第6号

90年代の日本財政の課題
本間 正明

本間 正明
(大阪大学教授)

 1944年生まれ。大阪大学大学院経済学博士課程修了。大阪大学経済学部助教授,ウォーリック大学客員教授等を経て,1985年より現職。財政学専攻。財政制度審議会特別委員,産業構造審議会委員,税制調査会専門委員,大蔵省財政金融研究所特別研究官,日本財政学会理事など。主な著書は「租税の経済理論」(第26回日経経済図書文化賞)「公益法人の活動と税制」「日本財政の経済分析」「ゼミナール現代財政入門」「シリーズ現代財政」など。

 Ⅰ はじめに

 最近,時代のトレンドを示すイニシャルとして,しばしば"K"が用いられる。その代表例としては,若者が嫌がる職種を示す"きつい","汚い","危険"の3つのKである。ここでの関心である財政の問題にも,この時代のイニシャルである"K"がつきまとう。すなわち,"高齢化","国際化"および"格差"がこれにあたる。

 言うまでもなく,高齢化はこれから本格化し,2020年頃にピークを迎える。この高齢化社会を豊かで活力ある形で乗り切るためには,財政がさまざまな形でその役割を求められることになる。とりわけ,その始発期に当たる90年代には,高齢化社会のインフラを整備するという重要な課題が与えられているのである。

 高齢化社会のインフラには,ハードな側面とソフトな側面の2つがある。前者は,豊かさとゆとりを実感し得る国民生活を実現するための社会資本整備であり,日米構造協議で決定された公共投資430兆円の着実な実施がその中核をなすものである。後者は,高齢者の生活基盤を支える公的年金および公的医療制度の整備・充実であり,年金改革および「高齢者保険福祉十ヵ年戦略(ゴールド・プラン)」の計画的推進が柱になっている。

 また,国際化は経済のボーダーレス化,グローバル化の加速によって,わが国に対してその経済力にふさわしい貢献を要求することになろう。名目GNPは世界第2位,国民資産が世界第1位のわが国の世界における役割は,我々が好むと好まざるとにかかわらず,高まることは必定である。

 国際貢献もまたハードな側面とソフトな側面がある。東西冷戦構造の終結という国際情勢のドラスティックな変化に対して,中期防衛力整備計画の見直しを含めて,ハード(防衛)面でいかに平和の配当を享受するのか。ソフト面では,地球規模での環境保全のために,さらにODAの拡充が求められるが,いかなる理念の下に,どのような手法を用いて効果的に援助を実現するかが問われている。

 また,85年以降のストック経済への移行が急速に進む過程で,持つ者と持たざる者との間の格差が大きく顕在化してきた。バブル経済の崩壊によって鎮静化の兆しは見えてはきたが,額に汗して手にする勤労所得の土地等のストック価格に対する価値の低さは異常である。高齢者ほど貧富の格差が大きいという事実は,高齢化時代イコール格差の時代であることを暗示している。

 高齢化社会への対応,国際社会への貢献は財政需要をますます増大させ,「大きな政府」への傾向を加速させることは確実である。これを,格差が広がりつつある日本社会を背景に,どのような形で費用調達していくかが問題になる。3K社会への本格的移行を前に,「豊かで活力ある高齢化社会」,「顔と心のある国際国家」,「公正な費用負担システムの確立」を実現するために,90年代の財政は多くの難問を抱えている。

 Ⅱ 80年代の財政運営とマクロ経済

 90年代における財政政策の課題を考える場合,その前史としての80年代の財政運営を概観し,その総括を与えることから始める必要がある。

 わが国の80年代の幕明けは,「財政再建の時代」の始まりでもあった。大平内閣による一般消費税の導入の試みが挫折し,「増税ある財政再建」の道が閉ざされた自民党政権が,80年代に入って「行政改革」,「財政改革」によって本格的に歳出削減に取り組み始めた。81年の臨時行政調査会(土光臨調)の発足とともに,「増税なき財政再建」が旗印となって,厳しい歳出削減策が採られることになったからである。

 とりわけ,中曽根内閣発足以降,「90年度特例公債からの脱却」を目標にして,国鉄および電電公社の民営化を核とする行政改革と「シーリング方式」および「かくれ借金」を二大手法として駆使することによって,積極的に財政再建が押し進められた。シーリング方式とは,各省庁の概算要求段階において,前年度比で一定の要求上限枠を設けて歳出の伸びを抑制する方法であった。82年度に「ゼロ・シーリング」を導入したのを皮切りに,84年度から87年度まで経常的支出は前年度比マイナス10%,投資的経費はマイナス5%という「マイナス・シーリング」が設定されたのである。

