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第10号

マルチメディアと情報通信革命
直江重彦

直江重彦
(中央大学総合政策学部教授)

 1941年生まれ。国際基督教大学教養学部卒、同大学大学院行政学研究科修士過程修了。京都大学経済学部助教授などを経て、94年より現職。公益事業学会、日本経済政策学会、計画行政学会等に所属。おもなちょしょは、「第三セクター『日本の公企業』」東京大学出版界1984年、「発展途上国における電気通信の役割」電気通信総合研究所報告書1979年、「近距離通話料制度のあり方に関する研究」電気通信総合研究所報告書1985年など。

マルチメディア革命の胎動;何が起ころうとしているのか

 今年に入って,NTTの児島社長の新年の挨拶でNTTが21世紀に向けて電話産業からマルチメディア産業に転身するという発表があったことをきっかけに,情報通信分野では80年代の始めに起こったニューメディアブーム以来のフィーバーが起こっている。ニューメディアブームを経験してきた人々にとっては,マルチメディアが同じ道を歩まないことを念じるような気分でこのフィーバーを見ているといって良いであろう。

 今日起こっている情報通信産業における変化は,80年代始めに発生したニューメディアブームとは少し異なった面を持っている。90年代に入って起こった経済面でのバブルの崩壊以来,70年代から80年代に順調に発展してきた情報通信産業も発展の大きな歴史的転換点にたっているような変革を経験しつつある。例えば,情報化時代のリード役であったコンピュータ産業も,パソコンの発達によってその中の主役であったIBMですら経営危機に立たされると言う大変革が起こっており,80年代に進んだハード対ソフトの競争と協調による産業構造の変化に加え,ホストコンピュータ対パソコン・ワークステーションの競争と協調と言った同じ産業内部での主役の交代が始まっており,その結果情報通信産業全体で複雑な産業の組み替えが進行している。

 電話産業も米国やイギリスでは移動体通信の急激な発展や新しいサービスの登場による市場規模の拡大は続いているものの,かっての独占企業であった基幹的な電話会社の多くが激しい競争の中でリストラを余儀なくされているといった状況にある。特に,情報と通信の融合に続いて放送もその融合関係に加わりつつあり,21世紀の情報通信産業のリーダーシップをめぐる激しい争いが始められている。今日,情報通信産業が21世紀においてすべての産業における中核産業に発展していくであろうと言う考え方に対して異議を申し立てる人ははとんどいないと言って良いが,中核となる情報通信産業とは何かと言うことについては誰もまだ確信ある将来像を描けていない状況にある。

 近年になって80年代に支配的であった通信とコンピュータの融合に加えて電気通信と放送と情報が融合することを前提としたマルチメディアが21世紀の情報通信サービスのひとつではないかと言う期待が高まってきている。IBMの不振や電話会社のリストラクチャリングなど,情報通信産業の今日の閉塞状況を打破することへの期待をこめてマルチメディアフィーバーが発生したと言えないこともない。まだマルチメディアとは何かということについて明確なイメージが形成されているわけではないが,マルチメディアと言うキーワードを使って,情報通信革命という今日起こっている変革の本質を探ることは,今日起こっている情報通信産業の変化やサービスのあり方を考える上で有意義なことであろう。

 現在起こっている情報通信分野における変化は,18世紀から19世紀にかけて起こった産業革命に匹敵する大きな変化と見ることができる。情報分野では,80年代に進んだパーソナルコンピュータの発達は,従来の大型コンピュータを中心とする情報産業を革命的に変化させているが,この変化は単に情報処理を効率的にすると言うだけでなく,人間の知的活動を根本的に変えていく可能性を持っていると考えられる。誰もが自由に高性能なコンピュータを利用できると言うことは,これまでどうしても人間の頭脳に依存しなければならなかった知的活動のかなりの部分をコンピュータに任せられる可能性が高まっているということを意味している。情報通信革命のひとつの側面はそのようなコンピュータの助けを受けて人間の知的水準を飛躍的に高めることが可能になると言うことにある。

