第1号

公企業会計と公経営会計——公会計の公明化——
一瀬 智司

一瀬 智司
(国際基督教大学名誉教授)
(石巻専修大学教授)

 1 はしがき

 はじめに本稿テーマの趣旨と問題意識について説明しておくと,まず「公企業会計と公経営会計」の意味は,かつての三公社(国鉄,専売,電電公社)や公団,公庫,事業団等の特殊法人の会計を公企業会計というのに対し,ここで公経営会計と言っているのは,「Public Sector Management and Accounting」の訳で一般の行政官庁や地方公共団体のマネジメントや会計の事で,いわば企業でない一般行政分野のマネジメントや会計の事を意味するものとする(注1)。

 そして問題意識として,わが国では企業会計と官庁会計が非常に異なって,一方は複式,他方は単式で,公企業の場合予算決算が二通りになされる等,中々その合理化がすすんでいなかったが,三公社の民営化によってやや予算会計制度的に前進化が見られる事がその第一である。

 しかし,先進国の西側諸国を見ると,大体において官庁会計自体が,複式型で,営利事業たると非営利事業たるを問わず,会計方式は複式型,つまり収支と資産・負債取引を有機的に関連して記録し,財務諸表として公表するようになってきている(後述参照)(注2)。それは何故であるか。その事を十分とは言えないが明らかにしようとする事,これが第二である。

 そこで標題のテーマを通して,公会計(Public Sector Accounting)の公明化の副題を付して,本稿の問題意識を説明しようとした次第である。

 次にさきに記した第一の問題意識は,本稿での中心的な課題でないので,公企業の民営化,公企業の公私混合企業化に伴う会計上または会計検査上の若干の問題について述べておこう。

 周知のように,日本たばこ産業(株)と日本電信電話株式会社(NTT)は,1985年(昭和60年)4月1日から,またJR各社は,1987年(昭和62年)4月1日から発足し,比較的順調に推移してその経営もNTTは勿論,JRも一般の予想を裏切って健闘している模様である。

 今資料の関係から,電気通信事業を中心に見ておくと,言うまでもなく,旧公衆電気通信法に代えて電気通信事業法(昭和59年法律第86号)が施行され,電気通信事業が第一種(回線設備を設置してサービスを提供するNTTならびに第二電電(株)等の事業)と第二種(回線設備を自ら設置せず,第一種電気通信事業の回線を利用して電気通信サービスを行うVAN「付加価値通信」事業のような事業)に分類され,多様多彩な電気通信,情報通信時代に入りつつある事は周知のところであるが,公企業,私企業の関係でいえば,第二種のVAN事業は,流通,商事,金融をはじめ殆ど一般私企業で行われ,将来の予想としてもあらゆる企業が新規参入しうる可能性があるので,文字通り,自由私企業による競争市場となっているといえよう。これに対して第一種の方は,回線設備の大規模投資を必要とするので,現在既に営業を開始したNCC(第二電電(株),日本テレコム(株),日本高速通信(株),東京通信サービス(株)等の新電電事業)は,日本テレコムがJR,日本高速通信が道路公団というかつての公企業ないし国をバックにしてはいるが,私企業で,第二電電(株)に至っては,純然たる私企業であるので,三社いずれもその会計については,株式会社会計として商法,有価証券取引法,大蔵省の財務諸表規則等に基づく財務諸表監査など一般私企業と同様の取扱いとなっている。ただNTTだけは日本電信電話会社法上,その事業計画につき郵政大臣の事前認可を必要とされている(日本電信電話会社法第11条)。

 またNTTは,他のNCCと異なり,株式上場後も,最終的に国(大蔵大臣)の持株が三分の一となる公私混合企業であるので,特殊法人(特殊会社)として電電公社時代と同様,引きつづき会計検査院の検査を受けることになる(注3)。他のNCCは法律制度的に会計検査院の検査対象となっていないので,イコールフッティングでないとの意見もあるかも知れないが,NTTが公私混合の第三セクター方式である以上,純然たる私企業と同様にはならないであろう。

 ただ,この種の企業に対する会計検査のあり方について,従来の三公社に対する会計検査と同様でよいのか,或は,公認会計士監査に準ずる方式,あるいは,経営監査としての能率監査を重点にすべきか等,古くして新しい問題はなお未解決なのではないであろうか。

