第10号

イギリスにおける政府組織の市場化とアカウンタビリティ
柴 健次

柴 健次(大阪府立大学経済学部助教授)

 1953年生まれ。大阪府立大学経済学部卒,神戸商科大学大学院経営学研究科博士後期課程中退。大阪府立大学経済学部助手,講師を経て,87年より現職。会計学専攻。日本会計研究学会,日本地方自治学会,日本経営分析学会等に所属。

 主な論文は,「金融資産の証券化と資産の認識」『會計』1991年6月,「投資者保護と会計」『産業経営』1993年1月,「わが国における資産金融の証券化と会計・開示」『JICPAジャーナル』1993年8月など。

はじめに

 イギリスでは,1979年のサッチャー政権誕生以来,保守党政府が公共部門においてラジカルな諸改革を進めている。この改革に伴って,公会計・監査の役割が重要になってきた。まず第一に,公共支出の抑制の観点から,すべての政府組織に効率性が要求され,効率的経営と管理会計および効率性と有効性に関する監査が発展してきた。また,民間企業のほうが公共サービスを効率的に提供できると判断される場合には,政府は公共サービスの直接的な提供者(provider)であることを止め,そのための権能付与者(enabler)へと立場を変えてきている。いわば「政府組織の市場化」が進行しており,このことがアカウンタビリティの範囲と関係を(一時的にしろ)不明瞭にする。

 本稿では,「政府組織の市場化」とアカウンタビリティの問題を会計・監査の観点から検討する。1節と2節では,政府のアカウンタビリティと会計の関係を考える。3節と4節では,「市場化」と監査の関係を考える。全体を通じていえることは,公共部門における会計も監査もともに,効率性追求のための強力な社会的統制道具となる反面,その行き過ぎにも加担する,ということである。

1 政府のアカウンタビリティ

(1)アカウンタビリティ

 アカウンタビリティ(accountability)という用語が,日常的にも専門的にも,頻繁に用いられている。多くの使用例から「人(A)の人(P)に対する事(X)に関する説明<責任>」という共通項が得られる。また,しばしば,責任(responsibility),応答性(answerability),透明性(transparency)などの用語と近い意味で使用されている。ここで,AとPはそれぞれ,エージェンシー理論でいうエージェント(agent)とプリンシパル(principal)を表している。XはAの行為を指す。そして,アカウンタビリティの議論では,「AのPに対するXに関する説明<責任>」が何(Y)によってなされるかという点が含まれる。

 政府のアカウンタビリティの議論においては,アカウンタビリティ遂行のための一定の仕組み(Y)を前提として,AとPとXの関係をどのように規定するかという問題と,アカウンタビリティの遂行の仕組みをいかに構築するかという問題の双方が論じられている。

 たとえば,前者では,アカウンタビリティ遂行手段を一定の情報提供行為に限定したうえで,AとPとXの関係が議論の対象になる。より具体的には,政府(A)の議会(P)に対する会計責任という意味でのアカウンタビリティが決算書(Y)の提出を前提にして,政府活動(X)をいかにYに反映させるかが議論される。このようなアカウンタビリティ関係はあいまいさの残らないように具体的に規則に定められる。このアカウンタビリティは透明性の概念に近似する傾向がある。

 一方,アカウンタビリティをキー概念として,その遂行手段を政府機構全般まで広げる改革論議も一般にみられる。ここでは,具体的な会計責任を越えて,政府のアカウンタビリティの有効性確保の手段が,選挙制度,議会制度,中央・地方制度,行政組織,憲法の文書化等にまで及ぶのである(Oliver, 1991; Elcock, 1991)。

 このような幅のあるアカウンタビリティを,Glynn (1993)は表1のようにまとめている。大分類Ⅲのリーガル・アカウンタビリティは主に行政の裁量から個人をいかに保護するかが焦点になり,大分類Ⅰのポリティカル・アカウンタビリティとⅡのマネジリアル・アカウンタビリティは公共資金の使途に関する情報提供に関心が向けられる傾向にある。会計はⅠとⅡの全領域に関連がある。

表1 公共部門のアカウンタビリティの概念
大分類小分類
Ⅰ Political A.(a)Constitutional A.議会制度の保証
(b)Decentralized A.地方団体への移転
(c)Consultative A利害関係者の関与
Ⅱ Managerial A.(a)Commercial A.予算統制内の組織
(b)Resource A.予算統制内の組織
(c)Professional A.専門職の自己規制
Ⅲ Legal A.(a)Judicial A.違法・越権行為
(b)Quasi-judisial A.行政裁量権の統制
(c)Procedual A.外部機関による監視

これらアカウンタビリティ理論はAに対してXの説明を求めるP側の権利を基礎にしている,という共通性を持つ。このことを,國部(1993)は,Aのアカウンタビリティ遂行の行動はPの権利に基づく受動的な反応である,と指摘する。國部によれば,アカウンタビリティ理論は,A(ある組織の内部者)がP(外部者)の権利に基づく能動的要求に受動的に答える範囲(アカウンタビリティの範囲)を越えて能動的に情報を提供したり,あるいはPが特定化されていない状況下で(すなわちアカウンタビリティ関係が明確でない状況下で)内部者が広く外部の社会に向かって情報を提供する行動を説明できない。それに対して,國部は,このような行為が組織内部者による正統性(legitimacy)確保の行動であるとみる正統性理論によって説明できると説くのである(國部,1993; Kokubu et. al., 1994)。政府はときに自ら積極的に情報を提供してその正統性を確保しようとするのである。

