第11号 巻頭言

行革をどうすすめるか
加藤 寛

加藤 寛
(慶應義塾大学名誉教授)

 1926年生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。経済学博士。慶應義塾大学経済学部教授,同大学総合政策学部教授を経て94年より現職。日本経済政策学会,日本計画行政学会等に所属。大蔵省たばこ事業等審議会委員,政府税制調査会会長。

 主な著書は,「行革は日本を変える」春秋社,「繁栄の軌跡」講談社,「亡国の法則」PHP研究所,「総合政策学への招待」有斐閣などがある。

 会計検査院の93年度報告が発表された。年々厚く立派になるということは,それだけ問題官庁が増えているのだから喜んでいいのかどうか判らないのだが,あいかわらず257件,141億5,138万円の税金のむだ遣いや不適切な経理があったという。そのうち法律や政令に違反する「不当事項」は235件,103億7,849万円にのぼり,金額では前年度の78億658万円を上回っている。省庁別では厚生省関係が149件,66億6,327万円と全体のほぼ3分の2を占めて5年連続1位となって,納税者からすれば腹立たしい限りだといいたくなる。

 ところがよく中味をみると,官のむだ遣いだといいたくなるのもなくはないが,定年退職をした人が,再就職していたのを届けていないため,老齢厚生年金を支給されてしまったのが32億円もある。あるいは,健康保険や厚生年金保険料の徴収不足が約21億円にものぼる。死亡した人に年金を支給し回収できない事例が約2万件,約49億円もあるという。

 これらはよく考えてみると,企業や個人の意図があったか否かは別にして,いずれも,タダ乗りの例である。とかく社会のしくみが大きくなってくると,公共の仕事のために会費が必要になってくるのだが,どんな組織でも会費を払わない人がいる。公共の利益にだけは便乗するのだが,タダ乗りしたがる人が少なからず存在することは否定できない。

 つい先日も,JRがキセル乗車の検査をしたが,結構,ゴルフ客(会社管理職)が違反をしていたらしい。タダ乗りをするということは,その分だけ,他人のおかげだということを認識していないことだが,会計検査院のこの不当事項というのは,どうも税のむだ遣いではなく,公徳心にかけた人たちが存在しているためだということになる。

 脱税というのも,こうした公徳心の欠如だから,けしからんことではあるが,これを合法的に容認した場合,タダ乗りをした人を,他人は何というだろうか。少なくともそんなことを容認する法律・制度がけしからんというのではないだろうか。

 かくして規制撤廃・緩和がいよいよ政府の公約となった。行政改革本部・規制緩和検討委員会が発足したからである。

 規制撤廃が何故すすまないかといえば,撤廃より緩和でありたいという気持ちが強いからである。大店法にしても,これを撤廃するより緩和して残しておいた方が利益になると考える業界が多いからである。役所からしても,規制撤廃とはいっても野放しになると何がおこるか判らないという不安があるから,手綱は緩めても,解き放す気はないからだ。

 たとえば,城南信金が「懸賞つき預金」を発行してこれが評判となったが,全信金がこれはルール違反だと大蔵省に申し出たため,思わず大蔵省も城南に自重を求めようとした。こうなればこれは行政指導のようなもので,金利自由化とは要するに大蔵省の枠内でしか自由化は認めないということだから,行政指導つき自由化ということになる。自由化とはもちろん野放しのことではなく,一定の公正なルールのもとで競争することで,その条件は各企業が判断すべきことである。その点,城南信金は当初,賞金1千万円を考えていたようだが,金利を基本に考えるという観点から,射幸心をあおらないためにも最高を5万円にとどめ,それは金利相当分で考えるという配慮をしているのだから,野放しの自由化をやっているわけではない。

 その自由化をとめようとした大蔵省,全信金は規制緩和の意味が全く判っていないということになる。こんなことを認めると資金移動がおこり,過当競争になると心配するむきがあるが,全金融機関がこういった創意工夫をやれば預金者には有り難いし,全部が追随すれば,結局インパクトはなくなってくる。すでに京都信金とか湘南信金が新型定期預金や懸賞つきをやると宣言しているし,他の金融機関でも懸賞品の見直しがおこっているから,次第にインパクトは弱くなる。しかも懸賞金なら一時所得なので非課税でいいが,金利の中での現金に変わる変形と考えれば,課税されるのは当然であって,魅力はそう大きいわけではない。

 しかし大切なことは,城南信金のこの行動が,官庁の規制を突破するきっかけになったことである。業界のルールを談合だといってはねつけ,公取委の出動を促したことで,さすがの大蔵省も検討する委員会を設けることにおちついたのはまことに結構であった。

 この事件から明らかになったことがある。かねがね,私たちは社会経済生産性本部の中で規制撤廃・緩和を吉田和男京大教授を主査として研究していた。主旨は,行革・規制撤廃をおこなうには,環境づくりが必要であること。(1)行革委員会,(2)情報公開法,(3)行政手続法,(4)オンブズマン(行政相談員),(5)会計検査院・公取委の活性化という5つの条件整備を提言した。(5)を除いて,(1)は昨年11月2日に成立し,(2)はこれからだが,(4)はすでに5千人以上の人々が存在している。これらの制度が完備することは必要だが,しかしすでにできているものの中でも力を発揮し始めているのが(3)である。1993年12月に成立し,94年10月から施行されているが,前述した城南信金は11月7日この行政手続法を根拠に着手したのである。いわば行政手続法の施行で,金融業界の規制緩和が実行されたのである。このように,規制撤廃・緩和は少しづつ進みだしている。熊本県の天草ガスが通産局と対抗するなど規制の不備をただす動きがおこり始めるなど今年はもっとそれが明らかになるだろう。

 ところが,行政改革に対しては関係者に失業増大を恐れる人が多い。しかし経団連が提出した規制緩和提案は,失業をむしろ減少させる積極的提言となっている。こうしたプラスとなる明るい面を強調していくことが,規制撤廃・緩和を生活者優先に進めることになるだろう。いま,アメリカも減税を行革によっておこなうと提言しているし,韓国などは,千人をリストラの対象にかかげている。いわば行革は世界の潮流となっている。

 従来の規制緩和論は,産業界中心としてあまり消費者・生活者のことを考えていなかったから,労働界も半信半疑であったが,これからはそうした業界の自己利益につながる規制緩和論は力を失っていくであろう。

こうした中で,会計検査院に対する期待は高まっている。会計検査院法第35条により国の会計経理の審査要求ができるのだから,どんどんおこなうべきであろう。国の会計経理の中には公団事業団も含めて考える意欲が会計検査院側にも必要なのではないか。少なくとも検査に聖域やおめこぼしがあってはならない。

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