第15号

公会計責任と理解可能性
瓦田 太賀四

瓦田 太賀四
(神戸商科大学商経学部教授)

 1952年生まれ。中央大学商学部卒,中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了,神戸商科大学博士後期課程単位取得退学。

 日本会計研究学会,日本地方自治研究学会,公益事業学会,オフィス・オートメーション学会,アメリカ会計学会等に所属。

 主な著書は,「公会計の基礎理論」(単著),「公会計の基本問題」(分担執筆),「自治体公会計の理論と実践」(分担執筆),「外郭団体の理論と実践」(分担執筆),「環境変動と会計情報戦略」(分担執筆)など。

1 はじめに

 20世紀後半に入ると,政府予算額が急速に増大し,それと同時に公会計への関心が高まってきた。特に,1987年には第13回世界会計士会議において,公会計の問題が今後の重要な課題として取り上げられたように,1980年代に入って公会計研究の顕著な展開が見られる。もちろん,公会計研究の歴史は古く,近年になって開始されたものではない。しかし,過去の研究は,記録・測定手法の開発に主眼がおかれていたのに対して,近年の研究は,報告目的から会計システムを再検討することに関心が集中している。これらの研究は,曾ての記録・測定手法中心の研究から,情報の有用性に主眼をおいたものである。もちろん,情報の有用性に視点をおいた会計研究は,1966年のASOBAT以降,企業会計研究では主流となっているが,公会計研究では外部情報利用者意思決定有用性アプローチが主流となっていたのではなく,むしろ,公務員の不正防止という内部統制手段として公会計が位置づけられていたと言っても過言ではない。

 公会計研究では1980年代に入って急速に意思決定有用性アプローチが主流となってきたが,公共部門は,私企業と異なり,多様な役割を担っている。そのため,私企業会計のアプローチを公会計に導入することに対して,絶えず問題提起がなされているのも事実である。すなわち,私企業に求められる役割は,極大利潤の追求という意味での資金の効率的な運用であるのに対して,公共部門は公共福祉の増大という意味での資金の効率的運用が求められることになる。公会計も,私企業会計も共に資金の効率的運用に測定の焦点を置いていると言えるのであるが,しかしながら,極大利潤の追求という目的のもとでの資金の効率的運用と,公共福祉の増大という目的のもとでの資金の効率的運用とでは,情報利用者のニーズの多様性において極端な相異がみられることになる。換言するならば,前者は,その目的も測定対象も経済的側面のみで規定されるのに対して,後者はその目的が経済的側面と非経済的側面の両者の側面の性質を有し,しかもむしろ非経済的側面が重視される傾向にあるのに対して,測定対象は経済的側面のみである。公会計のこのような環境的な特質に対して,有用性アプローチを採用すると,その有用性に自ずと限界がが生じることになる。なぜならば,公会計が公共部門の一側面に限定した情報しか提供し得ないため,情報利用者の意思決定に役立つ情報を十分に提供し得るとは言えないからである。この限界を克服する方法としては,測定対象を非経済的側面にも拡大する方法が考えられる。すなわち,公共部門の活動によるアウトプットを非経済的(ないし非貨幣的)尺度によって測定する方法の開発が試みられている。しかしながら,非経済的側面における測定方法の開発が現段階では困難であり,測定尺度の客観性および目的適合性において一般的承認を得るにはまだ多くの問題点が残されている。そのため,現行の公会計情報は測定尺度を貨幣に限定しながら,可能な限り有用性を確保する方法が用いられている。そのためには,公共部門の目的と測定の焦点との関連性を明確化する必要があるが,その関連性を明確にするために,一定の条件を設け,その条件の下で公会計情報の有用性を確保する方法が考えられる。例えば,その条件の一つが,世代間負担の衡平性である。しかしながら,そのような条件の下での,公会計情報が果たして有用性を確保していると言えるのであろうか。公共部門の活動は多様化しており,また,情報利用者も多様化している。そのような環境のもとにおける会計情報に有用性を具備させるためには,どのような報告体系が必要であるのかを今一度吟味することにする。