表2 正統性理論とアカウンタビリティ理論
 <内部者><外部者>
正統性理論能動的受動的
アカウンタビリティ理論受動的能動的

出所 國部(1993),p. 330(若干の字句を省略)。

(2)政府会計の目的

 イギリス大蔵省(HM Teasury, 1988)は,中央政府の会計目的として,アカウンタビリティ(accountability),適正性(propriety)と適法性(regularity),および監査可能性(auditability)の3つを挙げている。ここでのアカウンタビリティとは「政策の策定・実施ならびに行政や資源の管理に責任を有する者が,一定の期間に関して,その政策や管理が正しかったか,また,いかに経済的,効率的,有効的であったかを示す義務」である。また「公共の資金に関して」議会が認めた範囲と目的に正しく使用され,かつ議会が認めた方法で調達される」という適正性と,政府の「すべての収支が法規に従ってなされている」という適法性が求められる。そして,政府の会計報告を独立の第三者が監査できるためには「報告内容の正確性を担保する十分な証拠が必要である」という監査可能性が求められる。

 また,大蔵省(HM Treasury, 1989)は「今日適用されている政府会計の諸原則は王室(Crown)と議会下院の間の財務的関係として年月をかけて発展してきた」(1.2.1)という。両者に構築された基本的関係は,執行権を有する王室(現在は内閣政府)が貨幣を需要(予算要求)し,これに対して下院が貨幣を与え(予算承認と税金等収入の決定),そして上院がこれに同意する,というものである。しかし,下院は需要されないのに税金を課したり増額することはできない。下院は,予算要求を拒否するパワーを通じて「消極的な」コントロールを行使することができるのみである(1.2.2)。この議会によるコントロールを前提にし,具体的な会計責任が予算単位(vote)のアカウンティング・オフィサーに課せられる。現在,ボートは163あり,このうち会計検査院(National Audit Office: NAO)をのぞく162ボートがNAOによる監査対象である。

 そして,このような仕組みにおいては,トレジャリーとコントローラーが明確に区別されねばならない。前者は政府大蔵省であり,後者は会計検査院長(Comptroller and Auditor General:C&AG。ここでの関係では(Comptroller)と下院の決算委員会(Public Accounts Committee:PAC)である(1.2.6)。

 以上のような仕組みの起源は,1860年代におけるグラッドストーンの財政改革までさかのぼる(Fletcher, 1991:Garrett, 1992)。この時期,コントローラー機能を持つPACとC&AGが創設されたのである。またC&AG率いる会計検査院も誕生した。この体制は1983年国家会計検査法の成立によって現在の会計検査院(NAO)が誕生するまで続く。83年法によって,NAOは会計監査に加えて経済性,効率性,有効性に関する(Value for Money:VFM)監査を行うことが明文化されたこと,旧検査院が大蔵省付属機関であったのに対してNAOは独立機関となったことが特徴的である(栗原,1994)。

 政治の変化に比べて,会計の変化はかなり緩慢であった。Fletcher (1991)によると,グラッドストーンまでの主要な改革は以下の通りである。1688年以来,トレジャリーが継続的会計記録を始める。ただし,多数の帳簿によって国庫が管理されていた。1787年の統合国庫基金(consolidated fund)の創設により,基本的にすべての税収が同基金を経て支出される仕組みになった。ただし,各省間の支出調整の仕組みがなかった。1822年より,決算書が議会に提出されるようになる。ただし,トレジャリーが明細を管理しており,議会によるコントロールは弱かった。そして,グラッドストーンによる予算制度と厳格な単年度主義の導入により,ようやく議会によるコントロールが確立する,というわけである。

 財務会計と監査の基本はこれ以後今日まで維持されることになるが,1979年以降の「市場化」の影響で,80年代以降,管理会計の著しい発展の時代を迎える(Likierman, 1994)。

(3)政府組織の市場化

 経済学者は国民経済の効率性の観点からみた公共部門の役割を検討するためにしばしば公共部門と民間部門の線引きを行う。これに対して,Tomkins(1987)は,問題のない線引きはないとした上で,競争にさらされている程度に応じて,完全なる民間(A)から完全なる公共(H)までの連続的な組織形態を示している。

A 完全な民間部門組織

B 国が部分所有する民間部門組織

C 第三セクター組織

D 規制された民間部門組織

E 公共インフラの民間による運営

F 公共サービスの民間への委託

G 公共部門組織:管理された競争を伴う

H 公共部門組織:競争を伴わない

 HからAに向かってどのあたりで公共・民間の線引きを行うかは難しい。たとえば,イギリスでは,政府による公共支出の統制目的にとっては,ある組織に対する実質的支配基準が所有基準に優先し,所有すれども支配しない組織は当該目的にとって公共部門に含まれないからである(Fletcher, 1991, p.29-31)。

 BからGの中間形態をいったん無視し,政府(H)と私企業(A)だけを考えよう。このとき,AからHへの組織変更が国営化,HからAの組織変更が民営化である。より多くの財・サービスの生産が「市場」原理に委ねられている度合いが高いか,より多くの財・サービスの生産が官僚「組織」に委ねられている度合いが高いかは,国により,また時代により異なる。ここでは,(中間組織を含めて)ある時点から次の時点へ向けてHの度合いが高まることを「組織化」,逆にAの度合いが高まることを「市場化」と呼ぶ。

