第1号

公共事業の評価システムに関する考察
山本 清

山本 清
(会計検査院電気通信検査課総括副長)

 1 はじめに

 我が国における公共事業は,明治以降に本格的な社会資本整備が行われた関係で,いまなお欧米諸国に比してその整備水準は低く(例えば下水道普及率は昭和62年で37%と欧米諸国の約1/2),政府支出のうち公共事業費の占める割合も高い状況である。社会資本ストックの水準を高める施策は,社会保障関連の負担が増す高齢化社会の到来前に適切な水準を確保する必要性からも重要なものであるが,最近になり新たな課題が生じている。すなわち,大幅な貿易黒字解消を図るための内需振興に対応した公共事業費の増大と公共事業への外国企業参入に係るものである。内需拡大と社会資本整備を促進するため昭和61年には「民間事業者の能力の活用による特定施設の整備の促進に関する臨時措置法」(いわゆる「民活法」)が制定され,公共事業に民間活力が導入されることとなり,みなとみらい21等が具体的に事業化されている。一方,他事業と同様に国際的な自由化の高まりの中で,関西新空港等への外国企業の参入が認められ,事業実施過程での国際化の波が公共事業の全体運営にどのようなインパクトを与えるかが官庁及び建設業界を含めて検討されている状況である。

 こうした内外の公共事業を巡る環境変化を勘案すると公共事業のより効率的,効果的な執行が一層重要になっていると思われる。もとより事業執行には調査・計画から事業実施及び監理・維持の各段階・システムがあるが,社会資本整備が舗装率を高めるといった単なる量的水準の確保を図ることから良好な社会生活環境を構成する基盤造りへと移行しつつあるため,本稿では事業の実施による社会・経済効果に着目し,その評価システムを財政監督の見地から検討することとする。

 2 公共事業の性格

 (1) 公共事業の現状と特性

 公共事業の原語は「public works」であるとされるが,これが公共財の生産にかかわる活動という意味より狭い概念で用いられるため,理論と実務が一致しない特異な用語となっている。実務面でも政府関係機関を含むか含まないか,あるいは,文教施設整備を含むか含まないか等で官庁統計でも事業量を「公共事業費」,「一般政府固定資本形成」,「行政投資」,「公共投資」等といった異なった概念(注1)で把握している。このため本稿では,以下の検討を行う便宜上,国の一般会計歳出科目の公共事業関係費及び産業投資特別会計社会資本整備勘定の公共事業関係費(以下「公共事業関係費」という。)として区分される事業をさすものとする。

 公共事業関係費の目的別分類を昭和40年度から63年度まで時系列的に概観すると表1のようになるが,これによると住宅・下水道等の生活関連基盤の比率が増加しつつあるものの,近年になり各目的とも安定的な割合を占めていて,昭和40年度以降事業費は道路,農業基盤及び治水の順になっているのが特徴といえる。

 ところで公共事業の効果を評価するのに際し,その特性を整理すると次の5点を挙げることができる。すなわち,①公共財−国土防災等は消費の集団性(サービスの非競合性)と非排除性(料金支払者に受益者を限定できない)という純粋公共財を構成すること。②巨額の投資−プロジェクト単位当りの投資規模が大きい。このことは同時に実施可能な事業が限定され,また,事業期間を長くする。③効用期間が長い−施設によるサービス・ライフが長い(換言すれば整備施設の改廃は困難)。④価格弾力性が小さい−有料道路等の使用料を徴収する準公共財では,基礎的需要に係るため,需要変動は価格変化に対し小さい。⑤外部効果が大きい−当該施設の直接利用者以外に与える地域経済の発展等の外部効果の比重が高い(間接的に生産活動に寄与)。

表1 事業別配分の推移

 (2) 効果の分類

 公共事業の効果は,事業が計画され実施される過程で生じる効果と事業による整備施設がもたらす効果に区分することができる。前者は,事業実施に伴う各種建設資材の需要増大及び雇用機会の拡大等をもたらすもので「有効需要創出効果」とも言われるが,事業完了後には消滅するためフローの効果である。後者は,完成した施設の供用により発現される効果で「施設効果」,「利用効果」と称され,前者が他事業でも生じるのに対し事業本来のストックの効果といえるが,直接の施設利用者が受益するか否かで直接効果と間接効果に分類される。したがって,前者は短期的な景気調整等の経済政策の意味が強いのに対し,後者は長期的な構造変化・国民ニーズの充足を満たす社会政策の側面をもつ。また,効果の帰属先に応じて,受益者の階層(利用者,家計,企業,自治体,国等)によっても分類することができる。

 (3) 事業の性格による分類

 公共事業は,前述したような共通の特性を有するが,効果の評価においては具体的な事業の性格を把握しておく必要がある。道路事業と言っても,現道の歩道設置から東京湾横断道路のように種々のタイプがあり,これを一元的尺度で評価するのは妥当でないからである。ここでは事業の性格を次の4点に分類することとする。

 ① 事業規模−事業費の多寡による区分であり,その大きさに応じ大規模プロジェクト,通常プロジェクト及び小プロジェクトに分類できるが,一般的に事業費の大きさとインパクト(受益)が及ぶ範囲は,時間的及び空間的(地域の広がり)に比例することに留意しておかねばならない。

 ② 事業内容−事業の内容が単一か複数か,例えば河川改修のみを行うか,又は,これと同時に土地改良を行うかによって単独事業と複合事業に区分できる。我が国では事業内容に応じ事業主体が異なるため,複合事業を評価するには複数の会計主体を対象にすることとなる。また,単独項目であっても××道路改良工事か△△地方道路事業といった事業を構成する単位に応じて会計主体のレベルが事務所,地方ブロック局,本省と変わることになる。