 企業監査に関連して,私見では能率監査や公認会計士監査を否定するものではないが,かつてのロッキード事件や今回のリクルートに関連して企業の政治献金など裏取引や二重帳簿が公然の秘密になっている事を思うとき,違法,不当の検査は,企業会計検査においても最終の検査・監査権限として留保しておくべきではないか。自由民主主義の成熟していない発展途上の国ほど会計上不正が多いことは銘記されてよかろう(注4)。

 かくして公企業のプライバタイゼーション(私企業化)によって政府の規制も緩和化され,電気通信事業のNCC系は,公益事業の電気・ガス事業と同様の規制状況になっていると理解されるが,何のための規制であり,またどの程度の規制であるべきかは,検査,監査のあり方等も含めて抜本的に考えるべきではないか。政府と企業の関係もそのような段階にあるように思われる。

 他方JR各社については,まだ発足して満一年余である事と,その資本金,株式も上場されていないので,特殊法人(特殊会社)として扱われるとともに,株式を上場するようになった後においても,NTTの場合と同様の取扱いとなるであろう。交通事業における実質的な競争状況については,都市においては地下鉄,私鉄,自動車交通,長距離においては自動車,航空機と地方鉄道など他の多角経営を含めて激甚な競争となっており,今後のJRもむしろこれからが本番と考えられるので,なるべくイコールフッティングの状態で公私企業が競争し,利用者のニーズに応えるようにすることが期待されるであろう。

 公企業の私企業化に関連する会計の諸問題は以上の程度とし,次に筆者が比較的最近関係してまとめた下水道事業の経営会計問題を取上げておこう。(建設省都市局下水道部,下水道事業の経営問題に関する調査報告,昭和62年3月)

  2  下水道事業会計に見る企業型と一般行政型

  1 下水道事業の沿革と性格

 下水道事業は,現在建設省の都市局下水道事業部がその建設整備に当っているとともに,下水道の管理主体は原則として市町村,都道府県であるので,これら地方自治体が深く関わっており,従ってとくに下水道事業の経営会計の面で,自治省財政局が関係を持っている(注5)。

 しかし明治の近代国家形成に関連して下水道事業も長い歴史を有するにもかかわらず,一番おくれたインフラストラクチャーとして今日にまで及んでおり,むしろわが国の国造り(Nation Building)に関わる最後の仕上げとして残されてきたと言っても過言ではないと思われる。沓

 今少し下水道事業の歴史的沿革を見ると,明治5年から8年にわたり東京の銀座火災後,洋風の溝渠の築造が始めてなされ,明治17-18年の神田の煉瓦または陶管による汚水管の築造をへて,明治41年の下水道基本計画作成,計画人口300万人,排水面積5,670haで明治44年に工事着手,現在の東京下水道の基礎となったといわれ,同様にして大阪の場合は,明治19年と23年のコレラ流行が発端となって下水道工事に着手,明治32年には旧市街地のほとんどを完成させた。その後この施設が応急的なものであった事から明治39年に再調査を始め,明治42年着手,大正12年に完成した。これが現在の大阪市の下水道の基礎をなすとされる。

 その他仙台市は明治32年着手,広島市は明治41年,同じく名古屋市も明治41年に着手した。旧下水道法が制定されたのは明治33年で,都市を清潔に保つことを目的とし,事業は市町村公営で新設には許可を要することとされ,その後の下水道行政に大きな影響を与えた。しかし,この時期においては下水排除を目的とした下水道はなかなか進まず,基本的に上水道の方が優先されて国全体としの下水道のニーズは少なく一般国民,市民の関心も低調であった。かくて明治時代には前記5都市,大正前半に横浜市等11都市が不況対策として着手したにすぎなかった。その中で汚水対策として大正11年東京三河島処理場で標準散水ろ床法による処理を開始したことは特筆に値するとされている。

 昭和期に入ると,さらに30数都市が失業対策のために下水道事業に着手,昭和15年には約50都市に達し,下水道も漸く都市施設として上水道に関連付随して地方公共団体で位置づけられるようになった。

 昭和の時代は,明治,大正時代に着手した都市が続々として処理場の供用開始した時期でもあり,下水道整備も軌道に乗りかけたが,第二次世界大戦の勃発により頓挫を来たすこととなり,以後第二次大戦後の昭和30年代まで大幅におくれる事となるのである。