 イギリスでは,79年以来,この意味での「政府組織の市場化」が進められている。政府白書『競争』(Cm2563, 1994)によれば,公共サービスをより効率的かつ有効的に提供するために,すでに,非政府公共団体(NDPB又はQUANGOS)を可能な限り廃止し,国営企業の民営化をはかり,民間委託の採用を高めるなどの改革が行われた。また,公共サービスの有効性を高めるために,サービスのインプットからアウトプットへ関心を移行させる改革が行われてきた。たとえば,NDPBは79年の2167団体から93年の1389団体まで減少している(Cabinet Office, 1993)。また,93年度末までに47の国営企業が民営化され(Cm2563, 1994),10企業が残るのみである。しかも,そのうちの大企業であるBR(国鉄)とPO(郵便局)の民営化がいまの話題である。

 メージャー首相は,91年に公表した『市民憲章(Citizen's Charter)』(Cm1599, 1991)を公共サービス改善計画の中心に据え,これまでの一連の改革をその中に位置づけている。なかでも,行政改革の柱といわれるネクスト・ステップス計画による公共サービス提供部門のエージェンシー化(各省所属の自律組織化)により,各省はコア(主に政策決定部門)へと規模の縮小が図られている。88年に開始されたネクスト・ステップスは,50数万人いるシビル・サーバント(一般公務員)の75%をエージェンシー所属とする十年計画であるが,93年現在で92エージェンシー(人員で約60%)が設立されている(Cm2430)。エージェンシーはNDPBではなく各省所属の組織である。しかし,エージェンシーは新たな民営化の標的とされているとの憶測を呼んでいるし,事実,好業績の一部エージェンシーでMBO(Management Buyout)による民営化の計画が進んでいる(FT, 23 Sep. 1993)。

 このように,イギリスでは,政府組織への競争精神の導入にとどまらず,具体的に人員削減を伴った「市場化」が進行している。このことは,中央政府が政策決定に必要な人員を残しそれ以外をエージェンシー化するという発想に見られるように,中央政府が公共サービスの提供に関しては権能付与者の役割に徹し,実際に公共サービスを行う諸組織に対するリモート・コントローラーになるということを意味する。したがって,この種の市場化が進行すればするほど,逆に,実際に公共サービスを提供する部門の役割が重要性を増す。この非中央政府部門の研究に携わるGray(1994)は,公共部門をロンドンの中央政府(national government)と中央政府の地方出先機関を含むすべての非中央政府部門(subnational government:SNG)に分け,SNGの研究の必要性をうったえている。

 Grayによれば,シビル・サービスの一部,国民保険機構(NHS),その他の中央政府の一部,地方団体,国営企業と公共企業体の一部からなるSNGは,軍隊を含む公共部門の全人員の81%で418万人に達し,また,その支出規模も推定で全公共部門支出の63%で約2千億ポンドに達する(いずれも90年度)という。そして,SNGには地方政府組織の12種11638団体,NHSの15種549団体,中央政府の出先機関が97種1402団体,QUANGOのうちの49種616団体が含まれる。

2 公共支出の統制と合計

(1)議会の統制から政府の統制へ

 すでに触れたように,イギリスでは伝統的に「クラウン(政府)が貨幣を要求し,下院がこれを与え,上院がこれに同意する」。今日では,政府による支出予算要求に対する議会による承認手続き(supply procedure)は,会計年度の前から2年以上にわたり,およそ6段階を経て行われる。すなわち(1)政府による予算要求,(2)政府による支出計画,支出責任者等の情報提出,(3)議会による検討,(4)議会による承認(関連法案の通過),(5)議会による支出統制の強化のための支出目的の特定化,そして(6)支出後における監査および決算報告,である(HM Treasury, 1994)。会計年度直前における支出予算見積(main supply estimates)の提出は上記承認の手続きの一部にすぎない。その後の複数の補充予算要求でも同様の手続きが踏まれるため,議会では常時少なくとも2年度分の予算承認手続きが同時に進行している。

 上記の一連の過程において,政府は目的に応じた多数の書類を一定のスケジュールにしたがって提出する。一つの報告が複数の目的のための情報を含むこともある。主なものとしては,(1)金融・財政政策の討議のための「財政報告及び予算書(FSBR)」,(2)公共支出の計画書類としての「秋期報告書」や各省別支出計画書,(3)公共支出,現金及び借入の管理目的のための経済・財政統計や上述の秋期報告書やFSBR,そして(4)アカウンタビリティ関連書類としての,支出上限報告書(cash limits white paper),承認予算に対する決算書(appropriation accounts)(*),統合国庫基金(consolidated fund)及び政府借入基金(national loans fund)の決算書(*),政府借入基金からの借入に関する決算書(*),国民保険基金の決算書(*)などである。これらのうち(*)を付した報告書はNAOの監査を受けることになっている(HM Treasury, 1988, Annex B)。

 公共サービスに必要な支出の承認にあたり,使用目的が特定され,支出項目によっては上限が設けられるなど,予算執行に厳格な手続きが採用される政府会計にあっては,決算書以上に計画書類が重要である。また,イギリスでは「公共支出」は税収と借入の形で調達される公共資金に対する需要を表す。そこで,議会での手続きを前提に,政府会計の基本等式を示せば以下のようになる。

 支出 − 税収 = 借入 (1式)