 ③ 事業目的−公共事業は間接的に生産活動に貢献するものであるが,その貢献方策により,現況保全(問題追随型),生産過程の効率化(問題解決型)及び共通生産基盤整備(価値創出型)(価値が生産的か非生産的かで2つに区分される)に分類できる。もとより事業は複合目的を有するため,どの目的が重視されるかで区分される相対的なものに止まることを忘れてはならないであろう。

 ④ 事業期間−①の事業規模とも関連するが,この分類は個別事業の規模の如何によらず計画期間の長さで,長期計画の事業と短期計画の事業に区分される。一般には長期計画は個別事業レベルでなく全体事業レベルで策定されることが多い。

 以上の関係を示すと図1のようになる。

図1

 3 評価システムの現状

 (1) 評価の制度上の位置付け

 公共事業の効果の評価については,最近話題となっている整備新幹線の着工を巡る効果試算を思い浮かべる方が多いと思われる。確かに新幹線については,全国新幹線鉄道整備法施行令第2条第2号で基本計画決定のため「所要輸送時間の短縮及び輸送力の増加がもたらす経済的効果」を調査することとなっている。一方で財政・公共経済学に関心がある方は,我が国の評価システムは極めて不備で,PPBSの導入失敗に見られる如く科学的な投資の意思決定の点で遅れていると指摘する向きが多かろう。しかしながら,現実の行政で効果の定量的評価が何らかの形で採用されているのは想像以上に多いのである。

 まず,法律,政令,要綱等の根拠規程を有するのは表2のものがある。これらのうちでも,土地改良事業は最も歴史があり,昭和24年から行政上の手続きとして採用され,事業実施に当たっての基本的要件を判定する一要素となっているのが注目される(注2)。また,法令等の根拠規程を有しないが計画案の検討段階で行政の内部資料等として効果の評価がなされているものも少なくない。本四架橋による年増加生産所得額が3,140億円(昭和55年価格)と試算され,マスコミ等で報道・発表されるのはこの具体事例であり,その他空港,道路のバイパス改良等でもなされている。もとより後者の場合には,全ての事業について行われるものではなく,前者の場合でも西ドイツの連邦財政法(Bundeshaushaltsordnung)第7条に基づく費用便益調査(Nutzen-Kosten-Untersuchung)が一定額以上の事業につき事前と事後を通じて行われる(注3)のと異なり,事前の計画段階の評価に止まっているのは評価システムの「未成熟」と言えるかも知れない。

図2

 こうした評価システムの実状を前章で述べた事業分類に関連してコメントすると次のように整理できる。まず事業規模については,新幹線,多目的ダム及び国営土地改良は大規模プロジェクトの性格を有し,制度化されており,これ以外の大規模の高速道路,空港等も内部検討として評価が行われる例が大半であるが,小規模事業では制度化されているのを除き内部資料等としても実施されていないのが多い。次に事業内容では,法制度が原則として事業単位で構成されている(道路法,河川法,土地改良法,港湾法等)ため,単独事業につき評価がなされる場合が多いが,複合事業であっても地域総合開発(振興)を目的とする場合には,制度に裏付けられなくても評価が内部検討等としてなされることがある。一方,事業目的との関連でみると,保全事業では治水と下水道が制度化されているが,下水道については,汚濁負荷量の低減を試行的に算定するに止まり効果の評価手法は確立されていない。効率化事業は,その多くが交通プロジェクトによる流通コストの削減を目的とするもので,一般有料道路,新幹線が法令上の規定を有する外,他事業でも重要なプロジェクトについては,計画検討の際に評価がなされている。また,価値創出事業のうち生産基盤に働きかけるものでは土地改良が制度化されていて,非生産的価値にかかるものは,民生・福祉の側面を有し,評価自体が困難なこともあって,評価は原則として行われていない。最後の事業期間については,制度化の有無に拘らず結果的に事業期間が長くなる大規模プロジェクトを除き,個別事業単位の短期計画につき評価が行われるのが通常で,長期計画の評価は道路整備5箇年計画の参考資料作成として行われているに止まる。これは,計画的な社会資本整備と予算編成とを有機的に関連させるという計画行政の見地からは,好ましくない状況と言える。

 (2) 評価目的

 我が国における評価システムは,事前の計画段階のものであるが,これらシステムが適用される事業の制度又は事務手続きに占める位置付けは同一でない。評価システムの分析,事後評価への活用を検討する前にその目的を明確にしておこう。

①投資案の選択−投資案の選択は財源が限定されるため行われるが,これにはA案かB案かという排他的代替案からの選択と複数事業が可能な非排他的代替案から優先度を決定するものがある。前者の具体例には鉄道,道路の路線選定及び下水道配管網の選択が,後者には投資効率の高いものから事業を採択する方法が挙げられるが,効率以外の要素も勘案されるのが通例である。

②投資規模の妥当性−事業の選択とか採択を直接目的としないで,決定された投資案がどの程度の経済効果を有し,事業費との関連で規模の妥当性を確認するものである。それゆえ,測定される経済効果<事業費の場合でも事業はなされる。治水事業の経済調査はこの例に該当する。

③準公共財の利用料金算定−公共財の非排除性及び集団性を満たさない準公共財は,特定個人に帰属する便益を限度として利用料が徴収されるのが原則であるため,直接利用者便益が経済効果として測定される。一般有料道路の利用料金算定はこの例である。

④社会的合意の形成手段−投資の合理的な意思決定というより計画案の円滑な実施のため地元住民を含めた各般の合意,利害調整を目的に制度に基づかないで評価がなされるもので,大規模プロジェクトで多く実施される。多目的ダムの事業費を各用途の効用に応じ配賦するのは,この側面を有する。

 (3) 評価手法

 公共事業の評価手法は,先述した効果の分類に従って,ストックの効果は費用便益分析又は計量経済モデルが,フローの効果は産業連関分析が一般に用いられている。これらの方法は,いずれも評価対象の事業の実施された場合と実施されない場合の差として効果を把握する(with and without comparison method)ものである。