2 意思決定有用性アプローチの構成

 意思決定有用性アプローチ自体はASOBATにおいて採用された方法であるが,その後米国公認会計士協会のAPBS No.4や『財務諸表の目的』に採用され,財務会計基準審議会(FASB)の概念報告書において体系化されている。また,米国公会計基準審議会(GASB)の概念報告書がFASBの概念報告書による意思決定有用性アプローチを参照しているように,一般に公会計研究において採用されているアプローチは,FASBの概念報告書で提示された有用性アプローチに他ならない。従って,公会計情報の有用性を分析する前に,FASBの概念報告書による会計情報の質的特性を概観し,GASBによる公会計情報の質的特性と比較してみよう。

 FASBによれば,「目的適合性および信頼性は,意思決定にとって会計情報を有用にさせる二つの基本的な特徴である(注1)」と述べ,図1のように会計情報の特質を階層的に示している。

図1 会計情報の質的特性

 情報の有用性(Usefulness)は第1次的特質として目的適合性(Relevance)と信頼性(Reliability)の二つの特質を備えていなければならず,前者の目的適合性は予測価値(Predictive Value),フィードバック価値(Feedback Value)そして適時性(Timeliness)の三つの要素から構成されており,後者の信頼性は検証可能性(Verifiability),中立性(Neutrality)そして描写的忠実性(Representational Faithfulness)の三つの要素から構成されている。そして,一般的に会計情報に不可欠な特質としてあげられる比較可能性(Comparability)は二次的特質として位置づけられている。

 目的適合性を満たすためには,時宜を得たものであると同時に,将来を予測することを可能ならしめるものでなければならない。周知の通り,目的適合性とは,ASOBATにおいて定義されたように,「基本的な基準であって,情報は促進することが意図されている活動または生ずることが期待される結果と関連をもつか,またはそれらと有効に結びついていなければならない,基本的な要請である(注2)」。但し,FASBはこの様な定義では目的適合性の内容が不明確であるとして,次のように定義している。すなわち,目的適合性とは「情報利用者が過去,現在そして将来の事象の結果を予測するのに,または事前の期待を確認または修正するのに役立つことによって,意思決定の際に相違を生じさせる情報の能力(注3)」である。すなわち,FASBは,目的適合性の内容に,単なる辞書的解釈の強いASOBATの定義に加えて,構成要素である予測価値とフィードバック価値を求めることによって,目的適合性の意味を明確化する事を試みている。ここで言う予測価値とはいわゆる予測能力にほかならず,情報は予測それ自体でなければならないというのではなく,予測を可能ならしめるデータであってもよいのである(注4)。また,フィードバック価値とは過去に行った期待ないし予測の確認または修正を可能ならしめる能力を意味し,換言すれば,過去の期待ないし予測が適正であったか否かを判断できる内容を有しているかどうかを問うものである(注5)。FASBの目的適合性の定義は結果的に,Relvanceの辞書的意味である「関連性」をこの二つの構成要素によって,説明を試みたものとして位置づけられる。但し,「情報がある状況に関して不確実性を減少させ得るならば,その情報はその状況に対して目的適合である」ということに対して,二つの構成要素のみでその「関連性」が説明できるかどうかが,問題である。例えば,情報によりリアクションをおこす予定もなく,また何等の意思決定を行う予定もないが,現状だけは知りたいというケースを想定した場合,FASBによれば,そのときに提供される情報は不確実性を減少させることができ,その情報自体は予測価値を有することになる。しかしながら,その予測価値は情報利用者不在の論理に過ぎない。何故ならば,そのときの情報利用者は情報に予測能力を求めていないからである。目的適合性を論じるときは,情報利用者の利用目的との「関連性」が問題とされるべきであるため,その「関連性」を予測価値とフィードバック価値の二つによってすべての問題をカバーできるかどうかが今後の課題となると思われる。特に,公会計情報の利用者は,情報によりリアクションをおこすと言うよりも,遠い将来は別として,単に現状把握という知識の集積を目的とした人々も多く,一概にこの問題を極端な例外事項として位置づけることはできない。但し,潜在的リアクションの可能性をも予測価値とフィードバック価値の対象となっているという前提であるならば,この二つの構成要素によって,「関連性」が説明されると思われる。その場合は,第三の構成要素である適時性をどのように解釈するかが問題となる。GASBは目的適合性に関しては,単に情報と情報利用者の目的に密接な関係が存在しなければならないと指摘しているに過ぎず,適時性の定義はFASBと同じ内容にしている。すなわち,「適時性とは情報が意思決定に影響を及ぼす能力を失う前に,意思決定者が情報を利用できることを意味している(注6)」というのがその内容である。しかしながら,この定義では,どの程度までの適時性を許容しているのか判別できない。FASBは適時性に程度の差があるのは明確であると述べているものの(注7),その程度の差が,公会計情報に適用できるほどの範囲を持っているのかが,公会計研究の課題となるであろう。もちろん,FASBはプライベート・セクターの会計情報における目的適合性を論じているのであり,パブリック・セクターの会計情報を対象としていないため,FASBの適時性の定義は,何等問題は生じないかも知れない。同様に,前述のリアクションを伴わない情報は会計情報と言えるのかどうかという問題も提起されるであろう。その問題は,リアクションを伴わない情報を何故提供しなければならないかという問題と表裏の関係である。その問題の検討を,有用性のもう一つの特質である信頼性の検討を含めて次節において展開しよう。