1式は,支出,税収,借入の3要素が同時決定される仕組み(支出=税収+借入)ではない。支出見積が承認され,税収の手当てがなされたのち,なお資金が不足する分が借入である。しかも借入に上限はない。「ドイツ人が見れば不完全と考えるであろう」(Fletcher, 1991, p.8)と言われるゆえんである。低い税金でも支出に足りることがよいとされた時代(「小さな政府」)から,将来世代に負担を強いる形で支出を増大させてきた時代(「大きな政府」)を経て,増税にも借入にも限界がきて支出を抑制する時代に至っているのはイギリスだけではない。イギリス政府が選択したのは「効率的政府」なのである。

 税収で足りる時代,借入依存の支出拡大時代における支出統制においては,不正や浪費が関心事となろうから,適正性・適法性の監査で足りたのかもしれない。しかし,支出抑制が重要課題となるにつれて,効率性・有効性の監査が要求されるようになった。しかも,政府は究極的には「再選」されることが目的であるから,議会による支出のコントロールを待つまでもなく,政府自らが支出コントロールを行う必要があった。したがって,会計的には,財務会計から管理会計への重点移行が起きたわけである。

(2)公共支出と公共資金

 公共支出は多様に定義できる。しかし,政府による支出統制が可能なためには統制可能支出の集計概念が必要になる。現在,イギリス中央政府が用いる集計概念が「新統制額合計(new control total:NCT)」である。また,マクロ経済運営や国際比較のために「一般政府支出(general government expenditure:GGE)」概念も同時に用いられている。

 FSRB1994/95(HM Treasury, 1993)は,第5章「公共支出」において「政府の目的は国民所得に対する公共支出の比率を順次引き下げることにある」と述べている。また,第2章「中期財政戦略(MTFS)」によれば,名目GDPに対するGGE(民営化収入を除く)の比率を93/94年の45%から98/99年の41%まで引き下げる計画が示されている。また,名目GDPに対する公共部門借入必要額(PSBR)の比率を,同じ期間に7.75%から0.25%まで引き下げる計画が示されている。

 しかし,支出の中にはその抑制の困難な社会保障費や中央政府の利払いがあるため,これらの項目を除いた支出が抑制対象となる。これがNCTである。このNCTは,中央政府支出(各省支出),地方政府支出および公共事業体(国営企業を含む)の借入必要額から構成される。92年まではNCTは「計画額合計(planning total:PT)」と呼ばれていた。このPTでは地方政府の独自財源による支出が含まれていなかったが,NCTはこれを含んでいる。逆に,PTに含まれていた支出抑制の困難な社会保障支出(a)がNCTでは含まれないことになった。PTでもNCTでも,中央政府の利払い(b)は含まれない。NCTに(a),(b)のような項目,さらに技術的調整を加えたものがGGEである。このような定義ないしは範囲の変更は頻繁に行われるようだが,これは時の政府の考え方に依存する(Likierman, 1988)。

 統合国庫基金(税収)および政府借入基金(借入)を受け入れ基金とする公共資金(後者は前者に振り替えられる)に対する予算要求に対して,議会が国庫からの引出権を付与した金額(予算単位である163ボートの総支出額)は,94/95年で約2千億ポンドであるのに対して,NCTの総額は約2千5百億ポンドと違っている。これはNCTと予算承認のカバーする領域にずれがあるためである。予算承認対象のうち87%がNCTの範囲内である。逆にNCT側からみると72%が予算承認の対象であり,残りの28%は国民保険基金などその他の政府基金からの調達が予定されている(HM Treasury, 1994, Chapter 2)。

 また,106のボートでは支出上限(cash limit)が設定されている。これは予算承認額約2千億ポンドの61%にあたる。支出上限が設定されると,ボートの支出に影響する予期せぬ価格変動などが生じた場合でも承認額を越えて支出できないので,ボートの効率性を促す効果を持つと期待されている。

 ところで,1式は「税金と借入」以外の収入を含んでいない。この「その他の収入」(代表的にchargeと呼ばれる)は公共サービスの提供に伴う収入(charge, fee, fine, levy, licence, price, rent, subscription, toll)である。イギリスの「公共支出」概念では,チャージは「収入」ではなく「負の支出」として扱われている。すなわち「公共支出」はこれら「負の支出」と相殺した純額概念なのである。

 純支出 − 税収 = 借入 (2式)

 事後的に2式が均衡するとすれば,税収を右辺に移して,公共支出(純支出)=公共資金が得られる。すなわち,支出統制目的にとっての「公共支出」概念は,公共資金に負担を求める大きさを示すのである。

(3)現金主義会計から発生主義会計へ

 イギリスの政府会計は基本的に現金主義会計であるが,NHSやエージェンシーなどでは発生主義会計が採用されている。しかし,クラーク大蔵大臣は昨年11月の予算演説の中で,「資源会計(resource accounting)」を導入することを提案した。FSBR94/95(HM Treasury, 1993)では,資源会計は現金主義会計の代替とみるべきでなくその発展であり,民間企業で採用している発生主義会計と類似していると述べているが,いかなる意味で発展形態なのか,発生主義とどう違うのか,またすべての組織に適用されるのかなどの詳細については述べていない(本稿掲載時点までには大蔵省からその詳細が公表される予定である)。FSBRは,資源会計の枠組みを,資産の減価償却,資本のコスト,債権や在庫の変動を考慮して「expenditure」が消費された資源の原価を表すこと,また債務の変動を考慮して「income」が受取を表すことを特徴とする会計であると説明している。