 第二次大戦終了後は,まず戦災復興事業を中心に進められたが,昭和23年度からは公共下水道に対する国の補助も戦前と同様に行われるようになり,漸く新しい建設にかかることになる。

 かくて朝鮮動乱の特需を契機に日本経済は順調に復興し,産業活動の活発化,人口の都市集中が進んだ。ただそれに伴って水需要が増大し,国の政策として水資源の確保が急務となり,昭和21年から昭和33年まで治水,利水の水資源開発,水供給問題に比重がおかれ,下水道は付随的にしか考えられなかった。

 この間に東京都では,下水道拡張第一期事業,いわゆる10ヶ年計画を昭和32年に発足させ,とくに昭和39年の東京オリンピックを目指して大車輪で工事にとりかかった。

 下水道法については昭和33年の抜本改正において「都市環境の改善を図り,もって都市の健全な発達と公衆衛生の向上に寄与する」ことを目的として合流式下水道を前提とした整備に重点がおかれることとなった他,昭和45年の改正に際して,「公共用水域の水質の保全の資する」として今日の下水道の体系が形成された。

 さらに昭和53年に総量規制制度が導入されるなど下水道の水質保全に果すべき役割が重要視されるようになり,昭和59年には湖沼水質保全特別措置法が制定され,下水道が国の重要施策として位置づけられることになった。

 かくして下水道が公害対策,水質汚濁防止に強力な役割を果すことが明らかとなるに及んで,急速に注目されるようになり,国のインフラストラクチャーとして重点施策に位置づけられるようになったが,東京都のような大都市(指定都市)や三鷹市のような特定の都市を除けば,全国的にはなお施設の建設整備に重点を置く公共土木事業の色彩が強く,維持管理を中心とする企業経営の段階に入った上水道とややその性格を異にしていると見られているのである。

 他方,下水道は河川や一般国道と異なって,便所の水洗化によるし尿の終末処理場での処理や,上水道とのリンクにおいて使用水量につき受益を特定することの出来る側面もあるので,使用料の形で汚水分のコストを徴収することになっている。しかし,この使用料はいわゆる公営企業においていう独立採算とはほど遠く,指定都市のように普及率80%をこえた団体は別として大部分の下水道にあっては,公営企業と一般行政との間にある「公共事業による公共施設の管理事業」と見られるのである。以上のような下水道事業の沿革と性格を前提とするとき,下水道事業会計制度の現況と若干の問題点は次のように指摘されよう。

 2 下水道事業会計制度の現況と問題点

 下水道事業は,その歴史から明らかなようにその建設財源は国費,地方費色々あるにしても,その事業の実施主体は市町村,都道府県の地方公共団体が中心で,その会計制度も官庁会計そのもので,普通会計から切離して特別会計とするようになっても官庁会計の原則は変っていない。

 東京都の場合を見ると,昭和10年まで上水道事業と並んで特別会計とされていたが,特別会計というのは,その予算会計制度は,一般行政の会計制度と同様官庁会計方式で,単式簿記による現金の収入支出を決算計算の基準とする現金主義を意味した。また昭和18年に東京都下水道条例が改正され,上水道についての料金と同様,下水道使用料を徴収することとなり,事業の維持管理の財源に充てることになった。かくして建設財源は普通会計から,また維持費の財源の一部は,下水道使用料から入ることにされたわけである。

 しかしその後昭和27年10月地方公営企業法の成立により,上水道,交通等の事業がその特別会計について企業会計方式を適用するようになった事に伴い,東京都下水道事業の場合,地方公営企業法施行(昭和27年10月1日)以後,全面適用を行うこととし,下水道事業に独立採算性を採用して今日に至っているが,ここで留意すべきことは,地方公営企業法が想定している企業概念は,民間の私企業でも経営可能な事業であり,したがって経営に伴う収入をもって経営が成り立つ独立採算の性格が極めて強い事業であることが基本である。

 東京都のように下水道の相当普及している場合は別として,一般的にいえば,全国的にはまだ本格的にはこれからであり,従って地方公営企業法においても,下水道事業は任意適用事業とされており,その選択は各地方公共団体に任されて,その適用状況もまちまちなのが現状である。