3 情報の有用性と会計責任

 情報の有用性のもう一つの特質である信頼性の基準は,図1に示すように,検証可能性,中立性そして描写的忠実性の三つの要素から構成されている。その構成要素から推察されるように,信頼性は「情報が適度に誤謬がなく,不偏的であること,また情報が描写しようとしているものを忠実に描写していることを保証する(注8)」というものである。検証可能性は,周知の如く,独立した複数の測定者が同一の測定方法を用いれば,同一の結果が得られることを意味しており,測定自体よりも,測定者自身の不偏性を検証することを意味している。また,中立性は会計基準の設定主体の中立性を除けば,検証の対象となる測定者自身の不偏性を問題とし,ある特定の方向へ活動を導くような目的で情報を伝達することを排除することを意味している。さらに,描写的忠実性は,尺度ないし記述が表現しようとしている現象とその尺度ないし記述が一致することを意味しており,情報が単純な表現上の誤謬のために信頼されない事態を防止することを意図している(注9)。

 信頼性を構成する各要素,並びに信頼性それ自体の意味内容においては問題はないと思われるが,この信頼性が情報の有用性とどのような関係があるのかを明確にする必要がある。何故ならば,目的適合性は意思決定者の情報利用目的に適合しているか否かを問う性質のものであるので,目的適合性自体を情報の有用性と位置づけることも可能であるのに対して,信頼性が乏しい情報でも有用性の高い情報が存在し得るからである。FASBによると,目的適合性と有用性は相互に対立することもあり,相互にトレイド・オフの関係を有することもあるが,一方を完全になくすことはできないのである。信頼性が,情報の有用性の一つの特質であると考えられる根拠は,「財務情報の利用者は,その情報が高い程度の信頼性を持っていることを望んでいる(注10)」ということであると思われる。

 では,何故ここでは情報の利用者が情報の信頼性を要求するのであろうか。FASBが対象としている情報がプライベイト・セクターの会計情報であり,なおかつ,FASB自体は非営利組織にも適用できる会計特質の階層構造を提示していると言えども,モデルとなっている組織は営利組織であり,そこにおける情報利用者は,潜在的投資家をも含む広義の投資家を想定しているため,信頼性が情報の有用性の一特質として規定されてくるのではあるまいか。すなわち,直接,資金の委託受託関係が存在せず,なおかつ利用できる情報が一般に公表されている会計情報のみという状況を想定したならば,たとえ目的適合性の要件が不十分であったとしても,信頼性の高い情報を求める可能性があることは否定できない。何故ならば,それらの情報利用者はその情報の信頼性を自ら確認する手段も,権利も,さらには可能性さえも皆無に近いからである。それに対して,公会計の情報利用者は何らかの関係で資金の委託・受託関係が成立する人々であり,究極的には住民に他ならない。従って,公会計においては,情報の受理者が何等のリアクションを予定していなくとも,情報提供者は課せられた会計責任を解除するために,情報を提供し続けなければならない。すなわち,公会計においては会計責任が根本に存在し,会計責任を基礎にして情報の特質を考察しなければならない。