 数百年の歴史を有する政府会計の基本は現金主義会計であった。かつて,全政府組織に発生主義会計を採用すべきとする国家支出特別委員会の提言(1918年)にしたがって,翌年から一部でパイロット・テストが行われたが,資産評価の困難性や(テスト中でも要求される)現金主義会計との2重経理のコスト負担が原因で5年後には中止されたことがある(Fletcher, 1991)。

 現在,議会から資金を得るボートの会計(vote accounting)は現金主義会計である(HM Treasury, 1989, para 12.2.1)。ただし,各省およびNDPBによって行われる事業・有料サービス(trading and chargeable service)に関して作成される決算書(事業決算書:trading accounts)は一般に発生主義会計による(para 15.1.1-2)エージェンシーはその資金が予算措置によるか事業基金(trading fund)によるかで会計が異なる。事業基金としてのエージェンシーの会計は発生主義である。予算措置によるエージェンシーの場合,独自のボートを有する場合はボート会計が,そうでない場合は当該エージェンシーに資金を提供するボートへの補足情報を提供する(para 17.1)。

 現金主義と発生主義の双方が政府の会計で採用されている現状について,大蔵省(HM treasury, 1988)は次のように説明している。すなわち,「多くのデパートメントは現金主義システムである。これは,議会に対して,特定の活動に支出するということで承認された現金がまさにその通りに支出されたということを明らかにするシステムである。そこでは発生事象は記録されない。しかしながら,事業活動あるいは準商業的活動をカバーする決算書や経営管理報告書(management accounts)は,当該活動のより完全な姿を伝えるために発生主義に基づいて作成されている」と。そして発生主義会計の目的は「事業のフル・コストを明らかにし,これを関連する収益と対応させること」であると説明している。

 Davis(1993)は,「資源会計」に関して,市場性テストやエージェンシー化などに並ぶ重要な改革であるこの提案を見過ごすべきではないと注意を喚起している。彼が,特に注目している点は以下の3点である。すなわち,(1)公共サービスの提供者に使用する資源を報告させることによりサービスのコストが明らかになる,(2)公共サービスにおいても支出とサービスの直接的かつ体系的な結びつきをしっかりと認識させること,(3)公共サービスの提供に関して官民が同じ土俵に立つことにより民間部門の競争への参加が促進されること,を挙げている。

3 市場化とアカウンタビリティ

(1)公監査

 イギリスにおける公共部門の監査は1980年代にNational Audit Office(NAO,会計検査院)とAudit Commission(AC,監査委員会)の2つの監査機関が改組又は新設されたことにより新しい時代に入った。一つに,主に中央政府の監査を担当するNAOと地方団体及びNHSを監査するACに監査資源が集約されたこと,二つに,以前からも関心がもたれていた2つのE(EconomyとEfficiency)に,第三のEとよばれるEffectivenessを加えた3E監査ないしはValue for Money(VFM)監査が制度として確立したこと,を特徴として指摘できる。

 この間の政府の改革と「新しい監査」の関係については,C&AGのボーンによるNAO年次報告書の挨拶に表れている。すなわち「政府は静的ではない。基本的な変化が組織においても,公共サービスの提供においても起きている。エージェンシー,市民憲章,より大きな権限委譲が意思決定を顧客サイドに近づけている。市場性テストや民間委託により民間部門が公共サービスの提供に接近してきた」と「政府の市場化」を述べ,政府の改革の「成功は民間部門の規律と公共部門の価値の調和にかかっている。…公務員は事業感覚(commercial awareness)を開発する必要があり,インプットではなくアウトプットで成功が測られる新しいアカウンタビリティの仕組みに適合する必要がある」という(NAO,1993)。

 NAO(NAO,1993)によれば,NAOが監査した決算書の数は約5百余り(金額では4500億ポンド)である。また,毎年50件近くのVFM監査報告書を公表している。そして,会計検査によって達成された節約額は,90年が31百万ポンド(以下,m),91年が35m,92年が34mである。同様に,VFM監査によって達成された節約額は,同じ年度で各々159m,165m,204mであった。ちなみに,NAOの92/93年ボート決算金額は総支出で42m,監査手数料等の収入5mとの相殺後の総支出で37mであった。また,NAOの決算書は「勅許会計士及び登録監査人」による監査を受けている。

 一方,ACの93年年次報告書(Audit Commission, 1993)によれば,ACが監査した決算書数は地方団体448とNHS593の計約千強(金額で830億ポンド)であった。これらの監査における監査人はACが指名することになっているが,監査の70%が委員会,残り30%が民間監査法人との共同で行われた。また,VFMによって達成された節約額は,NHSが56百万ポンド(以下,m),地方団体が93mであった。ちなみに,ACの93年決算は,事業収益が77m,事業費用が74m,当期剰余が3mで,累積剰余を加えた次期繰越剰余は10mであった。またACの決算書はNAOによる監査を受けている。

 NAOとACの監査によって,公共部門の主要組織がカバーされている。しかしながら,NAOの監査権限は,公共サービスを請け負う民間企業やQANGOSにまで及ばない。市場性テストの導入などにより,公共資金の追跡が困難になっていることに懸念を抱くNAO院長は,これら組織に対する監査権限の拡大に「重大な関心」を持っていると述べている(FT 30 Nov. 1993)。