 もう一つの手法である「かくれ借金」とは,国が地方や社会保障基金に法律的に支払を義務づけられている移転支出を財政再建の目標年次である90年度以降に先送りし,いわば国が地方などに"借金"する方法である。実際,80年代の後期を含めて,地方に7兆円,社会保障基金に3兆円前後のかくれ借金があった。この他にも,国債残高の1.6%の国債整理基金への繰入れが義務づけられているが,これも財政再建の過程で停止され,この累計額も5兆円程度に達するほどであった。

 この2つの手法を切札にして,82年度から87年度までの5年間,国の一般会計予算から国債費と地方交付税を除いた一般歳出は,みごとに前年度比伸び率ゼロに押え込まれたのである。これを反映して,国,地方,社会保障基金の総体である一般政府の財政収支も着実に改善してきた。ピーク時(79年度)にGNP比4.4%に達していた財政赤字は85年度には0.8%にまで減少し,86年度以降には黒字に転化することになった。87年度には0.8%,88年度には1.7%の財政黒字を計上するまでになったのである。

 このように,80年代の前半から中期にかけて,財政再建がそれなりの成果を得たことは確かである。しかし,このような財政再建路線の背後で,マクロ経済面でその副作用が国際的に広がりつつあった。

 国際的には,財政再建の進展とそれに伴う一般政府レベルでの急激な財政収支の改善が,経常収支の黒字幅の拡大という対外不均衡の拡大を運動することになった。わが国の経常収支の黒字は,85年度にはすでに対GNP比で3%後半に突入し,86年度には4.2%にまで増大したのである。このわが国の経常収支黒字の拡大が,財政収支と経常収支のいわゆる「双子の赤字」を抱えた米国を中心にして,深刻な対外摩擦を引き起こしたのである。

 この対外摩擦の緩和のために,プラザ合意以降,わが国に強く内需拡大策が求められてきた。だが,これらの要請に対して,「90年度特例公債脱却」という財政再建目標を持つわが国は財政の積極的な出動に対して極めて及び腰であった。必然的に内需拡大策は,低金利と高マネーサプライの持続を柱とする超金融緩和政策に依存せざるを得なかったのである。

 実際,低金利・高マネーサプライの超金融緩和政策には,すさまじいものがあった。86年度春の第一次公定歩合の引き下げに始まり,通算5回の引き下げが実施され,最終的には2.5%という極めて低い水準にまで落ち込むことになった。しかも,マネーサプライの指標である名目総需要に対するM2+CDの比率,すなわちマーシャルのKは実に86年から88年の3年間で20%近くも上昇したのである。

 このような超金融緩和政策による内需拡大は,対外摩擦の緩和と財政再建の達成という,二つの相反する目標を達成するための苦肉の策と言えなくもない。だが,この80年代のマクロ経済運営はさまざまな後遺症を残し,90年代の財政政策に多くの課題を与えることになった。

 Ⅲ 高齢化社会の青写真

 第1の課題は,80年代に「大きな政府」への傾向が急速に観察され始め,90年代もますますこのピッチが高まることが予想されるという事実から生まれる。特に,80年代の後半は,国民所得に対する租税負担と社会保険料負担の合計である国民負担率が4%近く急上昇し,現在では国民負担率が40%弱にまで達する状態にある。この事態を踏まえて,「90年度特例公債脱却」という財政再建の目標を果たした現在,ポスト財政再建の新たな財政運営の指針が求められる。

 政府もすでにポスト財政再建の新たな目標づくりに乗り出している。主役は臨時行政改革推進協議会(行革審)と財政制度審議会(財政審)である。

 行革審の目標は,以下の2つに要約できる。

国民負担率目標

 「過大な政府」を回避するため,21世紀初頭の時点で40%台,高齢化のピーク時(2020年頃)においても50%を下回ることを目標とする。

歳出抑制目標

 一般会計の伸び率を名目GNPの範囲内に抑制する。

 これに対して,財政審は「中期的財政運営の新努力目標」を打ち出しており,これは具体的には次の2つの目標にブレークダウンされている。

歳入健全化目標

 公債依存度を5%以下に抑える。

公債償還努力目標

 自然増収など生じた場合,特例(赤字)公債の早期償還を図る。

 問題は,この行革審と財政審の諸目標が果たして相互に整合的に達成できるのかという点である。行革審の国民負担率目標を達成するためには,今後10年間で国民負担率の上昇を5%程度にとどめなければならない。さらに21世紀の初頭の20年間でも5%程度の上昇に抑えなければならない。しかも,それを財政審が目標としている,公債残高の絶対額を増加させない形で実現する必要がある。