 本来,どのような会計行為が,目的適合性に基づくものであり,またどのような会計行為が信頼性に基づくものなのかを,明確に区別することはできず,同様に,会計処理原則においても同様なことが言える。従って,ここでの問題は,あくまでも概念上の問題であり,会計行為をなす時,また会計処理の諸基準を設定する際の条件と考えることができる。たとえ,会計の処理方法及び会計行為が類似していたとしても,情報の有用性アプローチを公会計研究に導入しようとしたときは,情報提供者と情報利用者の関係が相違していたならば,その相違による影響を分析していく必要があるだろう。例えば,オーストラリア会計研究財団の『パブリック・セクターにおける財務報告』では,FASBの概念報告書により提案された財務報告の目的や会計情報の質的特徴を公会計に可能な限り適用し,公会計と私企業会計に共通する会計基準を開発しようとしているが,その試み自体は評価されるものの,両者の環境的相違による影響を解明していくことが今後の課題となろう(注11)。但し,意思決定有用性アプローチが会計責任の問題を解明することができるならば,当面の問題は解決することになる。そのことを次節において検討してみよう。

4 情報の有用性と財務報告の目的

 公会計における基本的な問題である会計責任を,FASBは,情報の有用性とどのような関係において定義しているのであろうか。

 FASBによれば,会計責任と意思決定について次のように述べている。

 「すべての財務報告は,程度に多様性があるが,意思決定に関連している。(中略)ステュワードシップをより強く志向する会計目的でさえ意思決定と関係を有する。広義のステュワードシップに基づく会計の利用はステュワードの効率性,有効性および誠実性と関係する。そしてその会計の利用は,株主またはその他の財務的利害関係者集団(例えば債権者)が企業の経営者を評価するのに役立つ。(中略)意思決定とステュワードシップは会計目的によって相互に関連する。実際,会計のステュワードシップの役割は意思決定の役割に従属しその一部分であると見なされ得る。そしてその意思決定の役割は実質的にすべてを包含する。(注12)」

 すなわち,意思決定の一側面として会計責任が位置づけられると言うのがFASB主張である。換言すれば,意思決定有用性アプローチの中でも会計責任が矛盾なく位置づけられると言うことである。但し,意思決定有用性を第一義的に捉えるか,または会計責任を第一義的に捉えるかによって,報告目的や測定の焦点に重要な相違が生じてくる可能性があると思われる。

 同様に,GASBは意思決定有用性アプローチを採用し,「財務報告はそれ自体が目的ではなく,多くの目的のために有用な情報を提供するものである(注13)」と述べている。但し,GASBは「会計責任は政府によるすべての財務報告の基礎である(注14)」と規定した上で,公会計の目的を「情報利用者が,(a)会計責任の評価,(b)経済的,社会的および政治的意思決定をするときに役立つ情報を提供すること(注15)」であると定義している。すなわち,「本審議会は,会計責任は,最高の目的であり,それから他のすべての目的が発生すると考えている(注16)」。公会計情報と言えども意思決定有用性アプローチを採用することが可能であり,またGASBも同アプローチを採用しているが,第一義的に会計責任を解除することが前提となり,情報利用者の利用目的を第一義的に想定した報告目的とはなっていない。このことは,FASBが提示している会計責任の位置づけが,公会計と異なることを意味しており,FASBが採用している意思決定有用性アプローチを,そのまま公会計に導入することに疑問が生じる。但し,情報の有用性と会計責任解除の意味が同意義で捉えることが可能であるならば,FASBが提示する意思決定有用性アプローチを公会計に完全に導入することは可能である。そのためには情報の有用性の特質が会計責任解除において基本的な役割を演じることが検証される必要があるであろう。すなわち,目的適合性と信頼性を備えた情報が会計責任の解除に役立つということであり,かつそれぞれの構成要素が会計責任解除においてどのように機能していくかを立証していく必要がある。このことが,公会計研究に有用性アプローチを採用していく上での課題となる。

 従って,現段階では,公会計情報の有用性は,利用者の意思決定にとっての有用性と言うよりも,むしろ会計責任解除にとっての有用性が満たされなければならないと思われる。もちろん,このことにより,会計責任解除を目的とする会計情報が,情報の利用者にとって有用な情報であると言うことを否定するものではなく,むしろ,そうならなければならないと思われる。但し,FASBが指摘する情報の特質と,公会計情報の特質には自ずと相違が生じてくる可能性がある。その相違を認識した上で,意思決定有用性アプローチが採用されなければならない。