 ① 費用便益分析−これは事業の実施及び事業により整備される施設が効用を発揮する一定期間(計算期間)に生じる費用と効果を貨幣換算した便益を対比して,投資案を分析・評価するものである。具体的な評価基準は費用便益比,純現在価値(便益及び費用を現在時点に割戻した差額)及び内部収益率(純現在価値が零となる割引率)の3種類があるが,我が国では費用便益比で評価される場合が多い。費用便益分析の詳しい説明は専門書に譲ることとし,以下事業費ベースで大きな割合を占め,かつ,前記の各目的別分類を代表する道路,治水及び土地改良の各事業に適用されている方法を概観してみる。

a 道路事業 制度的には,一般有料道路(注4)の利用料金が道路整備特別措置法第11条第2項で料金の額が当該道路の通行又は利用により通常受ける利益の限度内とされている(便益主義)のを受けて便益の測定が行われている。これは,一般有料道路が代替一般道路(現道)の存在を前提にしていることから受益者負担原則に基づき料金徴収されるものである。具体的には同法施行令第1条の7第1項で「通行若しくは利用の距離若しくは時間の短縮,路面の改良,屈曲若しくは勾配の減少等道路の構造の改良又は通行若しくは利用の方法の変更に伴い・・・通常節約することのできる額を超えない」とあるのを受け,走行便益及び時間便益と称される2つの直接効果に限定して測定される。ここで走行便益とは,現道に比べ勾配,カーブが緩和される等のため燃料費,タイヤ減耗費等の走行費用を節減できる効果であり,時間便益とは,現道より区間距離が短縮されたり走行速度が向上することで走行時間を短縮できる効果である。したがって,算定される便益は,当該有料道路区間にかかる利用車両当りの現道利用車両に対する輸送費用の開差額という相対的効果である。このことは,将来の経済環境以外にも現道の整備水準によって効果が影響されるという不確実性を生じる。後者は,現道改良によって一般有料道路の速度,距離等の相対的優位性が変動し,同時に当該有料道路整備が現道の混雑緩和をもたらし,現道利用者の便益を増加する「技術的外部効果」を生じ,この点からも事業実施の有無という効果概念と異なることに留意しておく必要がある。

 一方,国道等の一般道路については,地方開発路線要件の判定基準として費用便益分析が規定されている(「都道府県道の路線認定基準について」(昭和46年建設省道路局長通達)第3参照)を除き法令の規定に基づくものはないが,大規模バイパス等につき直接効果を中心に評価されている。この場合には当該道路整備のあるときと無いときの交通状態を推定し,両者の輸送費用の差をもって効果を評価しているのが多い。すなわち,インパクトが及ぶ地域に係る道路交通を整備がある場合と現況のままの両方につき推計し,走行便益は両者の総走行台キロの差に走行経費原単位を,時間便益は総走行台時の差に時間評価値をそれぞれ乗じて算定している。そして計算期間に係る建設費及び維持管理費を基準時点に割り戻した費用と便益との比率で代替案の検討等がなされるのが通常である。

b 治水事業 河川砂防技術基準(案)の治水経済調査に基づき国の直轄管理区間につき効果の測定が行われているが,前述したとおり,事業効果を算定して合理的な治水計画を策定するためでなく,現計画の妥当性を確認するのに止まっている。具体的に測定される効果は,直接効果である保全効果(治水施設による有形資産の被害軽減効果及び生産活動が水害から防御され維持される生産減少防止効果)の一部,すなわち被害軽減効果と生産減少防止効果のうち営業停止損失防止効果に止まっていて,間接効果である水害防除による農地への活用等土地の生産性を向上させる高度化効果は測定されていない。治水事業の第一義的な目的が保全にあるとしても,高度化効果という価値創出の側面も有することに留保しておく必要がある。

ところで,治水事業は洪水に伴う自然災害を施設でもって防除又は軽減するものであるが,対象とする洪水は何年かに一度生起する確率現象で,平常時には災害をもたらす訳ではなく,むしろ適正な流量の確保が河川機能及び景観の点から必要とされている。したがって,治水事業の経済効果は,計画高水流量に対応する治水施設と現況施設の場合における被害額(営業停止損失を含む)の差を年平均被害軽減額という期待値に換算して求められる。これは計画高水流量が年超過確率に対応する計画降雨から算定され,計画高水流量が毎年生起するものでないからである。すなわち,年平均被害軽減期待額(ERD

数式

 ここで

 Ni: 流量Q i〜 Q i+1の年平均超過確率

 Di : Q iQ i+ 1の平均被害額

 Qm : 計画高水流量

 Qo: 現況施設対応の無害流量

 一方,評価は上記被害軽減期待額から年維持管理費を減じた年便益と,整備事業費を施設の耐用年数期間に割り戻した年費用を比較して経済効果の観点から投資規模の妥当性を判定している。ただ,我が国では10%の面積の河川氾濫区域内に人口が約1/2,資産が約3/4も集中している特性から,保全対象区域への資産の集中・増大が名目的な投資効率を高め,治水安全度の向上に結び付かない虞があるから,評価尺度としては必ずしも適切でない場合がある。また,河川の自然公物としての性格及び超過確率の改訂に伴う暫定供用という施設の特殊性と同時に,測定対象が計画高水流量に対応する完成断面時の保全効果という性格に留意しておくべきであろう。

c 土地改良 土地改良事業の経済効果は,土地改良法施行令第2条第3号及び第4号の規定で,「すべての効用がそのすべての費用をつぐなうこと」及び「負担することとなる金額が・・・負担能力の限度をこえることとならないこと」と規定されているのを受け,この要件を満たしているか否かを判断するため測定・評価がなされている。土地改良事業の効果の分類には種々のものがあるが,実務的には農業内部に帰属する効果と外部に帰属する効果に区分し,前者のうち直接的効果を中心に測定されている。すなわち,事業の実施により水利及び土壌条件等の農地の基礎的ポテンシャルが増大し,作物生産が増加したり機械化の導入によって営農経費が低減したりする効果である。具体的には,事業の実施前(現況)と実施後の営農体系に基づき,両者の差でもって効果を算定しているが,効果項目としては作物生産効果,営農経費節減効果,維持管理費節減効果,更新効果,走行経費節減効果,災害防止効果,国土造成効果が挙げられる。