(2)市民憲章

 メージャー首相は『市民憲章(The Citizen's Charter)』(Cm1599, 1991)において,公共サービス改善十年計画を打ち出した。簡単にいうと,政府がイニシャティブをとり,すべての公共サービス提供部門にサービスの水準(目標)を設定させ(個別チャーターの作成),達成できなかったときの苦情処理や国民に対する情報提供の充実,監査の強化,優秀な団体に対する表彰制度(チャーター・マークの交付)などの仕組みを整えることにより公共サービスの改善を図ろうという計画である。これらの最新状況は『市民憲章第2次報告』で詳しく紹介されている(Cm2540, 1994)。

 「市民憲章」で重要なことは,公共サービスの提供に関する政府の考え方と情報提供およびチェック機能の強化である。この観点からポイントを要約すると以下のようになろう。

 まず,第一に,市民憲章は国民を公共サービスの顧客又は消費者と位置づけている。したがって,市民憲章イニシャティブはパブリック・アカウンタビリティをコンシューマー・アカウンタビリティとして遂行しようという側面が見受けられる。このことは,コンシューマー・アカウンタビリティの強調によって,パブリック・アカウンタビリティの議論が相対的に低調になることから,多くのことが見落とされる危険はないかという問題意識を生み出す。これは次節で取り上げよう。

 第二に,市民憲章はサッチャー政権時代に始められた諸改革(民営化,エージェンシー化,委託化など)を包含している。市民憲章はメージャー首相の政治信念とも見れるが,15年に及ぶ保守党政権の政権党としての正統性の主張と見ることもできよう。これらの改革を政府による正統性確保の問題とみるとき,とりわけ政治学の重要な議論と結びつく。92年の総選挙では保守党が「予想外」に勝利したものの,その後の地方選,国会議員の補選,ヨーロッパ議会の選挙のいずれにおいても保守党の低調が目だつ,という最近の選挙結果を踏まえ,政治機構全般にまで議論が拡大するであろう。しかし,これを論ずる余裕も能力もないので他の論者に譲ろう。

 第三に,市民憲章によって新たに課せられる情報公開等の仕組みが定着するにしたがって,具体的に公共サービスを提供する部門においては,新たなアカウンタビリティが生まれてくると思われる。つまり,政府の正統性確保の動機で始められたか否かにかかわらず,具体的な仕組みが整うにつれて,アカウンタビリティ関係にどういう変化が起きているのか,また,そのことが会計と監査にどう影響するかという問題が起きてくる。これについては次項(3)でエージェンシーを例に考える。

(3)ネクスト・ステップス

 政府は内閣府に置かれた効率性ユニットの報告『政府におけるマネジメントの改善:ネクスト・ステップス』(Efficiency Unit, 1988)の提言を受けて,政府組織の行政機能をエージェンシー(executive agencies)に移管する計画を開始した。Bogdanor, V.(1990)は,この計画が「多くの機能を民間部門に移管し,そこで市場規律(market discipline)に従わせることにより,アカウンタビリティを回復させる」というサッチャー政権の基本姿勢から生まれたものであることを指摘する。

 ネクスト・ステップス計画の特徴は,(1)政府の政策策定機能(policy-making function)と政策実施機能(executive functions)を分離すること,(2)後者の機能を果たす自律組織(エージェンシー)をつくること,(3)エージェンシーに日々の活動に責任を持つチーフ・エグゼクティブを置くこと,(4)そのチーフ・エグゼクティブはエージェンシーのアカウンティング・オフィサーとなる点にある。エージェンシーの最高責任者で同時に会計責任者でもあるチーフ・エグザクティブは民間からも採用される。また,チーフ・エグゼクティブに対しては,所管大臣との間で交わされる業績目標の「約束」(3年ごとの見直し)の達成いかんでボーナスが支払われるというインセンティブが与えられている。

 エージェンシーが大枠では所管大臣の設定した政策と資源の枠組みに従うこと,大臣がエージェンシーをモニターすることを通じて,政府は伝統的な大臣責任制(ministerial responsibility)を維持しようとする。しかしながら,Bogdanor, V.(1990)は,大臣が責任を有する「政策」とは何か,「政策」と「経営」が区別できるのかという基本問題を投げかける。また,Adonis, A.(1991)はいくつかの論点を指摘する。すなわち,第一に,公共部門の目標が簡単には設定しにくくなるのではないか,第二に,国庫以外からの収入が大部分を占めるエージェンシーが民営化の条件を備えているとの見方も出ているが,政府の対応が注目される,第三に,本省とエージェンシー間で人事・給与面で問題が起きないか,第四に,エージェンシーのアカウンタビリティのあり方として,大臣を経由した議会への間接的アカウンタビリティに対して議会に対する直接的アカウンタビリテイは構築されうるか,最後に,エージェンシーは,従来の支出(cash input)中心思考から,支出と提供されるサービス(service output)の関係を重視する思考へのシフトに貢献する,といった点である。

 このような理論上の問題提起とは異なり,会計技術的な側面に限定して実態を分析したものにPendlebury et al.(1994)の研究がある。彼らによれば,1992年3月末の59エージェンシーのうち,入手できた53エージェンシーの会計ベース及び監査の状況は表3に示すとおりである。事業基金としてのエージェンシーには,大蔵省が適当でないと判断する事項を除いて,基本的には民間企業に適用される法律・会計基準が適用される。非事業基金としてのエージェンシーでボート単位の場合はボート会計が適用されるが,現在これに該当するものはない。その他の非事業基金としてのエージェンシーについては本省に補足情報を提供することになるが,表3に見られるように会計ベースについても,監査の状況についても対応がまちまちである。