 果たしてそのようなことが実現可能なのであろうか。シミュレーション分析を行うと,どうもその実現可能性は低いと言わざるを得ない。実際,新年度予算の編成においても,景気のかげりから,もはやその出発点で目標の見直しが迫られているのである。

 私の研究室のシミュレーションでも,表1にまとめたように最も低く見積ったケースでも,高齢化のピーク時には国民負担率は,54.3%にもなるという結果が得られている。すでに述べた社会資本整備のための公共投資の計画的拡充,年金・医療費の膨張,国際公共財のための費用分担の増大およびODAに代表される国際援助の充実など歳出拡大圧力が目白押しになっているからである。

表1 国民負担シミュレーション

 もちろん,ポスト財政再建の真の課題は国民負担率の抑制や公債残高の減額そのものにあるわけではない。これらの目標はあくまでも中長期的な財政運営の中間目標であって,最終的な目標ではあり得ない。国民負担率目標は民間部門から租税および社会保険料をどの程度徴収すれば良いかを問題にし,公債残高の管理は民間部門からどの程度の累積的な借入れを妥当とするかを問題にしているといえよう。これらの目標は,結局,財政がどの程度の規模で,いかなる内容の活動を行うのが国民経済にとって望ましいかを財源調達の側面から問題にしているにすぎない。

 今後,30年間にわたって,私達は極めて困難な選択に追られる。この選択は,とても厳しい国民の対立を生み出す可能性が高い。ある人は,国民負担率の上昇による「大きな政府」の実現が将来世代の勤労意欲や貯蓄意欲を阻害し,わが国の経済活力の基盤を喪失させると主張するかもしれない。また,別の人は,高齢化や国際化の進展で将来的には財政需要の拡大は不可避であり「大きな政府」もやむを得ないと考える場合もあり得よう。

 このように対立に終止符を打ち,合意が成立したとしても,現在に比べて国民負担率最低10%から最高15%程度まで高めざるを得ない。この負担増を租税と社会保険料でどのような割合で賄うのか。増税で賄う部分をいかなる租税で賄うのか。この選択もまた,国民の各層に大きな利害対立を生み出すことは必至である。

 どのような選択をするにしても,財政制度,租税制度および社会保障制度の改革は避けて通ることは不可能である。図1に示したとおり,一般政府を構成する中央政府,地方政府および社会保障基金の財政収支の変化も一様ではないからである。90年代の財政の課題は,公共部門が今後どのような役割を国民経済において担うのか,そのヴィジョンの提示とその実現へ向けてのスケジュールを陽表的に示すことである。

 
図1 政府部門別財政収支

 Ⅳ 不可避な社会保障制度改革

 どのような選択をするにしろ,われわれは膨張する歳出拡大を抑制する作業と増大する財源を安定的に確保する途を模索しなければならない。膨張する歳出拡大要因として,まっさきに挙げられる項目は社会保障制度である。年金および医療制度に関する改革がここに第2の課題として浮上することになる。

 公的年金制度に関する改革は,財政再建に取り組んできた80年代においても,さまざまな形で実施されてきた。この年金制度の改革には,高齢化社会に向けて膨張する年金の財源確保というマクロ的な課題に加えて,加入している異なる人々の利害の調和を図るというミクロ的な課題があった。

 ここでいうミクロ的課題とは,わが国の社会保障制度に存在する「制度間格差」と「世代間格差」の是正を指している。制度間格差は,年金・医療制度とも複数の制度が分立し,拠出と給付の水準,国庫負担の仕方がそれぞれの制度によって異なることから生ずるものである。また,「世代間格差」は,現在の年金受給者が拠出に比べて高い給付を受けてきたこと,人口の高齢化に伴う年金財政の悪化により保険料の引き上げが将来的には避けて通れないことから引き起こされる過渡期の問題である。

 80年代後半における財政再建の過程で,公的年金制度を中心にして「大きな政府」への抑制努力が試みられてきた。たとえば,制度間格差については,その解消を目指して新年金制度が86年4月からスタートしている。これは,国民年金を各種の年金制度に加入しているすべての人に共通の基礎年金とし,サラリーマンの加入する厚生年金や共済年金の定額部分をこの基礎年金と置き換えて,報州比例部分を「2階建て」部分として残すものである。

 基礎年金部分の費用は,被保険者全体で公平に負担するため,毎年年度割りすることになった。厚生年金については,被保険者数に応じた拠出金を一括して国民年金特別会計基礎年金に繰り入れる。また,これまで制度ごとにバラバラであった国庫負担は,原則的に基礎年金に集中し,その費用の3分の1を国庫が負担する仕組みになった。