 上記効果は土地改良の各種事業(かん排,ほ場整備,農地開発等)に共通して発生するものではないが,以下の議論の参考のため代表的な効果である作物生産,営農経費節減及び維持管理費節減効果について算定方法を示すと次のとおりである。

  • 作物生産効果=作物毎の生産増減量×生産物価格×純益率+効果発生量×生産物単価上昇額
  • 営農経費節減効果=(単位面積当りの現況と計画の営農経費差額)×効果発生面積
  • 維持管理費節減効果=既往年平均経費−計画年経費

 一方,事業要件の評価はこれらの効果と事業費等を基礎として算定される投資効率及び所得償還率の2つの評価基準を基準値(1.0及び0.4)と比較して行われる。すなわち,

 投資効率=妥当投資額/総事業費,

 所得償還率=年償還額/年増加所得額,

 ここで,

数式

で示され,投資効率は費用便益比に相当することから1.0以上が要件で,また,所得償還率は農家の国等の財政援助を除いた事業費負担金の償還可能性を検討するための指標で,農家の限界貯蓄性向とされる0.4以下が要件とされている。なお,増加所得額の算定は効果額の算定に準じて行われるが,作物生産に関する家族労賃等は農家支出を伴わないことに鑑み増加生産所得については異なることとなる。

 このように事業の評価が効用と農家所得につきなされるのは,農業基盤の超長期的性格及び農業の私企業性に対応して,投資効率で国民経済的効果,所得償還率で農家経済効果の測定を行う必要性があることによるとされるが,土地改良事業の評価で特筆される点は,効果測定の義務付けの外,手続の公開・民主の原則と効果の他律性である。すなわち,事業申請には,2/3以上の同意を要し,事業計画は公告・縦覧されることとなっていて,また,効果は基礎的ポテンシャルの向上した農地に対する農業者の働きかけによって大きく左右されることである。

 ② 計量経済モデル これは公共事業の生産,消費活動等へのインパクト(地域生産額,人口,雇用,税収等)を計量経済学に基づくモデルにより推計するものである。計量経済学は現実経済を経済理論に基づきモデル化し,その計測に統計理論を活用するものであり,公共事業の経済効果の測定・評価に応用されるのは次の理由による。(イ)費用便益分析は投入及び算出に係る価格が一定,すなわち,限界効用及び限界費用が不変と仮定しているが,大規模プロジェクトでは価格変化を生じることをある意味で目的としていること。(ロ)地域開発効果等の間接効果には直接効果の移転項目もあるため,全体の経済効果を計測するのに直接効果と間接効果を単純に加算できない場合があること等である。

 このため現実に本モデルを用いて測定されているのは,本四架橋等の大規模プロジェクト及び道路整備5箇年計画の経済効果であるが,交通施設整備のように輸送費の節減を通じて生産過程に波及するメカニズムを説明する理論モデルが前提となるため,適用は限定されており,法令等で評価方法が制度化されているものはない。

 ③ 産業連関分析 これは公共事業の実施途中において生じるフローの効果(有効需要創出効果)を測定するための手法で,計量経済モデルの一種でもある。すなわち,事業実施によって建設資材等の原材料及び作業員等の労働力需要が拡大することに伴う生産への波及効果及び誘発された生産による付加価値増大(所得)が消費を増大させ,これが再び生産にインパクトを与える波及効果というように効果が次々と波及していく現象を産業連関表を活用して測定するものである。したがって,一定以上の事業規模で地域経済にインパクトを与えるものについて計測され,産業連関表が地域ブロック単位という制約もあって,現状では大規模プロジェクト等につき適用されている。

 4 業績評価の視点

 (1) アプローチの方法

 公共事業の業績評価を考える場合には,それが事後評価の性格を有するものの評価の観点をどこに置くかによって種々のアプローチがある。すなわち,「誰のため」,「何のため」,「いつ」,「誰が」,「どの範囲で」,「どのようにして」,「どの位の水準で」といった各項目をどのように組み合わすかにより評価の態様が規定されると考えられる。換言すれば,「誰のため」は被報告主体の特定化(会計主体,議会,国民等)に係るもの,「何のため」は評価の目的をどこにおくか(会計責任の検証,資源管理の改善・効率化,モニタリング等),「いつ」は評価の時点に係るもの(事前,期中,事後)であり,また,「誰が」は評価主体の社会的関係を示すもの(第三者,会計主体帰属者,議会,国民等),「どの範囲で」は評価客体(対象)につきどのレベル(政策,施策,事業等)を扱うか,「どのようにして」は評価の方法・手続に係るもの(外在的規範,自己導出規範等)であり,最後の「どの位の水準で」は評価の精度・信頼性等の品質(高,普通,低位等)に係るものと整理できる。事後評価に区分される概念には,業績評価の外,監査,調査,コンサルティング等があり,これら概念の統一的定義は確立されていないこと及び本稿は外部監査に論点を限定せず,広く財政監督の見地から公共事業の評価を考察する趣旨であることから,上記概念を包括した形態で業績評価の意義等を検討していくこととする。なお,各概念のイメージを明確にするため,視点により区分したものを参考までに示すと表3のようになる。

表3 事後評価のパターン(1)