 しかしながら,ここで注意を有するのは,理解可能性の位置づけである。図1に示されているように,FASBによれば理解可能性は有用性の上位概念もしくは基礎概念として位置づけられると同時に,情報利用者固有の特性として位置づけられる。理解可能性は必然的に情報の有用性に大きな影響を及ぼすが,その理解可能性は情報利用者の予備知識と密接な関係を有している。FASBによれば,理解可能性とは提供される情報がある程度の知識を持った人々に理解可能なものでなければならないという特性であるが,公会計情報に於いては,その公的会計責任に鑑み,会計諸基準についてほとんど知識を持たない人々にも理解できるような情報であることを公会計情報に求めている。私企業の活動に関わる(例えば,投資によって当該私企業活動に関わる)か関わらないかは人々の自由意思に委ねられているため,当該私企業の活動に関わる人々は,自らの努力により会計の基礎知識ないし予備知識を修得する必要がある。しかしながら,公共部門の活動は,各人の意思とは無関係に各人に影響してくる。そのために,GASBは情報利用者が提供された情報を理解できるように説明や解説を財務報告に要求しているのである。では,その財務報告が,どのような体系になっているのかを,次節において概観してみよう。

5 財務報告の体系

 図2の財務報告のピラミッドは,1979年に公会計審議会(The National Council on Governmental Accounting)が報告書第1号の中で,すべての政府が作成し,公表すべき報告書を体系的に提示したものであるが,このピラミッドが現在も政府財務報告の体系を示すものとして位置づけられている。図2で明らかなように,一般目的財務諸表以下のもの(取引データを除く)を財務区分と呼んでいる。一般目的財務諸表は(1)結合報告書(Combined Statements)を意味し,包括的年次財務報告書は(1)に加えて,(2)基金形態別結合報告書(Combining Statements By Fund Type),(3)個別基金報告書と勘定グループ報告書(Individual Fund and Account Group Statements)および(4)付属明細書(Schedules)までを含んでいる。

図2 The Financial Reporting pyramid

(1) 一般目的財務報告書は①すべての基金形態(Fund Types)および勘定グループの結合貸借対照表,②すべての政府基金形態の結合収入,支出および基金残高変動報告書,③一般基金および特別歳入基金の予算と実績を比較した結合収入,支出および基金残高変動報告書,④すべての事業基金形態の結合収益,費用および留保利益(ないし持分)変動報告書,⑤すべての事業基金形態と支出不能信託基金の結合資金計算書,⑥財務諸表の注記,⑦補足情報によって構成されている(注17)。

(2) 基金形態別結合報告書は分類された基金形態の中で複数の基金があるとき,それぞれの基金形態別に多欄式にその基金形態の中のすべての基金が表示されるように作成された報告書であり,釗結合報告書の明細書として位置づけられる。ここで基金形態の概略を述べるならば,基金は活動形態に従って,大きく政府基金形態,事業基金形態さらに信託基金形態に分類される。その大分類の基金形態は中分類の基金に細分類される。例えば,政府基金形態の中では,一般基金,特別歳入基金,資本的プロジェクト基金,債務決済基金,特別賦課基金が設けられる。この中分類までの基金は釗結合報告書において,多欄式に財政状態および収支状況が報告される。ところが,政府によっては,それぞれの中分類を,さらに細分化した基金を設定している。例えば,特別歳入基金の中に,公園基金,州ガソリン税基金,自動車免許書基金,駐車料金基金等の複数の基金設定していることが多い。釗結合報告書においては,それぞれの小分類の基金をまとめて,特別歳入基金として報告しているものを,釞基金形態別結合報告書において,それぞれの小分類ごとの基金を多欄式に表示することによって,各種の情報要求に応えようとするものである。

(3) 個別基金報告書と勘定グループ報告書は,(イ)政府単位が特定の形態の基金が一つだけの場合,または(ロ)包括的年次財務報告書の報告目的を達成するために詳細な開示が(2)基金形態別結合報告書においてなされなかった場合に,各基金および勘定グループに関する情報を提示するものである(注18)。

(4) 付属明細書は,(イ)鋠財政関連法規および契約条項に対する遵守性を表示するため,(ロ)有用と思われるその他の情報を提示するため,(ハ)財務諸表上の要約されたデータの詳細を提供するために用いられている。ただし,この付属明細書に掲示されるデータは,財務諸表の注記において言及されない限り,必ずしもGAAPに準拠した表示が要求されるものではない(注19)。