 世代間格差についても,これまで拠出,給付の見直しを通じて是正のための措置が講じられてきた。86年の改革では,すでに給付水準の見直しが実施されている。それまでは32年加入で現役男子の平均標準報州月額の68%が,モデル年金の場合,支給されることになっていた。しかも,40年加入が一般化した段階では,給付水準は現役男子の平均標準報酬月額の83%にも達することが予想されていた。

 このため,現役勤労者とのバランスを欠くという視点から,成熟時の標準年金額が40年加入で現役男子の約68%にとどまるよう改正された。この改正には,将来世代の過大な負担を避けようとするねらいがあったことは間違いない。この86年改革を実現しなければ,厚生年金の保険料率はピーク時には,その当時の3倍以上にも達すると推定されたからである。このような高負担を現役世代に負わせ続けることは無理であり,これをピーク時で28.9%に軽減しようとしたのがこの86年改革の目的であった。

 しかし,高齢化の影響は予想したよりもはるかに深刻であった。平均余命の伸びが著しいため,給付開始年齢を60歳に維持した場合,86年改革を実施した後でも,ピーク時の保険料率は31.5%にハネ上がることが判明した。このため,再び登場したのが給付開始年齢の引き上げと保険料率の見直しを骨格とする89年の年金改革案であった。

 この改革案では,支給開始年齢については男子は98年に61歳に引き上げ,以降3年ごとに1歳ずつ引き上げて2010年には完全に65歳支給開始に改めることになった。女子についても,現在2000年に60歳支給を実現するよう引き上げ中であるが,さらに3年ごとに2003年から1歳ずつ引き上げ,2015年には65歳支給開始を実現しようとしたのである。これが実現できれば,ピーク時の保険料率は31.5%から26.1%にとどめられるはずであった。

公的年金制度が60歳支給のままで改革されなかった場合と65歳支給に改革された場合,いかなる影響が各世代に及ぶかを試算したのが表2である。もし60歳支給がこのまま維持され,その国庫負担分が所得税で財源調達された場合,たとえば1940年生まれの世代の負担・便益比率(拠出した社会保険料負担の現在価値に対する受給する年金総額の現在価値)は1.262に達する。65歳支給に改革された場合には,この世代の負担・便益比率は1.060となりかろうじて実質価値をキープし得る。これに対して,1960年生まれの世代では,60歳支給が継続されても負担・便益比率は0.563にとどまり,改革されれば0.424にまで低下する。若い世代ほど公的年金制度は魅力の乏しいものになる。だが,このことは若い世代にとって年金改革をしない方が望ましいということではない。社会保険料負担が改革の実施によって5%強も減ずるから,これを自助によって老後の備えに回すことが可能になるからである。

表2 年金の財源調達と負担・便益比率

 いずれにしろ,消費税導入のあおりを受けて,この89年改革案はほとんど実質的な審議を受けないまま見送られることになった。与野党の妥協によって実現されたのは,完全な物価スライド制の導入と保険料率の2.1%の引き上げのみだったのである。それ以来,問題は完全に先送りされているのだ。

 福祉面でも「高齢者保険福祉推進十ヵ年戦略(ゴールド・プラン)」の着実な実現を図るとして,ホームヘルパーや特別養護老人ホームなどの拡充・整備が予算化されてきた。だが,このペースで平成11年までに本当に実現するのであろうか。それよりも何よりも,通常の生活環境の中で高齢者福祉を推進するというノーマライゼーションの具体的発想に欠け,各種施策を矛盾なく総合的に機能させるインテグレーションヘの努力が予算からまったく読みとれない。90年代において取り組むべき課題は,高齢化社会における負担と受益の実像を明らかにしながら,改めて公的年金を,医療制度を中心とする社会保障制度の改革を実現することである。

 Ⅴ 公共投資新時代と予算制度の改革

第3の課題は,財政再建のあおりを受けて,社会資本整備という資源配分上の機能を80年代の財政は十分に果たすことができなかった点から生じている。公共投資の対GNP比率はピーク時には10%近くにも達していたのに,80年代後半には6%台にまで低下している。この公共投資の相対的低落は,80年代後半の旺盛な民間投資とあいまって,公共投資/民間投資比率を大幅に下落させた。この点は,公共投資の総投資(民間投資プラス公共投資)に占める割合を見れば明らかである。公共投資の総投資に占める割合は,図2で描かれているとおり1978年の30%超から89年には20%にまで落ち込んでいる。ガルブレイスの言うソシアル・インバランスがこの数年でわが国で顕在化したのである。