 情報通信のもうひとつの柱である電気通信分野でも,デジタル通信技術と光ケーブルの発展とによってネットワークのコストが劇的に低下しつつあり,情報産業の変化と併せて地球規模での情報通信革命を引き起こそうとしている。エネルギー革命の時代には,そのネットワークは19世紀には船や鉄道の発達によって,20世紀では自動車と航空機の発達によって社会経済の発展を支えてきた。情報通信革命時代には,電気通信ネットワークがその成果を社会経済の発展に結びつける基本的な手段となっていくであろう。今日の技術革新は情報通信産業のコスト構造を革命的に変化させつつあり,その変化が最も効果を発揮する世界が現在フィーバーとなり始めているマルチメディアなのである。

マルチメディアの経済社会に与えるインパクト

 マルチメディアの発展はまだ変化は始まったばかりであるが,既に様々な社会活動に影響をもたらしつつある。特にパソコンの高度化と普及が IBMを苦境に陥れていることに象徴されるように,産業活動は情報化の中で大きく変化し始めている。半導体技術の発展は,誰でもが自分のコンピュータを持てるような社会を形成させつつあり,その結果,企業組織のあり方や運営の方法に革命的な変化を起こし始めている。

 今日話題となっている中高年のサラリーマンの早期退職問題や重厚長大産業のリストラクチャリング問題は,日本の産業が情報化を迎えて大きく変化していることのひとつの側面であると言えよう。世界経済の中で熾烈な競争を行っている産業は,競争に打ち勝つために情報化を最大限活用する必要があるが,そのような情報化に乗り遅れることは,企業にとっては市場競争に負けることを意味するようになっている。

 80年代後半からアメリカで始まった企業の活性化をもたらした産業の再構築は,ひとつはパソコンを最大限に利用した企業の情報化であり,もう一つは通信ネットワークを利用した組織の再編成であった。アメリカでは企業はこれまでの大型コンピュータに依存した情報システムをパソコンやワークステーションの組み合わせというネットワークを利用した分散型の新しい発想によるシステムに変更しつつあり,一般にダウンサイジングと言われる小型化と分散処理を基本とした新しい企業ネットワークが形成されつつある。今日アメリカで起こっているホワイトカラーの雇用問題は,そのようなダウンサイジングという変化の中でその変化についてゆけない中高年管理者が,厳しい競争に対応していこうとして変革を進めている企業においてその役割を失いつつあると言うことがその背景にある。

 すなわち,今日の高性能パソコンを基本とした分散型の企業情報システムは,ネットワーク化が進んでデータベースが整い,さらにシステムを効果的に運用するソフトが作られるにつれて,これまで企業情報システムにおいて重要な役割を担ってきた中間管理層の情報集約機能が不必要になると言った変化をもたらしていると言えよう。そのような分散型の情報システムを活用して,中間管理層を徹底的に効率化した企業組織を構築し,企業運営のあり方を根本的に変革させようと言うのがリエンジニアリングである。すなわち,リエンジニアリングでは中間管理層を極端に削減して,情報通信システムを利用して企業のトップが直接末端の組織まで指揮を執る新しい企業組織運営方法なのである。その結果,アメリカでは中高年管理層を中心に多くのホワイトカラーが,彼らの情報化技術の習得の遅れもあいまって,新しい企業組織の構造の中からはじき出されつつあるのである。アメリカで始まったこのホワイトカラーの受難は,その意味では情報化の結果であり,マルチメディア時代にはさらにそのような傾向が強まることとなろう。

 日本ではアメリカのようなリエンジニアリングが進んでいるわけではなく,むしろ産業構造の変化やバブル崩壊後の不景気の中で,年功賃金で効率の悪くなった中高年層が企業の生き残りのための犠牲になっていると言った面が強いが,マルチメディアの発達に伴い早晩日本でも同じような変化が始まることは間違いないであろう。