 (2) 評価の意義と手法

 業績評価システムの検討に際し,種々のアプローチがあることを示したが,何よりも重要なのは評価にどのような価値・意義があるか,また,機能すべきかということである。評価システム及び手法は,評価の目的・機能を明確にして初めて考察し得るものである。それでは,業績評価の目的・機能は何であろうか。これについても見解が一致していないが,①会計責任(アカウンタビリティー)の検証,②資源管理の改善・効率化及び③モニタリング・情報提供の3点を挙げることができる。会計責任の検証とは,資源の受託者と委託者の関係から受託者たる会計主体が資源を適切に管理したか及びその結果を報告する責任を果たしたかを検査して証明するものである。会計主体自らがその活動結果を委託者に報告したとしても,その内容が適正・真実なものか否かがチェックされなければ委託者は活動成果の判断ができないか又は誤った判断をする恐れがある。財務諸表監査に見られる会計情報の信頼性保証機能はこの代表的なものである。ただし,今日では監査分野でも,後述するように情報の証明から内容自体の妥当性検査に拡大しているのに留意すべきである。次の資源管理の改善・効率化とは,具体的な機能面から言えばフィードバック及び修正行動を伴うものである。すなわち,業績につきインプット及びプロセス等を分析して,より効率的,合理的な資源管理方策がないかを検討し,必要な場合には計画等へフィードバックして,計画の見直し,業務手続の改良あるいは人事考課への反映等の修正行動をなすことである。会計責任の検証が事後的な結果をインプットからアウトプットへと追跡する過程であるのに対し,これはアウトプットからインプットへの橋渡しをするという将来に向けた過程の側面が強いこと及び会計主体に対する直接的作用である特質を有する。また,モニタリング・情報提供とは,会計主体の活動を継続的に監視することでプロセスの状況を把握し,その適正化を確保(不正等の牽制・予防)すること及び会計主体が充分な会計責任を果たさ(せ)ないことから報告されない成果に関する情報を会計主体に代わって委託者等の意思決定者に対し補足的に提供したり,会計主体の報告内容の理解を助けたりする一種の情報「翻訳」を行うことである。以上の説明から明らかなように3つの目的を全うするためには,評価主体が会計主体の内部に立ち入れる権限と同時に会計主体から独立していることが必要であるといえる。

 上記の業績評価の目的・機能は,問題の明確化,調査,分析,計測,評価(判定)という過程を経ることで事前評価と共通性をもつが,既に生起した事象を扱うため,異なる特質も有する。すなわち,事前評価では,合理性と同時に決定性(是か否か)と合意性(何を,どのように)が重要視されるのに対し,業績評価では,結果の分析及び評価が問題とされ,また計測・評価モデルが独自に開発される場合もある。したがって,業績評価のシステムを手法との関連で考える場合には,こうした評価目的・機能の差異を踏まえた検討が必要と思われる。

 (3) 評価システムと評価目的との関連−現行システムの課題−

 ① 会計責任の検証

  イ 会計責任と会計主体 会計責任は,理論及び実務面においても未だ統一的な概念定義が確立していないが,行政に関しては,財務・法的会計責任,経営管理責任及びプログラム会計責任に区分することができる。財務・法的会計責任とは,財務に関する法令等(会計基準を含む)を遵守することであり,経営管理責任とは,会計主体が適切な資源管理を行う責任であり,また,プログラム会計責任は,会計主体が施策・事業の所期の目的を達成することである。公共事業の経済効果は,景気調整の見地からの有効需要創出効果であれ,社会資本ストックの整備による地域経済の振興,サービス水準の向上であれ,それは事業実施によるインパクトとして生じるものであるため,上記会計責任の分類としては主にプログラム会計責任に対応するものである。したがって,プログラム会計責任は,事業目的が明確で,かつ,効果が事前に測定されている場合には,事前モデルに準拠して検証することができるが,事前に評価システムがない場合には,評価主体の方でモデルを開発しなければならないため,会計責任の検証が制約される場合がある。但し,プログラム会計責任は,法令等で一定の経済効果を発現することが事業採択要件等として規定されている場合には,法令等に適合しているか否かという財務・法的会計責任の検証を通じても評価できることに留意しておく必要がある。

 また,会計責任は事業の性格に応じて当該責任を負うべき会計主体を限定して検証されなければならない。すなわち,評価ユニットの特定化である。事業内容が単一であっても,評価対象が全国レベルの事業か個別事業かによって,会計主体も現場の事務所,地方ブロック機関,本省庁と変わることとなる。一方,事業内容が複合化する場合(山村振興対策事業,新住宅市街地開発事業など)とか単一の事業内容でも他事業と相互依存関係が強い場合(治水と下水道事業及び土地利用規制,土地改良と農業普及指導,営農の集団化,機械化事業など)には,会計主体を統合することが必要となる。ただ,いずれの場合でも現行システムでは原則として事業主体単位で事前評価が行われているため,こうした会計主体の統合化による会計責任検証は実務的には困難な点がある。

  ロ 要因分析 公共事業の各事業主体は,自己の権限・裁量の範囲において会計責任を負うため,効果の検証を行うには成果のうち行政活動による部分をまず特定化しなければならない。すなわち,経済効果を含めた成果は,概念モデルとしては,成果=計画×努力×環境 として表現できるが,会計主体で統制可能な(裁量権限がある)ものは計画と努力であって,環境は統制不可能な制約要因とみなされる。(但し,計画も上位の経済計画とか全国総合開発計画のようなものは,個別の会計主体の統制範囲を超える。)計量経済モデルによる経済効果の検討において原油価格,為替相場,労働力人口等を外生変数として処理するのも,政府でコントロールできない要素が含まれるためであるが,事業による効果を正確に推計するには,かかる環境に係る変数の的確な予測が重要である。実際のところ,計画の予測値と実績値との誤差は「計量経済モデルそれ自体は相当程度の予測精度を示しているのに対し,これらの誤差は外生変数とくに政策変数の想定の乖離に基づくものの多いことが見出された」(経済審議会計量委員会報告(昭43・9))とあるのは過言ではない。たとえば,治水事業の効果は被害軽減期待額として評価されるが,これを事業実施前と後の(想定)被害額の差として算定し,これを計画値と対比するのは適切ではない。なぜならば,被害額が外力と資産状況及び治水施設の整備水準によって規定されるとすると,実績の被害軽減期待額ΔD1は次式で示されるが,外力とか氾濫想定区域内の資産状況は事業実施期間中に変化するのが通常で計画時の想定と異なるため,治水事業以外の要因が想定被害額の開差に影響することとなるからである。すなわち,

