長の女性がチャータード・エンジニアの資格を有するので,その部門が担当する公共工事に関するダンピング審査,仕様・価格に関する交渉と決定,設計変更協議,工事監督検査等の技術的な責任と権限等は,次長の裁量権の範囲なのである。地方政府内の部局間調整,地元協議調整,中央政府との協議調整等の行政に関する重要事項の責任と権限は,局長の裁量権の範囲である。業者側の交渉担当者もチャータード・エンジニアの資格を有することが求められ,その人材が雇用されていない場合は,会社内の他部門あるいはコンサルタント会社等から資格を有する人材を調達する必要がある。技術的判断を必要とする事項を区別して取扱い,そこで必要とする資格を甲乙双方で平等に求めることは,英国の公共工事システムの特徴の一つといえる。

 日本の場合,よく言えば大らかといえる。すなわち,発注者側の担当官は,所長,副所長,課長,係長等の肩書さえあれば,ほぼ,すべてのことに裁量権を発揮できる。業者側は,現場代理人や主任(監理)技術者に責任と権限があるとされ,工事経歴や一定の資格を要求されることが多く,意地悪な言い方をすれば『片務性のある』やり方であり,望ましい将来の方向とは考えられない。

 最近の趨勢は,優秀な技術者および技能者の確保育成を図るために,資格制度や評価制度が検討されている。しかし,それを業者側のみに適用しようとすることは大きな誤りであると考えられる。公共工事において,利を求めない発注者側の役割と使命および責任と権限の範囲は,"行政"的事項と"技術"的事項の両者があり,"技術"的事項を担当する人材には,公務員といえども,業者側と同様の一定の資格,場合によっては,それ以外それ以上の資格と要件を求めることが公平であり平等であるといえる。公共工事の発注者側の技術者は,組織内の肩書と経験があればよいということなのであれば,"行政"担当者と技術者との差別化は困難となり,結局は"インハウスエンジニア"の不要論に繋がってくる。

 英国のやり方を十分に調査研究することを強調したい。

8.2. 予定価格制度

 予定価格について,公開・非公開の是非や予定価格の算定方法等,様々な検討が行われている。ここでは,予定価格制度そのものの是非について論じることは目的としないが,これまでの運用と慣習について,幾つかの片務性があることを指摘したい。

 公共工事における「予定価格」は,国民の付託を受けた利を求めない事業執行(契約)担当官が,「一定の社会経済自然環境施工条件(事前にはよくわからない部分が残る場合が多い)を想定し,一定の工事範囲について,ここまでは支払ってもいいという意思」を示した金額と考えられる。

 予定価格がうまくできていれば,建設業者は「それ以下の金額で請負ってもよい」となり,うまくできていなければ,「そんな金額ではとてもできない」ということになる。大部分の予定価格はうまくできていたと思われるが,うまくできていなかった場合が皆無ということは考えにくい。会計法により,公共調達では発注者側で予定価格を作成し,その価格以下で契約を締結することが原則として定められているため,発注者側が円滑な事業執行に熱心であればあるほど,「そんな金額ではとてもできない」ということを業者側が意思表示することが著しくやりにくい雰囲気が蔓延することになる。その雰囲気はよくないことである。不透明な目にみえないペナルティーによって片務性のあるこの種の我慢を業者側に強いることの悪さを認識する必要がある。

 予定価格の組み方自体は,基本的には合理性があると考えられるが,労務賃金の算定方法に,検討すべき問題点がある。

 これまで,労務賃金を算定するために,三省労務賃金調査を行ってきた。しかし,調査内容の実態は,実際に働いている様々の職種の人々に,自分で自分の値段を付けさせるのではなく,「あなたはいまいくらもらっているのか」という聞き方をしているのである。自分の腕と能力と仕事内容から,本来このくらいほしいという技能者の人々の意思が殆ど反映されていない。その意思を全面的に受け入れられるかどうかは別としても,人の気持ちを十分に聞くという姿勢を見せずに,技能の高度化・複合化に対応した技能労働力,安全管理の徹底,自律性,自主性等を一方的に求めるだけでは,技能者の人々に向上心を起こさせることは難しいと考えるべきである。