 以上に見てきた下水道会計制度は,大別して,

(1)一般会計方式,(2)特別会計方式,(3)公営企業会計方式の三種となる。

 (1)一般会計方式−使用料を徴収しながら一般会計方式をとっている例は非常に少ないが,一般会計方式とは,下水道を特別に分離せず,使用料を普通会計の歳入に立てる事にして他の一般行政(民生,社会福祉,商工等)の予算と一緒に歳入歳出予算,決算会計を行ういわゆる典型的な官庁会計方式で,ほぼ国の予算会計(財政法,会計法,予算決算及び会計令)に準じて,地方自治法,地方財政法等にもとづき行なっているものである。そしてその場合の特色は官庁会計として(a)現金または小切手等の収入,支出の時点を歳入歳出計上の時期とするいわゆる現金主義によっている事,(b)投資的収入支出と経常的収入支出を会計上区分せず,したがっていわゆる財産勘定と経常勘定が有機的関連をもってなされるいわゆる複式簿記型会計でなく,単式簿記型会計である。(c)使用料等の収入があっても,それらの収入をもって支出に充てることは出来ない。

 (2)特別会計方式−これに対して特別会計方式は,地方公共団体が下水道のような特定の事業を行う場合,特定の歳入をもって特定の歳出に充て,一般の歳入歳出と区分経理するもので,公共下水道事業は地方財政法の規定により,特別会計を設置するものである。ただし基本的に官庁会計の原則によっている事は一般会計と同様で,(a)現金主義会計の原則,(b)単式簿記型会計である事は変りがない。(c)ただ使用料収入等,特定の歳入をもって特定の歳出に充てる経理ならびに一般会計から公共下水道事業特別会計への繰出金について一般会計との経費負担区分が定められているのである。つまり,この特別会計の場合は,一般会計と公営企業会計との間にあって,非独立採算の事業特別会計となっており,全国の大部分の下水道事業が採用する方式となっていると見られる。

 しかし,この特別会計方式の最も問題とされるべき点は,単式簿記型の官庁会計処理のため,財産管理に関して,投下した建設改良資金と,取得した資産の増減移動及び資産価値との有機的な明示がなされておらず,財産目録が貨幣価値的に表示されないという欠点がある。

 ただ下水道建設整備の起債元利償還について官庁会計の場合は,一般会計方式であれ,特別会計方式であれ,資本費は起債元金償還金+起債利子で算定され,起債償還方法が元利均等償還方式で,元金据置期間の存在により,初期負担の軽減がはかられている等,公営企業会計方式より適切とみられる点もあるという事である。

 (3)公営企業会計方式−この方式は,東京都を始め,地方公営企業法を全部または一部適用する方式であるが,この場合の問題点は,(a)下水道事業は多くの場合独立採算が困難であるので,独立採算を原則とする地方公営企業法の建前から見て,やや異質な感を受ける。(b)固定資産について減価償却を行っているが,固定資産施設の建設財源である政府資金の起債元利償還と減価償却費計算による留保財源による償還方式を比較すると,減価償却方式の方が,定額法によっても初期負担が重く,後年度負担が軽くなって官庁会計方式による償還の方が適切とみられることになる。

 しかし,この点は起債の元利償還という経営財務の問題と,償却資産の減価償却費を費用に計上する企業会計上の問題の組合せという公営企業のみならず,社債,借入金等負債の元利償還を必要とする一般の私企業,株式会社会計においても重大関心事となる検討課題である。そこで一般的に問題となることは,(a)債務の償還年数と償却資産の耐用命数にギャップのある場合,どのように調整すべきか。(b)長期的視点に立った世代間の負担の公平をはかるには,初期負担と後年度負担をどのようにしたらよいか。(c)減価償却費分を費用に算入することにより資金を回収するとしても,減価償却費の償却累積額と元金償還額との間に生ずる過不足について資金収支をいかにするかの課題がある。

 以上のようにして公営企業会計のみならず,株式会社会計と官庁会計方式との間に存在する発生主義と現金主義,つまり損益収支と資金収支のバランスのギャップからくる,いわゆる「会計計算」と「資金繰り」のギャップは,経営学・会計学双方の課題でもあるので,企業会計,官庁会計双方においてそれぞれの目的に最も適わしい方式を生み出す努力をする必要があるという事である。