表3 エージェンシーの財務報告の実務
 事業基金
エージェンシー
非事業基金
エージェンシー
分析対象数647
決算書作成の会計ベース
発生主義10047
現金主義15
説明なし38
監査の状況  
独自に監査を受けている10019
監査証明を得ている10011
将来独自の監査を受ける予定38
本省の決算監査の一部として行われている30

出所: Pendlebury et al. (1994). Table 1の一部を引用。

 表3は彼らの分析のほんの一部にすぎない。詳細を省略して,彼らの結論を要約すれば次のようである。(1)エージェンシー化は明らかに政府の特定の活動に関する情報量を増大させた。エージェンシー化以前においては,本省ボート決算においては,これらの活動の収益・費用および提供されたサービスや活動の詳細を把握することは困難であった。(2)アカウンタビリティ関係の変化を評価することは難しいが,監査済み決算書がアカウンタビリティを改善することは疑いない。しかし,これら決算書が政府以外で利用されているという証拠は得られていない。(3)年次報告書及び決算書の様式と内容は多様であり,いまのところ,他のエージェンシーや民間企業との比較可能性は得られない。(4)報告された数字の信頼性についてはまだまだ改善の余地がありそうである。

 以上のBogdanor, V.(1990)らの理論上の論点にしても,Pendlebury et al.(1994)の実態分析にしても,エージェンシー計画が開始され数年であること,しかもその多数が最近設立されたエージェンシーであることを考えあわせれば,まだまだこの計画の成否を評価するのは早すぎると思われる。しかしながら,政策と経営の分離の経験を積むにつれ,エージェンシーの会計と監査はますます民間のそれらと接近するであろう。それに伴い,エージェンシーのアカウンタビリティの確保が問題となるが,これはエージェンシー特有の問題としてよりも,民間公共の別にかかわらず公共サービスの提供者が果たすべきアカウンタビリティの問題として検討する必要がでてこよう。市民憲章において市民が公共サービスの消費者と位置づけられていることからみても,公共サービスの提供者のコンシュマー・アカウンタビリティが問われるからである。ただし,同じ公共サービスの提供者であっても,エージェンシーは依然として政府組織の内側の組織であるから,本省や議会(議会を経て国民)に対するアカウンタビリティも同時に遂行することが期待されることから,政策と経営の分離を前提としたこの種のアカウンタビリティ関係の明確化が論点として残りそうである。

4 監査とアカウンタビリティ

(1)監査社会の到来

 前節までは,政府組織の市場化と会計・監査の変化の一断面を描いてきた。しかしながら,1979年以降の変化は公共部門にとどまらず,政府による幅広い統制が公共民間双方の専門家に及んでいる。これを社会的観点から問題提起をしたLSEのM. Powerの『監査の爆発』(1994)がある。彼は同書の冒頭で,イギリスの「監査社会」を次のように描いている。

 「『監査(audit)』という用語がイギリスにおいてますます頻繁に用いられるようになっている。会計監査に加えて,現在では,環境監査,VFM監査,経営監査,司法監査,データ監査,知的所有権監査,医療監査,教育監査,技術監査,ストレス監査,デモクラシー監査その他多くの監査がある。一般的に言えば,監査やその他これに類する質に関する保証の存在が意味することは,多くの個人や組織が今日はじめて自分が監査されることを知り,反論や不満があったとしても,自分自身を被監査人(auditees)と考えるようになってきた,ということである。1990年代のイギリスが『監査社会』となったという実質的な意味はまさにこの点にある。」

 近年,「監査」という用語はさまざまな状況下でかなりルースに使用されているが,これら「監査」が独立した外部者の検証に利用しうる「官僚主義的手続き」に依存しているという一つの共通性がある,とPowerはいう。そして,「監査社会」とは,社会や組織に用いられる「コントロールおよびアカウンタビリティ」に関して彼が示す2つのモデルにおけるB型からA型への急激な移行(「監査の爆発」)によってもたらされたA型社会である。

 A型とB型の諸特徴は表4に示すとおりである。定性的で複数尺度を用いた組織内部者によるB型統制は,現場密着型であり,統制に関して信頼関係が高く,自律度が高く,現場でのリアル・タイムでの統制が中心で,広く情報が共有される統制スタイルである。これに対して,A型は,定量的で,主に単一尺度を用いる外部者による統制スタイルであり,したがって現場からの距離が遠くなり,統制に関する信頼関係は低く,従属的であり,事後的な統制となり,そこでは情報が専門職である監査人等に集中する統制スタイルである。

表4 2つの統制モデル
A型B型
定量的(Quantitative)定性的(Quantitative)
単一尺度(Single Measure)複数尺度(Multiple Measures)
外部機関(External・Agencies)内部機関(Internal Agencies)
遠隔型(Long Distance Methods)現場密着型(Local Methods)
低信頼性(Low Trust)高信頼性(Hight Trust)
規律的(Discipline)自律的(Autonomy)
事後的統制(Ex Post Control)同時的統制(Real Time Control)
専門技術の私有化(Private Experts)公開された対話(Public Dialogue)

出所 Power. M. (1994), p.8.