様々な局面で買い手と売り手がいる公共工事で,「誰が値段をつけるのか?いつ?どこで?何に?どうやって?」「要求する仕様と品質は?性能か?出来形か?施工方法か?」という基本問題を検討し認識を共有したい。「腕に自信のある職人や技術者に自分で自分の値段をつけさせない制度を継続したままでは自律的になれない」「上意下達の仕組みと官尊民卑の雰囲気が強すぎて自由闊達な情報意見交換が妨げられている」「公共工事に関する技術開発の動機付けが希薄で民間技術者の元気がでない」等の問題提起も,値段の付け方に片務性があることの影響が大きいという認識が必要と思われる。

9. 公共工事システムへの提案

9.1. 基本姿勢

 制度やシステムの改革を議論する場合,結果が良いことと,理念や哲学や過程が良いことの,どちらをより大切にするか,両者のバランスをどのようにとるのがよいか,ということをはっきりさせておくことは重要と思われる。結果も理念も過程も,すべてを最良とすることを目指すことは無理があると考えられる。ある方向を選んだ場合は,一定の範囲が最良ではないことがあることを認識し,少々のことは目をつぶる気持ちも必要となる。

 ここでは,我が国において安心社会を実現するという「結果」をより大切にするのがよいという筆者の観点に基づいて,我が国の将来の公共工事システムに関する幾つかの提案をしたい。筆者の観点とは,欧米中心のものの見方でなく,欧米社会と異なる日本社会の良さ,すなわち,人の恨みを小さくする知恵,仁義道徳調和の心,王道の文化を尊重する"アジア"の見方を堅持し,自由競争至上主義や拝金主義が蔓延した社会,強烈な我欲の追求や徹底的な自己主張の雰囲気は排したいということである。それと同時に,我が国の国力の源が,天然資源や軍事力や宗教力でなく,人材と技術であると認識し,日本民族として生きるために,お互いの歩みよりの精神で世界と協調し,よいものを少しずつ取り入れて我がものとしつつ進むという基本姿勢である。

9.2. 公共工事の発注規模の大型化

 公共工事の発注規模を,これまでの3倍から5倍の大規模にすること,すなわち,公共工事の発注件数を,これまでの1/3〜1/5に減らすことを提案したい。勿論,経営事項審査,ランク付け,発注標準,JVの運用基準,寡占防止対策等,周辺制度の整備や運用基準の見直し等,それに伴って改訂したり新たに検討すべき事項は数多くある。

 我が国の公共工事は,市場の分配,中小企業の保護育成等の合意と,単年度予算制度や用地買収の進捗具合の制限等が相まって,全体工区を複数の工区に分割して発注する,いわゆる分割発注が一般的に採用されてきた。しかし,過度の分割発注は,間接工事費(共通仮設費・現場管理費)と一般管理費等が割高となり経済的に不利となること,労務・資機材の効率的転用が制限されること,発注者側担当者の事務量が多くなること等,数多くの問題点を指摘することができる。

 大規模発注した場合の公共工事の積算価格(予定価格)の変化を,「建設省土木工事積算標準」と「公共工事着工統計年度報」に基づき,工事規模の変化が間接工事費と一般管理費に与える影響を試算した。その結果は,図1に示すようであって,工事総額約20兆円に対して,発注規模を1.5倍にした場合,約3000億円,2倍にした場合,約5000億円,3倍にした場合,約7500億円,5倍にした場合,約1兆円(工事総額の約5%)の間接工事費と一般管理費が低減できることが明らかになったのである。

 これまでの発注工事規模によって低減できる割合は異なり,1000万円〜5000万円規模の工事の縮減額が全体の約45%を占めている。これは,この規模の工事件数が全体の約40%(件数比率)と多いからであるが,この工事比率が高い発注主体は,主として都道府県,市区町村である。