 上述の(1)から(4)までの報告書から構成される包括的年次財務報告書は,すべての政府が公式記録として作成し,公表しなければならないものであるのに対し,一般目的財務諸表は公債を発行するときの公式資料として,また包括的年次財務報告書ほど詳細な情報を必要としない情報利用者に広く配布するために,包括的年次財務報告書とは別個に発行されることがある(注20)。

 以上のような報告体系に対して,GASBは公会計の報告目的を「情報利用者が,(a)会計責任の評価,(b)経済的,社会的および政治的意思決定をするときに役立つ情報を提供すること(注21)」という言葉に集約し,その会計責任の概念を広義に解釈し,報告目的自体も拡大され抽象化している。しかしながら,この報告目的に対して,報告体系は資金のフローとストックに焦点を置いた報告体系と言え,現状の報告体系で,報告目的を達成できるのかどうかという疑問が生じる。

6 財務報告と理解可能性

 前節で述べたように,現在の米国における財務報告は基金会計を基礎とした体系となっているが,1995年6月に,GASBはGorvernmental Financial Reporting Model : Core Financial StatementsのPreliminary View(PV)を公表した。このPVは現行の報告体系を2つの観点からの報告体系に変換しようと試みている。すなわち,一つの観点は,現状の基金ごとの会計報告を中心とした報告体系であるのに対して,もう一つの観点は,政府全体の活動を報告する体系を構築しようと試みたものである。現状の報告体系のもとでは,政府はそれぞれの経済単位の寄せ集めであるというのが報告体系を再構築する動機となっている(注22)。GASBによれば,多くの情報利用者は,政府活動の中の企業タイプの活動と政府タイプの活動は基本的には別個のものであり,そのために両者を結合させたとしても有用な情報を提供し得ないと思っている(注23)。しかしながら,現状の政府タイプの会計情報は,予算準拠性や適法性を評価するのに役立つかもしれないが,それらの情報は本質的には短期的な意思決定に役立つ情報であるが,長期的な意思決定に有用な情報とは言えない。そのために,PVでは,政府タイプの活動においても,経済的資源フローに焦点を置き,発生主義会計を導入する事によって,政府全体の活動報告および財政報告を可能とする報告書を,別個に作成すべきであると指摘している(注24)。

 このPVは,少なくとも政府タイプの活動に対しては,基本的な会計基準をも異なる報告書を作成することを要求し,観点の異なる報告書,換言するれば多元的な情報提供を求めていることに注意する必要がある。もちろん,GASB自体は,情報の多元化を直接的に言及しているわけでなく,観点の二重性を指摘しているに過ぎない。また,拡大化した会計単位(政府全体を一つの会計単位とみなす)観点を採用するとしても,そこで提案されている測定の焦点及び,会計諸基準は,基金別会計システムの中の事業基金会計の測定の焦点及び会計諸基準が基礎となっていることを考慮するならば,むしろ情報の多元化を意図しているとは言えないかもしれない。換言するならば,そのことは情報の多元化というよりも,情報の深化と言うものかもしれない。しかしながら,深化にしろ,多元化にしろ,既存の報告体系を残しながら,新たな観点からの情報を追加的に提供するということは,多様な情報ニーズに対応するために,情報自体を多様化させていることに変わりはない。

 公共部門の活動は多元的な機能を有すると同時に,情報ニーズは私企業会計情報に比べ,遥に多様性を有しているため,一般目的の財務報告がどの程度有用性を保持しうるのか疑問視される。従って,有用性を高めるために,PVが試みている観点の二重性にとどまるだけでなく,まさに多元的な情報システムの構築が必要とされる。そのような多元的な情報システムを構築しようと試みるならば,印刷物による伝達手段を想定していたのでは不可能であり,情報科学の発達を前提とした情報通信ネットワークによる伝達手段を用いることが不可欠となろう。又は,公会計に事象理論を取り入れることにより,多様な情報ニーズに対応可能なシステムの開発が求められるかもしれない。しかしながら,PVで提案されている観点の二重化に伴う報告体系は,有用性アプローチを採用する限りにおいては,重要な試みと言えるが,そのような多元的な報告体系が情報利用者に理解可能なものであるのかが次の問題となろう。