 本稿で下水道事業の会計制度のより適切なあり方を探る事は本旨ではないが,下水道事業が公共事業的な側面と使用料徴収に見られる公益事業的な側面の両者を有しているので,一つの試論として官庁会計をベースにし,その上で公営企業会計の考え方を導入して事業実績と財産の概要を示す事項を示す会計処理要領に関する調査がなされたことに関連すれば,それは官庁会計の現金主義,資金収支ベースによりながら,歳入歳出決算から3表を作成することによって複式会計の長所である財産目録,貸借対照表と事業実績,損益計算書が有機的関連をもって表示される。とくに財産概況表によって従来の官庁会計方式によって表示されなかった財産一覧(公有財産,物品及び債権並びに基金)が貨幣価額によって表示される事を意味し,その意義は地方公共団体の経理公開,地方公共団体の財政に対する民主的統制(democratic control)の趣旨からも望ましいところと思われる。

 この調査は主として特別会計の下水道事業を対象に行なわれたものであるが,そこで問題となった事は,一般的には官庁会計の近代化とも関係すると言う事が出来,現金主義,単式簿記を基礎とする官庁会計に対し,最後の段階である歳入歳出決算から3表を作成することにより,欧米諸国で見られる複式予算会計制度への展望も開けるもののように思われる(注6)。

 3 公会計制度近代化の課題

 ここで比較的最近翻訳された「アメリカ公会計原則(Governmental Accounting and Financial Reporting Principles 菊池祥一郎監訳,同文館,1986年)を参考にしながら公会計の公明化(公開,明瞭化)という公会計近代化の課題についていささか述べておこう。

 1 アメリカ公会計の基礎的概念

 アメリカ公会計近代化の歴史は,その原点を1913年のニューヨーク市調査局版「都市会計ハンドブック」に求められるとされるが,現行のシステムについて1979年のアメリカの公会計審議会(the National Council on Governmental Accounting)によれば,公会計システムは一般に認められた会計原則に準拠して政府単位の基金ならびに勘定グループの財政状態と財務運営成果を公正かつ完全に開示すること,さらに財政関連法規および契約規定に対する遵守性を測定し,かつ表示する。とあり,次の3つの基礎的概念によって構成されている。それは基金会計(Fund Accounting),予算会計(Budgetary Accounting)および発生主義または修正発生主義(Accrual or modified Accrual Basis)会計の概念である(注7)。

 ここで基金会計といっているのは次のようなものである。つまり公会計システムは基金原理にもとづいて組織し運営しなければならないとあり,基金(Fund)とは特定の法令,制限もしくは拘束にしたがい,特定の活動を遂行するため,あるいは一定の目的を達成するために分離された現金その他の財源と定義され,すべての関連負債,残余持分または剰余残高,およびそれらの諸項目の変動をすべて記録する1個の財政会計実体をいうとされる(注8)。

 かくて州政府および地方政府は,次の各種の基金を設けなければならないとあって,日本の公営企業のような企業性基金以外の,公共事業または消費性事務事業についてもそれぞれ基金を設けている。

 (1)政府基金

①一般基金−他の基金で処理されるものを除くすべての財源を会計処理するための基金(日本の地方公共団体の普通会計にあたる。ただし施設の取得または建設のための財源は除く。)

②特別歳入基金−法律によりその支出が特定目的に限定されている特別の収入源(ただし特別賦課基金,支出可能信託基金,主要な資本施設計画基金等は除く)からの収入を会計処理するための基金

③資本施設計画基金−主要な資本的施設の取得または建設のために使用される財源(企業基金,特別賦課基金,信託基金等から調達される財源は除く)を会計処理するための基金(日本の河川,道路または下水道の公共土木事業等はこれに該当しよう)

④債務処理基金−一般固定負債の元本と利子に対する財源の積立,および支払いを会計処理するための基金(日本の国債,地方債等起債の元利償還はこれに該当しよう)

⑤特別賦課基金−特別賦課徴収された財産に便益をもたらすとみなされる公共的改良工事,あるいは公共サービスの財務を会計処理するための基金

 次に経営実体基金として公営企業のための企業基金と省庁間の内部サービス基金についてふれておこう。

 (2)企業基金−私企業と類似した方法で資金を調達し,かつ運営している公営企業の経営活動を会計処理するための基金

 (3)内部サービス基金−省庁もしくは行政機関が,同一政府単位内の他の省庁もしくは行政機関に,さらには他の政府単位に原価補償主義によって提供した財貨およびサービスの財務に関する会計処理をするための基金,等がそれである。