図2 公共投資VS民間投資

 このソシアル・インバランスの拡大は,高齢化社会の本格的な到来が予想されるわが国にとって,極めて重要な意味を持っている。現在では依然として高い貯蓄率を誇るわが国だが,高齢化社会への移行に伴い急速に貯蓄率が低下するという指摘が多くの識者からなされている。この点を考慮すれば,高貯蓄を誇っている今こそ,豊かな高齢化社会を実現する準備として高貯蓄を活用し,社会資本に換えておく必要がある。高い貯蓄率を社会的インフラの整備に有効に生かす資源配分上の役割が,90年代の財政運営に求められていることになる。

 日米構造協議を受けて,政府が430兆円の「公共投資基本計画」を作成したことは周知であろう。この計画では,生活関連型の公共投資計画が重視され,生活環境・支化機能への割合を過去10年間の50%前半から,60%程度に引き上げることが目標とされている。

 この430兆円は非常に大きな額のように思えるかもしれない。だが,わが国の経済規模を考えた場合,それほど驚くべき数字ではない。実績値を発射台として,一定比率で公共投資額を伸ばしていけば,10年間で430兆円を実現するためには,年率6.2%で公共投資を拡大させればよい。もし,名目GNPが今後4.5%成長を続けるならば,2000年における公共投資の対GNP比率は89年度より1%上昇し,7.3%となる程度である。

 91年度の公共事業関係予算では,シーリング枠から公共投資をはずす第1ステップとして2,000億円の生活関連が新設され,それにより予算規模は6.03%引き上げられた。92年度予算でも,公共事業関係費は6.9兆円強,伸び率で5.3%となった。このままのピッチを今後も維持すれば,430兆円の実現はそれほど困難ではないと言える。

 それでは,この430兆円の公共投資が実現された場合,どの程度社会資本整備が進むのであろうか。一定の想定の下でシミュレーションすれば,表3のとおり,たとえば,下水道普及率は45.7%から63.8%まで上昇し,1人当りの都市公園面積は6.3㎡から8.1㎡に拡大される。現状から見ればかなりの改善であるが,欧米諸国の現在の水準に比べても劣る状況でしかない。いかに現状が立ち遅れているかが再認識できよう。

しかも,バブルの影響による地価高騰はこの社会資本ストックの整備をさらに遅らせる可能性が高い。なぜなら,現在の430兆円の中には用地取得費が過去10年間の平均である15%しか考慮されていないからである。用地比率が上昇すれば,公共投資が社会資本に体化する効率は確実に下落することになる。この点からみれば,430兆円といえどもそれほど大きな成果は期待できないのである。

表3 2000年の社会資本:予測

 社会資本整備は単に金額の問題にとどまらない。その質的な公共投資の配分のあり方が再検討されなければならない。この問題は,3つの角度から,改革が求められるであろう。

 第1は,生活基盤は生産関連の各公共事業に予算をいかに振り向けるのかという問題である。図3で描かれているとおり,80年代に入って産業関連の公共投資に比べて,生活関連の公共投資が急速に低下してきたからである。また,治山治水,道路等の公共事業別にみた予算の構成比はここ数年ほとんど変化しておらず,硬直化が進んできた。シーリング方式の弊害と言ってもよい。

 91年度予算から,「公共投資基本計画」実現のために2,000億円の生活関連枠が設けられ,硬直化の打破が打ち出された。確かに,生活関連枠を含まない段階の予算配分では,ほとんどすべての事業の構成比は変化している。また,生活関連枠の配分ではこれまでの配分比は踏襲されず,住宅対策が20%,下水環境が30%と重視された形をとっている。

 92年度予算でも,1,750億円の生活関連重点枠を設け,国民生活の質の向上に配慮したとされている。実際,生活関連重点枠の中で下水道,環境衛生,公園,住宅対策に50.6%振り向けられている。

 しかし,生活関連として重視するとしたこれらの事業の本体予算での構成比は下がっており,生活関連枠を含めた全体の事業予算の配分比は従来の配分比とそれほど変化していない。これでは,省庁間のナワバリ争いを避けるために,トータルでは従来の配分比を維持しようとして,本体予算と生活関連枠との増滅を調整したと疑われても仕方がない。

図3 生活関連投資ウエート

 第2は,省庁間の配分の硬直化をどのように是正するかという問題である。高度成長時代に採られた各省庁の歳出規模に関する増分主義が,財政再建の過程で減分主義に転じ,配分の硬直化が深刻化してきた。

 91,92年度予算では,一見すると生活関連枠の配分ではその打破が一応達成されたかにみえるが,全体予算での省庁間配分の変化はやはりそれほど大きくない。さらに,当初の予算配分では国土庁,北海道開発庁,沖縄開発庁に配分される予算額は建設省予算に計上されているため,最終的にはこの配分率の変化さえも実質よりも大きくなっている可能性が高い。