企業組織と情報化

 今日の企業は,その活動に必要な情報を組織を構成する人間に蓄積するのではなく,コンビュータに蓄積して誰にでも利用できるように共通化することで経営効率を高めている。企業が必要とする情報は,経営管理の情報だけでなく市場情報や技術情報など多岐にわたっている。企業における情報処理も,かってのMIS時代にはもっぱら経営管理情報が中心であったものが,今日のSISでは市場情報や技術動向などの経営戦略の判断のための情報の蓄積と分析に重点が置かれるようになってきている。

 このような戦略情報システムでは,競争市場において少しでも有利な地位を獲得するために,正確で感度の高い情報をいかに早く処理できるかと言う課題を背負っている。すなわち,ある情報に基づく判断が経営にどのように影響してくるかを正確に予測することが重要であり,そのためには経営管理情報と市場情報が一元的に処理できるようになっていなければならない。また,そのような判断が時機を失っては意味がないわけで,企業の様々な活動の中で複雑に絡み合う問題について緊急かつ総合的な判断を行うことはきわめて困難といえよう。

 このような問題を解決する方法として,今日では情報の分散化とネットワーク化が進められている。すべての情報を一元的に処理するのではなく,各担当者がそれぞれ自分の情報を章任もって管理し,必要に応じてそれらの情報を結んで経営判断を行うと言う方法が採られている。そこでは効果的なネットワークが不可欠で,その意味ではMISがコンピュータシステムであったのに対し,SISはコンピュータネットワークシステムであるということになる。

 このようなSISでは,単にコンピュータに蓄積されている情報を利用するだけでなく,必要に応じて担当者の意見や付加的な情報を戦略判断に利用することになるが,企業がマルチメディアに期待しているのはまさにそのような総合的な判断にマルチメディアが大きな貢献をするであろうと言うことにある。分散型の情報通信ネットワークシステムでは,多様な情報資源を活用するという点では優れているが,その範囲をどこまで広げるかと言う問題が残る。すなわち,情報の役割は基本的には不確実性を小さくすることにあるというものの,どの情報を利用したらそれが効率的に行えるかという問題を解決しなければならないのである。

次世代通信網整備とマルチメディア

 マルチメディアが発展するためには多くの課題を解決する必要があるが,その中で現在もっとも重要と考えられている課題がマルチメディアを可能にする次世代ネットワークの構築であると考えられている。光ケーブルとそれを利用した通信技術の発展は,既にマルチメディアとして期待されている様々なサービスを電送することを技術的にも経済的にも可能にしつつある。次世代通信網の建設に関わる経済的問題は完全に問題が解決されたとはいえないものの,日本やアメリカではその構築に向けてのビジョンが作られ,既にその実現に向けての第一歩が踏み出されている。

 日本とアメリカでは次世代通信網の構築に関する基本的な考え方にかなりの違いはあるものの,21世紀の産業社会基盤として光のネットワークが不可欠でありかつそれがこれからの社会の発展をリードしていくと予想している。次世代通信網がどの様にして構築されて行くかは,そのネットワークを利用する側にいるマルチメディアだけでなく,その構築に関わると考えられるあらゆる産業からも大きな期待が寄せられている。

 80年代に一時期ブームを起こしたニューメディアは,端末技術の不完全さやネットワークの経済性の欠如などが理由でその後の発展が見られないままに終わってしまったが,マルチメディアにも同様の不安を指摘する声が強い。マルチメディアが単なるムード的なブームに終わるかどうかはニューメディアの反省に立った発展のための障害や各種の制約の除去のための努力が必要であろう。次世代ネットワークの建設は,マルチメディアの物理的な基盤を作るものであるが問題としてはその経済性の方がより大きな問題と言えよう。

 20世紀に構築された電話のネットワークは,基本的に伝送容量の物理的限界が小さいことを前提として考えられており,そのため距離と伝送スピードと通話時間の3要素による料金設定が行われてきた。光通信の発展はそのような物理的制約をブレークスルーするものであり,既に光通信が多く導入されている長距離通信の分野でその料金設定において次第に距離の要素が小さくなりつつある。マルチメディアが発展できるかどうかの基本的条件は,次世代ネットワークの経済的構造において料金設定要素のひとつである伝送スピードすなわち伝送容量から解放されることが不可欠である。