 次に予算会計について「正式の予算会計は,支出の統制と,収入規定の実施を強制するために用いる経営管理技術である。政府基金会計は,しばしば「予算会計」とも呼ばれているが,予算会計手続自体は,収入と支出の測定になんらの影響も与えるものではない。予算会計技術は,一般基金,特別歳入基金,ならびに同様な政府基金の会計に関するきわめて重要な管理手段を提供する。この予算会計は消費型基金会計,わが国の一般会計的な政府基金会計に限定され,予算勘定の設定による予算実績の評価,比較を首尾一貫させ,予算統制の実をあげることを目的としている。そしてその特徴は,各基金別に貸借対照表と収支計算書にまとめ,これらを結合財務諸表(Combined Financial Statements)として開示することである。

 もう1つの特色は,固定資産の減価償却についてである。つまり経営実体基金としての企業基金については,企業会計同様減価償却が適用されるが,非企業ないし消費型の政府基金については一般固定資産の減価償却費の計上を認めず,原価計算制度上で記録されるか,あるいは原価算定分析のために計算される。ただし減価償却累計額は,一般固定資産勘定グループに計上することが出来る,とされている。これが修正発生主義と称される理由である。

 また起債元利償還を債務処理基金で扱っていることも特色で,この特別基金は,一般の公債その他の長期負債を償還するために保有される毎期の積立金,ならびにこれらの積立金から得られる利息分を蓄積するために設定されたものである。アメリカでは,下水道のごとき公共事業的な施設は河川,一般道路などと同様,政府の一般会計,政府基金の中で扱われているが,これは公会計システムそのものが,複式予算会計型であるところからくる特色であることが理解される。

 2 熊本県における貸借対照表作成の事例

 わが国でも地方自治体において従来からのフローに関する分析に加え,フローとストック両面からの総合評価,ストックと負債(地方債)の関係等の正確な把握の必要性等から,財団法人,地方自治協会が「地方公共団体のストック分析,評価手法に関する調査検討委員会」の報告(昭和62年3月)を出している他,その手法に基づいて熊本県で実験的に作成しているのでその概要を紹介しておこう(注9)。

  (1)貸借対照表作成の目的

    近年,地方債を財源の一部としてストックの整備がかなり進み,その反面公債費の増こうによる財政硬直化が問題となっている状況から財政分析に際して,従来のフロー面からの分析に加え,フローとストック両面からの総合評価,ストックと負債(地方債)の関係等の正確な把握を行う必要性が高まっており,そのような要請に応えられる資料を作成することとしている。

  (2)作成の手法

    かつて研究されたことのある地方公共団体の財務会計制度への複式簿記の導入には種々の論議があり,未解決の問題も多いため,これらの問題を生ずることなく,フローとストック両面からの総合評価等に資することができる貸借対照表作成手法として,前述報告書の中で示した(普通会計決算統計を基に貸借対照表を作成する手法)により作成した。なお,この手法による貸借対照表は,市町村や民間団体への補助金のうち当該市町村等において投資的事業に充てられたものも含んでいるので,狭義の県有資産のみならず,県が関与して形成された総資産をも反映しているとしている。

  (3)貸借対照表から見た県行財政の特色

    熊本県貸借対照表について,昭和51年度,昭和56年度及び昭和61年度の推移を見ると,次のような傾向がうかがわれる。

(a)昭和51年度から昭和56年度までの固定資産投資額累計の増加率は134.4%であり,この間の行政投資実績の累計額の増加率が116.6%であったのに比べて活発なストック形成が行われたといえる。

 また,昭和56年度から昭和60年度までの固定資産投資額累計の増加率は49.1%で,この間の行政投資実績の累計額の増加率が46.6%に比べて,地方財政を取り巻く厳しい環境の中にあって着実なストック形成が行われたということが出来る。

(b)以上のような活発なストック形成の財源として県債に依存する度合が大きかったため,固定負債の伸びも大きくなっている。しかし,その伸びは前半の5年間226.5%と大きいものの,後半の5年間は65.1%であり,ストック全体の伸び率(62.1%)にほぼきっ抗している。