ΔD1={fF0, C0, G0)-fF1, C1, G1)}
   ={fF1, C1,G0)-fF1, C1, G1)}
      [治水事業による部分]
   +{fF0, C1,G0)-fF1, C1,G0)}
      [外力の変化部分]
   +{f(F0, C0,G0)-fF0, C1, G0)}
      [資産状況の変化部分]

 ここで,f:被害関数,F:外力,C:資産状況,G:治水施設,0:整備前,1:整備後

であって,事業主体が経済効果につき会計責任を負うべきものは上式の第1項であり,第2及び3項は環境要因である。したがって,ΔD1を計画値ΔD0=fF0, C0, G0)-fF0, C0, G1)と対比するのは,事業主体側で制御できない環境要因がΔD1に介在しているため,これにより効果を評価するといわゆるモラル・ハザード(「道徳的危険」と訳されるが,業績評価では情報の非対称性,すなわち,評価者と行為者間の情報格差を利用して,良好な成果を自己の努力,逆に悪い成果を環境のせいにする利得性向をいう。)を生じる虞が出てくる。具体的に言えば,上流域での宅地開発等が保水機能を低下させることによる洪水到達時間の短縮及びピーク流量の増大,並びに下流域での人口集中等に伴う資産価値の事業期間中における増加は,洪水被害防除を治水施設の整備により行う事業主体において直接制御し得ないものである。このため,上記要因で実際の治水安全度が計画より低下しても,それを事業主体の責任に帰するのは適切でない。もっとも,環境要因でも「流域主義」といった概念を導入して,土地利用規制等のソフトな施策とハードの治水事業を組み合わせ複合化したものを会計主体とみなすと,環境要因も政策手段として制御可能になる場合もあることに留意すべきである。

 ② 資源管理の改善・効率化

  イ 事業実施途中 公共事業は投資規模が大きいものが多いため,事業期間が一般に長くなる。このため,事業実施途中において計画策定時で想定されなかったような社会経済情勢の変化が生じ,事業自体の価値や経済効果に影響を与える(食糧増産を目的として着手された中海干拓事業の休止は代表例)ことが少なくない。オイルショック等はまさに予測し得ない例であるが,事業期間が10年以上となると,経済変動はなくとも人々の社会選好が変化すると考えてよいから,経済効果につき事業途中で感度分析を行うか,再測定して計画の見直しをする意義は高い。また,当該事業の効果が個別事業相互間又は他事業と密接な関連を有する場合(ニュータウン建設とアクセス交通施設の整備等)には,事業の遅延がどれだけ経済効果に影響するかを関連事業をプールした費用便益分析を行って検討し,その結果に基づき,相互の事業進捗度を調整することにより投資効率を向上させることも重要であろう。

  ロ 事業実施後 公共事業は固定施設に係る整備であり,改変が困難である特性から,事業完了後における管理の効率化は制約を受ける。しかしながら,当初の計画で想定した目的がその後の環境の変化で妥当性を低下しても,事業途中における修正がなされなかった場合には,施設は現に完成して存在するのであるから,建設投資はサンクコスト(埋没原価)とみなして整備施設の有効活用を図ることが肝要である。たとえば,青函トンネルは北海道新幹線対応断面で完成したが,東京〜札幌間の旅客輸送(鉄道+航空)の96%を航空が占める現状では,新幹線による旅客輸送は合理性を欠くであろう。建設費(利息を含む)の実績に基づき年間の資本費と管理費を算定して,利用方策を検討することが必要である。また,治水事業とか交通プロジェクトは,ピーク需要に対応した容量で整備されるため,平常時には施設に遊休部分が生じ,この状態時に付加価値を高めることも検討の要があろう。以上の観点は,事前評価モデルと直接の関係はないが,施設の潜在的ポテンシャルを高める施設の整備,たとえば土地改良事業では,整備後の管理により経済効果が規定される部分が少なくない。この場合には,作物体系の変更等で投資効率を向上させることが重要であって,事前評価モデルに準拠した検討が戦略的意義を有する。

  ハ 一定期間経過後 施設の供用による効果が安定状態に達した以降では,構造的変化とか異常な社会変動等による環境変化を除き,管理面での改善の余地は少ない。このため,事業実施過程へではなく,計画・予測へのフィードバックを図ることが肝要であり,評価・測定モデルの改善を図ること及び効果発現のメカニズム解明が業績評価の主な機能となる。モデルの改善とは,評価目的への適合性及び予測精度の向上を図ることであり,国民経済的見地からの評価となっているか,財政援助措置の合理性を保証するものになっているか等に問題がある場合に見直すことである。先の土地改良事業は農業生産の安定及び価格の低減に寄与するという国民経済的効果に財政援助の根拠を有するが,現行の評価モデルは農業内部に帰属する効果を測定することになっていて理論的整合性が充分とは言えない。一方,効果発現のメカニズム解明は計画段階でもある程度組み込まれているが,未知又は期待的な部分が含まれているのが通例であるため,かかるメカニズムを解明して,モデル自体の改善に止まらず事業効果を向上させることに資する必要性をさす。特に,大規模プロジェクトは,地域社会・経済構造に構造的変化を生じさせることにより地域振興を図るものであるが,この構造変化は,過去のトレンドに基づく「成長」概念では把握できないもので「自己組織化」(外部からのインパクトがなくとも組織体内部の変革により発展することであり,都市の集積化現象はこの例である),「情況依存性」(同種プロジェクトを類似環境の地域に実施しても,ある地域では顕著な効果,別の地域では効果がないといった事態)と言われる要因の解明が必要となる。高速道路開通に伴う工場立地も,インターチェンジからの距離が短い場合に多いのは事実であるが,傾向として見受けられることと因果関係があることとは区分しておかねばならない。計画へのフィードバックとは,構造変化の因果関係が解明されて初めて可能なものであるのである。以上に関連して,各種事業の組合せや実施時期の差異による効果の程度を把握して,複合事業の計画・調整に資することも重要である。