 アメリカが次世代ネットワークの構築のために長距離通信とデータベースの経済問題を重視しているのに対し,日本ではラストワンマイル問題とされている各家庭への市内通信網の構築を重視しているのは,マルチメディアとは何かという問題とマルチメディア時代を迎えるために何が障害となっているかについての両国の認識の違いを反映したものではあるが,いずれもマルチメディアの普及発展に不可欠の課題であることは間違いない。また両国とも現在の電気通信産業の存在を前提としており,次世代通信網の構築においてその役割をどの様に考えるかで政策の方向が違っている。すなわち,アメリカでは長距離網を独占的産業と想定しているのに対し日本では市内網を独占的と想定している。そしてそのことが次世代通信網構築戦略の違いをもたらしていると言えよう。

 いずれにせよ光のネットワークが21世紀の産業と社会の基本的インフラとなり,マルチメディアが経済社会の活動に大きな役割を果たすようになることは疑いないが,そのインフラの供給方法や整備の方法によってそれぞれの社会の発展が大きく左右されてこよう。今日の議論では,そのリーダー的な地位にある日本と米国とでは若干異なるアプローチが提案されているが,そのどちらも既存の権益の構造を大きく変えていこうと言うものとなっていない。マルチメディアがどのようなものになるかが不透明である今日において,既存の権益を重視しすぎることは,新しい可能性を抑圧してしまう可能性があり,もしかすると日本方式でもなく米国方式でもないより効果的な第3の道が存在するかもしれない。

 20世紀の電話のネットワークを高度に張り巡らせた日本や米国では,そのような既存の権益のカが大きいこともあり,新しい発想による新しいネットワークの構築はかなり大きな摩擦を生じさせることになるが,そのような過去のしらがみの小さいアジアなどのほうがより効果的に21世紀のネットワークを構築できるかもしれない。日本や米国においても既存の権益にたった議論ではなく,21世紀になにが必要かという原点に戻ったネットワーク整備の方策が議論されるべきであろう。

 マルチメディアが実現するためには高度な情報通信基盤の存在が不可欠であるが,そのためには思い切った関連産業に対する規制の緩和と財政的支援が欠かせない条件となろう。関連産業が情報通信を中心に融合していこうとしている今日において,産業別に構築されている産業規制の制度は変革の大きな障害となっている。もちろんそのような規制が産業の既得権益を保護している面があり,その緩和政策は必ずしも産業から歓迎されないと言う面がある。しかしながら,既得権益の保護を前提としていてはマルチメディア時代の到来はあり得ない。

マルチメディア時代への課題

 マルチメディア時代に向かって今日の情報通信産業は大きく変貌しつつあるが,同時にあらゆる産業が多かれ少なかれ情報通信革命の影響を受けて産業の変革を余儀なくされている。情報通信技術をどのようにそれぞれの組織が利用するかがそれぞれの組織の存続可能性を左右するようになってきており,マルチメディア時代に入ればそのような傾向はさらに進むと考えられる。マルチメディア時代の情報通信技術の基本はコンピュータ産業がそうであったように,パソコンに代表される情報通信端末機器をいかに効果的に活用するかにあり,そのためにはマルチメディアの背景となっている分散型のネットワークをいかに形成させることができるかと言うことになる。

 今日,分散型ネットワークを利用した企業の組織や運営方法の改革が,米国を中心にリエンジニアリングと称して進められているが,マルチメディア時代にはそのような傾向はさらに徹底して進むと予想される。今日のリエンジニアリングによって造られている企業の新しい形態は,まだ変革の途上にあるという点で中央集権的色彩を強く残しているが,マルチメディア時代には企業運営すらもマルチメディアの分散型ネットワークを最大限活用するために分権化が徹底して行われる可能性が高い。