 また,固定負債のストック全体に占める割合(構成比)も前半の5年間で5.17ポイント上昇しているが,後半の5年間では0.35ポイントの上昇にとどまっている。

(c)次に資産の構成を見ると,固定資産がいずれの年においても91%前後を占めており,その中でも建物,構築物等が大半を占めている。

(d)これに反して積立金は,後半の5年間において構成比で1.70ポイント下げているが,これはストック全体の伸びの影響にもよるものであり,金額的には6.6%の減にとどまっており,前述のように着実な資産形成を行ってきたことを考えると,最近の厳しい財政環境の中にあって,財政努力によりなお相当程度の積立金を維持しているといってよかろう。

 以上は,単なる一例にすぎず,地方自治体の活動全体に関する財政分析,地方自治体経営分析の観点から,地方自治体財務諸表が試みられるに至っているものであるが,アメリカの公会計やイギリスのプラウデン報告(これは1961年で年次は古いが政策決定過程の計画化や,国庫会計の近代国民所得会計との関係の確立,予算の行政管理的検討などアメリカの影響を受けていることは疑う余地がない。)は参考になろう。

 別表に熊本県貸借対照表のサンプルを掲げるとともに,アメリカ公会計財務報告ピラミッド図を示しておこう(注10)。

熊本県
財務報告ピラミッド

 4 おわりに

 以上,はじめに掲げた問題意識に従って公企業会計から,官庁会計と公企業会計の中間にある事業会計をへて官庁会計,つまり公会計の近代化に関して問題となる公会計の国民への公開性,および全体的な明瞭性としての公明化の必要から複式予算会計制について述べてきたが,国民,市民の税金が主力である国および地方公共団体の会計が公明であるべきはいうを俟たず,これらの会計の検査や監査が先進国になればなる程,国民的,市民的関心をもって尊重されるようになることは,近代国家の歴史の示すところである。卑近な言い方をすれば,会計がおろそかにされる国程,先進国といいがたい事は,今更言う迄もないであろう。

 そのような観点から,最後に2つの事を言っておくとすれば,第一は,国および地方公共団体の行財政は,単に行政部門のみでなく,国にあっては,国会,地方にあっては地方議会を含むものであるが,とくに政治家の政治資金に関する公営化と公明化である。昨今のリクルート問題に俟つまでもなく,歳費その他の公費の公明化は勿論,選挙その他の日常活動に関する政治資金があまりに巨額で不明瞭な事は,政治腐敗につながり,民主主義政治の崩壊につながる恐れのある事は,過去の歴史の証明するところで,何人も異存のない所であるが,如何ともしがたい自浄能力の限界を越えた状態になっているのである。したがって,行政における予算会計制度改革とともに政治・政党における政治資金,会計制度改革もまた緊要の国民的課題というべきである(注11)。

 次に第二に,「小さな政府」,「効率のよい政府」を目標に掲げて行われた近時の第二次臨時行政調査会の趣旨から見ても,日本の公会計が予算の編成,執行その他に当って,経済的にも,社会的にも効率(efficiency)をより高めるために用いられるべきは言うまでもないところで,コンピューターやオフィス・オートメーション化が,行政や公会計効率化のためには不断に採用されつつあるのも,その一環と考えられるべきであろう。また費用便益分析や費用効果分析などの手法の試みなども以上の趣旨に沿うものと言えようが,本稿では主題から外れるのでこの程度にしておき,最後に,1987年7月,行われたアメリカ上院の政府問題委員会における政府財務管理(Financial Management)に関する公聴会について一言しておくと,連邦政府財務管理改善に関する関係機関,財務省財務管理担当次官(Under Secretary for Financial Management within the U.S. Department of the Treasury),会計検査院長官(the Comptroller General, General Accounting Office),行政管理予算局長(Director, office of Management and Budget)らの委員会における証言として議事録にまとめられ,財務管理改善スケジュールとして行政管理予算局から提出されているものである。

 その内容の詳細は,手持ち資料だけでは明らかでないが,財政赤字削減のためのプログラム削減に関係すること,また無駄な支出を極力抑制する目的をもっている事,以上の点から財務管理の及ぶ範囲は現金管理(cash management),クレジット管理(credit management)から財務管理システム(property systems),行政プロセス(administrative processing),一般元帳システム(general ledger system),財務会計システム(financial accounting system)その他のすべてを包含していると説明している。