  ニ モデルの評価基準 業績評価を通じたモデルの改善に際しては,モデル自体を実績に基づき評価する必要があるが,計量モデルの一般的な評価基準としてはGAO(米国会計検査院)の指針(注5)が参考になる(図2参照)。これによると評価基準は,(a)文書,(b)妥当性,(c)コンピュータモデルの検証,(d)保守及び(e)利用が挙げられている。(a)は,説明文書と技術文書に大別され,明確,完全及び簡潔性が基準であり,また,(b)は,理論上の妥当性(モデルの基礎理論,前提条件の吟味,定量化できない要素の勘案及び理論モデルから数理モデルへの転換等),データの妥当性(原始データの正確性,完全性,不偏性,データ加工)及び操作の妥当性(モデルの予測誤差等)に区分される。一方,(c)は,数理モデルの記述・定式化のコンピュータ処理,プログラムの正確性及び重要な変数及び関係の包含性等が具体的基準として示され,(d)は,検証(モデルの正確性検証計画等)及び更新(パラメーター又はモデル構造が変化したか否かを決定する情報を収集,分析する手続の確立等)に二分される。最後の(e)に係る基準は,データの利用可能性,アウトプットの理解可能性,他のコンピュータシステムへの移転可能性及び計算時間・費用等が挙げられている。公共事業の評価モデルに用いられている費用便益分析のレビュー基準に本指針を適用すると,モデル自体は複雑なコンピュータ処理を要する部分が小さい(前段の将来交通量の推計等はコンピュータモデルそのものであるが)ため,妥当性に関する基準が主要なものとなる。具体的には,

i)費用及び便益の範囲(費用と便益との相当因果関係の成立,漏れ又は重複)

ii)原単位(算定使用データの客観性,信頼性) iii)前提条件(モデルの前提・仮定の妥当性,現実性)

iv)評価の観点(国民経済的見地の考慮等)が挙げられる。上記基準に照らし現行の評価モデルを検討すると,治水事業の費用が直轄管理区間に係る事業費に限定されていたり,土地改良の増加所得額が営農時間短縮の労賃相当額となる前提条件,あるいは,一般有料道路の便益算定が当該道路利用者の現道(代替道路)利用者に対する輸送費節約額であることからくる技術的外部効果によるバイアス等については,モデルに改善・検討の余地があると言える。

表2 経済効果の評価制度

 ③ モニタリング・情報提供

  イ 監視による統制機能 会計責任の検証とかフィードバックは,公共事業の実施を受けてなされるものであるが,これは事業と並行してその実施の適正な執行を確保・保全するものである。監視(モニタリング)は必ずしも外部報告のための情報システム(たとえば財務会計)によらなくとも可能であって,特定の項目に限定して情報を収集,分析することによって,会計主体の活動を間接的にコントロールすることができる。フィードバック,修正行動と異なり,直接のインパクトを会計主体に与えるものではないが,常時監視の牽制機能及び早期のフィードバックへの連接は評価されてよい。ただし,モニタリングを常時行うコストは一般に無視できないため,項目を限定したり(リスクによるサンプリング等)他のシステムを活用(財務会計と管理会計との一体化等)して,コストの節約を図る必要性がある。現行評価システムでは事業の適性執行を図る牽制的側面が強く,経済効果に影響する要素に着目した監視が少ない(事業費管理に止まる)のは残念なことである。

  ロ 情報の非対称性の除去 これは上位者と下位者の間における情報のギャップを埋め,上位者の意思決定に下位者のローカル情報を反映させることである。したがって,会計主体内部のマネジメントコントロールの改善という側面と外部委託者と受託者たる会計主体間の「透明性」向上という側面があるが,公共事業では後者の側面が重要である。公共事業の経済効果は,その算定自体極めて技術的,専門的内容を含んでおり,議会及び納税者の意思決定に資するには経済効果に関する正しい理解が必要であって,ここに第三者による業績評価による効果情報の「翻訳」機能の意義がある。すなわち,意思決定者の情報アクセスにおける「技術的遠隔性」の代理行為といってよい。具体例を挙げれば,治水事業の被害軽減期待額算定上の氾濫水理計算の前提条件及び方法は,河川工学の専門的知識がない者には効果の期待値概念と並んで理解が困難なものである(水害訴訟での計画高水流量,工事実施基本計画をめぐる瑕疵論争の背景となっている)。また,道路整備五箇年計画の経済効果の「間接効果」において,有効需要創出効果が生産力拡大効果と合わせてGNP増加とされているが,需要創出効果は,道路投資に固有なものではなく,他の公共事業でも生じるという経済学の知識がないと経済効果の判断を誤らせる虞がある。特に,計量経済モデルによって測定される地域生産額増大等の経済効果は,モデルの構造,理論前提を知らないと数値がモデルの目的を離れて評価される危険性があるため,意思決定者に代理して行うブラック・ボックス化回避行為は情報公開の見地からも価値があると思われる。

  ハ 成果情報の提供 これは政府活動の非自律性に起因する成果情報の会計システムの不備を補うため,業績評価による効果の客観的情報を意思決定者に提供するものである。ロは情報自体が報告されていたものを翻訳・補足するのであったのに対し,新規情報を報告することで会計責任を補完するものである。公共事業においても,白書,各種業務統計を通じて議会,国民に報告されるのは,整備計画の進捗率とか事業量に関するもので,経済効果の実績は報告されていないから,業績評価による効果の測定・報告機能は会計補完としての意義を有する。また,②のフィードバックとも関連するが,地価高騰に伴う事業費(用地費)の財源確保あるいは住民負担の公平化を図るため公共事業による開発利益の内部化,受益者負担原則の導入の実現には,事業実施後の経済効果の帰属とその程度を把握して,政策決定の参考資料を第三者情報として提供することも重要である。