図1 公共工事の予定価格と発注規模の関係
表1 資産のための規模別請負金額代表値
発注規模(i) 請負金額代表値Coi 件数(Ni) 各規模(i) 工事総額Ci*
5億以上 1,353,042,000 3,866   52,309
1億〜5億 193,315,000 27,894   53,923
5千万〜1億 69,906,000 43,759   30,590
1千万〜5千万 24,747,000 201,207   49,794
5百万〜1千万 7,317,000 86,460   6,326
1百万〜5百万 2,650,000 162,415   4,303
合計 525,601   197,245
単位:円 単位:件   単位:億円
表2 削減額総額に占める工事規模別割合
Coi 発注規模(i) 1.25倍 1.5倍 2倍 3倍 5倍 10倍
14億 5億以上 0 0 0 0 0 0
1.9億 1億〜5億 25.29 25.59 25.87 25.87 23.43 19.75
7000万 5千万〜1億 21.95 22.14 21.89 20.55 20.20 21.56
2500万 1千万〜5千万 44.84 44.53 44.47 44.18 45.72 46.57
730万 5百万〜1千万 7.43 7.32 7.30 7.22 7.29 7.79
270万 1百万〜5百万 0.49 0.43 0.48 2.19 3.36 4.34
差額合計 100 100 100 100 100 100
単位:円 単位:%

「図1,表1より作成」

 発注規模の大型化は,積算価格における間接工事費と一般管理費を縮減できると同時に,直接工事費における労務・資機材の効率的転用や大量購入等の規模の効果活用を積極的に検討し実践する場を提供することになる。発注規模の大型化は,建設業の生産性の向上とコスト縮減に寄与するだけでなく,「技術と経営に優れた企業が自由に伸びられる競争環境を作る」という建設産業政策大綱の目標にも合致することである。

 発注規模の大型化の是否に関する発注者への聞き取り調査を通じて,発注事務量の軽減化の利点に対する積極的評価,保護育成すべき中小企業の経営困難や監督検査業務に不行き届き等の懸念等があることも判明した。さらに,発注規模を決定づける要因として,単年度予算制度という『時期の制約』が大規模化への阻害要因であるという回答が数多くあった。債務負担行為を大幅に活用している発注者もあるが,大部分の場合は年度内完工が望まれている。発注規模の大型化の利点は認識できても,会計法・予算決算令・地方自治法等の法律によって,工事が複数の年度にまたがることが大幅に制約されるので困難である,という公共発注者(中央政府・地方政府)の論理は,誠実な行政側の実務担当者の言い分としては理解できるが,公共工事全体の経済性の確保という観点からは本末転倒した話である。

 会計検査院が,検査の観点として,

(1)決算が予算執行の状況を正確に表示しているか。

(2)会計経理が予算や法律,政令に従って適正に処理されているか。

ということに加えて,

(3)事業が経済的,効率的に実施されているか。

(4)事業が初期の目的を達成し,効果を上げているか。

という踏み込んだ事柄まで本気で見据えるのであれば,工事規模の適切さにも目をむけるべきである。

 その意味では,最近の建設工事に関する会計検査の結果報告の内容は,重要なこととはいえ細かな技術的な事柄ばかりであるという印象を持たざるを得ない。

 会計法・予算決算令・地方自治法等の法律や政令は,公共工事の担当する当事者にとっては,守るべき制約条件という性格のものであるから,それが不具合であることが分かっていても,明確に指摘することは立場上困難と考えられる。したがって,当事者でない会計検査院こそが,納税者である国民の付託に応えるために,発注規模の大型化に対する会計法・予決令等の制約条件の見直しと必要な変更を提言すべき役割と責任を担っていくべきであると考えられる。

 現状は不十分と言わざるをえない。

9.3. 天下りと地上りを組み合わせた人材活用

 我が国の経済成長にとって,これまでの天下り制度は,いろいろな意味でうまく機能してきた政府・官僚と民間との人材活用の仕組みといえる。しかし,政府・官僚から民間へという一方通行のみの人材交流の仕組みを今後も継続するのは適切でなかろう。

 マスメディアの一般的論調である「諸悪の根源は,官僚制だ,官権政治だ,天下りだ」と揶揄し非難するだけでは問題が解決しないのは当然であり,我が国の将来の国益を見据えた官僚制度のあり方,政府機関の人材活用の方策等を,国の将来ビジョンに基づいて議論すべき時期にきている。天下りによる人材活用を否定的に捉えるのではなく,まずは積極的に評価すべきであり,不都合な事柄の解消方法を総合的に考えるべきである。