 このようなマルチメディア時代の産業組織や企業形態の革新には,その背景には情報のデジタル革命とそれを有効にする情報通信産業の形成が不可欠となる。今日の情報のデジタル革命はまだ放送の分野では始まったばかりであり,完全な通信と放送の融合のためには技術的にもまだ未解決な課題が多く残っており,当然のこととして技術の標準化やマルチメディアに適合した制度の構築はまだはとんど手が付けられていない。マルチメディア時代に最も重要となるデータベースの構築も,米国ではかなり進んでいるものの日本ではほとんど未開発の状況にある。

 現在のマルチメディアの状況はまだ実験的な段階にあり,実際に普及段階にまで持っていくためには,市場の開拓のための研究開発と普及に至るまでの市場のリスクの分散と言ったことが必要である。そのような市場の変革への先駆的対応を完全に民間に任せておくならば,本来求められているマルチメディアの普及に支障を来すかもしれない。その対策としてはリスク分散を計ることが必要となろう。

 日本のマルチメディアの発展に関しては,基本的に民間活力によって進められるべきであると言う考え方にたってきているが,現実には普及に至る前のリスクが大きいことや,技術革新とサービス提供に当たっての損失の大きさに現実には政府の支援に対する声も小さくはない。政府の役割は,マルチメディアの普及に伴う様々なリスクを小さくすることにもっと努力する必要がある。民間にリスクの多くを負ってもらうことは基本的にはその通りであるが,しかしながら民間の負担できるリスクヘの対応能力は,官僚が考えるはど強くない。大きなリスクが存在している場合は,より大きな役割が政府に与えられるべきであろう。

 現在,21世紀の情報通信基盤の整備をめぐって,郵政省とNTTの間でどちらがイニシアティブをとるべきかで意見が分かれているが,その対立は情報通信基盤をめぐる既得権益の確保を前提とするNTTと,マルチメディアに関する将来の権益を獲得しようとする郵政省との既得権益をめぐる争いという面もある。マルチメディア革命がめざしているものは,そのような既得権益の打破にあるが,今日の情報通信基盤整備をめぐる郵政省とNTTの対立は,マルチメディア時代に向けたヘゲモニー争いというよりもむしろNTTの既得権益をめぐる争いという面が大きいと言えないこともない。

 今日,電気通信産業は情報産業や放送産業との融合に向けて大きく変貌しようとしている。まだその将来像は定かではない。しかしながら,一つの可能性としてマルチメディアを提供する新しい情報通信産業が議論されるようになってきており,マルチメディア時代と目される21世紀の情報通信産業の中核となるのは,情報化の光端を走っている電気通信産業やコンピュータ産業なのか,またはコンピュータゲームやインタラクティブTVなど新しい情報利用をめざす放送産業やソフト産業なのか,情報通信革命の結果が社会や産業のあり方を左右するだけにその本質を見据えた産業政策のあり方を展望しておく必要があろう。

政府関連機関とマルチメディア

 今日社会で広く起こっているマルチメディアなどの情報化の影響から,行政もまた無関係ではない。既に今日の行政機関においてもワープロを始めとする各種の情報機器が行政の現場で利用されており,また特殊な行政目的の遂行のために大規模な情報システムが構築されているところも少なくない。マルチメディア技術の発展は,そのような行政の情報化のあり方に大きな影響をもたらすものと考えられている。

 今日運用されている行政の大規模な情報システムの多くは,個別の業務の合理化のためのシステムが中心であり,行政の基本的な業務となっている政策決定のための行政官の業務の遂行に必要な情報システムの構築はまだほとんど考えられていない。政策決定に関連しては様々な文書の作成などのために情報機器が利用されているという程度であり,ほとんど手作業と言った水準にあるところが多い。

 行政において情報機器の導入が民間に比べて相対的に遅れていると言われている理由に,行政に特有の業務の中に情報処理機器や電気通信と言った手段を採用しにくい面があると言ったことがあげられている。行政において最も重要な機能である関係者の利害調整と言う活動では,情報機器や電気通信は補助的な役割を果たすがそれだけでは充分ではなく,どうしても関係者が対面して話し合うということが必要となることが多い。特に利害の対立が激しい問題や,問題点や課題があらかじめ予測できない問題などに関しては,今日の電気通信の情報機器で問題を解決することが困難なことが多いと言われている。マルチメディアの発達は,そのような今日では充分ではない情報通信の機能が大きく改善されると言うことを意味しており,いずれ行政においてもより効果的な手段としてマルチメディアが利用されるようになるであろう。