Powerによれば「監査の爆発」とはあらゆる問題の解決のために圧倒的にA型統制が重視される現象を指し(ただしVFM監査は両方のスタイルを備えているが),定量的で,単純化された,事後的形式の外部者による統制が,ますます,その他のタイプの統制にとって替わる現象をいう。

(2)パワー・シフト

 Powerは「監査の爆発」が「政府の再生」(これは,企業家精神がいかに公共部門を変えるかテーマにしたアメリカの『政府の再生』(Osborne et al., 1993)にちなんでいる。イギリスの諸改革もこれに相当する(Cm2540, 1994, p. 2))によってもたらされたと指摘する。そして,この「政府の再生」は,遠心力と求心力を伴っている。すなわち,公共サービスの分権化と委託化あるいは政府組織の民営化や部分的企業家という遠心力が働くと同時に,自律的組織や民営化後の公益企業に対する統制を保持しようとする求心力が働く(Power, 1994, p. 15-17)。

 では「政府の再生」を原因とする「監査の爆発」によってもたらされた(A型)の「監査社会」が社会にどういう影響を及ぼしているというのであろうか。パワーの議論を端的に表現すれば,「監査社会」の到来は(監査人への)「パワー・シフト」をもたらした,ということになろう。すなわち,彼のいうB型統制社会において,それぞれの分野で役割を果たしてきた医師,弁護士,教師,研究者などの専門家(profession)から,A型統制社会において重要な役割を担う会計士への「パワー・シフト」が起きているのである。

 たとえば,「主要な監査法人が1980年代に急速に成長した。大卒者のうち監査法人の研修生の道を選ぶ比率は1987年にピークの10%に達し,現在も8%を維持している。研修生の大多数が主に会計監査のトレーニングを受けている(研修後にその領域に残るものは比較的少ないのだが)。イギリスにおける監査の爆発の重要な側面は,前例のないほどの多数の若者が監査というコンテキストの中で,訓練され,社会化されているということである。」(Power, p. 2-3)

 もちろん,このようなパワー・シフトは監査人のパワーが増すのに反比例して他の専門職のパワーが弱まったのではなくて,政府による強力な統制が専門職に及ぶにつれて彼らのパワーが弱まったのであり,その社会統制の手段として監査が重視されたことから監査人のパワーが強まったということである。

 このようなパワー・シフトを伴う「監査社会」の問題点はないのであろうか。今少し,Powerの議論を紹介しよう。彼は,エージェントに対するプリンシパルの信頼の喪失が監査の成立・発展の根拠であるとの見解を示した上で,監査の拡大が現実に新たな不信を生み出す関係を見落としてはならない,と忠告している。この引き合いに出された例は,監査される側のある大学が評価対象の「試験結果」を良い評価が得られるように操作していた,というものである。

 また,彼は,現場の評価が可能となるような内部統制システムを前提に,その内部統制システムを評価するという具合に,監査が「統制の統制」用具として,すなわち,官僚主義的手続きを前提にしたリモート・コントロール手段となることを指摘する。さらに,監査を介在させることによって組織の透明性が高まる,という見方に対して彼は否定的である。その理由は,監査を介在させることによって組織の透明性が高まるためには,監査過程の透明性と監査結果の透明性が確保されなければならないけれど,監査過程の透明性が確保されがたいと考えられるからである。プリンシパルが抱くエージェントに対する信頼の喪失が監査の根拠と見る信頼性喪失の仮説が妥当するなら,プリンシパルと監査人との間に信頼関係が確保されなければならない。しかし,監査過程の透明性が確保されなければ信頼関係も失われる。また,監査結果は,会計監査のように決算書と同時に提出される場合もあるが,「決算書」に相当するものがない場合もあるから,そのような場合には,監査結果が独自に公表されない限り,対象組織の透明性は確保されないことになる。

 『監査の爆発』の発行元のDEMOSは,幅広い質の高い政治論議,政策論議を引き出すために設置された独立のシンク・タンクである。『監査の爆発』もまたラジカルな問題提起を行う書となっている。Powerは会計や監査が社会に及ぼすネガティブな側面を浮き彫りにしているが,会計や監査の技術論には含まれない重要な問題を指摘していると思える。

むすびにかえて

 わが国においても,公共支出の抑制や税制のあり方,行政改革の論議が盛んである。イギリスの例にみられるように,これらの議論に会計と監査の観点からの議論が加えられる必要性を感じる。Powerは日本をB型社会と「誤解」しているようだが,日本には日本型統制(J型とでも呼べばよいであろか)があるように思う。うまく表現できないが,A型に見られない効率追求のための強力な統制と,その統制外での非効率が混在しているように感じる。すなわち,しばしば,アカウンタビリティの明確化を避け,したがって監査可能性の条件が満たされないのに,組織全体の効率追求の観点から監査によらない統制が働く一方で,このような統制の外ではB型のネガティブな側面(期待されるような専門職の現場統制が機能しない傾向を持つこと)が支配的になる。これは,A型とB型の望ましいブレンドというものとは異なる。したがって,J型社会の問題が深刻であればあるほど,Powerの憂いとは異なり,A型統制が「望まれる」可能性もあるし,B型統制を機能させることが「嫌われる」可能性もある。このような直感はJ型社会の現状分析で「実証」されねばならない課題である。ともかくも,外国の公会計・監査の動向からわが国の公会計・監査の行方を技術論の観点から議論するだけでは不足であろうし,また,わが国の会計検査院の役割に関する議論もこのような広い観点からの議論がなされる必要があろうと感じる。

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