 第3は,都市と地方との地域間配分の問題である。全国平均を100とした人日1人当りの行政投資額を都道府県別にみれば,北海道155,島根153,高知151,鳥取147となっている。一般的に,東北,北陸,中国,九州(除く福岡)ブgロックの各県は全国平均を大幅に上回っている。これに対し,東京105を除けば,埼玉56,大阪69,千葉81等大都市圏域のある府県は低いのが実状である。

 一票の格差があり,議員の定数配分が地方に手厚いという現状があるかぎり,このバイアスは必然的な側面がある。議員定数のアンバランスさが公共投資の分捕り合戦に反映され,予算編成における政治的な力関係から,都市よりも地方への公共投資が大きな比重を占める結果につながっている。

 これらの公共投資に関連する最大の障害は,その"生活化"である。公共投資予算を地元にどれだけ獲得するかは,土木,建築業界を中心にして地方経済にとって極めて重大な関心事になっている。土木,建築業界は地元代議土の手足となって集票マシーンとなり,代議士は"族議員"となって必死に地元への利益誘導をはかる政治システムが定着してきた。このような状況下では,一律・横並び方式による公共投資配分が,利害関係者を説得する手段として最も安易で,容易な方法であったと言えよう。

 社会資本整備を効率的に推進するためには,これまでの公共投資の配分方式を抜本的に改革することが求められる。以下はその具体策である。

多年度予算化による効率の推進

 事業別の配分や各省庁間配分の非効率の原因として,わが国の単年度予算にもとづく予算制度が挙げられる。単年度予算の下では,公共投資の意思決定が短期的,場当り的な視野で行われる傾向を持ち,効率的な社会資本整備を進める上で大きな障害となっている。

 このような単年度主義の欠陥を克服するために,現在でも単年度の枠を超えて繰越しを認めたり,継続を認めたりすることはある。しかし,その割合は非常に少なく限定されている。この点で,社会資本全体に対して,中長期的に総合的な視野で整備を進め得るように社会資本整備特別会計の導入が望ましい。歳入面では,税収および建設公債でこの特別会計にフローで繰り入れるとともに,省庁間の壁を突き崩し,総合調整機能を発揮し得る場を設け,効率的・弾力的な運用を可能にするシステムづくりが必要である。

公共投資オンブズマン制度の導入

 予算制度のあり方としてさらに検討すべき点は,公共投資配分を決定する際,すべて事前的査定という形だけで行われているというシステム上の問題がある。この事前査定は単に入り口ベースでの査定であり,金額の割に担当者が非常に少なく,省庁別縦割りで行われるなど,総合的な査定機能を十分に果たしているとは言えない。このような事前的査定の強化とともに,公共投資の事後的な評価をどのように予算システムとして組み込むかを検討すべきである。

 会計検査院は予算どおりに歳出が執行されているかを検査する機関であるが,歳出が国民生活全体にとって本当に資源配分面で正当化されているのかというパフォーマンスを含めての事後的な評価をする役割を担っていない。言い換えれば,公共投資が各省庁・地方を通じて行われた際に,社会資本にどの程度効率的に体化されたか,さらには社会厚生にいかに貢献したかをチェックするシステムがわが国の予算制度にはない。事後的なパフォーマンスをチェックするために,民間の有識者を含めた公共投資のオンブズマン制度の導入を提案したい。

国と地方の財政関係の見直し

 国と地方の財政関係において,補助金は両者の歳入・歳出面における財政調整の役割を担っている。その反面,一般財源となる交付税と異なり,補助金には配分や使途面で硬直的な要素がみられ,多くの行政上の非効率性を生み出している。国が省庁間の縦割リシステムの下で公共投資の事業別配分まで決定し,現実には地域住民のニーズを反映しない公共事業が行われる危険性を持っている。このような縦割り行政の枠から独立し,地方が自主的な公共投資計画を実現できるようにするためには,補助金の総合メニュー化が必要である。

 国と地方の公共投資実績を比較すれば,産業基盤型投資では国が55%,地方が45%程度である。これに対し,生活関連投資では国が約21%,地方が79%にも達している。両者の差は,国の補助率の低さに起因している点もあるが,やはり地域住民のニーズが地方においてより正確に反映しているものと考えられる。国の過度な介入を避け,補助金の総合メニュー化とともに地方分権化を一層推進することは,結果的には公共投資の効率化を促進する重要な要因である。