 ④ 統制的側面の負のインパクトへの対応(注6)

 公共事業の経済効果に関する評価に際しては,評価の会計主体に与えるインパクトを勘案しておく必要がある。修正行動とか人事考課に直接連動しない評価(監査等)であっても,効果を測定・評価するシステムが会計主体内部に確立又は適用されていない場合には,評価すること自体が会計主体の行動様式に影響を与えることがあるからである。経済効果の事前評価がアナウンス効果を目的にしているとき事業実施過程で予期し得ない社会経済情勢の変化があった場合に計画と実績を対比する評価は,間接的に先述したモラル・ハザードを引き起こす(計画未達成はオイルショックによる不可抗力で行政の責任でないとするのは典型例)とともに負のインセンティブを与える(会計主体側の設定する目標水準の低下)虞がある。これは,公共事業の事業期間が長いこと及び経済効果の環境規定性(行政活動と環境との複合成果物)に起因するため,事後評価においては,現実の環境に対応した事後的な評価基準を再設定すること,又は業積評価制度としてでなく業績情報システム(の補完)に特化することが対応として必要であろう。事後的評価基準は,①の要因分析の定式化に従えば,経済効果の評価基準値=現実環境に対応した計画×努力の目標水準×現実環境として定義することができる。

 5 今後の課題

 現行評価システムの概要と事後評価の視点につき述べてきたが,システムに内在する問題を踏まえ,今後の課題を列挙すると次のようになる。

(1) 「効率」と「公平」の調和

  ①地域開発効果の評価基準

  過疎対策とか山村振興対策事業は,劣位な地域に対する所得再分配の事業目的を有するため資源配分の効率の見地(たとえば費用便益比)だけで評価すべきでない。したがって,投資効率と公平の調和又は効率に着目した評価の限界を配慮した評価基準を開発することが重要である。

  ②費用便益分析と多基準分析の併用

  費用便益分析は,効果を貨幣換算するため環境保護,景観等の間接効果の評価は困難であり,また,大規模プロジェクトは地域経済構造自体を変化させるため,小規模プロジェクトに適用が限定される。このため,西独連邦幹線道路事業計画で採用されている多基準分析(目的を個別目標に体系化し,各目標の評価値に重み付けを乗じて総合評価値で評価する)の併用も考慮されねばならない。

(2) 受益と負担の関係

 公共事業の効果帰属者が特定される場合には,純粋公共財と異なり,受益者負担原則を適用し,階層間,地域間及び世代間の公平を図る必要がある。したがって,一般有料道路とか整備新幹線等の準公共財に係る事業については,経済効果のうち国民経済的効果(GNP増,雇用拡大等)と事業者効果(経営改善)との調和を勘案して,事業主体の採算性確保と適正な財政援助決定に資する必要がある。また,開発利益の内部化は,民活事業方式の定着化の鍵を握るとも言えるが,土地基本法案の「社会資本の整備に関連する利益に応じた適切な負担」を実効あらしめるためにも,その帰属に関する理論確率と実績データの収集・分析が望まれるところである。

(3) 評価システムの改善

 以上は,事前評価,事後評価に共通する課題であるが,業績評価で重要なのは評価システムの改善である。我が国では,制度として行われているのも事前評価としてであり,事前評価→事業実施→事後評価→計画へのフィードバック→事前評価というループは確立されていない。「性善説」,会計主体(組織)外部者に対する排他性が強い社会風土では,経済効果(成果)に関する業績を報告することにより会計責任を向上させる理論的意義はもちろん認められるが,会計主体が自ら評価システムを確立し,これに基づく評価結果を第三者がレビューする方策の定着が技術,費用及び組織的実行可能性に優れていて重要である。

 また,紙幅の関係で詳述できなかったが,個々の事業評価モデルの改善も事後評価を通じて図る必要がある。交通プロジェクトの経済効果に典型的な時間価値を旅行目的(通勤,業務,余暇等のモード別)に応じて変えること(注7)や保全プロジェクトでの喪失価値(物的財産以外の)の減少等の勘案及び事業期間中の建設利息のコスト算入(治水事業等)等は既往モデルの修正措置で対応可能なものである。

 最後に業績評価は,事前評価,計画に対応するものであって,両者は補完関係にあるため,理論及び実務において単に計画のため,あるいは評価のための評価にならないようにするとともに相互の交流が密接になされることが期待される。なお,本稿で意見に亙る部分は筆者の個人的見解である旨をお断りしておきたい。

[注]

1) 各概念の差異については,山田浩之「社会資本」(藤田・貝塚編「現代財政学2」)参照

2) 農水省構造改善局監修「土地改良の経済効果」

3) 実施期間中及び実施後に成果管理(Erfolgskontrolle)調査として行われる。詳細は,Ministerialblatt Z 4759 A des Bundesministers des Finanzen und des Bundes ministers für Wirtschaft mit Veröffentlichungen des Bundesministers für Raumordnung, Bauwesen und Städtebau, 24, Jg.(1973), Nr.13参照

4) 一般有料道路とは料金を徴収する道路のうち,高速自動車国道以外のものをいう。

5) GAO, "Guidelines for Model Evaluation (PAD-79-17)" January 1979

6) 詳細は拙稿"Performance Auditing in Central Government of Japan" (Financial Accountability and Management, Winter 1989)(掲載予定)参照

7) 英国の道路投資評価における費用便益分析では,労働時間価値と非労働時間価値に区分して時間価値を測定している。最近の時間節約価値の見直し成果については,MVA Consultancy, Institute for Transport Studies University of Leeds, Transport Studies Unit University of Oxford, "The value of travel time savings", Policy Journals, Newbury. 1987.

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