 日本の天下り制度は,世界各国の官僚制度の現状から見ると,相当にうまくできたシステムと考えられる。世界を通観すると,中国,北朝鮮,旧ソ連のような終身雇用の官僚制度,アメリカのような大統領や首長が替わると重要な政府官僚が殆ど入れ替わる,比較的短期不安定雇用の官僚制度等のやり方がある。日本のやり方は,その両者の中間にあるといえる。

 これからの人材交流の仕組みとして「地上り」の導入が必要である。すなわち,10年から20年間程度の民間企業における経験を有する優秀な人材を,官僚機構に正式に中途採用することを,天下りと並行して実施するのである。

 英国政府の公共事業執行形態の調査で訪英した折に,公共工事の発注・施工監理業務に携わっている約25人の英国の発注機関に属する公務員と順次に面談する機会を得た。そこで,総人数の30〜40%の人々が,10〜15年間程度の民間企業の業務経験を経た後に公務員として働いていると知らされ,思わず膝を叩いた。英国の公務員は,天下りは少なく,定年は60才とのことである。

 我が国の施策の第一歩として,地上りの人材が10%程度の割合となる政府官僚組織の実現が急務である。30〜40%となることは,50〜100年後に目指せばよい。

9.4. 共同企業体(J.V.)の恣意的運用の停止

 共同企業体の本来の目的は,異なった得意な技術と能力を保有する企業体が共同し協力することによる集積効果,大きなリスクを1社で負担することを回避するリスク分散,技術と能力の水準が異なる企業体が共同することによる技術移転効果等が挙げられる。しかし,我が国の最近の公共工事における共同企業体の実態は,工事量を安定して各社に配分するためとしか考えられない場合が数多くある。

 その原因として,完成工事高が大きいことが企業評価に直結し,その次の受注に結びつくという産業構造では,受注量の安定確保が至上命題である各建設会社の営業担当者にとって,話合いによる受注調整によって,お互いが共同企業体構成員となることは,数割の比率であっても数多くの工事に参画できる結果を得られることになり安心できる状況だからといえる。一方,発注者にとって,調査,計画,設計段階におけるコンサルタント業務の建前と実態の乖離,すなわち,各方面からの様々な無償技術支援に対する補償をする必要があったこと,民主的な手続きで選挙された議員・政治家から,一定の範囲の建設業者を当該工事に参加させるべしという要請に応える必要があったこと,公共発注者側に,天下り官僚を受け入れた建設業者に御土産を渡したいという気持ちがあったこと等の数多くの尤もな動機が存在していたといえる。したがって,公共発注者側による共同企業体の構成員の予備指名が行われてきたことも当然の成り行きといえる。 これからの「新しい競争の時代」には,このような共同企業体の恣意的運用は停止すべきである。本来の目的に合致することを合意した建設企業が自主的に共同企業体を構成でき,それと同時に,ある公共工事を,共同企業体でも1社単独でも応札できる制度と運用の構築が急務である。

9.5 経営事項審査の機動性向上

 経営事項審査のシステム(制度・運用・慣習)は,同業同格同地域の管理された競争をうまく行うために機能してきたといえる。

 これらのシステムの御陰で,特に,評価にあたって完成工事高の取扱いが著しく大きかったために,建設会社にとって,売上高が大きいこと,すなわち,完成工事高の大きいことがよいことであり,それが名声と評判につながり,高い評価と高い資格ランクにつながり,ひいてはそれが指名につながり,受注につながるという産業構造を形成してきたのである。完成工事高という客観的な基準をあまりに重視してきたために,建設会社が技術的な特色を持つことをなくした方がいいという望ましくない雰囲気が蔓延したといえる。

 建設産業は技術が売り物の産業であり,優れた企業を評価する指標に技術を重視すべきである。A社はトンネルは得意だが橋は得意でない,B社はダムは得意だが高層建築は得意でない等の,特定の技術領域の得意不得意があることを明確に評価する必要がある。それと同時に,特定の地域における施工経験や積雪寒冷地等の特定の自然条件における施工経験等の,地域性を背景とした施工能力の優位性も評価する必要がある。