 FreemanとShouldersは,「ほとんどの市民は包括的年次財務報告書を見たこともないし,また,ごく少数の人しか自分達の投票や意思決定に対する包括的年次財務報告書の意味を理解できないだろう(注25)」と指摘している。さらに,政府財務官協会(GFOA)によれば,GAAPに準拠した財務諸表は複雑であるために,納税者,公共サービスの利用者,有権者さらには公務員ですら,財務諸表による詳細な報告を理解できないことがよくある(注26)。このような状況においては,一般目的財務諸表ですら情報としての機能を有しているのか疑問視される。すなわち,第二節で指摘したように,有用性アプローチを採用する限り,情報利用者の予備知識に基づいた理解可能性をを前提としなければ,情報の有用性を確保することは不可能である。では,公共部門のGAAPをほとんど知らない情報利用者に対して,いかなる情報が適切なのであろうか。

 ところで,第2図の財務報告のピラミッドのトップに位置する圧縮された要約データに関しては,GASBにおいて何らの説明もされておらず,公会計研究の対象外であったと言っても過言ではない。しかしながら,この要約データとして,公表されたものの中には,GASBのPVが提案している追加的な情報,すなわち連結財務諸表に近似している情報に相応するものも見受けられるし,また,単に結合報告書の合計欄のみを記載しているものも見受けられる。この要約データに関しては,いかなる規定も存在しないために,多様な報告が見受けられるが,一般市民は公共部門の情報として,この要約データの一形態であるポピュラー・レポートを利用しているのが実状である。ポピュラー・レポートは多様な形態をとっているが,GFOAが例示しているものの多くは,グラフィックの手法を用い,視覚によって,公共部門の情報を伝達しようと試みたものが多い。これらポピュラー・レポートが,会計知識の有無を問わず,可能な限り多くの人々に情報を伝達する事を目的に作成されていることは疑う余地もない。公会計情報の利用者として一般市民を位置づけたならば,一般市民の基礎知識を前提とした理解可能性を基準に,報告体系を構築する必要があることはもはや自明の理であろう。しかしながら,ポピュラー・レポートのみによって,公共部門の財務報告の目的が達成されるものではない。たとえ,少数であれ,公共部門のGAAPを熟知し,公共部門の活動に関する情報利用者がいる以上,詳細な財務報告が必要となろう。なぜならば,それらの人々の多くは,一般市民が公共部門の活動を理解するための補助的な機能を有しており,ある意味では,市民の代表者としての機能を果たすことが認められるからである。また,ポピュラー・レポートを含む要約データは,特定の情報の欠如が存在する可能性があるために,詳細な財務報告が作成され,公表される必要がある。

 GASBのPVによって提案されたような新たな情報の提供というのは,水平的な情報量の確保,換言すれば,多様な情報要求に対応可能な報告体系の構築を意味し,ポピュラー・レポートをふくむ情報の提供は,垂直的な情報量の確保,すなわち,理解可能性に基づいた垂直的な多次元的報告体系(簡略化された誰でも理解できる情報から高度な知識を修得した人々のみが理解可能な詳細な情報までの多段階の情報体系)の構築を意味し,両者を兼ね備えた報告体系が,有用性アプローチを採用する限り必要とされる。

7 おわりに

 意思決定有用性アプローチが会計研究に多大な影響を与えていることは事実であり,有用性アプローチを導入することによって会計研究は飛躍的発展を遂げてきたと言っても過言ではない。ただし,伝統的な基礎概念である会計責任が軽視されてきたことも否定できない。前節までの分析により,公会計の分野では有用性アプローチを導入するとしても,その根底に会計責任を位置づけなければ,理論の構築は不可能に等しい。その会計責任を解除するとしても,私企業と公共部門ではその性質が異なってくる。会計情報が情報たり得るためにはその内容が情報利用者に理解可能なものでなければならない。しかしながら,情報利用者固有の特性が私企業会計と公会計とでは異なっていることに留意する必要がある。