 行政活動のはとんどが情報処理からなっていると言う現実をより強調すれば,行政においてこそマルチメディアが効果を発揮することが出来ると言えないこともない。行政活動をワルドーは計画立案,監督,命令,組織化,調整,報告作成,予算策定の7つの機能に分類したが,マルチメディアはそのいずれの活動の効率化に大きな効果をもたらす可能性がある。今日までの行政にそれはど情報通信が大きな役割を果たしてこなかったのは,情報通信の機能が単純な情報処理しかできないといった未熟な状況にあったことや,行政情報のデータベース化や行政官が持っている情報を関係者の間で共有しようといった考え方が少なかったことが理由であり,必ずしも行政活動が情報通信とは相いれないと言うことではない。情報通信技術の発展は,これまで困難とされてきた様々な活動に伴う多くの情報処理をより容易に情報通信システムでカバーできるようにしてきている。行政もその例外ではない。

 そればかりか,今日のように不確実な要素が増大している社会では,特にマルチメディアのような将来の可能性を前提とした情報通信サービスの普及には行政が新しいサービスを積極的に活用することによって,一般社会のリスクを行政側が負担するといったことが望まれている。最新技術の可能性に関して,行政がその実験台になってその普及に貢献することはこれからの社会においては極めて重要になろう。

 マルチメディアのような情報通信技術の発達は,行政や企業の管理部門と言った情報を取り扱う組織のあり方を大きく変えようとしている。特に分散型のデータベースとその通信による一体的な運用や活用と言った新しい高度な情報通信機能は,行政組織を縦系列を基本としたこれまでの軍隊型の組織からクラブ型の組織に変えるかもしれない。少なくともマルチメディアの活用は,ビラミッド型の組織を必要としなくしていくと考えられる。

 今日の行政の情報化の課題は,これまで個別に行われている情報処理作業をシステム化し,それをネットワークで統合して電子化された行政情報を関係者の間でデータベースとしていかに共有していくかにある。行政における政策決定に必要な情報は極めて多種多様であり,それらの情報をデータベースとしてひとつのシステムを構築することは困難な面も多く,これまでの方式に慣れ親しんできた行政官にとってはそのような変化は好ましくないかもしれないが,行政の効率化のためにはさけて通れない道であろう。幸い情報処理技術の高度化と情報機器やシステムのコストの低下が急速に進んでおり,マルチメディア時代には政策決定における情報化の障害となっている多くの問題が解決されていくものと考えられる。

 今日の日本の行政に強く求められている政策決定における透明性の確保には,それに必要な情報をデータベースとして関係者の間で共有化する事がその基本的な要件であり,またそれが行政の効率を高めることになる。もちろんそのような行政情報の共有化は,従来のような行政における窓意性や政策決定における行政官の裁量の範囲をせばめることとなるが,行政の効率化の観点からは不可欠な課題であろう。

 そのような点から見るならば,行政における会計を情報化する事は行政の情報化の中でも最も容易でかつ最も効果が大きい。今日では企業の会計システムははとんどコンピュータ化されており,行政においても同様である。しかしながら,その多くはまだ会計システムの範囲にとどまっており,業務の遂行や政策決定と連動した情報化ははとんど進んでいない。

 会計システムが業務の情報システムから独立して形成されていることは,会計監査に当たってその本来の目的である業務の適切な遂行という点に直接的に結びつけて審査することが出来ないと言うことを意味している。そのため会計監査の多くは,行政において最も重要な行政のあり方という面には触れず,極めて技術的な問題や不正行為などの特殊な問題に限ったものになりがちとなる傾向がある。会計システムと行政の政策決定との結びつきを計る行政の情報化が進むとするならば,当然今日のような会計監査のあり方にも大きな変化が求められることになろう。

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