 完成工事高等の企業活動結果,財務諸表,従業員の福利厚生の程度等に基づいて建設企業を評価しランクをつけることが基本であるが,企業活動結果を示す固定的指標をあまりに重視すると,そのシステムが機能した結果,それが悪影響を与えるという典型的状況になっている。地域における人材の雇用と育成,技術者・技能者の資質と能力および企業内教育研修,技術開発の取り組み,市民活動等の地域社会での交流・貢献,安全管理活動,環境保全活動等の,固定的指標で表現することが困難であるが重要な企業活動が軽視されてきたといえる。

 経営事項審査の本来の目的は,公共工事における個々の当該プロジェクトに,経営的にも技術的にも信頼できる建設会社を確保するためのものといえる。公共工事は公共発注者や建設企業だけのものでなく,国民全体のためのものであるという視点が必要である。納税者である国民の付託を受けた公共発注機関が,一定の入札契約制度に従って建設企業と契約を締結し工事を実施する過程において,優れた建設企業を判定する基準やルールが,これまで公開されてこなかったことは悪いことと考えるべきである。

 個々の企業がプライバシーを強烈に主張して公開に反対するのであれば,公共工事の担当者候補から除外すればよいだけの話である。公共工事における透明性が求められるのは,発注者側だけでなく建設業者側も同様であることを銘記すべきである。

 将来の経営事項審査の枠組みは,全体の企業活動に基づく一般的評価,その企業が保有する技術に基づく特定の工種に関する施工能力評価,工事位置が特定された個々の工事の遂行能力と妥当性に関する工事能力評価,これらの3段階を総合的に個々の工事について評価することが妥当である。

 ここで重要なことは,一般的評価と施工能力評価の評価水準が高いからといって,個々の工事に関する工事能力評価水準が必ずしも高いとは限らないという常識的な判断を確実に実施することである。スーパーゼネコンであれば,一般的評価と施工能力評価の評価水準は高くなるのは当然であるが,ある時点の手持ち工事量と監理技術者の配置等によって,特定の地域における個別の工事に対する工事能力評価水準が,地元中小建設企業より低くなる場合があるのは当然のことである。

 現在の経営事項審査と"技術評価"等の審査システムは,この辺の事情を取り込めない致命的欠陥があると認識すべきである。これを実現するためには,各建設企業の工事実態を逐一把握する必要があり,監理技術者や資機材の配置等の変動的指標のデータを統一的に利用する必要がある。これは,コンピュータネットワーク利用が広く実現しない限り不可能なことであり,この観点からも建設産業の情報化推進は必要なことである。

10. 積み残されている重要課題

10.1. 客観性の軛からの解放

 指名競争入札に伴う指名の恣意的運用,天の声,ヤミ献金等への社会的批判から,公共工事システムにおける『客観性』が重要だという認識が一般的になっている。

 しかし,よい立派な社会基盤施設を実現するためには,技術的に真摯で中立・公正な情熱のある優れた技術者の主観的判断や,民主的な手続きで選任された政治家の主観的判断というものが是非とも必要である。それをうまく機能させるために『透明性』が重要であるという合意を形成することが急務である。

 過去数年間,国際会議等で海外において公共工事システムに関心がある人々と意見交換や議論をして分かったことは,彼らの国際的常識は『透明性』『非差別性』『競争性』であり,我が国において『客観性』が重視されていることに対しては,いつも怪訝な顔をされるのである。

 『客観性』の軛から解放されることに取り組みたい。

 大切なのは『透明性』である。

10.2. 技術開発におる官民協力体制の萎縮解除

 建設業界における技術開発の目的は,以下に示す3種類に大別できる。

(1)国家ビジョン・国家プロジェクトの実現

(2)企業の差別化

(3)建設工事に伴って発生した問題点の解決

 国家ビジョン・国家プロジェクトの実現のための技術開発とは,例えば,長大支間橋梁の設計施工技術,水中で施工できるコンクリート,地震に耐えられる丈夫な構造物,汚染環境の浄化技術,資源の再利用技術等に関することで,国家ビジョン・国家プロジェクトの実現のため必要であるが,短期的に採算を重視する民間企業のみで実施することが困難なものである。