 さらに,公共部門固有の特性を考慮に入れるならば,単純に私企業会計の手法を公会計に導入することは公会計情報の有用性を低減せしめることに繋がりかねない。1948年にLeo Herbertが政府を一つの経済実体と認識するよりも,むしろ複数の多様な経済実体の集合として捉えたように(注27),現在の政府(公共部門)は多様な活動を遂行するとともに,その事業形態も多様化している。現在のわが国政府の債務が400兆円を超える状態が,国民に財政に対する関心を喚起しているが,債務発生の原因が明らかにならなければ,単なる政府批判に終始してしまい,感情的な批判が合理的な意見を排除する危険性を孕んでいる。現行の公会計制度では多種多様な政府活動を効果的に国民に開示することは困難である。その意味から前節で指摘したように,活動別(ないし基金別)の活動報告書および財政状態報告書と共に政府全体の資金収支計算書および財政状態報告書(貸借対照表)の作成が求められるだろう。もちろん,それらの報告書が情報利用者に理解可能なものでなければならないことは言うまでもないが,単に理解可能だからといって,単純化された報告書であってはならず,前節で指摘したように,多次元的報告体系(簡略化された誰でも理解できる情報から高度な知識を修得した人々のみが理解可能な詳細な情報までの多段階の情報体系)の構築が求められることは言うまでもない。

 高度な知識を習得した人々によって組織された機関は,最終的な情報利用者である国民に政府の活動並びに財政状態を簡明に解説し,それらの問題点を指摘すべきであろう。会計検査院は国民を代表して国の収入支出を遵法性,効率性,有効性,経済性の観点から検査しているが,それは個別の事業案件に重点を置いたものであり、政府部門全体における財務の安全性,行政の効率性,有効性,経済性を分析しているとは言えない。会計検査院の本来の業務とは異なるかもしれないが,国民と政府の中間に位置し,国民に代わって国の収入支出を検査し,その決算を確認し,報告することが会計検査院法の本旨であるならば,会計検査院自体が政府の会計報告を再編して,国民に理解可能な報告にすることが可能である。公共部門の財務報告は前節で指摘したように,水平的および垂直的な情報量を確保した情報体系が構築されて初めて,会計責任を解除するという役割を担うことができる。そのために,いずれかの機関においてそのような報告体系を完備し,財政に対する感情的な批判を抑制し,より合理的な批判を啓発する必要がある。

[注]

1) Financial Accounting Standards Board(FASB), Statement of Financial Accounting Concepts No.2"Qualitative Characteristics of Accounting Information", Stamford, 1980, p.X.

2) American Accounting Asociation(AAA), A Statement Of Basic Accounting Theory, Illinois, 1966. 飯野利夫訳『アメリカ会計学会 基礎的会計理論』国元書房,1973年,11頁。

3) FASB, op.cit.,p.XVI.

4) Ibid.,p.23.

5) Ibid.,p.23.

6) Ibid.,p.25.

7) Ibid.,p.25.

8) Ibid.,p.XVI.

9) Ibid.,pp.19-38.

10) AAA, Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance, 1977.

  染谷恭次郎訳『会計理論及び理論承認』国元書房,1980年,36頁。

11) Australian Accounting Research Foundation, Financial Reporting in the Public Sector−A Framework for Analysis and Identification of Issues−, Melbourne, 1985.

12) FASB, op.cit.,p.X

14) Governmental Accounting Standards Board (GASB), Concepts Statement No.1 of the Governmenntal Accounting Standards Board"Objectives of Financial Reporting", Stamford, 1987,p.1.

15) Ibid.,p.20.

16) Ibid.,p.27.

17) GASB, Codification of Governmental Accounting and Financial Reporting Standards (Third Edition), Stamford, 1990, p.97.

 (財務報告の内容に関しては,1968のNCGAの報告書第1号の内容と大きな変化は見られないが,用語等において若干の変化があるため,1990年のGASBの基準に従った。なお,信託基金は②,④および⑤の中で含められて表示されるか,または別個に報告される。)

18) Ibid.,p.100.

19) Ibid.,p.100.

20) Ibid.,p.96.

21) ASB, Concepts Statement No.1 of the Governmenntal Accounting Standards Board,op.cit.,p.27.

22) ASB, Preliminary View of the Governmental Accounting Standards Board on Major Issues Related to Gorvernmental Financial Reporting Model : Core Financial Statements, Stamford, 1995, p.10.

23) bid.,p.10.

24) bid.,p.10.

25) obert J. Freeman and Craig D. Shoulders, Governmental and Nonprofit Accounting Theory and Practice (Fourth Edition), Prentice Hall Inc., New Jersey, 1993, p.593.

26) overnment Finance Officers Association of the United States and Canada, Illustration of Popular Repots of State and Local Governments, Chicago, 1988, p.2.

27) eo Herbert"Comparison Between Govenment and General Accounting", Accounting Review, Vol.XXIII, 1948, p.397.

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