 Ⅵ 求められる国際貢献

 第4の課題は,国際情勢の変化に対応して,経済大国としての国際的責務をどのような理念の下に,いかなる具体策で応えるかという点である。92年度予算では,防衛費は前年度比で3.8%増,政府開発援助(ODA)は7.8%増となっており,国際情勢のドラスティックな変化に対して,いかにも鈍感な反応であった。中期防衛整備計画の抜本的見直しや政府開発援助の充実を含めて,国際貢献におけるハード(軍備)からソフト(民生)への転換の姿勢をはっきりと国際社会に示すべきである。平和の配当を国の内外が期待しているからである。

 今後の国際貢献において,最もわが国に期待されるのは,地球環境保全面でのリーダーシップであろう。

 国連環境会議(環境サミット)には,発展途上国から先進国まで約170国が参加し,政府レベルのみならずNGOまで巻き込んで幅広い討議が展開された。だが,気候変動枠組み条約,生物多様性条約,森林原則声明などの署名,採択に加えて,リオ宣言およびその行動指針であるアジェンダ21が採択された割には,その具体的成果は必ずしも豊かであったとは言えない。

 具体的進展を妨げた最大の問題は,途上国対先進国の利害の対立,先進諸国間の足並みの乱れ,化石エネルギー供給国と消費国の思惑の違いがその根底にあった。環境問題への具体的処方箋が,発展段階の差異,国際競争力の強弱,エネルギー需給状況等によって,各国のナショナル・インタレストに大きな影響を与えるからである。このナショナル・インタレストの壁を乗り越え,環境サミット,特にアジェンダ21で採択された合意を地球保全の第一歩と位置づけ,各国が協力しながら具体的な成果に結びつけていく必要がある。

 とりわけ,わが国は世界有数の経済大国として地球環境の最大の受益国の一つであり,グローバルな視点から強くリーダーシップが求められている。残念ながら,リオの環境サミットでは,わが国に対する風当りは決して弱いものではなかった。宮沢首相の不参加,ビデオ出演拒否もあって,わが国はNGOからゴールデン・ベビー賞を受けるという不名誉な事態まで招いてしまった。

 われわれは,アジェンダ21を踏まえて,早急に「ジャパン・アクション・プログラム」とでも呼ぶべきわが国自身の環境保全計画を策定し,その理念と具体策を率先して世界に提示すべきである。それはわが国自身の自由度を拘束し,将来の負担を伴うものではあるが,「顔と心のない経済大国」から脱皮し,世界との共生を確かなものにする有益な方法である。従来のような無計画・なし崩し的なやり方を改め,わが国が何を考え,いかなる手段で環境保全に努力するかを明らかにし,世界をリードする責務を果たさなければならない。

 ジャパン・アクション・プログラムの策定に当たっては,環境サミットで強調されたとおり,環境と持続的発展の両立が強く求められる。これは途上国と先進国との関係において理解されることが多いが,国内的な問題としても大きな意義を持つ。すなわち,地球環境保全を強化する際,わが国の今後の経済成長およびそれに伴うエネルギー利用との両立をいかに図るかが重要になる。その点で環境問題を他の経済政策と切り離して議論するのは危険であり,政策相互間のインテグレーション(総合化)が要請される。

 アクション・プログラムの内容は,国際的側面と国内的側面に分けられよう。あるいは,環境保全における供給面での貢献と需要面での貢献と言い換えても差し支えない。前者は,わが国がその資金力,技術力,および公害の制御等で培ってきた政策のノウハウ等を国際的に供給し,地球環境の保全に貢献する側面である。後者は,これに対して,これまでの企業行動,消費者行動を見直し,わが国を地球保全と両立可能な経済社会に構造改革することによる内なる貢献である。

 わが国に求められる国際面での役割として最も期待されるのは,言うまでもなく資金供給である。事務局試算によれば,途上国に対する所要援助額は年間1,250億ドル,追加的には700億ドルが必要とされていた。わが国は1992年から5年間で環境関連のODAを70億ドルから77億ドル増加させることを表明したが,この追加的に必要な援助額に対する割合は年平均で2.2%にとどまるものである。

 アジェンダ21の第33章はこの資金問題に触れ,ODAを追加的資金の主要財源と認めた上で,先進国に対して,ODAの対GNP比を「できるだけ早期に」0.7%まで高めることを要請している。1991年度のわが国のODA総額は1兆4,389億円であり,米国を抜いて再び世界第1位になった。だが,対GNP比は0.325%にすぎず,OECDのDAC(開発援助委員会)メンバー国の中でも極めて低い部類に属している。今回わが国が表明したODAの積増しが実現されても,アジェンダ21の対GNP目標値にはほど遠い。達成年度を明示し早急に目標値の実現に向けて努力すべきだ。