 企業の差別化のための技術開発とは,民間企業が固有のすぐれた技術の保持を目指すものであり,うまくいけば自身の売上や利益を増進できるものである。

 建設工事に伴って発生した問題点の解決のための技術開発とは,建設工事を遂行する過程において,当初は予期できなかった設計施工に関する困難に直面した場合,想定していた工事期間,工事費用,品質水準の範囲内で完成させる解決策を求めるものである。

 国家ビジョン・国家プロジェクトの実現および建設工事に伴って発生した問題点の解決のための公共工事に関連する技術開発は,発注者側の官と施工者側の建設企業すなわち民が協力して行うのが,技術と情報の集積効果を期待でき効率的といえる。

 最近の状況は,官民癒着という批判を懸念するあまり,すべてに渡って技術開発における官民協力体制が萎縮しており国益に合致すると考えられない。

 これまでのやり方でよくなかった事は,企業の差別化に関する事柄までも相乗りさせて運用してきたことである。3種類の分野の境界を明確とすることは,技術開発に携わる当事者にとっては必ずしも容易なことではないと考えられる。したがって,技術開発過程を公開し第三者の評価と判断を得ること,『透明性』を確保して官民協力体制の萎縮を解除することが急務である。

10.3. 公共工事の監督検査体制の確立

 建設産業が「新しい競争の時代」を迎え,一般競争入札の導入を始めとするシステムの変更は,これまでの様々な規制の一部を緩めることとなる。

 公共工事においては,公共の福祉と安全を目標として,現状と将来を見通した良い品質を安いコストで実現することが必要となるので,規制を緩めるだけでは,品質に齟齬をきたす恐れがある。したがって,これまでの,建設業者にとって怖すぎる発注者が存在していた環境条件,懸念のある建設業者を簡単に排除できる公共工事システム等の環境条件が変化することを見据えて,品質確保のために,これまでとは幾分異なった視点に基づく公共工事の監督検査体制の確立が急務である。

 一般的には,入札契約制度に関する規制を緩める方向に伴って,これまでより一層厳しい監督検査制度が必要と考えられるが,具体的には,よく分からない事柄が数多くある。例えば,これまでに発注者側で整備されてきた監督検査基準・マニュアルにおける個別の事項の内容と合否判定方法の適否,個別の事項の監督検査の積み重ねと全体の工事の監督検査・成績との整合性,監督検査を行う時期と手法,監督検査を担当する『人』の資質と能力と倫理の要求水準,受注者側の自主的な監督検査体制と発注者側の要請との関係等,これまで殆ど公の場で議論されてこなかった調査研究すべき課題がある。

11. おわりに

 我が国の経済成長を実質的に担ってきた製造業は,やれること,できることを,大企業も中小企業も,その場その場で持てる資質と能力を目一杯発揮して実現し,見えざる手が支配する競争市場における経済原理にしたがって活動してきたといえる。

 建設産業も同様なやり方で本当によいかということは大問題であると認識したい。

 やれること,できることを,次から次へと実現することは,建設産業には馴染まないとも考えられるからである。すなわち,出来上がったものの寿命と影響範囲が製造業の製品に比較して著しく大きいので,建設産業は,やるべきものはやる,やるべきでないものはやらない,という姿勢が必要と考えられる。そのような制約条件の下では,見えざる手が支配する競争市場における経済原理を,そのまま適用して本当によいのかをも問いなおす必要が生じてくる。建設業界にコストダウンのみを拙速に求めることは,一定以上の教養ある誰もが何とかしなければならないと感じている環境問題,エネルギー問題,食料問題,人口問題等の地球規模で取り組まなければならない技術的課題の本来の担い手である土木技術者(シビル・エンジニア)の情熱と関心と意欲的活動を低下させてしまう恐れがある。

 公共工事システムの『制度』に関する土木工学的な学問的取り組みはこれまでにも行われてきたが,『運用』や『慣習』にまで踏み込んだ総合的な学問的取り組みは軽視されてきたといえる。過去数年間にわたる建設業界における負のイメージが伴った様々な出来事は,そのつけが回ってきたと考えられるのである。