 そして今回の財務管理改善に関する実施計画は,(1)各庁システムの改善,(2)標準システムの改善,(3)交差サービスの実施,(4)財務管理者協議会の設置,(5)各省コントローラー機能の改善,(6)内部統制の改善,の各項目。また財務管理改善の目標は,(1)新たに改善された予算システムの実施,(2)財務データの質および効用の改善,(3)各庁財務システムの統合,(4)標準的な一般元帳の実施,(5)連邦政府経営財務統合法,ならびに会計検査院標準に適応させる事,(6)省庁経営統制の不備の確認,修正。となっている。なおその実施時期は1987年7月から1988年12月にかけてなされる事になっていたが,その詳細は別途調査の必要があろう。いずれにしても絶えざる制度やその運用,また分析手法の見直しを行って行政における財務管理の改善を行なっている姿勢は,日本にとっても学ぶに値するものがあろう(注12)。

[注]

1) 公経営会計は,公経営公会計(Public Management; Public Accounting)ともいい,政府公共部門(Public Sector)のマネジメントや会計の事を指している。筆者の理解では,アドミニストレーションもマネジメントと同様に考えていいのではないかと思うが,パブリック・アドミニストレーションというと日本では「行政」と訳されることが多いが,正確には行政運営ではないかという気がしている。

2) 公会計制度近代化の課題,アメリカ公会計の基礎的概念の項参照。

3) NTTは,特殊会社としてJR各社,電源開発株式会社等他の特殊会社と同様,会計検査院の会計検査とともに公認会計士の監査をうけることになっている。

4) 世界的に見て,欧米の先進諸国でも,スキャンダルがないわけではない。しかし,金銭会計上,個人的にも組織機関的にも,先進国程その数や度合いが少ないといえるのではないか。筆者としては,会計面からみた政治・行政倫理,企業倫理は先進国家の一つの指標と考える。

5) 下水道事業については,建設省と自治省が関係しているが,両者の立場の違いから,その会計に対する考え方が多少異なるようで,自治省が公営企業型であるのに対し,建設省は,官庁会計型に傾斜しているようである。

6) 官庁会計に複式簿記型を用いる事は,わが国でも明治の初期段階では行われていたとされている。それは,鹿鳴館など文明開化の西洋文化輸入一辺倒の結果と思われるが,それが単式型の官庁会計になった背景に明治薩長政府の秘密主義があったのではないか。その点は解明を要する検討課題のように思われる。

7) アメリカ会計の基礎概念は,企業,非企業を通じて,およそ経営体に共通するものといってよかろう。

8) 基金会計(Fund Accounting)といっているのは,企業の場合も同様で,企業たると非企業たるとを問わず,共通にファンド・アカウンティングといっているものである。

9) 熊本県企画開発部関係資料,昭和62年3月参照。

10) 菊池監訳,アメリカ公会計原則,同文館,1986年68頁。

11) 竹下前首相も政治改革の最重要性についてふれているが,政治改革の財務面,会計面からの近代化が不可欠といえよう。

12) アメリカの議会は,さすがに世界の自由民主主義国家のモデルとなっているだけあって,納税者の立場に立った行政へのチェック機能の観点から,公経営会計の改善を絶えず行っている点,学ぶべき姿勢と思われる。

参考文献

1. 電気通信小六法 昭和63年度

2. 総務庁行政管理局 特殊法人会計に関する資料

3. テレメディア創刊準備号 昭和63年10月

4. 下水道事業の経営問題に関する調査報告書 建設省都市局下水道部・日本下水道協会 昭和62年3月

5. アメリカ公会計原則 Statement I, Governmental Accounting and Financial Reporting Principles,菊池祥一郎監訳,同文館 昭和61年5月

6. 熊本県企画開発部関係資料,昭和63年2月

7. The Accountability & Audits of Governments, E.L. Normanton, Manchester University Press, F.A. Praeger, Inc., N.Y., 1966

8. Financial Management, Hearing before the Committee on Governmental Affairs, United States Senate, July 23, 1987

9. 地方公共団体のストックの分析評価手法に関する調査研究報告書,地方自治協会 昭和62年3月

10. 企業会計的手法による財政分析と今後の財政運営のあり方に関する調査研究報告書,地方自治協会,昭和63年3月

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