 量的な拡大と並んで,質的にもわが国のODAは改善を迫られている。とくに,貸付けの比率が高く,先進国の中でも贈与比率が極端に低い。DACメンバー国の平均値が77%であるのに対し,わが国はやっと39%弱であり,ほぼ半分にしか達していない。環境ODAの割合は現在全体の一割強にとどまるが,今後この割合が増加するにつれて,贈与比率の低さは"日本は環境まで商売にする"という批判を招きかねない危険性を持っている。

 このほかにも,人的な面でわが国の援助実施体制の立遅れが指摘されている。公共部門に限定しても,米国に比べて人員が半分以下である。これは,対象案件の選定を相手に任せる要請主義をわが国が採用している点に原因がある。効率的な援助を行うためには,援助する側としてプロジェクトの発掘や相手国での指導に当れる専門家の育成およびNGOとの協力関係の構築が急務である。

 資金問題としては,このほかに各国の環境保全にインセンティヴを与える新たな方策を考案することも必要である。アジェンダ21(第33章)でも,債務スワップ,排出権取引,経済的・財政的手段等が資金供給方法のイノベーションとして,検討されている。

 債務スワップとは,WWF(世界環境保護基金)などのNGOが途上国の抱えている対外債務をセカンダリー・マーケットで安く買い取り,途上国の政府と交渉してそれを環境保全と引き換えに債務を相殺する方法である。途上国の対外債務の削減と環境保全を可能にする一石二鳥の方法であり,オランダやスウェーデンはODAの資金を国際的な環境NGOに提供するなどすでに実施している。わが国も,国内および国外のNGOと提携して,積極的にこの債務スワップの活用を環境ODAとして検討すべきである。

 また,排出権取引としては,「共同実施」や「排出権売買」が考えられる。前者は,ノルウェーなどが提案していたものであり,他国のCO2の削減に貢献すれば,自国の排出量が増えても相殺される形で総量を規制しようとするものである。後者は各国のCO2基準値を設定し,これを超過する国が下回る国から排出権を購入する形でCO2を削減することをねらっている。確かにわが国は1人当りのCO2排出量は他の先進国に比べて低いが,総量は決して低くはない。ODAの資金供給の一手段として,排出権取引を積極的に活用することも将来の課題になる。

 だが,環境サミットで最も議論を呼び,わが国でも課題となったのは,経済的手段としての環境税の導入である。環境税として具体的に考えられているのは,オランダ,スウェーデン,ノルウェーなどがすでにガソリンに対して課税している炭素税である。

 環境税の導入に関して,EC,日米,さらには産油国の間での対立は厳しい。たとえば,アジェンダ21においても,ECは環境税の明記を強く主張したが,合意は得られずに例示から除外されている。また,気候変動枠組み条約においても,ECは炭素税を含むEC戦略を提案したが,日米はこれに同意しなかったのである。

 ECは,日米の同時実施を前提にして,炭素税の導入をすでに決定している。CO2の1990年水準での安定化が進まない場合,環境税導入の国際的世論が将来ますます高まる可能性がある。この点を踏まえて,環境税導入問題に対する総合的な検討を今から始めなければならない。

 環境保全のために,税金を活用しようとするアイディアは英国の経済学者のピグーに負うものであり,古くから研究レベルでは検討されてきた。生産,消費活動が環境を破壊してマイナスの影響を伴う場合,その悪影響に応じて税金を賦課し,その活動を抑制しようとするのがこのピグー的環境税であった。

 その意味で,環境税導入のねらいは,資源エネルギー多消費型から環境調和型の社会経済システムに,構造改革させることにある。目標とされる環境基準値の設定とそれを達成するための政策手段の包括的なレビューが,環境税導入の前提になる。ECおよび米国と協力して,地球環境と両立可能な社会経済システムのモデルを構想すること自体が,まず求められているのだ。

 次に検討されるべき問題は,環境税導入に伴う経済的インパクトである。米国,産油国等が導入に対して消極的であるのは,それが国際競争力や財政収支に大きな影響をもたらすからにほかならない。国内的にも,ガソリンなどに対する炭素税の場合には,産業間に利害得失を与えるのみならず,所得分配面での逆進性が指摘されている。環境保全とこれらの影響をどのように調和させていくのか,国際および国内の両面における調整が必要になる。

 わが国では,国際貢献の財源として炭素税を位置づける議論が多い。だが,ピグー的環境税の目的はあくまでも環境保全であり,税収はその副産物にすぎない。国際貢献のための財源は,より一般的な観点から,検討を要する問題である。

 環境サミットのフォローアップは,国連のECOSOC(経済社会理事会)の下に設置される持続的開発委員で行われることになっている。今後ECOSOCと関係強化を図りながら,アジェンダ21を具体的成果に結びつけるためにわが国がイニシアティヴを取る余地は大きい。

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