 公共工事システムの多様化が急務である。高い技術力を発揮でき経済効率性を優先させる国際化された市場と,大企業のみが支配することの弊害を防ぎ中小企業の育成と,開発整備の相対的に遅れた地域の地元産業の雇用吸収の役割を担う市場とは,やり方を変えるべき時期にきていると再認識するべきである。

 事実関係の調べを十分に行うこと,過去の歴史的経緯を学ぶこと,技術と知的所有権を尊重すること,思いやりの気持ちを持つこと,これらを基本として,常に「総合的」に考察することが大切であるという姿勢で,何事も極端に度を過ぎるようなことはよいことではない,すなわち,敢えて誤解を恐れずに言えば,物事は何事も「ほどほどがよい」という態度で進むことが,日本の良さを活かすことになると考えられるのである。

〔謝辞〕

 本論文に関する調査研究は,国内外,産・官・学,大手企業と中小企業,製造業やマスメディア界等,数多くの方々からの有益な御助言と御示唆および情報提供を賜った御陰で実現できたものです。また,本稿作成の過程で,幾人かの方々と事前に意見交換し議論できたことは幸運でした。あまりに数多くの方々に御世話になったので,御名前を一人ずつ御披露できないので誠に申し訳ありませんが,ここに記して心より厚く御礼申し上げる次第です。

参考文献

1)國島正彦・庄子幹雄「建設マネジメント原論」山海堂,'94年12月

2)國島正彦・福田昌史「公共工事積算学」山海堂,'94年12月

3)建設省「建設白書」平成5年版

4)中央建設業審議会「新たな社会経済情勢の展開に対応した今後の建設業の在り方について(第1次答申)−入札・契約制度の基本的あり方−」'92年12月

5)中央建設業審議会「公共工事に関する入札・契約制度の改革について(建議)」'93年12月

6)日本国政府「公共工事の入札・契約手続の改善に関する行動計画について」'94年1月

7)建設省「GATT(ガット)政府調達協定について」'94年4月

8)建設業行政研究会「新しい入札契約制度のすべて」'94年5月

9)建設産業政策委員会「1995年建設産業政策大綱」'95年4月

10)金本良嗣「公共調達制度のデザイン」会計検査研究,第7号,'93年3月,pp. 35-52

11)会計検査院「会計検査のあらまし−平成5年度決算−」pp.3-18

12)小倉和夫「「アジアの復権」のために」中央公論,'93年7月

13)木内信胤「日本よ,こう進め!」講談社,'88年

14)馬場敬三「無意識のマネジメント」中央経済社,'89年

15)松原久子「日本の知恵ヨーロッパの知恵」三笠書房,'87年

16)小倉和夫「東西文化摩擦」中央公論社,'90年

17)常見昌朗,渡邊法美,國島正彦「公共工事の発注規模に関する研究」土木学会第13回建設マネジメント問題に関する研究発表・討論会,'95年12月

18)常見昌朗,渡邊法美,國島正彦「建設業の重層下請構造と安全管理に関する一考察」第25回安全工学シンポジウム,'95年6月,pp.215-216

19)石井貴仁,渡邊法美,國島正彦「追跡調査による建設労働災害の事例研究」第25回安全工学シンポジウム,'95年6月,pp.213-214

20)渡邊法美,國島正彦「日本の明治・大正・昭和時代における社会基盤整備の状況(機能),組織・制度,術の歴史的経緯の一試案」土木学会関東支部創立30周年記念国際シンポジウム概要集,'94年11月,pp.77-87

21)山下哲一,渡邊法美,國島正彦「経営事項審査に関する研究」土木学会第49回年次学術講演会講演概要集第VI部門,'94年9月,pp. 544-545

22)渡邊法美,國島正彦,小沢一雅「公共工事入札契約制度の総合評価手法に関する基礎的研究」土木学会第49回年次学術講演会講演概要集第VI部門,'94年9月,pp.542-543

23)碓井光明「公共契約の法理論と実際」弘文堂,'95年7月

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